東方二次小説

2XXX年の幻想少女第5章 人と妖の境界   人と妖の境界 第8話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第5章 人と妖の境界

公開日:2019年10月17日 / 最終更新日:2019年10月17日

ふらつく足取りでなんとか紫苑の小屋を出ると、わたしは耐えきれずに膝をつく。体が震え、立っていられなかったからだ。世界がぐるぐると回り、とても気持ちが悪かった。吐いてしまえれば楽だったかもしれないが、えづいてみても指を喉の奥に押し込んでも上手くいかない。己への嫌悪感と恐怖が胸の奥で膨らみ、破裂しそうだった。
 わたしは今日、初めて明確な意志で妖怪を退治しようとした。そのつもりでお祓い棒を振り下ろした。
 でも、できなかった。寸前で手を止めた。見逃してしまった。小人の感謝の声が、あまりにも空虚に聞こえた。
 未遂に終わったとはいえ、わたしは紫苑を退治しようとした。そして覚悟を果たすことができなかった。博麗の巫女は異変になればあらゆる出来事に優先し、その解決に動かなければならないのに。
 紫から第三種の正式な宣言が出されていないだなんて、言い訳にならない。啖呵を切ったのだから、全てはわたしが決めなければならない。それなのに。
 何もかもが中途半端だった。わたしは本当にこれっぽっちも覚悟していないことがはっきりと分かってしまった。
 それなのに涙もなく、怒りや悔しさで声を上げることもない。ただただ形容し難い感情だけが積もっていく。
「あのさ、そんなところで何してるの?」
 声をかけられなければ、わたしは感情に押し潰されていたかもしれない。その声のお陰でかろうじて正気を保ち、俯いた顔を上げることができた。
 目の前にいたのは派手な格好をした少女だった。紫色の外套を羽織り、大きな宝石のはまった首飾りを下げ、全ての指に指輪がはまっている。己の財を全力で見せつけているかのようだ。
 わたしは彼女の顔に見覚えがあった。アイドル育成ゲームの開発元のページに写真が載っていたからだ。
 鬼神カンパニー取締役、依神女苑。わたしが退治しようとした依神紫苑の妹だった。
「というかさ、わたしの記憶が確かならばあんた、博麗の巫女よね? ということはもしかして、姉さんを退治しちゃった?」
 わたしは慌てて首を横に振る。喉から上手く声が出てこないが、未遂だったことは一刻も早く伝えたかった。
 女苑はほっとするではなく、溜息にも似た息をつく。
「そっかー、無事なのね。いっそのこと退治してもらったほうが色々と後腐れがなかったんだけど」
 酷い言い草だった。これで女苑が今のわたしにも分かるくらいに悲惨な笑みを浮かべていなければ、感情に任せてくってかかったかもしれない。
「できなかったのよ。やらなければいけなかったのに」
「そうね、博麗の巫女ってそういうものよ。でも、あんたが姉さんに手心を加えてくれたのはありがたい。愚かだけど、どうしようもないやつだけど、生きてたってしょうがないんだけど。それでもわたしの姉さんだからね」
 手厳しいけど言葉の中にある想いは伝わってくる。遠子の話ではいやいや世話をしているとのことだったけど、そうじゃない。天子が紫苑を見捨ててなかったように、女苑もまた妹としての想いを寄せている。誰も紫苑を見限ってなどいなかった。それどころか皆がなんとかしようとしている。わたしはその想いもろくに知らず、全てをなきものにしようとした。
「それに紫苑を退治しなかったのは正解よ。博麗の巫女はたとえ覚悟がなくとも正しいということかしら」
 どういうことか訊ねる前に、女苑はわたしに肩を貸し、ゆっくりと立たせてくれた。
「落ち着ける場所まで移動しましょうか。ここだともたれかかる木の一本すらないのだから」
 女苑はどうやら内密の話をしたい様子である。脱力感は半端なかったが、もしかしたら天子を止める方策を授けてくれるかもしれない。
 だとしたらわたしは気を確かに持ち、策を受け入れられる心と体であることを示さなければならない。だから女苑の手をそっとすり抜け、どんなにふらついても自分の足で歩く。女苑はそんなわたしを助けることはなく、でも嘲笑うこともなかった。黙って見守ってくれた。


 ようやくのところでもたれることのできそうな木を発見し、木陰に入って腰を下ろす。最初はぜいぜいと浅い呼吸を繰り返し、少し落ち着いてきたら深呼吸を繰り返す。少しだけ体と心のバランスが整い、楽になってきた。
「さっきよりはましだけど、それでもキョンシーと同じくらい顔色が悪いわね」
 そう思っていたのだが、女苑からするとわたしはまだまだ酷い有様らしい。
「とはいえ辛うじて生きてはいる感じか。なら遠慮なく話をさせてもらうけど、もし紫苑が死ねば幻想郷は滅ぶ可能性があるの」
 遠慮なくという女苑の言葉に偽りはなく、話はいきなり明後日の方向に飛躍する。
「天子さんが怒るのは分かるけど、滅ぶだなんて流石に大袈裟過ぎないかしら?」
「わたしは雨が降ってくるかのような気安さで滅びを口にしたりはしない。天子は七百年前に一度、郷を滅ぼしかけているの」
「滅ぼしかけたって……かつてその、厄介者だったということは聞いてるけど」
 そこまでいけば流石にただでは済まなかっただろうし、遠子ももっと深刻に忠告してくれたはずだ。しかし、女苑が冗談を言っているようには聞こえない。
「行動には移さなかったけど、そうしたいと強く願う人格が彼女の中には存在するの。あなたは夢の世界とそこに存在するもう一人の自分のことを知ってる?」
「いや、何のことだかさっぱりだわ」
「でしょうね。あれはわたしと姉さんの起こした異変がなければ表面化しない問題だったから。話すと少し長くなるのだけど、良いかしら?」
 わたしの体調を気遣ってか、女苑はこちらの顔色をちらとうかがってくる。未だに万全とは言えなかったが、話が耳に入らないということはないし、休んでいるだけだと心が滅入ってしまいそうだった。
 沈黙を是と取ったのか、女苑はかつて紫苑と協力して起こした事件のことをかいつまんで語ってくれた。動機はしょんぼり、しかして曲者揃いの幻想郷住人を手玉に取り、翻弄し尽くした策略は最後、当時の博麗霊夢と八雲紫の手によって解決を見る、そんな異変の物語だった。
「めでたしめでたし……まあ、わたしたちにとったら全然めでたくないんだけどさ。命蓮寺といかいう堅苦しいばかりの寺に押し込められて修行させられるわ、八雲紫に無理難題を押し付けられるわ」
「その無理難題というのが、幻想郷を滅ぼす話と何か関係あるの?」
 これまで天子が世界を滅ぼそうとするような話は出てこなかった。少しだけ出番はあったがほぼ依神姉妹の独壇場であり、世界どころか里の景気をほんの僅か動かすだけで精一杯だった。必然、これから語られることがメインになると思ったわけだ。
「その通り。あいつの無理難題というのが完全憑依の副作用によって現実側に出てきた夢の存在を回収することだったんだけど、その中に天子がいたわけ。それでここからが大事なことなんだけど、夢の存在は現実の存在と精神構造が異なるの。よくも悪くも自分に素直で、誇張された行動を取りやすくなる。わたしと紫苑はそこで比那名居天子という天人の夢、つまり究極の理想を聞かされたの。それは天地の再創造という途轍もないスケールの偉業だった」
「でも……それは夢の話なんでしょう?」
 女苑の話では夢の住人の性格は率直、極端になる傾向があり、決して現実との合わせ鏡ではない。同一ではあるがほぼ別人といって良い代物のはずだ。泥酔した人間が素面では到底考えられない奇行に走るのと似たようなものだと解釈したし、女苑もそれは否定しなかった。
「確かに別物だけど、人は酩酊しても己の全てを放擲するわけではない。そして心を常に酩酊させる深い感情は確実に存在する。例えば大事な存在を永久に失うとか」
 かつて夢と現実が繋がり、入り混じったように。わたしの中でもようやく女苑の言いたいことが理解できた。天子にとって紫苑が大切な存在であることは、貧富の差が発生するほど人里を破壊しようとしていることからも容易にうかがうことができる。そんな彼女がいなくなれば、天子は常に酔っぱらったような状態になるかもしれない。
「あの天人がどうしてそこまで姉さんのことを気に入ったのかは分からない。でも、彼女は一度だけ照れ臭そうに、わたしに語ったことがあるの。この世にわたししか知らない輝く星を見つけてしまったとしたら、それを大切にしたいと思うのは当然のことだって。姉さんは他人の幸福の光を根こそぎ吸い取る、ブラックホールみたいな存在なのに。あるいは天子が太陽そのものみたいな存在だから、光を無限に吸い取る姉さんに惹かれたのかもしれない」
 そういう理屈かもしれないし、もっと別の理由があるのかもしれない。一つだけ確かなことがあるとしたら、紫苑を退治するのはこれ以上ほかにないというくらいに最悪の選択であるということだ。
「となると、わたしは紫苑を退治するのと別の方法で天子さんを止めなければならない。でも、どうすれば?」
「弾幕ごっこの世なら博麗の巫女が異変を止めるために取るべきはただ一つ……と言いたいところだけど。仮に天子を倒したところで、指一本でも動く限り同じことをしようとするでしょう。あの体に負けないくらいの頑固だから。それこそ二度と立ち上がれないようにする必要がある」
 それは先程、わたしが紫苑にしようとしたのと同じことだ。そもそもわたしは彼女を助けるために行動しているのだから、まるきり本末転倒である。
「それ以外で天子さんの力を収める方法はないの?」
「一つだけある……いや、あったと言うべきかしら。わたしはさっき、天子と紫苑が正と負の方向に極端であると話したわよね」
「ええ……もしかしてその方法というのは」
「多分、想像してる通り。姉さんが負の力を自ずから解放し、使いこなせば天子をも止めることができる。でも、いまそれをやるには姉さんの力が衰え過ぎている」
「じゃあ、わたしは天子さんと紫苑、どちらかの犠牲なしに異変を解決できないというわけ?」
「いえ、姉さんを犠牲にするのは危険過ぎる。どう転ぶかは分からないけど、わたしとしてはお勧めしない」
 となれば答えは一つしかない。
 そしてわたしは今更ながら、紫があそこまで強硬な態度に出た理由を理解した。彼女はきっと選択肢が一つしかないことを知っていたのだ。
「わたしにはもう、何もできることはないのかしら?」
 知ってしまったことを紫に話し、あとのことは全て任せれば良い。世界を再創造できるほどの力を持っていたとしても、幻想郷の全てを敵に回せば生き残ることはできないだろう。異変は恙なく万事解決し、わたしは元の鞘に収まる。巫女の継続には両親の許可を得る必要はあるが、それはまあなんとかなるだろう。
 でも、本当にそうなのだろうか? 期待を込めて女苑に視線を寄せるが、無慈悲にも首を縦に振るのだった。
「そうね、何もない。博麗の巫女がどんな仕事かさえも理解せず、可愛い仕事を続けてきたお前なんて、泣きべそをかきながら神社に帰れば良いのよ」
 そして容赦なく、わたしの仕事を否定してくる。かつてのわたしなら女苑にくってかかっていただろう。でも、巫女の仕事がいかなるものかを知ってしまった。不覚悟さをつきつけられた。
 わたしは力の使い方を教えてくれた師匠の喪失を思いながら一生を暮らすしかないのだ。
「と、言いたいところだけど」
 そんな覚悟を女苑は優しく折ってくれた。
「わたしの計画に乗ってくれるのだとしたら、用意することができるかもしれない。博麗の巫女が異変としてあの天人を止め、なおかつ姉さんを助けられる方法を」
 女苑は夢のような話を口にすると、いきなりケータイを取り出し、アニメのようなキャラクターがポーズを取っている画面をわたしに見せてくれた。題名はレジェンド・オブ・アイドル、遠子が不正の可能性ありとわたしに教えてくれたゲームだった。
「このゲームなら知ってるけど、どうやって異変解決に役立てるのか見当もつかないわ」
「別に難しい話じゃないの。このゲームはガチャと呼ばれるシステムによって有料でキャラを引く必要があるけど、完全ランダムだから目当てのキャラを手に入れるまで運が良ければ一発で、悪ければ何十回、何百回と引かなければいけない。格差が自然と生まれ、ゲームに継ぎ込む金額も個々人によって違ってくる。極短期的な貧富の差を作り上げることができるというわけ」
 かつて遠子が教えてくれたガチャの仕組みを女苑はより簡潔に語ってくれた。そこにいかなる意図が含まれているのかも。
「わたしの友人は、あなたの力を組み込んで排出率が極端に偏るよう細工していると話してくれたのだけど」
「まあ、少しだけね。万人が楽しめる絶妙のゲーム性のもと、欲しくなるキャラをどんどん作り、ユーザの射倖心を煽っていけば、あとは確率の魔物が自動的に格差をどんどんと広げてくれる。求めるキャラが手に入らなければ心も荒み、心身ともに貧富の差は加速していく」
 なんとも恐ろしい計画であり、ゲームである。悪魔でもなければ決して思いつかないような搾取の仕組みであり、引き際を弁えればお金は一部でも返ってくる賭け事よりも阿漕と言って良いかもしれない。なにしろ外れを引いた場合は何も返ってこないのだから。
「残念なことにこの計画はいくつかの穴がある。ゲームが必ず流行るとは保証できないし、ガチャによる格差を広げるには時間がかかる。最低でも数年、下手をすれば数十年もかかる大計画となるでしょう。確実性が薄く、姉さんの衰弱具合を考えれば間に合わない可能性が高い」
「では、どれだけ時間があれば間に合うの?」
「なんとも言えないわね。タイムリミットは数十年後かもしれないし、数年後かもしれない。もしかすると数ヶ月で訪れるかもしれない。一つだけ確実なことがあるとしたら姉さんの衰弱は徐々に加速している。ゆえに、あの天人はわたしの計画に賛同することなく、地震を起こして貧富の差を手っ取り早く生み出そうとしたの」
 そして神社への訪問、異変宣言へと話が繋がるわけだ。時間軸の流れとしては納得できたけれど、わたしにはどうしても納得できないところがあった。
「あなたの計画は分かったけど、一つだけ気になる点があるわ。あの鬼人正邪と手を組んだのは一体どういうことなのかしら?」
 正邪が依神紫苑を救うという目的に賛同するとはとても思えなかったのだ。むしろ過去の事件と同様、なんらかの企みを胸に秘めていると考えるべきだった。
「さあ、それは分からない。でも、わたしにガチャを用いた貧富の差の拡大を提案してきたのは彼女のほうなのよ。かつて幻想郷が地球にあった頃に使われていたノウハウを惜しげなく提供してくれたし、何らかの目論見があるにしてもわたしの目的を尊重するつもりがあると判断したの。だから合同で新しい会社を立ち上げたのだけど……」
 語尾に力がなく、なんらかの懸念を秘めていることが表情からも伝わってくる。
「もしかして、開発資金を持ち逃げされたとか?」
「それだったらまだ良いんだけど、ここ一月ほど正邪側からの進捗がぱたりと途切れてしまって。納品されるはずのプログラムも全く上がってこない。ノウハウがあるから開発は進めることができるのだけど、うちと正邪側で進捗を半々ずつ担当していたから」
「当初の計画の半分しか進んでないってこと?」
「弊社側でスケジュールの切り直し、人員の割り当て直しを行う必要があるから状況はもっと悪い。可及的速やかな即戦力の増員が必要となる。だから強引と分かっていても札束で顔をひっぱたいて人材を引き抜き、違法すれすれの行為に手を染めざるを得なかったってわけ」
 遠子に執拗なラブコールを送っていたのもその一環なのだろう。無関係だと思われていた話が、元を辿れば一つの問題に端を発していたというわけだ。
「計画の遅延が盛大に暴露したことも、天子を性急な行動に走らせた原因の一つと言える」
 だとしたら正邪は今回も間接的に、異変に関わっていると言える。次にあったらきっちりお灸を据えなければ。
「そちらのやりたいことは分かった。でも、天子はゲームによる手段を見限ったのよね? だとしたらやはり天子を止めることはできないと思うのだけど」
「そもそもゲームによって作ることのできる貧富の差には限界がある。一時的に力を取り戻すのが精一杯よ。そこで姉さんには少しだけ頑張ってもらう必要がある」
「頑張ってもらうとはどういうことなの?」
「姉さんが衰弱する原因は、この郷で最も貧しい暮らしでさえ貧しいと感じられないことにある。それを貧しいと感じられるよう、その認識と在り方を改めてもらうの」
「そんなことができるなら、最初からそうすれば良かったんじゃないの?」
「いえ、それは簡単なことじゃない。神や妖怪にとって、己の存在を定義し直すのは一度死んで再び生まれ直すことに等しい。そこには死の苦しみ、生の苦しみ双方が伴い、存在を容赦なく灼き尽くす。その苦しみに耐えられなければ永遠に存在が喪われる、つまり死んでしまうわけ。姉さんはネガティブな性格から来る希死念慮に捉われており、苦しみの中で己の存在を否定する可能性が高い。だから姉さんを知る者は皆、その選択肢を避けてきた。でも、これ以上問題を先延ばしにすることはできない。それは誰のためにもならない。今日ここに来たのは紫苑とも話をして、覚悟を決めてもらうためだったの」
「だとしたらわたし、お邪魔だったかしら」
「いえ、あなたの訪問はむしろ紫苑の決意を進める方向に心を動かしたと思う。きっと説得もうまく行くはずだし、ここでようやくあなたに頼みたいことが出てくる」
 女苑はわたしの目をひたと見据える。決意と懇願の入り混じった、思わず背筋を正すほどの真剣さだった。
「姉さんがもし、わたしの側に立つと決めてくれたなら、天子を説得するでしょう。でもあいつは正しいと信じたらひたすらに頑固だから、何からの方法でどちらが正しいか競い合う必要がある。今の幻想郷において、それを決めるのは弾幕決闘になるけど、姉さんには戦う力がない。だから代理として決闘して欲しいの」
 女苑はわたしに全てを賭け、弾幕決闘によって異変を解決できるようお膳立てを整えてくれた。他ならぬ紫苑の言葉であれば、天子は決闘を受けるしかない。そして負けたら紫苑の意に添い、異変を終わらせるだろう。
 天子も紫苑も助けられる芽がようやく見えてきた。だが心に浮かぶのは決して歓びではなかった。しくじれば次はなく、そして天子はわたしよりずっと格上の相手である。少なくとも稽古をつけてもらっていたとき、わたしは一度も彼女に勝つことができなかった。
 もう一人の師匠である魔理沙に辛うじて勝利したことはあるが、あれは幾重もの偶然が重なっての出来事であり、同様の幸運を期待することはできない。それに紛れ勝ちでは天子は納得しないだろう。明確に上を行き、敗北を認めさせなければいけない。
 それでもわたしは迷わなかった。たとえ万に一つであっても、どちらかを死なせる選択よりはずっとましだ。もし敗北して上手くいかなかったら、その場合はずっと後悔を背負い続ければ良い。
「分かった。全力を尽くすことを約束するわ」
 だからわたしは女苑の策を取り、天子と決闘することを決めた。
「できるだけ準備期間を与えられるよう取り計らうけど、あまり期待はしないでちょうだい。天子はその長命さの割にはせっかちだし、今回は紫苑の命がかかっているから、なおさら猶予はくれないと思う」
「今すぐ準備するから大丈夫。目一杯の札を用意するし、対天人用の装備をてんこ盛りで望むつもりよ」
 天人に特別な効果がある装備なんて想像もつかないが、かつての霊夢は天子を退治したことがあるのだし、遠子に訊けば何か分かるかもしれない。
 一度は滅入った心を奮い立たせ、わたしは決闘の場に赴く準備を始めるのだった。

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