東方二次小説

2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52   チャイルド52 第9話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52

公開日:2018年05月31日 / 最終更新日:2018年05月31日

逆さ城なんて、できれば訪ねたくはなかった。しかも雷鼓に頼みごとだなんて、何を見返りにされるか分かったものではない。だが行かなくてはならなかった。プリズムリバー三姉妹に並ぶ人気と実力を持ち、弾幕が飛び交うような荒っぽいことにも対応できるミュージシャンを彼女以外に知らなかったからだ。それにしたって気が乗らないことこの上ない。
「おや、浮かない顔をしていますね」
 横から馴染みの天狗、射命丸文が声をかけてくる。彼女は何やら面白いことがありそうだと嗅ぎつけて神社にやって来たのだが、摩多羅隠岐奈に出会うと蛇を見た蛙のようにぴたりと固まり、無言で立ち去ろうとしたのだ。しかし文の背中の扉から隠岐奈の手が伸び、がっしりと掴んでしまった。いかな最速の天狗でも、どんな相手の背中にも扉を作り、自由に操るような奴を相手に逃れることはできないのだ。
「お前にはいちいち厄介ごとに首を突っ込む一年生役をやってもらう。駄目とは言わせないよ」
「だが断る、と言ったらどうします?」
「目を瞑るごと、鳥よけ目玉風船の残像がちらつく呪いをかけてやる」
 その脅しに文は心底嫌そうな顔を浮かべる。鴉天狗というだけあって、鳥が嫌がるものは苦手らしい。今度、神社の軒先にでも吊るしてみようかなと思った。
「分かりました、協力しましょう……というか元々、そちら側に付くつもりではありましたから」
 文の発言は少し……いや、かなり意外だった。
「守矢の三柱が主導してるのに天狗が逆らっても良いの?」
「山は守矢神社だけのものではありませんよ。そりゃまあ、過去の事件では助けられましたが、なんの相談もなしにあんなことをされたのではたまったものじゃありません。妖精の人気ランキングもグッズの販売もいまや守矢の興行ですし、天狗も河童も面子を潰された形になります。配偶者が一枚噛んでいるといってもこれは落とし前の一つや二つ、つけてもらわないと収まりがつきません」
「なるほど利害の一致というわけだ。ならば一時的に過去の遺恨も忘れ、手を組もうではないか」
「手どころか両肩をがっしり掴まれてますがね。まあ仇敵同士であるがゆえ、手を組むとならばその力は信頼できるというもの。わたしはその一年生とやらを引き受けますし、稼ぎを邪魔されておかんむりな河童たちを精々焚きつけてやりましょう。共同で企画を組んでいた天狗たちにも協力を依頼してみます」
 一年生なるものが何なのか訊ねると思ったのだが、文は特に気にする様子もない。
「というわけで……霊夢さんは何年生ですか?」
「二年生だな」
「では一年上というわけですね。これからは霊夢さんのこと先輩と呼ばせていただきます」
 わたしはこいつ何を言ってるんだとばかりに文を指差したが、隠岐奈は機嫌良さそうに笑うだけだった。
「では新たなメンバーが加わって早速だが、二人に指令を与える。これは我々がアイドルとして成功するかどうかの分水嶺と心得て欲しい」
 いつになく真面目な言い回しであり、わたしも少しだけ気を引き締める。文と言えば隠岐奈の拘束から解放されると、わたしの斜め後ろ前にぴたりとついた。
「件の三姉妹は既に抑えられたが、この郷には同じくらいの人気を誇る三人組のミュージシャンがいる」
 猛烈に嫌な予感がした。というかわたしには隠岐奈が誰のことを持ち出したかはっきりと分かってしまった。
「彼女たちをスカウトして来て欲しいのだが……なんだね、その関西人が食卓に納豆を見つけたような表情は」
「関西人が何かは知らないけど、そいつらはできれば勘弁して欲しいところね。あいつらとんだお騒がせ集団の頭領たちなんだから」
「わたしがそれを知らないとでも思ったのか?」
 隠岐奈は知っているからこそ、火中の栗を拾いに行かせようとしているらしい。分かってはいたが、こいつは紫よりもよほど人使いが荒い。
「それにいつも敵同士というわけではない。利害が一致すれば手を組むこともあるだろう。大丈夫大丈夫、意外となんとかなるって」
 隠岐奈は楽観的であり、何を言っても前言撤回しそうにない。そもそもこいつが三姉妹のスカウトに成功していれば、こんな面倒をしなくても済んだのだのだが、そのことをつついても罪悪感など覚えないだろう。
 そんなわけでわたしは朝早くから、解放派のアジトである逆さ城に向かうことになったのだ。

 普段なら入口には見張りの妖精がいるのに、今日は誰もいなかった。朝早いから寝ているかとも思ったが、外から声をかけても反応がない。
「ちわーっす、文々丸新聞ですが朝刊をお届けに上がりましたー! 誰かいませんかー!」
 文の声は小さくても不思議と耳に届く。声を荒げたならば尚更のことだが、それでもすぐには反応がなかった。少しして髪はぼさぼさ、寝間着姿の九十九弁々がふらふらと姿を現した。
「なんだ、新聞屋の天狗に博麗の巫女か。新聞ならそこに置いていって……ん?」
 弁々は目をごしごしと擦り、わたしと文を交互に見回す。ふにゃっとした顔が引き締まり、それから鋭い目つきを浴びせかけてきた。
「なんで霊夢がここにいるの? まさか朝駆けの奇襲でも仕掛けてきたんじゃないでしょうね?」
「だったら声をかけるわけないでしょうに」
 それすらも今の弁々には分かっていないらしい。それ程に寝ぼけているというわけだ。
「そりゃそうか。でもここに来るなんて珍しいじゃない」
「できれば来たくなかったけど、頼る相手が他にいないから仕方がない」
「頼る、頼るねえ。巫女のあんたが解放派を?」
「頼りたいのは雷鼓とあんた、あんたの妹よ。腕利きのミュージシャンを探しているの」
 わたしの言葉に弁々の瞳がきらりと輝く。どうやら興味を持ってくれたらしい。
「どうやら面白い話を持って来たらしい。お姐様もわたしたちもくさくさしていたところだから、鬱憤晴らしをさせてくれるというなら歓迎よ」
 どうやら雷鼓は機嫌が良くないらしい。ただでさえ気紛れなのに、これはあまりよろしくない兆候だ。こういう交渉は文の方が得意なのではと思ったが、さっきから黙ってばかりだ。咎めるような視線を向けると、いつもの彼女らしくないおどおどとした表情を見せた。
「先輩ったら怖い顔をして、どうしたんです?」
 しおらしい態度だが、目を見れば面白がっているのがはっきりと分かる。こいつ後で覚えていなさいよという言葉を飲み込むと、わたしたちは弁々の案内に続くのだった。

 雷鼓は十分ほどして姿を現したが、なんとも気怠そうでいつもの存在するだけで迷惑な性格もなりを潜めている。だがわたしの顔を見かけると少しだけ覇気を取り戻したようだ。
「あらあら、巫女じゃないの。こんな朝早くから……」皮肉から入ろうとしたが、大欠伸が全てを台無しにしてしまった。「ふう、なんか今日はあらゆることに気が乗らないわ。申し訳ないけど帰ってもらえないかしら」
 そしていきなりの心変わりである。
「そういうわけにもいかないのよね。というかあんたたち、郷ではすっかりお祭り騒ぎだというのにこんな所でだらだらしてるなんて。真っ先に騒ぎとか起こしそうなものだけど」
 改めて考えればおかしな話だが、指摘すると雷鼓は不機嫌から落胆へと気持ちが移り、がくりと肩を落とした。
「起こせるなら起こしてるわよ。でも妖精たちはほとんど出払ってるし、付喪神たちはお祭りの雰囲気に我慢できず飛び出していく始末。こんなんじゃ騒ぎなんて起こせやしない」
「かといって三人だけで騒いでも面白くないしさ」
 八橋の言葉に雷鼓と弁々が揃って頷く。散々小競り合いを繰り返し、ある程度は性格や行動パターンを把握していたと思ったが、わたしはいま彼女たちの知らない側面を目の当たりにしていた。
 周囲に誰かがいないと盛り上がらない性格なのだ。となればいやでも周囲に人が集まる今回の件なら話を通すのも難しいことではなさそうだった。
「それなら面白い場を提供できると思うわ」
 そうしてわたしはこれまでの事情をかくかくしかじかと話す。三人の目には等しく興味の色が浮かんだけれど、それでも即決で向こうから乗ってくることはなかった。
「事情は分かったけど、ただというわけにはいかないかな。プロの腕を使うのだから対価は欲しい」
「それなら摩多羅隠岐奈とかいうやつがスポンサーに付いているから好きなだけふっかけて頂戴」
「よし、それなら乗った。まあ、多少は渋られても手を貸すつもりではあったけどね」
「それは、退屈だから?」
「それもある。以前にあの電車とかいう機械がわたしたちを良いように使ったとき、助けてもらった借りをどこかで返さなくてはとも感じていた」
「へえ、意外に義理堅いんだ」
「借りがある相手だとどうしても遠慮が出てしまう。これは善良な付喪神の習性って奴ね」
 そうそうと頷く九十九姉妹共々、白々しさしか感じなかった。郷でしょっちゅう騒ぎを起こす集団のトップとその側近のどこに善良さがあるというのか。
「勝手にうちのメンバーを連れて行ったのも腹立たしい。ただでさえ先の異変で使える奴が何人もやめたというのに、家事当番のスケジュール割り振りが大変になる」
 弁々は大きく溜息を吐く。どうやらここでは彼女が、気紛れな妖精や付喪神たちに仕事を割り振っているらしい。
「正邪は踏ん反り返ってるだけで家事や雑事は一切やらなかったけどね」
 八橋の口調は弁々に比べると気楽だった。面倒ごとは姉の仕事だと考えているらしい。
「確かにあいつは家事など全くやりそうにないわね」
「逃亡生活をしていたのだからからっきしではないと思うけど、ここでは人任せだったわ。あいつ、今頃どうしてるんだろうなあ」
 先の異変で裏切り者のレッテルは剥がされたが、解放派に再合流することはなかった。とはいえ宇宙船でのあの行動といい、野心を捨てたわけではない。いつかまた厄介な事件とともに戻ってくるのだろう。
「まあ、気の滅入る話はこれくらいにして。今も開店休業状態だったが、しばらくは幻想機械解放同盟の活動を休止として、そちらの思惑に乗ってあげる」
 内心の安堵を隠し、当然と言わんばかりに頷く。ここで下手に出るとつけあがるに決まっているからだ。ともあれ守矢の妖精たちに負けないバックミュージックは加えることができた。まだまだ問題は山積しているが、ここは一歩前進を素直に喜ぶことにした。


「流石先輩、堂々とした交渉でしたね」
「その先輩ってのやめなさいよ」
 逆さ城を出た途端、馴れ馴れしく話しかけてくる文を睨みつける。こいつと来たら付いてきただけでほとんど何もしなかった。
「黙っていたのは三姉妹に負けない後ろ盾を得たことをどう記事にするか、考えていたからですよ。先輩なら交渉成功すると信じてましたからね」
 相変わらず口の回る賢しい奴だ。こちらの考えることを見事に先読みしてきた。
「それはさておき、あとはメンバーを二人、集める必要がありますね。そうすれば郷に新風を巻き起こすアイドルグループがまた一つ生まれることになります」
 これで全てが上手くいくと言わんばかりだが、わたしは文ほど楽観していなかった。こちらが歌と踊りを急拵えで身につけている間にもフェアリー52はどんどんメディアに露出を続け、たったの三日でもはや知らないものはいないほどの大人気を博している。
 煌びやかな衣装、とても妖精とは思えない整った踊り、四季が駆け巡る舞台背景、四種の歌声が綺麗に重なり、バックミュージックは妖精の儚さと透明さをこれでもかと掻き立てる。正直なところ、あそこまで完璧なアイドルに付け入る隙があるとは思えなかった。
 それは博麗神社に集まった皆が感じていることであり、あれだけ自信満々だったレミリアでさえ皆と歩調を合わせてレッスンをし、夜は隠岐奈とプロデュースの件で真剣にアイデアを出し合っている。時折……もとい割とひっきりなしに不穏な単語が聞こえてくるけれど、わたしはなるべく聞かない振りをしていた。
 前途多難さに頭を悩ませていると、文はいきなり「げっ」と喉が潰れた蛙みたいな声をあげた。それから口中でぶつぶつ呟いたのち、動きを止めてくるりと反転した。
「先輩、わたし唐突ですが急用を思い出したので別行動を取りたいと思います。ではっ!」
 そしてわたしの返事も聞かず飛び去ってしまった。いきなりどうしたのかと訝しんでいたら、何者かが背後から重々しい気配をぶつけてくる。隠岐奈が背中経由で声をかけてきたのかと思ったが、すぐにそうではないことが分かった。隠岐奈とは明らかに力の質が違う。
「おっと、すみません。じろじろと眺め回して、不躾でしたね」ようやく発せられた声は穏やかで、道理が通じそうなものだった。害意はなさそうだと思いおそるおそる振り向くと、そこにはやや強張った面持ちの少女がいた。「わたしの知っている人間にあまりにも似ていたもので、つい……」
 袖にフリル、二の腕に赤いリボンの巻かれたシャツ、その上から紺色のベストを着ている。下は黒のスカートとここまでは普通の出で立ちだが、まるで王冠のような帽子を被っている。どこかで見たことがある帽子だが、すぐには思い出せなかった。
「その出で立ち、容姿で名前が霊夢というのは確かに感じ入るものがありますね」
 相手の方はかつての霊夢を通してわたしが誰であるかを把握していた。そして親交があったことを匂わす発言から、見た目はあどけないが少なくとも七百年以上生きた人外ということになる。つまり警戒すべき相手ということだ。
「おっと、名乗りをあげていませんでしたね。これは不躾なことでした」わたしの不信に気付いたのか、少女は襟元とと帽子の角度を微妙に直して居住まいを正す。「わたしは四季映姫・ヤマザナドゥという名で、裁判官を務めています」
 名前や役職を丁寧に名乗るだけなら先程ここから飛び去っていった天狗でもできることだが、至って真面目で混ぜっかえすような態度も取らない。誰もがこれくらい丁重ならば仕事ももう少しやりやすいのになあと思うことしきりだった。
「念のために確認しますが、当代の巫女ですよね?」
「ええ、その通りよ。わたしでないわたしのこと、よく知っているようだけど友人だったりしたのかしら?」
「いいえ、生前に少しだけ縁がある程度でしたがその存在は鮮烈でしたからね。それに彼女はわたしが知る限り最も罪深い人間の一人でした。彼女を裁くため、わたしは酷く悩まされてしまいました」
「えっと……それはつまり、かつての霊夢は裁判沙汰になったことがあるってこと?」
 さすがにそれは初耳だったが、四季映姫と名乗った彼女は慌てて否定してきた。
「わたしの言う裁きとはその生に応じて死を計る、人間が誰しも受ける裁きのことです」
 四季映姫の言葉が頭の中まで浸透するのに少し時間がかかった。そして彼女の言葉の意味を理解したとき、被っている帽子をどこで見たか思い出した。
 幼い頃に読んだ絵本で閻魔様が被っていた帽子と全く同じだったのだ。絵本の閻魔様は怖い顔の怪物であり、彼女のような可愛らしい容姿ではなかったが。
「閻魔様がこんな所にやって来るなんて、大罪人でもひっ捕らえに来たの?」
「それを行う担当は別にいますよ。わたしが今回、郷に出てきたのは妙なことが起きているので様子見といったところですね。後はいきなり休暇届を出してきた部下が奇妙なことをやらかしていると聞いたので、ことと次第によっては無理矢理連れ帰るためです」
 わたしの脳裏に浮かんだのは小町の顔だった。彼女が三途の川の向こう側にいる偉い相手に仕えていると以前に聞いたことがあったからだ。
 これは下手すると折角メンバーになってくれた小町を連れていかれかねない。だがわたしは「神社まで案内してください」という四季映姫の言葉に頷くことしかできなかった。穏やかな面持ちに怒りを秘めていることが何となく察せられたからだ。わたしと同い年くらいに見えるというのに、怒りを表に出すのではなく秘めているだけで怖ろしい。この少女は間違いなく人外であり、いざとなれば悪天候のように荒ぶることができるに違いない。不甲斐ないことだが、わたしは四季映姫と名乗った閻魔に逆らうことができなかった。


 小町は皆と一緒に二童子のダンスレッスンを受けており、きっちりと魅せられる動きをしていた。これまでサボり、だらだら、駄弁りといまいち締まりのない姿以外ほとんど見たことがなかったから、小町がアイドルをしっかりやっていることはわたしにとって割と大きな驚きだった。そして横顔を見る限り、四季映姫もまた同じことを考えていそうだなと察せられた。
 レッスンが小休止となり、小町は大きく息を吐く。そんな彼女に四季映姫は鋭い声で「小町」と声をかける。よほど怖い上司なのか、小町はまるで錆びついた機械のようにぎくしゃくとした動きでゆっくりと後ろを向く。そして悲しいくらいにぎこちない笑みを浮かべるのだった。
「あ、あるぇー? 四季様じゃないですかあ。こんな東の果てまで、今日は一体どういう用向きで?」
「あなたがアイドルを目指しているなどという胡乱な噂が風に乗って流れてきたのですよ。真偽を確かめにきました」
「え、えっとそのう……」
「そんなにびくびくしなくても怒る気はありませんよ。当初は叱る気でいましたが、理由はともあれ真剣に打ち込んでいるのならばわたしからは何も言うことはありません。休暇届は受理されていますしね」
 四季映姫の理解ある言葉に小町はほっと胸をなで下ろす。どうやら小町が強制離脱ということはなさそうだった。
「やあやあ、みんな頑張ってるね」
 しんみりした空気を隠岐奈の声が豪快に破っていく。流石にもう慣れたものだから顔色一つ変えることはなかったが。
「その顔だと交渉はうまくいったみたいだね、いやー良かった良かった。本来の予定とは少し違うけど、それはまあ誤差ということにしておこう」
 彼女の初動の遅れが原因なのになんとも能天気なことだった。だが当初に比べて不信感は随分と拭われていた。隠岐奈はわたしたちを本気で、短期間のうちにアイドルとして育て上げようとしているのが分かってきたからだ。
 二童子によるダンスレッスンはこれまでのぽんこつ具合が嘘だと思うほどに的確で分かりやすく、わたしのような素人であっても簡単な振り付けに従って踊るくらいはできるようになっていた。一つ難を挙げるとしたら四季祭りの準備みたく練習続きでへばった体や心を容赦なく回復させ、限界ぎりぎりのスペックを容赦なく引き出そうとするところだった。
 一昨日と昨日などは十二時間近くも踊りっぱなしの歌いっぱなしで、新しいこと難しいことを容赦なくがんがんと叩き込んでくるから、解放された時などは健康そのものなのに疲労感がそれはもう半端なかった。そこに加えてアイドルの心得、立ち振る舞いや心構えなどを座学でみっちりと叩き込まれるから夢を見ている暇すらない。
 これでは確かに普通の人間ではすぐ根をあげる。弾幕決闘慣れしている強者を集めるという方針もまた、正しかったということだ。
 隠岐奈はわたしから横にいる四季映姫に視線を移す。その目には幾許かの期待が浮かんだがすぐに収まり、背筋をぴんと伸ばす。彼女が閻魔様であることに気付いたようだ。
「ときに偉大なる夜摩天よ。不躾な提案を先んじて詫びたいのだが、受け取ってもらえるだろうか」
 隠岐奈はわたしたちには決してみせない恭しい言葉遣いと態度によって、四季映姫と相対する。
「悪行を成すならばいかなる詫びも受け取れません。わたしは善悪の彼岸に立つものだからです。悪行でないならまあ、受け取るにやぶさかではありません」
「それなら問題ない、わたしの提案は善行に繋がるのだから。というのも、うん……アイドルをやって見る気はありませんか?」
 四季映姫は目をぱちくりとさせた。さもありなん、わたしだって同じことを言われたらそれ以外に反応の返しようがなかっただろう。しかし流石は死後の裁きを司る閻魔様であり、動揺を露わにしたのは一瞬だけだった。
「わたしはかつて、路傍の石ころに毛が生えた程度の偶像でしたが、それとは異なりますね?」
「歌って踊ってみんなを笑顔にする、素敵な仕事です」
「わたしは既に生涯の職を有していますが……」
「ほんの一月ほどで良いのです。それにあなたがアイドルをすることで巡り巡って、あらゆる事柄が解決されます」
 わたしなら受け入れ難いと感じただろうが、四季映姫はそこに熟慮すべき何事かを感じたらしい。深く俯き、沈思黙考に入ってしまった。
「ちょっとちょっと、何を言ってるんですか!」
 代わりに小町が大声をあげる。ようやく我に返ったらしいが、妙に騒がしくなってしまった。
「あのですね、四季様はお忙しい方です。立場もあります。それに裁きの場所で『あっ、この人生きてるときアイドルやってるのを見たことがある』なんて指差されたらどうするんですか! 威厳が台無しですよ!」
「いや、そうは言ってもだな。三年生、堅物の生徒会長属性だぞ。我々のユニットに不足しているものをいくつも備えている。逸材であると言って差し支えないだろう。それとも彼女には歌や踊りが不得手であるとか、実は体力がなくて激しい運動全般が禁じられているとか、そういう難点があったりするのかい?」
「それはないですけど……でもでも、駄目なんです。四季様は威厳あるみんなの裁判長でないと!」
 いつも飄々としている小町が必死になっていた。彼女の中で四季映姫は相当の心理的ウエイトを占めていることが、はっきりと伝わってくる。だが隠岐奈もいつもに比べれば真剣で、引く様子がない。となればあとは四季映姫が隠岐奈の提案を飲むか否かに全てがかかっていた。
 皆の注目が集まるとともに、四季映姫の顔がゆっくりと上がる。思考の時間は終わったようだ。
「確認しますが、それは善行なのですね」
「不和を均し、未練を断ち、安らかな裁きを。それはわたしの願いでもあります」
 二人の会話が何を意味しているのかは分からなかった。だが四季映姫は隠岐奈の話に納得したらしく、はっきりと頷いてみせたのだった。
「よろしい、その役目を引き受けましょう。どうやらわたしの成すべきことのようですから」
 隠岐奈は満足そうに頷き、小町は泣きそうな顔になる。他の者たちは興味深そうに新たなメンバーを一歩引いたところからちらちらと観察している。
「心配はいりませんよ。現状、わたしがいなくても裁きの場は回りますし、休暇は何百年分と溜まっていますからね」
「そういうことではありません。四季様がアイドルだなんて悪い虫が付くに決まっています……男どもの熱視線がステージ一つ隔てた間近にまで迫るなんて!」
 小町は縋るような目で助けを求めて視線を動かすが、どうしてこんなに取り乱しているのか分からなかった。その中で唯一、完全に事情を察していそうな隠岐奈が憎らしいほどのにやにや笑いを浮かべる。
「アイドルがファンを虫呼ばわりするのは良くないね」
「いや、そんなことちっとも考えてません。ですが……」
「しかし気持ちは分かる。ファンはアイドルに取って必要不可欠、切っても切り離せないものだが、度を越して虫のように這って近寄る輩も現れるものだ。そうした類はこの摩多羅隠岐奈がプロデューサーとして、断固としてはねつけると約束しよう。なに、虫退治はわたしの十八番だよ」
 だったらアリがうじゃうじゃ現れたとき、真っ先に助けに来いよと思ったが、ぐっと堪える。
「それならば文句はないだろう?」
 それでもなお渋る小町に、今度は四季映姫が疑いと寂しさの混じった顔を向ける。
「小町はわたしと同じステージに上がるのが嫌なのですか?      確かにわたしはうるさい上司ですが、ことアイドルに関してはともに不習い、同じ立場です。上司風を吹かせるようなこともありませんから心配してください」
「い、いえいえそういうわけでは……ああ、でしたら問題ありません! 四季様とあたいは短い間ですが同じ立場、無駄に敬語も使いませんからそのつもりでいてください!」
「良いでしょう。というわけでわたしも今日からメンバーということになりますかね。皆さん、よろしくお願いします」
 礼儀正しく頭を下げる四季映姫に、わたしも慌てて頭を下げる。美真や佳苗だけでなく、咲夜やレミリアまでもがつられて頭を下げてしまった。そのことに自分で気付いたのか、レミリアは白い頬に僅かな朱を指したのち、堂々とした足取りで四季映姫に相対する。
「わたしはメンバーの一人であり先輩で、プロデューサーでもある。何かあったらわたしに遠慮なく聞いて欲しい」
「分かりました。ご指導ご鞭撻、よろしくお願いします」
 二人のやり取りでわたしにも堅物の生徒会長属性というものがなんとなく分かってきた。それが実に得難い素質であるということも。
「上級生にも生意気な下級生、悪くないね。こういったグループ内での関係性が大事なんだ」
 しかし隠岐奈の満足そうな態度の理由は分からなかった。
「さて、望外なことに八人までが順調に揃った。練度はまだまだだが、我々もそろそろ活動の時期に入ったと判断する。霊夢、戻ってきた所を早々で申し訳ないが、 もう一つ交渉事を依頼したい」
「また? わたしは踊って歌う側なのに、いまやってることはまるでマネージャーみたいじゃない。他に頼める相手はいないの?」
「アイドル以外の役割を担当させるのはこれが最後となる。堀川雷鼓もそうだが、わたしより霊夢が掛け合うべき相手だから頼むんだ」
「どうせ拒否権はないのでしょう?」
「異変において博麗の巫女は絶対権限を有する。だからわたしの頼みごとを拒否する権利があるし、これからやろうとしていることを馬鹿らしいと言って退けても良い」
「その代わりに異変を解決する義務があり、途中で下りることはできない。悔しいけどいま郷で起きている奇妙な出来事や現象を最も把握しているのも、そして解決の糸口を握っているのもあんたなんだから、従うかどうかはさておき話を聞く必要はある」
「理性的な判断だ。ではまず手短に現状を整理しよう。いま郷では五十二人の妖精からなるユニットがアイドルシーンを席巻している。彼女が守矢の後ろ盾を得たのか、それとも守矢が彼女たちをプロデュースしたのかは分からないが、優秀なミュージシャンの支援も獲得しており、何よりも強力なのは専用のテレビチャンネルを持っているということだ。テレビはこの郷において新聞やラジオに並ぶ有力な情報網であり、ここをがっちりつかんでいるというのは短期間のうちに流行を発生させられるということだ。そしてわたしたちは同じ手を使うことができない。長年に渡って郷に親しまれてきた機械の神々だからこそ許される暴挙というわけだ」
 改めて説明されるとこちら側に勝ち目は一切ないように思える。だが隠岐奈はそうは考えていないらしい。そしてこれからわたしに依頼することが、勝ちの目を生み出すための一手になるのだろう。でも、それがなんであるかさっぱり想像がつかない。
「ではわたしたちは何を頼むべきか。新聞? それも一手だが今回に限ればいかな天狗の速さをもってしても足りない。それにアイドルを魅せるならば、文字と写真の組み合わせはどうしてもテレビより劣る。ラジオはテレビと同じくらい速いが、声だけではやはりインパクトに欠ける」
「新聞もラジオも駄目なら、わたしたちには何もないのでは?」
「いいや、一つだけある。パソコン経由で情報を繋ぐ仕組みが、この郷には既に整えられているじゃないか」
「それってつまり、ネットを使うってこと?」
「その通り、若い子は飲み込みが早くて助かるよ」
 隠岐奈はその手が通じると信じ切っているが、わたしにはそうは思えなかった。ネットは確かに便利だが、テレビと並ぶような情報媒体にはなり得ない。
「待って頂戴、ネットで気軽にやりとりできるのは文字と簡単な画像くらいよ。音楽を一曲配信するのさえCDよりずっと質を落としてサイズを小さくする必要があるし、ましてや動画なんて何分割もされたものを個別にダウンロードして、後で統合するだなんて面倒な手順を踏まなければならない。そんな面倒臭いことを誰がやるの?」
 郷に引かれている回線の速度上限のことを、隠岐奈はまるで知らないのだろうか。人と妖の区別なく、最新の機械が苦手な者は一定数いる。彼女がその類であり、ネットが万能の網でパソコンが万能の箱であると信じ切っているならば、全ての計画は砂上の楼閣ということになる。その是非を込めての質問だった。
「パソコンやネットに詳しいごく一部の人間だけだね」
 隠岐奈の答えは現状を詳しく把握していることを意味していた。ほっとしたものの、霊夢の危惧はなんら解消されていなかった。
「もちろんそんな手間をかけさせる必要はない。テレビほどの解像度は期待できないかもしれないが、十分な質をもってネットで動画を配信できると約束できる」
「そんなことをいきなり言われて、信じられるとでも?」
「ああ、大いに信じてもらって結構だ」
「それは絶対秘神とやらの反則的な力を使うということ?」
「まあ、そういうことだ。といっても第二層以降にバックドアを仕掛けるだけだが」
「えっと、その第二層ってなに?」
「通信を司るレイヤーのことさ。この郷を巡るネットは全十層構造となっており、それぞれが機能を果たすことで相互通信を可能としている。そして郷の重鎮たちによる取り決めによって一定以上の速度が出ないよう制御されている」
 またぞろ不穏な話が隠岐奈の口から飛び出してくる。わたしは去年の始めからこちら、嫌でも目にし、耳にしてきた郷の真実をまた一つ、突きつけられているのだ。
「その言い方ではもっと速度が出せるのに、意図的にそうしていないかのようだわ」
「それ以外の意味に取れるようなことは口にしていないよ」
 隠岐奈はわたしの言葉をさらりと肯定し、戸惑うことも悪びれることもない。それがさも当然という顔をしていた。
「ネットの回線速度は現在の文明程度に応じて段階的に、慎重に解放していく必要があるものだからね。有線にしても無線にしてもそうだ、それほどまでに情報を取り扱う速度というのは文明にとって重要なパラメータなんだ。ちなみにいま郷に敷かれている通信網だが、フルスペックを発揮すれば何百ギガもの情報を数秒で送ることができる代物だ」
「そんな馬鹿なこと……!」
 あるわけないと言い切ってしまいたかった。だがわたしは郷が宇宙船の中にあるという恐るべき事実を知っている。それもまたあり得ることなのだ。
「できることは分かったけど、それは郷の重大な取り決めなのでしょう? 勝手に破ってしまっても良いの?」
「博麗の巫女は第三種緊急事態において、あらゆる権限に優先する」
 それが隠岐奈の答えであり、どうしてわたしでなければならなかったかをはっきりと理解する。わたしならネットワークの速度上限を変更しても、絶対権限によって全ては不問とされるのだ。そしてわたしは隠岐奈の提案を受け入れざるを得ない。
「あんた、本当に異変を解決する気があるんでしょうね? もっとろくでもないことを巻き起こすつもりじゃないの?」
 こうまで掌の上で転がされては他に魂胆があると疑ってしまうのも仕方はない。だが隠岐奈はわたしの指摘にも眉一つ動かすことはなかった。
「陰謀を巡らせるなら夜摩天を計画に引き入れたりはしないよ。彼女は罪ありと認めたものに対して非常に強い力を発揮することができるのだから」
「それは相手を信頼する理由にならないわ」
「信頼できるか否かはさして重要ではないよ。どのみち他に道はないのだから」
 こんな胡散臭い奴の言うことを聞くなんてできれば真っ平御免だった。でも隠岐奈の言う通り、テレビに対抗するためには他に道はない。
「分かったわ、あんたに騙されてあげる。その代わり、もしろくなことにならなくて、郷の混乱が広がるようならあんたが賢者であれなんであれ、地の果てまで追いかけて、絶対に退治してやるから」
 隠岐奈はわたしよりもずっと強い力を持っている。赤子の手をひねるかのようにあしらわれてしまうかもしれない。でも侮られたままではいられない。どんな奴が相手でも許されないことがあると示す必要がある。
「その場合には好きなだけやると良い。並の奴に退治されてやるいわれはないけれど、今の霊夢になら退治されても良いと思っているからね」
 そんなことを言われて絆されるほど甘くはない。でもそう言って浮かべた隠岐奈の笑顔はどうにも年相応の、普通の少女みたいに見えて仕方がなかった。
「さて、剣呑な話はこれくらいにしよう。回線速度が改善されても、それだけではどうにもならない。わたしたちには高速化された回線を最大限に活用して情報を配信することのできる優れたアドバイザーが必要となるわけだが……この郷で動画をリアルタイム配信できる最新の環境を使いこなせる者がいるとすれば、それは誰なのだろうか?」
「いや、わたしにそんなこと訊かれてもパソコンにはあまり詳しくないのよ。遠子に聞けば誰か思い当たるかもしれないけど」
 遠子は重度のネットジャンキーだし、最新のガジェットや環境を難なく使いこなすことができる。それにかつて、高品質の動画や音楽を個人でも気楽に配信できる環境について語ってくれたことがある。わたしはそれを単なる夢物語だと思い、深くは受け止めなかったのだが……。
「答えは高速回線によって構築された文明が外の世界に築かれていたことを実際に知っているものだよ。霊夢には心当たりがあるはずではないかね?」
 不意の閃きを隠岐奈の回答が補強する。
「ああ、そういうことなのね!」
 今度こそ隠岐奈がわたしに依頼した理由がよく分かった。彼女は遠子を重大な役割に据えようとしているのだ。
「該当者はそこまで多くない。東風谷早苗も外来人だが彼女は今回に限れば完全に敵側勢力だし、霧雨美真には既にアイドルの役が振り分けられている」
「八雲の式神なら遠子と同じことができるのではなくて?」
「あいつらは絶対権限をもってしても、紫の意向を越えた命令を受けないだろう。それにこれから仕掛けるプロモーションにはアンダーグラウンド文化への理解と精通が必要不可欠となる。人間の文化を理解するのは同じ人間なのさ」
 別に反対する理由はないし、遠子がパソコンやネットに関することなら率先して首を突っ込んでくる可能性が高いことも長い付き合いからよくよく把握している。
「分かったわ、話を通してみる。でもあの子、体が弱いの。四季がくるくる入れ替わるお祭りでもし体調を崩していたなら……」
「それなら二童子を派遣しよう。大元の寿命は克服できないが一仕事はできるはず」
 その言い様には流石にいらっと来たが、きっと承知の上で口にしたはずだ。わたしの単純な心などとうの昔に把握しているに違いないのだから。
「よろしく頼むよ。これは無用な苛立ちを与えた非礼を詫びる形で打ち明けるが、結構ぎりぎりのシビアな案件なんだ。できるならもっとスマートにことを運びたかった」
 同情を誘うための嘘である可能性はあったが、わたしは灰色であると留意した上で信じることにした。いつも余裕綽々な隠岐奈が一瞬だけ酷く辛そうな顔を見せたからだ。それもまた振りかもしれないが、今はあまり深く考えないことにした。面倒なことは苦手だし、騙された時のことは実際に騙されたと分かってから考えれば良い。
「どういう案件かは、きっと教えてくれないのよね?」
「そうだね。まあ、一発か二発殴られる覚悟があるとだけ言っておくかな」
 やはりろくでもないことは考えているらしいが、それも今はさておくとした。どうせ何をやっても白状しないのだから。こいつから魂胆を聞き出したいなら少しでも早く、計画を成就して異変を解決するしかない。だからわたしは何も言わず小さく頷くだけに留めておいた。
 わたしは大きく深呼吸をし、友人にろくでもないことの片棒を担がせる覚悟を決めると稗田の屋敷に向かうのだった。

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