空から見下ろせば地上が全く見えないほど木々の生い茂る魔法の森だが、本当に隙間なくびっしりと生えているわけではない。森の中を歩いているとたまに木々のぽっかりと途切れた陽の当たる空間が見つかることがある。その中央には大きな切り株があり、日が高いと光がスポットライトのように切り株の中央へと降り注ぐ。その上で踊る小人の姿が見えることもあるが、瞬きの次には姿を消してしまっている。妖精の悪戯などというロマンティックな名前が付けられているけれど、魔理沙はもっと単純にかつての住人の記憶が森の魔力によって再生されるのだと考えている。詳しいことは分からないし、研究するつもりもなかった。
こうした切り株にはかつて妖精が住んでおり、魔力に覆われた森の相をも書き換えてしまう。妖精は力なく弱っちい種族とされているが、自然に与える影響力という点では名だたる妖怪にも決して引けを取らない。春告精などはその最たるだが、妖精には大なり小なり住み着いた場所の環境を変化、ないし強化してしまう性質がある。
だから息苦しいほどの魔力も切り株の周りでは森の外のように落ち着いているのだ。この森を根城にするとなれば、まずは誰の手もついていない切り株を探す必要がある。魔理沙はかつて師匠となる魔法使いに家と土地を譲ってもらったから新たに探す必要はない。それでも暇を見て切り株を探し回るのはかつて森を根城にしていた魔法使いの住処を発見できるかもしれないからだ。そのまま朽ち果てるよりいま生きている自分が活用したほうが良いだろうという考えから中のものは根こそぎ回収する。アリスには死者の工房を漁るなんて趣味が悪いと言われたこともあるが、魔理沙からすれば死して己の成果が誰にも引き継がれないことのほうが恐ろしく思える。これまで他人の成果をたっぷり拝借してきたが、死期を悟ったらこれまでに蓄えてきた知識と技術を惜しげなく放出するつもりだ。その時はまだ当分訪れることはないけれど、最近になって少しずつ準備するようになった。身近に死が感じられるといかなる長生を得ても殊勝な気持ちになるのかもしれない。
寄贈品はほとんどがパチュリーの図書館に行くだろう。あそこから知識を拝借し続けた罪滅ぼしのような意味もある。アリスにも少しばかり形見分けする必要があるし、白蓮にも世話になったから礼の一つくらいはしたいと考えている。先日パチュリーに会ったときそのことを少しだけ話したのだが、熱でもあるのかという顔をされてしまったし、事情を説明しても同情する素振りはなく、盗人の目にも涙ねなどとあっさり流されてしまい、魔理沙は誤魔化すように笑うしかなかった。
「それにしても、今でも盗人と呼んでくれるとはありがたいね」人間だった頃はパチュリーやアリスにそう言われるたび顔をしかめていたものだが、今では特に気にすることもない。あちこち手を伸ばし、盗み、真似、より上手く模倣してきた。それが今の自分を形作っており、だから盗人と呼ばれるのは一種の賞賛であるとさえ考えている。もっともそう考えられるようになったのは魔女になってからだが。「奔放に生きてみても人の身での逸脱なんて限られているんだよな」
霊夢にも先日、似たような話をしたことを思い出す。あの時は占いだったし、それ以外にも人間であった頃ならとても見えなかったもの、理解できなかったものを魔理沙は多く獲得することができた。
『才能はともかく、気質的には最も魔法使いに向いているのかもしれない』
いつも辛辣なアリスがいつかそんなことを漏らしたような記憶がある。でもいつだったかはまるで覚えていない。魔女になってから幾星霜、時間の感覚が徐々に鈍くなりつつある。より広いものの見方を得た代償なのかもしれない。人間をやめるだなんて表現は大袈裟であり、寿命がぐんと伸びるだけじゃないかと思っていたのだが、それは実に甘い見積もりだったわけだ。あるいは人間だった頃、自分がいかに話を聞かない人間であったかを証明しているのかもしれない。最近ではホワイトラビットよりもよく時計を確認している。記憶は何時《いつ》の感覚と密接に関わっており、それを忘れたら容易にすくい上げることができないからだ。何処《どこ》の感覚は今も健在なのだが。
だから博麗神社に行くと過去の記憶が鮮やかに蘇ってくる。当代の博麗がかつての霊夢にそっくりで名前も同じと来ているから尚更のことだ。あそこに再び妖怪が集まるようになったのも弾幕決闘の流行によって巫女の存在感が増したからというだけではない。意識しなくても記憶が鮮やかになるあの場所は妖怪にとって居心地が良いのだ。だがそれは厄介ごとが常に舞い込むということでもある。
「今の霊夢もあいつと同じように大変な目に遭うだろう。というか既に遭ってしまったようだ」
巨大な機械の塔、煤塵を含む汚れた空気、天を覆うは空飛ぶ機械。霊夢が語ってくれた異変の元凶はかつて魔理沙が外の世界なる場所へ出てしまった際、見かけた光景を思わせるものがあった。
「そう言えばあの時は珍しくわたしが一番に出会ったんだよな。結局のところ全てを解いたのは霊夢だったけど」
どんな異変が起きても解決に手が伸びるのはいつも霊夢だった。たまたま隣にいればそのお零れに預かることもできたが、霊夢を出し抜けたことは一度もなかったはずだ。そのことを狡いと思ったこともある。だが運否天賦に愛されているから成功するだなんて霊夢に対する侮辱にも程があるし、矜持もそれを良しとしなかった。だからすぐに振り払い、自分にできることを考えた。それが今の姿であり、魂の形でもある。だが魔女の力を得た時には霊夢は既にただの人間になろうとしていた。
今の霊夢に技を授けたのも、永久に喪われたはずの機会をもう一度得ようとしたからというのはある。かつての霊夢の全盛期に匹敵するほど強くなれば夢の続きが始まるのではないか。そんな淡く甘い願望を抱かせるほど、彼女はかつての霊夢に似ているように思えたのだ。だが接していくうち、その気持ちは少しずつ薄れていった。彼女は似ていても全くの別人であり、決して夢の続きを見せてはくれないのだ。
当初の目的が喪われても失望することはなかった。彼女には溢れるほどの才能があり、いずれきっと綺麗に華開くはずのそれを育てるのが楽しいと感じるようになっていたからだ。優れた弟子を取る喜びだと気付くのにそう時間はかからなかった。霊夢は綿が水を吸い込むように魔理沙の教えを身につけていった。己の一部が複され、より良いものとなる瞬間に立ち会えるのはとても素晴らしいことだ。
そして遅過ぎる気付きでもあった。魔理沙は霊夢の育成を通じて己の知識を引き継ぎ使いこなす弟子の育成を切に望むようになったが、今の郷でそれは叶いそうになかった。
魔理沙の使う魔法は知識を蓄え、己の中に確固たる魔の法則を構築して行使する、今では古典魔法と呼ばれる代物である。その習得には半生をかける必要があるし、それだけの時間をかけても見返りが得られるとは限らない。当たらない占い師や効き目のない呪い売りに堕した同業者を魔理沙は何人も見てきた。そもそも魔法使いに限らず職人という人種自体が郷から徐々に減りつつあるし、リスクばかりが大きい古典魔法使いになろうとする人間なんていよいよいるはずもない。同じ魔法使いでもパソコンとプログラム言語、電気と術式を組み合わせて魔法を使うウィザードなる職業は人気らしいが、魔理沙にはちんぷんかんぷんだった。パソコンの設定くらいはできるのだが、プログラム言語なるものは数多の言葉を読み書きできる魔理沙にとってすら手に余るものだったのだ。戯れで魔法使いの弟子求むと求人サイトに書き込んでみたが、胡散臭いと思われたのか誰も反応をくれなかった。
「いくら整理をしても無駄なのかもしれないなあ」
思わず弱音が口から零れる。古い機械が新しい機械にとって変わるように、古い魔法使いも新しい魔法使いに取って代わられるのではないかという危惧を魔理沙は最近になって感じるようになっていた。「あるいは今回が最後のチャンスなのかもしれないね」
弾幕決闘自体は今後も定期的に流行り続けるだろう。だがいま以上に時代が進めば古典魔法は新たな継承者を失い、いよいよ行き止まりとなる。次からはきっとウィザードがその座に取って代わる。今はまだ発展途上かもしれないが、パソコンの進歩は驚くほど速い。いずれは手のひらサイズとなり、魔本の代わりに携帯できるパソコンを使って魔法を使うようになるだろう。魔理沙の脳裏に浮かぶのは大昔に外の世界からやって来た超能力者の姿だ。彼女の力は魔法ではなかったが魔法の板を持っていた。
弾幕は古きにも新しきにも皆平等だ。古典と呼ばれるようになった魔法もまた美しいものであると、ただ一人にでも届いてくれるのならば、あるいは今後の継続も有りうるかもしれない。
ふと強い光が差しているのに気付き、魔理沙は物思いから立ち返る。今いる辺りに切り株はなかったはずなのに、鬱蒼と茂る樹木がいつのまにかどこにも見当たらなくなっていた。
これは一体どういうことかと口にしかけ、魔理沙は思わず息を飲む。
齢を重ねた魔理沙をして驚愕に値するものが目の前にあったからだ。
四月最後の日もまた、体の芯までを冷やすような寒さから逃れることはできなかった。
例の予告が空振りに終わってから一月以上が経ったというのに春の兆しはまるでなく、咲きかけの梅の花は萎み、桜の咲く気配もまるでない。冬眠から戻って来るはずの生き物も姿を現すことなくひっそりとしたままだ。雪は積もるほどでないにしてもちらほら舞い、水溜りには薄っすら氷が張っている。
「雪にも負けずと言っても限度があるでしょうに!」
思わず声をあげてはみたものの、寒さも朝のお勤めもなくなるわけではない。それでも何かを口にせずにはいられなかった。四月も初旬頃ならば自然の気紛れとして理解できなくもなかったが、末となっても未だに冬が居座り続けるのはあまりにもおかしい。
上に何度か問い合わせてみたが、様子見の返答を繰り返すばかり。自然現象なのだからいずれは元に戻るだろうと期待しているのかもしれないが、もし何らかの原因があるとしたらいずれ取り返しのつかないことになりかねない。
もちろん静観を決め込もうとする気持ちも分かる。原因を探ろうにしても季節を大きく歪める現象だなんて人の手には到底余る代物だ。そもそもどうやって見当をつければ良いのかさえ分からない。そんな状況では異変を認定し、巫女に解決を依頼するなんてできるはずもない。だが何もしないで手ぐすねを引いていられる状況はとうの昔に過ぎ去っている。
規則違反の誹りを受けても良いから動くべき局面だった。朝のお勤めと食事を終えると霊夢はいつものいでたちで稗田邸に向かう。かつて見た夢の続きを現実にする必要があったからだ。
この寒さでまた体調を壊していないか少し心配だったが、遠子は血色の良さそうな顔をしておりいつにも増して健康そうだった。そして霊夢の訪問に対して不機嫌な様子を見せた。
「遅いじゃない、もっと早く訪ねて来ると思ったのに。今日来なかったら催促のメールを送るつもりだったわ。四月が終わりを迎えても訪れることのない春、これは明らかに異常事態よ」
腰が重いことに対して腹を立てているのだと分かっても、霊夢には何も言い返せなかった。どんな理由があろうともこれまで動こうとしなかったのは覆しようのない事実だったからだ。
「父様に言ってもこれは自然現象なのだからすぐ正常に戻る、異変かもしれないと仄めかして回っては駄目だよの一点張りなのよ。わたしは十年と少ししか生きていないけど、同時に二千年近くも生きているのよ。それなのに生意気盛りの子供のように扱って!」
遠子は割と素直に感情を表すが、それにしても今日は機嫌がよろしくない。もしかすると先程まで角突き合わせていたのかもしれない。
「こうなったらわたしたちでさっさと解決してしまいましょう。ここに来たってことは霊夢も同じことを考えてるんでしょう?」
「そうね、その結果として巫女をやめろと言われてもしょうがないかなとも思っているわ」
霊夢の言葉に遠子の顔が赤から白へと移り変わっていく。少し冷や水をかけ過ぎたかなとも思ったが、檄したままでは伝わることも伝わらなくなってしまう。ここは心を鬼にして釘を刺しておいた。
「やるのはわたし、責任を取るのもね。だから遠子は何も気にすることはない。学生として第二の青春を楽しむのも良いかもしれないし」
「ごめん。わたし、二千年生きてても精神は十と少しなのよね。わたしだけじゃなくてみんなそうだったのに」
「それが駄目なら親が正面切って嗜めることもないし、わたしだってここに来ることもないのよ。安心して頂戴」これだけ宥めても遠子はまだ不安そうな顔をしている。これ以上どう慰めて良いのか分からぬまま、霊夢はかつて答えを聞き損ねたことを訊ねることにした。「それで本題なのだけど、かつてこの郷で春が喪われた異変について教えて頂戴。それを知っているから腹を立てているのでしょう?」
「うん……まあ、そうだけど。でももしかしたら違うかもしれない」
これはいよいよ冷や水がきつ過ぎたらしい。どう繕おうか迷っているうちに、遠子は僅かに俯いて霊夢がいないかのようにぼそりぼそりと話し始めた。
「よく考えればおかしいのよね、今回は本当に明白で春雪異変の再来に見える。だったら原因は冥界と決まっているのに、今日に至るまで解決されていない」
遠子の漏らした春雪異変なる代物に霊夢は心当たりがなかった。冥界がどこにあるかも知らないし、どうやって春を喪わせることができるかなんていよいよ想像もつかない。
「何か別の原因があるのか、それとも父様の言う通り単なる自然現象なのか」遠子はそんな霊夢の疑問に気づく様子もなくぶつぶつと呟き続ける。「ああ、確かめに行くこともできないこの体が恨めしいったらありゃしない」
霊夢は遠子の肩をそっと揺する。物思いに耽っているのを邪魔するのは良くないと分かっていたのだが、こうでもしない限り延々と独り言を呟き続けそうだったからやむなしだった。遠子は三十秒ほど呆けた表情を浮かべたのち目に光が戻り、ぱちぱちと瞬きをしてから視線を霊夢に向ける。これがあるから遠子の物思いを遮るのは怖いのだ。まるでパソコンのように復帰が遅い。
「気になるならわたしが探して来てあげるから。その春雪異変なるものを詳しく説明しなさいな」
思考を促すことでようやく話の流れを思い出したらしく、遠子はこめかみの辺りをぐりぐりと押す。詳細まで含め正確に思い出そうとしているらしく、やはりパソコンのように時間がかかった。
「これも六代前、つまりわたしがまだ阿求と呼ばれていた頃に起きた事件よ。その名前の通り春が喪われるという椿事が発生したの。いつもならとうの昔に訪れていておかしくないはずの春告精が鳴りを潜め続け、とっくに目覚めて良いはずの動植物が眠ったままだった。少しの遅れなら異常気象の範囲内で片付けることができたけど、五月に入っても底冷えするような気候が居座り続ける。これは流石に異常だとときの巫女が解決に乗り出し、間もなく元凶が明らかになった。冥界に住む西行寺幽々子という力のある亡霊が春を独り占めにしようとしていたの」
「春を独り占めですって?」春を喪わせるだけでも大変なことなのに、独り占めだなんていよいよ霊夢の想像からかけ離れていた。「そんなことが本当に可能なの?」
「可能も何も実際に起きたのだからできたのよ。当の本人が断片的に語ったことを総合すると、彼女はまず春という季節を殺してしまったらしいの。どうやって、なんて聞かないでよ。彼女は死を操る力があるというから何かの甚大な仕掛けと合わせて難業を成し遂げたのかもしれない。とにかくも春は死に、彼女が春度と呼ぶ細かな欠片となって郷中に飛び散ってしまった。その春度を集めることで春を一所にまとめ、反魂の儀式をある桜の妖怪の復活と結びつけることで春を甦らせようとしたの。一所に集中した春は既に花を咲かすことができなくなった桜さえ満開に開かせる力を持っていたはずだったのだけど、季節一つ分のエネルギーはあまりに膨大だったのでしょう。儀式は途中で瓦解し、妖怪桜は活動を停止。甦った春は郷に戻り、辛うじて事なきを得たと言うわけ」
霊夢の頭では訳の分からないことが成功寸前までいったとしか読み取れなかった。いま起きているかもしれない異変を解決するのに本当に役立つのか訝しむほど、霊夢は何も分かっていなかった。遠子は途方にくれている霊夢に気付くことなく、更に話を進めていく。
「本当に大事だったのよ。前に話した紅霧異変は規模が大きくても個人の引き起こしたことだから解決してみたら冗談で済んだけど、春雪異変は一つの季節を巡って複数の要因が絡まり、その影響も人里を始めとして多岐に渡ったの。思い当たる妖怪がいてもおかしくないのだけど。例えば魔理沙は異変に直接関わったのだし、類似度は非常に高いのだから妖怪になったといっても記憶に引っかかるくらいはあるでしょうに」
「そう言えば何か思い当たる節があるようと口にしていたような」霊夢は春の喪失を示唆した夢を見たと魔理沙に相談したこと、心当たりを探ると約束してくれたことを遠子に話す。「何か分かったら知らせてくれるはずだけど」
「音沙汰がないということはやっぱり違うのかな? でも他に春を喪わせるような原因に心当たりはないし。魔理沙は夢が示すものを信じて別の答えを探して欲しいと言ってたのよね?」
期待するように言われても霊夢には全く答えようがなかった。いまこの郷で何が起こっており、どうすれば解決できるのか、そもそも解決できるような原因があるのかさえ定まらないのだ。新たな霊夢を見ることもなかったし、勘がどこかへ行けと囁くこともなかった。
「もしかすると単に忘れているだけかも」
あの時の魔理沙が話半分であったとはあまり信じられなかった。だが適当なことをさらっと口にして煙に巻く詐欺師の側面があることも知っている。あるいは霊夢に隠さなければならない事情があるのか。いくら考えても確かなことは分からないままだった。
「冥界に行ってみるわ」それならばこちらから動くしかないと思い、霊夢は物憂げな遠子にそう宣言する。「正解であれば昔と同じように懲らしめる、不正解であっても可能性の一つを潰すことができるから無益にはならない」
魔理沙に直接訊いてみる手もあるが、もし隠し事をしているならばはぐらかされる可能性が高い。霊夢はあまり会話の駆け引きが得意ではないし、魔理沙はやろうと思えば呼吸するように嘘をつく。もし訊ねるならば真実を口にさせるくらいの情報を前もって用意する必要があるだろう。
「気をつけてね。決闘となれば亡霊姫はかなりの強敵だし、彼女の身辺を世話する従者も同じくらいに厄介よ。対処できないと思ったらすぐに撤退しなさい」
もし冥界に異変の元凶があったとしたらすぐさま引くことはできないだろう。ぎりぎりまで食い下がって亡霊姫やその従者を倒し、妖怪桜へ春が供給されることを防がなければならない。だがおそらくそんなことはないだろうという気がしていた。
霊夢はこれまで春度らしきものを一度も目撃したことがないし、遠子の話を聞いていても心に響くものがまるでなかった。冥界へ行っても得られるものは欠片もないに違いない。霧の異変で霊夢の勘は元凶でない紅魔館を示したが、正体を知らず元凶に突撃していたら咲夜の能力であっという間にやられていただろう。あれは異変解決に必要不可欠な遠回りだった。だが今回は無駄足になりそうな気がした。
もちろんそんなこと、口にはしなかった。たとえ無駄足であっても今は少しでも動かなければ気が落ち着かなかったし、遠子を少しでも安心させたかったからだ。
こうした切り株にはかつて妖精が住んでおり、魔力に覆われた森の相をも書き換えてしまう。妖精は力なく弱っちい種族とされているが、自然に与える影響力という点では名だたる妖怪にも決して引けを取らない。春告精などはその最たるだが、妖精には大なり小なり住み着いた場所の環境を変化、ないし強化してしまう性質がある。
だから息苦しいほどの魔力も切り株の周りでは森の外のように落ち着いているのだ。この森を根城にするとなれば、まずは誰の手もついていない切り株を探す必要がある。魔理沙はかつて師匠となる魔法使いに家と土地を譲ってもらったから新たに探す必要はない。それでも暇を見て切り株を探し回るのはかつて森を根城にしていた魔法使いの住処を発見できるかもしれないからだ。そのまま朽ち果てるよりいま生きている自分が活用したほうが良いだろうという考えから中のものは根こそぎ回収する。アリスには死者の工房を漁るなんて趣味が悪いと言われたこともあるが、魔理沙からすれば死して己の成果が誰にも引き継がれないことのほうが恐ろしく思える。これまで他人の成果をたっぷり拝借してきたが、死期を悟ったらこれまでに蓄えてきた知識と技術を惜しげなく放出するつもりだ。その時はまだ当分訪れることはないけれど、最近になって少しずつ準備するようになった。身近に死が感じられるといかなる長生を得ても殊勝な気持ちになるのかもしれない。
寄贈品はほとんどがパチュリーの図書館に行くだろう。あそこから知識を拝借し続けた罪滅ぼしのような意味もある。アリスにも少しばかり形見分けする必要があるし、白蓮にも世話になったから礼の一つくらいはしたいと考えている。先日パチュリーに会ったときそのことを少しだけ話したのだが、熱でもあるのかという顔をされてしまったし、事情を説明しても同情する素振りはなく、盗人の目にも涙ねなどとあっさり流されてしまい、魔理沙は誤魔化すように笑うしかなかった。
「それにしても、今でも盗人と呼んでくれるとはありがたいね」人間だった頃はパチュリーやアリスにそう言われるたび顔をしかめていたものだが、今では特に気にすることもない。あちこち手を伸ばし、盗み、真似、より上手く模倣してきた。それが今の自分を形作っており、だから盗人と呼ばれるのは一種の賞賛であるとさえ考えている。もっともそう考えられるようになったのは魔女になってからだが。「奔放に生きてみても人の身での逸脱なんて限られているんだよな」
霊夢にも先日、似たような話をしたことを思い出す。あの時は占いだったし、それ以外にも人間であった頃ならとても見えなかったもの、理解できなかったものを魔理沙は多く獲得することができた。
『才能はともかく、気質的には最も魔法使いに向いているのかもしれない』
いつも辛辣なアリスがいつかそんなことを漏らしたような記憶がある。でもいつだったかはまるで覚えていない。魔女になってから幾星霜、時間の感覚が徐々に鈍くなりつつある。より広いものの見方を得た代償なのかもしれない。人間をやめるだなんて表現は大袈裟であり、寿命がぐんと伸びるだけじゃないかと思っていたのだが、それは実に甘い見積もりだったわけだ。あるいは人間だった頃、自分がいかに話を聞かない人間であったかを証明しているのかもしれない。最近ではホワイトラビットよりもよく時計を確認している。記憶は何時《いつ》の感覚と密接に関わっており、それを忘れたら容易にすくい上げることができないからだ。何処《どこ》の感覚は今も健在なのだが。
だから博麗神社に行くと過去の記憶が鮮やかに蘇ってくる。当代の博麗がかつての霊夢にそっくりで名前も同じと来ているから尚更のことだ。あそこに再び妖怪が集まるようになったのも弾幕決闘の流行によって巫女の存在感が増したからというだけではない。意識しなくても記憶が鮮やかになるあの場所は妖怪にとって居心地が良いのだ。だがそれは厄介ごとが常に舞い込むということでもある。
「今の霊夢もあいつと同じように大変な目に遭うだろう。というか既に遭ってしまったようだ」
巨大な機械の塔、煤塵を含む汚れた空気、天を覆うは空飛ぶ機械。霊夢が語ってくれた異変の元凶はかつて魔理沙が外の世界なる場所へ出てしまった際、見かけた光景を思わせるものがあった。
「そう言えばあの時は珍しくわたしが一番に出会ったんだよな。結局のところ全てを解いたのは霊夢だったけど」
どんな異変が起きても解決に手が伸びるのはいつも霊夢だった。たまたま隣にいればそのお零れに預かることもできたが、霊夢を出し抜けたことは一度もなかったはずだ。そのことを狡いと思ったこともある。だが運否天賦に愛されているから成功するだなんて霊夢に対する侮辱にも程があるし、矜持もそれを良しとしなかった。だからすぐに振り払い、自分にできることを考えた。それが今の姿であり、魂の形でもある。だが魔女の力を得た時には霊夢は既にただの人間になろうとしていた。
今の霊夢に技を授けたのも、永久に喪われたはずの機会をもう一度得ようとしたからというのはある。かつての霊夢の全盛期に匹敵するほど強くなれば夢の続きが始まるのではないか。そんな淡く甘い願望を抱かせるほど、彼女はかつての霊夢に似ているように思えたのだ。だが接していくうち、その気持ちは少しずつ薄れていった。彼女は似ていても全くの別人であり、決して夢の続きを見せてはくれないのだ。
当初の目的が喪われても失望することはなかった。彼女には溢れるほどの才能があり、いずれきっと綺麗に華開くはずのそれを育てるのが楽しいと感じるようになっていたからだ。優れた弟子を取る喜びだと気付くのにそう時間はかからなかった。霊夢は綿が水を吸い込むように魔理沙の教えを身につけていった。己の一部が複され、より良いものとなる瞬間に立ち会えるのはとても素晴らしいことだ。
そして遅過ぎる気付きでもあった。魔理沙は霊夢の育成を通じて己の知識を引き継ぎ使いこなす弟子の育成を切に望むようになったが、今の郷でそれは叶いそうになかった。
魔理沙の使う魔法は知識を蓄え、己の中に確固たる魔の法則を構築して行使する、今では古典魔法と呼ばれる代物である。その習得には半生をかける必要があるし、それだけの時間をかけても見返りが得られるとは限らない。当たらない占い師や効き目のない呪い売りに堕した同業者を魔理沙は何人も見てきた。そもそも魔法使いに限らず職人という人種自体が郷から徐々に減りつつあるし、リスクばかりが大きい古典魔法使いになろうとする人間なんていよいよいるはずもない。同じ魔法使いでもパソコンとプログラム言語、電気と術式を組み合わせて魔法を使うウィザードなる職業は人気らしいが、魔理沙にはちんぷんかんぷんだった。パソコンの設定くらいはできるのだが、プログラム言語なるものは数多の言葉を読み書きできる魔理沙にとってすら手に余るものだったのだ。戯れで魔法使いの弟子求むと求人サイトに書き込んでみたが、胡散臭いと思われたのか誰も反応をくれなかった。
「いくら整理をしても無駄なのかもしれないなあ」
思わず弱音が口から零れる。古い機械が新しい機械にとって変わるように、古い魔法使いも新しい魔法使いに取って代わられるのではないかという危惧を魔理沙は最近になって感じるようになっていた。「あるいは今回が最後のチャンスなのかもしれないね」
弾幕決闘自体は今後も定期的に流行り続けるだろう。だがいま以上に時代が進めば古典魔法は新たな継承者を失い、いよいよ行き止まりとなる。次からはきっとウィザードがその座に取って代わる。今はまだ発展途上かもしれないが、パソコンの進歩は驚くほど速い。いずれは手のひらサイズとなり、魔本の代わりに携帯できるパソコンを使って魔法を使うようになるだろう。魔理沙の脳裏に浮かぶのは大昔に外の世界からやって来た超能力者の姿だ。彼女の力は魔法ではなかったが魔法の板を持っていた。
弾幕は古きにも新しきにも皆平等だ。古典と呼ばれるようになった魔法もまた美しいものであると、ただ一人にでも届いてくれるのならば、あるいは今後の継続も有りうるかもしれない。
ふと強い光が差しているのに気付き、魔理沙は物思いから立ち返る。今いる辺りに切り株はなかったはずなのに、鬱蒼と茂る樹木がいつのまにかどこにも見当たらなくなっていた。
これは一体どういうことかと口にしかけ、魔理沙は思わず息を飲む。
齢を重ねた魔理沙をして驚愕に値するものが目の前にあったからだ。
四月最後の日もまた、体の芯までを冷やすような寒さから逃れることはできなかった。
例の予告が空振りに終わってから一月以上が経ったというのに春の兆しはまるでなく、咲きかけの梅の花は萎み、桜の咲く気配もまるでない。冬眠から戻って来るはずの生き物も姿を現すことなくひっそりとしたままだ。雪は積もるほどでないにしてもちらほら舞い、水溜りには薄っすら氷が張っている。
「雪にも負けずと言っても限度があるでしょうに!」
思わず声をあげてはみたものの、寒さも朝のお勤めもなくなるわけではない。それでも何かを口にせずにはいられなかった。四月も初旬頃ならば自然の気紛れとして理解できなくもなかったが、末となっても未だに冬が居座り続けるのはあまりにもおかしい。
上に何度か問い合わせてみたが、様子見の返答を繰り返すばかり。自然現象なのだからいずれは元に戻るだろうと期待しているのかもしれないが、もし何らかの原因があるとしたらいずれ取り返しのつかないことになりかねない。
もちろん静観を決め込もうとする気持ちも分かる。原因を探ろうにしても季節を大きく歪める現象だなんて人の手には到底余る代物だ。そもそもどうやって見当をつければ良いのかさえ分からない。そんな状況では異変を認定し、巫女に解決を依頼するなんてできるはずもない。だが何もしないで手ぐすねを引いていられる状況はとうの昔に過ぎ去っている。
規則違反の誹りを受けても良いから動くべき局面だった。朝のお勤めと食事を終えると霊夢はいつものいでたちで稗田邸に向かう。かつて見た夢の続きを現実にする必要があったからだ。
この寒さでまた体調を壊していないか少し心配だったが、遠子は血色の良さそうな顔をしておりいつにも増して健康そうだった。そして霊夢の訪問に対して不機嫌な様子を見せた。
「遅いじゃない、もっと早く訪ねて来ると思ったのに。今日来なかったら催促のメールを送るつもりだったわ。四月が終わりを迎えても訪れることのない春、これは明らかに異常事態よ」
腰が重いことに対して腹を立てているのだと分かっても、霊夢には何も言い返せなかった。どんな理由があろうともこれまで動こうとしなかったのは覆しようのない事実だったからだ。
「父様に言ってもこれは自然現象なのだからすぐ正常に戻る、異変かもしれないと仄めかして回っては駄目だよの一点張りなのよ。わたしは十年と少ししか生きていないけど、同時に二千年近くも生きているのよ。それなのに生意気盛りの子供のように扱って!」
遠子は割と素直に感情を表すが、それにしても今日は機嫌がよろしくない。もしかすると先程まで角突き合わせていたのかもしれない。
「こうなったらわたしたちでさっさと解決してしまいましょう。ここに来たってことは霊夢も同じことを考えてるんでしょう?」
「そうね、その結果として巫女をやめろと言われてもしょうがないかなとも思っているわ」
霊夢の言葉に遠子の顔が赤から白へと移り変わっていく。少し冷や水をかけ過ぎたかなとも思ったが、檄したままでは伝わることも伝わらなくなってしまう。ここは心を鬼にして釘を刺しておいた。
「やるのはわたし、責任を取るのもね。だから遠子は何も気にすることはない。学生として第二の青春を楽しむのも良いかもしれないし」
「ごめん。わたし、二千年生きてても精神は十と少しなのよね。わたしだけじゃなくてみんなそうだったのに」
「それが駄目なら親が正面切って嗜めることもないし、わたしだってここに来ることもないのよ。安心して頂戴」これだけ宥めても遠子はまだ不安そうな顔をしている。これ以上どう慰めて良いのか分からぬまま、霊夢はかつて答えを聞き損ねたことを訊ねることにした。「それで本題なのだけど、かつてこの郷で春が喪われた異変について教えて頂戴。それを知っているから腹を立てているのでしょう?」
「うん……まあ、そうだけど。でももしかしたら違うかもしれない」
これはいよいよ冷や水がきつ過ぎたらしい。どう繕おうか迷っているうちに、遠子は僅かに俯いて霊夢がいないかのようにぼそりぼそりと話し始めた。
「よく考えればおかしいのよね、今回は本当に明白で春雪異変の再来に見える。だったら原因は冥界と決まっているのに、今日に至るまで解決されていない」
遠子の漏らした春雪異変なる代物に霊夢は心当たりがなかった。冥界がどこにあるかも知らないし、どうやって春を喪わせることができるかなんていよいよ想像もつかない。
「何か別の原因があるのか、それとも父様の言う通り単なる自然現象なのか」遠子はそんな霊夢の疑問に気づく様子もなくぶつぶつと呟き続ける。「ああ、確かめに行くこともできないこの体が恨めしいったらありゃしない」
霊夢は遠子の肩をそっと揺する。物思いに耽っているのを邪魔するのは良くないと分かっていたのだが、こうでもしない限り延々と独り言を呟き続けそうだったからやむなしだった。遠子は三十秒ほど呆けた表情を浮かべたのち目に光が戻り、ぱちぱちと瞬きをしてから視線を霊夢に向ける。これがあるから遠子の物思いを遮るのは怖いのだ。まるでパソコンのように復帰が遅い。
「気になるならわたしが探して来てあげるから。その春雪異変なるものを詳しく説明しなさいな」
思考を促すことでようやく話の流れを思い出したらしく、遠子はこめかみの辺りをぐりぐりと押す。詳細まで含め正確に思い出そうとしているらしく、やはりパソコンのように時間がかかった。
「これも六代前、つまりわたしがまだ阿求と呼ばれていた頃に起きた事件よ。その名前の通り春が喪われるという椿事が発生したの。いつもならとうの昔に訪れていておかしくないはずの春告精が鳴りを潜め続け、とっくに目覚めて良いはずの動植物が眠ったままだった。少しの遅れなら異常気象の範囲内で片付けることができたけど、五月に入っても底冷えするような気候が居座り続ける。これは流石に異常だとときの巫女が解決に乗り出し、間もなく元凶が明らかになった。冥界に住む西行寺幽々子という力のある亡霊が春を独り占めにしようとしていたの」
「春を独り占めですって?」春を喪わせるだけでも大変なことなのに、独り占めだなんていよいよ霊夢の想像からかけ離れていた。「そんなことが本当に可能なの?」
「可能も何も実際に起きたのだからできたのよ。当の本人が断片的に語ったことを総合すると、彼女はまず春という季節を殺してしまったらしいの。どうやって、なんて聞かないでよ。彼女は死を操る力があるというから何かの甚大な仕掛けと合わせて難業を成し遂げたのかもしれない。とにかくも春は死に、彼女が春度と呼ぶ細かな欠片となって郷中に飛び散ってしまった。その春度を集めることで春を一所にまとめ、反魂の儀式をある桜の妖怪の復活と結びつけることで春を甦らせようとしたの。一所に集中した春は既に花を咲かすことができなくなった桜さえ満開に開かせる力を持っていたはずだったのだけど、季節一つ分のエネルギーはあまりに膨大だったのでしょう。儀式は途中で瓦解し、妖怪桜は活動を停止。甦った春は郷に戻り、辛うじて事なきを得たと言うわけ」
霊夢の頭では訳の分からないことが成功寸前までいったとしか読み取れなかった。いま起きているかもしれない異変を解決するのに本当に役立つのか訝しむほど、霊夢は何も分かっていなかった。遠子は途方にくれている霊夢に気付くことなく、更に話を進めていく。
「本当に大事だったのよ。前に話した紅霧異変は規模が大きくても個人の引き起こしたことだから解決してみたら冗談で済んだけど、春雪異変は一つの季節を巡って複数の要因が絡まり、その影響も人里を始めとして多岐に渡ったの。思い当たる妖怪がいてもおかしくないのだけど。例えば魔理沙は異変に直接関わったのだし、類似度は非常に高いのだから妖怪になったといっても記憶に引っかかるくらいはあるでしょうに」
「そう言えば何か思い当たる節があるようと口にしていたような」霊夢は春の喪失を示唆した夢を見たと魔理沙に相談したこと、心当たりを探ると約束してくれたことを遠子に話す。「何か分かったら知らせてくれるはずだけど」
「音沙汰がないということはやっぱり違うのかな? でも他に春を喪わせるような原因に心当たりはないし。魔理沙は夢が示すものを信じて別の答えを探して欲しいと言ってたのよね?」
期待するように言われても霊夢には全く答えようがなかった。いまこの郷で何が起こっており、どうすれば解決できるのか、そもそも解決できるような原因があるのかさえ定まらないのだ。新たな霊夢を見ることもなかったし、勘がどこかへ行けと囁くこともなかった。
「もしかすると単に忘れているだけかも」
あの時の魔理沙が話半分であったとはあまり信じられなかった。だが適当なことをさらっと口にして煙に巻く詐欺師の側面があることも知っている。あるいは霊夢に隠さなければならない事情があるのか。いくら考えても確かなことは分からないままだった。
「冥界に行ってみるわ」それならばこちらから動くしかないと思い、霊夢は物憂げな遠子にそう宣言する。「正解であれば昔と同じように懲らしめる、不正解であっても可能性の一つを潰すことができるから無益にはならない」
魔理沙に直接訊いてみる手もあるが、もし隠し事をしているならばはぐらかされる可能性が高い。霊夢はあまり会話の駆け引きが得意ではないし、魔理沙はやろうと思えば呼吸するように嘘をつく。もし訊ねるならば真実を口にさせるくらいの情報を前もって用意する必要があるだろう。
「気をつけてね。決闘となれば亡霊姫はかなりの強敵だし、彼女の身辺を世話する従者も同じくらいに厄介よ。対処できないと思ったらすぐに撤退しなさい」
もし冥界に異変の元凶があったとしたらすぐさま引くことはできないだろう。ぎりぎりまで食い下がって亡霊姫やその従者を倒し、妖怪桜へ春が供給されることを防がなければならない。だがおそらくそんなことはないだろうという気がしていた。
霊夢はこれまで春度らしきものを一度も目撃したことがないし、遠子の話を聞いていても心に響くものがまるでなかった。冥界へ行っても得られるものは欠片もないに違いない。霧の異変で霊夢の勘は元凶でない紅魔館を示したが、正体を知らず元凶に突撃していたら咲夜の能力であっという間にやられていただろう。あれは異変解決に必要不可欠な遠回りだった。だが今回は無駄足になりそうな気がした。
もちろんそんなこと、口にはしなかった。たとえ無駄足であっても今は少しでも動かなければ気が落ち着かなかったし、遠子を少しでも安心させたかったからだ。
第2章 修羅と修羅 一覧
感想をツイートする
ツイート
半人前の子は一人前になっているのだろうか…
ウィザードが取って代わるとか外の世界が既に荒廃してるっぽい描写とか、(東方とは別作品ですが)Fate/EXTRAみたいだなと思った