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2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52   チャイルド52 第4話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52

公開日:2018年04月26日 / 最終更新日:2018年04月26日

チャイルド52 第4話
 東の里にやってくると、四季祭りのためかいつもより浮ついている様子だった。といっても慌てているわけではなく、代わる代わるの四季をもたらす異常現象にも特に動じた様子はなく、むしろ無邪気に楽しんでいる節すら見受けられた。
 その理由は往来をうろついているうち、徐々に明らかになってきた。還暦などとうの昔に過ぎたであろう老年の男女が前回の四季祭りの話に華を咲かせていたのである。彼ら/彼女らの祭りを語るその口調は闊達で感慨に満ちており、聞いているだけで祭りの楽しさが伝わってきた。
「そうそう、冬から春になるはずなのに、四季が一緒くたになってやってきてな。唐突だったから最初はびっくりしたけど、慣れれば案外楽しいものさ。妖精にしても確かにいつもよりおっかなかったけど、可愛いべべを着て愛くるしくて。実を言うと祭りの最中に出会った妖精に一目惚れして、無謀にもあちこち追いかけてのう。でも返って来たのは大量の春のつぶてだけだったな」
 などなどとオチがつくたび、あちらこちらでどっと笑いが起きるのだった。
 こうした情報はネットを巡ってもなかなか出てこないものである。年輩者は妖怪と同じくらいネットに疎く、自らの体験や日々の出来事をブログなどで公開するという考えをあまり持っていないからだ。いざとなれば不安を解きほぐす説教の一つでも打つ必要があるかなと思っていたのだが、それは全くの不要らしかった。
 殊勝な心掛けは道の端に放り投げ、祭りの準備で底が尽きかけていた食料や調味料の買い出しに向かったのだが、道すがら顔馴染みに何度か『もうすぐ祭りだけど、屋台を開く予定はないのかい』と訊かれてしまった。新年ともなれば参拝客を見込んでそうした手配もするのだが、降って湧いたような祭りなので考える余裕がなかったのだ。
 上と相談してできるだけ早めに募集をかけると無難な返事をし、買い出しを終えて帰ると居間をそっと覗き込む。舞と里乃の二人は昼過ぎだというのに布団の中でぐっすり眠っており、起きる兆しを見せない。底なしの元気を秘めているように見えたが、祭りの準備で半月近くも郷中を飛び回れば電池も切れてしまうらしい。起きていても騒がしいだけなので寝ている方が助かるのだけど、一日近くも眠りっ放しというのは少しだけ心配になってしまう。人間でないことは確かなようだがどうにも危なっかしいというか、元気と疲労困憊の中間状態がないように思えるのだ。子供っぽいと片づければそれまでだが、それだけでは説明できないものがあるような気がする。
「夕食も無駄にならなければ良いけど」
 朝食は三人分用意したけど結局無駄になってしまい、二人が好んで食べていた砂糖多めの卵焼きも冷蔵庫の中に眠ったままである。味噌汁は日持ちしないから今日中に何とか食べきってしまわなければならない。神職にあるからできるだけ食べ物は無駄にしたくないのだが、こんな些細な願いをうちのいるかどうかさえ分からない神は聞き入れてくれるのだろうか。
 とはいえ外で突っ立っていても寒いだけである。ここには春夏秋冬どの妖精もやってこないようで、まだ芯から痺れるような寒さは抜けきっていないのだから。

 夕飯時になっても二人は目覚めなかったが、代わりに別の救いがやってきた。顔馴染みにしている河童の河城にとりが姿を現したのだ。
「やあやあ、今日も元気にやっているかい?」
 露骨に調子の良い態度であり、交渉ごとを持ちかけようとしているのは明白である。そして人里での出来事から彼女が何を求めているかはすぐに察しがついた。
「こっちはようやく一段落ついたところよ。そっちはこれから忙しいようだけど。例えば屋台の出店準備とか」
「ふむ、その辺は察してるわけか。なら話は早い。わたしたち河童にもいつものように一画を用意してもらえるとありがたいのだけど」
「今回は一つ仕事の依頼を良いかしら。出店料はその分、勉強するから」
「機材の手配なら任してくれて良いよ。急場の祭りは今回が初めてというわけではないし、ノウハウもそれなりに持っている。貸出先からは別途レンタル料はいただくけど」
 親指と人差し指で丸を描きながら片目を瞑る仕草に、このまま任せて良いのか不安になってくる。
「あんまりがめつくやらないでよね」
「ふっかけ過ぎると逆効果だってのは理解してる。巫女の機嫌を損なうことはないと約束するよ」
「そんなこと言って、生き馬の目を抜くようなことしないでしょうね?」
「大丈夫だって。口にはしないけどさ、霊夢には感謝してるんだよ。祭りの手配とかきっちりやってくれるし。公務員になってからの博麗は儲け話が全く通じなくてね、神事はしっかりやるくせに屋台の手配やら土地の割り振り云々はおざなりなので色々とやりにくいったらありゃしない。そりゃあ、いくら儲けても懐に入らないのは虚しいかもしれないけど」
 博麗神社は公共施設であり、博麗の巫女は公務員である。いくら稼いでも公費の収入欄に記載されるものでしかない。祭りの運営もまた巫女の仕事ではあるが、巫女は重大な役目を負っていると言っても十代の少女にしか過ぎず、折角もらったお年玉が親預かりになるような措置を取られればやる気も削がれるというものだ。今もすやすやと眠り続けている二人の童子は家事能力こそ最低に近く、胡乱な発言も多いが仕事をきっちりこなすという点ではわたしを含めた巫女たちよりも余程真面目にやっている。それを認めないわけにはいかなかった。
「逆に霊夢はどうして得にもならないことをやってくれるのか、わたしには理解に苦しむね。見返りはないのに」
「いやうん、収入は増えないけどさ。弾幕決闘は流行るし、最近は奇妙な事件ばかり起こるじゃない。不安ってのはやっぱり楽しいことで帳消しにするのが一番じゃないかなって。あとは人妖入り混じった噂話を聞きつけるのに、お祭りって都合が良いのよね。河童ほど堂々とは現れないけど、祭りに参加する妖怪って多いじゃない?」
「確かに下手な変装とともに姿を現したり、人間の真似をして屋台を出したりしてるね。なるほど、当代の巫女は色々と考えてるってわけだ」
 考えるだけならどの巫女だってやっただろう。行動に移さなければならないのは正直なところ面倒臭いけど、これも後々に楽をするための布石だと思えば安いものだ。摩多羅隠岐奈に説教されなくてもそれくらいのことは分かっているのだ。時折は面倒臭さが勝つけれど。
「それが分かれば明日から早速準備にかかろう。河童の仲間にも声をかけるよ。里にもそれとなく店子募集中であることを宣伝しよう。天狗ほどではないが河童にもネットワークがあるからね」
「助かるわ。じゃあ、ついでなんだけどもう一つ助けてくれないかしら?」
「調子が良いなあ。まあ良いさ、乗りかかった船だ。言うだけ言ってみな」
「居間で眠っている居候が二人ともまるで起きようとしないの。夕食まで起きてくると思って作った料理は三人分」
「なるほど、そういう手伝いなら大歓迎だ。遠慮なく馳走になろう。三人前を二人だと少し量が多いけど、まあわたしならそれくらいは……」
「大丈夫ですよ、ここに三人目がいます」
 ひゅうと覚えのある風が吹き、一瞬前まで誰もいなかった所にこれまた見覚えのある天狗が姿を現した。
「まだあんたに料理を振る舞うと決まったわけじゃない」
「相変わらずつれないですねえ。まあ、霊夢さんのそういうところは嫌いじゃないですよ」
 気持ち悪いしなを作ってそろりそろりと近付いてくるのでおでこをぴしゃりと叩いてやった。文の調子の良さにいちいち合わせていてはいくら時間があっても足りやしない。
「あいててて……ツッコミの鋭さがますます増しましたね。それはさておき、今日ここに来たのは四季祭りの件で一つ提案したいことがありまして。腰を下ろして少しばかり話をしたいなあ、できれば人間の巫女の美味しい手料理があると、もう言うことはありませんね」
 期待満載の笑みを浮かべられたら、いかなわたしといえどなんとも断りにくい。にとりの顔をうかがえば、目を逸らして素知らぬ振りである。河童だから天狗に表立っては逆らえないのだろう。
「祭りを妨害するようだったら容赦なく却下するからね」
 文は何も答えず上機嫌そうだった。然るによほど自信がある企画に違いない。天狗の自信なんてあまりあてにならないが、話だけは聞いてやることにした。

 食卓に並んだ八目鰻の蒲焼きは強欲な天狗と河童の手によってぺろりと平らげられ、食後の緩やかな倦怠が場を支配しようとしていた。目が覚めた童子たちに精をつくものをと市場をうろうろしていたらサングラスをかけた夜雀にばったり出会い、そう言えば彼女は夜店も開いているのだなと相談したらどうぞどうぞと準備中の店まで連れて来られ、たっぷり包んでくれたのだ。
「いやー、望外のご馳走でした。昔はあの夜雀の店にもふらっと出かけていたものですが、最近はご無沙汰でしたからねえ。今度、久々に顔を出してみようかな」
「良いですねえ。たまには立場なりなんなりを忘れて美味いものに舌鼓を打ち、潰れるまで飲み明かしたいもんです」
 二人して頷きあっているところにこほんと空咳を打つ。ここは思い出話に花を咲かせる場所ではない。
「おっといけない、本懐を忘れるところでした。実は今度、うちの新聞でこういうことをやりたくて」
 文は側においてあった鞄を探ると新聞を取り出し、空になった皿をどけて食卓の上に置く。一面の右上には《全四季妖精人気投票緊急開催!!》と派手派手しく題字が打ってあった。その左横には四季祭りのいわれが申し訳程度に記されており、あとは人気投票の参加を煽るための派手な文章が紙面の残り全てに掲載されていた。
「これを号外として巻こうと思うのですがどうでしょうか」
「いや、どうでしょうって……何よこの人気投票って」
「言葉通りです。あれだけの綺麗どころが揃っているのだから、これはもう人気投票案件でしょう。神でもお釈迦でもそうするに違いありません」
「いやまあ、勝手にやれば良いじゃない?」
 天狗が新聞ネタのために奇妙な企画を打つのはこれが初めてのことではない。こちらに迷惑がかからない限り、好きにやってくれて良いのだ。
「もちろん勝手にやりますが、この企画の投票所を博麗神社にも置かせてもらえないかなと思いまして、今日はこうして遅い時間に参上した次第です」
 そんなことを考えていたらいきなり迷惑のかかるようなことを申し出てきた。
「嫌よ面倒臭い。そんなのネットで投票用ページを拵えてやれば良いじゃない」
「ウェブ投票も設置しますが、ライブ感が欲しいんですよ。テレビで観ることができても、聞くことができても、その活躍を生で触れるためライブ会場まで足を運ぶ人は多い。祭りとはその最たるなのです」
 ネットでは迂闊な発言に端を発した炎上という祭りが起きるけれど、その辺りには触れないでおいた。文の言いたいことは十分に理解できたし、わたしも少しだけ心を動かされたのは事実だ。しかし面倒臭いという点は変わらない。
「もちろん面倒だけ押し付けるわけではありません。この企画は複数の新聞による合同企画なのですが、力を得た妖精の逸脱を防ぐ役目をかなりの比率で肩代わりするとお約束しましょう。こちらとしても妖精たちの居場所は逐一把握していなければなりませんし、そのついでということで」
 だとしたらこちらにもメリットはあるが、こう先回りされるとなんとも小癪なものがあった。にとりといい文といい、六十年周期の祭りというのにまるで慌てることなく平然と受け止めている。平均寿命が七十年程度の人間には決して真似のできない時間の捉え方だ。
「そういうことなら協力するに吝かでないわ。でも神前で票を決するならば不正は許さないと心得て頂戴」
「委細承知しました。たとえわさび味が勝利しても結果を捏造しないことを誓います」
 こいつ何を言ってるんだと思ったが、守矢神社の関係者が訳の分からないスラングを飛ばしてくるのはいつものことである。わたしとしてはそういうものとして受け流すしかないのだった。
「そう言えば人気投票といえば当然、グッズ関係の展開も考えていますよね?」
 これまで天狗ということで遠慮がちだったにとりが途端に瞳を輝かせ、文にすり寄っていく。前々から何となく察していたが、金の匂いを嗅ぎつけるとにとりは途端に意地汚くなる。義理堅いところもあるが、基本はまあがめついのだ。
「そうですね、実を言うと発注先を探していたところなんですよ。気心が知れていて勉強ができるところならばなお良いと考えています」
「勉強なら任せてください。その代わり、グッズ周りの一切合切はうちに取り仕切らせてくれるとありがたいですね」
 二人は顔を見合わせ、ああだこうだと開けっぴろげに話を始める。もはやわたしは眼中にないらしく、二人を置いて食卓の片付けにかかる。
 明日の朝食分の準備まで仕込んでから、がやがやで目を覚まさないようにとわたしの寝室に移した舞と里乃の様子を見る。文とにとりの駆け引きが僅かに聞こえてくるが、意に介する素振りすら見せない。
「このまま紫みたく一季節分、眠り続けるんじゃないでしょうね……」
 うちは寝たきりの子供を二人も世話するような余裕などない。摩多羅隠岐奈が引き取りに来ないなら大丈夫なのだとは思うが、二十四時間近くも眠りっぱなしでちっとも起きようとしないのはやはり心配になってくる。とはいえここで突っ立っていても仕方がなく、文とにとりの交渉は熱を帯びているのか声が徐々に大きくなってきている。
 わたしは二人から目を離すと、侃々諤々の交渉をしているであろう文とにとりを叱りに居間へと戻るのだった。

 それから一週間ほどで四季祭りは着実に祭りとしての体裁を整えていった。
 新聞でいくつも特集が組まれ、中でも全四季妖精人気投票はセンセーショナルな宣伝と、有志の天狗たちによって撮影された写真によりたちまち熱狂のコンテンツとして迎え入れられ、博麗神社の投票所にも人がやってくるようになった。そして人間たちは神社の敷地に建ち並ぶ出店を覗き、食べ物や飾り物を買っていく。にとりが取り仕切る河童たちは皆が働き者でちゃきちゃき動き、人気投票を取り仕切る天狗たちは約束通り力を得た妖精たちを窘める立場に回ってくれた。
 突発の祭りにも関わらず忙殺されることがないのは幸いであり、するとようやくわたしも四季の移り変わりを楽しむ余裕ができた。妖精たちは一所に留まらない気紛れな奴らだからゆっくり花見をするには向いていないが、四つの景色を一緒に楽しめるというのは確かに悪いものではない。人も妖もこの祭りによって四季というものが何であるかを目に、心に刻みつけることができる。
 ふと山の方を見れば、四つの四季による普段では見られない色合いを示していた。この景色をもっと高い所、例えば守矢神社の展望スポットから見下ろせば絶景に違いない。
 我ながら良い思いつきだと思いながら索道の麓側乗り場まで向かうと、故障につき臨時休業中の札がかけてあった。わたしと同じことを考えたであろう人たちが何人かいて軒並みがっかりとしていた。
「気を見るに敏な奴らなのに、今回は動きが鈍いのね」
 守矢神社は妖怪の山の中腹辺りに居を構えており、普通の人間なら立ち寄ることさえ叶わない場所だが、参拝用の架空索道が用意されており、力を持たない人間であっても気軽に足を踏み入れることができる。冬の山は寒さが非常に厳しいため参拝客はそこまでいないが、それでも山上で新年の御来光を迎えたいという人たちにより、大晦日の夜にもなれば索道も守矢神社も大賑わいとなるのだ。わたしも巫女でない頃に一度だけ、守矢の展望台より御来光を眺めたことがある。
 その雄大さ、美しさは空を飛ぶことへの憧れを確かに植え付けた。ある意味でわたしの原点と言えるだろう。一時は佳苗との関係悪化によって足が遠ざかっていたけれど、今はそこまで頻繁でないにしろ定期的に訪れるようになった。山の上から見る四季はいつも綺麗で、佳苗には『そんなのもうとっくの昔に見慣れたけどね』と少し呆れるような口調で言われたものだ。
「勿体ないと思うけど、向こうにも事情はあるか」
 具申だけはしてみようと思い、わたしは索道に沿って妖怪の山をすいすいと飛んでいく。商売敵だが、それを除いてもやはり勿体ないという気持ちが勝ったのだ。
 途中で声をかけてくる天狗もおらず、壊れている箇所を修理している河童もいない。守矢側の乗降口は雪で覆われているのと人が誰もいないせいか寂しげであり、神社に向かう道は雪を被ったままだ。神社の屋根は流石に雪が降りていたし、敷地内には足跡が複数付いていて生活の痕跡を示していたが、しんと静まりかえっている。わたしの記憶にある限り、守矢神社がここまで閉鎖的で重苦しく見えたことはなかったはずだ。
 鳥居の前に降り立ち、外から「ごめんください」と声をかけてみる。少しして姿を現した佳苗はどこか意気消沈としており、疲労困憊といった様子だった。目つきはかつてわたしを酷く疎んでいた頃のように排他的で、わたしを邪魔者だと感じていることがありありとうかがわれた。
「何か用かしら? わたし、これでも忙しいの」
「外では六十年に一度の祭りなのに、守矢神社は何も準備してないのね」
 しおらしく出たら厄介払いされるだけだ。ここは多少強気に出てでも佳苗から事情を聞き出すべきだった。
「胡乱な妖精たちが起こす現象など頼る必要はないからよ。神を持たない神社は何でも頼らないとやっていけないみたいだけど」
 刺々しい挑発の中には幾許かの罪悪感が滲み、先程の発言が決して本意ではないことを示していた。それでも佳苗は態度を曲げようとしない。おそらくは彼女の上、即ち守矢の三柱が口止めしているのだろう。
 守矢の柱ほどの強力な神が直々に介入するとしたらかなりの大事である可能性が高い。もしかするとこれまで扱ってきた事件と同じくらいの脅威に直面しているのかもしれない。
「わたしから話すことは何もない。ごめんね、意地悪したいわけじゃないの」
 苦渋を嘗めるような顔でそんなことを言われたら、これ以上追求することはできそうにない。異変が起きていると認定されていればわたしの権限によって守矢神社と言えど躊躇うことなく踏み込んでいくだろう。でも、いまそれをやれば巫女が他の信仰に無理矢理踏み込むという無礼を犯しただけとなる。博麗神社は公共施設であり、わたしは公務員に過ぎない。対する守矢神社は守矢の三柱が所有するものである。
「分かった……同業者に説明しにくいことだったら、そうじゃない奴に話すという手もあると思うけど」
 彼女は魔法の森に住む魔法使いの一人、霧雨美真と仲が良い。そして彼女は友人の相談事ならば親身になってくれるはずだ。しかし佳苗の表情が晴れることはなかった。おそらくは彼女にも話していないのだ。電話やメールでは取り留めのない会話を繕っているのだろう。
「あの子がいくら郷の事情に疎いと言っても、守矢神社が祭りに何のリアクションも示さなければおかしいと気付くはずよ。既に察しているかもしれない。この郷は広いように見えて案外狭いんだから、厄介な隠し事はいずれ露見するはずよ。そもそも同じ山に天狗がいるのに長いこと秘密を隠していられるなんて……」
 そこまで口にしてから、わたしは文やにとりの行動のおかしさに今更思い当たった。彼女たちが守矢神社に出店や企画の件で話を通しに来ないはずがない。そこでわたしと同じ対応にぶち当たったら不信に感じて調査を始めるだろうし、真相を探り当てるためわたしにそれとなく調査を仄めかしたに違いない。実際に文はかつて霧の湖に歯車型のコンピュータが現れたとき、同じことをして調査に駆り立てたのだから。
 山の連中はみなぐるになって何かを隠している。おそらく皆が祭りで気を取られている隙に解決するつもりなのだ。
 この郷に何らかの厄介ごとが忍び込んでいる。
 わたしは摩多羅隠岐奈と交わした会話のことを思い出していた。
 覚えているのも忌まわしいほどの夢を見たこと。それまで超然としていた彼女が夢のことを思い出さなければならないと忠告してきたこと。それらはいま、守矢神社や妖怪の山が抱えている問題と関係しているのだろうか。
「それはもしかしてトンボと関係があるの?」
 佳苗はわたしの問いに対し、何を言っているのか聞きたげな視線を向けてくる。
「トンボなんて関係ないわ。だってあれは盆になると戻ってくるような奴らじゃ」
 そこまで口にしてから佳苗は慌てて口に手を当てる。何か迂闊なことを口走ってしまったらしく、わたしを強引に押し出して神社の外まで追いやった。その目には強い懇願の色があり、これ以上はいかなる言葉も押し込めそうにない。
 わたしは渋々ながら踵を返し、守矢神社を後にする。来た時と同じよう、架空索道に沿って空を飛び、ふと気になって一番近く、夏の花が咲き誇る一帯に足を踏み入れる。ここにいる妖精なら何か知っているかもしれないと思ったからだ。
 でも夏の中心らしき場所までやってきても妖精はおらず、しかもどこまで進んでもちっとも暖かくならない。冬のように寒く、それなのに夏の花が咲いている。
「これは一体どういうことなの……?」
 わたしはこの現象が何かを知っているはずだ。誰かから聞いたか、あるいは読んだかしたのだ。でも思い当たることはできなかった。おかしいことは明確なのに。四季祭りとよく似ているが異なる現象に遭遇していることは確かなのに。
 わたしはもどかしさだけを抱え、夏の花が咲き誇る場所を、そして妖怪の山を後にするしかなかった。
 

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