東方二次小説

2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52   チャイルド52 第5話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52

公開日:2018年05月03日 / 最終更新日:2018年05月03日

 その日の夜、夢を見たと思う。
 曖昧なのはその時もまた、夢の記憶を満足に持ち帰ることができなかったからだ。
 誰かと誰かが言い争っていたようだった。
 そのうちの一人をわたしはよく知っている。守矢神社に祀られている三柱の一、八坂神奈子だ。いつも自信に満ち溢れ、炬燵でぬくぬくとしている時ですら堂々とした態度を崩さないというのに、夢の中の神奈子は相手の叱責に気難しい顔を浮かべ、視線を合わせようともしなかった。
「貴方は××なのに、どうしてこの×に××を×かせてくれなかったのですか!」
 ところどころ途切れて聞こえなかった。いや、わたしには聞こえていたはずだが、彼女の叱責の内容を記憶しなかったのだ。
「×が×けば、あの子たちが××ことはなかった。あの狂わしい、××に対する××が命令されてから、何人がその×××を××したと思っているのですか!」
 ますます激しくなる叱責にも神奈子は答えようとしない。ただ一言、済まないと頭を下げるだけだった。あのプライドの塊のような八坂神奈子が、人間に深々と頭を下げるだなんてわたしにはまるで想像がつかなかった。
「××××ですよ! それがお前の、八坂の神が助けられたかもしれない×だ。それだけじゃない、××××もの×がこれから失われることでしょう」
 聞き取れなかった言葉が分かれば彼女の激しい怒りも、神奈子が何一つ抗弁できない理由も分かるのだろうか。でもわたしはきっと耳を塞ぎ、聞こうとしなかった。それがわたしにとって辛いことだったからだ。
 耳を傾けようとした。摩多羅隠岐奈に言われたからではなく、わたしが二人の事情を知りたかったからだ。沈黙を保ち、守矢神社が四季祭りに参加できない理由を知り、それが異変であるならば強引にでも介入するためだ。
「もはや誰もお前を祀ったりはしないだろう。護るべき×に、守るべき×に背いたのだから。誰からも忘れ去られ、惨めたらしく消えていくが良い」
 歪な笑いを浮かべる人間に白蛇がまとわりつき、笑いを消して苦痛に代える。神奈子の隣には二つ目の柱が立っていた。瞳は獰猛な金の光をたたえており、伸ばした舌は蛇のように先端で二つに分かれてちろちろと動き、口は裂けているかのようにぐにゃりと大きく歪んでいる。幼い姿だというのに、殺意がありありと見て取れた。
「諏訪子、やめるんだ。戒めを解いてやれ」
「嫌だね、神奈子の願いでも聞けるものか。こいつは不遜にも太古より日の本に君臨してきた我々諏訪の祭神を呪おうとした。その不敬は七度生まれ変わっても償われるものではない。ゆえに八つ裂きである」
 蛇がぐいぐいと体に食い込み、神奈子を責めていた人間を締め付ける。みしり、ぼきりと音が立つたび苦悶が迸り、それでも諏訪子は欠片も容赦する様子がない。死はすぐにでも訪れるのだと覚悟したが、損なわれることはなかった。地面から生えてきた無数のツタが白蛇を絡め取ったからだ。
「ここで殺さないとこいつの言う通りになる。神意は怖れられなくなり、崇められなくなり、やがては忘れられていく」
「神が必要ないと考えるのもまた、人の選択だよ」
 神奈子はそう言って、諏訪子の頭に手を乗せる。蛇は消え、人間の体は崩れ落ち、蔦が優しく受け止める。だが気を失った人間はそのことに気付かない。だから諏訪の神は残酷だと怒り、加護などないと決めつけ、その格を貶めていくだろう。
 だがわたしにはどうすることもできない。これは夢の中であり、過ぎ去ったことである。夢ではあるが、これは太古より生きる神の記憶のごく一部でもあるのだ。
 わたしは静かに佇む二柱を置いて、夢より覚めるしかなかった。

 記憶できない夢と守矢神社の煮え切らない態度を除けば、四季祭りを懸念する要素は何もなかった。妖精たちは気ままに四季を振りまき、人気投票に触発された追っかけが地上から応援を飛ばす。妖精たちは人間の好意など気付いていないはずだが、アイドルとして定義されたためかにこりと笑いながら手を振り返すのだった。四季に応じた弾幕まで放ってくるのが玉に瑕だが、そこは天狗たちの姿を見せない高速の防御によって事なきを得ていた。
 天狗たちは約束を守り、河童たちもまた屋台用の機材を格安で人間たちに手配して各所で感謝されていた。山の事情を知らなければ特に裏を勘ぐることもなく、あいつらだってたまには役に立つのだと誉めていたかもしれない。
 わたしが守矢神社を訪ねたことは天狗にも河童にも伝わっているだろう。それでも態度を変えることはなく、にとりは商売上のパートナーとして接してくるし、文は企画が上り調子であることににこにこ顔だ。三柱の一つ、東風谷早苗とは懇意の仲であるはずだが、彼女の危難を文は完璧に知らんぷりしているのだろうか。
 おそらく訊いても無駄だろうと思ったが、それでも訊かずにはいられなかった。だから日も沈みかけた頃、投票速報を持ってきた文を神社に招いたのだ。
「いや、始める前から半ば予想はしていましたが、やはり夏が上位を占めてますね。なんだかんだいっても肌色の多さというのは強さなんですよ。全く、男共と来たら助平ばかりだからしょうがない」
 文は腕を組み、憤慨する素振りを見せてから速報を机に広げる。文の言う通り夏の妖精が上位を占めており、その隙間に春秋冬の妖精がちらほらと姿を現すといった順位を形成していた。総じて冬の妖精は低順位であり、色白で可愛いというだけでは人気を取れないアイドルの世知辛さを噛みしめるしかなかった。
「もっと露出しろと指導するわけにもいかないし、人間のアイドルみたくユニットを組むような奴らじゃない。ううむ、人気投票というのは最初から結果が見えていると盛り下がるものなんですよね。これは困ったことになりました」
「言っておくけど票の不正操作は認めないからね」
「それも少しは考えましたが、ネットの調査力というのはいまやちょっと馬鹿にならないものがありますから却下しました。ものや特典で釣るわけにはいかないし……」
「最初からある程度の比重を決めておくべきだったかもね。冬の妖精への一票は他の季節の妖精に比べて倍の効果を持つとか。今からやるとブーイングだから、次の六十年後の教訓にすれば良いんじゃない?」
「えー、そんなあ。人気が上手く散らばらないと河童に発注したグッズの売り上げにも響いてくるんですよ。何か良い方法はありませんかね?」
 手を合わせて必死で拝み倒す文の姿には佳苗が見せた態度や雪に覆われた守矢のような重苦しさは感じられない。
 わたしの心配は単なる取り越し苦労なのだろうか。それを確かめるために、わたしは話の主導権を文から奪うことを試みた。
「そうね……それなら応援勢力みたいなものを郷の各所に用意するのはどうかしら。例えば博麗神社は春の妖精を応援しますとか、まあ理由は適当にでっち上げるとしてさ。背後にある勢力をできるだけ臭わせないようにして、帰属意識を利用していくわけね。言いたいことは分かるかしら?」
「組織票を形成するというわけですね? なるほど、それは良いやり方かもしれない。命蓮寺は東の里に多くの檀家を持っていますし、紅魔館は西の里の人たちに人気が高い。それに……」
「守矢神社は北の里の人たちに特に厚く信仰されている。そうよね?」
 文の表情から一瞬だけ笑顔が消える。すぐに元の表情に戻ったが、それでわたしにはいくつかのことが分かった。妖怪の山と守矢神社は何らかの問題を抱えており、文はそのことを明らかに憂慮している。そして友好的で明るい態度の裏に隠し事を秘めており、人気投票云々は隠れ蓑の一つである。
「そうですね、守矢の方々にも相談してみるつもりですよ」
「だとしたら四季祭りにも参加してもらったほうが良いのでは?」
「守矢は妖精よりも強力に季節の加護を司ります。だから四季祭りに乗っかることはできないんですよね。博麗神社に話を持ち込んだのはそのためです」
「六十年前のことなんて調べればすぐに分かるのよ。その時は守矢神社も四季祭りに協力的だった」
 ささやかな調査の結果を突きつけても、文は些かも動揺することなくさらりと答えを返してきた。
「今回から方針を変えたんですよ」
 そうやって逃げられるとは予想していたが、ここで文を問い詰めても何も得られない。力ずくもあくまで弾幕決闘の規則に従うという前提があってこそ叶うものであり、形振り構わず強く出られたらわたしではとても勝ち目がない。
 向こうもわたしの意図に気付いているはずだが、文はもう仮面を外すことはないだろう。
「とはいえ少しばかりの協力は得られると思います。ではわたしはこれで、先程の案を仲間と吟味する必要が出てきましたから」
 文はそそくさと神社から立ち去り、わたしは大きな息を吐くのだった。それから念のために寝室を覗き、舞と里乃の二人が熟睡中であることを確認する。
「あの二人、そろそろ目を覚ましてくれないかしら」
 祭りの準備が完了してからおよそ半月、未だ二人が目覚める様子はない。もしかすると祭りが終わるまで目覚めないのかもしれないが、摩多羅隠岐奈はわたしにいざということが起きるかもしれないと考えており、有事の護りとしても働いてくれるはずだ。それなのにこちらが世話をしてばかりというのはどうにも腑に落ちなかった。
 だが腑に落ちなくても二人が目覚めないのは事実である。面倒ごとのいくつかは外部委託してあるのに、別の方向から新たな面倒がやってくる。
 どうにもままならないなあと思うしかなかった。

 各所で騒ぎを起こしつつも総体として見れば順調に進んできた四季祭りだが、文と気まずい会話をした翌日になって急激な変化が訪れた。各所で春を撒いていた妖精たち十二人が一所に集まり、スプリングフェアリートゥエルブと称して東の里近くでライブ活動を始めたのである。
 春妖精十二人が集まった一帯は完膚なきまでの春に満ち、桜を始めとした春の花々が満開となったままその場に留まり続けたので、興に乗った人たちが花見見物と洒落込んで春妖精たちの歌とつまみを肴にして酒をぐいっと呷るのである。
 ほぼ同じタイミングで秋妖精が西の里郊外に広がる田畑の一帯に集まり、秋にならないと実らない恵みを振りまき始めた。そして秋の花は春の花と同じくらいに多彩であり、こちらにも大勢の花見客が訪れるようになった。
 このため夏に集中していた妖精の人気が春と秋にも振り分けられるようになり、冬の妖精ばかりが人気投票の下位に追いやられることとなった。
 困惑したのは組織票をまとめようと動きにかかっていた天狗たちである。わたしも何か厄介なことが起こったのかもしれないと思い、急いで現場に飛んだが妖精たちは一所に留まって定期的にライブを行う以外、特に変わった行動を起こすこともない。むしろ弾幕を無闇にばらまかなくなって安定したとも言えるくらいで、無闇に妖精たちを追求しようものなら花見や酒を楽しむ人間たちの不興を買いそうだった。
 仕方なく撤退し、神社に戻ってきた所でにとりが困ったなあという顔をしながら近付いてきた。
「どうしたのよ、不景気そうな顔をして」
「実際に不景気なんだよ。周りを見てくれ、随分と客が減っていると思わないか?」
 言われてみれば数日前と比べ、客足が半分ほどに減っている。それでもいつもの博麗神社ならあり得ないほどの人混みだが、にとりはそれでは満足できないらしい。
「そりゃ、春と秋がどこかに行ってしまったんだもの。そっちに客足が移るのも仕方ないと思うけど」
「こんなこと、全くの予想外だよ。これまで妖精たちが徒党を組み、集団と化すことで人気を集めるなんて一度もやったことはなかった。まるでいま天狗たちがやっている人気投票に呼応したみたいだ。まさかあいつらが何かやったんじゃないだろうな?」
 にとりは天狗に対する敬意やへりくだりをかなぐり捨て、空に向けて憤慨してみたが、天狗はどこにも見つからない。確かににとりの言う通り、春妖精の行動は集団化して人気を取ろうとしているようにしか見えないが、妖精にものを教え込むというのは五、六歳の子供に勉強を教えるのと同じくらい難しい。紅魔館のように妖精をメイドとして働かせている場所もあるが、あれは長年に渡る並々ならぬ努力と教育の結果であり、短期間でアイドルにするなんてそれこそ不可能に近いはずだ。
「天狗のように高慢な種族が妖精を躾るだなんて、ちょっと現実的ではないわね」
「なるほど、それもそうか。でも、それなら誰がどうやったんだろうね」
「貴方たち山の住人だけで密かに解決しようとしている現象と関係があるのでは?」
 根拠などはなく、単なる勘に過ぎなかった。かまをかけて、うまく引っかかってくれればそれで良かった。
 にとりは最初、何のことか与り知らぬと言いたげでしらを切り通す気まんまんの様子だった。だが徐々に顔色が青ざめていき、落ち着きがなくなってきた。
「そうだ、かつてあれがあった時も……でもそんなことがあり得るのか?」
 にとりはぶつぶつと訳の分からないことを呟いたかと思えば、いきなり「そうだ、急用を思い出した!」と言い残し、ここから飛び去ってしまった。
「こら、待ちなさい! わたしにも事情を話しなさいよ!」
 わたしの制止も聞かず、にとりの姿はあっという間に見えなくなった。わたしに分かるのは方角からして妖怪の山に向かって行ったのだということだけだ。
 後を追うべきか迷っていると、背後からじっとりと物々しい妖気が突きつけられる。慌てて振り向くと、金髪に赤い大きなリボンを身につけた小さな少女が立っていた。フリルのあしらわれた黒い服、ふわっと膨らみのある赤いスカート、少しぎくしゃくした動作はどことなく人形のような印象を感じさせる。
 それでようやく彼女の正体に思い至った。彼女は郷の南端付近、無名の丘に居を構える人形の妖怪に違いない。名前は確かメディスン・メランコリー。
「こんにちは、博麗の巫女。確か今の博麗は霊夢って名前だったかしら?」
 じろりと敵のように睨みつけられる仕草には心当たりがあった。わたしは名前だけでなく容姿もかつての霊夢と似ているらしく、過去の因縁を叩きつけられることが時々あるのだ。説明して分かってくれる場合もあるが、たまに問答無用で弾幕勝負に移行することもある。
「ここにはいま、大勢の人間が来ているわ。どこかへ場所を移しましょうか」
「ええ、そうね。他の人間にはあまり聞かれたくないし、騒々しい所はあまり得意ではないのよ」
 敵意が薄れ、代わりにわたしを見定めようとする容赦ない観察の目が向けられる。
「神社の中で話しましょう。でも人形の妖怪ってお茶は飲めるのかしら?」
「人間は内蔵で食べ物を消化する。わたしはスーさんで毒にする。同じことよ。可能ならばうんと濃いお茶だと嬉しいわ、だって毒味が強いんですもの。お茶請けはお砂糖一杯の甘いお菓子が良いかな。あれも毒だから」
 一度踏み込むと図々しいのは、可憐な外見でもそこは郷に住む妖怪である。だとしたら同じように扱えば良い。
「甘い菓子なら屋台で売っているから買ってくれば良いわ」
 メディスンは無言で頷くと屋台に向かい、顔が隠れそうな大きさの綿菓子を買って戻ってきた。居間に案内し、お茶を煎れてから戻ってくると彼女はまるで子供のように綿菓子と格闘しており、食べ終えた時には髪にも顔にも綿菓子がくっついていた。
 タオルか何かを用意する必要があるかなと思ったが、綿菓子のかすはメディスンの体内に少しずつ吸い込まれていく。人間のように作られているが、人間と同じように消化するわけではないらしい。先程、彼女が口にしたスーさんなるものが働いているのだろう。
 その証拠に熱々のお茶を苦もなく一気に飲み干してしまった。全体的に感覚が鈍いのかもしれない。
「それで、今日は一体どんな理由でここに来たのかしら?」
「本業を依頼しに」
「というと、弾幕決闘を申し込みに来たの?」
「違う。全く、博麗って昔も今も好戦的なのね! 巫女の本業は神を祀ること、その言葉を下々に届けること、そして霊を鎮めることじゃない!」
 まさか妖怪化した人形に巫女の本分を説教されるとは思わなかった。でも今は弾幕決闘が流行っているのだから、巫女の本業だって一部変更を余儀なされるはずだ。
「依頼したいのは霊を鎮めること」
 わたしはついメディスンの顔をじっと見てしまった。もしや自分を成仏させて欲しいと依頼するつもりなのではと勘繰ってしまったのだ。そのことに気付いたのか、メディスンは顔をたちまち怒りで一杯にした。
「あなた、失礼な人ね! わたしは霊が憑依して無理矢理動いているような操り人形じゃないのよ。あいつらとは違うんだから!」
 人形はその名の通り、人の形をしているから霊が憑りつきやすいし、そこから妖怪化することもある。メディスンも同じ来歴かと思ったのだがそうではないらしい。
「ごめんなさい、軽率な発言だったわ。それで鎮めたい霊というのはどこにいるのかしら?」
「無名の丘よ。理由は分からないけど、ここ最近になって霊が留まるようになったの」
「何か悪い霊が居つくようになったってこと?」
 悪霊が憑りつけば、それに惹かれて雑多な霊がやってくるのはよくあることだ。
「それともまた違うみたいなの。あの子たちの話を聞くに、行こうとしても渡れないから仕方なく戻ってきているとのことなのだけど」
 メディスンの言っていることが本当だとしたら由々しき問題である。此岸と彼岸の渡し守が仕事をしていない、あるいは機能していないことになるからだ。
「迷える魂を心配してわたしを訪ねてきたのね」
「心配しているわけじゃないのよ。ただ、幼くして死んだ魂は居着きやすくて離れにくいの。わたしの住処の周りで厄介な悪霊が生まれるのは勘弁して欲しいわ」
 怒りを示しているが、どこか心配そうでもある。刺々しい態度を振りまいていても根は悪い奴ではないらしい。妖怪だから善人だなんて思わないけど、彼女の言葉をひとまずは信用しても良さそうだった。
「渡し守なら心当たりがないわけじゃない。話を通せそうな知り合いを知っているわ」
 休憩と称したさぼりのため、たまにふらりと神社にやって来る死神がいる。彼女になら三途の川を数往復する仕事を押しつけても問題はないだろう。追いかけている案件がどうにもあやふやな状況で、何かすぱっと解決することをしたかったのだが、今回の件は正にうってつけだった。
「丘に居着きそうな子たちをまとめて、渡し守の所まで案内してあげる」
「そこまでは期待してなかったけど助かるわ。この体はどうにも憑かれやすいのよね」
 メディスンには中身がありそうだが、人形の体ならば霊が寄ってくるのかもしれない。かくいうわたしだって、いくら鍛えても人間の枠から外れることはできない。風邪だって引くし、一日中動き回れば家事をする気力もないくらいくたくたになる。
「では早速、行きましょうか」
「少し待ってくれないかしら。ちょっとした用事を済ませてくるから」
 メディスンは神社の外に出ると再び屋台のほうに向かっていき、綿菓子の入った袋を両腕一杯に抱えて戻ってくる。わたしは顔がにやけるのをなんとか堪え、彼女の後に続くのだった。

 無名の丘は鈴蘭の一大産地だと聞いていたが、この時期ではところどころにぽつぽつと花を付けているだけだった。あと一月か二月もすれば、正に鈴蘭の園と言える場所になるのだろう。丘の上には小さな屋敷が建っており、メディスンのための家なのだとなんとなく想像がついた。
 メディスンは家の前に着地すると、親指と人差し指を輪にして口にくわえ、ぴいっと甲高い音を鳴らす。すると鈴蘭の花から魂が抜け出し、メディスンの前で横一列に整列したのだ。こんなことができるなら自分で川まで連れていけるのではないかと思ったが、メディスンは幽霊たちに心なしか温かい目を向けている。もしかすると情が移りつつあるのかもしれない。
 憑かれやすいと評していた意味がようやく分かった。このまま霊に囲まれたまま生活を続けていれば、メディスンは霊の滞在を許してしまうかもしれない。いや、既に許していて未練を断ち切るためわたしに依頼したのだろう。
「この人がいればもうここに戻ってこなくても良いわ。ちゃんと従って後についていくこと。良いわね?」
 霊には手足も顔もないから頷くことはできないが、尻尾らしきものはあってぴょこぴょこと左右に揺れる。それから素早くわたしの前に並び、期待するようにぴたりと止まる。
「この子たちはわたしが責任を持って案内するわ」
 そうしてわたしはまるで学校の先生みたく、霊を引率して此岸と彼岸の狭間へと向かうことになった。メディスンは離れ行く霊たちに悲しげな顔を見せたがそれも一瞬のことで。
「ちゃんと向こうまで渡るのよ! あと閻魔様の前では行儀良くね。あの人、とおっても怖いんだから!」
 霊たちは了解と言いたげに一回転し、それから再びわたしの後に付いて来る。何度かちらと振り向いたが、メディスンは姿が見えなくなるまでずっとこちらに手を振っていた。

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