東方二次小説

2XXX年の幻想少女第5章 人と妖の境界   人と妖の境界 第3話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第5章 人と妖の境界

公開日:2019年09月12日 / 最終更新日:2019年09月12日

ピー子と雑談を交わした数日後、わたしは師匠である魔理沙の家を訪れていた。ある疑問を古くから幻想郷の住人である魔理沙にぶつけるためだ。
 家の中は相変わらずごちゃごちゃしており、訪ねるや否や魔理沙はわたしに助けを求めてきた。掃除に洗濯、散らかった本や書類の片付け。一緒に住んでいた頃はわたしが一手に引き受けていたのだが、その時にどうやら甘やかし過ぎたらしい。いくら居候の身だとしても、掃除の習慣を忘れさせてはいけなかった。
「年を取ると色々なことが億劫になって、片付けをする気力もなくなるんだ。やらなければいけないと分かってはいるんだがね」
 ばばむさいことを口にする魔理沙を駆り立て、ほぼ半日かけて家中の掃除を済ませ、溜まっていた洗濯物をまとめて洗濯機に放り込み、数少ない日照地にまとめて干す。台所だけは清潔だったが、これは魔理沙が食を捨てており、ものを食べる必要がほとんどないからだ。わたしと暮らしている時は一緒に食べていたが、本来なら僅かな魔力を取り入れるだけで大丈夫だと聞いている。代謝がないから臭いもほとんどしない。もっともこれは魔理沙だけでなく、アリスもパチュリーも、長生の妖怪はみんなそうだ。長く生きると生き物からは臭いが失われていくらしい。最低でもあと三百年は生きようというプランを立てているわたしだが、折りに連れて寿命を克服した生き物の非人間性を突きつけられると若干、怯むものはある。
「何もしなければ、化石になってしまいますよ」
 これは半ば比喩で、半ば比喩ではない。徒に生きるだけでは、やがて化石当然の生き物になる。魔理沙が七百年余も生きてきてなお溌剌としているのは、己をしっかり保っているからだ。わたしが食を捨て、虫を捨てるならば三百年後だけでなく、より先を見据えた半永久的な目標を立てるべきなのだろう。それを見出すことでわたしはようやく寿命を捨て、魔女の道に旅立てる。食や虫を捨てるほどの大層な魔法使いではなく、失敗して人間の寿命で死ぬ確率のほうが高いけれど、夢破れた時のことはあまり考えたくなかった。わたしはネガティブだから、失敗したときのことを考えると上手くいくものも駄目になってしまう。
「何かはしてるさ。実を言うとわたしの方から美真の家を訪ねる予定だってあった。でもまずは美真がわたしを訪ねた目的から片付けようじゃないか」
 家内を少しだけましにしてから勝手知ったる台所でお茶を淹れ、一息つきながら話していると、魔理沙からそう切り出された。そこでわたしは本来の目的をすっかり忘れていたことを思い出した。
「その顔はやっぱり忘れてたな。しっかりしているように見えて、割と肝心なところがよく抜けてるよな」
「魔理沙さんが普段から家の掃除をきちんとしていたら、抜けるようなことはありませんでした!」
 抗弁したが、魔理沙の指摘が正しいのも確かであり。頬の熱を誤魔化すために手でぺしぺしと叩いてから魔理沙を恨めしそうに睨みつけると、拝むように手を合わされた。宗教が発達しなかったわたしの世界では馴染みのない仕草だが、手を合わせる文化を知らないわたしでもそこに謝罪の意がこもっていることは最初から理解できた。なんとも不思議な仕草だなあと思い、脱線に気付き慌てて隅に追いやる。こうした思考の移動が魔理沙の指摘する抜けに繋がっているのだが、この性格はなかなか直せない。
 気持ちを切り替えるために茶を幾分か含み、ゆっくりと飲み下してから、記憶と言葉を整える。
「魔理沙さんに聞きたいのは、異変についてです」
 異変という言葉を聞いた途端、これまで楽しそうだった魔理沙の表情がすっと引き締まる。前々からことあるごとに感じるものではあったが、この郷の人間にとって異変は特別な意味を持つ言葉なのだ。
 かつて、わたし自身が異変の対象であったことは非常に危うい状況だったのだ。そうと察しながらわたしを庇ってくれた魔理沙もまた、ただですまなかったかもしれない。今の魔理沙を見るとそれがよく分かる。
「かつての異変の主がまた今更だな。もしかして、人里でちくりと棘でも刺されたか?」
「そういうわけではなく、定義が気になったんです。半年前に起きたアイドル騒ぎですが、妖精が守矢主導のもと、徒党を組んで活動を始めたことは摩多羅隠岐奈と名乗る賢人によって異変相当の扱いとされました。ですがその発端となる四季の乱れは自然現象という扱いでした。わたしからすればどちらも異変と呼ぶべき変化なのですが、この二つの違いはどこにあるのでしょうか?」
 わたしの質問に、魔理沙はなんだそんなことかといった顔をする。もっと深刻な話を切り出されると考えていたらしい。実を言えばそれは正しいのだが、いきなり確信を切り出したら警戒されると思い、回りくどく周囲から固めていくことにしたのだ。その判断は間違っていなかったらしい。
「実を言えば異変に明確な定義はないんだ。隠岐奈の起こした四季の乱れも最初にやらかした時は原因不明の怪現象として異変扱いされていた。自然現象の一種であると判明したのは異変の黒幕である隠岐奈自身が明かしたことだ。その言い分にしても信用できるものではなし、誰も覆すことができず否定もしなかったから、結果として自然現象の扱いになったわけだな」
 ピー子はわたしに、幻想郷に起きる異変の定義が分からないと零していたがなんのことはない。そんなものは最初から存在しないのだ。
「個人の主観以上のものは何もないと?」
「わたしはそう考えているが、敢えて理屈をつけようと思えばつけられなくもない。異変とは郷の基盤を揺るがす、不可逆的な現象群に指定されることが多い。先程も言ったようにそれが全てではないけどな」
「自然現象などの不可逆ではない出来事が異変扱いされることもあるわけですね。その逆で自然現象と思われていたことが実は異変だったという例も?」
「逆例ならそれこそ、お前の相棒が起こした異変が正にそうだったじゃないか。最初は四季の乱れかと思いきや、実は光を吸い尽くす機械の起こした問題だった。発覚こそ遅れるが、そうした例はいずれ異変として処理される」
「なるほど……後に異変と判明する場合、どのみち異変としてカウントされるから議論する意味はないと」
「そういうことだが、どうも納得できないという顔をしているな。遠慮なく言ってみると良い」
「妙なことを言うと笑ったりしませんか?」
「そりゃ、妙なことを言えば笑うよ。傾聴に値するようだったら真剣に耳を傾ける。美真のプレゼン次第だな」
 魔理沙の発言はなかなかに手厳しい。私生活においてはややずぼら、魔法についても上手くできれば褒めてくれる、駄目でも次があるさと励ましてくれるが、ふとこうした厳しさが顔を覗かせる。鷹揚で何でも許すように見えて一本の筋が通っているのだ。
 何度も理屈を確認した。通るだろうとは思っているが、価値ありと考えてくれるかどうかは分からない。わたしの言葉と理屈に力があると信じるしかなかった。
「四季の乱れは隠岐奈さんの言う通り、自然と収まりました。でも、不可逆となってしまったものが一つあります。ネットの回線速度です」
 わたしの指摘に魔理沙の眉がぴくりと動く。興味の虫が騒いだときの反応の一つだ。然るにわたしの指摘は傾聴の価値があるらしい。
「四季祭りもアイドル騒ぎも全ては摩多羅隠岐奈の掌の上だったと言いたいわけだ。でも四季祭りは六十年に一度のサイクルを欠かすことなく、七百年以上も行われてきた祭だ。いくら隠岐奈の計画とはいえ、ネット回線を高速化するという目的のためだけにそこまで迂遠な計画を立てるとは思えない。色々と疑わしい奴だが、あの祭りは郷に四季を認識させるという目的しか含んでいないと思うよ。それとも美真はわたしや他の賢者さえも知らない情報を何か、つかんでいるとでも?」
「情報の仕入先は明かせませんが、ネットの回線が高速化された直後から郷の中を行き交う情報の量が一気に増大しているんです」
「それはネットが高速化されたからなのでは?」
「それにしては変化があまりに早過ぎるんです。まるでネットの高速化を手ぐすね引いて待ち受けていた奴らがいるかのような増大の仕方だと言っていました」
 魔理沙はふうむと、気の乗らない相槌を打つ。
「パチュリーほど酷くはないが、わたしも最新の技術を余すことなく把握しているわけではないんだ。美真は技術の申し子であり、わたしよりもネットを中心とした技術にずっと詳しい。そんなお前が危惧するべきと言うならば、分からないなりに耳を傾ける用意はある」
 その言葉を聞いて、わたしは内心に安堵する。気が乗らないのではなく、わたしの話を理解できないなりに、どう受け止めれば良いかという悩みが口に出ただけらしい。
「情報源が気になるところだが、それはさておこう。隠岐奈が今も暗躍を続けているとなれば憂慮すべき事態だ。なにしろあいつは幻想郷を創った賢者の一人であり、その気になれば郷を壊して一から創り直すことさえ可能らしい。いくらか盛っているとは思うが実力者であることは間違いない。わたし一人では手に余るな……情報源氏はどのような情報が行き来しているかをどれくらい明かしてくれたんだ?」
「分からないそうです。情報源曰く、公開鍵暗号の計算量的安全性は突破できるが、完全なワンタイムパッド式の暗号を実現されたらお手上げだ、とのことでしたが」
「……すまん、日本語で話してくれ」
「原理的に解読不可能な暗号を使用しての通信が行われているんです。回線の高速化とほぼ同時に増大した情報の大半にはこの暗号が利用されており、どんなに計算量の高いパソコンであっても解読用の鍵を予想できず、中身を読み取ることができません」
「暗号と復号の理屈ならわたしにも少しは分かる。どうやってるかは想像もできないが、暗号に使う鍵を予測できない形で都度生成し、使い回しせずに捨ててるってことかな。そこまで厳密な方式で秘密の通信を使い、ネットの管理者たちにさえ読み取れない情報を日々やり取りしている……まるで悪巧みをしているかのようだな」
 わたしもピー子の話を聞き、同じ結論に至った。だからこそ魔理沙に相談をしに来たのだ。
「ネットを解析しても問題を解決することはできません。根がどこにあるかは分かりませんが、わたしはこれから大量の暗号通信を行っている何者かを突き止めるために動くつもりです」
「そしてわたしにも協力して欲しいってことか?」
「わたしの意見が妥当であると判定して欲しかっただけですが、そうしてもらえると助かります。正直なところ、わたしだけでは手に余りますから。実を言うと霊夢さんや佳苗にも協力を仰ぐつもりでして」
 二人とも巫女が忙しいから協力してもらえるかどうかは微妙なところだが、常日頃から異変や問題に近い所にいる彼女たちなら不審な動きをつかんでいるかもしれない。そこから根っこに辿り着くことができればと考えたのだ。
「悪巧みの得意な知り合いは枚挙に暇がない。蛇の道は蛇と言うし、ぴんと来る奴もいるかもしれない。美真の話した件に心当たりがないかどうか聞いておこう」
 魔理沙も蛇の道を知る蛇の一人だが、その顔からして善良な魔法使いであると信じ切っている節がある。なんとも呆れるようなふてぶてしさだが、今のわたしにはそのような図太さと精神の強靱さが何よりも求められる。
 普段なら見習いたくないが、今回だけはしっかりと見習うつもりだった。
「となるとわたしの用事は全てが片付いてからのほうが良いかな。完全な私事都合だし」
「時間をそこまで取らないなら良いですよ」
 協力してくれるのだし、師匠が困っているならば手を貸してあげたかった。魔法だけでなくここでの暮らし方を教えてくれた恩人だし、返すべき借りはいくらでもある。
「フレンドコードの交換をお願いしたくてね。実は最近、あるゲームを始めたんだが」
 魔理沙は新調したばかりのケータイを取り出し、画面を操作してゲームを起動させる。フレンドコードという言葉を聞いたときから嫌な予感はしていたが、画面にはレジェンド・オブ・アイドルのタイトルが表示されていた。
「えっと、魔理沙さんはどういう理由でこのゲームを始めたのですか?」
「魔法教室の友人に勧められたんだよ」
「魔法、教室……?」
 魔理沙は郷にその名を轟かせる魔法使いであり、今更誰かに師事するような立場ではない。ましてや魔法の教室に通う必要などないはずだ。訝しく思っていると、魔理沙は照れ臭そうに頭を掻いた。
「実はコモンマジックを習ってるんだ。少し前までは現代魔法と呼ばれていたんだけど、今はそう言うらしいな」
「ああ、そういうことですね。魔理沙さんたら、かつては興味ないって言ってたくせに」
 コモンマジックとは専用のアプリ経由で使用する魔法全般を指す。画面に表示された魔法陣を基に電子回路を疑似的な魔術回路と認識させ、誰でも魔法を使用できるというのが売りである。
 わたしもいくつかのアプリをダウンロードして使ってみたが、魔理沙から学んだ魔法に比べればできることは非常に限られている。だが、手軽さで言えば圧倒的な軍配が上がる。普通の人が魔法というものを気軽に体験するなら用途としては十分だし、ネットの高速化に伴い魔法陣の種類も多様化している。従来の魔術大系を書き換えるほどのものではないにしろ、補完してより便利に使うための媒体にできるため、かねてより研究を進めていた代物だ。
「従来の魔法にいちいちケチをつけてくるのが気に入らなかったけど、自分の知らない魔法があれば知恵を拝借するのが霧雨流だ。最近はオンラインでもオフラインでも講座が乱立しているし、少しばかり変装して週一で通っているというわけだ」
「そこでできた友人に紹介されたと」
「ああ。やってみると非常によくできててさ、音ゲーもプロデュースも楽しくて睡眠を忘れそうになる。ちなみにこれがいまプロデュースしているグループ」
 おそるおそる覗き込んだが、わたしを含めファンタのメンバーは誰もいない。それはないと薄々気付いてはいたが、わたしをからかう意図はないらしい。
「美真は流行に聡いし、やってるんじゃないかなと思い、声をかけたわけだ。強いフレンドがいると有利だしな」
「ごめんなさい、ゲームには疎いんですよ。レジェンド・オブ・アイドルでしたっけ? 今日初めて聞きました」
 わたしが引いたキャラは霊夢だけである。フレンド登録をしたらファンタのメンバーも引けることが間違いなく魔理沙にばれる。
 いつかは知られるかもしれないが、今日である必要は全くない。だから知らぬ存ぜぬで押し通した。
「そうか、そりゃ残念。でも面白いゲームだから、息抜き用にインストールしてみると良いぜ」
「えっと、前向きに善処します……」
 曖昧な答えを返すと、わたしはこれ以上の藪蛇を出さないよう、すぐにでも自宅に戻るつもりだった。
 そのとき、ぐらりと視界が揺らいだ。地面が小刻みに揺れ、少しずつ激しくなっていく。
「地震ですね。そんなに大きくはないみたいですが」
 体感で震度三といったところだろうか。幻想郷に来てから初めての地震なので最初こそ身構えたが、警戒にも避難にも程遠い代物だった。
 だが魔理沙はそう考えていないようだった。楽しそうにゲームの話をしていたのが嘘であるかのように、いつになく気難しい顔をしていた。
「地震とは妙だな。天変地異の類は起こらないように調節しているはずなんだが……」
「四季が再現されているのだから、地震も起きるものだと思っていました。そうじゃないんですか?」
「ああ。調節が上手くいってないのか、それとも誰かが故意にやったのか」
「地震って故意に起こせるものなんですか?」
 わたしがかつていた世界だと、地震兵器なるものが都市伝説として語られることが稀にあった程度だ。それも莫大なエネルギーを操るなど現在の技術では開発できるはずがないという専門家の意見によって一蹴されていた。
「前にやらかした奴がいる。比那名居天子とかいうお騒がせ天人だ。えっと、あいつがかつて地震を起こした時にはまず何をやったかな……何かの建物をぶっ壊したはずなんだが、思い出せん。ええい、年は取りたくないな!」
 魔理沙は素早く席を立つと、若者としか思えない足取りで家の外に出る。わたしも後を追い、空に浮かぶと遙か遠く、東の里に視界を向ける。幻想郷において建物が並ぶ場所といえばなんといっても人里である。
 魔理沙の姿は空にない。どうやら別の場所を探しに行ったらしい。思い当たる節のないわたしは、このまま東の里に向かうしかなかった。
 里の側まで寄ってみても倒壊した建物は見当たらない。代わりに目立ったのはそこかしこで派手に取り乱す人たちである。この世の終わりだと喚いたり、どうすれば良いのだと警察や自警団にくってかかったりと、まるで地震という天変地異を今日初めて知ったかのようだ。
「魔理沙さんは地震が起きないよう調節していると言っていた。それはつまり、普通の寿命を持つ郷の人間で地震に遭遇した経験のある人は誰もいないということ。それなら取り乱すのも仕方がないか」
 なんとかしたかったが、わたしの魔法は地震で取り乱す人たちに慰めを与えることはできない。大したことのない揺れと説得しても届くことはないだろう。二年近くをこの郷で暮らしてなお、わたしは異邦人なのだから。
 無力感に苛まれながら里の様子を眺めているうち、一つの変化が訪れた。貫頭衣に似た奇妙な出で立ちを身にまとった人の集団が何処からともなく現れ、堂々とした態度で騒ぎを収め始めたのだ。気になって風を使った聞き耳を立ててみると、彼ら/彼女らは「月光魔術教団」を名乗っており、どんなに罵声や怒りを浴びせられてもびくともしなかった。何かの教えを強く信じているであろう、確信の表情があった。
 わたしはそれらの顔に心当たりがあった。太陽を巡るリングを信奉する祭祀者たちが、同じような顔をして堂々と教えを説いていたのだ。
 リングが単なるまやかしであり、星の鉱物資源を収集するためだけの代物であると、今のわたしは知っている。地球の遙か上にある者たちが、リングを完成させるために都合の良い教えを信じ込ませていたのだ。
 彼ら/彼女らからはリングの信奉者たちと同じ臭いを感じる。誰かが都合の良い教えを信じ込ませ、信徒を上手く道具として利用している。地震に怯えることなく、今回の件を利用して信奉者を増やそうとしている節すらある。
 確信があるわけではない。だが、後ろ暗い秘密の通信を行っているのはあいつらなのではないかという、直観のようなものが背筋を貫いた。
 それが正しいか否かは別として、リングの信奉者たちと似ている集団ならば見過ごすことはできない。
 わたしは教団員たちの流れを、なおも目で追っていく。すると幹部らしきフードを被った人物にうががいを立て、あるいは報告する姿を目撃することができた。彼ら/彼女らはその幹部の前に立つと仰々しくケータイを掲げ。
「人の世と偉大なる魔術のために!」
 そんなことを口にする。これが魔術教団の教義、人身を束ねる要なのだろう。
「つきの様、我らを正しい道に導き賜え!」
 あの幹部はどうやら「つきの」という名字らしい。名前かもしれないが、どちらかというと名字のほうがしっくり来る。月野、月之、月乃……どう読むのだろうか。
 そんなことを考えているうち、つきのと呼ばれた幹部らしき人物がフードを取り、顔を晒す。壮年の男性を予想していたが、わたしと同い年くらいの眼鏡をかけた少女だった。
「乱れた心に安寧を与えるのです。人は何者にも負けない万物の霊長であるということをじっくりと話して聞かせてあげなさい。そう、我々は地震になど怯える必要はない。我々はもはや何も恐れる必要はない。神も妖怪も、全ては人の下となる。もちろん、古典的な魔女など恐るるに値しない」
 彼女は空を見上げ、不敵な笑みを浮かべる。聞き耳を立てていることなど、とうの昔に見抜いていたのだ。潮時と見てその場を離れ、魔法の森の上空まで戻ってみると、魔理沙が慌てて近付いてきた。
「思い出した、博麗神社だよ!」
 そしていきなりなことを口にし、肩を揺すってきた。
「落ち着いてください、どうしたんですか藪から棒に」
「最初に壊れされた建物だよ! あの異変は博麗神社の倒壊から始まり、天人の度重なる討伐によって終わった。だから急いで神社の様子を見に行かないと!」
 正直なところ、月光魔術教団とつきの様のことで頭が一杯だった。それでも博麗神社が、霊夢が危ないと聞いては放っておけず、全速力をもって神社の上空に到達する。
 わたしと魔理沙を待ち受けていたのは拍子抜けするような光景だった。博麗神社は健在であり、地上では霊夢と紫が何やら言い争っていた。
「どうする? 聞き耳でも立ててみるか?」
 そうしたいのはやまやまだったが、先程聞き耳を立てて大失敗をしたばかりである。友人の喧嘩なこともあり、何もせず争いの終わるのを待つことにした。
「ふむふむ、やはり比那名居天子が事件に関わっているらしいな。しかも以前とは話が違うらしい」
 わたしの配慮などどこ吹く風、魔理沙は霊夢と紫の会話を平然と聞き耳していた。
「どうやら天子は霊夢が追うことになったらしい。わたしたちも手伝うことはできるが、どうする?」
 暗号通信の件で霊夢に協力を仰ぐなら、ここで手を貸すのが筋である。だが、わたしにはどうしても探らなければならない事情ができてしまった。
「それは難しいという顔をしてるな。まあ良いさ、誰もが同じ問題を追わなければならないという理由はない」
「すみません、やらなければならないことができてしまって」少し迷ったが、相手は魔術教団を名乗る集団だ。魔理沙に訊けば分かることもあるかもしれないと思い、率直な疑問を口にする。「魔理沙さんは月光魔術教団というものをご存じですか?」
「いや、聞いたことはないな。魔術教団という響きから察するに、わたしや美真と同族ってことになるが」
「人間は万物の霊長であることを思い出し、神や妖怪を下に置くと宣言していました」
「ふうむ、それは邪教というか、郷では決して許容されない教えだな。そんなものが流行っているとしたら……同じ宗教者ならば何か知っているかもしれないな」
「宗教者と言えば命蓮寺の住職とか、神霊廟の仙人とか、その辺りですかね?」
「あとは守矢神社に、一応は博麗神社も範疇内だが、あそこはもう宗教の組織ではなく公共の組織だからな。おそらくは参考にならんだろう。とまれ、三勢力とも信仰を集めることに力を入れているから、郷に奇妙な教えが広まっているようなら何かつかんでいるだろう」
 ここからだと命蓮寺が一番近い。心情的には友人のいる守矢神社を訪れたいが、あそこは距離もあるし、魔術教団を名乗っているならば魔法使いの住職に聞くのが筋でもある。それに実を言うと、命蓮寺の住職には少し興味があった。魔理沙だけでなくアリスやパチュリーまで、彼女のことを魔法使いの一種の理想だと言っていたからだ。身体強化の魔術にも長けており、食や虫を捨てるための知識を得られるかもしれない。
 最優先はあくまでも月光魔術教団の情報を得ることだが、いくつか追加の知識を得るための脱線なら許されるのではないか……いや、駄目だ駄目だ。脱線すると我を忘れ、抜けてしまうことを先程、魔理沙に指摘されたばかりではないか。
「気になることもいくつかあるし、わたしもわたしで別行動を取りたい。ただし情報の共有だけは密にしよう。一日に一度、分かったことは共有する。不確かなことでもなんでもだ。美真は整理できないことを整理できるまで潜めておく癖があるけど、未知の異変や事件では整理できていない剥き出しの情報こそ重要になるからな」
「分かりました、気をつけます」
 やはり魔理沙はわたしのことをよく見ている。情報を溜め込まないと胸のうちに言い聞かせてから、わたしは魔理沙と別れ、魔術教団の情報を手に入れるため、命蓮寺に向かうのだった。


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