東方二次小説

2XXX年の幻想少女第5章 人と妖の境界   人と妖の境界 第15話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第5章 人と妖の境界

公開日:2019年12月26日 / 最終更新日:2019年12月26日

 わたしはじりじりと追い込まれていた。菫子の周囲に張られた防壁はミサイルやレーザーではびくともせず、隙を見て攻撃力の高い符を撃ち込んでもまるでそよ風が吹いたかのように動じない。その上で無尽蔵に攻撃を仕掛けてくるのである。消耗するなというのが無理な話だった。
 相手の攻撃は非常に単純だ。周囲を浮遊するケータイから絶え間なくミサイルを撃ち、レーザーを照射してくるだけ。工夫も何もない。複数人で攻撃を仕掛けてきた教団員のほうがまだ複雑なことをしていた。それなのにまるで歯が立たない。もし本腰を入れてかかってきたら、わたしは波にさらわれる砂のようにあっさり敗北に流されてしまうのではないか。
「彼我の戦力差が理解できてきた頃かしら?」
 わたしの焦りを察したかのように、菫子が声をかけてくる。反応はしなかったが、沈黙こそ答えだった。
「というかさ、どうしてマジックアプリを使わないの? まだインストールされているのだし、アクティベーションは継続されている。好きなように使えば良いのに」
「敵の力を使えるはずがない。どんな不具合が起こるか分かったものじゃありませんから」
「信用がないのね。わたし、あなたのことをできれば傷つけたくないのよ。実力もあるし、それに……」
 昔の想い人に似ているから? などとは聞けなかった。いかに狂気をはらんだ感情であっても、答えるつもりなどなくても、口にすればわたしの心が引きずられて切っ先が鈍りそうだった。
「今からでも遅くない。降参して教団の傘下に入るなら、そしてわたしの理想に賛同してくれるならば、同列として扱いたいと考えているの。マジックアプリの理論だって、求めるだけ与えても良い」
「知識を得たのち、裏切るとは考えないんですか?」
 菫子は何も答えずにやにやと笑うだけだ。求めるだけと言ったが肝心なことは伝えないつもりなのか、全てを知られてなおわたしに勝る自信があるのか。
「答えは変わりません。それに負けるつもりはありませんから」
 勝つ見込みも全くないのだが、口にはしなかった。それに負けないというのも嘘ではない。恥も外聞も投げ捨て、ここから逃げ出せば良い。わたしの師匠である魔理沙は、逃げるのは負けじゃなくて作戦の一つだ、三十六計逃げるにしかずという言葉もあると大真面目で言っていた。
 この世界に来る前は誰かを騙したり、はったりをかましたりなんてできる性格ではなかったのに、いまやわたしは堂々と言葉を弄ぶ。外の世界でわたしを知る人たちが今のわたしの姿を見たらどう思うだろうか。陰の薄い良い子なだけだったわたしがすっかり悪い人間になってしまったと面食らうだろうか。
 そのことが少しだけ愉快で、こんな時だというのに少しだけ口元が綻ぶ。
「あなた、何を笑ってるの?」
 菫子の声が露骨に険を含み、わたしを睨んでくる。圧倒的な優位に立ち、ずっと余裕を崩さなかったのに。わたしの笑みを見た途端、露骨に態度を変えた。
「わたしのことを愚かだと考えているの? あなたに勝ち目なんてないのに」
 そんなことは考えていない。短い間で随分と変わってしまったわたしをちょっぴり自嘲しただけだ。でも、そんなことを教えるつもりはなかった。どんな手段であれ余裕を崩せばつけ込む隙ができるかもしれない。
「ええ、あなたのやること全てが馬鹿らしい。どうして笑わずにいられるでしょうか」
 魔理沙の笑みを思い出しながら不敵に笑んでみせる。上手く行くかは分からなかったが、菫子は不機嫌さを露わにした。
「良い、分かったわ。あなた、顔はそっくりでも性格は全然違う。わたしをあざ笑った奴らと同じなのね」
「あなたをあざ笑った人というのが誰なのか分からない。前に話してくれた月の住人? それともあなたの力を認めなかった人たち?」
 菫子はわたしの問いに答えず、移動砲台として周囲に展開していたケータイをこちらに差し向けてくる。わたしは箒の尻尾に備え付けている八卦炉に火を入れ、回避と迎撃に専念と心の中で唱えてから急加速、こちらに迫り来るケータイを視界一杯に把握する。それらはわたしの飛行に難なく追い縋ると、星形の弾幕をわたし目掛け発射してきた。
 動きが速く数も多いから厄介だが、複雑な軌道は描いていない。それにわたしをひたすら狙うだけで、移動を牽制するような動作は行ってこない。それならばまだやりようはある。
 一時的に速度を落とし、ケータイの射撃が集中したところで再加速、射線をずらし、できた隙を狙ってこちらの弾幕を叩き込む。破壊されたケータイがぽろぽろと落ちていき、撃ち漏らしたケータイが当然のように怯むことなくこちらに飛んでくる。
 形こそ変われどこれまでと同じ鼬ごっこだった。怒りを示したが実は冷静で、菫子のほうこそわたしの隙を狙っているのではないかと疑ってみたが、わたしにできるのは迫り来るケータイを破壊していくことだけだった。
 不毛な撃ち合いをしながら、わたしはちらと菫子のいる方を見る。彼女の余裕を崩すため、どうにかしてより感情を揺さぶることができないかと考えたのだ。
 その行動が結果としてわたしを救った。彼女の前方には新たにケータイが配置されており、大魔法を発動する寸前だったからだ。魔法の森でも使われた、大量のケータイを利用して高威力の魔砲を放つ術式だった。
 目を灼くような光が満ちた。わたしは魔砲の射線から外れるため、慌てて上方に逃れると下部を走る巨大な光の筋に戦慄する。魔法の森で放たれた一撃よりも遥かに規模が大きく、おそらくは威力も桁違いだ。
 魔砲が空振りに終わると術式は素早く分解し、移動砲台としてミサイルやレーザーを乱射してくる。隙をつけなかったと見て再び消耗戦に持ち込む気になったのか、わたしが少しでも気を抜いたら再び魔砲を撃ち込むつもりなのか。どちらにしろ菫子の戦い方はわたしを消耗させ、疲弊させるという方向性で一貫している。
 だが、わたしを見逃したり仲間に入れたりするつもりはもうないのだろう。あんなものが直撃したらただでは済まないからだ。菫子はわたしを本気で倒そうとしている。彼女にとってあざ笑われるというのはそれだけ重く決して許すことのできない侮辱なのだ。
 あらゆることを笑っておきながら、自分が笑われるのだけ許せないなんて子供じみている。でも、そんな子供の理屈がここではいま一番強い。
 そのことを示すように、わたしを狙撃するためのケータイが続けて放たれる。移動砲台での絶え間ない弾幕も加わり、こちらの行動を容赦なく狭めてきた。二種類の弾幕に少しでも気を取られすぎたら、遠慮なく魔砲を放つ算段に違いない。
 わたしは出来る限り視野を広く保ち、移動砲台の射線に入らないように気をつけながら、追跡してくるケータイの弾幕を回避/撃墜、菫子の様子にも気を配り続ける。この三つを同時にこなし続けるのは非常にきつく、緊張の糸がいつ切れてもおかしくなかった。
 たとえ気を張り続けることができても、マジックポケットに詰め込んだ魔法が尽きたらそこで終了だ。集中力が切れるか、物資が切れるか、どちらが早いだろう。そんな恐れが心に少しずつ忍び寄ってくる。
 わたしの迷いを察したように再度、移動砲台が魔砲発射の配置に並び、こちらを狙ってくる。先程と同じようにして魔砲の射線を外れ、攻撃に巻き込まれてぽろぽろ落ちていく狙撃用のケータイをぞっとしない気持ちで見送る。これまでにかなりの数を撃ち落としたから、相手のケータイも数少ないのではという希望的観測が頭を過ぎりかけ、すぐに捨てる。菫子が手数を失っても全ての攻撃を阻むあの防壁がある限りわたしに勝ち目はない。
 彼女は一体、どんな顔をしているのかと思いながら菫子の様子を見ようとした。わたしを嘲笑しているのか、それとも冥い表情を浮かべているのか。策なんてないくせに、それでもわたしの心は次にやること、微かな勝ち筋を追わずにはいられなかった。
 菫子の顔は魔砲の光によって上手く見えなかったが、別のものが見えた。これまでどれだけ攻撃しても全く通じなかった防壁が心なしか揺らいでいたのだ。
 でも、そんなことがあるだろうか。菫子は魔法を無尽蔵に放つことができる。魔砲がいかに強力だとして、防御と両立できないなんてことがあり得るのだろうか。
 見極める前に魔砲の照射が止み、ケータイは移動砲台として機能し始める。そして三度、わたしを狙撃するためのケータイが飛んでくる。先程よりも更に数を増しており、わたしをあくまでも力押しで潰そうとしていた。つい先程までは絶望でしかなかったが、今はほんの僅かだけ希望の見える光景だった。
 わたしは狙撃用のケータイとドッグファイトを演じ、対処に気を取られる振りをする。魔砲と防御を両立できないかもしれないことをこの目で確認する必要があり、隙を見せて行動を誘発する必要があったからだ。
 果たして菫子は注意が逸れたと判断し、移動砲台を三度魔砲の発射用に配置転換、躊躇なく放ってくる。
 わたしはこの攻撃をこれまでよりもぎりぎりで回避した。すっかり疲弊し、あまり余裕は残っていないと信じさせるためだ。
 果たして騙されてくれただろうかとひやひやしながら菫子を覆う防御に視線を寄せる。揺らぎは先程より明らかであり、僅かだが消える瞬間さえあった。やはり魔砲と防御を両立できていないのだ。
 アプリの不具合なのか、それとも仕様なのか。わたしは八雲紫がかつて推測したムーンカタストロフの挙動を頭の中で反芻する。
 有限の魔素を莫大な情報流によって強化、大気中に漂う程度の魔素であっても強力な魔法が使用可能になる。その説明を聞いたとき、無から無限を取り出す、永久機関のようなものを想像してしまった。だが、そうではないのかもしれない。
 魔素がどのようにして生まれるのかという大元の仕組みは分からないが、魔法を使用すれば消費されるというルールを覆すことはできない。だからわたしは魔素が多く漂う森で育った植物を採取し、濃縮された魔素を取り出す。魔理沙は体内に魔素の代謝器官を内蔵することで魔法を使うことができる。マジックアプリはどちらにも与しない第三の方法を取ったが、それでも魔素の消費からは逃れられない。
 僅かな魔素しか消費しないとしても、一定の場所で強力な魔法を短期間のうちに使い続ければ、その数はゼロに近付くのかもしれない。莫大な情報流を利用したとしても、ゼロをかけたら総量はゼロにしかならない。
 これまでは露見しなかったが、菫子が魔砲を使い始めることによって発覚した。だとすれば、わたしが菫子を挑発したのには意味があったということだ。
 でも、これは危険な推測でもあった。全ては菫子の罠である可能性もある。わたしのように魔素を採集しているかもしれないし、魔理沙のような魔力の内燃器官を備えている可能性もある。
 それでもこの細い糸に賭けるしかなかった。他に勝ち筋はなかったからだ。わたしは菫子が古典的な魔法をすっかり侮っており、新しい魔法を全面的に信じているのだと信じるしかなかった。敵を信じるなんて本当に悪手でしかない。やりたくなどなかったが、他に手がないならやるしかない。
 それはそれとして、反撃を実行に移すには手が一つ足りなかった。魔砲を受けつつ、同時に攻撃を加えるなんて今のわたしの実力では不可能である。咄嗟に威力を絞って攻撃力を上げる技を魔理沙は使ってみたが、わたしに同じことを再現することはできない。
 魔砲の第三射が終わり、四度目の繰り返しが始まろうとしていた。ようやく突破口が見えたかもしれないのに、今のわたしでは間隙を突くことさえできない。あと一つ、機会を与えてくれる何かが必要だった。
 わたしは菫子にばれないよう、そっと地上に視線を寄せる。自分に足りないものを持っているとしたら、地上で教団員と戦っている紅白の巫女=霊夢だが、風を飛ばしてみても弾幕の音は聞こえてこない。
 地上の教団員が霊夢を倒し、妖怪も全て退治してしまったのだろうか。それとも……。
「もしもし、聞こえる?」
 霊夢の上司、いつもの小さな紫の声が耳元に響く。わたしは唇を極力動かさず、囁くような声で「はい」と答える。
「よく持ち堪えたわね、もうすぐ霊夢が行くわ」
 もう一つの可能性=地上の音が絶えたのは霊夢が騒動を静めたからであるようだ。教団員の魔法も強くなっているはずだが、霊夢にとっては敵ではなかったらしい。あるいは魔法の森を襲った奴らと似たり寄ったりの練度だったのかもしれないが、霊夢が無事で救援に来られる余裕があるというのは朗報だった。
 わたしはごく手短に、菫子が使う魔法の欠陥の可能性と、霊夢にして欲しい助けを連絡する。紫は数秒の沈黙ののち、指示しておくと答えてくれた。
 これで希望は繋がったが、わたしに向かってくる狙撃用ケータイは僅かな時間の余裕さえ与えてくれないほどの量だった。いい加減に痺れを切らしたのか、それともこちらの作戦を悟って行動を変えてきたのか。どちらにしろわたしは四方八方から迫り来るケータイへの対処に専念をしなければならなくなった。瞬く間に身動きが取り辛くなり、このままでは魔砲の的にされると分かっていたが、包囲から抜け出すことができない。
 菫子はそんなわたしの動きを見逃さなかった。移動砲台による射撃がぴたりと止まり、魔砲を放つための陣に組み替えられていく。目視ではっきり確認できているのに、狙撃用のケータイに取り囲まれていて逃げ出すことができない。このままでは霊夢が駆けつける前に撃ち落とされて終わりだ。力は残しておきたいが、ここでやられたら元も子もない。
 そう判断するとわたしは箒の尻に取り付けていた八卦炉を外し、マジックポケットから符を取り出して炉にくべる。
 魔力と符が激発的に反応し、全周囲をまとめて薙ぎ払うレーザーが出現、飛び交うケータイをまとめて破壊する。いざという時の緊急回避として授けられた魔法で、魔力に反応して即起動する代物だ。
 対処と同時に四発目の魔砲が発射され、急いで魔砲の射線から逃れようとしたが、加速に使用していた八卦炉を取り外していたため、僅かに間に合わなかった。箒の尻尾が力に巻き込まれ、吹き飛ばされてしまったのだ。八卦炉と連動した加速用のギミックはもう使えない。それに符を緊急起動させたため、八卦炉の魔力も残り少なくなってしまった。
 マジックポケットから補給用の魔素の塊を取り出そうとして、手が空を切る。今日の決闘のためありったけ持ってきたストックがとうとう尽きてしまったのだ。ようやくつかんだ幸運が掌から零れた気分だった。
 そして狙撃用ケータイの次波が容赦なく差し向けられる。わたしは手持ちのミサイル砲台を全展開、こちらに向かってくるケータイを狙い撃ちしていく。だがあまりにも数は多く、こちらの弾幕をすり抜けてきたケータイがわたしを狙って弾を撃ち込んでくる。すぐに身動きすることさえ叶わなくなり、菫子はわたしの窮状を見逃さなかった。移動砲台が魔砲発射の陣を組み、こちらに狙いを定める。
 回避用の符は残っているが、これ以上は使えなかった。残存魔力はできるだけある目的のために使いたいからだ。わたしはある程度のダメージを覚悟で、魔力防壁を下面に集中し、自由落下に近い形で急降下していく。天子に撃ち落とされた時のことが思い出され、一気に気分が悪くなるものの、足に強い痛みが走り、悪心と恐怖を打ち消してくれた。
 狙撃用ケータイが放ってきた弾を食らったのだという認識が後から追いつき、わたしは敵が与えてくれた痛みに感謝する。これがなければ気を失っていたかもしれないからだ。
 魔砲はわたしのすぐ頭上を通過し、弾幕が命中した傷を容赦なく刺激してくる。だが、直撃を受けるよりは遥かにマシだ。不運が幸運に変じ、わたしは辛うじてこの場に踏みとどまることができていた。
 光が収まると、わたしは痛みをいなすために大きく息をつき、こちらに向かってくるケータイを撃ち落としていく。強引に包囲を突破したのだから少しは態勢を立て直したかったが、僅かな幸運を打ち消すように再び包囲を狭められていく。迫り来る狙撃用ケータイの数はあまりに多く、再び四方八方から狙い撃ちされ、わたしは一方的な防戦を余儀なくされた。
 そしてわたしの決意を挫くように、魔砲を構築するケータイが細々と動き、照準をわたしに向けようとしていた。再び自由落下による回避を試みようとしたが、今度は下方に蠢くケータイの数がさっきよりずっと多い。菫子はわたしの逃げ道を容赦なく塞ぎ、今度こそ本当にどこにも行くことができなかった。
 緊急回避を使えば魔力の残りが本当に心許なくなる。でも、死ぬよりはましではないか。
 あまり長引かせることのできない葛藤の隙間を縫うように、再び紫の声が耳元に聞こえてきた。
「その場で待機して、先程あなたが話してくれた可能性を今から試す」
 わたしは紫の指示に従い、狙撃用のケータイに対応することしかできない振りをした。取り囲まれ、動くことができず、狙い撃たれるしかないことへの絶望を顔に出した。
 そんなわたしに向け、魔砲は過つことなく放たれる。憎悪の一念とは思えない、あまりにも白くて純粋な光だった。
 だがそれはわたしに届かなかった。大量の霊札によって展開された結界が力を受け止めていたからだ。続けて本人がわたしの隣に駆けつけ、削られていく結界を素早く補修していく。虫が郷中を跋扈したあの事件の時よりもずっと手慣れており、展開も早く、結界が削られる速度に負けていない。あれから二年近く経ち、霊夢の結界術は格段の進歩を遂げていた。
「わたしも大分消耗してて長くは保たない。すぐにでも例の可能性を試して頂戴」
 霊夢の指示に頷くとわたしは最後の力を振り絞り、菫子の死角に回り込む。それからマジックポケットに残っていた決闘用の道具を片っ端から八卦炉にくべる。余力は考えない、全ての力を注ぎ込んでの一撃を放つ。
 菫子の周りに展開されている魔力防壁はひっきりなしに明滅し、機能を弱めている。この異常に、本当に菫子は気付いていないのだろうか。そこまでマジックアプリの力を過信しているのか。
 かつて馬鹿にされたからこそ、何よりも信じたいということなのだろうか。だとしたら、わたしの一撃は菫子の信心、その根っこを吹き飛ばしてしまうことになる。
「それでもわたしは、あなたを撃つしかない」
 決意を口にすると、わたしは最後の符を取り出し、中に仕込まれていた術式を展開する。
 燃えるような魔力を全身に感じる。魔法陣だけでなくわたしの体もまた術式の一部として、力を練り上げる。熱も痛みも今はただ、一つの想いに飲み込まれていき。まるで恋を願うような強い意志で。
 符の発動を、宣言した。
「お願い、届いて! わたしの心!」
《恋符『マスタースパーク』》
 残されたわたしの力の全てが白い光となり、魔力防壁に命中する。これまでにあらゆる力を拒んできた壁はわたしの魔砲すら受け止め、誰の気持ちも届かないと言わんばかりに散らそうとした。
 だが、長くは続かなかった。
 魔砲は壁を破り、遙か上空にまで伸びていく。次の瞬間、空中に浮いていたケータイが全て力をなくし、地上に落下していく。
 無数のケータイは全て菫子の意識に連動し、動いていたということなのだろう。おそらくはムーンカタストロフの機能の一つであり、許可された人間にだけ起動できるようになっているのだ。
 それが全て、動かなくなった……ということは。
 菫子はいま、意識を失っているということだ。
 そのことに気付いたのと、菫子が目の前を通過していくのを目撃したのはほぼ同時だった。わたしは慌てて菫子を追い、大きく下側に回り込むとその体を受け止める。服はぼろぼろ、眼鏡は吹き飛ばされたのか外れており、細い体からはすっかりと力が失われていた。だが呼吸は比較的に穏やかで、その表情からは一切の感情が外れ、無垢で健やかに見えた。他人を見下し、妖怪を傷つけ、己の狂気のままにひた走る人間には見えなかった。
 散々に振り回され、命まで狙われたというのに、彼女に対する怒りや憎しみはまるで浮かばなかった。弾幕決闘は勝敗以外の遺恨を残さないというのが暗黙の了解であることを除いても、我ながら不思議だった。
「よくやったわ、人間の魔法使い」
 そんなわたしの目の前に八雲紫が現れ、労いの言葉をかけたのち、そっと両腕を伸ばしてくる。まるでわたしから菫子を受け取ろうとしているかのようだ。
「彼女を罰するつもりですか?」
 菫子は郷の秩序を乱した張本人である。だから何らかの沙汰があると考えたのだが、紫は首を横に振った。
「そうするつもりだったけど、この子は弾幕決闘の範疇で異変の元凶として倒された。ならば敢えて罰を与える必要もない。魔法教団は解体し、マジックアプリは使用禁止にするけど、彼女は郷で暮らしても良い。ただし、同じようなことを繰り返すようなら、そしてことが弾幕決闘で収まらない場合には、改めて処断の対象となる」
「なんというか、随分と放任主義なんですね」
「それをお前が口にするの? かつて幻想郷の春を奪った張本人のくせに」
 わたしは紫の指摘に何も返すことができなかった。あまりにも図星をストレートに突かれてしまったからだ。そして言葉を失ったわたしに、紫は得意げに持論を展開していく。
「異変はね、異なるものを変じ、受け入れるための儀式でもあるのよ。もしも異なるものが郷を我々を受け入れるというならば、被った痛みは成長のためだということにするの。どう、建設的な考えでしょう?」
「その手段が決闘というのは物騒な気もしますが」
「確かにね。でも、敗北ほど通過儀礼として相応しいものはないと思う。彼女もまた決闘に負けることで初めて二つの世界の壁を通過したのよ。彼女がそのことを受け入れるには時間がかかりそうだけど」
 確かに菫子は強い妄執に捕らわれていた。元いた世界の過酷な経験に端を発しているとはいえ、幻想郷の在り方をすぐに認めるとは思えなかった。だが、紫はそれほど悲観していないようだった。
「わたしなら彼女の疵を和らげることができるし、現実の傷を癒すこともできる。だから、心配かもしれないけど、彼女はわたしに預けなさい」
 紫は伸ばした手を引っ込めようとせず、わたしをじっと見つめてくる。まるで人間の幼子のように。その態度に絆されたわけではないが、わたしをサポートしてくれたことは確かだ。その借りを返すという意味で、わたしは紫の申し出を受け入れ、菫子を引き渡した。
「ありがとう。あなた、魔理沙の弟子とは思えないくらいに素直で善良なのね。わたしとしてはいつまで経ってもその性格を失わないで欲しいと思うわ」
 わたしは思わず苦笑する。目的のために他人を挑発し、積極的に騙そうと画策するわたしはもはや、善良というには程遠い。
「消耗しきっただろうし、しばらくはゆっくり休みなさい。事後処理はわたしの式神が担当するから」
 そう言ってもらえると実にありがたかった。正直なところ、このまま自宅まで飛んで帰れるかどうかさえ怪しいところだったから。
 わたしは紫に礼を言い、それから霊夢の姿を探す。家に帰る前に助けてくれたお礼を言いたかった。
「あの、霊夢さんはどちらへ?」
「全てが終わって気が緩んだのか、気を失ったの。わたしが拾い上げ、地上に送ったから心配しないで。全くだらしない……と言いたいところだけど、あの天人と真っ向勝負ののち地上の騒動を平らげ、最後は全力で結界を張り続けたのだから、意識の一つも失うでしょう」
 わたしには甘いが、霊夢には実に手厳しかった。だが、それは霊夢の力を信じているからこそに違いない。
「ではいずれ、神社に伺います」
「そうしてあげて。霊夢には慰めが必要だと思うから」
 紫は悲しげな顔を一瞬だけ浮かべ、それからわざとらしく息をつく。
「いつにも増して事後処理が面倒そうで、今から憂鬱極まりないけど、わたしの役目だものね。そんなわけで、わたしはそろそろ仕事に向かうけど、あなたはくれぐれもきちんと休養を取り、無理しないこと。良いわね?」
 わたしの返事を待たず、紫は菫子とともに冥い隙間の中へと消えていく。反論は許さない、休め……ということなのだろう。
 一人になると、全てが終わったのだという思いと、これまで無視し続けてきた疲労がどっと押し寄せてきた。わたしは地上に降り、足をつこうとして……激しい痛みに顔をしかめる。
 足に弾幕を受けていたことを思い出し、近くの木にもたれると痛みの源に目を向ける。痛々しいほどに腫れており、自分のことながら思わず顔をしかめてしまった。
 触ってみた感じ、骨はやられていないようだが、しばらくは歩行が難しくなるだろう。弾幕決闘に怪我はつきものだから慣れっこではあるのだが。
 糸がぷつんと切れてしまい、動く気になれなかった。
「ここで少し、休んでから家に帰ろうかな」
 足の痛みにもかかわらず、気だるさと眠気が勝り、すぐにでも眠ってしまいそうだった。幸いにして気候は穏やかであり、雨の降る気配もない。外で少しばかり眠ったところで体調を崩すこともないだろう。
 だから、わたしはそっと目を瞑り。
 豊かな自然に包まれながら眠りについたのだった。

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この小説へのコメント

  1. とうとう決着ですね。
    しかし、今回は非常にたくさんのもめ事あり因縁ができ、すんなりすっきり片がつく気がしませんね。

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