東方二次小説

2XXX年の幻想少女第3章 幻想の静止する日   幻想の静止する日 第4話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第3章 幻想の静止する日

公開日:2017年06月29日 / 最終更新日:2017年06月29日

「あら、最近の貴方は死ぬ準備でもしているのかしら?」
 これまでに借りていた本を返しに来たというのに、パチュリーはとても嬉しそうな笑顔とともにそんなことを口にする。魔理沙としては少しくらい驚いて欲しかったが、しかし身もふたもない同業者の態度は懐かしくもあった。魔理沙がまだ人間として魔法使いをしていた頃、このパチュリーという魔法使いはいつも今のように辛辣な言葉を口にしたのだ。
「確かに身辺整理をしていることは確かだが、まだ死ぬ気はないよ」
 魔理沙がそう言うとパチュリーは笑顔をすいと引っ込め、それから呼び鈴を鳴らす。彼女の使役している悪魔はパチュリーの隣に音もなく現れ、山のように積まれた本にも動じることなく、かしこまりましたとばかりに恭しく一礼すると、本とともにすいと姿を消してしまった。
「それで今度は一体、何を企んでいるのかしら。これだけの本を返しにきたのだから、代わりに同じ数だけ本を貸してくれと言ったりしないわよね?」
「今のわたしは型の決まった魔法使いだ。何をすれば良いかは心得ているし、興味の湧いた代物を滅多矢鱈に調べる必要もない。欲しい本があったら名指しして借りていくよ」
「少しは殊勝になったかと思ったけど、わたしが貸さないって選択肢はないのね。そういう自分本位な性格はいつまで経っても変わらないらしい。三つ子の魂百までとはよく言ったものだけど、七百生きても変わらないなんて」
「それを言うならパチュリーだって、気難しいのも性格が悪いのも相変わらずだ」
「年を経たからといって善き魔女になるだなんて柄でもない。そういうのは魔理沙と同じ森に住む人形遣いにでも任せておけば良いの」
 パチュリーは性格の悪さを堂々とうたい、そして悪びれる様子もない。最近は体調を崩しがちでより気難しくなったという話も聞いていたから少し心配していたが、誰かに気遣われるようになるのはまだ当分先のようだった。
「本はわたしの使い魔が元の場所に戻しておくから、心配しないで頂戴」
 それだけを口にし、パチュリーは立ち入ったことを何も訊こうとしない。魔理沙が何をやりたいかなど、とうの昔にお見通しということなのだろう。だから魔理沙は説明することなく次の話題に移る。どちらかと言えば今から話すことのほうが訪問の本題だった。
「ところでさ、パチュリーは例の事件のこと、どう考えてる?」
「例の事件と言うと、太陽が点かなくなったり機械が止まったりする現象のこと?」
「そうそう。急に太陽が光を失い、辺りが真っ暗になる。妙な存在感を放つ偽物の月がそんな暗闇の中にぽっかりと浮かぶ。それが合図であるかのように、多くの機械が通電しているのに停止し、うんともすんとも動かない。そうしたことがつい一週間ほど前から起こり始め、頻度が徐々に増している。これは一体どういうことだろうか?」
「それならば一度ならず観測しようとしたけど、紅魔館備え付けの星見鏡も毎回誤作動を起こして上手くいかなかったのよね」
 パチュリーほどの魔法使いが有する観測装置ならもしかしたらと思ったのだが、それすらもあの月が出ている状況では動作しなかったらしい。魔理沙が現代魔法を分析するために仕入れてきたデバイスも動作しなかったことからして科学だけでなく魔法にも作用する現象であり、観測や分析を頑なに拒もうとする性質を持つことが、これでよりはっきりとした形だ。
「それだけならまだ良いのだけど、一つ困ったことがあってね。紅魔館で庇護している居候のことはご存じかしら?」
「噂には聞いているし、ここに来る途中でそれらしい姿は目撃したよ」
 魔理沙はここに来る途中、妙な帽子を被り、河童が好みそうなポケット一杯のオーバーオール、手足に歯車状の腕輪と足輪を身に着けた小柄な少女をちらとだけ目にした。視線を向けようとしたらぴいっと甲高い音を立てながら隠れてしまい、パチュリーの居場所に辿り着くまで一度も姿を現すことはなかったが、ここまでこそこそ尾けてきて、今も少し離れたところから様子をうかがっている。気配を隠すのがあまりにも下手で涙が出そうになるくらいだった。
「あの子は階差機関という歯車のお化けみたいな機械の付喪神なのだけど、例の現象が起きている最中、思考に割り込む奇妙な声が聞こえてくるらしいの」
「ふむ、それは興味深い。少なくとも機械のように精緻な頭脳と評判の高いわたしの頭には何も聞こえてこないのだが」
 茶化すんじゃないと言わんばかりにじろりと睨まれ、魔理沙は肩を竦める。
「そいつはどんな声が聞こえると言ってるんだ?」
「直ちに停止、再起動の指示があるまで己の機能を己のように使うことは不可能である……という言い回しが頭に響き、抗うことができなくなるらしいの」
「すると、その言葉が機械を止めているのかな?」
「かもしれないし、もっと根本的に道具の機能を奪うような概念を放っているのかもしれない。どちらにしても他に類を見ない事象が郷全体を覆っており、一刻も早く解決されなければならないとはわたしも感じている。人間が不便を被ることに関してはさして興味を持てないのだけど、館に害をなすならばそれは由々しき事態となるわね」
 なんとも自分勝手な理屈だが、この館の住人は昔からそうした生き方を貫いている。魔理沙としても特に異論を挟むつもりはなかった。
「折角ここまで科学が発展したというのに、全てがご破算になりかねない。人類にはあと三百年のうちに……」
 ふと背後に気配を感じ、魔理沙はそこで口を噤む。あの歯車少女とはまた異なる、微量に魔力を帯びた気配である。おそるおそる振り向けば、心の準備はしてきたというのに、魔理沙の胸がどきりとはねる。そこにいたのはかつて敵対し、時には肩を並べて異変を追いかけた人間そっくりの少女だった。動揺は思いのほか激しく、ティーポッドとカップ二つ、砂糖壷を載せたお盆を手にしているというのに、客人をもてなしにきたのだと考えることができるようになるまで少し時間がかかってしまった。
「お茶をお持ちしましたが……その、わたし何か不躾なことでも?」
 こちらの機嫌をうかがうような仕草で、魔理沙はようやく緊張から解き放たれる。彼女が本物の十六夜咲夜ならば決して取らない態度だったからだ。いくら口調が丁寧であっても咲夜が自分のご機嫌うかがいなどするはずがない。
「テーブルの上に置いて頂戴。ご苦労様……でも、力を家事に使うのはいただけないわね。レミィからも先刻注意されたばかりだと思うのだけど」
「はい……近いうちにお前の力を頼ることになるから暫くは温存しろと。でもお客様に冷えた紅茶をお持ちするのはよくないことですわ」
 場合によっては屋敷の住人にすら異を唱え、我を通すその態度は幾分か咲夜らしかった。だが彼女の声には遠慮が感じられたし、睨みあいの末に折れたのは咲夜のほうだった。これも彼女がかつての咲夜本人ならばあり得ないことだった。
「屋敷を移動するならわたしの従者を利用するか、館に張り巡らされているポータルを利用しなさい」
 咲夜がいなくなった後も館が広大であることに代わりはない。パチュリーは利便性を保つため、魔術の転送装置をあちこちに仕掛けたのだ。館の住人の許可がなければ使えないから魔理沙はその恩恵を一度も受けてはいないのだが。
「畏まりました、以後は気をつけます」
 しゅんとしながらこの場を後にしていく咲夜にもやはりかつての面影は感じられない。彼女とどう接して良いか迷っていたが、これほどまでに違うならば全くの別人として扱うよりほかなさそうだった。
「かつての咲夜とは本当に別人なんだな。霊夢が結構それっぽいから覚悟してたんだけど、なんだか少し拍子抜けだ」
「始めはもっと酷かったのよ。料理もできない、お茶も満足に淹れられない、何もない所ですてんと転ぶ、掃除もところどころ雑だし、屋敷付きの妖精メイドやゴブリンたちさえ持て余す始末。でも最近は大分ましになってきたし、我も強くなってきた。本人は意識してないけど、能力に対する過信も僅かに見受けられるようになった」
「確かに時間停止だなんて、破格の能力だものなあ。得意になるのも分かるよ」
 時間を限定的に止めるならば、然るべき条件を満たせばできないことはない。かつて偽物の月が夜空に浮かぶようになった時、探索に出た人妖たちはそれぞれに夜を留める術を使って一夜のうちに事件を解決しようとした。だが咲夜の時間操作は特別な制限を持たず、どこでも自由に使うことができる。弾幕決闘の規則を遵守するならば万能の力ではなくなってしまうが、それでも魔理沙は過去に何度も手こずらされてきた。
「別にそれは良いのよ。時間操作能力を過信するなら、かつてそれすらも凌駕してねじ伏せた経験のあるレミィがきついお灸を据えるだけ。問題は咲夜が怒りを募らせているということね」
「怒りって、まさか労働条件が悪いからストライキを画策してるとか?」
「それならまだ良いのだけど……咲夜はピー子、例の歯車少女を守護するために生み出された存在だから、ピー子を害する命令が飛んでくる現状を許せないと考えているの。そしてレミィもその怒りに応えるつもりでいる」
「まあ、レミリアは昔から玉座に腰掛けているだけの君主ではなかったからな。興味があれば自分の翼で現地まで赴くタイプだ」
「御輿はただ担がれていれば良いのに。力だってまだまだ完全じゃないのに」
 パチュリーの愚痴に、魔理沙はなるほどなと合点する。滅多なことでは表に出さないが、彼女はレミリアのことになるとほんの少しだけ感情を剥き出しにすることがある。三尸を捨てた魔法使いにもまだ騒ぐ虫はあるということだ。
「霊夢も近いうちに打って出るだろうし、今回の現象は気になることが多いからわたしも乗じるつもりではある。それに特定の機能を持った道具だけをピンポイントで停止させることができる能力なら、使い道は山ほどあるに違いないからな。できればノウハウを取得したい」
「なるほど、盗賊の本領発揮ってことかしら」
「わたしは知を盗み、記号を食う魔女だ。智の可能性が眠る場所へならどこへでも、梟(ふくろう)のように飛び立ってみせよう」
 パチュリーは魔理沙の芝居がかった口調に思わずぷっと噴き出し、それからこほんとわざとらしく咳をする。
「そのために一つ、貸し出しを願いたい知識がある」
「ほら来た、そんなことじゃないかと思った。まあ良いわ、魔理沙が派手にやってくれるのはわたしとしてもありがたいことだし、今回だけは特別。ただし禁帯出のものならばここで読んでいきなさい」
「禁帯出かは分からないが、かつて永夜異変が起きた際にアリスが使った魔法を教えて欲しい」
「ああ、星天停止のことね。だったら禁帯出でもなんでもないから持って行きなさい。でもあれは禁呪でこそないけど、魔力を酷く消費するものよ。だからこそアリスは異変の際、手っ取り早い火力確保のために貴方をパートナーとして選んだのだけど」
「その点なら心配いらない。今のわたしには人間のパートナーがいるからな」
「あの子を連れて行くの? わたしが言うのもなんだけど妙にうらなりっぽくて荒事に耐えられるか心配なんだけど」
「それが割といけるくちのようなんだ。それにあれほどの才能を発揮するための舞台があるならば連れて行ってやりたいとわたしは思う。実践が時として理論を飛び越えることを教えるための良い機会でもあるしな」
「魔法使いはあらゆる知識を理論に還元させるべきよ。そして理論は実践とイコールになるべきよ。わたしは魔理沙の言うことに賛成できない。けれどもそういう教育方針ならば、わたしは口を挟まない。彼女の師匠は魔理沙なのだから」
 なんとも手厳しいが、薄皮一枚のところで辛うじて信頼されているようでもあった。だから魔理沙は少しだけ揺らいでいた気持ちを正し、己の役割を定めることができた。かつてアリスがそうしてくれたよう、攻撃を人間の魔法使いに任せて自分はサポートに回ろうと決めたのだ。
 
 
 霊夢は非常に理不尽な思いを味わっていた。
 魔法の森で暮らすようになった美真が久方ぶりに訪ねてくれたので、茶と菓子をもってもてなそうとしたらいつの間にか客人が一人増えており、意味もなく睨まれてしまったのだ。わたしはもてなせないのかと目で訴えられても、まだ訪れていない客のもてなしを前もって用意しろだなんて、そんなこと未来予知でもできなければ不可能だ。
 文句を言いたくなるのを押し殺し、あと一人分の茶と菓子を用意すると、もう一人の客人である佳苗に供する。博麗とはまた異なる、青を基調とした守矢の巫女服は同じような構造をしているというのに少しだけ涼しげに見える。霊夢と違っていつでもインナーや防寒具を身に着けず、肌が剥き出しになっている箇所が多いから、冬場になるとその色合いもあって見ているだけで寒気を覚えるのだが、本人はまるで気にする様子もない。彼女は正しく風の子供なのだ。
 だから初対面のとき、守矢に仕えるのがとても似合いそうだと素直に感じたままを口にしたのだが、佳苗は顔を真っ赤にし、ぷいとそっぽを向いてしまった。
 彼女が博麗の巫女を希望しており、でも選ばれたのが自分であったのを知ったのはそれから少し後のことだ。もちろんそのことを謝ったが完全に後の祭りであり、悲しいほどに逆効果だった。でも彼女の怒りも当然のことだ。貴方が選ばれるべきだったなんてよくもまあ、そんな傲慢を口にできたものだ。あのことを思い出すと自分のことが恥ずかしくてたまらなくなる。そして傷つけた自覚があるから尚更のこと、佳苗には強く出ることができないのだ。
 美真はそんな二人の関係をよく知っているはずなのだが、いまこうして気まずい雰囲気だというのに口を挟もうとせず、少し困った様子だった。きっとどう取り繕って良いのかが分からないのだろう。彼女に蝙蝠のような気持ちを抱かせるのは良くないと分かっていたが、長年をかけて一歩でも近づくどころか離れていくばかりだったというのに、心の準備もできていない状態で一体、何をすれば良いのかが分からなかった。気分を害したふりをして追い出すこともできたが、それを留めたのは佳苗の泣きそうな顔だった。
 泣きたいのはこっちの方なのに!
 そう叫びたくなるのを必死で堪えていると、美真がすっくと立ち上がり、靴を履いて外に出る。そうして二人を無言で手招きするのだった。彼女は外の世界から来たせいか、時々こちらの思いもよらぬ突拍子もないことを思いついて実行することがある。だがここで黙っているだけでは何も始まらないのは明らかだし、結局のところ顔を見合わせて頷き合い、外に出るしかなかった。
 霊夢も佳苗も靴を履いて外に出ると、美真はいきなり「それでは勝負を始めてくださいな」と、訳の分からないことを言い出した。
「ちょっと、どうしてわたしが霊夢と勝負しなきゃいけないのよ」
 佳苗の訴えはもっともだったが、美真は素知らぬ顔で話を続けるのだった。
「あらゆる問題を解決するための方法として弾幕決闘は用意されていると聞いています。二人は生まれも育ちも郷なのに一度も勝負したことがない。それはとても不思議なことですし、これを最初にすれば良いじゃないですか」
 どうしてそんなことも思いつかなかったのかとばかりに言うけれど、霊夢もその方法を考えなかったわけではない。だが簡単に踏み切れるならばとうの昔にやっている。佳苗も深く俯き、どうにか沈黙によってこの場を切り抜けられないかと考えているようだし、霊夢も同様の気持ちだった。
「それにわたし、見てみたいんですよ。二人が決闘するところを。魔理沙さんは親切ですけど妖怪ですし、魔力を生み出す器官を内蔵しているからちまちまと外部から摂取して節約しながら戦わなければならないわたしの気持ちをどうしても理解できないところがあります。かつて人間だったこともあるらしいですけどね」
 美真はそう言って拝むように手を合わせるのだった。
「不慣れな異邦人に人間としての闘い方を教えると思って、演舞のつもりで良いから見せてくれないでしょうか?」
 自分でない誰かのためという口実を提供され、ずしんと沈むばかりの心が少しだけ浮き上がってくる。もちろん彼女は無邪気にそんなことを言っているわけではなく、二つの気持ちが着地できる場所を見つけようとしているのだろう。気紛れや自分勝手だけでこんなことを口にするような娘でないことは、半年程度の付き合いであっても分かっている。佳苗は美真とより親しくしているから余計にその心を汲みとりそうだったが、俯いた顔はなかなか上がろうとしない。
「勝ち負けでどうこうするわけではありませんし……そうだ、負けたほうはわたしがたっぷりと慰めてあげます」
 さらりと笑顔でそんなことを口にする美真に、霊夢は内心で(この子は善良そうに見えるけど、割と邪悪なところもあるのでは)と、ほんのり疑ってしまった。だが佳苗はそれで何故かやる気を得てしまい、臍(ほぞ)を固めてしまった。
 こうなればもはや勝負しかない。佳苗と顔を合わせて共に頷き、周りの木々よりずっと高くまで上昇してから地上を見ると、美真はどこから取り出したのかビデオカメラを構えており、後からじっくり分析する気満々の様子だった。
「お二人の雄姿はばっちり録画しますから!」
 そんなことを楽しそうに宣言されても困るのだが、これも仲を取り持つ一環であると思えば言葉の返しようもなく。佳苗も流石に思うところがあったらしく「あの子、段々と自由になってない……?」と、霊夢にも聞こえる声で呟いた。
「まあ良いわ、ここまで来たらもうやるしかなさそうだし、こうなったからにははっきりと言ってやる。わたしはね、霊夢のことがずっと嫌いだったし、負けるつもりもないの!」
 その宣言とともに、佳苗が御幣を頭上に掲げる。現われ出でたのは七つの巨大な七芒星。初手からの容赦のなさを存分に見せつけてきた形だが、霊夢は咄嗟に身構えることができなかった。気付いてはいてもはっきり嫌いと言われるのはやはり堪えるし、その気持ちにどう応えて良いかが分からなかったのだ。
 もちろん心の準備ができていないだなんて斟酌されるはずもなく。掲げた御幣に霊夢が使う札とよく似た紋様が浮かび、そして佳苗は高らかに宣言する。
《秘術『グレイソーマタージ』》
 星の形からほどけた弾が霊夢目掛けて一斉に降り注ぐ。周囲があっという間に色とりどりに満たされ、霊夢は初っ端から防戦一方を強いられる。弾と弾の間を潜り抜け、佳苗がいるであろう方角に向けて曖昧な目測で針を放つものの、星々に押し流されて届いた様子はないし、それどころか新たな星を生み出し続けて弾の量は増すばかりだった。このままだらだらと攻めていたら、あっという間に押し流されてしまう。だがそれでも霊夢は小手先の対処から逃れられずにいた。
 奇をてらわず、シンプルに物量で攻めて来る佳苗から絶対に負けたくないという気持ちが痛いほど伝わってくる。もっと捻くれた弾幕を撃ってくれればすぐに対応できたのに、真っ直ぐだから生半可なことでは誤魔化しがきかない。
 これほどの真っ直ぐさ、溜め込んできた感情の全力放出にどう応えれば良いのだろう。考えぬけば最適な答えは出たかもしれない。でもここは空であり、弾幕のただ中であり、決闘の最中である。迷えば答えを出すための頭が吹き飛ばされる可能性だってゼロではない。
 これまでの確執はひとまず投げ捨てる。勝つために、できることをやる。ようやくやるべきことが決まると、霊夢の行動は迅速だった。新調したばかりの符を取り出し、ぐしゃりと握り潰して力を発動させたのだ。
《『パスウェイジョンニードル』》
 赤く光る針が霊夢の周囲に発生したかと思うと、迫り来る弾を穿つ先兵として一斉に射出される。符に込められた魔力の限り、霊力で形成された針状の弾幕をひたすらに撃ち続ける、通常弾の強化版のような符だ。媒介となる針がないから一発ごとに必要となる霊力は大きくなるが、残弾を気にする必要は一切ない。物量頼みで攻めて来る相手にうってつけと言えた。
 由来の異なる二つの霊力がそこかしこでぶつかり合い、刹那の光を放って消えていく。最初こそ前方に集中させた霊夢の射撃が広範囲に散らばる星を押し返したが、すぐに佳苗も弾幕を同じように前方集中し、徐々に二つの力が拮抗し始める。こうなるとあとは気合と気合の勝負だった。
 こんな力押しだけの攻撃は普段ならやらないのだが、これは純粋に勝敗を決めるための戦いではない。長年に渡って続いてきた負の蓄積を払うためのものだ。弾幕の一つ一つが凝っていた負の気持ちであり、それを佳苗に向けて撃つのは正直言ってとても爽快だった。霊力がごりごり削られていくけれど、それでも構わなかった。押し勝って、この気持ちを思う存分にぶつけてやりたかった。
 考えるよりも弾幕が、霊夢にはっきりと教えてくれた。
「わたしだって、あんたのことが嫌いだったのよ!」
 大声で叫んだけれど、弾幕勝負の騒がしさにかき消されて佳苗には届きそうにない。そしてそれで良いと思った。負の気持ちをわざわざ届ける必要はないし、既に過去のものとなってしまったからだ。好きというには程遠いし、友情を感じることも今のところはない。どちらかと言えば苦手なほうだが、弾幕を交わして愉快になることができる相手の一人だと分かった。今はそれだけで十分だった。
 考えなし、物量同士の勝負は秋空に閃光を数分ほど煌めかせ続けたのち、ぴたりと止まる。あとには息を荒げる霊夢と佳苗の姿だけがあった。どちらも大きく疲労しており、交錯する視線ののち、二人の口元に満面の笑みが浮かぶ。相手のことが嫌いならば決して浮かべることのできない笑顔であり、それが二人を次なる勝負へと駆り立てた。
 今度も仕掛けてきたのは佳苗のほうだった。最初の符を発動させたときと同様、御幣を頭上に掲げてみせたのだ。すると彼女の周囲に薄緑色の風が渦巻き、それは彼女の背中に集って巨大な翼のような形状を成した。
「力では互角だったけど、速さだったらどうかしら?」
 その口振りから佳苗が得意なのは物量による力任せでなく、速度を用いた翻弄戦術であることが見て取れた。そのことを示すよう、佳苗は第二の符を宣言するのだった。
《風符『スピードスター』》
 佳苗の姿がかき消えると同時、前方から強烈な圧力がかかる。霊夢は結界を前面へ展開させたが、次の瞬間には強い力ではね飛ばされていた。慌てて体制を整えながら周囲を見回すものの、辺りを高速で駆け巡る何者かの気配を感じ取ることができるだけで、佳苗の姿を目で捕らえることができなかった。スペル名の通り、現れては瞬く間に消えていく流れ星のように高速で動いているに違いなかった。
 素の感覚では捕らえきれないと判断し、霊夢は一つ二つと奥歯を噛みしめ、五感を徐々に強化していく。動くものをたやすく捉え、遠くの囁きを聞き、霊力を帯びた風の匂いを鼻で、その流れを肌でひしひしと感じる。緊張で口の中に湧く唾は少しだけ朝に食べたものの味を含んでおり、お腹がぐうと鳴りそうになるのを辛うじて堪える。
 二速まで上げても何かが速く動いているという漠然としたことしか分からなかった。二度目の攻撃はそれでも辛うじて回避できたが、三度目の攻撃が間髪入れずに襲いかかり、再び霊夢を大きく弾き飛ばす。張ったばかりの結界があっという間に破壊され、強い衝撃を受けたせいで頭が少しぐわんぐわんとする。このままでは防戦することもろくにできないままはね飛ばされ続け、霊力が尽きる前に肉体への衝撃で決闘を維持できなくなる。霊夢は弾き飛ばされながら舌を噛まないよう三度四度と歯を噛みしめ、少し迷ってから一気に五速まで強化を駆け上る。
 五感の中でも視覚が一気にぐんと拡大し、目に見えるもの全てが明瞭になる。解像度が上がり、動体への認識が高まり、あまりに見え過ぎて頭が痛くなるほどだった。
 だが痛みに耐えただけの甲斐はあった。霊夢の目には翼とともに大空を高速で駆ける佳苗の姿がはっきりと見えており、そして直後に仕掛けてきた四度目の攻撃によって彼女が何をやったのかが初めて明らかになった。佳苗は展開された両翼で霊夢を薙ぎ払おうとしていたのだ。あの翼は高速で移動するための一時的な霊力器官なだけでなく、攻撃を行うための武器でもあるのだ。
 霊夢は強化によって身についた視覚と俊敏さで突撃をかわし、すれ違いざまに誘導型の札を投射する。少しでも動きを妨害するための攻撃だったが、札は佳苗に届く直前で風にあおられ、ひらひらと落ちていく。ただの風で力を奪われる代物ではないから、防御の術がかけられた風を周囲にまとわせていると推測できた。
 攻防ともに優れ、風と速さを兼ね備えた術。彼女の中に神と天狗、両方の血が流れていることを彷彿とさせるものだった。次の突撃を回避した時には針を撃ってみたが、ぐにゃぐにゃにひん曲げられて札と同じように力なく落下していく。
 佳苗という強固な星を、高速で動き続けるその姿を捉え続けたままに反撃を行わなければならないが、それは言うほど簡単ではなかった。続く回避が偶然でないと察するやいなや体当たりの頻度を徐々に増していき、霊夢に小手先以上の攻撃をする余裕を一切与えてくれないのだ。だが霊夢のほうでも視覚し、感覚できる攻撃を食らうことはなかった。速いというのは融通が利かないということでもある。動きが直線的になり、読みやすくなるというありがちな欠点を佳苗もまた抱えていた。激しい動きと緩急を平然と両立する霧雨魔理沙を師匠として飛行を覚えた霊夢に、見え見えとなった動きはもはや通じない。だが霊夢にも有効な攻撃を仕掛ける機会は与えられなかった
 結果として訪れたのは双方の時間切れだった。佳苗はスペルの連続使用によって疲弊し、霊夢は緊張を強いられる回避の連続と強化の使用によって消耗し、今回もまた痛み分けの様相を呈していた。
「どうやら力勝負でも速さ勝負でも互角みたいね」
「よく言うわよ、自慢の速さをひょいひょいかわして! 本当にむかつくわ!」
 佳苗は感情を剥き出しにしてぽんぽんと霊夢にぶつけてくる。むっつりと黙ったままお互いに避け合っていたのでは決して知ることのできない一面だった。
「そんなに強いのにわたしと会うとき、いつも自信なさそうな顔してさ! だからわたし、実際に戦ったら簡単に勝てるかもしれないって思ったの。そんなに強いなら何もできないって顔、わたしにするんじゃないわよ!」
 清々しいくらいに真っ直ぐな感情だった。これほどの激情をぐっと堪え忍ばせてきただなんて、それだけでちょっとした罪悪感が湧いてくる。だがそう考えたのも僅かな間だけだった。彼女の感情が高まるごと、不穏な風の巡りが強くなっていくのに気付いたからだ。空にはいつの間にか颱風のように黒々とした雲が渦を巻いている。いつ稲光が落ちても不思議ではないほどの、荒ぶる神を思わせる所行だった。
「力でも速さでも互角なら、最後は巫女としてどちらが強いのかで勝負よ!」
 そして佳苗は巫女としての強さを表現するため、神憑ろしを行おうとしている。荒々しく全てを吹き飛ばす風だから、おそらくは八坂神奈子の力を借りるつもりなのだろう。
 その場に留まるのも難しいほどの強風が吹き荒ぶ。これから迫り来るのはきっと佳苗が使用する中でも最大の力を持つ符であり、これまでに対峙してきた強敵のスペルに負けるとも劣らない激しい攻撃が降り注ぐはずだった。
 だがそれは突如として訪れた暗闇によって遮られた。太陽の消失から間もなく、空にはわざとらしいほどに大きく明るい偽物の月が浮かび、霊夢だけでなく郷に住むあらゆる存在をあざ笑っているかのように見えた。
 佳苗は術を解き、偽物の月を指差す。これまで何度やっても辿り着くのは無理だったから最近は何もせずに満月の夜を待ち続けていたのだが、霊夢は佳苗とともに偽物の月を目指していた。霊夢の勘は無理だと囁いていたが、無視してひたすらに上を目指す。何としてでもあの月まで辿り着き、佳苗とともに謎を解き明かす。元凶がいたら何としてでもとっちめる。一人では駄目でも二人ならできるのではないかと少しだけ期待してしまった。
 だが事実は気持ちを裏切った。月が消えると霊夢は地面に立っており、空から一ミリも浮いていなかった。これまでの勝負を無駄と言われたような気がして、霊夢は悔しくてならなかった。
 そして隣を見ると佳苗も悔しさで顔を歪めていた。
「カメラ、あの月が出ている間はやっぱり作動しませんでした」二人してその場に突っ立っていると、美真がしょんぼりとした様子で近付いてくる。「観測や分析をされるのが嫌ならそもそも姿を現さなければ良いのに」
 美真の言うことには確かに一理あった。到達を妨げる強固な仕組みを用意するより、姿を消しているほうがずっと労力が少なくて済むはずなのに、現実はそうではない。偽物の月が現れ、間髪入れずに特定の機械や装置が、電力の有無に関係なく使用できなくなる。ちぐはぐで一貫性を欠いた行動だった。永琳は姿を隠し続けることができないのではという推測を述べていたが、やはりそれはおかしなことだった。
 もどかしさを言葉にできず押し黙っていると、美真がおずおずと手を上げる。これから発言をしたいとき、まるで学校の生徒であるかのような仕草を見せるのだ。彼女が少し前まで学生だった頃の名残だった。
「もしかすると二つの事象は全くの無関係なのかもしれませんね」
「無関係と言うと、月の登場とその後の機械が止まる現象は別々の意図で引き起こされているということ?」
 霊夢の問いに美真が頷きかけ、佳苗が「いや、それはおかしいでしょ」と否定の言葉を飛ばす。
「二つの現象はいつも一緒に起こっている。無関係ならば片方の現象だけが起こり、もう片方の現象が起こらない時だってあるはずなのに」
「明確な関係はなくとも、例えば風が吹けば風見鶏が回るような関連性があるのかもしれません」
「偽物の月の出現が、機械やカラクリが停止する何らかの機構ないし術式を誘発するということ?」
「そうですね……」佳苗の問いに美真は肯定も否定もせず、軽く俯いてしまう。彼女の中にも明確な推測は生まれていないことがその仕草から察せられた。「わたしたちの気付いていないことがあるのか、それとも……」
 美真は何か言いたげな表情を浮かべたが、黙って首を横に振る。何かを思いついたが誰かに打ち明ける段階ではないと言いたいらしい。
「どちらにしても数日後には満月の夜が訪れます。偽物の月への到達を妨げる結界を抜けるため、魔理沙さんはその機会を利用するつもりです。わたしもお供をする予定ですが」
「わたしも早苗様と一緒に調査へ向かう予定なの。だからここで勝って箔をつけておきたかったけど、それは次の機会に取っておくわ」
 佳苗はそう言って霊夢の顔をちらと見る。文句の一つでも言いたいのかと身構えたが、佳苗は霊夢の前まで来ると大きく頭を下げた。
「あんたのこと、好きになったわけじゃないけど舐めてたのは確かよ。弾幕を交わすまでもなくわたしのほうが強くて、異変を二つも解決したのは紛れだと思ってた。でもそんなことはなかった。中途半端に終わったけど勝負してみてそれがよく分かった。だからその……ごめんなさい。子供のように拗ねたり、不機嫌に振る舞ったり、馬鹿にするような態度を取ったの、きっと悪いことだし、嫌だったよね?」
 言葉を進めるたびに佳苗の顔はどんどんと崩れていき、いまや泣き出しそうなほどに歪んでいた。でも霊夢は佳苗の謝罪にすぐには応えられなかった。
 そもそもごめんと言われる筋合いなどないのだ。そっくりな気持ちを反射していた霊夢も佳苗に対して同じくらいに酷いことをしていたからだ。
 霊夢は佳苗が嫌いだった。嫌いだと言う気持ちをぶつけられただけで、相手のことを嫌いになれた。それは理由があって嫌いになるよりも怖ろしいことだ。いま、霊夢は佳苗のことをそこまで嫌いではない。苦手意識は残っていても普通に話ができるし、もう一度勝負を申し込まれたら喜んで応じるだろう。でもそれは佳苗の気持ちに応えたわけではない。相手が自分のことを嫌いではなくなったから、こちらもそうじゃなくなっただなんて、あまりにも不誠実だ。
 佳苗がもしも再び自分を嫌いになったら、それでも嫌い以外の気持ちを返す自信が霊夢にはなかった。
「やっぱり虫の良い話なのかな?」
 ぐすりと鼻を啜る音が聞こえ、霊夢は慌てて首を横に振る。
「そうじゃないの。そうじゃなくて……」
 気持ちを上手く言葉にできなかった。それを佳苗は悪い方向に受け止めたのだろう。くるりと背を向け、さよならも言わず飛び去ってしまった。

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この小説へのコメント

  1. 面白かったです二人もお互いを見るきっかけができてよかったです。

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