東方二次小説

2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52   チャイルド52 第6話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52

公開日:2018年05月10日 / 最終更新日:2018年05月10日

 日が西に沈むよう、命もまた西に沈む。死者の行く場所は他にもいくつかあるが、大半の魂は西の果ての果て、三途の川を超えた先にある彼岸へと至る。そこでは人生に応じて罪を計り、裁きをくだす判事がいて、その結果に応じて次の生へと移っていくのだ。
 わたしはこの世側の川岸が見える場所までなら訪れたことがある。小野塚小町が神社を休憩場所に使わせてくれるお礼と言って招いてくれたのだ。
『普通の生者ならば居るだけで危ういから、立ち入ろうとした時点で遠くにして辿り着けなくするんだがね』
『遠くにするって、脅して遠ざけるってこと?』
 その鎌は荒事用なのかしらとからかうような視線を向ければそこには誰もおらず。小町は豆粒に毛が生えたようにしか見えないほどの遠くにいた。そして瞬きの次にはわたしの隣に戻っていた。
『遠くにし、近付ける。まあ大仰な手品みたいなものさ。でも仕事の役には立つ』
 そう言って小町はいつものようにからからと笑い、歩きながら話を続けるのだった。
『巫女として生きるなら一度は死を知っておいた方が良い。あやふやで不確かでしかしながら確かに存在する、生と背中合わせのもう一つの在り方を。でも実際に死んだらそれまでだから、死に近い場所まで案内しようってわけだ』
 お礼というには些か物騒だが、小町は意に介するところもなく先に進む。景色はいつのまにか一変し、夏でもないのに彼岸花がところどころに咲き、そして世にも不思議な紫色の桜が満開の花をつけていた。そこでわたしは初めて、季節に不似合いな花には霊が取り憑いていること、他にも生と死に関する様々なことを教わった。
『死が近くなり、霊が沢山いる場所では季節通りの花と季節外れの花が入り混じり、絡み合う。ここは物騒な場所だが、でも綺麗だろう?』
 郷には絶景と呼ばれるスポットがいくつもあり、わたしは空を飛べるから余程危険度の高い場所でない限りは訪れ放題である。故に良い景色には目が肥えているのだが、紫の桜と彼岸花の組み合わせはそんなわたしでさえ他に代え難い美と映った。見続けて心がざわざわしたり、吐き気に似たような症状に襲われたりしなければずっと一日中でも眺めていられただろうし、このような毒々しさと美しさが入り混じった景色としてこれ以上のものは見ることがないだろうと強く確信したものだ。

 それが間違いであったことをわたしはいま、はっきりと目の当たりにしていた。紫の桜は満開を通り越して散る側から咲き続けるという正に狂い咲きといった調子であり、彼岸花は地上を覆い尽くしていた。美も過剰になれば禍々しく、ただならぬ状況であることを言葉よりはっきりと語っていた。
 肌の泡立つ感覚がここから立ち去れと訴えていたが、でも帰るわけにはいかなかった。わたしの後ろには幼くして死した霊が列をなして並んでいる。メディスンの依頼でもあるため引き下がるわけにはいかない。とっかかりとして考えていたサボり屋の渡し守を探すため、わたしは三途の川が見える辺りまで近付いてみることにした。
 かつてわたしが連れて行ってもらったのは、川が遠方から見渡せる小高い丘の上である。丘も含めての一帯は無縁塚と呼ばれており、身寄りのない人の死が堆積している場所である。今では外の世界から流れてくるものなど全くないが、大昔には漂流物が届きやすい場所だったという。山師たちが価値のあるものを求めて足を踏み入れ、その中途に作られた小さな休憩所の一つが徐々に規模を増し、荒くれ者どもの住処となった。その後、ひょんなことから吸血鬼の介入によって飛躍的に発展することになり、今では西の里と呼ばれる人類の居住権の一つとなっている。
 かつては魔法の森を抜け、中庸の道を通り、ようやく辿り着ける場所だったらしい。だが今は西に行くだけで辿り着くことができる。大昔に比べ、生と死は容易に行き来できるものとなったのだ。とはいえ生者が迂闊に近付いても際限なく小町によって遠ざけられるため決して辿り着くことはできない。ほとんどの人は死によって初めてここを訪れる。
 そんな基本を頭の中で復誦し、ざらざらとした思考で満たされそうになる心を守らなければならなかった。花に憑いている霊はあまり良くないものだ。数が少なければあまり影響はないのだが、おそらくは数百数千といった数の霊がここには集っている。しかし、郷ではそれだけの死が生まれるような事件は起こっていない。思い当たる節さえない。
 異様な光景と強い情念に思わず身震いする。もうすぐ春だというのに霊が大量にいるせいかここは真冬のように寒い。それなのに夏の花である彼岸花が一斉に咲いている。
「頭が混乱しそうになる光景ね……あれ?」
 つい最近、似たような光景を見た気がする。寒いのに、暑い時に咲く花が辺り一面に広がっていて……。
「霊夢じゃないか、何やってるんだこんなとこで!」
 聞き覚えのある声が聞こえ、びくりとしながら振り向くと小野塚小町が険しい顔をしながら腕を組んでおり、誰もこの先へ通さないと言わんばかりだった。
「いや、そのう、子供の霊を連れてきたの。良くない場所に根付こうとしているから早めに向こう側へ渡すよう交渉して欲しいと依頼があったのよ」
 こちらだって仕事でやってきたのだから物怖じする必要はない。それに小町だって三途の川の渡し守だが妖怪のようなものだ。しかも人間の正当性を計る閻魔の従卒なのだから、ことを押し通すなら尚更のこと強く出る必要がある。上手くすれば彼岸近くのこの場を埋め尽くしている花の謎も解き明かせるかもしれない。
「おお、そうかそうか。迷える魂を連れてきてくれたんだな!」
 小町はわたしの説明を聞いた途端に破顔し、わたしの手をぎゅっと握りしめる。まるで歓迎すべきことを行ったかのようだ。
「守矢に依頼されてきたのかい? まあ、迷える霊を鎮め導くのも巫女の役目だしな」
「守矢?」予期しない名前がいきなり飛び出し、わたしは鸚鵡返しに訊ねていた。「どうしてその名前が出てくるのよ! わたしに依頼をしてきたのは全く別の奴よ」
「あら、だとしたら迷える霊を鎮める巫女の本分を思い出したってことかい?」
「まあ、そんなところね。ところで守矢の輩どもはこの無縁塚一杯に咲き誇る花とどう関係しているわけ?」
「関係も何もここに大量の霊を導いたのは守矢の連中だよ。全く、これではまるで幻想郷が地上にあった頃みたいだ」
 最後の一言は小町が今の郷について重々承知していることを意味している。だがいま確認すべきことはそれではない。
「幻想郷が地上にあった頃も四季の花が一斉に咲く現象があったって聞いたことがあるんだけど、これが?」
「ああ、そうだ。昔々の大昔、まだ郷が外の世界と繋がっていた頃の自然現象だよ」
「でも今の郷は外と繋がっていない。こんなにも大量の魂が一度に発生するなんてあり得ないことでは?」
 それともわたしの知らないところで大量の人間が死んでしまったのだろうか。もしそうだとしたら間違いなく異変と呼ぶべき出来事があったはずだし、わたしは解決に走らなければならない。
「まあ、そうなんだけどね。ほら、最近になって外の世界とは別の異なる世界に接続するようになったじゃないか。守矢のお偉いさんが言うにはそこから流れ込んできた霊らしい」
 そのことならわたしもよく知っている。西の里近くに存在する湖に現れた、毒混じりの煙を撒き散らす機械。光を吸う空飛ぶ電動汽車。未知の絡繰で宇宙を駆ける船。それらは迷惑な妖怪が何らかの仕組みで異世界から喚び込んだものだ。今回も同じ仕組みが新たな厄介を運び込んできたのかもしれない。一年半ほど前から何も起こらなかったから少しは懲りたかと思っていたのだが、そんなことはなかったようだ。
「事情は察したけどどうして守矢なの? 大量の霊が異世界からやって来たものならば、守矢とは関係ないのに」
 わたしの頭に浮かぶのは、出てくるたびにセクハラを仕掛けてくるスキマ妖怪だ。もっとも彼女が過ちを認めたことなど一度もないのだが。
「それはあたいも分からない。分かっているのは守矢神社におわす三柱が一、八坂神奈子が直々に乗り込んできたこと。四季様が言うには、彼女が大量の魂の受け入れを是非ともお願いしたいと、深く頭を下げたらしい。いつにもなく真面目な顔つきで、額を床にこすりつけることも辞さないといった態度だったようだ」
「頭をこすりつけるって、守矢の神様が? あいつらそういうこと、絶対にやらないような気がするけど」
「でも四季様が嘘を吐くはずもない。だから八坂神奈子が頭を下げに来たというのは本当のことだ」
 そこまで言い切られてもなお、わたしには神奈子が誰かに頭を下げるだなんて想像できなかった。もしそれが本当なら余程の理由があるということになる。
「一度に受け入れられる魂にも限界はあるから、一日にこれだけという量を決め、少しずつ送ってもらっている。ただしいくら守矢の神々と言えど全ての魂を一所に留めておくのは無理がある。その多くは山の草花に憑かせているらしいが、霊というのはふらふらする性質があるし、無念や恨みがましさを秘めた霊も少なからず存在してあちこちに徘徊したりする。あとは草花と間違えて妖精にくっついてしまう霊もあって、そういうのは随分と遠くまで散逸してしまう。管理が大変なんだよ」
 同情を求めるような視線を向けられるが、他人の心を斟酌する余裕などなくなっていた。小町が話してくれたことによりもやもやとしていた線がようやく一本に繋がったからだ。
 妖怪の山で咲いていた花は四季の妖精による変化ではなく大量の霊が取り憑いていたものだったのだ。夏の花が咲いているのにやけに寒かったことで気がつくべきだったのかもしれないが、何も引っかからなかった。事件ではなく自然現象だから巫女の勘が働かなかったのかもしれない。もっとも、気付いたところで何かできたとは思えないけれど。
「ん、どうしたね怖い顔をして。まるで博麗の巫女をやっているようだ」
「怖い顔にだってなるわよ。守矢のやっていることは不信なことだらけじゃない」
「うん、まあそれは否定しない。あたいだって四季様の厳命がなければ疑義の一つでも挟んでいたことだろう。守矢の風祝に少し強く出てみたこともあったが、どうにも曖昧模糊で確たることを口にしてくれない」
「風祝って、佳苗のこと?」
「そうだね。三柱の命令だとは思うが毎日のように、はぐれた霊を回収してうちに連れてきてくれる。酷く憔悴していたみたいだけど、休めと言っても聞きやしない。全く、あんな年若い子をこき使うなんて」
 どんなに働いても酷い目にあっても、小町は一度だってそんなことを言ってくれなかった。いつも災難だねえと流すだけだ。小町に案じて欲しいというわけではないが、博麗の巫女はどんなに若かろうと同情の対象にはなりにくいらしい。
「だから手伝いをしていると思ったんだ。霊夢はなんだかんだいって当代の風祝を放っておけないだろ?」
 思いきり見透かされていて腹立たしかったが、小町の言うことは確かである。もし協力して欲しいと言われたら何らかの名目を付けて手を貸したかもしれない。
「まあ、そんなわけで奇妙とは思うが気にする必要はない。魂もいずれは全て川を渡り、平穏が取り戻される。数が数だから端から端への船旅を感じる暇もない移動になるけどね。後ろにいる子たちもこちらに任せてくれ。事情が事情だし、年端もいかない子供の霊は変わりやすい。優先して向こう側に送り届けると約束しよう」
 小町がそう言ってくれるならば文字通り肩の荷が下りる。あとはメディスンに上手くいったことを報告すれば依頼は完了する。わたしは少しばかりの達成感とともに祭りの喧騒に戻ることができるはずだった。でも目の前に明らかな異常が広がっているのに、むざむざ見過ごして帰るだなんてどうにも落ち着かない。
「腑に落ちないのは分かるけどね、ここは信用して任せてくれないか? 霊を運ぶことに関しては専門家だからね」
 そこまで言われてなお、食い下がることができるほどの確証をわたしは持っていない。だからここは引き下がるしかなかった。
「では任せていくわ。この子たちに良い旅路を」
「ああ、約束する。また落ち着いたら神社までちょっくら休憩に訪れるとしよう」
 いつもは招かれざる客だが、次に小町が神社にやってくるならば、それは全ての霊が向こう側へ渡ったことを示す指針となるだろう。それでもわたしはまたサボりに来るのかと言いたげな視線を向ける。
「ここでもっと油を売っていたいが、遺憾なことにわたしはここ数百年で最大の忙しさに駆られている。そろそろお暇させてもらうが、よろしいかい?」
 小町はわたしの了解を見て取ると、次には豆粒ほどの大きさに見えるほど遠くに移動していた。ぞろぞろと後ろを付いてきた霊もいつの間にかいなくなっており、霊を運ぶのが専門という話に納得せざるを得なかった。
 これで一応役目は果たしたが、ここを離れるつもりはなかった。霊の影響を受けない辺りまで移動したのち、佳苗を待ち伏せるつもりだった。小町は問題ないといったが、やはりある程度の情報を仕入れておきたかったのだ。
 だがわたしの勘や幸運はここでも全く発揮されなかった。日が暮れる少し前まで待ってみたが、佳苗は姿を見せなかったのだ。

 博麗神社に戻ると屋台の火が灯っており、昼とはまた異なる空気が流れていた。普段なら日が暮れてから里の外に出るのは危険なのだが、今は神社までの道のりを里の警察隊や心得のある者が巡回しているから人通りもそれなりに存在し、祭り囃子が響いて行き交う人々の笑顔も絶えない。彼ら/彼女らにとって四季祭りは楽しみに満ち溢れている。その裏で進行していることを何も知らないし、もちろんそれで良い。裏に潜むものを探り当て、必要とあらば打ち倒すのがわたしの仕事だからだ。
 そんなことを考えながら屋台を見回っているうち、ある変化に気付いた。河童の姿がどこにも見当たらないのである。河童の出した屋台はどれも営業していないか、雇われた人間が肩代わりしていた。そして不正投票がないよう見張っているはずの天狗も姿が見当たらない。中を覗くと投票用紙で半分ほど埋まっており、集計のための回収も滞っていることが分かった。
 天狗も河童も姿を消しているなら、警備も巡回もまるで手が足りていないことになる。わたしは慌てて踵を返し、博麗神社と東の里を繋ぐ道を何度も往復する。不埒者が近づいて来ないかどうかをしっかりと見張る必要があった。
 幸いにして荒事に訴えることはなく、夜も十時を回り神社から人の気配がなくなるとようやく一息つくことができた。しかし根本的な問題は解決していない。天狗や河童の協力があったからこそ、祭りの最中でも余裕があったのだ。彼女たちの手がなければわたしは神社の周りで起きることに忙殺されることとなる。守矢が何か企んでいるのかもしれないのに何もできなくなる。かといって第三種の出ていない今では強権発動もできず、祭りの管理を放り出してしまえば責任問題になる可能性は高い。
 博麗の巫女はどんなに特別であっても公務員であり、職務を放棄することはできない。仕方ないことだと割り切ってきたが、今は重苦しい枷にしか感じられなかった。
 誰かに助けて欲しかった。わたしと同じくらい力があって同じことができて、少しだけ労苦を肩代わりして欲しい。
 そんなあてのない願いに応えるよう、風がびゅうんと吹いた。文かと思ったが、この風の唸りは熟練した鴉天狗のそれではない。もっと荒削りで、そして霊夢はこの風をよく知っている。待ち伏せて捕まえられなかった佳苗が何故かここにやってきたのだ。
 運はこっちに向いている……と思ったのは一瞬だった。その顔は涙でぼろぼろになっており、疲労の蓄積と相俟ってなかなかに酷いものだ。暗くてあまり見えないのと元が良いから辛うじて正視していられた。
「ど、どうしたのよ。こんな夜遅くに」
 どのような理由があるにしろ、心身が弱った状態である今なら少し揺さぶればわたしが聞きたかったことを話してくれるだろう。弱みに付け込むなんてあまりやりたくはないけど背に腹はかえられない。
 だがその思いは叶わなかった。佳苗はとんでもない爆弾を投げつけてきたのだ。
「……家出してきた」
「家出か、なるほどそりゃ大変……って、はあ?」
 全く予期しない発言に素っ頓狂な声が漏れる。でもそれは仕方のないことだ。守矢の風祝が家出ということはつまり、神職の役目を放棄することにほかならない。
「ちょっと、何言ってるのよ。そりゃ、少しばかりしんどそうだったけど納得づくでやっていたことでしょう?」
 そちらの事情は全て知っているという振りを装い、言質を引き出そうとしたが、どうやら逆効果だったらしい。佳苗はいよいよ無残に顔を崩し、大声で泣き始めたのだ。どうしたのと聞いても全く要領を得ないし、いくらあやしても泣き止む様子を見せない。
 有用な情報どころか、あの二童子に負けるとも劣らない厄介が舞い込んできたのではないか。広がりゆく不安を押し殺しながら、わたしは佳苗の肩を支え、泣き止むまであやし続けたのだった。
 佳苗は一時間近くも泣き腫らしたのち、何も言わず力つきるように眠ってしまった。崩れ落ちる体を支え、なんとか背負うと神社の中に運び込み、畳の上に転がす。掛け布団と敷布団、枕のセットを用意して佳苗を首尾よく押し込むと部屋の反対側の端に寄り、自分の布団を敷いて横になった。
 郷の端から端までを往復し、来るあてのない人物を待って空振り、帰ってきてからは家出人の世話。もう心も体もくたくたで、夕飯を食べる気力さえなかった。全ては明日はっきりするということだけが唯一の収穫であり、辛うじての安堵とともにわたしは眠りにつくのだった。

 そうしてどのくらい眠っていただろうか。がやがやと騒がしい音が聞こえてきて、わたしはゆっくりと目を開ける。朝早くから元気な鳥の鳴き声でも、屋台の準備の音でもない。もしや二童子が目を覚ましたのだと思ったが、音の源は室内のテレビから発せられていた。
「あーあー、てすてす。うん、マイクの調子は問題なしね。それでは良い子のみんなー、おはようございまーす!」
 どんな低血圧でも目覚めそうな甲高い声が響いてくる。安眠を妨げられた怒りを込めてテレビに目を向けると、実に奇妙な少女がアップで映っていた。赤と白の縞々模様と青地に白い星、二つの服を半分ずつ切り取って無理矢理貼りつけたような怪しい服を着ている。
 わたしはこの奇妙な少女をよく知っていた。妖精にしては知恵の働く輩どもがこの郷にはいくらか存在し、主義思想関係のない悪戯を仕掛けてくるのだが、彼女はその中の一人である。名をクラウンピースといい、数年前に故郷である地獄からやって来たと主張しており、人心を惑乱させる能力を用いて争いを焚きつけるのである。その都度退治し、時々は脅しが通じて退散することもあるが、妖精らしからぬ強さを持つ油断ならない奴だ。
「さて、地獄生まれのポップでキュート、イニシアティブでセンセーショナル、それからえっと……」
 地獄生まれの妖精は掌をちらと見る。どうやら台詞を忘れてカンペを見たようだ。
「エモーショナルでイノベイティブなお知らせだよ。このたび、我ら妖精アイドルグループ、その名もフェアリィ52が電撃的なデビューの運びとなりました!」
 何を言いいたいのかがさっぱり分からなかった。わたしに理解できたのは新鮮な厄介ごとが舞い込んできたということだけだ。
「これから短い間ですが、新たなチャンネルを通してあたいたちの活動を日々、放送していきたいと思います。みんな、応援よろしくね!」
 ぱちんと片目を瞑る仕草は何とも小憎たらしく、しかしアイドルの華があることを認めないわけにはいかなかった。しかし華があるからアイドルをやって良いということにはならないし、放映権を持たないのに勝手にチャンネルを追加することはできない。クラウンピースは並の妖精よりはずっと賢いかもしれないが、テレビの放映権を獲得するため交渉をまとめるような真似まではできないはずだ。テレビ局を乗っ取って不法に放映しているなら今から乗り込んでいって退治するだけだが、画面を埋め尽くすクラウンピースの端々から僅かに覗く背景に狼藉の痕跡は見当たらない。何より先程から酷く嫌な予感がしてたまらなかった。それに五十二という数字には心当たりがあった。
「ちょっと、いつまでカメラの前にいるのよ。わたしたちが映らないじゃない!」
 クラウンピースとは別の声が聞こえてきて唐突にフェードアウトする。どうやら横から引っ張って無理矢理退場させたらしく、続けて別の妖精の姿が映り込んだ。しかも一人ではなく三人。
 この三妖精のこともわたしはよく知っている。それぞれがちょっとした特殊能力を持っており、専ら悪戯のために力を振るう人騒がせな奴らだ。白地の服に赤地の襟巻きとスカート、帯を身につけているのがサニーミルク。白地の服とスカートのところどころに黒いリボンをあしらっているのがルナチャイルド。青地の服に白いエプロンを身につけているのがスターサファイア。三人の服はいつもよりフリルや飾りが多く、まるで二童子の力によって強化されたかのようだ。でもあの三人がいたならばわたしにはすぐに分かったはずだ。それくらいの目立ちたがり屋で悪戯者なのである。
「さあさあ、五月蠅い奴も退場したし、それでは改めてお披露目といきましょうか」
「妖精の、妖精による、妖精のためのユニット」
「フェアリィ52の、これが全貌だよ!」
 サニーが指を鳴らすとこれまで
何もなかった場所に巨大な船が姿を現す。それだけでなく春夏秋冬、四十八人の妖精がみなその船の上に立ち、妖精らしからぬ統率力でずらりと並んでいた。
「本日をもって四季祭りは終わる。今後は妖精が取り仕切る祭りとしてここ、守矢の神湖がその中心地となるだろう」
「架空索道は本日より冬季休業を解除、運転を開始するよ」
「みんな、わたしたちのライブを見に来てね!」
 与り知らないところで次々と進んでいく展開に慌てて待ったをかけようとしたが、テレビは点いた時と同じ唐突さで消えてしまった。

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