東方二次小説

2XXX年の幻想少女第5章 人と妖の境界   人と妖の境界 第7話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第5章 人と妖の境界

公開日:2019年10月10日 / 最終更新日:2019年10月10日

 霧雨商会とは東の里を中心に幅広く商いを行っており、最近はコンピュータやケータイ関連のアプリケーション開発、販売に力を入れている会社である。
 起業は今から二百年ほど前、創業者は霧雨の姓を持つが魔法の才能はない。初代はいかなる伝手を辿ったのか天狗や河童と手を結び、北の里で製造される機械を東の里で販売する代理店を構え着々と商いの手を伸ばしていった。
 今でもその伝手は失われておらず、妖怪の山の各勢力は霧雨商会に様々な便宜を図っている。
 これらはネットでも簡単に調べることのできる霧雨商会の概要である。魔理沙と血縁関係があるかどうかは不明であり、DNA検査の確立されていない幻想郷において明確な証明を行うことは不可能である。だが、妖怪の山との関係を得るのに魔理沙の名前と評判を使った可能性はある。
 それ自体はなんら悪いことでもないし、魔理沙が聞けば上手くやったなあと褒めるはずだ。問題は妖怪と協力関係を築いておきながら何故、人間を尊び妖怪を排斥するような主義主張を行う教団と手を組んだのかということだ。
 それは禁忌の教えであり、もしばれたりしたら妖怪との協力関係は当然ながらご破算、霧雨商会の信用はがた落ちになる。
 妖怪というのは人を見下しがちな、厄介な存在である。人間から魔法使いになった魔理沙でさえその傾向があるのだから、生粋の妖怪ならば輪をかけて傲慢な態度に出る可能性は高い。今もなお人を凌ぐ技術を有しているならば、いくらでも無理難題を押しつけることができる。それが嫌になったということは考えられるし、あの名称不確定なアプリが魔道を修めていなくても強力な魔法を使用できる代物だとしたら、開発を期に妖怪と縁を切る選択肢が生まれたとしてもなんら不思議ではない。
 もしかすると霧雨商会が月光魔法教団と結託したのではなく、商会=教団ということも考えられる。だとすれば、その謎と陰謀を探ろうとしているわたしは竜の穴に入ろうとしていることになる。霧雨商会の第一ビルには周到な罠が仕掛けられているかもしれない。
 だが、手がかりはあそこにしかない。わたしの世界には宝を手に入れようとするなら、勇気を持って竜の穴に飛び込むしかないという意味の諺がある。
『わたしの世界では、宝は虎の穴の中にあるんだ。世界が違うと竜になるのか、なるほどなるほど』
 魔理沙が楽しそうに笑い飛ばし、わたしも可笑しくてたまらなかったのだけど。
 この諺を今はぐっと噛みしめる必要があるわけだ。


 禁忌の教えを広めているのだから物々しいと思っていたが、霧雨商会の第一ビルは至って普通の建物であり、受付の事務員は快い笑顔とともに対応してくれ、ゲストカードを貸し出してくれた。
「エレベータの中に入ったらこのカードを読み取り機にかざし、四のボタンを押してください。お客様に貸し出したカードは四階にのみ移動可能であり、他階のボタンを押しても反応はしません。予めご了承ください」
 セキュリティのしっかりした施設であるらしく、その点は若干怪しいとも言えた。
 幻想郷はわたしのいた世界に比べ開放的であり、鍵をかけない家も多い。犯罪者がいないわけではないが、人口や文明水準に対して犯罪率は低く、貧困というものが目立つ形では存在しない。だから防犯意識というものがあまり存在しないのだろう。
「セキュリティがしっかりしているんですね」
「ええ、わたしは些か過剰だと感じるのですが、社主は情報社会と強固なセキュリティが切り離せないものであるという考えの持ち主でして。誰が何を知っているべきか、どこまで立ち入ることができるかを明確に定めています」
 わたしの世界なら霧雨商会のような会社は信用されるだろう。でもここではそうではない。少なくとも目の前の事務員はあまりに堅苦しすぎると考えている。世の中を先取りする改革者は生まれ得るものだし、霧雨商会の現社主がそうである可能性は否定できないが、わたしには大きな秘密を隠そうとしているように思えてならなかった。
「わたしもここのような会社がいずれ、世の主流になると思っていますよ」
 事務員はなおも疑わしい様子だったが、ゲストの言葉を否定することはせず、笑顔を浮かべるだけだった。わたしは事務員に礼を言い、エレベータの中に入ると指示された通りに操作して四階に向かう。
 扉が開いたら紅魔館みたく外見からは想像がつかないほど広大な空間が広がっているのではないかと身構えもしたが、壁の色も雰囲気も一階とまるで変わらなかった。
 案内板に沿って辿り着いた第三セミナールームは二人掛けの机が横二列、縦六列、合計二十四人が座ることのできる小さめの部屋で中には誰もいない。時計を確認したところ時刻は十二時五十五分、指定の五分前である。社員がみな忙しくてぎりぎりの対応になっていると好意的に考えることもできたが、やはり何らかの意図を疑ってしまう。わたしがどれだけ辛抱強いか、礼を失しても寛容に受け止められるかなどを計っているのかもしれない。
 あるいはわたしの素性を察して反応をうかがっているとも考えられた。
 名無しのコモンマジックアプリは自動でダウンロード、かつ許可のないインストールを実行するなど、行儀の悪い挙動のオンパレードである。ケータイから情報を抜かれた可能性は高いと見るべきだった。
 とはいえ抜かれて困る情報と言えば佳苗とのチャットくらいのものだし、他愛のないガールズトークに過ぎない。魔法の森在住だから住所はないに等しいし、わたしが魔法使いであることくらいしか把握していないはずだ。相手がさもわたしのことを知っているという態度で接してきても慌てることなく毅然と対応すれば良いはずだ。
 ふと思い立ち、わたしは名無しのアプリを起動させる。これが一種の合図になるのではと考えたからだ。前回起動時と同様、矢の突き立てられた月という不吉な画像が表示され、しばらくするとトップ画面が表示される。
 ケータイからは特に不思議な力は感じられない。明かりを灯す初歩の魔法を選択してみたが、他のアプリと挙動は特に変わらなかった。
「そう言えば、霧雨商会は別途アプリを開発しているはずですよね」
 スペルブックというコモンマジックアプリの中でも老舗の一つである。名無しのアプリを一度バックグラウンドに追いやり、スペルブックを起動してトップ画面を表示させてみたが、細かいデザインは違えどユーザインタフェースは非常に近い。もっともこの手のアプリはどれも似たような操作で動かすようになっており、細かい機能の差しか存在しないのだが。
 わたしはスペルブックをどかし、名無しをもう一度表に持ってくる。二つのアプリの差は、やはりわたしにはよく分からなかった。
 十三時になると同時、セミナールームのドアが開く。入ってきたのは真っ黒なスーツを着込んだ女性だった。金の髪には白髪が幾分か混じっており、頬に僅かな皺が寄っているものの、顔立ちには魔理沙の面影があり、血の繋がりを感じるのに十分なものだった。魔理沙があと十ほど歳を取れば彼女のような外見になったかもしれない。
「大事な客人だというのに随分と待たせてしまったわね、ごめんなさい」
 声は魔理沙より一回り低く抑揚が利いていた。魔理沙の声が好奇心に満ちており、少女のように弾んでいるのとは実に対照的だった。
「いえ、五分ほど待っただけです」
 緊張していたのは魔理沙に似ていたからだけではない。彼女が霧雨商会の代表者だったからだ。ネットを調べれば現社主が女性であり、霧雨であり。
「初めまして、わたしは霧雨商会社主、霧雨麻梨紗です。既にご存じかもしれないけれど」
 魔理沙と同じ読みの名前を持っていることは簡単に分かることだ。にも拘わらず動揺を隠しきれなかった。
「随分とうちのことを嗅ぎ回っていたようだから」
 そして相手もまた、わたしのことを既に把握していた。謎の教団を追っていることも、既に調べがついているはずなのに、彼女はわたしをここに招いた。
 つまりわたしを懐柔できる何らかの算段を有しているというわけだ。彼女との会話は警戒をもって望まなければならないと心に刻み、それからアプリの表示された画面を印籠のようにかざしてみせた。
「色々と調べるのは当たり前だと思いますよ。ネット散策をしていたらいきなり画面遷移が発生し、このアプリがインストールされたんですから」
「この幻想郷で標準となっている検索エンジンを開発したのはうちの会社ですから。特定の検索ワードを捕捉して特定サイトに誘導するなど難しいことではありません」
 検索エンジンにバックドアを仕掛けていると告白したも同然だった。そして開発元ならわたしがどのような単語で検索したかも把握しているに違いない。
「なら答えてください。このケータイにインストールされたアプリはなんですか?」
「次世代型のコモンマジックアプリよ」
 少しは躊躇うかと思いきや、即答だった。
「高速回線に最適化された最新の仕様により、これまでのアプリよりも高度な魔法の使用が可能になったの。情報流はその速度に比例し、魔素を効率的に変換して魔法の力を発揮するという特性を持つのだけど」
 そしてわたしの知らない魔法の特性を、顔色一つ変えることなく話し始める。彼女は魔理沙正反対で、感情を排して物事を進めることができるらしい。
「魔法陣とは魔素の通り道であり、充填と循環を繰り返すことにより思い描いた通りの力と特性を発揮する。その力は人を空に浮かせ、天を灼くほどの光と熱を発生させる。電気ほどではないけれど、人に万能を約束し、博麗の巫女のような天与の才能がなくても扱うことができる。だからただの人間であっても魔法使いになることができるの。我が社の開発したスペルブック、そして次世代型はその証明と言えるでしょう」
 霧雨麻梨紗の言うことは、全てでないにしろ正しいところもある。コモンマジックアプリが魔法のまの字も知らない人間に光や火を与えるところをわたしは目の当たりにしてきた。わたしや魔理沙のような魔法使いはもはやこの世に必要ないとさえ言われ、明確な批判の対象にされた。
 その気運はしかし、幻想郷にアリが跋扈したかつての異変によって概ね払拭された。アプリは妖怪化したアリに対して無力であり、夜道を逃げるのに明かりの魔法が辛うじて役に立った程度だ。そして夜空を派手に照らす魔砲の光芒を、それを放つ魔法使いの姿を多くの者が見た。
「でもそれは、わたしが学んでいる魔法の意味を失わせるものではないはずです」
「そうですね、わたしはかつて屈辱とともに認めました。だからこそ改良を重ね、次世代型を作り上げた。今度こそ古い魔法の意味を失わせるために。今はまだか細い光の一筋しか生み出せないけれど、でもね……それでも構わないのですよ。あらゆる人間には力を得ることができる。人間は神も妖怪も恐れる必要はない。機械を扱うたびに、手を合わせてその正常な動作を祈る必要もない」
 彼女はあくまでも冷静であった。いや、こちらに感情を見せることなく全てを語りきるために過度な冷静さを装っているのだ。頑なな表情は怒りに触れ、顔色が徐々に赤みを帯びつつある。
「異世界からやってきた人の子供、あなたならこの世界の異様さが分かるはずです。人はずっと虐げられ、事実から遠ざけられ、ただ生かされている。それだけでなく、我々は得体の知れない乗り物に乗せられ、宇宙を放浪する孤児に等しい存在でしかない」
「それは……」
「禁忌の知識であるというのでしょう?」
 肯定も否定もできず言葉を詰まらせていると、霧雨麻梨紗は薄く笑みを浮かべる。わたしの無知を嘲り、馬鹿にしようとする態度がはっきりと透けて見えた。
「だからこそ、わたしは知っていることをこれまでずっと黙っていました。どうせ誰も信じないでしょうし、知っているというだけで始末されかねないから。でも、あながちそうでもないみたい、あなたは全てを知っていても生きているのだから」
「わたしはこれまでずっと監視されてきました。少しでも世界の秘密を仄めかすことがあれば、異世界からやってきたことを差し引いても無慈悲に処分されていたでしょう。ここが人間にとって必ずしも暮らしやすい世界でないことは承知しています」
「いや、あなたには分かっていない。神や妖怪を制する不文律は存在するし、無闇に人を害してはならないとされてはいる。でもね、厳格に守られているわけでもない。そして狼藉を働いた神や妖怪を裁くこともないし、人間には裁きを与える決まりを作ることさえできない。それどころか明確な指導者を立てることすらできないの」
 当初の慇懃な態度がいまや崩れかけていた。魔理沙とは正反対と思っていたが、霧雨麻梨紗は先祖に近しい激情的な一面を心に隠し持っている。いまやそれは明白であり、わたしは彼女の感情に気をつけなければならない。
「でも、この世界には十万を越える人間がいると聞いたことがあります。それだけの規模で指導者がいないなんて、とても考えられません」
 だから疑問をぶつけ、理性を誘おうとした。だがそれは逆に、彼女の感情に火をつけただけのようだった。
「里の代表として振る舞う人たちは存在しても、長と明確に定められた人間はこの里にいない。全ての里に統一の決まりはなく、出所の分からない規律が定められており、時代に応じて少しずつ変えられてきた。どちらにしろ人里の決まりは人間自身が決めたものではない。分かるかしら、この世界に住む人間の不自由さが」
 わたしには彼女が憂えている不自由さがあまり理解できなかった。この世界の人たちは神や妖怪の驚異に脅かされてこそいるが、それを除けば生活は安定している。貧富の差も驚くほど少なく、各里はそれぞれに活気があって溌剌としている。それにわたしは魔法を学び、神や妖怪と弾幕で対決することができる。普通の人間の気持ちなど余計に分かるはずもない。
「わたしはこの世界に住む力のない人間たちにも神や妖怪と対等に渡り合う権利が与えられるべきだと考えている。あなたが我々の立場を理解する必要はありません。ただ、見逃してくれさえすれば良いのです。あなたが約束してさえくれるならば……」
 扉が再度開き、冠頭衣に似た衣装を着た人間が入口を塞ぐ。そして手に持ったケータイを構え、わたしに向ける。どのような魔法を準備しているかは分からないが、不完全とはいえ魔砲さえ発射できるのだ。当たればただでは済まないだろう。
「わたしを脅迫するのですね」
「できればわたしたちの思想に賛同して欲しいのですよ。同じ霧雨として、誰にでも使うことのできる魔法を、共に開発していきましょう。あの忌々しい始祖、妖怪になり果てた魔法使いはあなたにとって害悪でしかない」
 霧雨麻梨紗はこれまでの興奮を抑え、友好的な笑みと言葉を投げかけてくる。交渉の余地を見せているが、これは完全な脅しであり、屈服するつもりはなかった。
「わたしには月光魔法教団を立ち上げ、邪な教えを広めようとしているあなたのほうが害悪に思えますが。人間至上主義はこの世界にとってあまりに危険です」
「危険ではありませんよ。大昔の地球において、人は神も妖も一掃し、人だけの世界を築いていたそうじゃないですか。それ即ち人間が優れているという証拠でしょう。これまで底辺に甘んじてきたのは武器が足りないからであり、それをふるうための思想がなかったから。人は同じ武器を同じ思想でふるったとき、最も強い力を発揮するの」
 部屋の外から複数の足音が聞こえてくる。アプリ持ちの信者がここに続々と集っているらしい。もしわたしが従わなかったら数の力で押さえつけるつもりなのだ。
 今更ながらに一人でここまで来たのは迂闊だったのではという気持ちが浮かんでくる。魔理沙に今日までのことを話したらきっと叱られるだろう。
 どのようにして脱出しようかの算段を練っていると、不意に地面が揺れた。あまり強くないが不自然に長く続き、ただの地震ではないことを言葉なく語っていた。
 危惧すべき現象だが、わたしには好機を与えてくれた。不慣れな地震のせいで霧雨麻梨紗を含め、この場にいる皆が慌てていたのだ。震度は二か三だが、わたしに見せつけた恫喝と余裕をかなぐり捨てるほど恐ろしいらしい。
 マジックポケットから液体入りのフラスコと色眼鏡を取り出し、眼鏡をかけてからフラスコを地面に叩きつけた。強烈な光と爆音が弾け、場の動揺はいよいよ加速する。
 僅かな逡巡ののち、セミナールームの窓ガラスを叩き割って外に身を投げ出す。箒のない浮遊は若干心許ないが、弾幕決闘にでもならない限りは問題ない。わたしは急いで地上に着地し、揺れに戸惑う人たちの隙間を縫って里から逃れようとした。
 再度の、これまでにない激しい揺れが足下を襲い、わたしは慌てて再浮上する。里が大きく揺らぎ、十や二十ではきかないほどの家屋倒壊が発生し、混乱はいや増すばかりだった。
「なんてことを……!」
 揺れはほんの三十秒足らずでぴたりと収まった。それだけで東の里は無惨な状態になっていた。わたしは慌てて地上すれすれまで下りると、倒壊した建物を見て回る。人が瓦礫や木材に挟まれていたら助け出すつもりだった。
 だが、その必要はなかった。崩れた建物はどれも住人が留守にしていたり、空き家だったり、とうの昔に使われなくなったものばかりで、人の姿は見当たらなかった。
「人的被害を避けて地震を起こしたって言うの?」
 そんな地震はわたしの世界なら決してあり得ない。でもこの世界には不可思議な力の持ち主がいくらでもいる。現にかつて、かの天人は神社だけを狙って地震で壊すという事象を起こしたという。
 でも、彼女は何故こんなことをするのだろう。
 大昔に起こした異変は天人の暇潰しだったという。今回も同じ理由なのだろうか。戯れに地上を揺らし、慌てふためく人たちを眺めているのだろうか。
 わたしは視線を下から上に向ける。天人がこの騒ぎを見物に来ているかもしれないと思ったからだ。はたして鳥でも雲でもない何者かが空に浮かんでいるのが見えた。
 わたしは地上に下りると魔力を通すのに手頃なものを探す。幸いにして誰かが打ち捨てたであろう竹箒が道に転がっており、緊急事態と言い訳してから拝借し、素早く跨がって上空まで一気に駆け翔る。
 桃の飾りがついた帽子、虹色模様があしらわれた前掛け、その他諸々の特徴が魔理沙から聞かされた天人の特徴と完全に一致していた。
「あなた、比那名居天子さんですよね?」
「ええ、その通りよ。そういうあなたは博麗神社にちょくちょく出入りしている新米魔法使いね」
 顔を合わせたことはないはずだが、天人はわたしの素性を完全に把握していた。
「この里に地震を起こしたのはあなたなんですか?」
「ええ、そうよ。一昨日、そして今日と二度の地震を起こしたのはこのわたし」
「どうしてこんなことをするんですか?」
 彼女は霊夢の師匠だと聞いている。だとしたら理由もなくこんな異変を起こすはずがない。そう信じての問いかけだったが、天子は愉快そうに口元を歪めるだけだった。
「天界というところは酷く退屈なの。人生の上がりが決まってるから、歌って踊って酒を飲んでの繰り返し。でも、わたしはそんなの真っ平御免。だからね、愉快で楽しいことを始めたの。雑多で不合理な街を壊して、わたしの言う通りに作り直させるのよ。地震だけで駄目なら雷を落としても良いし、かんかん照りで追いやっても良い。少しでも気にくわなければまた壊して、何度でもやり直させるわ。ねえ、それってとても素敵なことじゃない?」
 訳が分からなかった。理解できなかった。何の意味もなくただ愉快というだけで里をこんなにも破壊するなんて。決して許されるはずがない。
 彼女は邪悪であり、今すぐに倒さなければいけない。わたしはポケットからありったけの魔力砲台を取り出し、天子に向けてミサイルを一斉に発射する。だが天子はまるで動じることなく、ぱちんと指を鳴らす。注連縄を巻かれた巨大な岩が何十個と出現し、天子との間を塞ぐ。ミサイルが着弾して派手な音を立てるが、いくつかの岩が崩れ落ちただけで、天子は微動だにしなかった。
「どうしたの、ひよっこちゃん。お師匠様に習わなかったのかしら? 弾幕はパワーだって」
 それだけでなく、更に攻撃してこいとわたしを挑発している。
「わたしは一歩だって動かない、だから全力をぶつけて来なさいな」
 なんとも憎らしい奴だった。そう、わたしはいまこれまで感じたことのない怒りを覚えている。幻想郷中を荒らしたアリの主にさえここまで憤らなかったというのに。
 だから虎の子の、わたしが撃てる全力の一撃を望み通り見舞ってやることにした。八卦炉に森の植物や茸から抽出した魔素の塊を惜しげなく放り込み、燃やし、ぐつぐつと煮やす。駆け巡る怒りのイメージが、確実にあの天人を貫くようにと祈りを込めて。
 これまでで最高の一撃が放てるという確信があった。わたしは湧き出す感情とともに符を破り、中に込められていた魔法陣を展開する。
 溢れ出る力は恋するような憎悪をもってわたしの手からすぐにでも離れていこうとする。必死に堪えて魔力を限界まで循環させ、蓄積させ、更なる力をイメージする。頭の中でぱちぱちと火花が弾け、強烈な頭痛に襲われたが構いはしなかった。この怒りを、歓びをぶつけたかった。
 全てが限界に達すると同時、わたしはこれまでにない感情を大空に響かせる。
「この憎しみは恋のように! 敵を討ち滅ぼして!」
《恋符『マスタースパーク』》
 目映い光芒が空を駆け、天子の周りに展開された巨岩を容赦なく薙ぎ払っていく。そして傲慢な天人を吹き飛ばすはずだった。
 そのとき、空に巨大な赤い柱が立った。それは魔砲を真正面から切りつけると、難なく二つに断ち切っていく。
 赤い柱を吹き飛ばそうと、わたしは更なる力を込める。だが、赤い柱はどれだけ力を注いでも衰えることはなく。魔砲は魔力切れで急速に光を失っていく。
 彼方には赤い柱……もとい、赤く光る巨大な刀身を手にした天子がいた。宣言通りに一歩も動いておらず、わたしの全力を打ち破ってなお平然としている。天子は刀身を収束させると新たな巨岩を生み出し、疲弊したわたしに容赦なく放ってくる。
 咄嗟に魔力砲台を展開し、岩を撃ち落とそうとした。だが天子の召還した岩は硬く、破壊できたとしてもすぐに新たな岩が補充される。
 力と物量で競い合っては負けると見て箒を操り、迫ってくる岩を避けながら素早く天子に近付く。蜂のようにまとわりつき、あらゆる方向からミサイルを撃ち込めば少しは攪乱できると考えた。
 だが天子は慌てることなく剣をふるい、ミサイルを的確に撃ち落としていく。天人は硬くて攻撃が通りにくいと聞いていたが、それ以前の問題だった。あらゆる攻撃が悉く阻まれ、一撃も当てることができなかった。
 今のわたしにもはや打つ手はなく。諦観が胸中に満ちていく。そのことを察したかのように天子がわたしのことを鼻で笑い。
「ああ、なんて退屈なのかしら」
 侮辱の言葉にわたしは反じることができなかった。
 次の瞬間には天子がわたしの目の前にいて。
 鈍い痛みが胴を打つ。
 あの赤い刀身の刃で薙ぎ払われたのだと気付いた時には意識が途切れる寸前で。
 わたしは真っ逆様に、地上へと落下していった。

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