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2XXX年の幻想少女第3章 幻想の静止する日   幻想の静止する日 第10話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第3章 幻想の静止する日

公開日:2017年08月25日 / 最終更新日:2017年08月25日

 ミスティアの背中の羽根がひらひらと羽ばたくたび、夜空に赤と青の鏃弾が撒き散らされていく。二種類の弾幕は至る所で交錯し、毒々しい紫色の光を夜空に投げかけながら獲物である霊夢に向かって飛んでくる。
 奇妙な軌道を描く弾幕だが、少しばかり目がちかちかするだけで回避し難いものではなかった。以前に勝負した時よりは激しい攻撃だが、それでもいつものようにあまり考えることもなく弾をばら撒いているようにしか見えなかった。
 高速の機動を保ちながら、霊夢は弾幕の薄いところを見つけて扇状にしていた札を一斉に発射する。かつての霊夢が使用していたオリジナルの札は、使い始めの頃こそ力を急速に吸い取られる嫌な感覚を味わったものだが、今はその感覚に割と容易く堪えて扱うことができるようになっていた。
 札は吸い込まれるようにしてミスティアに直撃し、妖怪が博麗の技を食らった時に上がる白い煙が濛々と立ち上る。攻撃もぴたりと止んだが、霊夢は気を緩めることなく煙が薄れるのをじっと見守る。これで終わってくれれば簡単だが、ミスティアの態度や滲み出る妖力からしてこれで試合終了になるとは思えなかった。
 果たして煙が晴れたのち、ミスティアは動じる様子もなく空に浮いていた。妖力で拡大、延長された翼によって身をぐるりと包み、攻撃を完全に受け止め切っていたのだ。
 彼女の翼は紅魔館の悪魔と違い、鳥の妖怪という由来に発するもののはずだが、強大な妖力の発生器官ともなっているようだ。それにしても紫色の光を薄ぼんやりと放つその様は鳥というよりも、蛾を強く思い起こさせるものがあった。
「思ったよりも強い。使っている道具も、技も、動きも、かつてわたしを圧倒したあの霊夢を思い出させるものがある。ああ、思い出したら背中がむずむずして鳥肌が立ってきちゃった」
 強いと言いながら、ミスティアは些かも疲弊した様子がない。彼女は解放派と争っている時に時折ひょっこりと現れ、騒ぎをかき乱すことが何度かあったのだが、その時の彼女は人間の子供のような無邪気さを辺りに振りまいていた。だがそれは天真爛漫なふりをしていただけなのだ。
 霊夢の心の中に、相手の力量を見図り損ねていたことへの恥じらいの気持ちが今更ながらに浮かんでくる。
「ん? 暗い顔してるね。もしかして本気を出しても大したことないと思ってる?」
 そんなことはないと否定する前に、ミスティアの翼が再び展開し、先程と同じ赤と青の鏃型をした弾幕が大量に出現する。あくまでも数で押し潰す気であることを霊夢に見せつけるかのようだった。
「さあ、まずはプレステージ。華麗な蛾の舞い踊る様を目に灼きつけなさい」
《猛毒『毒蛾の暗闇演舞』》
 放たれた弾幕は蛾と称しながら、滑空する鳥のように迫ってくる。霊夢は素早く上昇して弾を回避し、再びミスティアに霊力のこもった札を投擲する。するとミスティアの弾幕の一部が急に動きを変え、次々と札に衝突していく。その様はまるで炎の中に飛び込んでいく蛾のようだった。札はあっという間に撃ち落とされて跡形もなくなってしまい、ミスティアの元には一発も届かない。
 あの鏃みたいな弾はミスティアの周囲にも展開されており、おそらくは近付いてくるものを弾でも人でも妖怪でも撃ち落としにくるに違いない。あるいは撃ち落とそうというのではなく、力あるもの全てを火に見立てているのかもしれない。強い光に抗うことのできない蛾はこぞって群がり、自然とこちらの脅威になる。
 回避自体は容易だが、鏃弾はそのたびに軌道を変え、力の源である霊夢を追いかけてくる。攻撃を放って一時的に弾の数を減らしても、供給元であるミスティアが存在する限り蛾は生み出され続け、いずれは逃げ場がなくなってしまう。派手さはないがじわじわと嫌らしい弾幕だった。
「ほら、最初の威勢はどうしたのかしら。それとも時間切れまでちょこまかと逃げ回るつもりかしら?」
 弾幕勝負は回避し続ければ勝ちなので、逃げ切っても勝利したと主張することはできる。だがそうするつもりはなかった。ミスティアはこちらの力を試しているのであり、逃げ続けているものにはきっと何も教えてくれない。
 霊夢は歯を二度噛み合わせて身体に強化をかけると追いかけてくる弾幕を一気に引き離し、大きく回り込みながらミスティア向けて針を発射する。蛾のように振る舞う弾幕はこれまでの攻撃と同様、一斉に群がって相殺しようとしたが、細い弾の形と弾速のせいか一部を削ることしかできず、守りを突破することができた。ミスティアは余裕綽々で回避してみせたが、札と違って防御しきれないと分かればそれで十分だった。
 更に強化を二段階駆け上ると、霊夢は距離を取ろうとしたミスティアに追いつく。背後にぴたりとついて優位を得るつもりだったが、ミスティアも夜雀を自称するだけあって霊夢の意図をすぐに読み、後ろを取られないように速度を上げる。あっという間に四段階強化した霊夢の攻撃にも対応できるようになり、針を憎たらしいくらいにやすやすと回避しながら、周囲に展開していた弾幕を適時放ってくる。先程より弾の放つ光が強くなり、目がちかちかしてたまらなかったが、夜の弾幕戦では割とありがちなことでもある。素早く明順応、暗順応する訓練は積んできたから、多少の目映さは無視してミスティアと彼女が放つ弾幕の全てを目に映す。
 そこで霊夢はふと、視界に違和感を覚える。いつもよりも目に見えるものが少なく、狭いのではないか。目を瞬かせ、気のせいだと言い聞かせてみたが、見るということにいささかの自信を持っているからこそ、少しでも変化があれば明敏に察してしまう。
 どこかで足を止めて違和感の原因を確かめたかったが、ミスティアはこちらの変化を察したかのように攻撃の手を強めてくる。弾幕のちかちかが更に増し、そのたびに視界が少しずつ狭まっていく。あの弾幕は見るだけで影響を及ぼすものだとようやく気付いたが、その時には既に普段の半分近くまで視界が狭まっていた。
 視界が完全に奪われる前に、ミスティアの符を止めなければならなかった。こうなっては形振り構っていることもできず、霊夢は符を取り出すと身体強化を更にもう一つ上げようと試みる。霊力の塊を生み出す符を発動し、弾幕もミスティアもまとめて一気に薙ぎ払う算段だったが、その前にちかちかする弾幕がぴたりと収まった。
 だが視界は回復せず、それどころか見通すことのできない範囲が徐々に増えていく。ミスティアが何かをやったということだけは分かるが、このままでは完全な暗闇に閉ざされて弾幕決闘どころではなくなってしまう。
「ちょっと! あんた一体、何をやったのよ?」
 妖力の立ちこめる方向に視線を向けるが、ミスティアは暗闇の中にあり、姿を確認することができない。夜の闇にはすっかり慣れており、感覚を強化すれば月や星の出ていない夜であっても普通に行動できるはずなのに、輪郭すらも分からないのだ。これは明らかに異常だった。
「わたしは夜雀だから、それに相応しいことをやって見せただけよ。知らなかったと言うのであれば、これからその怖さを思う存分に知ると良いわ」
 ミスティアは霊夢の問いに答えることなく、二つ目の符を宣言する。
《鷹符『イルスタードダイブ』》
 少ししてこちらに飛んできたのは、鷹のように鋭い速さで迫る鏃型の弾幕だった。毒蛾のようにまとわりつくことはなく、ただ速いだけでいつもなら簡単に回避できる弾幕なのに、視界が狭まっただけで満足な回避行動さえ取ることができなくなる。移動することすらろくにできず、霊夢は奇妙な踊りでも踊っているかのように無様な回避しかできなかった。
 ミスティアはそんな弱気を見逃すことなく、弾の数を徐々に増やしていく。全くもって変化のない、まっすぐ飛んでくるだけの弾だというのに、回避し損ねた弾が霊夢をかすり、慌てて前面に展開した結界もみるみる削られていく。誘導型の札を苦し紛れに投げつけてもミスティアの攻撃が緩むことはない。どう対処されているのかさえ分からないのがまた霊夢の不安をあおり立てる。
 こんなものどうすれば良いのかと叫びたかった。そうしなかったのはどうすれば対応できるかどうかが既に分かっていたからだ。
 視界が狭まったならその分だけ近付き、近距離で弾を撃ち合えば良い。シンプル、だけど実行の難しい答えだ。ミスティアの撃ってくる弾は速く、近付いての撃ち合いは本当に危険なものとなるだろう。あるいは相手をどこまでも追尾して撃ち倒す霊力の塊を放てば相手を見ることなく倒すこともできるかもしれない。
 しかしそれは一種の賭けだ。易々と札の一斉射を耐えてみせたことからもミスティアが霊力に対する高い防御力を有していることが察せられるし、こちらからは見えなくても向こうからは攻撃が迫ってくるのをはっきりと確認できる。必殺技というものは相手との戦いの中で機を見て使うものであり、相手の力量すらろくに図ることができていない状態で何の考えもなしに使えば防がれてしまう可能性が高い。
 かといって何もしないわけにはいかない。どうすべきか考えながら回避と防御を繰り返しているうち、これまで辛うじて回避の間に合うタイミングだったのが急に間に合わなくなり、髪の一房を切り裂きながらごく間近を鏃弾が通過していく。慌てて目測を計算し直し、そこでようやく視界が更に狭まっていたことに気付いた。
 このままではいよいよ押し切られるだけであり、すぐにでも行動を起こすべき時だった。霊夢はミスティアに追いすがる速さと咄嗟の弾幕もかわす反射神経、あとは少しでも視力が回復することを期待して強化を一つ上げる。
 五段階目は単に身体能力が強化されるだけでなく五感が一気に研ぎ澄まされ、調子が良い時には情報過多で頭痛がするくらいなのだが、そうした兆候は一切なく視界が広がることもない。だが闇の外から迫り来る鏃弾をより紙一重でかわすことはできるようになっていた。視界以外は確かに強化されていることを確認すると、霊夢は狭まった視界の中を一気に加速する。
 高速で撃ち出されるだけの弾が怖かった。弾幕が側を通過していくだけでひやりとしたし、何よりも慣れていたはずの闇が怖くてたまらなかった。霊夢はいつしか声を張り上げ、高速で飛んでくる弾を必死でかいくぐっていた。奇声でもなんでも良い、叫んでいなければ怖くて怖くて、闇そのものに押し潰されてしまいそうだった。
「おやおや、駄目じゃない。こんな楽しい勝負なんだよ? 叫ぶだなんてもったいないじゃない!」
 ミスティアはそう言うと、キンキンとして耳に障る歌を辺りに響かせ始める。すると霊夢の視界は更に狭くなり、自分とその周り数メートル程度しか視認できなくなってしまった。それなのに弾の勢いは更に激しさを増し、霊夢はその場に静止して対応することを余儀なくされる。
 闇雲な突撃すら許されない状況の中、ミスティアの声がまるで舞台挨拶をするかのように明るく朗々と響く。
「さあ、本日のメインステージ。夜雀が醸す暗闇の舞台で、鳥目のように踊り狂ってくたばるが良いわ」
《夜雀『真夜中のコーラスマスター』》
 これまでと違い、霊夢めがけて飛んでくるのは緑色の丸弾だった。こちらに迫ってくるだけで頭が割れそうになるような音が響き、視界が制限された霊夢の不安を容赦なくかき立てる。毒蛾でも夜雀でもない、これはミスティアの歌手としての力が込められた弾幕だった。
 この場にいるだけで消耗しそうになる中を霊夢はひたすら回避し、避けきれなかった弾は前面に展開した結界の盾で受け止める。音の弾と結界がぶつかり合うと中に込められた声が一気に解放されるのか、金切り声のような叫びが響いて聴覚をも覆い隠そうとしてくるのが本当にたまらなかった。悲しみと怒り、戸惑いで胸が一杯になり、比喩でなく胸が張り裂けそうだった。負の気持ちが徐々に満ち、ここから逃げ出したくてたまらない。こんな怖い弾幕なのだから背を向けて逃げ出してしまっても誰も責めたりはしないし、叱りもしないだろう。そんな後ろ向きの気持ちが急速に膨らんでいく。でも視界が狭められた中で、弾幕が荒れ狂う中を逃げることなんてできない。
 思考が徐々に薄れ、視界だけでなく思考までが徐々に狭まっていく。
 このまま黒く塗り潰され、弾幕に埋もれて撃ち落とされてしまうのが嫌だった。
 
 理不尽な恐怖を強いられるこの状況を一気に吹き飛ばしてしまいたい。
 
 そう思った瞬間、霊夢の手にいつの間にか一枚の符が握られていた。選んだという思考は一切なかったが、他の行動を取るなんて今の霊夢には考えることができず、今はこれを使うべきなのだと信じて符を思い切り握り潰す。
 どの符を使ったかは、発動した力によってすぐに分かった。ゆらゆらと刀身のゆらめく巨大な剣が手のうちに生まれたからだ。しかしそれはすぐに形を失い、まるで魔理沙が放つ魔砲のようにぐんぐんと際限なく伸びていく。
 本来はお祓い棒を鞘とし、結界を剣状に編んでその中に霊力を流し込むという手順を踏んで発動する符である。生み出された刀身は十メートル近いものとなり、剣状の結界内に凝縮された霊力によって魔理沙の魔砲を始めとした強力な弾幕すら切り裂くことができる。だが霊夢の手にお祓い棒はなく、霊力を閉じこめるための霊札も展開していない。
 だから霊力の剣はあやふやな形のまま、どこまでも固定されることがない。そして歯止めがないから気持ち悪くなるほど一気に霊力が吸われていき、激しい目眩が霊夢の意識を奪い去ろうとした。早く符を放棄しなければと思い、霊夢はぐっと手を握りしめ、発動したスペルの停止を宣言する。
 同時に視界が一気にクリアとなり、地上に下りていくミスティアが視界の端にちらりと見えた。こちらの攻撃に怯んで鎮守の杜に身を隠し、仕切り直しでもするのかと思ったのだが、ばきばきと木の枝が折れる音がしてそうではないことが分かった。
 ミスティアは霊夢の攻撃を受けて力を失い、墜落してしまったのだ。つまりは霊夢が一機落としたということだが、勝利したという気持ちはまるでなかった。苦し紛れの本当にたまたま出た一撃であり、しかもあの程度で倒せる相手でないことはこれまでの戦いから明らかである。少ししたら立ち上がり、再び襲いかかってくる可能性は高い。だがそうだとしても、霊夢の信条として墜落した者を放っておくことはできなかった。
 力の使い過ぎでふらふらする体をおして、霊夢は全力で墜落地点まで向かう。周囲にはミスティアと木々の衝突によって落ちてきた枝葉が散乱しており、彼女はその中心で倒れていた。
 霊夢は装備を構え、遠巻きに様子を確認する。微かに漏れる妖気から死んでいないことは確かだし、少なくとも外部にはなんら損傷が見られなかった。服がところどころ破れているのが辛うじて痛々しい程度で、とても行動不能になっているとは思えない。
 霊夢の見立てを示すかのように、ミスティアは体を動かして仰向けの大の字になる。だが立ち上がろうとはせず、ぼんやりと空を眺めるだけだった。
「ああ、なんて強烈な一撃。この感覚、久しく忘れてたわ。そうそう、妖怪退治されるってこんな感じだったなあ。とても懐かしい気分」
 過去には騒音を撒き散らすミスティアを追い払ったこともあるのだが、あんなものは妖怪退治のうちに入らなかったということらしい。彼女の強さを垣間見た今ならば負け惜しみでないことがはっきりと分かるし、その力をちっとも見抜けていなかったのが酷く間抜けなことに感じられた。
「その様子だとまだ元気そうね。あの一撃だけではお灸が少し足りないかしら」
 弱気を覆い隠すため、霊夢は手の中の札に霊力を込める。だがミスティアは動じる様子もなく、霊夢の行動を若気の至りのように笑ってみせた。
「おっかないことを言うのね。流石は博麗の巫女、この期に及んでもなおわたしを侮ることなく、完膚なきまでに叩きのめそうとしてくる」
 それだけの力を振り絞れるかどうかはかなり怪しいところだったが、弱気を見せれば意を復してすぐにでも襲いかかってくるかもしれない。呼吸を整える程度でも良いから時間を稼ぎたかった。
「そんな殺気立った顔をしなくて良いよ、もう戦う気はないからね。わたしはこの決闘によって博麗霊夢を理解した。だからこの騒動からは一抜けすることにしたのよ」
 急にそんなことを言われても信用ならなかったが、先程までの刺々しい妖気はすっかりと鳴りを潜めている。いつでも対応できるよう心構えを残したまま、霊夢は札を収めて小さく息をついた。
「それは……ありがたいことだけど、あんたはまだまだ戦えるし、周囲の虫たちをけしかければ形勢逆転だって簡単でしょう?」
「それは一対一の決闘をするという約束に反するから、背後に控えている怖い妖怪が二人とも加勢してくることになったはずよ。流石のわたしでも三対一では勝ち目がないし、ここに手勢として連れて来た虫の数って実はそこまで多くないの。わたしの能力によって大量の虫が潜んでいる風を装い、圧倒的に優位であると見せかけただけ」
「つまり、わたしはする必要のない苦労と無駄な戦いを行ったってわけ?」
 三人でかかれば最小限の消耗で済んでいたのだとしたら、こちらの戦力を削ぐための作戦に引っかかったということになる。ミスティアは首を小さく横に振った。
「いいえ、決して無駄ではないわ。わたしは三人がかりでかかってきたならば何も喋るつもりはなかったの。たとえどんなに酷い責め苦を味わわされてもね。でも貴方は巫女として堂々と戦い、人間の力だけでわたしから一機を落としてみせた。それはわたしが期待していたことでもある」
「期待って、退治されることが貴方の望みだったとでも言うの? まさか、そういう被虐趣味でもあるわけ?」
「いやちょっと待って、その……お願い、蔑むような目はやめて頂戴」ミスティアは先程までの達観した態度をかなぐり捨てて声を荒げ、それからこほんと咳をする。どうやら先程までの真面目な態度だけが彼女の本性というわけではないらしい。「わたしはね、貴方が妖怪退治のきちんとできる巫女かを確かめたかったの」
「うーん、まあそりゃ未熟なのは認めるけどさ」
「貴方が未熟者なのは分かり切ったことよ」ミスティアはさらりと身も蓋もないことを口にする。「昔の貴方と今の貴方で異なるのは妖怪に対して正しい怖れを抱いているのだということ。いくつかの大きな事件に巻き込まれたことが、貴方の心を変えたのだと思うわ」
「それは臆病になったということではないの?」
「怖れ、それでいてなお立ち向かうものを臆病とは言わない。勇気か蛮勇かと聞かれれば難しいところだけど」
 できれば蛮勇でなければ良いなとは思ったが、今年に入ってからの自分はとにかく無謀なことに挑んでばかりだった。それはきっと周りにいるのが強い人間や妖怪ばかりだから許されていることであり、特別な力を持たない、例えば両親のような人間がいつも側にいる状況ならば無茶は控えていたかもしれない。もしかすると博麗の巫女が親元から離れての一人暮らしを強制されるのはそのためなのかもしれない。
「浮かない顔をされては困るのよね。貴方にはこれからも怖れと強さを両立して欲しいのだから」
「でも、巫女が強くなれば妖怪にとって過ごしにくくなるのでは?」
「逆よ。退治者が強ければ強いほど、退治される妖怪たちもそれに見合う怖れを抱かれるものなの。神仏と見まごうような力を持つ退魔師、陰陽師が力を振るっていたかの時代はまた、妖怪にとっても全盛期であったのよ。気取った表現をするならば、光が強ければ影もまた濃くなるってこと」
 ミスティアの言いたいことが霊夢にもようやく分かってきた。だがそれは今回の異変を起こした理由の全てではないはずだった。
「わたしを試すのが目的にしてはやっていることが大袈裟過ぎないかしら?」
「貴方を試すつもりがあったのはわたしだけ。他の二人はまた別の理念によって動いている。まあ、実を言うとあまり乗り気ではなかったのよね。異変を起こす権限は与えられていたけど、霊夢との戦いでは一切公使しなかったわけだし」
「ふぅん……って、ちょっと待った。異変を起こす権限ってどういうことよ?」
 それではまるで、この異変を承認する存在がいるかのような物言いだ。
「そこまでよ、羽虫の王気取り」そいつは誰かと聞く前に、紫の凜と通る高い声が話を遮った。「あんたの魂胆は分かったわ。もう何もしないのであれば、こちらとしては殊更に罪を問うつもりもない。ただし一つだけ正直に答えてもらう」
 紫は強引に会話を打ち切り、ここからすぐにでも離れようとしている。だがここまで知ったのに、中途半端なままで先に進めるはずもない。
「さあ、さっさとわたしたちにお仲間の居場所を教えなさい。さもなくば今度は三人がかりで、制限時間なしの決闘が待ち受けているわ」
「制限時間なしは弾幕決闘の規則に反しているじゃない」
「先に規則を反したのはそちらでしょう?」
 紫は霊夢の一歩前に出ると、ミスティアを冷たく見下ろす。そこには口を噤むならば強引に開かせてやろうという強い意志が感じられた。
「そうね、話しても良いわ。でもその前に、霊夢としたかった話を最後までさせて頂戴」
「駄目よ。あのことを話すのでしょう?」
「それが叶わないならわたしは何も口にしない。わたしはこう見ても拷問には強いから貴方たちは何も聞き出せずここに釘付けということになる。霊夢と話をさせてもらえるなら、心当たりは全て話すつもりよ。さて、時間的にどちらが得だと思うかしら?」
 紫はなおもミスティアを恫喝しようとしたが、折れる気配は全くない。少しして紫の口から盛大な溜息が漏れ、この短い勝負の終わりをはっきりと示した。
「まあ、後の二人と対峙すれば自然と知れることか。しょうがない、霊夢と話をすることを許す。ただし手短にね」
 負け惜しみのようにそれだけを口にすると、紫は境界を生み出してこの場からするりと姿を消してしまった。そんなことせずに振り返って歩けば良いのだが、背中を向けて後退するというのは彼女の沽券に関わるのかもしれなかった。
 こうして霊夢はミスティアとまた二人きりになる。紫も橙も影でこっそり聞き耳を立てているのかもしれないが、この郷はそんな奴ばかりだからいちいち気にしてばかりでは巫女としてやっていけるはずもない。
「さあ、そちらの要求は飲んだのだから心当たりについて話してもらいましょう」
 霊夢はそう言って、ミスティアとの会話を再開するのだった。

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