東方二次小説

2XXX年の幻想少女第5章 人と妖の境界   人と妖の境界 第14話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第5章 人と妖の境界

公開日:2019年12月13日 / 最終更新日:2019年12月13日

 咄嗟に結界を張り、下から迫る天子の力を受け止めながら必死の上昇を試みた。だが到底、受け止められるとは思っていなかった。それほどまでに全人類の緋想天は圧倒的であり、わたしは天子を止められなかったことを早くも悔やんでいたし、撃ち落とされる瞬間を覚悟していた。
 だがその時はいつまで経ってもやって来なかった。天子の放った渾身の気質が一気に弱まり、遂には消えてしまったのだ。勝負あったと見て加減したのかとも考えたが、天子は酷く辛そうであり、緋想の剣は鞘だけに戻っていた。霊のように空中をふらふらとしており、今にも墜落してしまいそうだった。
 全力の一撃を放ったせいかとも思ったが、それにしては妙な困惑の色を浮かべていた。この身に起きたことが信じられないとでも言いたそうだ。
 そして何かに気付いた様子を見せ、わたしを睨んだ。
「霊夢、わたしに何をやったの?」
「何もやっていない!」
 無実の疑いを向けられ、思わず叫んでいた。わたしにも意味が分からないのだ。問われて何を答えられるのか。
 わたしの必死な態度に天子は視線を和らげ、苦しそうな顔で思案を巡らせる。
「霊夢、上から攻撃が来るわ。天子を庇いなさい!」
 耳元で唐突に紫の声が聞こえ、わたしは戸惑いながら札を取り出すと天子の真上に結界を張る。次の瞬間、大量の弾幕が降り注ぎ、結界を容赦なく撃った。
 森の魔法使いが弾幕決闘の際に使うマジックミサイルの輝きと爆風だった。わたしは結界の周囲を通過する弾幕を潜り抜け、天子の隣に来ると結界を重ねていく。
「ありがとう、助かったわ」
 そして驚くべきことに、天子はわたしに感謝を示した。いつもなら「あれくらいの攻撃、わたしなら朝飯前よ」とでも言い放ちそうなのに。
「力が使えないの。肌も柔らかくなっている。まるで人間だった頃のようで懐かしいわ」
 自嘲するような笑みも一瞬で、天子は上に目を向ける。いつ絶えることなく続きそうな攻撃だったが、ミサイルは現れたときと同じくらいの唐突さでぴたりとやんだ。
 代わりに降りてきたのはわたしと同い年くらいの眼鏡をかけた少女だった。周囲には無数のケータイが浮かび、彼女の力の源をはっきりと示していた。
 服装こそ女学生のようだったが、明らかに異質だった。彼女が美真の話にあった月野菫子なる外来人なのだろう。顔には不適な笑みが張り付き、わたしと天子を当然のように見下ろしていた。
「どういうつもりよ、いきなりこんなことをして!」
「それはこちらの台詞よ」
 わたしの抗議に菫子は実に飄々としており、悪びれる素振りすら見せなかった。
「負けそうだったから加勢してあげたのよ。あなたが負けたらこの傍迷惑な天人は思う存分に異変を起こし、人里を滅茶苦茶にするでしょう。看過できることではない」
「それは、そうだけど……」
 実際に負けそうだったから反論できなかった。かといって菫子の行いが正しいとは言えない。天子は決闘を通して依神紫苑という貧乏神の覚悟を見定めようとしていた。これは勝てば良いだけの決闘ではない。
「いえ、霊夢は負けそうになっていたわけじゃない」
 代わって答えたのは天子だった。
「わたしの渾身の一撃だったけど、霊夢の術は防御に長けている。なんとかして防ぎきり、更なる決闘に展開する可能性は決して低くなかったと見ている」
 そしてなんともわたしを買い被ってくれた。
「そんなことはどうでも良いのよ」
 菫子はそんな天子の反論を一笑に付すばかりだった。
「あなたを倒す絶好の機会だったから乱入しただけ。なんでも良い、手段を選ぶつもりはない。弾幕決闘のルールも割とどうだって良いの。というかむしろ、そんなものは積極的に無くしていくつもりよ。だって、この世界には人間しか残らないんだから」
「自惚れてるわね、あなた神や妖怪を根絶できると本当に思っているの?」
「ええ、できるわ。そのための術式を神社の周辺に展開しているのだけど、効果は覿面みたいね」
 菫子の指摘に天子は押し黙る。そこでようやくわたしもこの状況を仕掛けたのが菫子であると察した。だが、何をやったのかはさっぱり分からなかった。
「月野菫子とか言ったっけ?」
「ええ、そうよ。気軽に菫子と呼んで頂戴。だって、長い付き合いになるのだから」
「あなたは一体、何をやったの?」
 菫子の軽口を無視し、わたしは問いかける。
「人間の力を強め、人間以外の力を弱める術を張ったの。破邪の魔法とでも呼べば良いのかしら」
「そんなこと、魔法にできるはずがない。退魔を専門とした博麗の技にだって限界があるのに」
「おおよそ限界の存在しない力があれば、そして人ならざるものに関する知識が揃っていれば不可能ではないのよ。わたしは元の世界で教授の理論を学び、人ならざるものと遭遇してその力を嫌と言うほどに味わった。加えてわたしがこの世界に来てからの五年間、人ならざるものをずっと研究してきた。その結果こそが今の状況なのよ。どれだけ信じられなくても現実になっているなら、信じるよりほかないでしょう?」
 そこいらを適当にうろつく野良妖怪ならともかく、天子ほどの力の持ち主さえも致命的に弱体化させるだなんて、そう簡単に信じられるわけがない。だが天子は実際にその力をなくしており、空を飛ぶことすら覚束ない。
「というわけで、ここから退いて欲しいの。異変の元凶である天人を退治し、この世界にいられなくするから」
「断る、と言ったらどうするの?」
「先程は長い付き合いと言ったけど、それが極端に短くなるだけのことよ」
 邪魔をするなら人間でも容赦しないということだ。わたしという存在そのものが盾にならないなら、博麗の力をもって天子を守るしかない。
「それよりも良いのかしら? 地上のお客さんが大変なことになっているのだけど」
 菫子の行動に注意しながらそっと下を覗き込むと、弾幕の光が地上でもひっきりなしに瞬いていた。
 わたしは神社に姿を見せた教団員たちを思い出す。あいつらが宴会をしていた妖怪たちを襲っているというのか。だとしたら菫子は本当に、弾幕決闘というルールを踏みにじろうとしているのだ。
 思わず助けに行こうとしたわたしを牽制するように、菫子の周囲を漂うケータイの何台かが光を発する。わたしを助けに行かせるつもりはないということらしい。
「誰だか知らないけど、神社に妖怪を集めてくれてありがとう。わたしが仕掛けた魔法の有用性をより多く検証できるのだから」
 耳元から声は聞こえないが、紫は菫子の話を聞いているのだろう。あからさまな挑発にも拘わらず姿を現すことができないのは、破邪の魔法が紫にとっても致命的であることを示している。もしかすると境界の操作や移動さえ満足にできず、耳元でアドバイスするのが精一杯なのかもしれない。
 退くことができないなら、菫子をどうにかして倒すしかなかった。だが、天子との戦いで力の大半を使ったわたしが、無際限の魔法を使う彼女に勝てるかどうか。
 それでもやるしかないと札を構え、天子を後ろに下がらせようとした。
 この状況に、箒を駆る少女=美真が高速で割り込んできた。そして菫子の前に立ちはだかり。
「話は全て盗み聞きしていました!」
 彼女の師匠のようなことを堂々と口にすると、わたしと天子に指示を飛ばしてきた。
「霊夢さんは地上で襲われている妖怪を助けてください。彼女はわたしがどうにかしますから」
 美真の症状は聞いていたが、これまでに見たことのない速さで姿を現した。顔が蒼いから平気になったわけではなさそうだが、少なくとも決闘に支障はなさそうだ。菫子の力には未だ底が見えず、美真に全てを任してこの場を離れるのは気が引けるが、ここは厚意に甘えるしかなかった。
「へえ、巫女の癖に妖怪を守り、人間を退治するんだ」
 そんなわたしを菫子は容赦なく揶揄してくる。
「博麗の巫女の仕事は妖怪退治ではない」
 わたしの代わりに答えたのは紫の声だった。
「幻想郷の秩序を守ることよ。これまで秩序を乱すのは専ら神や妖怪の仕業だったから妖怪退治とイコールだった。でも人間が秩序を乱すなら退治するに吝かでない。いや、人間でありながら強い力を持って人の社会に君臨しようとするなら、より許されざるとも言える」
「そのために人から牙を抜き、管理しようと言うのね」
「そう捉えても良い。この世界に対する深慮がないなら、口を挟もうとするべきではない」
「深い考えなんてないわ。でも、そんなものがなければ世界のあるべき形を論じることができないなんて、おかしな話だとは思わない?」
「床屋で語るなら、あるいはネットで語るなら構わない。覚悟がないだけでなく害もないから」
「人間は妖怪に害を与えられ続けてきた。わたしは彼ら/彼女らの声と向き合ってきた。みな真剣に力を持つことの意味を考えてくれた。それでも駄目だと言うの?」
「ええ、駄目よ。何故ならば……」
 紫の声は確信をもって菫子を弾劾する。
「お前は人間のことなんてどうでも良いと思っている」
 菫子はこれまでの饒舌を潜め、わたしを睨みつける。本当は紫を睨みたかったはずだが、ここにはいない。だからわたしにぶつけるしかなかった。
「かつて傷つけられた腹いせを、何も関係のない世界にぶつけたりしないで頂戴」
 紫は菫子に容赦しなかった。味方であるはずのわたしがえげつないと感じるほどに。紫は菫子に対して本気で怒っていた。
 紫はよく短気を示すが、本当に怒ったときは理詰めで相手を負かそうとする。わたしも何度か言い負かされたことがある。天子の件では勝てたが、振り返ってみれば紫はわたしの行動を通して天子の処遇を決めようとしていた節がある。逃げ道を与えてくれた。だが菫子には退路を全く与えなかった。
 菫子は返答の代わりに周囲を漂うケータイを全起動、魔力の防壁を展開する。同時にミサイルを大量に展開、こちらに放ってくる。どんな手練れの使う魔法であろうと何らかのモーションとラグがあるはずだが、菫子の魔法はケータイの起動と同時、一瞬で発生していた。
 わたしは結界を、美真は魔力防壁を展開しながらじりじり後退するが、いかんせん数が多い。札や針を放ってある程度は撃ち落としたが、ミサイルは一瞬でさえも途切れることなく、辛うじて届いた攻撃も菫子の防壁にあっさりと防がれる。
 そして防戦一方すら許してくれなかった。ミサイルに加えてレーザーが結界を直撃し、あっという間に防壁を破ろうとした。美真はわたしと天子を庇うよう前に立ち、菫子と同じくミサイルとレーザーの魔法陣を同時展開、波状攻撃を一気に押し返す。
「破邪の魔法とやらの影響でしょうか、わたしの魔法はいつもよりずっと強いみたいなんです。だからここはわたしに任せてください」
 美真の強さは分かったが、ミサイルもレーザーも菫子の防壁を穿つには至っていない。このまま撃ち合えば、やがて物量差で押し切られる時が来る。本当に大丈夫なのかと思ったのだが。
「それにわたしの魔法は魔理沙さん仕込みですから、人を庇いながら戦うのには向いていないんですよ」
 そんなことを言われたら任せるしかなかった。
 わたしは大きく頷くと天子を連れて急降下、地上で展開される弾幕の音と光を頼りに、教団員を追いかける。萃香をはじめとして手練れが揃ってはいたが、力のほとんどを封じられた上で強化された魔法に追い立てられたら流石に長くは保たないはずであり、一刻も早く合流する必要があった。
 わたしは近くの茂みに天子を隠すと。
「ここでじっとしていて、教団員を止めてくるから」
 強く念を押した。天子の性格を知っていたからだ。
「誰の心配をしているの、と言いたいところだけど今回は言葉に甘えるわ。紫苑のことといい、いざというとき頼りにならない師匠でごめんなさいね」
「謝らなくて良いわ。ずっと世話になってきたんだし、そんな顔みたら再戦がやりにくくなるじゃない」
 わたしはいつになく弱気の天子に発破をかけ、すぐに背を向ける。ごく間近に音と光が溢れたからだ。
「じゃあ、行ってくるから」
 天子と別れ、慌てて現場に駆けつけると、そこには信じ難い光景が広がっていた。萃香が地面に倒れ、仮面の教団員たちがいま正にとどめを刺そうとしていた。
 わたしは萃香を庇うように立ち、用意していた札を用いて結界を展開、襲いかかってくる色とりどりの魔法を防ぐ。菫子が使うほどの威力はないにしても、敵の魔法には際限がない。守りに徹するのは間違いなく悪手であり、こちらから攻撃を仕掛ける必要がある。
 だが、こちらには針と札とお祓い棒しかない。符もあるが人間でも当たればかなり痛い代物で、無闇に使うわけにはいかない。こういうとき多彩な攻撃方法を持つ魔法使いが少しだけ羨ましくもなるが、ないものねだりしても仕方がない。
 少し考えたのち選んだのは、シンプルな攻撃である。
 萃香を守る結界を残したままで新たな結界を盾状に展開して片方の手に、お祓い棒をもう片方の手に持つと、歯をぐっと食いしばって再度、身体能力を強化する。相手の物量にできるだけ長く対抗できるようピンポイントの防御、ピンポイントの攻撃で戦うつもりだった。
 最初に貼った結界を解くと同時、わたしは地上を一気に駆け抜ける。飛び交う弾幕をかわし、回避しきれないものはお祓い棒で撃ち落とし、盾で防ぎ、狙うはただ一つ、教団員が手にしたケータイだ。
 近付くほど濃くなっていく弾幕をぎりぎりで回避、迎撃、防御と必死でこなし、ようやく一人目が手に届く。お祓い棒でケータイを持つ手をしたたかに狙い、叩き落としたところで当て身を食らわせる。あまり使わない技だから加減できるかどうか心配だったけど、上手く意識を刈り取ることができた。数々の魔法を使いこなしているが、身体強化は全く行っていないらしい。教団員たちは弾幕決闘が華やかなものだとばかり考えており、それ以外のことは念頭ににないのかもしれなかった。
 だとすれば、脅威的な力の持ち主だが御しやすくもある。仲間が倒され俄に動転している隙をつき、わたしは二人目へと一気に距離を詰め、同様に気絶させると更に三人目へ。こちらのやることはもう分かっているはずなのに、誰もが相変わらずの単純な単線の攻撃を仕掛けてくるだけだ。数が少なくなるごとに、目に見えて対処が楽になった。
 あっという間に半数となり、教団員は背中を見せて逃げ出していく。空を飛ぶことなく、普通に走って逃げていた。力を使うことすら思いつかないようだった。
 ケータイで無際限に使える魔法は確かに凄いかもしれないが、人間は天から降ってきた力をいきなり、自由自在に使いこなせるわけではない。ましてや弾幕決闘は一瞬の判断の積み重ねで勝負が決まるのだから、尚更使いこなすのには時間がかかる。
 菫子は訓練などなくても妖怪と渡り合える手頃な力としてケータイのマジックアプリを授けたが、ただただ無用な混乱だけを引き起こすものだ。それが分かっていて力を与えているなら、紫の言う通り菫子は人間のことなど本当はどうでも良いに違いなかった。
「できる限り速やかに教団員を無力化しないと」
 地上だけでなく、空の上でも弾幕の光と音が弾け、激しい戦いが行われていることを示している。今のところ美真は戦えているようだが、菫子は力を持っているだけでなく自在に操ることができる。苦戦は免れないはずだ。一刻も早く駆けつけないといけない。
 霊夢は萃香を茂みに隠すと逃げた教団員に素早く追いつき、容赦なく打ち倒す。連絡を取られたら困るし、わたしから逃げ出しても倒すことのできそうな妖怪を見つけたら襲いかかるかもしれない。それに博麗の巫女が容赦のないことを教団員に知らしめる必要がある。
 仮面を外して下の顔を確認しなかったのは唯一の慈悲だったし、知り合いの顔が見えて今後の関係が気まずくなるのが嫌だからでもあった。
 全員を倒すと耳を澄ませ、弾幕の音が聞こえたら急いで駆けつける。それから相手の熟練具合をうかがい、ずぶの素人だと分かったら一気に距離を詰め、最初の時と同じように全滅させる。木々の生い茂る鎮守の杜の中であるというのもわたしの有利を後押しした。ここはわたしの庭のようなものであり、魔理沙と訓練を重ねた場所でもある。戦い方はよく心得ていた。
 同じことを更にもう一度、十人以上を倒したところでわたしは大きく息をつく。出力を絞っているといっても天子との戦いで消耗しており、体力も霊力もかなり限界に近いところまで来ている。人間だから下手に傷つけてはいけないという緊張感があり神経も消耗する。
「これが妖怪なら遠慮なく倒すのになあ」
 悪さしている妖怪に痛い目を遭わせて懲らしめても、しばらくすればけろりとした顔で神社に顔を出す。対して人間は打ち所が悪いだけで死んでしまうし、落ちただけでも大怪我をする。
 わたしは魔理沙から弾幕決闘のいろはと身体強化の術を授かり、天子からは剣技と体術を習っている。それに博麗の技は結界術を始めとして防戦に長けているから、弾幕の猛攻を受けても凌ぐことができるし、相手の技を受けながら隙を探し、攻勢に出るという手段も取れる。
 わたしはそれが当たり前だと思っていた。この世界に来たばかりの美真が少しだけ教団員の戦い方に近かったが、すぐに攻防の組み合わせを学び取った。未熟なままで戦いに出るものは基本的に誰もいなかったのだ。
「やっぱりこんな力、あってはならない」
 教団員からマジックアプリを取り上げないと、いずれ取り返しのつかないことが起きる。
 一分にも満たない短い休憩を済ませると、わたしは五感を研ぎ澄ませる。残りの教団員がみな逃げ出していたなら美真の救援に向かうつもりだったが、力を得て蛮勇を得た仮面の教団員は少しずつこちらに近付いてくる。休憩中のところをピンポイントで狙ってきたところからして、わたしの動向をずっとうかがい、攻撃の機会を待っていたのかもしれない。
 四方から一人ずつ、取り囲んで優位に立つつもりだろうか。なら上に逃げようかとも思ったが、これまでに倒した数とこちらに迫ってくる四人を足しても数が少し足りない。空飛ぶ巫女を包囲するというのに上が無防備というのもおかしな話であり、上方の気配を探れば鳥が立てるとは思わない枝擦れの音が僅かに聞こえてくる。
 やはり罠だ。そう確信した瞬間、四方からわたしに向けて何かが投げ込まれてくる。それらがケータイと分かるやいなや、わたしは前方から飛んでくるケータイをお祓い棒で素早く叩き落とし、背後に振り向いて結界を貼る。ケータイは激しい音と光を立て爆発、辺りを白く染めた。
 わたしが空を飛び、上に逃げるように誘導しようとしている。これまでの教団員よりも慣れており、弾幕での戦い方も多少は知っている。だが一歩足りなかった。
 光に紛れて姿を消し、音も消す。教団員たちはわたしがどうなったかを確認しに無防備で姿を晒し。
 結界の中に霊力を封じ込めた小さな球を投げ、眼前で弾けさせる。おもむろに目と耳をやられ、もんどりうつ教団員たちをあっさりと制圧し、それから上空に狙いを定めず針を乱射する。
「さあ、出てきなさい! 隠れているのは分かっているのよ。上手く罠を張ったつもりだろうけど……」
 戦意を挫くための脅しだったが、すぐにそれどころではなくなった。上方に強烈な力が複数出現したからだ。
 間をおかずに白い光芒がわたしめがけて放たれる。霊札を展開し、上方に結界を展開、少し迷ってから防御用の符を切り、一気に強化を計る。
 結界にレーザーが直撃、霊力と干渉して火花を散らす。目映くてよく見えないが、少なくとも十箇所以上から同時に攻撃を受けていた。
 わたしだけなら簡単に避けられたが、すぐ側には意識を失った教団員がおり、退けばただでは済まない。
 罠を見破ったと思ったが、敵は二段構えでわたしの動きを封じてきたのだ。それにしても味方を平然と捨て駒にするなんて、正しく血も涙もない。同じ人間であることが信じられなかった。いや、妖怪だってここまで卑劣なことは仕掛けて来ない。弾幕決闘はどんなに激しくてもごっこであり、遊戯であると分かっているからだ。何も考えていないような奴でさえ、本能のようなもので理解している。
 でも、上空から攻撃を仕掛けてきている何者かは弾幕をただ攻撃に使っている。わたしを倒すためなら何をやっても良いと考えている。
 思わず寒気が走った。そんなにもわたしを憎んでいる人がいるだなんて。それとも妖怪を平然と神社に招き入れるわたしは知らぬ間に普通の人間から疎まれ、恨まれていたのだろうか。
 挫けそうになる心を奮い立たせると、わたしは結界を維持しながら気絶している教団員をつかみ、強化された身体によって素早く放り投げる。なるべく柔らかい場所を選んだが、気絶して受け身を取れないからどこかを強く打っただろう。五体満足では済まないがレーザーの直撃を食らうよりはましのはずだ。
 残りの三人も同様に遠くへ放り投げるとわたしは結界を解き、レーザーの射線から素早く逃れると一気に上空へ昇る。火線を地上に集中しているいま、上空は無防備であると考えたのだ。それすらも読んで伏兵を潜ませていたら流石にまずかったが、そのようなことはなく。わたしは霊札を大量に展開すると、下方に一斉投射する。
 霊札にただの人間を害する力はない。だが、わたしを釘付けにしたと信じている何者かが突如として弾幕を受ければ、害がないと分かっていても無反応でいることはできないはずだった。
 不自然な枝ずれ、慌てたような声。札をそちらに集中させ、巣をつついて怒る蜂のように群がらせると、隠れ潜んでいた何者かは慌てて上空に逃れ、苦しそうに息をついた。
「さあ、お前の策は全て破ったわ。投降し、ケータイを捨てたら見逃してあげなくもない」
 わたしの説得に、卑劣な作戦を実行した教団員はわなわなと体を震わせる。激しい怒りを秘めていることがはっきりと分かる仕草であり。
「妖怪の真似をするだなんて、お前はなんて悪い子供なの! 許されるわけがない!」
 明確にわたしを罵ってきた。
 仮面の下からの声であり、しかも不自然に低くくぐもっていた。魔法か変成器かは知らないが、声の調子をいじっているらしい。つまりはわたしに声を聞かれたら正体が露見する可能性が高いということだ。
「わたしからすれば味方を犠牲にするあんたのやり方のほうが許せないと思うのだけど」
「人間を不当に貶める奴らの存在を許してはいけない。なんとしてでも滅ぼさないと。大丈夫、みな志は同じ。その途上で犠牲になったとしても分かってくれるはず」
 頭がおかしいとしか思えなかった。この人は他人を犠牲にすることに何の躊躇も抱いていない。胡乱な教えを吹き込まれ、力を得て変わってしまったのか。それともずっと冥い気持ちを抱えたまま生きてきて、たまたま知った力によって妖怪の根絶を実行しようとしたのか。
 どちらにしろこの人はとても危険だ。力がある限り、決して止まることはない。
「わたしたちは覚悟をしている。人の守護者になり、道を示す。たとえ傷つき倒れたとしても、いずれは次に続いてくれる人が現れる」
「そんな未来が来ることはないのよ。教祖を止め、アプリが使用できないようにするから。それにさっき、覚悟って言ったけどあんたらは無軌道に世を乱しているだけ。力はあるけど訓練はまるでしていないし、弱いものを一方的に叩く戦い方しかできない。わたしみたいな人間に、束でかかってきても敵わない。そんなもので覚悟を示そうと言うの?」
 地を揺らし、世を乱そうとした天子は傍迷惑だが、目的を果たしたら消えても良いとさえ考えていた。それでやったことが全て帳消しになるはずもないが、筋は通っている。でも、魔法教団は状況をかき乱しただけだし、放置すればより厄介な集団となり、人ならざるものたちだけでなく人間にさえ牙を剥くかもしれない。実際にいま、わたしは魔法教団の考えに反する者として、人間だというのに襲われている。
 改めて覚悟を問えば多少は気勢も削がれるかもしれないと期待したが、駄目だった。相手はケータイを起動させ、再び攻撃を仕掛けてくる。
 これまでにない罠を仕掛けてくる敵だから相手の出方をうかがったが、他の教団員たちと同じで単調な攻撃を仕掛けてくるだけだった。罠にはめて、自分の目的のためには他人を平気で犠牲にするが、力を使う練習は積んでいない。
 それだけならまだ良いが、目の前の相手はわたしがよく知っている人間の可能性が高く、看過することはできない。こいつの面だけは剥いで正体を明らかにするつもりだった。
 飛び交う弾幕を難なくかわすと、お祓い棒でケータイを持っているほうの腕を叩く。僅かなうめき声とともにケータイを手放したまでは一緒だが、そいつは怯むことなくわたしに手を伸ばしてきた。予想外の行動にわたしは迂闊にも腕を掴まれ、一瞬だけ反応が遅れてしまい。その隙に教団員はもう片方の手で懐に隠していたケータイを取り出し、起動させる。
 猛烈に嫌な予感がし、わたしは咄嗟に掴まれた手を振りほどくと教団員を突き放す。しまったと思ったときには遅く、ケータイは白い光を放ち、教団員の手元で派手に炸裂した。わたしを四方から追い詰めようとした教団員たちが使ってきた、音と強い衝撃で敵を制圧する魔法だった。
 地面に落下を始めた教団員を慌てて拾うと、わたしは容態を確認しようとした。外傷はなさそうだし、血も流れていないが、防御や身体強化を一切使わずまともにくらったのだから無傷で済むはずがない。骨折や打撲がないか確かめる必要がある……などと素早く考えを巡らせていたが、その顔を目にした瞬間に全てが吹き飛んだ。
 衝撃のせいで仮面が外れており、忘れたくても忘れられない顔が覗いていた。
 わたしの母だった。わたしを生み、育ててくれた人。わたしを抑圧し、追い詰めた人。
 そして先程までわたしを殺そうとし、弾劾し、激しい憎悪を向けていた。
 強烈な目眩をなんとか堪え、わたしはゆっくりと母を地上に下ろす。ケータイを握っていたほうの手は酷い有様だったが、それ以外の外傷はあまりない。気を失ったのは不幸中の幸いだった。意識があったら痛みのあまり悶え苦しんでいたはずだ。
 わたしは母を背負い、東の里へ向かおうとする。美真のことは気がかりだが、この人を放っておくわけにはいかない。酷い怪我ですぐに治療が必要だし、それにわたしの母だから。
「そんなやつ、放っておいて上の戦いに加勢しなさい」
 紫の命令が耳元から聞こえ、わたしは足を止める。普通の子供なら親の危機を最優先にするのが当然と考えるのかもしれないが、わたしはつい躊躇ってしまった。
「そんなわけにはいかないじゃない。だってこの人、わたしの母さんなのよ」
「霊夢ったら馬鹿なの? 母親は自分の子供を殺そうとしたりはしない!」
 菫子に対しては冷静な怒りを向けていたのに、ここでは癇癪を爆発させていた。
「昨日のうちに殺しておくべきだったわ」
 そして過激なことを口走り、慌てて目を伏せる。わたしがいかに母親を苦手にしているからといって、本人の前で口にしてはならないと気付いたのだろう。
「ごめん、言い過ぎた」
 紫は素直に謝り、頭まで下げた。
「どうも親がダメなのを見ると気が逸るの。わたしの母は愛してくれた人だから」
 紫の親というのは何度かわたしの前に姿を現したことのある同姓同名の大きなほうなのだろうか。それにしてはいちいち毛嫌いしていたような気もするが、あれは照れ隠しということだったのか。
「それはともかく」
 自分で口にして照れ臭かったのか、紫は自分で話題を打ち切る。
「力を得たからといってもたかが人間だからと侮ったのがいけなかった。まさか人ならざるものを封じる魔法なんてものを繰り出してくるなんて」
「だから声だけで姿を現すことができないの?」
「そうよ。監視役としてここに妖怪を集めたのも裏目に出た。結果として霊夢の仕事を増やしてしまったのは言い逃れのできないわたしの失策よ。魔法教団は力を得て増長しているから、妖怪の強さと恐ろしさを思い知らせてやるつもりだったの。そうすれば臆病な人間も愚かな人間も、そしてこの女も力を手放すと考えた」
 紫はわたしの母からも力を取り上げようとしたのだ。母が悪事に加担しているのをわたしに知られないよう処理するつもりだった。だから神社が襲われたあの夜、全てを任せるように言ったのだ。
 わたしは遠子が怪しいと勘違いしたが、あの放火も母がやったことだった。美真経由でわたしの疑いを聞いた遠子は決闘を明日に控えたわたしが気に病まないよう、犯人だと偽ったのだ。
 わたしは母に愛されていないが、支えてくれる友人がいる。紫も母のことを我がことのように怒ってくれる。だから母がわたしを憎悪していてもそんなに辛くないのだろうか。それともわたしは親子の情などとっくの昔に断ち切ってしまい、母を他人のように感じているのか。正直なところ、よく分からなかった。
「こうなった以上、人間に頼るしかない。あの魔法使いは善戦しているようだけど、敵はほぼ無尽蔵の力を有していて、いよいよ万策が尽きようとしている。だから霊夢、すぐ助けにいってやって!」
 紫の焦りようからして本当にまずい状況なのだ。でもわたしは傷ついた母を放っておけない。肉親だからではなく、この場で病院にすぐ連れて行けるのがわたししかいないからだ。
「その役目、わたしが代わりにやってあげる」
 逡巡するわたしに声をかけてきたのはぴんと長い耳が特徴的なブレザー姿の少女である。鈴仙という名前の、永遠亭に使える兎の妖怪のはずだ。弾幕決闘の見物に来ていた妖怪の一人だが、極端に消耗していた天子や萃香に比べるとまだ余裕がありそうだった。
「波長を視る能力のせいか、それとも化け物として中途半端なせいか、妖怪の能力を縛る忌々しい何かはわたしには効き目が弱いみたい。使える力も限定されるし体は酷く重いけど、なんとかなる。さっきまで神社に来ていた妖怪を逃していて、ようやく手が空いたところ」
 鈴仙は母をわたしの背中から受け取り軽々と背負う。
「病院に運び、治療してあげる。骨を全て接ぐには比喩なしに骨が折れそうだし、後遺症が残りそうだけど、お師匠様に学んだ医術を全て試すつもりよ」
「それはありがたいけど、良いの?」
 母は弱った妖怪を追い立て、容赦なく退治しようとした。そんな人間を助けて良いのかつい問うてしまった。
「霊夢は不埒な人間どもを倒し、妖怪を守ってくれた。ならば今度は妖に属するわたしが人を助ける番よ」
 鈴仙の理屈はとても明瞭で分かりやすいものだった。本当はもっと複雑な思いを胸中に抱いているかもしれないが、だとしても単純に考えて良いということだ。
 わたしは鈴仙の厚意に素直に甘えることにした。
「よろしく、お願いします」
 大きく頭を下げると、鈴仙は「任しといて」と軽めに請け合い、次の瞬間にはこの場を走り去っていた。
 遠ざかる母を見れば少しでも寂しさを感じるかとも思ったが、やはり何も感じることはなく。
 わたしのもの思いを覚ましたのは紫の厳とした声だった。
「霊夢、第三種を発令するわ。行きなさい」
 ここに至ってようやく魔法教団の件が、幻想郷を脅かす異変として認定された。わたしは何者にも後ろ髪ひかれることなく上空へ抜け。
 マジックアプリをこの幻想郷に広めようとしている元凶、月野菫子と再び対峙することになった。

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