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2XXX年の幻想少女第2章 修羅と修羅   修羅と修羅 第2話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第2章 修羅と修羅

公開日:2017年02月02日 / 最終更新日:2017年02月02日

 北の里は博麗神社や東の里からだと徒歩で丸一日、自転車や馬車ならば四半日、車を使えば数時間ほどかかる場所にある。妖怪の山にほど近く、また河童が里の建設に力を貸したことにより当初から工業が盛んであるため、機械が郷の要として食い込んでいくたびに勢力と人口を増していった。東の里ではほとんど見かけられない背の高い建物が所狭しと並び、人の行き来も活発、車の行き来も忙しないから信号や交通標識を守らなければ危ないことこの上ない。
 郷の人間にとって第二の拠点でもあり、今でこそその役目を西の里に取られているきらいもあるが、それでも流行の最先端がひしめく場所であることに代わりはない。最近ではネットで気軽に配信できるようになったためか音楽を志す若者も増えており、夜になると数少ない街灯の下を確保するための音楽バトルが繰り広げられているらしい。霊夢はその手の流行を始め、北の事情にはあまり明るくないのだが、遠子なら熱心に解説してくれただろう。つくづく連れて来られなかったのが残念だった。
 意識を失うほど体調を崩したのが未だに尾を引いているらしく、チケットを渡しに行った時は門前で止められてしまったし、体調に問題がなければと渡しておいたチケットはコンサートの前日、遠子の父親が訪ねてきて不参加の連絡とともに戻ってきた。
 せめてお土産だけでもお願いしたいと言われ、半ば無理矢理押しつけられたお金が紙だというのにずしりと重い。遠子が好きだというアニメや漫画のグッズを買いに、他の参加者よりも早く北の里へやってきたのだが、そこで早くも目眩のするような感覚を味わっていた。
 霊夢はあまり人の多い所が好きではなく、人のごった返す宴会も本来ならあまり得意ではない。めまぐるしさに長く晒されていると疲れてしまうからだ。視界をちらちらと行き来するものを自然と注目してしまう体質らしく、これは幼い頃から改善を試みてきたがあまり治らなかった。
 この体質は弾幕決闘を行う際にはとても役立つ。視界にさえ入ればどんな弾でも見逃すことがないからだ。しかし日常生活だと邪魔になる時がある。北の里に来るのは初めてではないけれど、何度訪れてもあまり慣れないのはそのためだ。往来を平然と歩く人たちがどうして日常生活を過ごせるのか不思議でしょうがなかった。
 逃げ場を求めて視線を空に向ける。鮮やかな空の青がほんの僅かだけ和らぎ、春の兆しを示しているように見える。地上だけでなくあらゆる場所が新たな季節の装いを見せ始めていることは霊夢の心を少しだけ落ち着けてくれた。あの夢を見てからこちら、ことあるごとに喪われるかもしれない春に思いを巡らせてきたからだ。
「あの、どうかしましたか?」
 いきなり横から声をかけられ、霊夢は慌てて視線を地上に戻す。横には緑色の帽子、水色の服にポケットが沢山ついた同色のスカートという典型的な河童のいでたちをした少女が立っていた。霊夢の様子を心配そうに眺めているところからすると、迷子になって途方にくれているように見えたのかもしれない。妖怪にしては人間に親切だなと訝しみかけ、北の里が抱える独自の治安組織のことが頭に浮かぶ。
 北の里には外周を覆う柵や塀が存在しない。妖怪が主導権の一部をもって建設されたのだから当然ではあるのだが、いくら不可侵を約束しても妖怪に対する備えが一つもないのは人間にしてみればどうしても落ち着かない。その不安を払拭し、同時に信頼関係を築くため、北の里には山住まいの妖怪より選抜した警備隊が駐留している。山間駐留隊、またはマウンテンガードと呼ばれており、東の里で組織されている警察隊のような活動を行っている。
 今では東の里の警察隊と同じくらい信頼され、また煙たがられてもいる。犯罪を取り締まる立場になるとどうしても市井に対して説教臭くなり、時には高圧的な態度を取らざるを得なくなるからだ。そしてそれは組織が正常に機能しているということでもある。
「迷子だったら相談に乗りますが」考え事をしているのが不審に見えたのか、河童は霊夢の顔をじっと覗き込んで来る。チケットを出して事情を説明するべきか迷っていると、彼女はいきなり霊夢の手をがしりと掴んできた。「思い出した! 貴方は博麗の巫女ですよね!」
「え、ええ、そうだけど」
 こちらは身に覚えがまるでないから、過去に灸をすえた河童が恨みを覚えていたのではないかと疑ったが、それにしては霊夢に対する快さに満ちた笑顔を浮かべている。
「我々が琵琶の付喪神に不覚をとったとき、助けていただきました。あの時はありがとうございます」
 何のことだろうと考えることしばし、東の里で弁々が起こした騒ぎの一部始終をようやく思い出す。直後に異変と認定されるような事件を手がけたためか、目の前の河童に指摘されるまですっかり頭から抜けていたのだ。
「あれは里で騒ぎを起こされるのが嫌だったから手を出しただけ。わたしに感謝する必要は全くないの。それより次からは気を付けなさいよ。付喪神の中には委譲された力を行使できる変わり種が……」
 そこまで説明したところで霊夢は慌てて口を噤む。東の里でも似たようなアドバイスをしてしまい、渋い顔をされたことがあるからだ。初対面の子供から説教されるなんて人間の大人でも良い気持ちにはなれないのに、妖怪ならいよいよつむじを曲げてしまうかと思ったのだが、彼女はふむふむと感心するように頷いてみせた。
「そういうことをしてくる奴がいるとは聞いていましたが、実践で遭遇するのは初めてでした。気を抜いていたわけではありませんが、山間駐留隊は里の中で行われる違反を取り締まるためのもので、騒動を起こす前に抑えてしまうことが大半ですから」
 その辺りは東の里も事情は変わらないし、構成員が人間だからその傾向はより強くなる。強行策に特化した博麗の巫女が重宝されるのもそのためだ。北の里は山間駐留隊がいるからそんなものは必要ないと思っていたのだが、役割のはっきり決められた組織で融通が利かないのは人妖共通らしい。
「天狗を連れて行くことができれば良かったのですが、あの人たちは車に乗るのを酷く嫌がるんですよね。文明を享受し、人間のような社会を築いているのに種としての強さゆえの拘りがそこかしこに現れるんです。わたしは天狗のそうしたところも嫌いではないのですが」
「それを疎んじる河童もいるってことね」
「車に乗れないなら連れていけないと上が突っぱねてしまいました、なんとも恥ずかしいことです。今日も先の屈辱を払拭するため天狗には一切手を出させていませんし、そのせいかシフトがとても窮屈で……」
 河童の少女はそこまで言ってから慌てて口を手で塞ぐ。内情を話し過ぎたと感じたのかもしれないし、油を売っている暇はないと思ったのかもしれない。先程までのどこか隙のある表情をきりりと引き締めた。
「どこか訪ねたい場所があれば案内しますよ」
「いえ、どこに行けば良いかは分かっているから」
 河童の少女は少し残念そうな顔をしたが、仕事の邪魔をするわけにもいかない。忙しくしているのならば尚更のことだ。改めて礼を言うと霊夢はその場を離れ、漫画やアニメのグッズが揃うという北の里随一の繁華街へと向かうのだった。

 他の場所にも増して目まぐるしい街での買い物を何とか済ませると、霊夢は待ち合わせ場所であるホール前の広場に向かう。その中途で霊夢は河童の気配を何度か感じ取った。隠れ蓑を使って身を潜めているが、周囲を警戒しているせいか気配がだだ漏れであり、気付かない振りをするのが難しいほどだった。遭遇頻度はコンサートホールに近付くほど上がり、広場まで来るといよいよ殺気だった空気を放っていた。
 そのうちの何人かが霊夢の所までやってくると、先程はありがとうございますと頭を下げてくる。誰もが東の里で弁々に一杯食わされた河童たちなのだろう。コンサートホールに向かう人たちはそんな光景を目撃し、何事かという様子で遠くから視線を送ってくる。しかも何人かはカメラを取り出し、写真まで撮り始めたではないか。
「ちょっとちょっと、こんなことされたら目立つでしょう? 今日はプライベートで来ているの。妖怪の相手をするつもりなんてないの」
「でも、わざわざ北の里まで足を運んだということは、あいつらが怪しいと思っているんでしょう?」
「いえ、本当にプライベートなの。皆随分と物々しい気配を漂わせているけど、ここで何があると言うの?」
「それはもちろん決まっています」河童の一人が真面目な表情とともに一歩、前に歩み出る。皆の畏まりようからしてこの場で最も偉い河童らしかった。「解放派の輩どもがこのコンサートホールを貸し切ってライブを開くのです。でもそれは建前に決まっています。きっとまた何かを企んでいるに違いありません」
 今からそのライブに参加するだなんて、とてもではないが言い出せそうにない。
「そう、では頑張って頂戴。手伝ってあげられなくて申し訳ないのだけど」
「これは河童の問題ですから、博麗の巫女においてはのんびりと休暇を過ごしていただければ」
 無難な言葉を返すと河童の上司は世のお偉方が得意とする、相手を威圧するような作り笑いを浮かべた。口調こそ丁寧だが要するに出しゃばってくるなということだ。
 霊夢は油断するとひきつりそうになる笑顔を保ちながら少し離れた所まで撤退し、近くに河童がいないことを確認すると、安堵の息をついた。
「これでは中に入ることができないし、待ち合わせすらできない。困ったなあ」
 顔が知られているのも善し悪し……否、良いことなんてまるでない。しかも人間より妖怪に知られているだなんて面倒なことこの上ない。
「ふむ、どうやら難儀しているみたいだね」何もない所からいきなり声をかけられ、霊夢は思わずしゃっくりのような声を立ててしまった。「怯えることはない、わたしは人間の、そして何よりも霊夢の朋友なのだからね」
 姿を現したのは皆に河城にとりと呼ばれている河童だった。彼女は守矢神社の三柱と特に仲の良い河童であり、共通の縁を通して博麗神社にもたまにやってくる。この間も調子の悪かった洗濯機を修理してもらったばかりだ。
「我が同胞とは思えないほどの殺気立ちぶりだよ。わたしもまだまだ若いつもりだが、ことここ数百年の間に生まれた河童はどうも全体的に自制心が足りないらしい。機械の流通に伴って河童の立場が向上し、乗じて天狗のように鼻が高くなったのだろう。痛い目に遭って少しはその鼻も折れたと思ったのだが、やれやれだね」
 にとりは同胞への愚痴を語りながら忙しなく手を動かし、霊夢にサングラスと女性もののコートを渡してくれた。
「このコートは隠れ蓑のように姿は隠さないが、その内に潜む力を抑えてくれる。目に頼る輩どもを誤魔化すには十分だろう。早苗に頼まれて作ったものだが、霊夢にも必要になるかもしれないと言われてね。もう一着用意して待っていたのさ」
「出かける前に届けてくれれば良かったのに」
「必要なければ単なる荷物だもの。それに付喪神のコンサートは実に熱狂的だ、この季節であってもコートが必要ないくらいには暑くなる」
「覚悟しておくわ。それとありがとう、親切に用意してくれて」
「別に親切ってわけじゃない、これはいわば投資ってやつさ。今の霊夢にはそれだけの価値がある。それに同胞の不手際で手を煩わせるのは河童の……もとい、わたしの沽券に拘わるからね。それでは良いライブを、わたしも参加するからすぐに再会するかもしれないけど」
 にとりはぺろりと舌を出し、すうと姿を消してしまった。河童と散々敵対している解放派の面々が開くコンサートに出るだなんて肝が据わっていると言うべきか。あるいは密かに忍び込んで内部から探りを入れるつもりなのかもしれない。
 霊夢はコートを着込み、サングラスをかけて再びコンサートホールに向かう。今度は誰も話しかけて来ることなく、あっさりと通過することができた。

 入口でもぎりを行っているのは何の変哲もない人間であり、人妖を問うことなくチケットを受け取り、パンチで手際よく穴を空けていく。霊夢のチケットも端のほうにパチンと穴が空けられたのだが、その瞬間に微弱な霊力が走ったように見えた。
 何の意味があるのかなと思いながら通り抜けようとしたところで苦悶の声があがり、振り向いてみたら狸が床にこてんと倒れていた。側には化け狸が変化によく使う葉っぱが落ちており、その様子を見て色々と得心がいった。あのパンチは本物と偽物を見分けるための装置であり、偽物のチケットで通り抜けようとしたら痛い目に遭う仕組みとなっているようだ。あまり強い威力ではないらしく、狸はすぐに起き上がると慌てて逃げ出していった。
「化けることを知ったばかりの狸は皆、ああして一度は失敗する」霊夢の横にはいつの間にか眼鏡をかけた背の高い女性が立っていて、逃げ出していく狸を愉快そうに笑っていた。「どれほど念入りに化かしても偽物は所詮、本物には叶わない。本物を手に入れるための偽りを弄するようになってようやく半人前といったところかの」
「同族だというのに随分と手厳しいのね」
 彼女は二ッ岩マミゾウを名乗る化け狸であり、郷の狸を取りまとめている。また付喪神に手厚いことでもよく知られている。付喪神と化け狸は相性が良いからとのことだが霊夢にとっては存在するだけで傍迷惑な妖怪なのである。何故ならば若い化け狸は人間社会の中で騒ぎを起こす妖怪の筆頭だし、解放派のメンバーにはマミゾウが目覚めさせた付喪神もそれなりの数が参加しているからだ。
「妖怪に甘いことを口にしても何もならんよ。人間にはそれなりに有効だがね」
「そうやってどれだけの人間を騙してきたのかしら」
「数え切れないのう……と言っても数をこなしたことを誇らしく感じているわけではない。誰かを騙してただ同然で手に入れたものでは何も回らないからな。誰も騙さず正当な代価をもって取引するのが、欲しいものを手に入れるには一番楽な方法なんじゃよ。それが難しい時に初めて化かすことを考え、その場合もなるべく嘘は吐かずに本当のことだけを口にして目的を達するのが肝要だと考えておる。おそらく理想の化け狸とは誰も化かしたことのないものを言うのじゃろう」
 それははたして化け狸と言って良いのだろうか。変化できるから化け狸なのにその力を一度も使ったことがないだなんて、霊夢には机上の空論としか思えなかった。
「儂が知る限りでは先程のあやつみたく、誰もが一度ないしそれ以上の化かしを行い、楽しみ、そしてあっさりと失敗する。儂も決して例外ではない。狸というのはどうしようもなく間抜けな生き物なんじゃよ」
 ふぉっふぉっと独特の笑い声をあげるマミゾウはどう考えても油断ならない相手だ。そもそもどうしてこんな場所にいるのか、そのことがまず疑問だった。
「そう言っておきながら、本当は葉っぱのチケットで入ったんじゃないの?」
「うんにゃ、正規のチケットで入った。実はメンバーの中に昔馴染みがいるんじゃよ。今でこそ幻想機械の解放などという革命行為に身を投じているが、かつてはお寺に勤めていたこともあっての。その時に成り行きで色々と世話を焼いたのだが、その時の恩を未だにきちんと覚えてくれているらしく、いつも手紙や贈り物を届けてくれる」
「今回はコンサートのチケットだったってこと?」
「山彦であることを活かし、アバンギャルドの先端を行きたいというのが寺勤めをやめて野に出奔する前の口癖だった。けしかけた本人としてちゃんと見届けてやらねば」
 油断はならないが律儀な性格ではあるようだ。長らく狸や付喪神の支持を受け続けているのもその辺りに要因があるのかもしれない。
「では、儂は控え室に顔を出してくるとしよう」
 マミゾウは関係者以外立ち入り禁止の張り紙を堂々と無視し、扉の奥へと姿を消す。あまりの自然さに少しの間呆然としていたが、ここで立ち尽くしていてもしょうがないと思い、改めて待ち合わせ場所に向かう。受付を抜けた先、待合広場でも一際異彩を放つ芸術家の河童が作った奇妙なオブジェクトの前。そこでは魔理沙と早苗が笑顔を浮かべながら会話をしており、近くのソファでは霖之助がそんな二人の様子を楽しそうに眺めていた。この前に見た時はいよいよ老けてしまったなあと感じるほどのぼんやり具合だったが、今日は随分と溌剌していて思わず小さく息をつく。魔理沙が縁起でもないことを言うから酷いことになっているのではないかと密かに危惧していたのだ。
 それにしても声をかけ辛い雰囲気だった。二人は昔から仲が良く、異変が起きれば競って解決に動いたものだと早苗から聞いたことがある。間に割って入り久々の語らいを邪魔しても良いのだろうか。
「別に気を使わなくても良いと思うけどね」物思いに耽っていると背後から聞き覚えのある声がかかり、霊夢はゆっくりと背後を振り返る。そこには守矢神社に祀られる三柱の一、洩矢諏訪子が立っていた。「やあ霊夢、生身で会うのは久しぶりかな」
「先日はお世話になりました。お店の女将さんも新しいテレビが届いて喜んでいましたし、感謝を伝えていただきたいとも言っていました」
「それは重畳。それにしても少し見ないうちに外も内も随分と逞しくなったね。士別れて三日なれば刮目して相待すべしとはよく言ったものだ。河童に解決を急がせるような発破をかけ過ぎなくて良かったよ」
 誉められて緩みそうになった頬が一瞬にして引き締まる。諏訪子が聞き捨てならないことを口にしたからだ。
「正体をつかんでいたのに、遠巻きに様子をうかがっていたってことですか?」
 鋭く睨みつけると諏訪子は拗ねるように唇を尖らせる。いつも余裕を崩さないのがモットーのような振る舞いをするからその態度には少しだけ驚いてしまった。
「そう目くじら立てるなよ、上が動き過ぎると下が不満を零すんだ。わたしたちを信用していないのか、もっと任せて欲しいとね。誇り高く力の強い妖怪ならば尚更のこと。しかしあいつらときたら未知の現象を警戒したのか、それとも上手く足並みが合わせられなかったのか、内部でごたごたするばかりでね。それは人間もあまり変わりなかったようだが、河童に先んじて巫女に依頼することはできたというわけだ」
 霊夢が見た限り、河童が調査に入った形跡は見受けられなかった。文がそうした動きもあると仄めかしただけだ。もしかすると解放派同様、捜索隊を送り続けていたのかもしれない。そして時を止めるおっかない番人に追い返されていたのだとしたら。
「今回だけでなく最近の河童はどうにも動きが鈍くていけないね。彼/彼女らは純粋に技術を追求する種族特有の気質を持っているし、長らく期待に答え続けてくれたけど、権力が常態化すればそれでも澱みは生まれるらしい。偉くなっても昔のように溌剌と動いてくれる河童もいるんだがね。霊夢にそのコートを届けてくれた奴だよ」
 霊夢は変装道具を届けてくれたにとりの顔を思い浮かべる。彼女は目の前にいる神様とも旧知の間柄だが、神様なぞどこ吹く風といった態度を崩さずいつでもちゃきちゃきとしている。だからこそ早苗も信頼して物事を託したのだろう。
「縦割りの組織をすいっと横に渡ることができる立場を維持しているが、そんな彼女でも最近の河童は少しきついらしい。一つ怒鳴りつけてやろうかとも提案したんだが、おそらくトップがすげ変わるだけで、より権力に対して用心深くなるだけだと窘められてしまった。澱んだ水を一気に押し流す洪水を待つしかないとも言っていたね。とにかく山の力関係は色々難しいんだ。煩わされて怒っていると言うのならわたしか神奈子にぶつけてくれて構わないよ」
 神社で分社を奉っている神にそこまで言われたら怒るわけにもいかなかった。かといってそれで霊夢の気が収まるわけでもなく、気苦労がいや増しただけだ。この先に再び異変が起きても河童の早急な助力はあまり期待できないと分かったからだ。
「まあ重苦しい話はこれくらいにしておこう。今日はいつもの勤めを忘れ、羽根をのばすために来たのだから」
 そう言って諏訪子は霊夢の背をとんと押す。軽い力なのに抗えなくて、あれよあれよという間に早苗と魔理沙の前まで押し出されてしまった。魔理沙はようと気さくに手をあげ、早苗は頬を少し赤くして霊夢に近付いてきた。
「霊夢ちゃんじゃない、お久しぶり!」
 まるで年老いた家族や親族が孫を見るかのような表情を浮かべるものだから、思わずひきつった笑みを浮かべる。
「守矢神社の例大祭の時以来だから半年以上経つかしら。もっと頻繁に訪ねてきても良いと言ってるのにちっとも顔を出さないし」
 会うたびにこれだから自然と避けてしまうのだが、早苗はまるで気付いてくれない。直接言うのはあれだから何度か仄めかしてみたのだがそれでも効果はなく、今ではすっかり諦めている。
「今日はチケットをありがとね。大好きなアーティストのコンサートで、わたしもチケットを取ろうとしたんだけど駄目だったの。大抵のくじは当たるんだけどここの奴は残念ながらチケットをご用意できませんでしたをよく引いちゃうのよね。この郷はわたしも含めて運に作用する力の持ち主が多いから、その手の能力が通じないようにしているのかもしれない」
 もぎりが用意していた特殊なパンチといい、それは十分にあり得る話だった。人間が装置を開発したのか、それとも解放派が独自の技術を駆使したのかは分からないが。
「早苗様のお気に召したならば嬉しいです」
「その早苗様というのはやめてと言ってるじゃない、呼び捨てで良いのに。それにもっと砕けた言葉遣いで構わないから」
「そうそう、わたしも諏訪子で良いの。神奈子も霊夢に様付けされるのはむず痒いって言ってたよ」横から諏訪子がひょこっと顔を出し、早苗が同意するように頷く。「あの顔で畏まられると困ってしまうそうだ」
「わたしは昔の霊夢とは違いますから」
「確かに昔の霊夢さんとは違うけど、だからこそ良いのよ!」諏訪子が口を噤んだ代わりに今度は早苗が高めのテンションで割り込んでくる。「霊夢ちゃんは霊夢ちゃんらしく育ってください。あと、四半年に一度で良いから顔を出してくれると嬉しいなー」
「……善処します」そこまで言ってくれる早苗を邪険にできるほど、霊夢は薄情な性格ではなかった。「これから先、少し忙しくなりそうなので確約はできませんが」
 割と適当に答えたのだが、早苗はこれまでの騒々しい雰囲気を少しだけ収め、深々と頷いてみせた。
「そうね、異変というのは郷全体を揺るがす現象を差す。その影響は波紋のように広がり、いずれ第二、第三の異変が起きるに違いない。わたしも今のような立場でなければもう少し積極的に打って出られるのに、どうしても待ちの姿勢になってしまう。こういうとき魔理沙のような自由人は良いなあと思うけど」
「わたしだって昔ほど自由にやってるわけじゃないんだがな。早苗こそ目に入れても痛くないほど可愛がってる当代の風祝がいるんだから任せて見れば良いじゃないか。そろそろ色々できる年だろう?」
「わたしの見立てではあと数年はかかるといった調子ですね」
「わたしもかつての霊夢もあの頃にはもう空を飛んでいて、危険なことにも手を出していたはずだがね。可愛がるのは良いが過保護なのもよろしくないと思うぞ」
「昔は昔、今は今。それにあまり幼い頃から決められた役目ばかりというのも……」
 徐々にエスカレートしていく二人のやりとりをぼんやりと見ながら、霊夢はかつて当代の風祝が零した不満を思い出していた。
『良いわよね、霊夢は博麗の巫女で。だって誰よりも自由なんでしょう?』
 好きで巫女になったわけではない、たまたま適格者だったから。そんな当たり障りのないことを口にすると、彼女はますます機嫌を悪くしてしまった。
『わたし、博麗の巫女になれると思ってたのに』
 彼女は風祝として守矢神社で勤めることを幼い頃から決められた人間だった。自分や遠子と同じで、分かり合えるところがあると思っていた。だから二人きりになったときそんなことを言われたのがとてもショックだった。
『郷の誰よりも強い力を持った人間のはずなのに。神様の血を引いているのがいけないのかな。それとも妖怪の血が混ざっているから?』
 それとも貴方が何かのずるをしたのかしら?
 口にこそしなかったが、強い疑いの眼差しを突きつけてきた。会う度にそんな表情を向けられて、それでも平然としていられるほど霊夢は強くも鈍感でもない。早苗の愛情深さが面倒だというのもあるけど、それ以上に彼女と顔を合わせるのが怖かった。
「子供の前で大人が怒鳴り合うのはよろしくないね」
 柔らかく通る低い声に、霊夢ははっと我に返る。魔理沙も早苗も矛を収め、恥ずかしそうに俯いてしまった。どうやら霖之助の声には自省を促す性質があるらしい。あるいは遙か昔にも同じように叱られたことがあるのかもしれない。
「まあわたしも人のことは言えないし、子供の前であっても止められないことはある。でもその言い争いはいまここですることじゃない」
「そうですね、すみません。柄になくかっとしてしまって」
「それを言うならわたしもだな、らしくない怒り方をして申し訳ない」
「二人ともよく言うなあ、鉄砲玉につむじ風の癖して」
 そう言ってからからと笑う霖之助に二人の毒は完全に抜けてしまったようだった。
「おっ、他の奴らは既に揃ってるな」
 そんな空気にレミリアの声が割って入る。その隣には妹のフランドールが、そして背後には咲夜が影のように付いていた。巨大な日傘を手にしており、今日は二人分の日除けかと少しばかり同情の気持ちが湧いてくる。こんなこと決して口にはできないが、霊夢には咲夜が大型犬を二匹連れて引きずられないよう注意を払いながら散歩をしているように見えてしまった。
 フランドールは姉に一歩先んじると霊夢にじっと近付き、全身を遠慮なしにくまなくじろじろと見回し、愉快そうに頷いて見せた。
「なるほど、これはお姉さまを棺桶から起こすのも分かるわね。姿形も霊力の質もかつての霊夢とよく似ている。でも違うところもあるわ、一度勝負してくれたらもっとはっきり分かるのだけど」
 フランの笑みが牙のはっきり見える禍々しいものへと変じ、妖力がじわりと滲む。吸血鬼らしい傲慢さを示してもレディと呼ばれるほどには洗練した立ち振る舞いを見せるはずなのに、今の彼女はまるで悪戯を覚えた子供のように天真爛漫だった。
 そんな彼女の頭にレミリアがこつんと拳を落とす。
「その気がないとはいえ些か冗談が過ぎるぞ」
「あはは、ごめんごめん」フランは牙を収め、ぺろりと舌を出す。これも洗練からは程遠く、実に子供らしい仕草だ。勝手知ったる面子ばかりだからか、あるいはこれが彼女の本性なのかもしれなかった。「でも良いわ、貴方。力を垣間見せた途端、顔つきが変わったもの。妖怪は時と場合を考える生き物じゃないと思ってるでしょ? その感性は巫女としてとても大事よ。だって妖怪退治の人間に舐められてるなんて思ったら我慢できなくて殺したくなる妖怪もいるでしょうし」
「わたしは別にそんなこと思わないけどな」今度は魔理沙がフランを素っ気なく窘める。「退屈で力が有り余ってるならわたしが付き合ってやらんでもない」
「ぶうぶう、魔理沙はもうすっかり妖怪になっちゃったじゃない」
 フランは不満そうな顔で魔理沙をじっと見る。
「美鈴もパチュリーもお姉さまも窘めるための戦いしかしない。その点、人間は違う。必死で遊んでくれるもの。咲夜も人間じゃないけどそこだけは及第点ね」
「あの、はい、ありがとうございます」
 俯きがちに恐縮がる咲夜を見て、フランはやはり不満そうな表情を浮かべる。
「その態度は不合格。良い? パチュリーの話によると貴方は人間とさして寿命が変わらないらしいじゃない。だとしたらあと百年も生きられない。下を向いたりくよくよしたりする余裕なんてないの。前を向いて堂々としてなさい。失敗しても笑い飛ばせば良いわ。どうして失敗したかなんて考えなくて良い。そんなもの寿命が長いわたしやお姉さま、パチュリーや美鈴がいくらでもやるのだから。まあわたしは失敗した時のことなんて考えないけどね」
 良いことを言っているようないい加減なことを言っているような、判断に困る説教だった。流石の咲夜もどう答えて良いか悩んでいるようだし、霊夢はフランに対して抱いていたレディのイメージがより一層崩れていくのを感じていた。
「わたしだってそんなもの考えないわ。そういうのは昔からパチュリーの仕事よ。それともフランが当主をしてくれてた時は考えていたの?」
 まさかと言いたげにフランが口元をつり上げ、レミリアはからかうように口元を歪める。そうして二人とも堪えきれなくなったのかくつくつと忍び笑いを浮かべる。髪の毛の色や羽根の形が異なっても、二人が姉妹であることは一目瞭然だった。
「さて、そろそろ時間のようだ」霖之助が古式の懐中時計を取り出し、時間を見せる。開演まであと十五分だが、ここにはまだ八名しかいない。「これで全員ならそろそろ中に入った方が良いのでは?」
「遠子は体調が悪くて来られないとのことで、残るはあと一人です。十五分前に集合としていたのでもう来てないとおかしいはずなんですが」
「時間に遅れてくるようなら先に入ってて良いんじゃないか? 全席指定なんだし、別に遅れてきても構わないだろ」
 魔理沙の言うことはもっともであると思い、最後にもう一度だけ受付を確認する。誰もいなければ置いていくつもりだったが、最後の招待客はちょうどチケットにパンチで穴を空けてもらっているところだった。彼女の方でも霊夢に気付いたらしく、桃の飾りがついた帽子を脱ぐと気さくな調子で近付いてきた。
 彼女はかつて霊夢に剣の技、気を形にする技を教えてくれた天人で、名を比那名居天子と言う。最近は足が遠ざかっていたが、例の異変のことを嗅ぎつけたらしく、面白いことがあったなら聞かせなさいよと神社の中まで押し掛けてきたのだ。
「へえ、色々と誘ってるって話だったけど本当に色々なのね」天子はまず諏訪子と早苗に親しそうな笑みを向ける。神社と天界は高所にあるという共通点があるためか、それなりに親交があるらしい。「守矢の二柱、元人間の魔法使い、骨董品屋の半妖、吸血鬼の姉妹にその従者……」
 天子は咲夜を見た途端に社交的な態度を潜め、表情が一気に険しくなる。怒りの混じった敵意はレミリアとフランの姉妹に向けられていた。
「あんたら、人間をそんなものに変えたの? 七百年近くも経った後で?」
 レミリアはわざとらしく息をつき、レミリアの後ろに隠れた咲夜を親指で指差す。
「馬鹿天人め、鈍ったな。こいつがかつての咲夜に見えるのか?」
「らしいわね。彼女が本物の十六夜咲夜だったら主の後ろに隠れるなんて眷属にされてもあり得ない。だから全くの別物に違いない……でも似過ぎていないかしら?」
「それを言うなら霊夢だってかなり似ているだろう。きっとそういう巡り合わせなんだろうよ。咲夜を創った奴は共時性を利用したと言っていたが」
「共時性、ねえ」天子はよく分からないと言った様子で霊夢をちらと見る。そうして納得したように頷くのだった。「そういうことにしておきましょうか。ここで深堀りするには時間が足りなさ過ぎる。面白いものを手に入れたって噂も聞くし、後日改めて訪ねても良いかしら?」
 天子の問いに答えたのは横からひょいと割り込んできたフランだった。
「紅魔館はわたしを退屈させないものを常に歓迎するわ」
「承知。それはわたしの好むところでもある」
 霊夢には二人の闘争心がぶつかり合い、火花のような勢いでばちりと爆ぜたように見えた。敵意はなく、だが恐ろしく剣呑な空気に思わず息を飲む。前に紅魔館を訪ねたときフランに遭遇しなくて良かったと心から思った。

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この小説へのコメント

  1. 私のイメージよりフランが大人びていて、数百年の間に成長したんだなぁと感じました。
    次第に未来の幻想郷のイメージが出来上がって行くので、想像(妄想)していてとても楽しいです。

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