東方二次小説

2XXX年の幻想少女第2章 修羅と修羅   修羅と修羅 第7話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第2章 修羅と修羅

公開日:2017年03月10日 / 最終更新日:2017年03月10日

九十九姉妹は解放派として活動している時でさえ音楽家としての主張を第一に行い、弾の動きも音楽が流れるようにふわふわとした動きのものが多い。そして弾幕を撃ってくる彼女たちはいつも楽しそうな表情を浮かべている。だが今の二人に表情はなく、奏でる音に楽しみはまるでない。べよんべよん、ぴんぽんぱらんと、出鱈目な音を奏でる音符を霊夢目掛けて一気呵成に撃ち出してきた。
 直接狙ってくる弾だけなので射線から逃れるのは難しくなかったが、ひたすら無言で追い縋り、途切れることなく弾を撃ってくる。いつもなら弾幕を奏でるのにかまけてあまり動かないので、機敏に動いてくる姉妹の動きに霊夢は面食らってしまった。そして僅かな戸惑いは霊夢に防戦一方の追いかけられる立場を与えてしまった。
 いつもと様子が違うことは分かっていたし、油断したわけではない。だが心のどこかでいつも通りという気持ちを意識しないうちに抱いたのかもしれなかった。
 一抹の寂しさを押し殺すと、霊夢は相手がどこまで速さを出せるかを探ることにした。姉とも妹とも速度重視のドッグファイトをやったことはないから、まずはそこを見極めなければならなかった。
 べよべよべよん、ぽんぴらぱんぴん。
 煩いだけの音に集中を乱されそうになるのをなんとか堪えながら一つ、二つと速度を上げる。僅かな間だけ離れても二人はすぐに追いつき、更に距離を詰められてしまった。調子に乗ったのかこれが速度の限界と見たのか弾の量が更に増え、辺りに騒音をばら撒き続ける。空の上でなければこの音で気絶する人間もいたかもしれない。霊夢の耳にもじんじんと響き、強化された身体能力と相まってこれ以上酷くなればいよいよ集中をかき乱されそうだった。
 もしかしてそれを狙っているのかとも疑ったが、ちらと表情をうかがっても特に感情を示す様子はなく、一直線の刺々しい気迫を放ち続けている。殺意とはまた異なる不気味な情動だった。
 三つ四つと歯を打ち鳴らし、もう一度追跡を引き剥がしにかかる。今度はもう少し距離が取れたけれど、二人はじわりじわりと近づいて来た。何事かをぶつぶつ呟いているのが弾幕の隙間から一瞬だけ見えたけれど、騒音のせいで何を話しているかが分からなかった。だが少なくとも会話をしているようには見えない。
 ふと妖夢が話してくれたことを思い出す。雷鼓と遭遇したとき呟いていたという詩のようなものを彼女たちも口にしているのだとしたら。
「だとしたらどうだって言うのよ!」
 あの詩にしてもまるで意味が理解できなかったし、いちいち斟酌するのも面倒だった。それに九十九姉妹の速度限界もようやく分かって来たところだ。もう一つ強化をかければ、二人の速さを超えられるはずだった。
 かちりと歯を噛み合わせ、痛みから来る目眩と強化による感覚の大幅な広がりをぐっと押し殺す。予想通り、二人とも第五段階まで強化した霊夢についてくることができない。それさえ分かればあとは速度差を利用し、反撃を仕掛けるだけで良かった。
 霊夢は速度を落とし、二人をわざと追いつかせる。力尽きたと見たのか弾をばらまきながら迫って来たところで一気に急旋回し、最大速で回り込みぴたりと背後を取った。
 慌てて速度を落とし、後ろを振り返ろうとしたのは悪手に他ならない。動きを止めるなんて的にしてくれと言っているようなものだ。霊夢は攻撃と目くらましを兼ねて札をばら撒き、針を弁々に向けて一斉射する。
 妖怪が博麗の技による攻撃を受ければ白い煙を出すはずなのだが、弁々の体は金に近い色の光を放ち始める。それは大気に触れると溶けるように消失し、いかなる力の残滓も残さなかった。
 光が収まるとともに弁々の体からくたりと力が抜け、一直線に地面へと落下し始める。奇妙な現象ではあったが、これで勝負自体は一段落つくはずだった。八橋が姉の危機を見逃すとは思えないからだ。喧嘩することはあっても基本的には仲の良い姉妹である。しかし八橋は落下していく弁々を一顧だにせず、金色の光をじわじわと滲ませながら激しく琴をかき鳴らす。強化された身体のお陰でぎりぎりかわせたが内心の戸惑いは募るばかりだった。
 霊夢は少し迷ってから落下していく弁々を追いかける。いかな妖怪でも北の里に建ち並ぶビルの屋上よりも高い所から落ちれば無事では済まないはずだ。一直線に向かうと流れ弾が弁々に当たりそうだったがいちいち迂回している暇はない。霊夢は八橋に背を向けると背面に結界を張り、ジグザグに動きながら急降下をかける。的を絞らせないようにはしているが、それでも八橋の弾がひっきりなしに結界を削り、ぴんぽんぱんと不快な音を立てる。見えない弾幕の圧力が、何よりも姉を全く心配することのない躊躇いのなさが恐ろしかった。
 下に回り込んでから受け止めるのは弁々が集中被弾するから避けるしかなく、横から体当たりするようにしてかっさらうしかなかった。急落下する弁々を持ち上げつつ八橋の攻撃をかわすのは非常に難しく、せめて片手だけでも使えるようにしたかったがそれもできず、霊夢は不自然な体勢のまま飛ぶことを余儀なくされた。すうすうと熟睡するような寝息を立てる弁々に対する苛立ちも覚えたが、この状況で悠長に起こしている暇もなく、ましてや弁々をゆっくりと下ろす余裕などあるはずもない。かといってこのまま抱え続けたままで見境なく音符を撃ってくる八橋に対抗できるはずもない。
 霊夢は徐々に高度を下げ、地面すれすれまで来ると弁々を真横に放り投げる。受け身を取ることなくごろごろとあらぬ方向に転がっていくが、服が砂まみれのぼろぼろになったくらいで骨が折れたり酷く出血したりということはない。人間だったら間違いなく重症、一歩間違えば致命傷の下ろし方だし、妖怪でも痛みくらいは感じるだろうが、これ以上の穏便な方法を思いつかなかった。
 そう心の中で言い訳して、身軽になった体で一気に急上昇をかける。今まで安定していた射線が激しい加速であっという間にばらけ、狙いも途端に精彩を欠いていく。ここでようやく標的を狙うだけの射撃だと当たらないことに気付いたのか、八橋は広範囲に出鱈目な弾を撃ち始める。といっても相手を追い詰めたり誘導したりという意図はなく、回避するのが困難なほど密度が濃いというわけでもない。威力の差はあれど考えなしの妖精だって撃てるような単純極まりない弾幕だった。
 攻撃が単純で御しやすいのは異変の調査をするには有り難いのに、霊夢の心を占めているのは言い様のないもやもやと苛立ちだった。だが今は余計な感情にかまけている場合ではない。霊夢はごくりと唾を飲み込み、声を荒げたい衝動をぐっと押し殺して八橋に迫る。琴を弾く手はどんどん激しくなり、弾の数も呼応して増えていくがかわせないという気はまるでしない。弾と弾の隙間を狙って針を撃ち込むのもあまりに容易いことだった。
 針を受けるに連れ八橋の体から漏れ出る金色の光がいよいよ強さを増し、出鱈目な音と相まって不出来なライブを鑑賞しているようだった。こんな彼女の姿を霊夢はこれ以上見ていたくなかった。
 とどめと念じて更なる針を握りしめたところで、ぴいんと甲高い音が響き、弾幕がぴたりとやんだ。琴の弦が何本も切れており、それでも八橋は必死に音を鳴らし、音符を撃ち出そうとしていた。それも光の放出が収まるとともに途切れ、弁々と同様に力をなくして落下していく。
 今度は下に回り込み、両腕で八橋を受け止めると地面に転がる弁々の側に着地し、その隣にゆっくりと下ろす。もちろんこのまま寝かせておくつもりはない。気絶しているところを申し訳ないが、宣言もなく突如として攻撃を仕掛けてきた理由を訊かないわけにはいかない。
 二人を見比べ、今回は八橋を起こすことにした。弁々は乱暴な下ろし方をしたせいか遠目で見るよりずっとぼろぼろになっており、やむを得なかったとはいえ起こすに忍びない状態だったからだ。一応死んではいないことだけ確認すると、霊夢は八橋の上半身を起こして肩を揺すってみる。だが全く反応がないし、それどころか蝿を払うような仕草で霊夢の手を叩き落とそうとしてくる。次に頬をぺしぺしと叩いてみたがそれでも起きようとしなかったので、思い切り力を貯めたデコピンを食らわしてやった。それでようやく目覚めたのか眠たげに瞼をこすり、何度か目を瞬かせる。そこで霊夢の姿に気付いたらしく、慌てて距離を取られてしまった。
「あんた博麗の巫女じゃない、なに気安く触ってるのよ」八橋はいきなりな挨拶とともに警戒の眼差しを向けてくる。思わず睨み返しそうになるのをすんでのところで堪え、友好的なところを示そうとしたのだが、八橋は説明する前にぐったりと倒れた弁々を見つけてしまい、更に疑惑の思いを深めてしまった様子だった。「これはどういうこと? 返答次第によっちゃただじゃおかないからね」
「返答も何も、まずはあんたらが何をしでかしたのか胸に手を当ててじっくり思い出してみなさい」
 八橋は姉に比べて膨らみの薄い胸にそっと手を当てる。そして訝しげに首を傾げるのだった。
「思い出すも何も、覚えていることが全くないじゃない。これは一体どういうこと?」
 記憶にないことをそこまで腹立たしげに訪ねられても困ってしまうのだが、ここでへそを曲げられては何も聞き出すことができないばかりか第二戦に突入してしまう可能性すらある。予め手足を縛っておけば良かったなという内心を押し殺しながら、霊夢は冷静に順を追って説明することにした。
「あんたら姉妹は揃いも揃って、前口上もなしにいきなり弾幕勝負を仕掛けてきたのよ。本当に覚えてないの?」
 嘘を吐いていないか探るため、八橋の瞳をじっと覗き込む。金に近いぎらぎらとした色はどこかに失せ、栗の皮みたいな濃い茶色に戻っており、その視線はきょろきょろと不安げに移ろっている。ふりではなく本当に狼狽しているのだ。
「全くもって記憶にないわ。今日だけじゃなく、ここしばらくのことがとてもぼんやりとしているの。まるで濃い霧の中を歩いているかのように覚束なくて……」
 八橋は腕を組み、僅かに俯きながら瞑目を始める。少しでも記憶を取り戻そうとしているのかもしれないが、その顔は終始浮かない様子だった。
「やっぱり駄目だわ、全然思い出せない。頭の中を微かに過ぎるのは、何者かが口ずさんでいた詩のようなものだけ」
「戦ってる間、二人ともぶつぶつ呟いていたのがそれかもしれない。騒音みたいな琵琶と琴の音だったからまるで聞き取れなかったけど」
 騒音みたいという言葉に八橋は嫌悪感を剥き出しにする。琵琶も琴も本来は穏やかな音を奏でるためのものだし、音楽を志している彼女にとっては殊更厭わしいのかもしれなかった。
「そんな音を立てていたのに何も感じなかったなんて、記憶がないよりも余程屈辱的だわ。いつものわたしなら決してそんなことはしない。それでも貴方はわたしたちが酷いだけの騒音を撒き散らしたと言い切れるのね?」
「ええ、言い切れるわ」
 音の妖怪の誇りを傷つけることは危険だと分かっていたが、それでも霊夢は躊躇わなかった。八橋は深い嘆息をつき、それから愛用の琴に目をやって泣き出しそうな顔をするのだった。
「今回はわたしたちが全面的に悪いみたい。姉さんもわたしと同じくらい酷いことをしたのよね」
 その言い方ではまるで、解放派を名乗って繰り返される狼藉を悪いことだと思っていないようだ。それこそ溜息ものの事実だが、矯正や再教育は後からでもできると割り切り、今は少しでも役立つ情報を手に入れることを最優先とした。
「弾幕はいつものことだから気にしてないわ。それよりも落ち着いて慎重に思い出して欲しいの。気のせいだと感じたことでも良いから、思いついたことを思いついたままに話して頂戴。分かりやすくまとめる必要はないから」
 今回に限らず、曖昧な記憶の持ち主から必要な情報を得るためには予断を与えないことが大切だ。自分の求める情報に誘導したり、簡潔な要約を求めるようなことをすれば頭の中で記憶が自然と書き換えられることがある。これは警察隊で働いている遠子の父親から学んだことだが、記憶の曖昧な年配や強いショックを受けた子供から話を聞く際には役に立ったことがある。記憶を操るような力にまで有効かは分からなかったが、八橋はやがてぽつりぽつりと呟くように話を始めるのだった。
「光を、浴びた気がする。木がたくさん生えてて、じめじめしていて、居心地が悪かった。しばらく歩いていると、胴体の長い何かがいた。異様にずんぐりした、龍みたいな……」
 龍が具体的にどのような姿をしていたか聞きたかったが、八橋は口をもごもごさせている。どうやらまだ話すことがあるようだった。
「詩が時々、頭の中に響いていたわ。全部は覚えてないけど……確かこんな感じだったわ。その枝はかなしくしげり、すべて二重の光景を、喪神の森の梢から、ひらめいてとびたつからす……他にもあった気がするけど思い出せないわ」
 妖夢が話してくれたのとはまた異なるフレーズだった。とはいえ二つを並べてみても意味が見えて来ないし、より長い詩の一部かもしれないと察することができたくらいだった。
「その詩に何か心当たりはあったりする? 音楽をやってるんだから詩にも詳しかったりするんじゃないの?」
「流石に専門外のことは分からないわよ。そもそも詩とか俳句とか短歌とか、決め事ばかりが多くて窮屈でしょうがないもの」
 その筋の人が聞けば顔を赤くしそうだったが、霊夢はその通りねと言わんばかりに頷いた。話し手をできるだけ気持ち良く喋らせるのは大事なことだし、口が滑らかになれば思い出すこともある。
「他に何か思い当たることはないかしら?」
 八橋は再び腕組みをしてみたが、今度は唸り声の他には何も出てこなかった。
「さっき話したことで全部かしら。それすらも正しいかどうか自信がない」
 異変の正体に関しては何も分からなかったが、少なくとも付喪神が何らかの機能不全を果たしていることだけははっきりした。それは妖夢が話してくれた他の話にも強い信憑性を与えた。つまり魔法の森に原因が潜んでいる可能性が高いということだ。
 一刻も早く森に辿り着くべきであるという結論を得ると、霊夢は先程から気になっていたことを八橋に訊ねることにした。
「貴方は何らかの理由で魔法の森を訪れた。そこで光のようなものを浴びてそれ以降の記憶がない。ここまでは良いわね?」
「うん、大丈夫だと思う……記憶がないとこんなにも自分に自信がなくなるのね。全くもって忌々しい」
「同感だわ」霊夢は記憶喪失で困ったことは一度もないのだが、話を促すために同意する振りをする。「ではここで質問。魔法の森を訪ねるよう貴方に命令したのは誰?」
「お姐様よ。でもそこに何かがあるのを示唆したのはお姐様じゃない」
「それは一体、誰なのかしら?」
 霊夢の頭に浮かんだのは角が生えた小憎たらしい天の邪鬼だが、全く分からない風を装って質問する。これも一切の予断を与えないようにするためだ。
「あの新入り、正邪って名前の天の邪鬼よ。あいつ、例の歯車が現れた時も良いものがあるから見に行って来いと言ってわたしたちをけしかけたの。広範囲に霧を発生させる装置は悪戯にうってつけと最初は喜んだけど、すぐに妖精や力のない妖怪にとって酷い毒だって分かったから一度は装置を止めたのよ。それなのにすぐ再稼働し出すわ、物騒な番人が出現するわで酷い目に遭ったわ。あんなやつ信頼しないほうが良いと注進したのにお姐様は聞く耳持たずで」
 てっきり解放派は正邪なる天の邪鬼を悪戯の指南役として受け入れているのかと思っていたのだが、少なくとも八橋はある程度の不満を持っているらしい。弁々は以前に里で遭遇したときは上機嫌だったが、その時はまだ煙に副作用があると知らなかったのかもしれない。もちろん妹より多くのことを知っている、ないし受け入れている可能性は十分にある。
 それをはっきりさせるためには姉も起こす必要があるかもしれない。だが傷ついて横たわる弁々を無理矢理起こそうとしたら八橋は目くじらを立てるに違いない。
 どう説得しようか悩んでいると、大気を切り裂くような雷の音が遠くから聞こえてきた。だが空を見上げても雷を落とすような雲はおろか、雨を降らせそうな雲さえ見つからない。かといって視界に届かないほど遠方の雲が落とした雷にしてはあまりにはっきりとし過ぎている。
 戸惑いをあざ笑うかのように再び雷が轟く。それは魔法の森がある方から聞こえてきたような気がした。それで霊夢は妖夢が雷鼓らしき付喪神と戦ったという話を思い出した。
「お姐様の雷だわ」八橋の顔はすっかりと青ざめ、縋るような視線を弁々に向ける。「それも気分が酷く荒ぶっている時の。ああなるとすぐには止まらない、このままでは気が済むまで雷を放ち続け、周りのものをすっかり壊してしまうわ」
 霊夢は雷鼓に暴れ癖があることなどちっとも知らなかった。彼女は無茶な命令をたびたび飛ばす横暴なトップだが、理不尽な暴力を使って上から押さえつけるようなことをする性格ではない。面白可笑しく、来るものは拒まず、去るものは追わず。だからこそいくら負けてもいつまで経っても組織は崩れないのだ。霊夢にとっては厄介なことなのだが、内心ではそのことを少しだけ評価していた。
「あいつ、そんなことをする奴だったの?」
「いつもじゃないわ、数十年に一度あるかないかよ。気質が雷だからなのか、元となった太鼓が曰く付きなのか知らないけど、無性に天罰を与えたくなって止まらなくなる時があるらしいの。でもこんな季節にどんがらどんになるなんて……」
 霊夢の目的は魔法の森を探索し、異変の元凶を見つけ出すことだ。そこに弁々や八橋、そしておそらくは雷鼓を操っているものがいるとすれば、そいつさえ倒してしまえば狂乱状態も解けるかもしれない。森にいかなる戦力が潜んでいるのか分からないこの状況だから、可能であれば雷鼓は避けて通りたかった。だが八橋は雷鼓を止めなければいけないと考えているし、別の用事があるからはいさよならと立ち去ることができる雰囲気でもない。
「こういうとき、普段ならどうするのかしら。荒ぶるままにさせておくの?」
「前回は姉さんと協力して糸で縛り上げたの。妖力の糸で蚕のようなぐるぐる巻きにして、脱出されたらまた縛るの繰り返し。今回もそれで上手く行くと思うけど、一人では手数が足りないの」
 八橋は弁々の肩をおそるおそる揺する。既に目覚めかけていたのか、それとも雷の音に触発されたのか、弁々はすぐに目を覚ます。直後に雷が三度響き、弁々は慌てて立ち上がる。霊夢の存在には八橋同様の不審を示したものの、それどころではないとも承知しているらしく、すぐに厳しい表情を八橋に向ける。
「お姐様がどんがらどんになられているの?」
「そうではないと思いたいけど、あの音はお姐様の雷以外に考えられない」
「だったら止めないといけないわね」
 二人は即時に決断すると、消耗しているにも拘わらず迷いなく音のする方に向かっていく。霊夢はこの隙に目的地へ向かおうと少しだけ考えたが、どんがらどんなる状態になった雷鼓は八橋の話を聞く限りかなりの難物であり、放置して進むこともはばかられる。かといって力の消耗も避けたいところだった。
 折衷案として思いついたのは大丈夫そうなら任せる、難しそうなら支援するというものだった。そうと決まれば早速と二人を追いかけようとしたところで、霊夢の目に見過ごせないものが映る。遠くからふらふらとした調子で歩いてくるのはあの憎たらしい妖怪、八橋が正邪と言っていた天の邪鬼だった。
 あんなものをけしかけてきた彼女に文句の一つでも叩きつけてやろうかと思ったが、それはすぐに喉の奥へと引っ込んでしまった。正邪の服はところどころ破れており、焦げたように黒ずんでいる箇所もある。剥き出しの手足には火傷のような痛々しいみみず腫れがいくつか浮かび、髪の毛はパーマがかかったようにもじゃもじゃだった。
「あんた一体どうしたのよ?」まるで雷にでも撃たれたようなと口にしかけ、雷鳴のように轟く音を思い出す。「もしかして雷鼓にやられたの?」
 口にしてから酷くおかしいことだなと思った。正邪は変調を来した九十九姉妹を霊夢にけしかけた張本人であり、妖夢の話からして雷鼓も同様の手段で影響下に置いていると見るべきだった。それなのに正邪は雷に撃たれた姿で現れた。
「ははは、そんなことあるわけがないだろう。あの二人だけでは役不足だと思い助っ人を呼びに行ったんだ」無惨な姿にも拘わらず、正邪は先程と同様の憎たらしい物言いで話しかけてくる。「ここに姿が見えないということは既に二人を撃退したのかな?」
「あの二人ならわたしが正気に戻したわ」霊夢の答えは正邪にとって予期せぬものだったらしく、信じられないと言いたげに目を見張る。「だから事情を聞き出そうとしたのだけど、雷の音を聞くと酷く慌ててしまい、お姐様を止めると言ってすっ飛んでいったのよ」
「ふーん……それであんたは二人をほっぽいて遠くから様子見ってわけだ。共倒れにでもなってくれれば幸いとでも考えてたのか?」
「追いかけようとしたらあんたが現れたんじゃない!」
 そのことを考えないでもなかったから語調が心なしか強くなる。その変化を見逃すような性格ではなかったらしく、正邪はお前も悪だなと言わんばかりの小憎たらしい笑みを浮かべるのだった。
「了解了解、そういうことにしておいてやるよ」
「そうしてもらえると助かるわ。ところであんた、なんで雷に撃たれてるのよ」
「これは普通の雷に運悪く撃たれただけさ」
「雨を降らせそうな雲一つない天気なのに?」
「それなのに雷に撃たれる、なんとも天の邪鬼らしいだろう?」
 僅かな隙からすっかり話の主導権を奪い返されてしまったが、ここで言い合っても腹立たしさが募るだけだ。霊夢は気持ちを断ち切るため、正邪から二人が飛んでいった方角へと視線を向ける。同時に雷鳴が響き、晴天を龍のように走る巨大な稲光がはっきりと見えた。真夏の入道雲さえ落とさないような、畏怖さえ覚える雷だった。
「お前が求める異変の元凶はあそこにはないぞ」
 九十九姉妹をけしかけ、雷鼓を近くまで連れてきたというのに、今更相手にする必要などないと言われても信じられるわけがなかった。
「九十九姉妹も雷鼓もお前を消耗させるための捨て石に過ぎない。わざわざ向かっても骨折り損のくたびれ儲けさ。それでもお前は立ち向かうと言うのか?」
 霊夢は少し迷った末、正邪の顔を見ずに小さく頷く。これもまた彼女の狙い通りな気がしてならないのだが、雷鼓……というより彼女を止めようとする弁々と八橋の二人を放っておくのがまずいと感じたのだ。
 そんな霊夢の勘を裏付けるように、雷鳴が再び辺りに轟く。まだ見ぬ異変の元凶と違い、あの雷は目と耳で感じられるとっておきの脅威だ。やはり見過ごしていくことはできそうになかった。
 だが霊夢はそれを正邪には説明しなかった。あの天の邪鬼にこれ以上何を言っても無駄だと思い、黙って立ち去ろうとした。
「博麗の巫女!」
 どこか切実さの感じられる呼びかけについ振り向くと、正邪はその手に不気味な人形を握り締めていた。ここで足止めをする気なら一戦交えるのも仕方ないと思ったが、その顔に敵意や愉悦、相手をからかおうという邪な心は見当たらない。天の邪鬼に邪さがないだなんて変な話ではあったが、霊夢は己の直感を信じて攻撃しないことにした。
 正邪は手にした人形を霊夢に差し出す。先程の戦闘では色々と奇妙な道具を使っていたが、この人形もその一つらしい。どうにも目を逸らすことができない引力というか、無視できない憎たらしさのようなものを感じてならなかった。
「一度だけ使える避雷針のようなものだ。くわばらくわばらだなんて馬鹿らしいおまじないよりはよく効くはずだよ。強く念じて遠くに放り投げるんだ」
「すると雷がそっちを狙ってくれるとでも言うの?」
「さあね、信じるか信じないかはお前次第だ」
 正邪はすぐにそっぽを向いてしまい、表情をうかがうことはできなかった。霊夢は人形の由来を問わず、信じるとも信じないとも口にしなかった。彼女は天の邪鬼だから、何を口にしても逆さまの理屈を返すに違いない。
 だから霊夢は何も言わず弁々と八橋の後を追う。正邪の姿が見えなくなると、霊夢の口から思わず怒りがついて出た。
「あいつ、なんて天の邪鬼なのかしら!」
 怒りでもなく呆れたでもなく、ただただその気持ちが口に出る。できれば二度と会いたくなかったが、これから長い付き合いになりそうな気がしてならなかった。
 

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この小説へのコメント

  1. まさに付喪トリオを捨て石にする外道正邪なのかと思っていたらなんとも熱い・・・
    それにしても非常に好感のもてる霊夢ですね、応援せずにはいられない

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