東方二次小説

2XXX年の幻想少女第5章 人と妖の境界   人と妖の境界 第13話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第5章 人と妖の境界

公開日:2019年11月28日 / 最終更新日:2019年11月28日

 弾幕決闘用の道具をマジックポケットに入れ、最短で取り出せるよう念入りに整頓を済ませると、自宅から魔法の森上空へと抜ける。
 わたしはこれから神社に向かい、霊夢と天子の決闘を見守り、不穏な動きがあれば対応するつもりだった。菫子だけならまだしも、彼女は教団員と共闘して全てを台無しにしようとするかもしれない。
 天子と再戦したいという気持ちもあったが、わたし個人の気持ちを晴らすための戦いなら後日でも問題ない。対する霊夢の戦いは今日この場でしか成し得ない。ゆえにわたしは黒子に徹するつもりだった。
 だがその目論見は早くも崩れ去った。森の一画から煙が上がるのを目にしたからである。魔理沙の家がある方角から発しており、すぐに魔法教団の仕業ではないかと察した。霧雨商会、ひいてはその長である女性は魔理沙を目の敵のように語っていた。天子の討伐と時を同じくし、禍根を断ちに来てもおかしくはない。
 少し迷ったが、郷にやってきたからずっとわたしを教え導き、世話をしてくれた恩人を放っておくわけにはいかない。わたしは煙の上がる方角に向かい、魔理沙の家の直下であることを改めて確認すると流れ弾を警戒しながら高度を落とす。
 魔理沙の家は想像したよりもずっと派手に煙を上げており、家の外では魔理沙と奇妙な出で立ちの集団がじりじりと睨み合いを続けていた。向こうのほうでもわたしの姿を見つけたのか、一人がケータイを操作して空を飛び、こちらへ向かおうとしてくる。だが、その行動は中空に現れた魔法陣から発射される星形弾幕によって阻止された。
 撃ち落とされた人物は中空で止まり、ゆっくりと地上に着地する。ほぼダメージは受けていない様子だが顔を覆う仮面は外れており、日焼けした男性の顔が露わになった。慌てて側に落ちた仮面を拾い、身につけたのがなんとも滑稽だったが、顔と表情を隠せばのっぺりとした面の男性はたちまち不気味さを取り戻していく。
「あの不気味な奴らはこちらで引きつけておく。家の火を消してくれないか?」
 魔理沙はか細い声を風に乗せ、耳元で囁く。わたしは返答に代わり即座に動き、水気を家の真上に集めて雨を降らせる。それから謎の集団の行動に気をつけつつ、残り火に警戒しながら内側で燃える火を消して回る。外で何度か弾幕の飛び交う音や気配が伝わって来るも、わたしや家を害することは一度もなかった。ぱっと見、十人近くはいたはずだし皆がケータイで魔法を使えるはずだが、魔理沙は問題なくあしらい、牽制しているらしい。
 随分とびしょ濡れになってしまったし、家の大半には改修が必要だろう。もしかすると建て直しが必要かもしれないが、魔導書はほぼ健在だった。猛火を浴びてなお、ほぼ無傷なものもあり、一見するとぞんざいな扱いに見えて、蔵書には非常に手厚いことが見て取れた。
 消火を確認し、外に出ると仮面をつけた人物が一人、掌を痛そうに押さえていた。表情が見えないから本当に痛いかどうかは分からないが、原因はすぐに分かった。地面に壊れたケータイが転がっていたからだ。
「これで頭数が一人減ったのかな?」
 だが、手を押さえていた人物はすぐに立ち上がり、戦列に復帰する。そして皆で一斉に魔法陣を展開してきた。どうやら手にしていないだけで複数のケータイを所持しているらしく、既に起動状態になっているらしい。
「と、考えるのは甘いか。来るぞ!」
 魔理沙の注意喚起と同時、五色の弾が視界を覆い尽くす。急いで回避行動を取り、かわしきれないものは周囲にレーザー用の魔法陣を一気に展開、属性お構いなしに薙ぎ払っていく。魔理沙はといえば最低限の砲門と防御用結界のみを展開し、高速ですいすいと弾を避けていく。それだけでなく、乱れ飛び交う弾幕の隙間を巧みに縫い、仮面の集団にちくちくと弾幕を当てていく。相変わらず威力は抑えているのか少しの間だけ怯む程度だが、繰り返されれば足並みも乱れてくる。
 ただ速いだけでなく精度もまた段違いであり、乱戦でなければその巧みさに見惚れていただろう。残念ながら今のわたしでは全てを真似できないから、できることだけ真似していくしかない。
 防戦に回るだけではなく、攻めの一手を相手に叩き込むのだ。わたしは思い切って前進に回り、飛ぶ足を徐々に早めていく。弾幕に集中と何度も念じ、空を飛んでいるということは考えないようにする。魔法使いは空を飛ぶのが当たり前なのだと言い聞かせる。前日、霊夢との練習によって大分、自分を騙せるようになっていた。
 それでもこみ上げる目眩と吐き気は気合いで抑えつけ、弾幕の隙を探す。魔理沙が敵の足並みを乱しており、元々が単調な弾幕なのもあって、間隙は簡単に見つかった。
 レーザー用の魔法陣を閉じ、ミサイル用の魔法陣を一門展開、乱れ撃ちではなく一発だけ、狙いを澄まして発射。回避くらいはするかと思ったが、避けることなく素直に直撃、軽く吹き飛ばされて尻餅をつく。
 彼らは迫り来る弾幕に咄嗟に反応できないのだ。わたしは魔理沙に散々仕込まれているから当然のようにできるが、アプリだけを与えられて訓練も何もないのでは実践できるはずもない。
 確かに魔力なしで魔法を使えるかもしれない。それでも弾幕決闘を常日頃から親しんでいるわたしや魔理沙、郷の住人に比べたら烏合の衆にしか過ぎない。これなら考えなしに弾幕ごっこを仕掛けてくる妖精のほうがまだ手強いとさえ言えるかもしれない。
 油断する気はなく、常に気を張ってはいたが、回避は容易く、わたしの攻撃は面白いように当たった。あまりにも簡単で、まるで射的でもしているかのようだった。
 わたしと魔理沙の行動で何度も転がされたが、仮面をつけた集団は執拗に起き上がり、何度でも弾幕を放ってきた。その根性や執念がどこから来るのか、それだけがわたしにとって恐ろしいものだった。
 だが、肉体に受けるダメージは少しずつであれ蓄積していた。敵の弾幕は目に見えて疎らになり、もはや攻撃に当たるほうが難しいほどだった。そこでようやく単純な物量は効かないと悟ったのか、散開してそれぞれに攻撃を仕掛けてきた。
「よし、七と三で対処しよう」
 実力差からして魔理沙が七倒す間に三倒せるとは思えなかったが。
「はい、善処します」
 少しでも魔理沙の負担を減らすように動くつもりだった。
「ここからはもう少し強めの手加減で、骨の一本や二本は折れても我慢してもらうとしよう」
 強めの手加減というのは矛盾しているが言いたいことは分かる。戦いが長引けば、魔力が有限なわたしたちのほうが不利なのだ。その前に決着をつける必要がある。
 短い打ち合わせを終えると魔理沙から離れ、後ろを追いかけてくる数人を意識しながら木々の密集している一帯に突入、速度を落とさず通り抜けていく。わたしを追ってきた奴らは木にぶつかることを恐れ、速度を落として及び腰の追跡を余儀なくされていた。
 残念ながら魔法の森はわたしのホームグラウンドだ。その中でどうやって戦えば良いかは熟知している。適当に放たれる敵の弾を回避し、速度と地の理を活かしてまずは一人目の背後を取り、ミサイルを何発か当てる。衝撃によってバランスを失い、近くの木に衝突した一人目は頭から落下していったので慌てて回収、地面にそっと下ろす。気絶しているが、顔面をしたたかにうちつけた以外の傷はなく命に別状はなさそうだった。
 それだけ見て取ると再浮上、同様に背後を取って二人目を撃墜、三人目はたまらないと考えたのか上空へと逃れていく。後を追って森を抜けると同時、三方向からミサイルが飛んできた。
 全弾回避は難しく、何発かを防御用の魔法陣に食らう。痛みと衝撃に耐えながら符を切り、全方向を薙ぎ払う回転レーザーでもって残りの攻撃を破壊して対処。入念にポケットを整理した甲斐があり、必要な魔法を素早く一瞬で取り出し、対処できていた。
 速度を上げ、一気に上昇すると状況を確認する。目視できる範囲に教団員は三人おり、そのうちの二人は全くの無傷だった。つまり、これまで姿を見せていたのが全てではないということだ。元から伏せられていたならわたしが降下するとき攻撃を仕掛けてきたはずだから、おそらくは増援なのだろう。
 三人は続けて攻撃を仕掛けてきたが、コンビネーションの欠片もなくばらばらに弾を撃ってくるだけだった。弾幕に集中と心の中で再び唱え、更に速度を上げると三人の側を翻弄するように通過し、ミサイルとレーザーを散発的に発射して威嚇を加えていく。散開しては勝ち目がないと思ったのか、一人一人で行動するのを不安に感じたのか三人は徐々に示し合わせ、一所に集まると攻撃担当と防御担当に分かれ、一応のチームワークのようなことを始めてみせた。わたしは攻めあぐねている風を装い、一辺倒の攻撃と防御に意識を集中させる。三人はより密集し、一つの塊のように動き始めた。
 それこそがわたしの狙い目だった。僅かに横へ動き、三人の視線が僅かに泳いだのを確認すると、わたしは素早く倒して回収と強く念じ、一気に相手との距離を詰めると衝撃強めに調整したミサイルを数発、三人に目掛けて放つ。天子用に準備していた装備をまさか、暴徒鎮圧のような目的で使うとは思ってもみなかった。
 全員を一気に沈めたかったが、一人には辛うじてかわされてしまった。直撃した二人は派手に吹き飛び、気を失って真っ逆様に地上へと落ちていく。わたしは残った一人の攻撃を警戒しながら二人を拾い上げたが、彼ないし彼女はわたしを全く攻撃してこなかった。救助に向かうわたしを配慮したのか、それとも戦意喪失したかは分からないが、余計なことを考えなくて良いのはありがたいことだった。
「すみません、二人を無事に下ろしたいんで、攻撃はしないでもらえると助かります!」
 わたしが声をかけると最後の一人は肩を震わせ、それから激しく頷く。どうやらわたしのことを怪物だと考えているかのようだった。
 いや、実際に怪物なのだろう。
 コモンマジックのアプリがいくらグレードアップしても使う人間が訓練も何も受けていないなら、数に任せてなお力量差は歴然としている。彼らがいう古典的な魔法使いは未だ脅威であり、排除しなければならないのだ。
 似ているからこそ、憎悪するしかない。
 わたしは不意打ちに気をつけながら、気絶した二人を地面に下ろす。下のほうでは魔理沙が残敵をほぼ片づけており、残る仮面は一人だけ。地面に転がる人間の数が明らかに増えているところを見るとこちらにも増援が来たようだが魔理沙にはまるで歯が立たなかったらしい。
 最後の一人も肩で息をし、服はところどころ破れ、どうみても満身創痍だった。
「さて、残るはお前一人のようだがどうするね?」
 魔理沙が挨拶でもするように声をかけると最後の一人はわなわなと肩を震わせる。声も表情もないが、魔理沙の挑発に強い怒りを覚えているのは確かであり。
 返答は懐から取り出したケータイの光だった。
 どんな魔法が来るか身構えると、そこらで倒れている人間の所有していたケータイが光に呼ばれたかのように集い、規則正しい形を取り始める。その数はざっと見ただけでも百台を超えていた。八雲紫を封じるために使われていたケータイも同じくらいの台数だったことを考えれば、力の強い妖怪すら打ち破る大規模な魔法が展開されることはほぼ間違いないだろう。
 最後の一人が持つあのケータイはそれ以外のケータイの動きを制御する、いわば司令の役割を果たすらしい。となると目の前にいる奴が魔法教団を束ねている人間なのかもしれない。菫子である可能性もある。
 本当に菫子だとしたら天子を討伐するというのはフェイクで、本当の標的は霧雨魔理沙だったわけだ。そして威勢の良いことを言ってみたが実力はなく、単なる虚仮威しだったということになる。あるいは目の前で展開されていく魔法が彼女の本気なのか。
 一斉に展開されたケータイに魔法陣を構築するための紋様が浮かび、はちきれんばかりの力がばちりと、電気のような音を立てて放出される。見たことのない陣だが魔砲の一種であることは何となく見当がついた。
「ふむ、凄い力を感じる。これをほぼ無償で使えるというのは本当に画期的だ」
 魔理沙は出来の良い生徒に対する教師のような態度とともに両手を前方に構え、魔法陣を展開する。ケータイによって構築された陣とよく似た形をしており、こちらも気圧されそうなほどの魔力が急速に集っていく。
「少し危険なことを頼むが、良いかな?」
「加勢しろということですか?」
 どちらも強い力を放っているが、ケータイの魔法陣のほうが強い力を放っているように感じられた。だが、魔理沙は首を横に振った。
「相手の安全を確保して欲しい。手加減はできそうにないからな」
 魔理沙はここに至って襲撃を仕掛けてきた人間たちの心配をしている。堅気を傷つけるわけにはいかないということだろうか。
 承伏しかねたが、渋々頷いた。相手は容赦なくこちらを退治しようとしているのに、魔理沙は人命を慮って手加減をするかもしれない。それは非常に危険なことだと思ったからだ。
 わたしが動き出したと同時、ケータイの魔法陣が殊更激しい光を放ち、辺り一面を白光に染める。轟音と余波の光弾を振りまきながら放たれるレーザーは魔理沙どころか背後の住居ごと吹き飛ばすほどの凄まじさだったが、魔理沙は全く動じることなく符を宣言する。
《魔砲『ファイナルマスタースパーク』》
 二つの光が生まれ、辺りはまるで小さな太陽が生まれたかのように明るくなる。わたしは思わず目を細め、二つの力の趨勢を見守る。敵の安全を確保しろと言われたが、もし魔理沙が競り負けるようなことがあれば、意に反して魔理沙を助けるつもりだった。
 迫り来るレーザーに向けて放たれた魔理沙の魔砲は、端から見れば規模も威力も劣っているように見えた。やはり加勢するべきだったのではと一瞬だけ考えてしまったほどだ。でも、勝敗はすぐに明らかとなった。魔理沙の魔砲はしばらくすると一段階細くなり、代わりに輝きを増すとコモンマジックの放ったレーザーを押し返し、容赦なく貫いていったのだ。
 遂には大元の魔法陣にまで到達し、ケータイが次々と爆散していく。魔理沙の魔砲は無防備な仮面の魔法使いを容赦なく襲い……わたしは横からタックルするような勢いでぶつかり、辛うじて魔砲の直撃から助け出した。
 魔理沙が魔法を閉じたことを確認すると、わたしは速度を緩め、地上に着地する。わたしの救い方が乱暴だったのか、これまでのダメージが蓄積していたのか、仮面の人物……もとい、仮面が外れた女性は辛そうに呻き声をあげる。
 彼女の顔には見覚えがあった。霧雨商会の社主、魔理沙と同じ読み方をする名前の女性だ。他のユーザが所持しているケータイの制御を奪い、自分の魔法のために使用したのだから特別な立場の人間だとは思っていたが、まさか社主自ら出てくるとは思わなかった。
 わたしは彼女=麻梨紗を魔理沙の前に下ろし、表情をうかがう。なんとか笑おうとしていたが、あまり上手くいってなかった。遠い子孫が奇妙な宗教を立ち上げ、人々を扇動して襲いかかってきた事実には流石に堪えるものがあったのだろう。
「やれやれ、親玉ってのは背もたれの立派な椅子にふんぞり返ってなきゃ駄目だろうに」
 軽口を叩いてみせると、麻梨紗は息も絶え絶えながら怒りを顔に滲ませる。苦しくても良い、少しでも感情をぶつけてやりたい……そんな気持ちがわたしにまではっきりと伝わってきた。
「どうして勝てなかった、とでも言いたそうだな?」
「ええ、際限なく魔法を撃てるシステムによる……」一度に話すことができず、麻梨紗は苛立たしげに一息をおく。「最大火力を、用意したというのに……」
「確かに凄かったがね、際限なく魔法を使えても百の威力しかない技は二百の力を持つ技には負けるしかない。それだけじゃなく、連れてきた教団員たちともども弾幕決闘の腕前がなっちゃいなかった。折角の手に入れた力もどう活かすかを考えられなくては宝の持ち腐れだ」
 魔理沙は敗北して横たわる子孫に淡々と説教する。家を燃やされそうになったのも、襲われたのも全く怒っていなかった。むしろ不出来な弟子を諫めているような節があった。
 いや、節ではなく実際に諫めている。わたしが先日、天子と戦う力を得るためより強い魔法を求めたとき、同じような口調だったから分かるのだ。
 魔理沙はこと魔法、弾幕決闘に関することならいつでも正しいことを口にする。正論過ぎて、冷静な判断力が欠けている状況だと思わず耳を塞ぎたくなるくらいだ。魔理沙に憎悪を向けているなら尚更、堪えただろう。それでも麻梨紗は闘争心を失わなかった。
「それなら、次はもっと準備を整えてから挑む。人も術も研鑽して、今度こそお前を退治してやる」
 麻梨紗はぎらぎらとした憎しみを隠そうともしない。それでいて忠告をはっきり受け止めているのは、大きな会社を運営しているが故の観点なのだろう。どんな感情に支配されていても、きちんと受け止めて次に活かそうとする気概がある。わたしよりもずっと大人で、もしかしたら魔理沙より大人なのかもしれない。
 それでいて子供じみた憎悪に支配され、魔理沙を目の敵とし、容赦のない攻撃を仕掛けてきた。
「わたしはお前の挑戦をいつでも受けるつもりだよ。でもムーンカタストロフの使用は許可しない」
「この力を人間から取り上げるつもりなの? だとしたらあなたはやはり妖怪の味方なのね! 人間として生まれたくせに! この裏切り者め!」
 あまりにも酷い罵声だったが、彼女の言い分も分からないではない。わたしや霊夢、佳苗のような人間がこの幻想郷では特別であり、妖怪の襲撃に抗う術を持つ人間はほとんどいない。ムーンカタストロフはそんな人間たちに力を与えることができるし、人ならざるものに対する抑止力になる。
 だが、安易に手に入る力には危険を伴う。相手がわたしや魔理沙だから良かったものの、下手に刺激すれば危険となる相手は幻想郷にいくらでもいる。一撃を受けるだけでも致命的な弾幕に晒され、あるいはものの弾みで墜落し、命を落とす可能性が高い。
 それに力がなかったから辛うじて回避されていた衝突がそこかしこで起こる可能性がある。事実、霊夢は魔法の力を得た母親に神社を放火された。わたしが知らないだけで、他にもムーンカタストロフによって実行された兇行が存在する可能性はある。
 誰にでも持つことのできる力を、いずれ人間も手にする時代が来るのだろう。だが、まだ早過ぎる。ムーンカタストロフは幻想郷を加速させ過ぎるのだ。大きいほうの八雲紫は世界を加速させたいと言っていたが、今はまだ秘して封じるべきである。
「一握りの人間、妖怪、神だけが自由であるなど認められない」
 だが、わたしより大人であるはずの麻梨紗は、断固として認めようとしなかった。
「なら、お前はその一握りになれば良かったんだ。そして人間のために、それこそ博麗の巫女と同じように妖怪から人を守れば良かった」
 そんな彼女に、魔理沙は滔々と正論をを述べる。だがそれは麻梨紗の怒りを更に燃え上がらせるだけだった。
「なら、どうしてわたしを教えてくれなかったの!」
 そして怒りは奥底の本音を暴き出す。
「魔法の森を訪ねていったわたしを、お前はただ追い返すだけだった。魔法を学びたいと言ったら才能がないと冷たく言い放ち、一顧だにしなかった。それなのにどこからともなく現れた子供を弟子に取り、霧雨の名前まで与えて!」
 わたしは彼女の立場を奪い取ったのだ。それなら強く憎まれて当然だと思ったが、麻梨紗はわたしに怒りを抱いていなかった。縋るような目を向けてきた。
「霧雨の始祖は冷徹であり、卑劣感であり、敬うに値しないのよ。あなたは騙されている、だから助けてあげたかったの」
「助けたいと言いながら、わたしを捕まえようとしましたよね? わたしにはあなたこそ悪辣であるように思えましたが」
「あれは仕方なかったの。でもね、わたしは始祖の悪行を知っている。人間として生まれながら人間を守らなかったという悪行をね」
「人の危急を全て救うなど、あまりにも……」
「そんなこと、わたしは求めていない」
 重いと反論しようとしたが、麻梨紗は幾分か冷静な態度でわたしの言葉を封じた。
「今からもう二百年近くも前のことだ。森を伐採し、木を減らし過ぎた人間の行動に神が怒り、秋の実りを尽く腐らせる呪いをかけたことがあった」
 その話なら人里に住む誰かから聞いたことがある。秋の神が怒りを発し、飢えにより多くの人間が命を落としたという。それ以降、木々の伐採は制限され、郷は電気に強く傾倒するようになったという。博麗神社もそうだし、人里にはかまどやガスコンロがなく、大半の家には電気コンロしかない。かまどを持つというのは裕福な家柄の証だと説明を受けた気がする。
「里から何度も、人間を助けるように願い出た。わたしの祖先たちが総出で頭を下げた。だが始祖は全く動かず餓死者が続出する人里を捨ておいた。その時に霧雨家の全てとまではいかないが、人を捨てて妖を味方する悪逆非道の魔法使いを必ず倒すべきだと決意した。二百年もの間、密かにその悲願は受け継がれてきたんだ」
 霧雨商会の設立は今から二百年ほど前だ。全ては一人の妖怪となった魔法使いを倒すため、誂えられたというのだろうか。同じく忌むべきはずの妖怪に取り入り、徐々に力を増してきた。そして遂にただの人間が自在に使える魔法という切り札を引っさげ、そして今日という日を迎えたというわけだ。
 全ては失敗に終わったわけだが。
「美真、世話をかけたな」
 やるせない現状を噛み殺していると、魔理沙がいつもの調子で声をかけてきた。
「本来の用事があるんだろ? そちらに向かうといい。こっちはわたしが片付けておくから」
 地上には二十人近い怪我人がおり、一人で対処するには骨が折れるだろう。でも、今は厚意に甘えることにした。魔法教団が大っぴらに動き始めたなら、博麗神社でも何らかの動きがあるはずだからだ。それにわたしがいると話し辛いこともあるだろう。
 わたしは頷き、この場から離れようとする。その前にもう一度麻梨紗の顔を見たが、怒りや憎悪は晴れることなく。そしてわたしの視線に気付くと、気の毒なものでも見るような、淡い同情と皮肉の入り混じった笑みを向けた。やはり彼女はわたしを憎んでいない。わたしは彼女がいるべきだった場所ににのうのうと居座っている人間なのに。
 そこまで考えて一つの、もっと早く考えて然るべき疑問が浮かぶ。魔理沙を憎んでいたなら彼女は何故、かつて弟子入りしようとしたのだろうか。
 幼い頃は因縁など知らず、偉大な始祖に憧れ狭き門を叩いたのだろうか。それとも懐に潜り込み、寝首をかこうとしたのだろうか。恨みを抱き続けてきた一族の出なら後者でありそうだが、弟子入りを断られたと述懐した時の憤りには個人の情が滲んでいたように思える。わたしにははっきりと判じなかったし、詮索するべきではない。結局のところあの二人の前で、わたしは他人に過ぎないからだ。
 未練を振り切るように魔法の森を抜け、上空に出る。そして決闘はもう始まっているか、そうだとしたら趨勢はどうなっているかを確認するため東を向く。
 不吉な赤い色が、遠目からでも分かるような位置に煌めいていた。あの色はおそらく比那名居天子の放つ気の光であり、対抗する光は何も見えない。となると霊夢は追い詰められ、負けようとしているのだろうか。
 慌てて神社に向かおうとしたところで、ここよりも更に上空で何かが光った気がした。上を向くと奇妙な光の帯が、ぐるりと博麗神社周辺の空に展開されていた。
 太陽の光にも負けぬほどの陣容を放っていた。あれはきっと魔法陣なのだろうが、何のために敷かれたものかが分からなかった。
 視線を前方に戻すと、赤い光が徐々に消えつつある。天空に敷かれた魔法陣がなんであるかは気になったが、それよりもまずは神社に駆けつけるべきだ。わたしは箒の尾に八卦炉を装着し、先を目指すのだと心の中で強く唱え、全速で空を駆る。
 いつもより強い力が発揮できたような気がしたけど、それは決闘によって体と力が温まっているからだと思うことにした。

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