東方二次小説

2XXX年の幻想少女第5章 人と妖の境界   人と妖の境界 第2話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第5章 人と妖の境界

公開日:2019年09月05日 / 最終更新日:2019年09月12日

 敵を知り、己を知れば百戦して危うからず。
 いかにも天子の言いそうなことであるが、これから起こすであろう異変について全く見当が付かず、勘も働かない状態では知識を得るより他にやることはなかった。
 チャットアプリを使えば家にいながら遠子と顔を合わせて会話することもできるが、ここ数日は全くオンラインになっていない。体調が悪いという話も聞かないため、本業が忙しいのだと推察された。用件を持って訪ねるのは気が引けるものの、天子がいつ行動を始めるか分からない現状ではこれ以上の待ちを打ち続けることはできない。
 わたしは重い腰を上げ、稗田の屋敷を訪れた。本業で忙しい場合は門前で訪問をお断りされることもあるのだが、特に拒まれることはなかった。ひとまずはほっとしたが、チャットもメールも不通続きであるのは何故かという疑問がより強く浮かび上がってくる。
 遠子を怒らせるような何かをしでかしたのかとも思ったが、その場合は門前で丁重にお断りされるはずである。本業でもなく、病気でもなく、誰かに連絡を取る理由がないほど忙しいのだとしたら。
 何かしらの厄介事に巻き込まれているのではないか。
 遠子の部屋の前まで来ると、わたしは遠子の機嫌をうかがう前準備として聞き耳を立てる。打鍵音が荒ぶっていないところからすると書き物をしているわけではないが、全く操作していないわけではなく、マウスをクリックする音も時折聞こえてくる。パソコンをいじってはいるようだ。習慣としているネット散策だろうか。
 多忙でないことは確認できたので、声をかけてから室内に入ると、遠子はすぐにわたしを出迎えてくれた。
「あら、なんだか悩み事があるって顔をしてるわね。先の摩多羅隠岐奈に続いて、またぞろ大物が顔を出してきたのかしら?」
 顔色を見るに体調が悪いわけではなく、何らかの作業に忙殺されているわけでもない。一人であれこれ悩んでいたのが馬鹿らしいと思えるほどだった。
「メールに返答がない、チャットもオンラインにならないからどうしたのかと心配していたのよ。でも見た限り本業に忙殺されているというわけでもないし」
 差し支えなければ理由を知りたかったのだが、遠子は実に気まずそうな顔を浮かべ、拝むように手を合わせる。その仕草を見ればわたしに非がないことは明らかだった。
「心配かけちゃったならごめんね。それというのも執拗にコンタクトを取ろうとしてくる人がいてさ、チャットのアカウントをブロックしても新しいアカウントを取って招待を希望してくるし、メールを迷惑フォルダに自動で放り込むようにしても新規にアドレスを取得して同じような内容のメールを送ってくるのよ。心底うんざりで、ここ数日はどちらも起ち上げないようにしていたの」
 遠子はわたしをパソコンの前まで案内すると、メーラを立ち上げてその中の一通を開いてみせる。差出人は鬼神カンパニー取締役、依神女苑。どこかで聞いたことのある名前だが、ぱっと頭に浮かんで来なかった。
「プログラマとしてスカウトしたいと言われたの。ほら、霊夢と通話する時に使うSkyDiverってソフト、あれを少し手直しして一般公開したのだけど、その出来が良いと感心して連絡を寄越してきたの」
 遠子はその立場や能力から様々な方面で相談役を勤めているが、本業はあくまでも幻想郷縁起の編纂だ。プログラマはいま郷で引っ張りだこの職種であり、依神某のスカウトを承諾してしまえば縁起の編纂に手をつける暇はなくなる。そもそも遠子は体調が不安定で、引く手数多の激務が予想される職業に就いたりなどできるはずもない。
「週三でも良いからとか、給料は弾むとか、色々言ってくるんだけど別に困窮してるわけでもなし、プログラムはほんの趣味というか、あのSkyDiverだって大昔の地球で開発されたソフトを習作のため車輪の再発明して、個人的な改良を加えただけの代物だもの。一から創造性を働かせたわけでもなし、依神女苑の要請には答えられないと思うのよね」
「それなら本当のことを説明すれば良かったじゃない」
「それができたら苦労しないわよ。彼女はどうにも欲が深くてね。疫病神だからしょうがないんだけど、大昔に創られたソフトの知識があるなんて軽々しく教えたら余計にアタックをかけられそうなのよ。だから無視を決め込んでいるの」
 なんでも知っていることが必ずしも良い結果に結びつかないという一例だった。
「聞いてるだけで面倒になってきたわ。その依神女苑ってばどんな奴なの?」
 あまりに困るようなら少しばかり釘を刺しておくつもりだったが、わたしの問いに遠子の不満そうな顔がするりと引っ込み、知識を披露する時の溌剌とした顔が浮かんでくる。どうやらわたしはそこかしこに潜んでいる遠子の長話スイッチの一つを踏んだらしい。
「彼女は疫病神の、しかも筋金入りでね。欲をかいては神社に叩き込まれて修行させられるの繰り返しをずっと続けてきたの。その甲斐あってここ数百年は比較的穏やかだったけど、いわゆるネット社会が構築されていくとともに欲深い性格がむくむくと顔を出し始めてね。しかも性質が悪いことにあいつ、目的のために努力できるのよ。旧い妖怪や神様には最新の技術が苦手なのも多いのだけど、女苑はプログラムも書けるしプロジェクトをまとめる能力もある。しかもどうやっているのか知らないけど、能力の一端をスクリプトに仕込むことができるらしいの」
「えっと、疫病神の能力を仕込むの? それって何の意味があるのかしら?」
 わたしにはその有用性が想像だにできなかった。遠子は説明したがりの顔を覗かせながらパソコンをいじり、あるサイトを表示する。
「これは各種チケットの申し込みサイトなんだけど、確率を超える幸運を常に帯びているような神や妖怪であってもチケットをご用意されないことがあるの。普通はそんなことできるはずもないんだけど、他人に災いをもたらす疫病神の力によって相殺されているのだとしたら説明がつくのよね」
「なるほど、幸運を相殺することによってくじの公平化を図るってことか……いや、ちょっと待って。それなら普通の人はより災いがもたらされて抽選から外れ続けることにならない?」
「そこは上手くフィルタリングをかけて、運の良い人だけを引っ掛けてるとかなんとか」
「そんな便利なことができるんだ。ということはサイトを見た人が何故か賽銭箱にお賽銭を投じたくなるようにすることも不可能ではないということかしら?」
 冗談のつもりだったのに、思いのほか遠子の視線が冷たくて思わず恥じ入りそうになる。
「やだ、霊夢ったらそんな業突く張りなこと考えてたんだ。これは今後の付き合い方を考えないといけないわね」
「ちょっと、本気にしないでよ……昔ならともかく、現代の博麗神社は公共施設なのよ。お賽銭は雑収入扱いにしかならないんだから」
「あ、確かにそうね。この阿礼乙女としたことが失念をやらかすなんて不覚だわ。かつての霊夢みたいなことを言うから時間感覚が狂っちゃったみたい」
 先日に続き、大昔の博麗神社が金銭的に慎ましやかだったことがまた一つ判明してしまったらしい。
「巫女ですら困窮しなくて良いなんて素敵な時代よね」
 遠子はフォローにならないことを口にすると、何事もなかったかのように話を続ける。どうにも釈然としなかったが、依神女苑のやり口にも興味があったので、不満を押し殺して耳を傾けることにした。
「とはいえ阿漕なことはしていなかったのよ。先程のサイトも抽選結果の公平化以外の目的に力は使っていないようだったし、そもそもいくら儲けたって疫病神の身の上では貯め込むこともできず、ぱーっと使い込んでしまうためにいつも自転車操業状態でね。金はないのに金回りは良い、本人が明るくさばさばした性格なのも相待って、なかなかの人望を持っているのよ。ただ、それも社名が変わるまでの話でね」
「では昔から鬼神カンパニーではなかったの?」
「元々は依神苑という社名で活動していたのだけど、半年ほど前に高速回線を最大限に利用したゲームの開発を行う会社を新たに立ち上げたの。それだけなら問題はないんだけど、プログラマやイラストレータの強引な引き抜きから始まり、短納期で無茶の言い放題、版権のあやふやなイラストの無断転載に近い形での活用などなど、悪評にいとまがない。しかも疫病神の力をかなりあからさまに使用している節もある。具体的にはガチャの不正排出ね」
 ここでわたしは慌てて手を挙げる。遠子の能力に起因する悪い癖の一つだが、一度語り始めると情報を全て出し終わるまで止まらないのだ。とはいえ途中で遮るとコンピュータが異常終了を起こしたようにぴたりと固まってしまうので、円滑に疑問を挟むなら話の僅かな継ぎ目に楔を打たなければならない。今回は上手くいったようで、すぐに目でどうしたのと訊ねてきた。
「ガチャというのがよく分からないんだけど」
「ああそっか、一応専門用語だから説明しないとね。ときに霊夢は子供の頃、球体のカプセルに玩具の入ったガチャガチャというのをやったことはあるかしら?」
「そりゃまあ、何度かは。目的のものが当たられなくて悔しい思いをしたことも……ああ、なるほど、そういうこと」
 同じようなことをゲーム内でやらせるのだと遠子の説明から察することができ、疫病神の力をどう利用しているのかも見当がついてきた。
「厄をかけて欲しいものが当たらないようにしているのね」
「それなら排出不正を指摘して終了なんだけど、実際はもう少し巧妙でね。これからは実際にゲーム画面を見ながら説明したほうが早いわね」
 遠子はケータイを取り出すと画面を操作し、アニメみたいなキャラが前面に押し出されたタイトルを表示させる。ゲーム名はレジェンド・オブ・アイドル。
 アイドルという一語にわたしは無意識に身構えてしまう。半年ほど前に起きた事件のことをどうしても思い出してしまうからだ。
「二ヶ月前にリリースされ、大々的な宣伝と優れたゲーム性から一気に火がついたタイトルなんだけど」
 例のアイドルの件もあり、わたしはネット散策をあまり行なわないようにしていた。サイトの更新さえ疎らになり、上司に軽く窘められたほどだ。テレビの上ならともかくネット上でいくら宣伝されても目には届かなかったはずだ。
「アイドルをスカウトし、グループを組ませて活動させるのを楽しむゲームなんだけど、スカウトのための履歴書を購入するゲーム内通貨を現実のお金で買わなければならない。そしてスカウトはくじだから目的のアイドルが必ず引けるとは限らない。レア率も細かく設定されていて、最高レアはピックアップ時でも二パーセントほどでしか排出されない」
 またぞろ専門用語が顔を覗かせ始めたが、確率の低い賭けをやらされるというのはなんとなく伝わってきた。
「しかも二パーセントというのは百回引けば必ず二回引けるというわけではない。それと現実のガチャガチャは外れを引いたら次に当たりを引く確率は上がるけど、電子的なガチャでは外れがくじからなくなるわけでもない。大量に試行すれば大数の法則によって確率は収束していくけれど、それを確かめるには大金を費やす必要がある。なかには重課金者もいて、確率が収束するほど引いているのだけど、大量に外れてから当たりを連続して出し、結果的に確率が収束するというのがやけに多いらしいの。だから不正排出をやっているのではないかと一部で囁かれているし、依神苑の技術が流用されているならその可能性は高い。今はまだゲームの人気があって表面化してないけど、ここまで阿漕だといずれは疑念を持たれる。ソースコード上では問題がないから発覚は遅れるでしょうけど、妖怪の特殊能力を使った不正なんてもっと雑な理由で摘発できるしね。そんなのに関わっていると知られたら評判が地の底にまで堕ちかねない」
 遠子の話は例によってわたしを置き去りにしていったため全てを理解できたわけではない。ただ、依神女苑という輩が真っ当でないことはひしひしと伝わってくる。
「かつては人望も評判も良かったのよね、どうしてそこまで一気に酷くなったの?」
 疫病神が金に目を眩ませやすいというだけでは、その変わり身の激しさを説明できないように思えたのだ。根拠があったわけではないが、なんとなく勘のようなものに突き動かされ、他に理由があるのではないか、何気なく聞いてみると。
「思い当たる節がないわけではない」
 遠子は再びマウスを操作し、話題となっていた鬼神カンパニーのサイトを表示させる。物々しい社名とは裏腹に色使いはポップで、いかにもクリエイターが頑張っていますよという空気を醸し出している。
「会社概要のここ、取締役のところ」
「取締役って依神女苑のこと……」ではないかと口にしかけ、ぴたりと凍る。取締役の上に代表取締役の役職があり、そこに見覚えのある名前が躍っていたからだ。「ちょっと待って、なんでこいつの名前なのよ!」
 鬼人正邪……かつて解放派に属し、計画立案と扇動に従事していた性悪天邪鬼である。偽物の月にまつわる事件で失脚したのち、なおも一発逆転を狙って行動し、騒動の発端である宇宙船を乗っ取ろうとして失敗。縄でぐるぐる巻きにされたはずがいつのまにか逃げ出し、行方を眩ましていた。その彼女が性質の悪いゲームとともに戻ってきたのだ。
「ここで思い出して欲しいのだけど、鬼神カンパニーの設立は半年前、高速回線が郷に解放されたのも半年前、そしてこのレジェンド・オブ・アイドルは生え抜きの開発屋と手を組んだところで四ヶ月かそこらでリリースできるようなものじゃない。わたしのSkyDiverと同じく、過去の遺産が用いられた可能性が高いのよ。偶発的と思われたネット回線の高速化も正邪はきっと織り込み済みだったに違いない」
 わたしの脳裏に正邪とそれからもう一人、アイドル騒動のそもそもの原因、四季の異常を起こした賢者の顔が浮かんで来る。事件を表に裏に手助けし、解決後は後腐れなく姿を消して何もなかったから、幻想郷にも話の分かる賢者がいると少しだけ感心していたのだが、やはりそう簡単な話ではなかったということだ。
「幻想郷の賢者にはほんと、ロクな奴がいないわ」
 大袈裟なほど声を大きくしたのは背中経由で聞き耳でも立てているのではないかと思ったからだが、何の反応もない。目的を果たしたいま、わざわざ関係各者の一人一人に聞き耳をたてる必要もないということか、今更になって裏の意図に感づいたのを一人で面白がっているのか。憤慨しかけたわたしを宥めるように、遠子の声はあくまでも冷静だった。
「四季の妖精を生み出しての祭りは定年通りだし、いかな賢者とはいえ異変なんて言葉を軽々しく出したりはしない。フェアリィの件、あれはあれで隠岐奈にとっては予想外の出来事だったと思う。どうやって処理するか、思案に暮れているところでネットを利用したあれこれを思い立ち……おそらくはそのような考えに至ると予想した何者かが先回りをして、手を回したのでしょう。利害は一致しているから宣伝に協力するとでも言ったのでしょうね」
 遠子が推測を述べる様はかつて図書室で読んだ推理小説のくだりを思い出させるものがあった。そして遠子の言う通りなら共謀はしたけれど、隠岐奈にそこまでの罪はないのかもしれない。
「でも、あの隠岐奈が小狡い天邪鬼の説得なんかに乗ったりするものかしら?」
「無理でしょうね」わたしの疑問に遠子はあっさりと否を投げつけてきた。「一見すると影でこそこそと陰謀を蓄えていそうだけど、隠岐奈はああ見えて己の力に絶対の自信を持っている。ぽんこつな部下が当然のように働きの悪いところを見せて飄々としているのも、いざとなれば自分一人でなんでもできるという強い自負のためよ。彼女は弱者に手を貸す性質の神でもあるけれど、その自負のために虎の威を借る狐のような輩を好まない。逆に弱き立場でありながら強者を討とうとする勇敢さを強く好む性質がある。先の異変でアイドルを組むとき博麗神社を拠点に選んだのも、四季祭りの準備をしていたというだけでなく、勇ましいところを見せたからというのもあるんじゃないかしら」
 遠子の言う通り、招待もろくに分からないうちから勝負をふっかけようとした。功を奏したのか、余計なトラブルを呼び込んでしまったかは判断のつきかねるところだが。
「隠岐奈が力を貸しそうな相手、思い当たる節があるわ」
 続けての発言ですっかり吹き飛んでしまった。
「彼女は幻想郷の賢者でもある。同じ賢者からの相談であれば手を貸すかもしれない。霊夢に話を聞いた時から少し疑ってはいたのだけど」
 わたしにも遠子の言いたいことがなんとなく伝わってきた。怪しい奴だし注意すべきではないかと思っていたが、まさか天邪鬼に手を貸しているとは思わなかった。
「霊夢の上司である八雲紫ではなく、オリジナルの方。幻想郷を創った賢者の一人である八雲紫が絡んでいる。彼女なら過去の遺産を用いることもできるし、高速回線が使用できる限定的な実験環境も用意できる。超ウィザード級のハッカーだからゲームの開発、解析、アレンジもお手の物。これまで郷に呼び出されてきた異世界の機械を召喚したのもまた彼女であることを考えると、異変の影に潜み続ける真の黒幕とも言えるでしょう」
 以前に姿を見せたとき、抱いた嫌悪感は間違いではなかったのだ。いくら事件を解決しても、あの八雲紫をどうにかしないことには郷の平穏は訪れない可能性が高い。そのことがようやく、はっきりとした形となって現れたことになる。
「気になることもいろいろあったし、今日までレジェンド・オブ・アイドル周りの関係を調べてたの。八雲紫が噛んでる可能性が高い以上、排出率不正なんてケチ臭いことをやっているだけのゲームではない。何か裏があるはずだし、もしかしたら新しい異変の萌芽かもしれない」
 遠子の指摘に胃がきりきりする思いだった。つい先日、天子から異変を起こすと宣言されたばかりだというのに。
 そこでようやく、天子の情報を一欠片たりとも得ていないことに気付いた。
「そうだ、今日ここに来たのは別の要件だった。すっかり話が脱線してしまったけど、異変を起こすゲームかもしれない以上、そちらも放ってはおけないのよね」
「ゲームの件はもう少し調べて固めてから動こうと思ってるの。霊夢の件が緊急ならそちらの話を優先するわ」
 天子は異変をいつ起こすか明言しなかった。あくせくするのは嫌いだと言っていたから悠長にことを進めそうだし、あれはそもそも天人一流の冗談である可能性だってある。八雲紫が絡んでいる案件に比べ、さして優先度は高くないように見える。だが、どうにも心に引っかかるものがあった。あの時の天子の態度か、はたまた別の要因なのか。放っておけばまずいことになりそうだという根拠の薄い衝動がわたしを突き動かしたが、表面的には手を合わせて拝むという軽い行為となって現れた。
「稗田大明神様のお知恵を拝借したく」
「ふむ、そこまで請われては仕方ない。それで、どんな情報をお求めかしら?」
「天子さんについて。彼女が神社まで直々に出向き、異変を起こすと宣言したの」
「念のために確認するけど、てんしは神の使いの俗称ではなく比那名居天子という天人を指すのよね? あいつまた何かやらかす気なの?」
 小さく頷くと、遠子は探るようなな目を向けてくる。疑うというより、思い当たる節が多過ぎて特定できないとでも言いたげだった。
「そこまでは口にしなかったけど、異変を起こすなら相手のことをよく知っておかなくちゃいけないと思ったのよ。よく考えるとわたし、天子さんの素性についてほとんど知らないのよね。分かるのはかつてわたしを鍛えてくれた、とんでもなく強い人ということくらい」
「とんでもなく強いというのは間違いないわね。まだ幻想郷が地球の片隅に存在していた頃、気候を乱し、地を揺るがし、博麗神社を倒壊させるという恐るべき狼藉をもって華々しくデビューしたというのに、今まで生きているのだから」
「それじゃまるで博麗の巫女が殺しでもやってたみたいじゃないの」
 冗談で口にしたのだが、遠子は気まずそうな顔を浮かべ、取り繕うことさえしなかった。
「まあ、弾幕決闘と言っても無害じゃないんだから不慮の事故で人が死ぬこともあるかもしれないわね」
 かくいうわたしも紙一重の状況を何度もかい潜ってきた。そういう危険な遊びであることを遠子もまた再認識したとしたら狼狽えるのも説明がつく。
 いや、そういう説明で済ませて欲しかった。今は博麗の巫女が誰かを死なせる話なんてしたくはない。
「天人は基本的に死ぬことのない種族だし、仙果を口にして鋼のように強靭な肉体を獲得している。傷の治りが早いから倒してもすぐに回復し、また騒ぎを起こして別の誰かに目を付けられる。そんなことを繰り返してようやく天子も敗北を認めたようでね」
 遠子は何もなかったかのように天子の話を続ける。不信を煽ったが同時にありがたいことでもあった。
「それからもことあるごと大小様々な事件に絡んできて厄介を加速させるから、お騒がせ天人とか不良天人と呼ばれていたわねえ」
「そんな素振り、わたしの前では見せなかったけど」
 人ならざる傲慢さや傍若無人さは感じたけど、人間でも許容できる範囲に留まっていたし、面倒見の良い性格でもあった。無謀を嗜め蛮勇を諌め、知略と勇気を讃えてくれた。わたしにとっては尊敬できる人なのだ。
「ここ最近はすっかり鳴りを潜めていたから天人らしく振舞うことをようやく覚えたのかなと思っていたのだけど、そう簡単ではないらしい。どんな硬い岩でも流れる水や大気に曝されれば必ず丸くなる、というわけにはいかないのね」
 遠子は一人で勝手に納得してしまうと、こめかみをぐりぐりと指で抑える。頭の中から記憶を取り出そうとする時に見せる癖の一つだ。
「かつての天子と同じなら怖いもの知らずの精神で予想だにしないはちゃめちゃなことをやって来るでしょう。彼女の能力から鑑みれば天候をかき乱すか、はたまた地震を引き起こすか。問題はどうしていま、こんなことを始めたということね。かつての彼女なら『楽しそう』とか『面白そうだから』くらいの理由で異変を起こしたんだけど……」
「さらっと言ってのけるけれど、面白いで世をかき乱されてはたまったものでは……いや、その方が理由を探す必要がないから面倒臭くないのかもね」
 遠子が口ごもったのも今の天子が遊びや興味本位で異変を起こすような人ではないと分かっており、過去の記憶から何も取り出せなかったからだろう。となるとわたしは遠子さえも知らない天子を探り当てなければならない。御阿礼の子に分かるのはあくまでも過去の蓄積なのだから。
「いま異変を起こす動機をわたしからこうと言い切ることはできない。頼りにならなくてごめんなさい」
「それならいつも通り、足で情報を稼いでくるわ。遠子はもう一つの天邪鬼がやらかそうとしてることを追ってみて、そちらも見過ごせない案件のようだから」
「それならば……ええ、任されたわ。異変になりそうな予兆が二つで苦労も二倍だけど、お互いに頑張って……」
 ぐらり、と視界が揺らいだ。いや、違う……地面が小刻みにがたがたと揺れているのだ。あらゆるものが狂ったように動き出し、世界がひっくり返るかのようだった。
 地震という自然現象があることは知っていた。でも知っているのと実際に体験するのとでは大違いだった。あまりの勢いにわたしは腰が抜けるような思いだった。
 それでも次に動けたのは、会話を遮られた遠子がぴたりと止まったまま動こうとしなかったからだ。地震の時は机の下という教えを辛うじて思い出し、遠子の手を引いてパソコンなどが置いてある机の下に退避する。揺れは一分ほどで収まり、改めて部屋を見渡せば倒れたり壊れたりしているものは何もない。長い揺れだったが、強い揺れではなかったのかもしれない。地震を初めて体験するわたしにはどう判断して動けば良いのかさえ分からなかった。
「もう大丈夫よ、霊夢」
 混乱する頭を遠子が現実に戻してくれ、密着している体勢も相まってわたしは慌てて机の下から脱し、平気とばかりに胸を張ってみせた。
「あれが地震ってやつ? 案外大したことないのね」
「今のだと震度三くらいかしら。さしずめ警告、あるいは宣戦布告みたいなものかしら」
 遠子の顔には怯えも同様も全く見られない。あんな揺れで平然としているなんて、とても信じられなかった。
「大昔の地球では定期的にあったことよ。不自然に長い揺れだったのは能力アピールなのか、それとも地盤が異なる今の幻想郷では天子も勝手が違うのか。どちらにしろ霊夢はすぐ帰った方が良いわ」
 そう言われても、またさっきのように揺れたら何の力もない遠子は翻弄されるしかない。ここにいて守らなければと思ったが、そんなわたしの意気込みを遠子は柔らかく笑う。
「さっきも言ったけど大昔には定期的にあったことよ。身の御し方は心得ている。それよりかつての異変、始まりは同じような地震であり、真っ先に犠牲になったのは博麗神社だったわ。神社周辺だけ猛烈に激しい揺れを起こし、建物を全壊させているかもしれない」
 後ろ髪を引かれる思いだったが、遠子の平然とした態度に嘘はない。だからわたしは意味もなく頭を下げてから稗田の屋敷を後にし、神社に戻ろうとして辛くも思い留まる。神社も大事だが、里の被害もろくに確かめないのは駄目だ。里を見渡せるほどの高所まで昇り、視力を最大にして視界を一気に確認したが、見えるのはあたふたする人たちだけで建物が倒壊している様子は見受けられない。里の人たちだけでも大丈夫そうだと見て取ると、わたしは今度こそ全速力で神社に戻る。
 建物は無事だった。変化があるとすれば由来も知らずに置いてあった注連縄飾りの巨大な石が、いつのまにか姿を消していたことくらいだ。
 天子の仕業かと思って辺りを見回せば、頭上から「どこを見ているのかしら?」と声がかかる。慌てて上を向けば、天子は両腕を組み堂々と構えている。そしてわたしの自然に気がつくと、悠然とした調子で地上に降り立った。
「わたしの挨拶はどう? 気に入ってくれたかしら?」
「あの地震、やっぱり天子さんの仕業なのね! どうしてあんな恐ろしいことを!」
「ふむ、霊夢はあの程度の揺れを恐ろしいと感じるのね。思った通り、目立った自然災害のない世界に暮らし続けてきた世界はかくも災害に弱い。博麗の巫女でさえ例外ではないということか」
 天子はそう言って一人納得すると尾のような飾りのついた柄を、まるで刃の付いた剣のように構える。赤い気の刃が瞬く間に形成されたが、天子はわたしではなく地面に切っ先を向ける。まるで己の力を地面に目一杯叩きつけようとしているようだった。
「初撃をどう凌いだかは知らないけど、こうしてわたしが直接出向いた以上、地は揺らぐしかない。霊夢には悪いことをするけれど、これが計画の最初にして要だから容赦してね」
 あの刃が地面に突き立てられたら拙いことは分かっていたが、情けないことに足が前に進まなかった。遠子の前では強がってみせたが、大地を揺るがすあの振動をわたしはことのほか恐れていたらしい。
 長年住んできた神社が崩壊することを半ば覚悟したが、その瞬間はやってこなかった。
「大昔と全く同じやり方で始めようだなんて、天人というのはほとほと進歩しない生き物なのね!」
 突き立てられたはずの切っ先は地面にぽっかりと空いた冥いスキマに吸い込まれており、天子の放つ気を根こそぎ受け流していた。続けてわたしの隣に妖しい気配が生まれ、視線を流せばよく見知った上司である八雲紫が立っていた。小さな体躯に堂々とした振る舞い、当然ながら地を揺らす力などちっとも恐れていない。
「暇で仕方がないならデジタルでもアナログでも好きなゲームをやれば良い。暇潰しで神社を壊されたら困るの」
「壊れたら直せば良い、神社とは建て直ししやすいようにできているものなのだから。鬼でも河童でも土蜘蛛でも好きな奴らに頼めば良いのよ」
「今の神社は公共施設なの。壊れたからはい直しましょうというわけにはいかない。予算を付け、然るべき業者に依頼する必要がある。その間、霊夢は路頭に迷うのよ。家庭事情があまり芳しくことは知っているでしょう? 実家に帰らせるわけにはいかないの」
「ええ、幼い頃から親の言うことを聞けとばかり躾られて来たのでしょう? 実家が帰る場所でないことはとっくの昔に知っている。でも、今の霊夢ならその間に住まわせてくれるところはいくらでもある。旧い妖怪とも新しい脅威とも果敢に戦い、人望を勝ち取ったんだから。それを信じられるからこそ、わたしはことを起こしたのよ」
 天子も負けず劣らぬ堂々とした語り口だが、紫ほどではない。わたしにちらとでも視線を向けないし、僅かに腰が及んでいる。
「お前の事情などどうでも良いの」紫は天子の僅かな動揺も見逃さなかったらしく、歩みを一つ二つと進め容赦なく圧をかける。「ここはもはやかつての郷ではない。できる限り環境を再現していても、大規模の自然災害に耐えられるほどの弾力性は備えていないの」
「だから博麗の巫女に任せず、管理者が早々に介入するわけね。幻想郷は全てを受け入れる場所ではなかったの?」
「それは前の紫が掲げていたかつての理想よ。わたしの理想は他にあるし、その理想を曲げてでも千年の航行を必ずや成功に導かなければならない。面白くないというならそれで結構、お前を喜ばせる気など毛頭ない」
 天子の周辺にいくつもの冥い亀裂が走り、あっという間に取り囲む。これまでにも紫の苛烈な一面は見てきたつもりだが、今回は特に容赦がなかった。
「真の暗闇の中、どんな被虐趣味者でも狼藉を起こす気がなくなるくらいに痛めつけてあげる」
「天(あまつ)さびたこの身において痛みは祝福だけど、一方的に痛めつけられるのはあまり好きじゃないわね」
「それならこれ以上、地を揺るがすのはやめなさい」
 天子がいかな力の使い手とはいえ、紫の力に包囲されては逃れられないはずだ。端から見ている限り逆転の方策はなさそうだったが、天子はにやりと笑ってみせた。
「残念だけど、それはできない相談ね」
「ならば疾くと去ね!」
「それもごめんよ!」
 紫のスキマが動くより早く、目も眩むような突風が辺りを駆け抜ける。気を取られたのは一瞬だが、つい先程までいたはずの天子の姿がどこにもなく、気配も感じられない。天子はまるで煙のようにこの場から退場してしまったのだ。
 事情が分からず紫に視線を向けたが、これまでの余裕がどこ吹く風とばかりに狼狽えており、天子を逃したことへの腹立ちか、地面を足で何度も打ち据える。怒りっぽい性格なのは昔からだが、ここまで露骨に子供っぽい態度を取るのはわたしが知る限り例がなかったはずだ。
「なんて失態! 天網恢々疎にして漏らさずの如く、入念に網を張って待っていたのに」
 紫がどのような準備を経て現れたのかは分からないが、天子に必殺の気概で相対したのは分かった。それでも捕らえることができず、地団駄を踏んで悔しがっている。わたしには宥める言葉の一つさえ思い浮かばなかった。
 そしてひとしきり取り乱して見せると、次の瞬間にはけろりとした表情を浮かべてみせた。
「無様なところを見せたわね。わたしは怒りに駆られやすいから、冷静になれないと判断したら過剰に怒りを演じて冷静さを取り戻すようにしているのよ」
 怒りっぽいのはいつものことだと思っていたが、少なくともわたしと接する際にはきちんと抑えていたのだと、紫は言外に主張する。眉唾だったが、ここで真偽を問うて紫のプライドを刺激するのは藪蛇になりそうだったし、次の方策を共有したかったからそういうことにしておいた。
「過ぎたことを悔やんでもしょうがない。次のプランを考えるとしましょう」
 紫は天子を追跡し、ひっ捕らえて来いとわたしに命令するのだと思っていた。だが紫は黙って新たな亀裂を生み出し、ここから立ち去ろうとしている。
「ちょっと待って頂戴。わたしに何か言うことがあるんじゃないの?」
「そんなものはないわ。あのお騒がせ天人はわたしが何とかする。霊夢はいつも通りに巫女をやってなさい」
「それならわたしは異変を解決するための行動を起こすだけだわ。それは紫の目的とも一致しているはず」
 だが紫はそう考えていなかったらしい。わざとらしく眉をひそめ、苛立たしげに顔を歪めた。
「異変? わたしは今回の件を第三種緊急事態に定めるつもりはない。よって霊夢は通常業務に従事しなさい。これは命令よ」
 困っているならば、わたしにできる範囲内で協力したかった。だが紫はにべなくはねつけると、理由を説明することもなく、わたしの心に反することを押しつけてくる。
 紫はわたしにとって厳しい上司だが、郷の根幹に関わるような秘密でもなければ、いつもしっかり話してくれた。賛否のどちらにも理由を述べ、否定する場合でも抑えつけるだけのことはしなかった。
 それなのに今の紫は、まるでわたしの両親と同じようなことをする。博麗神社はわたしにとって在るべき場所で、逃げ場だったのに、その意味を奪おうとしている。
「わたしは天子さんの引き起こしたことを異変として調査する。たとえ紫が駄目だと言ってもよ!」
「この件は第三種ではないと言ったはずよ」
「春が訪れなかった一件でも、第三種と認定される前から動いたわ。今回も同じようにするだけのこと」
「あの時はわたしが全面的に悪かったから、霊夢がやったことを後付けで全て承認した。でも今回はわたしに非などない。反抗的な態度を取るなら有給すら許可しないし、巫女の任期を延長する件も承認しないから」
「じゃあ良いわ、巫女なんてやめてやる!」
 売り言葉に買い言葉、ついかっとなって口に出たのだという自覚はあった。だからといって身の中をたぎる激しい怒りを、理不尽への抵抗をやめることはできなかった。
「博麗の巫女が巫女をやめてどうすると言うのよ」
「神社に巫女が一人である必要はない。守矢神社ならわたしを今と同じくらいの待遇で雇ってくれるわ」
 わたしは守矢の面々に覚えが良いし、守矢神社は博麗神社と違って個人経営だ。弾幕決闘ができて巫女の経験もあるなら雇ってくれる可能性がある。そこまでいかなくてもフェアリィの一件を鑑みてしばらく軒の下で雨宿りするくらいは許してくれるはずだ。
 そうして博麗神社に巫女の不在が続けば、責任は上司である紫に全て雪崩れ込む。
「それ、えっと……本気で言ってるの?」
 なおも凄んでみせたが、先程までの勢いがすっかりなりを潜めていた。郷に並ぶものがいないほど頭が良いのに、わたしが啖呵を切るまで巫女としてフリーになる選択肢があることに思いもよらなかったらしい。天子に逃げられたことがよほど腹にすえかねたのか、博麗の巫女は博麗神社で働くのが当然と決めつけていたのか。どちらにせよ、わたしの言い分を一方的に退ける頑なさは徐々に溶け、わざとらしい溜息とともに押し流されていった。
「いや、良いわ、答えなくても。わたしが全面的に悪かった、認める、認めるってば!」
 とても謝罪の態度ではないが、紫ほどの力を持った妖怪が博麗の巫女とはいえ人間に対して謝るのはそれだけでも珍しいことだ。そしてわたしは妖怪風の謝罪を受け止めることに慣れている。わたしの中にある焼けるような怒りもまた、急速に冷えていった。
「怒りを演じてなお、酷く冷静さを欠いていた。わたしはいつだってそう、本当に大事なとき節制を欠き、論理的でなくなる。本当に悪い癖だわ。きっと母に似たのね、いや父か……まあどちらでも同じことか」
 父と母が同じだなんていよいよ訳が分からないが、妖怪の出自に人間の法則は当てはまらないものだ。守矢神社の早苗様も天狗の女性を伴侶に迎えたのち、子供が何人もできたという。信じられないことだが、異類婚姻譚においては種族どころか性別の壁すら越える例が多く存在する。そこは理解できなくても納得するしかない。
「それに一つ気になることもある。比那名居天子はかつて暇潰しのために異変を起こしたし、今回も同じような動機だと考えていた。天人というのは下界を見下ろし、見下げ果てる鼻持ちならない奴らだから」
 異変云々だけでなく、紫個人としても天人に思うところがあるらしい。わたしは天人を天子しか知らないから、紫のような嫌悪に辿り着くどころか、神社を倒壊させようとしたことを知った今でも恨みがちっとも湧いてこない。
「でも話を聞いた感じ、何らかの事情があるようだった。まあ、どういう事情があろうと自然災害を許容するつもりはないんだけどね。特に地震は発生時の情報が莫大なものになるから、この世界の真実が一般に露見するような不慮の事態が起こりかねない。ただ、わたしがいきなり直接介入して解決しようとしたのも早計だったかもしれない」
 紫はすっかりと怒りの抜けた顔で、微かに俯いて思案に耽る。時間にして十秒足らずだが、紫の中で天子への方策が一気に定まったらしく、改めてわたしに向き直る。
「わたしは天人としての天子しか知らないけど、霊夢はそれ以外の天子を知っている。その差異にこそ核心があるのならば、できれば探り当てたい。でもそのために今回の件を第三種と認定するわけにはいかない」
「それは異変として扱えば、わたしのルールが最優先になるから?」
「いえ、天子の動機が霊夢に端を発している可能性があるからよ。他に理由があるとは言っていたけど、そんなもの本当はなくて、霊夢が巫女の任期を更新するための異変を画策した可能性はある。天人の一人である天子が下界の誰かのためなんて動機で動くとは思えないのだけど、天子は退屈しのぎ以外の理由で、下界の他人のために動く天人なのかもしれない。わたしが交渉する天人は皆、極めて融通の利かない、上から目線の奴らばかりなんだけど……」
 心底厭そうな表情を浮かべる紫を見れば、天人がいかに御し難い相手かどうかがよく分かる。だからこそ天子が行動を起こしたら即、対処できるよう準備していたのだ。例の石が神社から消えていたのは天子がやったのではないかと思っていたが、紫の敷いた布石なのかもしれない。
「霊夢に与えられる問題はかくも複雑だけど、言葉にすれば極めて単純よ。比那名居天子は何故、今になって異変を起こそうとしているのか? その方法として地震を選んだのは何故か?」
 それが分かれば問題が解決するかどうかは分からない。だが、理由を知れば説得の芽が出てくるかもしれない。
「わたしもただ手ぐすねを引いて待つつもりはない。これよりあと二度、地震が発生した時には霊夢に解決は不可能だったと判断してわたし自ら動くわ。天子をなんとしても捕縛し、二度と狼藉を行わないよう、可能ならば有力者の力を結束してことにあたる」
 そうなれば天子に命はない。下手すれば死ぬより凄惨な目に遭わされるかもしれない。その前にわたしが天子を止め、その上で地震を起こさなくても済む道を提示しなければならない。
 天子は紫の言うような、天人らしい傲慢さを持っているかもしれない。でも下界の人間を暇潰しの道具としてしか考えていない、なんてことはないはずだ。
 わたしを鍛えてくれたのも、わたしが悩んでいたとき相談に乗ってくれたのも、絶対に暇潰しじゃない。
 そのことを証明するため、わたしは天子の全てを暴き出すつもりだった。

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