東方二次小説

2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52   チャイルド52 第13話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52

公開日:2018年06月28日 / 最終更新日:2018年06月28日

 三大人里ツアーは、大盛況のうちに幕を閉じた。
 古来には宝船と称されたこともある聖輦船は人の目を惹きつけてやまなかったし、公演は全て夜に行われたのだが、入道によるド派手なライトアップや河童がかき集めてきた発電機やライトによって、安心感を保つだけの光量が確保されており、集まった人間たちはライブに熱中することができた。
 これまで野外ライブと言えば日の出ている最中に行うものであり、夜間のライブは箱の中で行うか、街灯の下でというのが通例であった。夜に跋扈する妖怪の脅威が避けられないからだが、吸血鬼という強い力を持つ妖怪がメンバーの中にいるということで観客の安心感を深めることができた。
 夜の野外ライブは初めてということもあり、物珍しさも手伝って多くの人が来場してくれたというわけだ。評判も上々であり、ネットだけでなく里のあちこちでライブの話題が交わされるようになった。
 だが良い評判だけではない。これは隠岐奈の指示によるものだが、ライブ終了後のMCではこれまで以上に対決姿勢を打ち出し、公式サイトのブログではディスぎりぎりの発言を書き込み、フェアリィとの対決を望んでいることを隠そうとしなかった。これは先の『アイドルとは観客のためにあり、アイドル同士は競い合うものではない』という発言と相俟って、少なからぬ反発を招いてしまった。
 ネットではあいつら生意気だ、所詮はフェアリィの足下にも及ばないのに調子に乗っている、頭悪そうなどと好き放題に書かれているし、あの生意気な態度が気に入らないという井戸端でのひそひそ話を小耳に挟んだこともある。それだけならまだ許せるのだが、賽銭箱に画鋲や心ないことが書かれた紙切れを投げ込む嫌がらせだけは許せなかった。
 賽銭箱を思わず蹴飛ばしそうになったが、箱自体に罪はないし、かつてメディスンにアイドルはいつも見られていると言われたことを思い出してぐっと堪えた。隠岐奈から嫌がらせを受ける覚悟はしておけと前もって言われていたのも、八つ当たりに走りそうになる心をぐっと抑えてくれた。
 根っからの善人なんてこの世にはほとんどいないと分かってはいたし、死ねだなんて言葉を匿名で使うのは概ね普通の人間だ。それを知っていても……いや、知っているからこそ辛かった。気さくに挨拶してくれる里の何気ない人たちを疑わなければならないからだ。
 遠子はネットジャンキーだからこの手の意見を見慣れているはずだし、どうやって気持ちをいなしているか知りたくて、こっそりとメールしてみる。すると十分ほどで返信が届いた。時間がかかった割に、本文は実に簡潔だった。
『奇声をあげる。ゴミ箱を蹴り飛ばす。紙をくしゃくしゃに丸め畳の上に放り投げる。パソコンをぶん殴るのは一度壊してしまってからやってない』
 どれもわたしにできそうなことばかりだったし、あまりにも幼稚な反応だから遠子流の冗談かと思った。
『他に何か秘訣のようなものはないの?』
 だから改めて質問を飛ばしたものの、今度は十秒ほどで返事があった。
『そんなものはない』
 単刀直入かつ、身も蓋もないものだった。それから数分して遠子から再びメールがもう一通届いた。
『わたしは見たもの読んだものを忘れないから、嫌な発言を見たらその気持ちを都度解決しなければならないの。そうしないとフラッシュバックして何度も何度も嫌な気持ちになるから。霊夢だったらわたしみたいに子供じみた真似しなくても、他の誰かに愚痴って気持ちを和らげるという手段が通じると思う』
 遠子はわたしに、酒を飲んでくだを巻く大人みたいな真似をしろと言っているのだ。そういうのはあまり好きではなかった。だからこれまでも人付き合いで嫌な思いをしたときにはぐっと飲み込んできた。わたしが弾幕決闘を好むのは不満も怒りも弾幕にしてぶつければ良いし、勝負が終われば大抵のわだかまりは消えてなくなるからだ。
『じゃあ、遠子に愚痴っても良い?』
 こんなことを言うのは子供じみていると思ったが、
『わたしで良ければ。続きはチャットソフト上でやりましょうか?』
 遠子はそれを馬鹿にすることはなかった。わたしは自室に戻ってチャットソフトを立ち上げると、不満や怒りを逐一話して聞かせる。遠子はなるほど、それは酷いなあと相槌のように反応するだけだったが、あまり親身に対応されるよりはそのほうが気楽だったし、愚痴を誰かにぶちまけただけで随分と気持ちが楽になった。
 
 
 三大人里ツアーから三日後、隠岐奈は現れるやいなや「機は熟した」と宣言した。
「休養は十分、世論も上手く醸成された。決戦は明日、わたしたちは聖輦船とともに妖怪の山へ乗り込む。到着予定時刻はフェアリィのライブが始まる直前、熱狂が高まるその瞬間を狙って神の湖に着水する。そしてアイドル同士の決闘を叩きつけるのだ」
 隠岐奈は意気揚々としていたが、聖輦船に初乗船したときのテンションは既に剥がれ落ちているのか、本当に上手く行くのかという疑惑の視線がいくつか生まれていた。
「当然だな。三大人里ツアーが大成功したいま、我々に敵はないだろう」
 その中で隠岐奈と同様、意気を落とさず堂々と言ってのけるレミリアの胆力には感心せざるを得なかった。というより陰口を叩かれても全く気にしないタイプなのかもしれない。


 翌日、聖輦船は予定通りに空を飛び、妖怪の山の中腹に広がる神湖に向けてゆっくり飛び立っていく。その途上で歌と踊りの最終チェックを行うため、空飛ぶ船の上で予定していた演目を通していく。雷鼓や九十九姉妹は序奏や間奏に遊びを入れつつも、隠岐奈曰くアイドルらしいポップでキュートな曲調を琴、琵琶、ドラムで表現するのは流石と言わざるを得なかった。
 音球を用いた視覚と聴覚、両方を楽しませる音楽表現といい、こいつらは本当にプロなのだ。今回、アイドルというものをにわか仕込みされたお陰でそのことに改めて気付かされた格好となる。これで解放派をやめてくれたらわたしとしては文句のつけようがなくなるのだけど、きっとこれからも騒ぎを続けるのだろう。
 佳苗とわたしがセンターに立ち、右翼には文、小町、映姫、メディスン、左翼には美真、咲夜、レミリア、チルノと配置されている。頭上では巨大なピンクの雲がかかって影を作り、左右の端からはスモークが蔦のように延びてステージを彩っている。ガスの濃度を上げ下げし、光量をコントロールすることでステージに自在な色を落とすことが可能になる。このライト係にも黒子河童が狩り出されており、縁の下の力持ちといった風情だ。
 両端に配置されたメディスンとチルノはそれぞれ毒と冷気でガスをコントロールしながら歌と踊りもやるので、他の八人に比べてやや踊りの振り付けが軽いものになっている。とはいってもよくよく見なければ気が付かないレベルの簡略化であり、二人とも上手くやっているなあと思う。チルノは普段の態度から頭を使うようなことは苦手だと思っていたのだが、特に問題もなくこなしているのは意外だった。フィジカルに関わることなら多少の頭を使っても付いてこられるのかもしれない。
 最終チェックだが船に乗り込んでいる黒子河童によって一部始終が録画され、リアルタイムで郷中に配信されている。つまりフェアリィ側にはこちらのやろうとしていることが筒抜けということになる。サプライズを仕掛けなくて大丈夫なのかなと内心ひやひやしていたが、ここはもう隠岐奈の方針に任せることにした。歌って踊るときはあまり他のことは考えたくない。
 周囲を見渡す余裕すら、にわか仕込みのわたしにはほとんどない。皆が練習の時と同じように動いてくれるのを信じるだけだ。前向きすぎる歌詞はわたしには少しくすぐったいけれど、心から信じているかのように歌うしかない。愛とか恋とかさっぱり分からないけれど、それで心がそわそわしたり傷つけられたことがある乙女のように、切々と歌い上げるしかない。
 祈りとともに船は進み、もう少しで神湖まで到着するというところで、突如として船がぐらりと揺れた。何事かと思ったが、船の上に乗っているので異常を確認することができない。
「森の中から砲撃されている」姿は見えないが、にとりの声がすぐ近くから聞こえてくる。「天狗も河童もこちら側だ、すると守矢の防衛システムだろうか?」
 わたしは歌と踊りの僅かな隙に、小さく首を横に振る。神奈子はアイドルという枠組みで物事を解決しようとしているし、諏訪子と早苗はこの異常事態を早く解決しなければならないと考えているはずだから、余計にこんなことをするはずがない。
「さあ、ここからはセンター二人だけの弾幕演舞の時間だ」
 戸惑っていると背中から隠岐奈の声が聞こえてくる。だが打ち合わせには一切ないことである。
「おいおい、アイドルにかまけて巫女の本分を忘れてしまったのかい?」
 その助言で何をすれば良いのかを合点する。弾幕で妨害してきたなら、打って出るだけのことだ。
「二元同時放送だ。センターの二人が弾幕によって危機を回避し、残りの八人で応援歌を歌う。これこそ幻想郷の巫女にしかできないエンターテイメントだよ」
 弾幕ならここにいる誰もが撃てるはずし、わたしや佳苗より好戦的な吸血鬼もいる。そのことを指摘しようとしたが、わたしは歌と踊りの真っ最中である。そしてそれを良いことに隠岐奈はどんどん話を進めていく。
「敵は霊と妖精だ、そのための十分に手加減できる装備をわたしが用意した。弾数は無限だ、存分に使ってくれたまえ」
 それを聞いてようやく事情を察することができた。神湖に咲く花々に憑依していた霊が妖精を巻き込んで攻撃を仕掛けてきたのだ。忙しない砲撃、揺れ続ける船体から察するに、あまり受け過ぎるのはまずそうだった。
 曲が終わるとともにわたしと佳苗は舞台から離れ、船の真下につく。背中がじんわり熱くなると同時、わたしの両手に札が出現した。博麗の術式が記されているが、中にこもっている力はわたしが昔使っていたものと比べても少ない。隠岐奈の言っていた手加減できる装備とはこのことなのだろう。
 隠岐奈に言われた通り、手にある札を一斉投射する。それらはド派手な赤い煙の糸を引きながら、船を狙う弾幕の一部を撃ち落としていく。だが地上からの砲撃は一発ごとの力こそ弱いものの、数でこちらを圧倒しようとしている。こちらももっと数が必要だ。
 願った途端、わたしの周囲に大量の札が発生する。弾数無限と言ったのはどうやら嘘ではないらしい。わたしはただただ船に迫り来る弾幕を撃ち落とせと念じ、雑に札を放っていく。赤く糸を引く煙が、弾幕同士の相殺で生まれた閃光がどんどん空を彩り、昼間だというのに花火をド派手に上げているようだった。
 そんな中、虹色の星弾がぱらぱらと地上に降り注ぎ、白い閃光とともに派手な爆発を起こす。地上からの砲撃が止まったので佳苗の方を見ると、手に御幣を構えたまま呆然としていた。わたしに与えられた力と同じく、霊や妖精を倒さないよう手加減できる仕様になっていると思ったが、そうではなかったのだろうか?
 疑いは光が消え、眼下の地形が変わっていなかったことからすぐに晴れた。派手なことこの上ないけど、殺傷力は皆無に等しいようだった。光を撒き散らし、相手を脅かして戦意を喪失させる武装らしい。
 わたしたちがやるべきは地上からの砲撃を防ぎ、ひっきりなしに星弾を地上に撒いて爆撃して戦意を削ぐことだ。
 それならさっさと通り抜けてくれれば良いのに、船はまるで傷ついて上手く飛べないと言わんばかりにふらふらよろめきながらゆっくりと飛んでいく。まるでこの襲撃がショウの一部であるかのように。
「突然のアクシデント、それを切り抜けようと奮闘するたくましい姿。うんうん、これもまたアイドルだね」
 いけしゃあしゃあとのたまう隠岐奈の口調に、わたしはやらせを疑ってしまった。森に潜む妖精や霊なんて存在せず、隠岐奈が自分の力を使って砲撃を受けているかのように見せかけたのではないか。
「あんた、消火姿を撮るために自分で火を点けたわね!」
「焚きつけたことは認める、それを超えるようなことは何もやっていない」
「ほらみなさい……いやいや、それで通ると思ってるの?」
 隠岐奈は地上からの砲撃が自分の仕業ではないと主張している。でもそんなことが通るはずもない。わたしは砲撃対処用の弾幕を撃ちながら、歯をかちかちさせて五感を一気に強化する。そうして砲撃の激しい一画にじっと視線を寄せる。
 攻撃を仕掛けてくるのは霊や妖精だった。隠岐奈が操っているのかと思ったが、行動はてんでばらばら、佳苗の爆撃にてんてこまいで、とても操られている風には見えない。
「散々に煽り立て、評判を誇張してやったのが耳に届いたのだろう。おっと、霊に耳はなかったね、まあどうにか人の言葉を聞き取って解することはできるのかな? フェアリィが負けるかもしれないと思って、可能性を撃ち落としに来たのだろう。あるいは大事なアイドルを馬鹿にされて怒っているのかもしれないね」
「それを見越して、煽り全開の方針で通したのね」
「上手く行くかは分からなかった。駄目ならばわたしたちは真正面からの勝負を余儀なくされただろう。もっと勝ち目は薄かったかもしれないね。でも、霊の悪い性質に引きずられた……もとい、推しを心から信じきれなかった。わたしたちはそれを利用して最高のステージを演出してやるのだよ」
 なんだか悪役の立ち回りに思えてしょうがないけれど、勝負に挑むわたしたちを卑怯なやり方で阻みに来たのは紛れもない事実だ。わたしとしても手加減はするけれど、手心を加えるつもりは一切なかった。
 友情と努力と勝利をうたった一際こっ恥ずかしいナンバーが終わったところでちょうど砲撃地帯を通過する。神湖はもう目前であり、湖面に浮かぶ鋼鉄の船も見えてくる。まだ妨害があるかもしれないと身構えていたが、聖輦船は何事もなく湖に着水することができた。
 ほぼ同じタイミングで鋼鉄の船からクラウンピースが飛んでくる。こちらを撃ち落としそびれて慌てているのかと思ったが、その顔はわたしたちを嘲る色を帯びていた。
「あなたたち、ここに何しに来たのよ。わたしたちは他のアイドルと勝負をする気はないの。帰って頂戴」
 外見こそクラウンピースだが、言葉遣いがいつもよりずっと丁寧だった。一人称もあたいではないし、かなり地金が覗いている様子だった。これまでに築いて来た完璧なアイドルというものが剥がれかかっているのだ。
 わたしは船に着地すると、芝居掛かった動作でクラウンピースを指差してやった。
「勝手に乗り込んだのは血気盛んだったかもしれない。でも、だからといって手荒い真似で追い返そうとするのはやり過ぎじゃないの?」
「手荒い真似、ですって……もとい、だって?」
 更に地金が覗いたけれど、ここは気付かない振りをする。指摘するよりもまず、やることがあったからだ。
「ここに来る途中、何者かに襲われたのよ。あんたらがやったんじゃないの?」
「冗談じゃない。そんな芸がないことをするわけ……」
「じゃあ、これはどういうことかな?」
 わたしの横からにとりの声がする。彼女は姿を表すとともに、腕に抱えていたであろう霊をまとめて放り投げる。霊は鞠のようにぽよんぽよんと弾んだのち、くたりと力尽きた。佳苗の砲撃を浴びてすっかり弱っているらしい。アイドルをやっていたわたしに代わり、にとりは黒子として狼藉の証拠を回収してくれたいた。
 クラウンピースは妖精らしからぬ、苦渋に満ちた表情を浮かべている。企みごとなど一切ない、わたしは何もしていないという想いがひしひしと伝わってくる。さもすれば追及の手を緩めてしまいそうになるくらい、今のクラウンピース……もとい彼女の中にいる何者かは追い詰められていた。
「こら、リーダーを虐めるんじゃない!」
 サニーがいきなり眼前に現れ、蹴りを入れてくる。ちっこい体なのに動きは鋭く、咄嗟のバックステップで辛うじてかわすことができた。と思いきや待ち構えていたルナに着地点をするりと払われ、盛大に転んで背中から落ちそうになる。だが甲板に体を打ち付けることはなかった。
「おっと、間一髪でしたね、先輩」わたしの体は文によって支えられていた。ことあるごとに幻想郷最速と嘯く天狗だが、今日だけは少しだけ信じてあげても良いかなと思った。「足下がお留守だなんて未熟も良いところですねえ」
 前言撤回、この天狗野郎に感謝する必要などは一切ない。わたしは文の腕から抜け出すと全周囲に気を配る。三妖精の最後の一人、隠岐奈の力で気配を察するだけでなく操ることもできるようになったスターが、その力を使って飛びかかってくるかもしれないからだ。でも襲撃はなく、サニーとルナはクラウンピースを庇うように前に立つ。
「さあ、あんたたちはアイドルとしてあるまじきことをした。意図していないにしても、わたしたちが何もしないで引き下がるとは思ってないわよね?」
 ああもう、これでは本当にわたしが悪人みたいだ。いたいけな子供を虐める大人であり、観客席でライブの開始を待っていた人たちから容赦のないブーイングが飛んでくる。
「乱暴するなら好き勝手にすれば良いさ!」サニーがさらに一歩、前に出て大きく手を広げる。「アイドルは勝負するものじゃない。みんなを楽しませて、笑ってもらって、明日にも散るかもしれない皆のことを励ましてやらないといけないものなの。遊びじゃないのよ!」
 サニーのじりじりした視線が痛かった。ここで引いてしまえば勝負の流れではなくなってしまうが、彼女の気迫に勝るような矜持をわたしは持ち合わせていない。わたしのそれはあくまでも博麗の巫女としてのものであり、彼女にぶつけて良いかが分からなかった。
 そんなわたしに代わって、前に出たのはレミリアだった。あからさまに拗れるようなことを口にしそうであり、喋るなと目で合図したがそんなものに気付くやつではない。
 もとい、気付いていて黙殺し、我を通すやつだ。
「遊びかどうかと聞かれたら、それは遊びに決まってる」
「な、なんだとこのヤロー!」
 よほど怒らせてしまったのか、サニーは妖精でさえ口にしないような悪言を放ち、ルナに慌てて口を塞がれる。サニーはじたばたともがき、レミリアに反論しようとしたが、それは叶わぬ状況だった。
「歌って踊って、それで皆が囃し立ててくれる、注目してもらえるってのは素晴らしいことだよ。強い奴と戦うのとはまた別の面白さがある」
「ふざけるな! 楽しいなんて、面白いだなんて、そんな気持ちで見てくれる人を満足させるような芸ができるかよ!」
「そうだ、それで失敗して見た人ががっかりするようなことは決してあってはならないんだ」
 サニーとルナの姿をした二人は表層のアイドルだった部分をかなぐり捨て、凄惨なアイドル感をぶつけてくる。迫力は衰えていないが、わたしはもう気圧されることはなかった。その在り方は誰かを楽しませるというアイドルとしてあまりに歪で余裕のないものだったからだ。
 彼女たちはアイドルが完璧でなければならないという妄執に憑かれている。そして霊であるゆえ、その想いはどんどんエスカレートしており、フェアリィを応援する霊たちも巻き込みつつある。だからわたしたちを襲ってきたのだ。完璧な一つのアイドルを邪魔するものだから。
 そこに突破口があり、容赦なく突いてやるつもりだった。
「あなたたちはいつも完璧で、観客を満足させられるの?」
「ええ、もちろんよ」クラウンピースはサニーとルナの一歩後ろから堂々と宣言する。「わたしたちがフェアリィを始めてからこれまで一度だってミスをしたことはないわ。そしていつも観客を満足させてきた」
「あなたたちの目的は完璧な歌と踊りで観客を満足させることにある。それで間違いないわね?」
「くどいわよ。あんた、一体何が言いたいわけ?」
 地金が覗いているはずなのに、クラウンピースの中の人格は蓮っ葉な言葉でわたしのしつこさを咎めてくる。これが彼女の本当の本性のようだ。完璧と言っておきながら細かいところがますます剥がれ落ちている。もう取り繕いようがないくらいだった。
 そして我ながら悪辣で嫌になるが、剥がれ落ちたメッキのお陰で言質が取れた。あとは一気にごり押すだけだ。
「それならわたしたちがここで歌って踊っても構わないはずよ。何故ならわたしたちもまた観客を満足させられるから。一つでも観客を満足させられるアイドルなら、二つ合わせればきっと大満足に違いないわ」
 なんとも大口を叩いてしまったが、勝負を否定された以上はこの路線しかない。上手くいくかはこの会場に集まっている観客次第であり、これは一種の賭けだった。
 その目論見が上手くいったことは、観客席に座った人間たちのざわめきによってはっきりと伝わってきた。それはわたしたちのこれまでの活動が大なり小なり評価されているということでもある。どうでも良いポッと出の存在に毛が生えた程度だとしたら、期待も歓声もざわめきも生まれなかっただろう。仕方なく始めたアイドルではあるが、これはなかなかに良い気分だった。
 妖精たちにはそんなこと認められないと言いたそうな顔をされたが、観客席の盛り上がりはもう消せそうにない。
「分かったわ、飛び入りを認めてあげる」
 ここに至って折れるしかないと判断したらしく、クラウンピースは渋々といった調子でわたしの提案を認めてくれた。
「その船をもっと近づけて、二つの演目を交互に見られるよう観客席の位置と角度を変えるわ。それで良いわよね?」
 そして方針を改めた後の行動は早かった。霊たちはクラウンピースやサニー、ルナの人格を巧みに演じ、観客を盛り上げる。内心は悔しくてたまらないはずだが、そのことをおくびにも出さなかった。
「では早速、観客席の場所を移動させよう」諏訪子がいきなり水中からひょこっと顔を出す。地中から突如として現れた時といい、この神様はこういう出現の仕方しかできないのだろうか。「少し揺れるかもしれないから、みんなは席に座って待っててね」
 諏訪子が観客に声をかけて間もなく、観客席を固定していた柱が砂のようにぼろぼろと崩れ去る。数百人の観客を乗せられるほど大きいのだから自重で沈みそうなものだが、ぷかぷかと浮いてひっくり返ることもない。空飛ぶ船でやって来たわたしが思うことではないかもしれないが、なんとも不思議な構造物だった。
 妙なことに感心していると、観客席の後方から凄まじい勢いで水音が立ち、次いで移動を始める。水飛沫が激しくてよく見えないが、諏訪子が押して移動させているらしい。
 そして観客席の移動が完了すると新たな柱が水面から一度に生えてきて、再び固定してしまった。地中を自在に移動できる力といい、やはりこの神様は本気を出せば正しく驚天動地の存在なのだ。
 準備が整い、わたしたちは観客の視線に晒されることとなった。とはいえ流石にもう慣れっこだし、ここに来るまででリハーサルは済ませてあるから緊張はほとんどない。むしろ早く踊りたくて体がうずうずしているくらいだ。
 諏訪子は蛙泳ぎで聖輦船と鋼鉄の船、二つの舞台のちょうど中間まですいすい泳いでいくと何の前触れもなく浮き上がり、空中に静止する。手にマイクを持っているのは近くにいる黒子河童から徴収したのか、それとも最初から用意していたのかは分からないが、どちらにしても随分と用意の良いことだ。
「さて、素敵な乱入者が現れ、テンションも最高潮になっているかもしれないが、少しだけ清聴願いたい」
 諏訪子の声はいつもより若干低く、マイクを通過した声には有無を言わずに従わなければならないと思わせるような力がこもっていた。観客席のざわめきは一気に消え、吹き抜ける微かな風の音さえ耳に届くくらい静かになった。
「同時に演奏するというわけにもいかないから、ここはファンタとフェアリィが交互に演目を披露するという形で進行しようと思う。それでどちらを先行にするかだが……」
「はい、こっちが先ー!」どうしようかと相談する間もなく、チルノが大声で宣言する。「あたいのキンキンでご機嫌な歌と踊りで目を覚まさせて、ここから連れて帰るんだ!」
 チルノの目はフェアリィのメンバーの一人に注がれている。わたしはその姿に見覚えがあった。確か二童子が一番最初に四季の力を与えた妖精だ。それにしても知り合いを連れて帰るとは言ったが、そのせいで軽挙妄動に走るとは思わなかった。
 わたしとしてはできれば後攻を選びたかった。観客を満足させるための共演というのが建前ではあるが、これはファンタとフェアリィの勝負である。そしてこの手の勝負は後攻有利と相場が決まっている。
「先んずれば人を制す。良いのではないですかね」
 四季映姫がチルノの意見に賛同し、小町も大きく頷く。神社を休憩場所に使わせないぞとの意を込めて冷たい視線を向けたが、小町は上司の意見に賛同しきっているためか全く気にする様子がない。そしてこの場で一番の良識派が賛同したことで、先行の流れへと傾いていく。
「先も後も関係ない。勝つのはわたしだよ」
「わたしたち、ですわ」
 レミリアの宣言を咲夜がやんわり訂正する。この二人はどこに行っても全くぶれることがない。
「分かったわ、先行よ。どんな後追いも霞むほどのパフォーマンスを見せてやろうじゃないの!」
 やけくその発言だったが、皆の表情がぱっと明るくなる。いちいち決断して、気苦労を負って、なんだか損な役回りばかりだ。もう一人のセンターは何をやっているのだ、そう言えば目に見える場所にいないぞと佳苗を探して視線を彷徨わせれば、少し離れた場所でぼんやりと遠くを見ていた。
 佳苗の視線を追うと湖に立ち並ぶ柱の一つ、その頂上をじっと見ていた。そこに何があるのかときつく目を凝らせば、姿形こそ見えないがうっすらと神性の気配をを感じることができた。
 佳苗はわたしが横に立つと、きつい表情のままぽつりと呟く。
「あそこに神奈子様がいるのよ。姿も見せないで、それでも気になって様子をうかがっている。なんてせせこましい」
「ちょっとちょっと、家出したと言ってもまだ風祝なんでしょ?」
 風使いは遠くの小声も拾って聞き取ることができる。こちらの会話を聞いているかもしれず、慌てて耳打ちするも佳苗は一向に構わないといった調子だった。
「良いのよ、聞こえたって。だって本当に幻滅しているんだもの。いつもどっしり構えていて、交渉ごとを一手に引き受けて、守矢を支えるちゃんとしたお方なんだなって。風祝をいやいややっている時でさえ、そういうところだけは信頼してたのに」
 佳苗は目を擦り、しゅんと鼻を鳴らす。どんなことを考えていたかは分からないが、抑えきれない感情があったことは確かなようだった。
「家出は勢いだったけど、今は自分なりの考えをもってわたしの神様たちに叛逆している。わたしは皆と一緒に歌いきって踊りきって、最良の結果を出せるように頑張る……でも、その前に一つだけ霊夢に謝らないといけないの」
 この期に及んで、どんな告白をされるのか気が気ではなかった。それがファンタにとっての爆弾だったら、聞かなかった振りをするつもりだった。
「レッスンで少しだけ手を抜いた、みたいなのなら気にしないけど」
「そういうのじゃないの。アイドルって異変解決の手段みたいなものじゃない? でも、歌って踊って喝采を浴びるのって悪い気持ちじゃないのよね。今は少しだけ楽しいの。霊夢は真面目に異変解決の手段としてアイドルをやってるのに。レッスンの手抜きではないけど、不真面目とは言えるのかもしれない」
 わたしは思わず息をつく。諏訪子に気が逃げると言われた仕草だが、ほっとして気が緩んでしまったのだ。
「それならわたしも似たようなものよ。わたし、目立ちたがり屋でもお調子者でもないと思ってたんだけどね。友人に応援されて、脚光を浴びて、そういうのを楽しんでいるところはあると思う……というか面倒なことなんだから少しくらい楽しんでも罰は当たらないはずなのよね」
 弾幕決闘は異変に限らず、些事に至るまでの問題解決に使われるもので面倒や厄介を呼んでくる。それでもめげることなく巫女を続けていられるのは決闘自体が楽しいからだ。ひりひりするような、命のやり取りさえ生まれる遊びを楽しいだなんて、里に暮らすような人間からしたら顔をしかめるようなことかもしれないけれど。
「使命感だけでやっていけるほど、人間って強くないのよ、きっと」
 わたしの言葉に佳苗は目をぱちくりとさせる。当然のことだと思っていたが、佳苗にとっては思いも寄らないことだったらしい。
「わたしね、宇宙船の中にいた女性にあのことを聞かされてからずっと、使命感みたいなものに衝き動かされて来たの。足下は信じていたよりずっと不確かで、だからわたしは地面に立って安心していられる生活を守らなきゃいけないんだって。でも、もっと気楽で良いなら……その、上手く話せないんだけど。やっていけそうな気がする」
 佳苗は大きく深呼吸すると、神奈子がいると言った柱の上に視線を向け、あかんべえをする。次いでわたしに向けた笑顔は完全に吹っ切れており、迷いもなかった。
 わたしたちは以前と同じくこつんと拳をぶつけ合い、皆が準備を整えるステージに合流する。先行か後攻かを悩んでいたのが馬鹿だと思えるくらいに、心は前を向いていた。

 全員が揃うと今まで背後に控えていた雷鼓、弁々、八橋の三人が声をかけてくる。
「じゃあ、リハーサルと同じで一曲目から行くわ。ビートをがんがんに効かせるから、付いてきてね」
 アイドルの曲はビートを効かせるものではないし、琵琶や琴はギターのようにかき鳴らすものではない。だが当初からそのスタイルのままだし、ごろごろと雷音のようなドラムはスモークを雲に見立て、ステージを暗くする演出を自然に行えるから都合が悪いばかりではない。今は雲山という雲のお化けみたいな入道がいるから、余計にビートの効いた導入はうってつけだった。
 そして前奏が終わると同時、濃い影で暗くなったステージを黒子の河童と雲山の弾幕が色とりどりに照らし上げる。ぱらぱらと移り変わる光と影、街を行く幻想、愉快に踊るわたしたち。グループ名と同じ名前を冠する曲、ファンタズマゴリアは隠岐奈曰く、過去の地球でとあるアイドルが歌った歌であり、今は私たちの持ち歌の一つだ。
 わたしたちは移りゆく幻想、ああ夢と希望は楽しい。
 最後の一フレーズが終わり、リハーサルと違って雷鼓と九十九姉妹は短い後奏だけで曲をぴたりと締める。観客席から歓声の嵐が吹きすさび、これまでで最高の歌と踊りを披露することができたのだと確信する。
 これがいまわたしたちのできる全てだ。でもこれだって、後攻のフェアリィがあっさり越えていくかもしれない。興奮の坩堝にいてもなお不安を覚えるほどに、彼女たちは完璧だった。歪んでいるけれど、それはフェアリィの魅力を欠片も損なわない。
 歓声が終わると、わたしたちは観客とともにフェアリィが準備を始めている鋼鉄の船に視線を向ける。前にテレビ越しで見たように、サニーの能力によってステージ一帯が夜のように暗くなり、ファンタよりもくっきりとしたライトアップを実現している。三姉妹の前奏も雷鼓や九十九姉妹のように派手ではなく、アイドルのための曲が始まるということがはっきりと分かる演奏だ。完成度ではやはりフェアリィが数段上を言っている。アイドルを実際にやったからこそ、その凄さがより強く伝わってくる。歌も踊りも四列五十二人が整っており、それでいて無機質ではない。躍動感と、生きるものを励まし元気づける歌詞も、胸に強く響いてくる。
 いつもならこのまま最後までミスすることなくパフォーマンスを続けたはずだ。でも今日は違った。列も行も少しずつずれ始め、ほんの僅かだけ外れた音程が更なる歪みを生んでどんどん崩れていく。そして一度生まれたちぐはぐをフェアリィは最後まで立て直すことはできなかった。曲が終わったとき観客席からは歓声が飛んだけれど、中には戸惑いを浮かべ、どう対応して良いか迷っている観客もいた。
 そして当の本人たち、フェアリィが最も戸惑い、不安のせいか近くの妖精同士で顔を見合わせている。リーダー格のクラウンピース、サニー、ルナ、スターはこれまでずっと上手く行っていた歌と踊りが完璧に合わせられなかったせいで可哀想なくらいに顔色を失っており、そのまま卒倒するのではと思うほどだった。
「どうしてあんなにも急に崩れたんでしょうか?」
 ぽつりと呟いたのは美真だったが、それはわたしの疑問でもあった。
「そりゃ、あたいたちの歌と踊りがあまりに上手かったからびびったのさ」
 チルノの答えは単純過ぎると思ったが、レミリアは満足したのかしたり顔で何度も頷いてみせる。こいつらは本当に調子が良いなあと言いたげに美真の顔を見ると、意外にもそれで納得した様子だった。
「これまでの話から察するに、彼女たちは他のアイドルと切磋琢磨をした経験がないのかもしれません。あるいは……彼女たちは自覚してしまったのかもしれません」
「自覚したって、何を?」
「アイドルの楽しさです。これまで彼女たちにとってアイドルとは誰かを楽しませるためのもの、自分たちにとっては楽しくないものだった。話を聞いていてそのような事情がひしひしと伝わってきました。わたしもどこかの誰かに無理矢理誘われて、実を言えば面倒だなあと思っていましたが、歌と踊りを披露して評価されるのは悪くないし、ちょっと楽しいかな? なんて感じたりもしました。アイドルとはわたしみたいな根暗ですら変えてしまうほどに明るいものなんです。長年に渡ってアイドルを続けてきたであろう彼女たちがその魅力を感じないはずがない。それなのにずっと気持ちを押し殺して、完璧なアイドルを演じようとしました。フェアリィの完璧さの秘密はきっとそこにあるんですよ」
 美真の長口上によって、わたしにもようやくフェアリィの失敗の理由が飲み込めた。楽しいと感じてしまったから上手くいかなかったのだ。それは悲しいことであり、そして残酷なことであったが、とことんつけ込まなければならない。
「わたしたちはこれまで以上に愉快で楽しいアイドルをやれば良いってことね?」
 それはもはや難しいことではなかった。皆が大なり小なりアイドルの楽しさを知ってしまったからだ。
 ファンタは勢いに乗って二曲目、三曲目ともにきっちりと歌い切り、踊りきった。相手のミスによって気が落ち着いたのか、それとも楽しむことをより意識したのか、どちらもリハーサルより切れの良い舞台を作ることができたと思う。対するフェアリィは曲が進むごとに歌も踊りもどんどん崩れていく。毒蛇の一噛みがじわじわと全身を蝕むように、アイドルが楽しいものかもしれないという毒がフェアリィを壊していったのだ。
 これは勝負ではないが、優劣ははっきりとしていた。それを決定づけたのはフェアリィの三曲目が終わったと同時、湖中に響いた耳障りなノイズだった。
 クラウンピースがマイクを地面に叩きつけたのだ。
「もう嫌だ、なんなのよこれ。楽しくない、辛いだけなのに、完璧でもなくなった。こんなのやってる意味がない!」
 耳を塞ぎたくなるほどに悲痛な叫びだった。
「おうちへ帰りたいよう! アイドルも戦闘機乗りもやりたくない! 爆撃や潜水艦に怯えるなんてもう嫌だ!」
 戦闘機や潜水艦がどういうものかは分からない。でも爆撃の意味は分かる。空中から地上の標的に攻撃を仕掛けることだ。彼女たちはアイドルだが他のこともやっていて、それは爆撃に晒されるような恐ろしいことなのだ。
 そしてクラウンピースの声によって堰が切れたのか、ところどころで啜り泣きが始まり、泣かなかった者も深く俯いて立ち尽くしてしまった。これではもう演目を続けることはできないし、この雰囲気ではわたしたちも四曲目を始めることはできない。
「これ、わたしたちの勝ちで良いのかな?」
 佳苗の問いに、わたしは首を横に振る。これは勝ちでも負けでもない、もっと酷い状況に陥ってしまった。このまま終わってしまえば誰にとっても酷い結果となる。
 いや、もう酷いことになっていた。フェアリィの窮地と思ったのか、湖を囲むように咲いている花々に宿っていた霊が一斉にこちらへ向かってきていた。単なる妨害だった先程と違い、今度は本気で攻撃を仕掛けてくるかもしれない。
 いざとなればあいつらを迎撃する予定だった。博麗の巫女はこの場にいる人間の安全を守る必要がある。そんなわたしの前に腕を伸ばし、制止する者がいた。
「ことを荒立てる必要はありませんよ」四季映姫の顔はアイドルではなく、厳然とした裁判官のそれとなっていた。わたしだけでなく周囲全体を圧倒する迫力であり、一歩も動くことができなかった。「あれは荒ぶる霊ではありません。動向を見守ってあげましょう」
 わたしは頷くことなく、霊の群れを注視し続ける。もし人間に危害を加えるようなら四季映姫の制止を振り切ってでも霊を退治するつもりだった。
 霊たちは観客席に向かわず、フェアリィの舞台である鋼鉄の船をぐるりと取り囲む。何を言っているのかは分からなかったが、冷たい霊の集合だというのに伝わってくるのは熱気のような感情だった。さっきまでしくしく泣いていた妖精が泣きやみ、立ち尽くしていた妖精が顔を上げる。
 あの霊たちが何をしているのかがようやく分かってきた。ファンとしてフェアリィを励まし、応援しているのだ。
 人ならざる乱入者たちにざわついていた観客席も、自分たちと同じアイドルのファンだということに気が付いたのだろう。疎らに飛び始めたエールは湖を揺るがす声援となり、短い間の活動であっても、フェアリィは人間たちの心をがっしり掴んでいたのだとはっきりと示していた。
 そしてとうとう、クラウンピースが叩きつけたマイクを拾い上げる。
「ありがとう、みんな! わたしたち、こんなにも無様だったのにみんな応援してくれる。この気持ちにどう応えたら良いのかしら?」
「そんなの、歌って踊れば良いに決まってる!」
 熱気に押され、わたしはそう叫んでいた。対決すべき相手だというのに、エールを送らずにはいられなかったのだ。
「分かった。いつもより上手くできないかもしれないけど、精一杯頑張るわ!」
 クラウンピースの宣言に応えるよう、三姉妹が四曲目を奏で始める。先攻後攻が逆になってしまったが、きっとこれで良いのだろう。
 メンタルがぼろぼろで総崩れしてしまったとは思えないほどの統率で、フェアリィは四曲目を見事に歌い、踊ってみせた。完璧とは程遠く、ラインも歌も崩れていたけど、それでもわたしたちよりは一回りも二回りも上手かった。
 もちろんこちらだって負けてはいられない。四曲目はこれまでの中で最高の歌と踊りだったが、フェアリィの五曲目は完全に立ち直っており、歌も踊りも思わず見惚れてしまうほどに素晴らしかった。
 決して崩れることのない歌と踊りだけじゃない。一人一人が伸び伸びと、楽しそうにアイドルを演じていた。これまでの彼女たちには重い重い枷がかかっていたのだ。それが解き放たれたいま、フェアリィを止められるものはどこにもいなかった。
 これが競技だったら完膚なきまでの敗北だっただろう。でもそうではない。二つのグループが競い合いながらも、決闘とはまた違う空気が生まれていた。たとえ敵わなくても、歌と踊りによって生まれる喧噪と喝采の中心にいられるだけで楽しかった。
 アイドルも観客も、皆が舞台を盛り上げていた。全てが騒がしく、心地好く、夢中で駆け抜けていった。
 この中に敗北者は誰もいなかった。皆が楽しんで、皆が勝者だった。他人の気持ちを完全に知ることはできないけれど、わたしはそれを確信することができた。

 そして盛り上がりは最後まで衰えないまま、二つのアイドルによる合同ライブは幕を閉じたのだった。

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