東方二次小説

2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52   チャイルド52 第8話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52

公開日:2018年05月24日 / 最終更新日:2018年05月24日

チャイルド52 第8話
 あれだけ意気込み、守矢の柱に背くほどのやる気を見せていたというのに、佳苗は今や戸惑いの渦中にいた。わたしもまあ、似たようなものだ。そして後ろを付いてくる二童子はいつでも踊れるように構えたまま空を飛んでいる。怪しいことこの上なかった。
「そういやあんたら、ダンスとか色々できるんでしょ? だったら頭数に入れて良い気がするのだけど」
「僕らはバックダンサーズだもの。スポットライトを浴びる役目じゃない」
「そのお零れで一瞬だけ輝くことができればそれで良いの」
 立派な心がけだがつまり頭数には入らないということだ。隠岐奈があと七人と言っていたのも舞と里乃が決して承諾しないことを確信していたからだろう。
「あと七人かあ、アイドルを見つけるのってどこを探せば良いんだか」
「俳優やアイドルの事務所とか? だったら西の里かな?」
 佳苗の提案を聞いてもあまりピンと来なかったし、発言した本人もあまり乗り気ではなかった。普段テレビを賑やかす芸能人に心を動かされることはあるけれど、今回は場違いのような気がしてならない。
「お、そうだ一つ言い忘れてた」
 背中から隠岐奈の声が唐突に聞こえてくる。神社の中で一人楽々しているのかと思うと無性に腹が立ってきた。
「アイドルには個性とバランスの両方が必要だ。様々な属性をそつなく集めること。あと一年生キャラ、二年生キャラ、三年生キャラを三人ずつ、これは非常に大事なことだぞ」
「何なのよそれ。そもそも属性なんてどうやって調べれば良いわけ? わたしにはさっぱり分からないわ」
「それに関しては舞と里乃に判定機能を付けてある。十分に役立てて欲しい」
「あんた、自分の部下をなんだと……まあ良いわ、アイドルに関しては門外漢なんだもの。餅は餅屋に任せるとする」
「殊勝な心掛けだね。あともう一つ、アイドル対決といっても異変である以上は荒事も含まれる。鉄砲玉の一つや二つ、飛んできても涼しい顔のできる面子を選んだほうが良いね」
「それはアイドルに求める条件として厳し過ぎるのでは?」
「世の中にはロボットに乗って隕石を撃ち落とすアイドルもいるし、異星人との戦争の前線に立つアイドルもいる。鉄砲玉の一つや二つを覚悟するアイドルがいても良いのさ」
 何を言ってるか分からないが、説得不可ということだけははっきりと伝わってくる。佳苗なら何か理解できたのだろうかと顔色を覗けば渋い顔をしており、わたし以上に困惑していることが見て取れる。そういえば先の事件でも不慮の事態には弱かったし、あまりアドリブの効かない性格なのかもしれない。
 隠岐奈からこれ以上の話もなく、わたしは背後にぴたりとついてくる二人に声をかける。
「あんたら、アイドルの属性とやらが分かるんでしょ? わたしと佳苗の属性ってどんな感じなの?」
「博麗霊夢、二年生キャラ、主人公属性、能天気」
「東風谷佳苗、二年生キャラ、主人公属性、熱血漢」
 舞と里乃がそれぞれわたしと佳苗を指差し、最後以外は全く同じことを口にする。
「まさかあんたら、適当なことを言ってない?」
「お師匠様の与えてくれた能力は正しいよ」
 舞は胸を張ってそう答えるが、こいつらの自信ほどあてにならないものはない。
「来るべきステージでは二人がセンターを担当することになるわ。二人でも主人公なのだから」
 里乃にはっきりと宣言され、わたしと佳苗は思わず目を合わせる。わたしはともかく佳苗はいかにも主人公といった感じの性格であり、舞台の真ん中に立つだけの華もある。
「霊夢は確かにセンターって感じよね」そして佳苗も何かを勝手に納得した様子だった。「正直言ってわたし、さっきまでアイドルのことなんてさっぱり分からなかったけど、今は何をやるかはっきりしてる。わたしたちみたいに空を飛べて弾幕も撃てる綺麗どころ、可愛いどころに片っ端から声をかければ良いのよ」
 わたしも全く異存はなかった。というより同じ結論に辿り着いていた。空を飛べるくらいの力の持ち主なら個性に関しては申し分ない。あとは得体の知れない属性とやらに注意しながらメンバーを探すだけだ。
「ちなみに集めるとしたらどんな属性がいると良い感じ?」
 この童子たちに質問して期待する答えが返って来るとは思えなかったが、舞は予想に反してぺらぺらと喋り始めた。
「二年生キャラは残りの一枠を考えるとサポート型のおっとり屋かな。一年生キャラは元気っ子、生真面目、つっけんどんなクールキャラ……いわゆるツンデレね。三年生キャラは委員長、巨乳、天然美人で決まりでしょう!」
「まあ程々にバランスが良ければ何とかなるんじゃない?」
 舞と里乃からそれぞれ熱い意見と冷たい意見が飛んでくる。ツンデレというものだけはよく分からないが、他はどういうものか辛うじて理解できた。そして探すべき場所がようやく一つだけ思い当たった。
「わたし、心当たりがあるんだけど」
 佳苗がそろりと手を挙げ、北の方角にちらと目を向ける。どうやら目指す所は違うらしい。
「属性を見抜く能力って二人とも持ってるわけ?」
「基本的にスペックは同等だね。僕にできることは里乃にもできるし、逆に僕のできないことは里乃でもできない」
 舞の説明に里乃は一瞬だけ不服そうな顔をしたが、ここは見なかったことにしておいた。
「わたしと佳苗にはお互いに探す場所があるみたい。二手に分かれるって可能かしら? 舞はわたし、里乃は佳苗とペアを組むってことで」
「ふむ、それなら二倍の速さで作業が進む。僕は賛成だね」
「わたしも文句なし。それでは佳苗さん、一緒に行きましょうか。舞よりも早くスカウトを済ませないと」
「競争だね。だったら負けないぞう」
 舞はそう言ってわたしの手を気安く掴んでくる。里乃は露骨に不満そうな表情を浮かべたのち、佳苗の腕をがっしりとつかみ、ぴたりと寄り添う。
 本当に面倒臭い奴らだなと思った。


 わたしが向かったのは俗に紅魔館と呼ばれる屋敷である。館の住人は単に屋敷、館と呼ぶのでそれが正式名称かどうかは分からないが、否定されないからその名前で呼んでいる。この郷に屋敷、館と呼ばれる建物は数多く存在し、他と区別をつけなければならないからだ。
 ここに立ち寄ったのは屋敷付きのメイドとして働いている十六夜咲夜をスカウトするためだ。彼女なら天然、美人の両方を充たしている。それに屋敷の主人であるレミリアは楽しいことが大好きだから、きっと協力してくれるに違いないと思った。
「おや、今日はお連れの方がいるんですね?」
 正門で番をしている美鈴に声をかけられる。初めて訪ねた時は別の妖怪が番をしていたが、最近ではずっと美鈴が番をしている。メイド業務から解放されたからというのが、その理由だった。
「この屋敷のメイドをアイドルにスカウトしに来たの」
「あらまあ、それではわたしがまたメイドをやらないといけませんねえ。これは大変ですよ」
 美鈴はにこにこしており、まるで困った様子はない。もしかすると冗談のように捉えているのかもしれない。
「もしかして今朝、テレビに映ったアレと関係しているのですかね?」
「そうそう、それよ。あいつら、本来の役目を忘れて奇妙なアイドル活動を始めてしまったの。だからこちらもアイドルを作って対抗しようとしているの」
「ははあ、なるほど。でも博麗の巫女って昔から厄介には実力行使なのに、相手に合わせてやるなんて」
「わたしは実力行使したいのよ。でも、力づくでアイドルを解散させたら顰蹙を買うって言われてさ。巫女も一応、人気商売じゃない? それはちょっと怖いかなって」
「その忠告をした人は賢い方ですね。偶像を無理矢理に打破し、信じるもの崇拝するものを捨てさせれば歪みは必ず生まれますから。宗教だって東西を問わず、既存の教えをうまく飲み込み、吸収して改良を続けてきたものが大きくなっていますしね」
「その言い方じゃまるで、宗教とアイドルがまるで同じみたいじゃない」
「本質は近いと思いますよ。それにずっと昔ですが、信仰を獲得するために各宗派で人気取りのための弾幕決闘とかやってた時期があったと記憶しています」
 そんなことを言われたら一応、宗教家のわたしには返す言葉もない。冗談を口にした可能性もあるが、郷の生き字引きに真偽を訊ねてその通りと言われるのが怖かったので、この件はあまり深掘りしないでおいた。
「つまりアイドルにアイドルをぶつけるのは郷の流儀に叶っているということです。もっと自信を持って良いですよ」
 どうやらわたしは不安げな表情を浮かべていたらしい。今回の異変は胡乱なことにかけては他の追随を許さないのだから、せめて渦中にあるわたしはその胡乱さが当然のものであるとして行動しなければならない。躊躇いを見せれば容赦なく突っ込まれ、説得も無に帰する可能性が高いのだから。
 心持ち背筋を張ると美鈴は拳を握り、力付けるよう微笑みかけてくれた。
「そうそう、その意気です。脈はあるはずですし、あとは霊夢さんの交渉次第でしょう」
「脈ありって、向こうはまだ何も知らないはずだけど?」
「今朝、妖精たちの映像がテレビに流れて来たでしょう? お嬢様はあれを観てずるい、ずるい、わたしたちも派手にやりたいと騒いでましたから」
 思わずぱちんと指を鳴らす。それならば話はトントン拍子に進みそうだ。自分が主導権を取りたいと駄々をこねるかもしれないから、そこだけ気をつければ良い。
「良い情報をありがとう。さっ、首尾は整っているようだからさっさと話を済ませ……」
 舞に声をかけるもまるで反応がない。その目はじっと美鈴に注がれており、いつものふにゃっとした態度からは想像できないほど真面目な顔をしている。
「ん、彼女がどうかしたの?」
「彼女は逸材なんだよ。しかし、ううむ……」
「逸材って、つまりアイドルになれるってこと?」
 確かに美鈴は美人であり、よく見れば全身もすらりとして引き締まっている。かつて拳法の演舞を見せてもらった時はその流れるような無駄のない動きから目を離せなかった。吸血鬼姉妹の奔放な愛らしさに霞みがちだが、彼女には十分過ぎるほどの華がある。つい今さっきまで全く注目しなかったのが不思議なくらいだった。
「三年生キャラ、貴重な巨乳枠、それでいて品がある。でも今回は駄目だろうね」
「どうしてよ。彼女は一挙手一投足が洗練されてるし、舞踊の嗜みもあると見たわ」
「彼女は完璧過ぎるんだ。おそらくは芸能を売り物にしていた時期があるに違いない。素人に毛が生えたような集団の中に彼女を放り込めば、その強すぎる光は他のあらゆるものを影にしてしまうよ」
 舞の美鈴を讃える雄弁さは隠岐奈そっくりだ。もしや本人が舞の中にいて代弁しているのではないかと疑ってしまうほどだった。
「彼女を置いてここを去るのはあまりにも惜しいけど、仕方ない」
 美鈴はわたしと舞のひそひそ話と言い難い会話にも口を挟んでこようとしない。そして話が終わると何も言わず門を開けてくれた。
「さあ、気持ちを切り替えましょう。本命のメイドにアタックをかけるのよ」
 少し進んだところで声をかけると、舞はいつも通りのだらしない笑みを浮かべながら元気よく腕を伸ばす。
「そうだね、無い物ねだりをしてもしょうがないし、二兎を追うものは一兎を得ずとも言うよね?」
 妙にはっきりして知性を感じさせる言い回しだった。美鈴と話していた時もきびきびとしていたし、いつもこうなら苦労はしなかったのにと思うくらいにしっかりしている。
 もしかすると里乃がいないからかもしれない。だとすれば里乃も舞がいない所で一人になれば意外としっかりしているのだろうか。あとで合流した際、佳苗に聞いてみようかなと思った。


「気に入らない」事情を全て説明してからのレミリアの第一声がそれだった。「わたしがやりたいのはプロデュースであって人材の貸し付けではない。得体の知れない秘神とやらのプロデュースに手を貸すなんて真っ平御免だね」
「いやー、そこをなんとか。歌って踊れて弾幕を撃てる人材が必要なのよ。そんなの普通の芸能事務所を探したって見つかるものじゃないんだから」
「鶏口となるも牛後となるなかれ。紅魔館は常に独立不覊(ふき)の精神をもってことに当たっている」
 少しは難航するかと思ったが、ここまで頑なに拒否されるとは思わなかった。
「そもそもここを訪ねたのは少しばかり交流がある相手なら絆されるのではないかとたかを括ったからではないか?」
「いくらなんでもそこまで勘違いしてないわよ。でも説得しやすいとは考えたかもしれない」
 ピンポイントでスカウトしたい人材がいたことは確かだが、他より御し易いと考えなかったわけではない。その甘えが気に入らないというなら譲歩することも考えなければならない。弾幕決闘は二人いればできるが、アイドルをやるには人を集めなければならないのだから。
 そう考えての発言だったが、レミリアは小さく息をつく。どうやら呆れられてしまったらしい。
「腹芸はてんで苦手なんだな。霊夢と名乗っていたもう一人の人間も嘘は下手だったが……前々からそうじゃないかと思っていたけど、お前は育ちが良いんだな」
 妖怪というものは人間を下に見る傾向があるし、馬鹿にされていちいち怒っていては巫女なんて勤まらない。でも今の言い方には我慢ならなかった。
「そんなにかっかしなくても良いじゃないか。掛け値無しに褒めてやったのに」
 そうじゃないことは口元がにやりとつり上がっているのを見るまでもなく明らかだし、わたしを挑発して楽しんでいることも見え見えなのに気持ちが抑えられない。
「お嬢様、人間をからかうのは結構ですが」
 ぴりぴりとした場を収める、冷静で澄んだ声が響く。全員の目の前に淹れたての紅茶がセットされており、レミリアの背後にはお盆を手にした咲夜が立っていた。
「こら咲夜、家事にその力を使うなと言ってるだろ」
「生まれや育ちといった、本人ではどうしようもないことを論うのは、品性を欠くと言わざるを得ません」
 咲夜の物言いはメイドとしての立場から逸脱した、棘のあるものだった。少なくとも主人として仕える相手にかけるような言葉ではない。だがレミリアは部下の失礼を咎めることなく、供された紅茶を口に含むだけだった。
「いつものように申し分ない」
 レミリアが褒めたのは紅茶の味だけではないのだろう。咲夜はその言葉を聞き、小さく息を漏らす。然るにかなりの決意をもって発せられた言葉らしい。
「褒めたのは本心からだ。それなのに怒り出すから、こちらだってからかうしかないだろうに」
 レミリアはわたしに目を合わせず弁解し、それから咲夜の顔色をちらとうかがう。素知らぬ顔をして立っているだけなのが微妙に意地悪だった。
「そうそう、どう生まれたか、どう育てられたかなんてね、些細なことだよ」
 舞が童子らしい笑みを浮かべながらそう口にする。この場を察し、宥めるための物言いであり、いよいよ里乃と一緒に行動していた時のぽんこつな振る舞いは鳴りを潜めている。
「僕はいま、お師匠様の下で働いている。たまに面倒臭いこともあるけど、楽しくておかしい暮らしができる。どんな過去があったって構やしないんだよ」
 レミリアはふんと鼻を鳴らす。でも反論はしなかった。どちらかというと賛同している節が見受けられる。
「ご高説痛み入るが、それとこれとは話が別だ。わたしはわたしの好きなようにやる。お前のお師匠様とやらに従うなんて真っ平ごめんだね」
「従う必要なんてないよ。あなたが好きなようにプロデュースしてくれて構わない」
 舞の話にレミリアはぱちぱちと目を瞬かせる。思考が表情に追いついていないのが見え見えだ。わたしもきっと同じような反応をしたと思うけど。
「そんなこと、勝手に決めて良いの?」
「僕はお師匠様に、なんとしても九人集めて来いと命令されている。そのためには何をしても良い、博麗の巫女のやることは異変となったら全てに優先するから責任を全部取ってもらえば良いと言われているよ」
「ちょっと、勝手に何を決めてるのよ!」
「その代わり、あなたとメイドの二人にはアイドルに参加してもらうよ。プロデューサー兼アイドルっていないわけじゃないでしょう?」
 慌てて抗議するも、舞は話を止めようとしない。そしてレミリアも今や完璧に乗り気となっていた。
「後になって駄目と言っても撤回しないからね」
 わたしの与り知らないところで話が勝手に進んでいく。そしてわたしには流れを止めることができそうになかった。
「よし、それでは乗ってやろう。咲夜、わたしたちはしばらく紅魔館の主とメイドを休んでアイドルをやる。そしてこの郷に新たな紅い伝説を築いてやろうではないか!」
 最後の砦は咲夜だったが、彼女は迷うことなく「仰せのままに」と承諾してしまった。かつての咲夜なら少しは戸惑ったかもしれないが、もはや完全に紅魔館の流儀に染まり、レミリアのメイドとなってしまったらしい。
 舞は二人の姿を見てにやにやしている。まるで隠岐奈が乗り移っているかのようだ。そしてわたしが見ていることに気づくといつものへらっとした顔に戻った。


 妹に恙なく業務を引き継ぐと、レミリアは咲夜の差した日傘に守られて白昼に堂々と身を晒す。吸血鬼のくせに太陽を怖がっているように見えなかった。かつてフランがレディ・スカーレットの名前で外を出歩いていた時もそうだったが、今は吸血鬼が太陽を怖がる時代ではないらしい。
「そういや踊りの時はどうするのよ。咲夜に傘を差してもらうわけにはいかないでしょう?」
「頭上に霧を出して防いでいるように見せかける。本物ではない太陽の光なんて我慢すれば耐えられるんだが日の下でも平気な吸血鬼というのは受けが悪いだろう?」
 確かに吸血鬼は夜に血を吸いにやって来る……つまり昼は安全だと思われているからこそ、人間も割と無邪気に愛するのだ。日中歩き(デイウォーカー)だと知られたら恐れられる可能性は高い。
「アイドルにスモークの演出は付き物だから、誰もさして気にはしないだろう。それより、あそこで二人羽織の練習をしてるのは霊夢の知り合いか?」
 レミリアが指差したのは待ち合わせ場所だが、そこでは佳苗がよく見知った人物を羽交い締めにしていた。
「やっぱり無理ですよ、アイドルなんて。佳苗と違って華がないんだから!」
「そんなこと言わないでよ、頼れる人が他にいなかったんだから」
「やだ、家に帰るったら!」
 霧雨美真は佳苗の羽交い締めを振りほどき、ここから逃れようとしている。どうやら佳苗はかなり強引に彼女をここまで連れて来たらしい。そして二童子の片割れはと言うと、その様子をおろおろしながら見ているだけだった。
「ちょっと、何やってるのよ」
「ああうん、土壇場で臆病風に吹かれたみたいでさ」
「あっ、霊夢さんじゃないですか。もしかして佳苗とグルなんですか? わたし、アイドルなんてやりませんから!」
 佳苗と美真の話があまりに噛み合っていない。だがどういう状況かは何となく想像がついた。
「佳苗、もしかしてろくに事情も説明せず連れ出したんじゃないの?」
「そうです! 困ってることがあるから協力して欲しいと言われて、どうしてもって頼み込むからここまで来たんです。そうしたらアイドルをやってくれないかって、藪から棒に! 冗談を言うのは魔理沙さんだけにしてください!」
 美真は目頭に涙を浮かべ、必死で訴えている。普段の彼女は温厚で声を荒げたりはしないのだが、今はひたすら取り乱すばかりだ。佳苗の説明がよほど下手だったに違いない。
 わたしはちらと舞の方を見る。紅魔館でやったように取りなしの言葉をかけてくれると思ったのだが、里乃との再会を喜んでいるばかりだ。
「この子ったら事情も説明しないでさ、それじゃうまくいきっこないわよねえ」
 里乃は舞の額をぺちんと叩いてからしれっとそんなことを口にする。分かっていたなら美真が取り乱さないようきちんと事情を説明して欲しかったのだが。
「友達の一生に一度の頼みだと思って!」
「友達でも聞けない頼みはあります!」
 弱り顔の佳苗を美真がぎろりと睨みつける。佳苗は助けを求めるため、美真はお前も加担しているのかと言いたげに、それぞれわたしに視線を向けてくる。レミリアはそのうるさいのを黙らせろと言いたげだし、咲夜はしれっとした顔で日傘を差し続けている。
 わたしはレミリアや咲夜に説明したのと同じことを美真に語って聞かせた。四季祭り、妖精たちの変わった行動、そしてフェアリィ52の電撃的な結成と、それに対抗するためにいまやっていることについて。
 美真は話を聞くうちに少しずつ頬の紅潮を収め、落ち着きを取り戻してくれた。警戒は解かなかったが、事情は察してくれたらしい。
「滅茶苦茶な話ですけどこの郷はどこもかしこも常識が通用しませんし、霊夢さんが与太話を口にする人でないことも知っています。アイドルにアイドルをぶつけて対決するというのも弾幕決闘なんて決まりがある世界らしいやり方です。そこまでは分かりましたが、どうしてわたしなんですか?」
「だって他に相談できる人がいなかったし……その、美真は歌が上手いじゃない」
 佳苗の言葉に美真は再び頬を紅くし、次いで僅かに頬を膨らませる。怒っているというよりは拗ねている感じだった。
「いや、あんなの趣味みたいなものだし。練習はしてるけどそれはあの子に聞かせるためで、大勢に向かって歌うためのものじゃないのよ」
 いつものですますではなくどこか砕けた調子で不満を口にする姿は、有事でなければ良い傾向だと歓迎できたかもしれない。でも今は黙って見ているわけにはいかない。何とか説得してこちらに引き込まなければならない。
「それを決めるのはわたしたちじゃなく、この二人よ。郷を脅かしかねない新たな異変を解決するアイドル……」
 あまりの胡乱さに思考が止まりかけ、咳払いをして誤魔化す。弾幕ではなくアイドルが郷を救うだなんてどれだけ口にしても慣れないし白々しいが、耐えるしかない。
「そのアイドルというものに適正があるかどうか、判定してくれるの。もし適正がないなら仕方がないけど、あるようなら協力してもらうわ」
 かつて異変を起こした側であり、解決の経験もあって、宇宙船であの話を聞いた一人でもある。異変と言われたら拒むことはできないはずだし、実際に態度は軟化しているように見える。もう一押しすればこちらの陣営に引きずり込めそうだった。
「おい、全ての決定権はわたしにあるはずだ。そしてやる気のない奴をメンバーに入れるつもりはないからな」
 だというのにレミリアが一押しを思い切り放り投げる。
「でも素材は良いと思います。もちろんお嬢様ほどではないですが」
 と思いきや咲夜がナイスなフォローを入れてくれる。レミリアはその意見にあまり賛同できない様子だった。
「そうか? あの小娘はなーんか芋っぽいんだよな」
「芋も調理の仕様で華やかな料理に仕立てられます」
 割と散々な言われようだが、美真はこの場を逃れられるのかどうかだけを気にしているようで、レミリアと咲夜の会話はまるで気にしていない。
「咲夜がそこまで言うのなら判断を仰ごうじゃないか。そこの二人、あのちんちくりんな魔法使いにアイドルの適正はあるのか?」
 レミリアの問いに舞と里乃は同時に頷くのだった。
「二年生キャラ、サポートタイプ、インテリ系かな。自ら盛り上げるのではなく、他人の盛り上げを補助するのが上手いみたいだね」
 サポートタイプなるものは足りないと言われていた属性の一つである。それならばここでなんとしてもスカウトしておきたいところだ。
「これで二年生キャラは揃ったからあとは三年生キャラが二人、一年生キャラが二人。案外早く集まりそうじゃない?」
「そうだね。あと数日の探索で九人が恙なく揃いそうだ。僕たちの仕事としては最高に手早いと思うよ」
「お師匠様にも褒めてもらえるかな?」
「少なくとも叱られることはないだろうね」
 二童子は美真が承諾したものと決めつけて話を進めようとしている。
「わたし、まだやるとは言ってないんですが!」
 美真は精一杯声を張り上げるが、きゃいきゃいとはしゃいでいる二童子の耳には入っていなかった。聞こえない振りをしているのか、もしかすると都合の悪いことは聞こえない耳なのかもしれない。
 美真は盛大な溜息を吐くと目頭を拭い、佳苗を恨みがましい顔で睨むのだった。
「分かりました。でもわたし、舞台とかダンスとかそういうのはやったことないですけど大丈夫なんですか? アイドルって歌だけじゃ駄目だと思うんですが」
「そこはまあ、何とかなるんじゃないかな。大事なのはやる気、根気、元気ってね」
 舞は美真の質問に空っぽの答えを返す。単独行動の時は割としっかりしていたのに、里乃と合流してからすっかりぽんこつに戻ったらしい。本当に大丈夫なんですかと美真に目で訴えかけられたが、わたしは曖昧な顔をすることしかできなかった。


 神社に戻ると隠岐奈がこれまた見覚えのある奴と並んで縁側に腰掛け、和気藹々と雑談に興じていた。
「おや、霊夢じゃないか。それに守矢の風祝、新参の魔法使い、紅魔館の吸血鬼とその従者か。それが新アイドルグループのメンバーってわけだ」
「あんた、幽霊を向こう側に渡すので忙しいんじゃなかったの?」
 隠岐奈と話し込んでいたのは小野塚小町だった。いつもなら休憩と言う名のさぼりかと受け流すのだが、少し前に無縁塚で会った時は忙しそうにしており、ここまでさぼりに来ることなどできそうになかったはずだ。
「それが不思議なことに、山からぴたりと魂が流れてこなくなったんだ。既に来ていた魂は渡してしまったから一転して暇になってしまった。そういや郷では祭りの真っ最中なのに何も楽しまないというのは勿体ないと思ってね。ふらりとやって来たのさ」
 山から魂が流れてこなくなったというのは初耳である。佳苗なら事情を知っているかもしれないと思い、視線を向けたが力なく首を横に振るだけだった。
「そうしたらこの摩多羅氏に呼び止められてね。我々が求めていた属性をいくつも満たしているからアイドルをやらないかいと持ちかけられたわけさ」
「小野塚嬢には快く承諾してもらったよ」
 隠岐奈はそう言ってしれっと六人目のメンバーを紹介してきた。
「わたしとて何もしなかったわけではない。こちらから訪ねる必要のある相手もいれば向こうからやってくる相手もいる。わたしは後者を受け持ったというわけさ」
 そして探索に参加しなかった理由をいかにもそれっぽく後付けしてくる。
「彼女は三年生の姉御肌、同じ女性として見ても迫力のある体型と得難い属性を複数持っている。低めのよく通る声、芸能への洗練はあまりなく、道理も弁えている」
「あの世の裁きを司るお方の部下ですから、道理は大事だと心得てますよ」
 仕事をさぼってここへ来ているのに道理と言われても全く説得力はないが、人間と妖怪の道理には天と地ほどの差がある。一つだけ分かるとしたら小町と隠岐奈は性格的にうまが合い、すっかり意気投合したのだなということだった。
「いや、まあ小町が良いなら何も言わないけどさあ。あんた本業の渡し守はどうするつもりなの?」
「四季様……あたいの上司には休暇届を出しておくよ。山から魂が流れてこなければ、あたい一人くらいいなくても業務は回るからね。それに今回の件は不審なことが多いから時間があれば調査をするよう、その上司に命じられている。ここに来たのだって祭りを楽しむだけが目的じゃない。
 守矢が何か企んでいるのは確かだ。でも、実力行使に出られない。あの妖精たちは郷に住む人たちの人気を得ているから、力ずくで排除したら反感を買いかねない。閻魔は善行と悪行を計り、その生を等しく裁くというのが前提にある。それが崩れるというのは生と死のバランスが崩れるということでもある。あたいたちはそうした出来事を慎重に避け、可能性があれば前もって潰さなければならない」
 実にもっともらしい言い分だった。わたしだって小町のさぼり癖を知らなければ十割信じたに違いない。実際には実務七割、祭りを回りたいが三割くらいだとわたしは見ている。業務はそれなりにこなすが、それでもきちんとさぼるのが小野塚小町という死神なのだ。
「というわけであたいも慣れないなりにアイドルというものをやることに決めた。異存があるというなら話は別だけど」
 小町はそう言ってここにいる全員をぐるりと見回す。
「わたしのプロデュースに従うならメンバーとして数えるのも吝かではないね」
 レミリアは小町に対しても上から目線を貫き、隠岐奈に牽制の視線を送る。そんなことを許可した覚えはないと言われたらこれまでの努力や懐柔が水の泡になるところだったが、隠岐奈は特に異を唱えなかった。
「さあ、これで六人揃ったわけだ。あとは三年生が一人、一年生が二人か」
「その一年生、二年生、三年生って何よ。わたしには未だによく分からないんだけど」
 この機にわたしは前々からの疑問を隠岐奈にぶつける。知れば新たに探すべき場所も見えてくるかもしれないからだ。
「アイドルの黄金律を導く属性の一つとでも考えてくれたら良い。弾幕を配置するとき一つ一つの弾をどこに配置するかなんていちいち考えないのと一緒だよ。アイドルには誰にも知られていない暗黙の法則がいくつも存在する。わたしは芸能の神でもあるからその辺りのツボを心得ている」
 隠岐奈の話はわたしの疑問に答えているようには思えなかった。レミリアはなるほどなるほどとしきりに頷いていたが分かっているようには見えないし、咲夜は端から何も考えていないように見える。佳苗は何のことかと首を傾げるだけだった。美真は宇宙に浮かぶ猫のような表情をしていたが、やがて何かに思い当たったらしく、おずおずと手をあげるのだった。
「男性向けゲームはあまり詳しくないんですが、そういう感じの属性ですかね?」
「イエス。わたしは芸能の神だからサブカルチャーにも造詣が深いんだよ」
「それならばはい、分かった気がします。他の皆には理解できないのも」
 佳苗が「ちょっと、どういうことよ」と美真の耳元で囁く。だが美真は曖昧に微笑むだけだった。どうやら容易に言語化できるものではないらしい。
「まだ三人足らないが、このペースなら九人揃うのもすぐだろう。基礎体力や体の柔らかさ、しなやかさに関しては常日頃から弾幕決闘をやっている皆なら全く問題ないと信じることにして、皆には超特急で歌と踊りを覚えてもらう」
「歌と踊りって簡単に言うけど、何か用意しているの?」
「それに関してはまあ、いかにもアイドルという曲を用意する。演奏者だが、これについては人気アーティストをインターネットでばっちりチェック済みだ」
 妖怪はパソコンを不得手とするものも多いのだが、隠岐奈は問題なく扱えるらしい。紫もそうだが、そこは流石賢者と言うべきなのだろうか。
「それによればプリズムリバー三姉妹という幽霊三人のユニットがいま、幻想郷で十三度目のブームを迎えているらしい。電撃的なデビュー、音楽を奏でるのはかの有名な三姉妹とくれば出だしのインパクトはフェアリィ52に引けを取らない……」
 隠岐奈が自信満々に語っていると、居間のテレビが何もしていないのに点灯し、クラウンピースのけたたましい声が聞こえてくる。
「こんにちはー。みんなのアイドル、フェアリィ52から最新のお知らせだよ!」
 それだけならば特に問題はない。問題はクラウンピースの声の隙間から聞こえてくる音楽のほうだった。ヴァイオリン、トランペット、キーボードがおりなす三重奏にわたしは聞き覚えがあった。
「なんと、あの有名なプリズムリバーの三姉妹がフェアリィ52の専属ミュージシャンとして参加してくれることに決まりました!」
 皆の視線が一斉に、隠岐奈へと集中する。今朝の電撃的な放送から半日、守矢の三柱はまだ立ち上がってすらいないアイドルグループを余所に、妖精たちのアイドルグループを誰の手も届かないスターダムへ押し上げようとしていた。

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