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2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52   チャイルド52 第1話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52

公開日:2018年04月05日 / 最終更新日:2018年04月05日

チャイルド52 第1話
これが夢であることは分かっていた。
 あらゆる方角を水が満たすような光景はこの郷に存在せず、水平線を進む巨大な鉄の船もまた見覚えのないものだった。船上には巨大なトンボのような機械がずらりと並んでおり、その側を人が忙しなく行き来している。
 巨大なトンボに人が乗り込み、鉄の船から次々と飛び立っていく。これもまた紛うことなき夢の証。何故ならば、この郷に飛行機は存在しないからだ。そもそもあんな形状の機械が人を乗せて空を飛ぶこと自体がおかしい。空を飛ぶための効率良い形状であることは昔から提唱されていたが、実際には誰も現実の飛行に成功していない。
 夢と分かればやることは一つである。内容を少しでも現実に持ち帰るため、しかとその行末を見届けるのだ。わたしの見る夢は将来に起きる事件を暗示することがある。覚えておけば将来の仕事が楽になるかもしれない。
「去年は何も起きなかったけど、今年はどうも違うみたいね……」
 去年も騒がしい出来事はいくつか起こったが、異変と言うには及ばない擾乱や解放派が起こすお決まりのどたばたばかりであり、粛々と対処すれば良いだけだった。
 だがこんなにもはっきりとした夢なのだから何も起きないはずがない。
「駄々をこねてもしょうがない。ここはしっかと夢を見据えなければ」
 わたしは他人事のように進んでいく夢をじっと見守っていく。予兆を現実に持ち帰るためだが、機械トンボの群れがいかなる理由で飛んでいるのかにも興味があった。わたしの視点は空高くにあり水面ははっきり見えなかったが、機械トンボに乗り込んだのは年端もいかぬ少女であるように見えたからだ。
 彼女たちはどうして空を飛ぶのだろうか。
 わたしも空を飛ぶものだから、どのようなことであれ彼女たちの行いが上手くいくよう願った。


 だがそれも、彼女たちが何をするかを目撃するまでのことだった。


 目覚めは最悪だった。
 鼻が詰まっているわけでもないのに荒い呼吸が口から漏れており、喉がからからのせいかしくしくと痛みを発している。体がまるで長距離を走った直後のように汗で湿っており、だというのに寒気がしてたまらない。
 体が重く、決闘で全力を出しきった後のように気怠い。だがここ最近は美真や佳苗との模擬戦を何度かやっただけで、神社での業務に支障を来すような力比べだなんて一度もやったことがなかった。これは明らかに普通のことではない。
「まるで体が乗っ取られたような……まさか!」
 ぼんやりとした頭で思いついたのは、この体に悪霊が憑りついたのではないかということだ。霊力のある巫女は妖や霊にとってご馳走であり、普通の人間より好かれやすく憑りつかれやすいのだと先代から注意を受けていたし、その時に教えてもらった症状にかなり似ている。
 でもこれまで一度も霊に憑かれたことなんてなかった。神社に仕える守護神獣が代々の博麗を護っているからだという言い伝えだが、わたしはちっとも信じていない。守護神獣というのは古くから鳥居のすぐ側に鎮座している狛犬のことを差すと思うのだが、これまでに一度も動いている姿を見たことがないからだ。
 巫女に選ばれるほどの霊力ならそんじょそこらの霊には憑依されないのだと思っていたのだが、たまたま幸運に恵まれ続けただけかもしれない。
 ふらふらする体を圧して立ち上がり、普段は弾幕決闘用に使っている札を取り出すと寝間着の上からぺたぺたと貼りつけていく。生半可な霊ならばすぐに観念して飛び出していくはずだが、体内に潜むはずの霊はまるで怯むことなく居座り続けている。雑霊が憑依しただけかと思ったが、なかなか強情なやつのようだ。この世に余程の未練があるか、あるいは憑依だけに突出して長けた霊なのかもしれない。
 とはいえ怯むわけにはいかない。巫女が悪霊一つ祓えないなら信用問題に直結する。体はますます重く立っているだけで精一杯だが、ここで倦怠に身を任せれば霊はいよいよ増長し、この体を自由に使おうとするはずだ。気をしっかりと、身を清浄に保ち、毅然とした態度を取る必要がある。
 霊と対峙するために身を清める必要があると覚悟を決め、桶を持って井戸に向かう。いつも炊事洗濯に使う水は河童謹製の電動ポンプによって汲み上げられ、蛇口をひねるだけでいつでも簡単に扱えるが、潔めとなれば自らの力で汲む必要があるだろう。
 なんとも面倒なことになったなあと思いながら外に出て、井戸まで向かおうとすると背筋が妙にぞわぞわした。霊が背中から飛び出したのかとも思ったが、体の重さは全く変わることがないし、それとは異なる怪しい気配がごく間近に現れていた。単なる霊ではなく、もっと存在感のある怪しい気である。
 この身に憑いた霊の操者かもしれない。そいつは今、わたしの後ろにぴたりとついて存在感を示している。寝ている間に憑依された間抜けな巫女をあざ笑いに来たのだろうか。
 わたしは素早く前方に一跳び、体に貼っていた札の一枚を剥がしながら素早く振り向く。だが、つい先程までそこにあった気配はどこにも感じない。
「おやおや、剣呑剣呑」
 聞き慣れない声が背中から聞こえてきて、わたしは咄嗟に手を後ろに回す。背中だけ一枚も札を貼っていないことに気付いたからだ。それをわざわざ教えてくれるなんて、敵ながらなんとも間抜けなやつだ。
「残念ながらそんな紙切れ一つでは、背中の扉は閉じられないよ」
 そんなものは効果がないとばかり、背後に再び怪しい気配が姿を現す。はさりはさりと枝葉の擦れ合うような音は、わたしの体から霊が徐々に抜けていく音だろうか。人に危害を及ぼす霊障、憑依の類は何度も解決したことがあるけれど、このような音を立てて抜けていく霊にわたしは一度も遭遇したことがない。でも体が少しずつ軽くなっていくのだから、霊が抜けているのは間違いない。
 にも拘わらず、わたしはぴくりとも振り向くことができなかった。背後に存在する何者かの放つ力に圧倒されていたからだ。これまでにわたしが遭遇した強力な神々や妖怪たちに匹敵するか、もしかすると凌ぐほどの力がごく間近にある。
「あんた、一体何者なの?」
「ひとたび振り向けば分かる。だがわたしは森羅万象(ありとあらゆるもの)の背後にあり、その姿は決して明かされることなく秘され続けなければならない。好奇心に駆られただけならば振り向く必要もないだろう。我に挑む力と覚悟を併せ持つと思うならば好きにすれば良い」
 穏やかでありながら心根さえ揺さぶるほどの影響力を秘めた声であり、わたしの気持ちを容赦なく挫こうとしてくる。背後にいる何者かは少なくともわたしよりは強い力を持つ存在だ。そしてわたしには大した覚悟があるわけでもない。この郷の真実を知った後であってさえ、ほんの少しだけ特別な立場と権限を持つ公務員でしかないのだ。
 それでもわたしは振り向くことをさして迷わなかった。体から悪霊が完全に抜け、すっかり体が軽くなると同時に、全身に貼りつけた札を一斉に投射する。
 力が上の相手に勝つ気なら鋭い初動を持って先制を加え、その差を少しでも埋めるしかない。だが振り向いた先には誰もおらず、攻撃は全て空振りに終わった。
「その意気や良し。評判だけは先んじて聞いていたが、流石は霊夢の名を持つだけのことはある。やることなすこと鋭く迷いがない。邪な風によって衰弱しているのにね」
「なるほど、霊ではなく風の妖怪ってわけね。風じゃ姿が見えないのも無理はない」
 風は古来より人に強い影響を与えており、風の力を冠する実力者は多い。守矢神社の柱が一人、八坂神奈子には風神の側面があるし、妖怪の山に住む鴉天狗の多くは風を自在に操る。背後にいるのはその手の輩だと思ったのだ。
「そして残念ながら少々馬鹿だな」
 わたしの推測は嘲りの言葉とともに否定され、三度気配が背後に現れる。今度はわたしを威圧することもなかったが、後ろを向いても姿を見られるとはあまり期待していなかった。こいつはまるで紫のような神出鬼没が可能らしく、わたしの力ではその瞬間を捉えることすらできないからだ。
 そんな予想を覆すように、堂々たる姿の少女がはっきりと姿を現していた。色合いは異なるが紫の服と構造の近い衣装を着ており、愉悦と嘲りの中間にある微笑みは大きい方の紫を彷彿とさせるものがあった。
「あんた、もしかして紫の知り合いか何か?」
「馬鹿だが頭は悪くない。動きは良く、己の限界を知った上でそれを越えるにはどうすれば良いか考えることができる。想像していたよりもずっと良い巫女だ」
 謎の少女は品定めをするよう、わたしの体を上から下までくまなく見回す。そうした視線にはすっかり慣れっこだったが、かといって愉快な気持ちになれるはずもなく、嫌味の一つでも言わないことには気が収まらなかった。
「秘され続けなければならないって割にはあっさり出てきたわね」
「いかにもわたしは秘神だが、秘されてばかりでは存在しないも同じ。だから六十年に一度、盛大な祭りを開くのさ」
「六十年に、一度……?」どこかで聞いたことのある年月だが、いつどこで教わったかの記憶が曖昧だった。過去のことを書いた資料か、それとも遠子の話に出てきたか。「ええ、そう……あれ、あれのことよね、もちろん知ってるわ!」
 思い出せなかったが馬鹿と言われた手前、これ以上の無知を晒したくなかった。
「博麗の巫女だから当然だな。とはいえ、いつもだったら祭事は部下に任せきりなのだがね。今回は当代の巫女が霊夢という名前で、異変をばりばり解決している武闘派らしい。これはちょっとばかり品定め……もとい、冷やかしと洒落込んだわけだ」
「品定めも冷やかしも対して変わらない気がするのだけど。それにどうやったかは知らないけど、わたしの体に霊を憑かせて不快な気分にさせたのはやり過ぎじゃない?」
 力試しがてらに喧嘩を売るつもりなら受けて立つつもりだった。この手合いはいつだってわたしをかつての霊夢と比べようとしてくる。うんざりだけど大空を舞台にした演舞を披露するのも巫女の役目の一つである。そして博麗の巫女は公務員だから、どんなに強い奴であってもその役目から逃れることはできないのだ。
「その件なら濡れ衣というか、わたしは解決に一役買ったのだけどね。馬鹿は風邪を引くのではなく風邪を知らないだけとはよく言ったものだ」
「また妙なことを……って、風邪?」
 もちろん風邪を知らないわけではない。熱を出して体がだるくなったり、苦しそうに咳をしたり、鼻を詰まらせて息苦しくなったり、腹を壊してトイレに駆け込んだりと症状は様々だが、人間を襲う最もありふれた疾患である。
 そしてわたしにはまるで縁のないものだった。
 子供の頃から体が頑丈なためか、それとも人並み外れた霊力を有しているためか、風邪というものを滅多に引いたことがなかった。だから風邪を引けばどのように苦しくなるかさえ忘れていたのだが、霊障なんて珍しい現象を持ち出すまでもなく、風邪で全て説明がついてしまう。体内から霊の気配を感じないのはそんなもの最初から憑りついていないからだ。実にシンプル、かつ馬鹿な勘違いをしていたわけだ。
「ふうむ、その辺はかつての霊夢とは違うのだね。あっちは普通に風邪を引いていたと記憶しているよ」
「ということは霊力とか関係なく、わたしが風邪を引きにくいというだけ?」
「だろうね、まあ悪いことではないよ。巫女が風邪を引けば邪なものへの耐性が一時的に減じてしまうからね」
「それならわたしはいよいよ巫女向きなのかしら。でも風邪を引いてるならどうして急に楽になったの?」
「ああ、それはわたしの部下に背後で踊ってもらったからだ」
「背後で踊ると風邪が治る部下ってどういうことよ?」
 その疑問が浮かび上がるのは当然のことだと思うのだが、謎の少女は特に気にする様子もない。郷のお偉方によくあることだが、彼女も知っていて当然と思うことを説明せず、こちらの理解度を察することなく話し続けるタイプらしい。
「そういうものだよ。もっとも体力は風邪を治す一助になっても風邪自体を治すわけじゃない。いわば即効性の栄養剤を投与したようなもので、無理を続ければ風邪は残り続けるだろう。授けた体力が残っているうちに滋養のつくものを作り溜めして、獣のようにひたすら身を休めると良い。君の上司が風邪を引いても二十四時間戦えますかの精神を持っているならご愁傷様としか言いようがないけど」
「何よそのおぞましい上司は。そもそも許可がなくても風邪を引いたら勝手に休むわ。無理しても治らないし、余所に移しまくるだけで良いことは何もないもの」
「良い心掛けだ。では巫女の一目も叶ったことだし、わたしは帰るとしよう。祭りでは部下が世話をかけると思うが、そこら辺はよしなに対応して欲しい」
 部下というのはわたしの体力を回復させてくれた何者かのことだろうか。迷惑をかけるという言い回しがどうにも引っかかり、わたしは咄嗟に謎の少女を呼び止めていた。もしかすると今朝の目覚めの悪さに関係があるのかと思ったのだ。
「あんたの部下ってやつ、異変を起こしたりしないでしょうね?」
「うんにゃ、起こるのは単なる自然現象だよ。怖い顔をしてるけど何か思い当たる節でもあるのかな?」
「いつもははっきり覚えている夢を今朝は覚えていなかったの。これも風邪の影響なのかしら?」
 すると謎の少女はこれまでの態度をがらりと変え、眉間に指を当てる。
「お前は夢を使って占いをするんだね。夢は無意識の影響を強く受けやすい領域だから託宣を受けるにのはうってつけなのだが……今回に限っては何も覚えていない?」
「朧気に浮かぶものはあるのだけど、ほとんど忘れてる」
「忘れたのではない、記憶をわざと置いてきたんだよ」
 霊夢の推測を謎の少女ははっきりと否定する。
「おそらく覚えているのも忌まわしいものを見てしまったに違いない。それが何かは分からないが、少なくともわたしがもたらそうとしているものとは無関係だ。そしてお前はその記憶をなんとかして夢から引き上げなければならないよ。もしかするとこの郷に悪い出来事が訪れる予兆かもしれないからね」
「そんなことが起きるなら祭りを延期することはできないの?」
 真っ当な提案のはずだが、謎の少女は「それは無理だね」とあっさりはねつけた。
「祭りは絶対に必要なんだ。何故ならば郷に四季があることを定義するためのものだからね」
「四季の定義って春も夏も秋も冬も、郷には普通に訪れるじゃない」
「いいや、普通ではない。この郷に本当の意味での四季なんてそもそも存在しないんだよ。それはお前もよく知っているだろう?」
 確かに彼女の指摘通りだった。この郷の天気は自然ではなく人工的な気象管理システムによって制御されている。わたしがつい最近になって知った事実を謎の少女は当然のように理解していた。そしてわたしが知ってしまったことをはっきりと把握している。それはつまり彼女が郷の重鎮であることを示している。
「この郷には気象の移ろいが存在するだけだ。そこに四季とはかくあるものだということを定義するのが六十年に一度行われる四季祭りでね。これがなければ四季を基盤とする妖怪、神はその力を酷く損なうだろうし、本来の現象に備わっていたもう一つの大切な機能が働かなくなる。郷が危機にあるかもしれないという理由程度では止められない」
「では、明確な危機になると分かれば止められるの?」
「危機の度合いによる。そうだな、一昨年に発生した三つの異変を例に挙げるなら郷中にアリが攻め寄せたやつ、あのレベルなら延期を考えたかもしれない」
 郷を満遍なくアリで埋め尽くした秋夜の異変は確かに酷い出来事だったが、他の二つだって脅威の度合いではかなりのものだった。そもそも郷全体に対する明確な脅威こそ古来より異変と呼ばれ大事に扱われてきたものだ。
「異変が程度問題でないことは分かっているよ」
 そんな霊夢の気持ちを察したのか、物言いに柔らかさが浮かんでくる。まるで聞き分けのない子供を諭す大人のような態度だった。
「でもね、四季祭りはとても大切なものだ。本来ならここにない四季をあるものとして定着させるのだから。全てが人工に置き換わってしまった現在の郷において、定義ほど大切なものはない。逆に言えばこの郷で起きる事件においては定義をどれほど乱すかが、その重大度に直結する。一昨年に認定された三つの異変は定義を著しく乱す事件を起こしたからこそ異変と判断されたわけだね。おや、何を言っているかよく分からないと言った顔をしている。頭の上で踊り子が輪を描いて盆踊りしているよ」
 この小難しい語り口は外見よりも、彼女が紫やパチュリーのような人種であることをはっきりと示していた。気をつけて喋らないと人が死ぬやつだ。
「まあ、難しいことはお偉い様に任せておけば良い。博麗霊夢、君がやるべきことはとてもシンプルだ。己が心に従い、怪しさを感じたら探り出して解決する。ことの大小は関係ないし、その正否に責任を負うこともない。博麗の巫女がやることは全て正解なのだから。だが心に従わなければ過つだろう。次に同じ夢を見ることがあればはっきりと記憶するべきだね。その内容によってわたしは初めて、今回の四季祭りをどうするべきか考えることができる」
「考える、ねえ……」考えた結果として祭りは開く、異変だからそちらも平行して解決してくれと言われるかもしれない。先程からの態度を考えればその可能性は大いにあり得るだろう。「わたし、面倒ごとは嫌いなのだけど」
「それが心情なら従えば良いと思うよ。わたしも面倒ごとは嫌いだし、可能な限りはアウトソーシングしたい。でもね、面倒を避けて楽をするというのは結局のところそのための苦労を惜しまないということでもある。入念な準備こそが楽への第一歩だよ」
「そのためにも次は夢の内容をしっかり持ち帰ろってことね」
「四季祭りの由来や内容を本番までにしっかり勉強するのも大切じゃないかな?」
 謎の少女はわたしが分かった振りをしていたことなどとうの昔に見抜いていた。それを咎めることなく鷹揚と受け止める辺りは度量が大きいと感じるべきなのか、それとも単なる大雑把と考えるべきなのか、決めかねるものがあった。
「そして知った結果、面倒が避けられないと分かるかもしれない。でも先んじてそれを知るか否かで初動の早さは幾分か変わってくるだろう。その僅かな差が何かの面倒を回避する方向に物事を進めてくれるかもしれない」
「上手く言ったつもりかもしれないけど、面倒なことには変わりないわよね?」
 騙されないぞとばかりに声音を高くするが、謎の少女は全く動じない。それどころか愉快そうに破顔するばかりであり、これ以上は何を話しても平行線であることがはっきりとしてしまった。
「全く……紫といい、郷の重鎮にはこんなのしかいないのかしら」
 腹立ち紛れで口にしてからわたしはようやく大事なことに気付いた。
 わたしは目の前にいる少女の名前すら知らないのだ。
「そういやわたし、あんたの名前を知らないんだけど。そっちはわたしの名前を知ってるのに、こちらだけ知らないのは不公平ではなくて?」
「公平なんてものは同等の力と立場を得てから口にするべきものだが、それは別として礼に失することは確かだな。とてもありがたい名前だから二度は名乗らない、よくよく耳をかっぽじって聞くが良い。わたしの名前は山本五郎左衛門、妖を統べる魔の王にして郷に座する賢者の一人でもある。さあさあ、とくと敬うが良い」
 山本某は尊大な口調とともに名乗りを上げるとわたしに背を向ける。背中には両開きの扉があり、音を立てずに開くとその体が折り紙のようにぱたぱたと折り畳まれていき、扉の内側に収まってしまった。
 扉は閉じるとともに姿を消し、神社の敷地にはわたし以外の誰もいなくなったのだった。

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この小説へのコメント

  1. 楽しみに待っておりました。
    いきなりの大物の登場で今後の展開がめちゃくちゃ楽しみです!

  2. 海を浮かぶ鉄船にトンボ・・・あっあっあっうっわうっわうっわ。あっふーん(恐怖)、あっふーん(震声)、あっふーん(鳥肌)。

    あかんやろ今回の異変。

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