東方二次小説

2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52   チャイルド52 第12話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52

公開日:2018年06月21日 / 最終更新日:2018年06月21日

 幻想郷でいま最もホットなのは言わずもがな、守矢神社プロデュースによって超新星の如くデビューを果たした妖精52人のユニット、フェアリィ52である。四季祭りの担い手として郷に四季を振りまく妖精たちはその一人一人が華々しい衣装と生来の可憐さで人気を博していたが、グループになっても些かも衰えることはない。更には妖精と思えない統率を見せ、一糸乱れぬ歌に踊り、光と音の演出も完璧である。フェアリィ52こそ今後のアイドルシーンを長らくリードしていく存在となるだろう。
 
 いやいや、いま幻想郷で最も熱いのはファンタズマゴリア、通称ファンタを名乗る十人組のユニットですよ。歌にも踊りにも荒削りなところがあるのは認めざるを得ませんが、その瑕疵は一日ごと着実に拭われつつあります。ネットを通じたライブ配信、個性的なパフォーマンスの数々、ゲリラ的な活動の一つ一つに目が離せません。彼女たちの新規性こそ今後のアイドルシーンのデファクトスタンダードとなっていくはずです。
 
 
「と、こんな感じでネットではいま、フェアリィ52とファンタの対決機運が急速に高まっています。後追いですが従来のメディアにも、この二グループがいずれ全面対決するのではないかという空気を形成しようとする機運があります」
 遠子はそのことをやや誇らしげに語ってくれた。おそらくこの二項対立が発生するよう、全力でネットを煽り立てたのだろう。
「報告ご苦労、良い案配で進んでいるようだね」
 隠岐奈は満足げに頷いたがわたしは二人ほど楽観していなかった。
 確かに遠子が話したような空気は徐々に出来上がりつつある。回線の高速化によって可能となったライブの生配信はネット界隈を賑わし、回線が従来の何千倍もの速度となったことも合わせ、新たなお祭り騒ぎにも似た状況へと発展した。そしてネットの評判は外へと広まりつつある。
 たった三週間ほどで、郷に住むかなりの人たちがファンタを知ることになった。ネットや屋台で販売が開始された河童産のグッズもかなりの売り上げらしく、信じられないことだがわたしのグッズも売れているらしい。それを聞いたときは本当かよと思ったが、にとりの熱心な説明を受けてようやく納得したのだった。
 飛び抜けて売り上げが大きいのはレミリアのグッズである。これは彼女が吸血鬼として既に大きく知られており、西の里に彼女のファンが多いからだと考えられる。小町はぶうぶうと文句を垂れていたが、四季映姫とセットでグッズが買われていくことが多いと聞くとすっかり機嫌を直してしまった。レミリアは一番人気を獲得できたせいかすっかりご満悦であり、乗じてパフォーマンスのキレもぐんぐん上がってきている。たまに頭上を覆う紅い霧が太陽から身を隠してない時があってヒヤヒヤするけど、観客は気付いていなかった。歌や踊りに釘付けになっているのかもしれないし、もしかすると何かの演出であると勘違いしてくれたのかもしれない。
 チルノとメディスンはグッズの売り上げこそ下の方だが、熱心なファンは多い。二人とも人形のように可愛らしく動くから、その手の趣味がある人にはたまらないだろうなというのはなんとなく理解できた。あとこの二人は舞台にスモークを焚くことができるので、舞台を盛り上げるのにも一躍買っている。
 もっと役立ちそうな能力を持っている咲夜はといえば普通に歌って踊るだけだ。これはレミリアが「時間停止なんて使ったらわたしより目立つからやだ」とゴネた結果だ。これにはなんでも利用すると宣言した遠子も、手段を選ばなさそうな隠岐奈も反対すると思っていたのだが、あっさりと受け入れてしまった。レミリア個人の気遣いだとばかり思っていたから、どうやらそうではないらしい。この二人だけではなく文や小町、四季映姫までもが時間停止を使うと芳しくないと言いたそうな顔を浮かべることがあった。
 かつての霊夢が古くから生きている神や妖怪に影響を与えているように、かつての咲夜もまた多くの感銘を集めていたのかもしれない。当の本人はそんなこともつゆ知らず飄々と歌や踊り、MCをこなし、ともすればアイドルらしくない発言や行動を取ろうとするレミリアをさりげなくフォローに回るといった感じで、半分くらいはメイドの仕事と変わらなさそうだった。さりげなく目立たないよう振る舞うため印象は薄く、人気もファンタの中では下の方だが、それを特に気にしている様子は見られなかった。
「掲示板やチャットも流行ってるし、動画の再生数もうなぎ登り。いまやファンタは幻想郷に吹く強風と言っても差し支えはないと思うね」
 隠岐奈はわたしたちを褒めちぎると、動画再生ソフトを起動して最大化する。ネット配信している動画と同じ品質だが、画面一杯に広げてもくっきりと細かい所まで見えた。
 冒頭三十秒は雷鼓と九十九姉妹の到底和楽器とは思えない激しいビートから入る。これはあの三人が是非ともと言って元の曲に無理矢理アレンジを入れたものであり、自己主張が終わって歌のパートになれば可愛らしい曲調に変わる。
 そしてこれまで漂っていた大量のスモークが文の風によって一気に吹き飛ばされ、わたしを含めたファンタのメンバーが一斉に姿を現わす。飛び交う歓声、複数色のペンライトが弾幕の波のようにうねり、推しの名前を呼ぶ野太い奇声が疎らにかかる。
 十人の姿がはっきり見え、さてこれから歌と踊りというところで美真が動画の再生を停め、律儀に手を挙げる。
「あの、すみません。一つよろしいでしょうか?」
「ん、なんだね? これまでの演出に不備でも?それとももっと良い演出を思いついたのかね?」
 皆の注目を浴びて少しまごまごしていたが、それでも大事なことだと考えたのか意を決し、画面のある箇所を指差す。
「やっぱりですね、その……このスカート丈は短過ぎると思うんですよ」
 わたしは思わずずっこけそうになる。隣に座っていた佳苗もぽかんとした表情を浮かべていたし、美真の意見には全体的にぴんと来ない様子だった。
「複数の紫系の色を織り交ぜた服とスカートは上品で華やかですし、動きやすさという点でも文句なしです。皆が同じ服を着るというのは個性のバラバラなグループをまとめ上げるのに一役買っていますし、胸元の赤いスカーフもアクセントだと思います。学生服ってわたしの世界だと既に廃れきった習慣ですが、こんな使い方もできるのかと感心しました。でも、やっぱり……」
「スカートの丈が短いと? でも、アイドルは膝上十センチからって諺もあるくらいだ。際ど過ぎるのは下品になるが、少女の足という魅力を最大限に引き出すならばこれくらいは必要だよ。それにこのスカートは絶対に安心だ。ほら、続きを見てごらん」
 隠岐奈が動画の停止を解くと、希望やら明日への活力やらを軽い調子で歌い上げる、いかにもアイドルっぽい曲が流れ始める。レッスンを始めた頃に比べれば動きは遥かに洗練されているし、声の伸びもプロのものと比べて遜色はない。とはいっても短期間で無理矢理詰め込んだ上、背後で踊る二童子の踊りの力をフルに受けてブーストがかかっているから辛うじて出せるものであり、日常に戻れば同じことはできないだろう。もっともこれはいま注目するところではない。
 一番まで歌ったところで美真が動画を停止し、うむむと気難しい唸り声をあげる。
「本当だ、結構激しい動きなのに白いものがちらりとも覗きません。これは隠岐奈さんの力なんですか?」
 だとしたら思いやりも少しはあるのだが、隠岐奈は「いいや、わたしはちょっとくらい見えた方が良いと思っていたんだよ」などと身もふたもないぶっちゃけ、美真の顔を不信に彩らせるのだった。
「縫い口から徹底した律儀さというか、仏の徳のようなものを感じる。わたしは何もしてないし、二童子にも命令を与えていないのだから、これができるのはこの中に一人しかいない」
「つまり四季様がやったということですかね?」
 小町は流石上司なだけあって、上司の仕業だと真っ先に気づいた様子だった。
「破廉恥御法度、許しませんという思いを込めたのかしら」
「いえ、わたしは何もやってませんよ。お針子の仕事が回って来たので手伝っただけです。回して来たのは確か霊夢だったような……」
 ここ数週間目まぐるしかったから誰にどんな仕事を割り振ったかなどろくに覚えていないが、四季映姫に渡した仕事のことはすぐに思い出した。大人数向けの料理を作るのには全く向いてない性格だから別の仕事を割り振ろうということで、隠岐奈からもらっていた仕事を回したのだ。
 彼女に依頼しなければスカートから下着がちらちら覗くのが嫌で、美真のダンスはキレが悪くなっていたかもしれない。どうやらわたしの采配は知らぬ間に一つの問題を解決していたようだ。正確には四季映姫の閻魔力によるものだが。
 それにしてもこの子、ダンスで下着が覗くのは駄目なのに弾幕決闘は平気なんだろうか。下から覗き込めばあっさりと見えてしまうのに。
 わたしより仲の良い佳苗なら知っているのかなと思い、視線を寄せると人差し指を口元に当て、首を横に振る。どうやら気付いていないらしく、佳苗は友人のよしみで黙っているようだ。聡明なはずなのだが、彼女も郷で魔法使いの暮らしを始め、魔理沙に師事するだけのことはあって時々妙に抜けたところがある。
「でも今更、下着が見えるくらいで恥ずかしがることもないと思うけどね」そして佳苗の配慮を無にするようなことを、レミリアがさらっと口にしようとしていた。こいつときたら!「だって、弾幕とかやるときむがむがむが……」
 慌てて背後に回り、口を押さえる。
「吸血鬼って長く生きてるんでしょ? 気くらいきかせなさいよ」
 むがむが言いながらじたばたしていたレミリアだが、これでようやく察してくれたらしく、わたしの手を口から外しても続きを口にすることはなかった。メディスンはそんなわたしたちを澄ました顔で見ており、気付いてるけど黙ってますよーという配慮が無言のうちに伝わってくる。
「それより早く二番も聞こうよ。こっからあたいが目立つんだからさ!」
 そしてこの能天気な氷妖怪は何も気付いていない。わたしははいはい分かりましたというポーズを取り、動画を再生する。今度は誰も最後まで止めることはなく、間奏や後奏が歌詞と浮き上がっていたことを除けば問題はなかったし、それも味として許容できる範囲内だった。
「踊りも大分さまになってきているね。あくまでも素人のやることという限定をつけてだが上の上と言って良いだろう」
「そこはプロ顔負けとか言って欲しかったな」
 隠岐奈の太鼓判にもレミリアは不満げだった。これなら異変が終わった後も定期的にライブを開いても良いかもな、みたいなことを何度か口にしていたから自己評価はもっと高かったのだろう。いかにも吸血鬼らしい考え方だった。これも隠岐奈はおべっかとともに認めるのかと思ったのだが、途端に顔をしかめてしまった。
「芸能のプロってのはそれで稼ぎ、生活していかなければならない。その上で己の芸を刻苦して磨かなければならない。あまり水を差すことは言いたくないが、わたしたちのやっていることはあくまでも学芸会の延長みたいなものだ。それだけは肝に銘じておくことだね」
 随分と厳しい言い方であり、派手な喧嘩にならないかとはらはらしたのだが、反論を口にするものは一人もいなかった。文句を言いそうな筆頭だと思っていたレミリアも隠岐奈の言葉に納得してしまったようだ。
「生活の糧とするなら確かに労苦は付きまとうんだろう。わたしのやることを学芸会とは言わせないが、言いたいことは分かったよ。舐めた口はもうきかない」
 我侭な発言は多いが、彼女も紅魔館を中心とした一帯を取り仕切る領主であるから、稼ぎや生活といったこととなれば真剣になるということなのだろうか。単純と思えばたまにこうして複雑な顔を覗かせるのだから、吸血鬼というのはいまいちよく分からない。
「いやいや、わたしも少し言い過ぎだね……お詫びといってはなんだが、もうすぐテレビで面白いことをやるので、是非とも楽しんで欲しい」
 どうやら隠岐奈は何かを仕込んでいるようだ。テレビは居間にあるので、PCのあるわたしの部屋から居間へと皆でぞろぞろ移動する。わたしは全員が退室したのを確認すると、部屋の中に所狭しと敷いてあった座布団を全回収して担ぎ上げる。かつて遠子が語ってくれた伝説の座布団運び職人のことを思い出しながら、わたしはえっちらほっちらと座布団を運ぶのだった。
 居間にきたらすし詰め状態の部屋の隙間を縫って、座布団を床に配置する。弾幕決闘の数少ない日常への活かし方だ。まあこんな大勢が集まってわちゃわちゃするような状況が日常とは言い難いのだが。
 皆が座ったのを見るとテレビの上にあったリモコンを操作して、フェアリィ52の専門チャンネルに切り替える。ちょうど全てのプログラムが終了したところらしく、アンコールの声がスピーカーからびりびり伝わってくる。守矢の特設会場は今日も大盛況らしい。ファンタのコンサートも客はかなり増えたけど、ここまでの勢いはなかった。
 湖の上には妖精たちが舞台としている巨大な鉄の船が浮いており、辺りは昼間なのにまるで夜のように真っ暗だ。おそらくはサニーミルクの光を操る能力を使用しているのだろう。普段だとこんなことはできないが、四季のはざまの妖精として力を得た彼女は妖怪のように力を発揮できるらしく、会場の光を完璧に制御して演出に利用していた。
 そして度重なるアンコールに応え、一瞬にして52人の妖精を再登場させた。おそらくスタンバイは完了していて、サニーが能力を解除しただけなのだが、熱狂している観客はまるで気にする様子もない。
 妖精たちの登場とともにアンコールの声がミュートをかけたように消え、プリズムリバー三姉妹の奏でる前奏が会場全体に広がっていく。こちらはルナチャイルドの持つ能力が発揮されているのだろう。これまで悪戯にしか使えない能力だと思っていたが、能力強化されているとはいえ、ここまでコンサート演出に長けたものであるとは思ってもみなかった。
 曲とダンスが始まれば、音と光ではなく存在感までを操作して一つ一つの演出にメリハリが効いている。スターサファイアの能力は気配を探るだけだと聞いていたが、力を強くされたことで気配の強弱を操作できるようになっているらしかった。そしてクラウンピースの能力は言わずもがな、観客の心象を手にした松明で煽り立てる。踊りの動きも完全に統制されていて、モニター越しだというのに見ていて引き込まれそうになる。直に見ていればそれこそ麻薬的な熱狂を味わうことができるに違いなかった。
 アンコールの一曲が終わると再び観客の熱狂が会場を埋め尽くす。妖精の急拵えユニットとは思えない舞台だった。
 数分ほどしてようやく熱狂が収まると、クラウンピースが松明をマイク代わりにMCを始める。
「さあ、今日のライブはどうだったかな? 楽しんでくれたかしら?」
 ルナの能力によって拡声された彼女の高い声は収まったはずの熱狂を呼び起こし、どうどうと宥めるまで続く。アイドルのファンを豚と表現する人がいるのも少しだけ分かるような気がした。
「うんうん、それは良かった。あたいたちも喜んでくれて嬉しいな。さて、今日のコンサートはこれで本当におしまい。ではみんな、気をつけて……」
 トークはあっさり目だがみな特に気にする様子もない。ファンタはライブ終了後に持ち回りで掛け合い漫才のようなことをやっているのだが、ああいうのはもしかして必要ないのかもと思うくらいだった。ライブだけで完全燃焼したと言いたいのかもしれない。
「ちょっと待ったあ!」
 静止の声がかかったのは観客が帰り支度をし始めたそのときだった。続いて船上に旋風が舞い、いつのまにか一人の天狗が降り立っていた。耳がぴんと立っており、高下駄を履いているから文と同じ鴉天狗なのだろう。紫のリボンでツインテールを結い、服の色は薄紫、スカートは紫と黒の市松模様という紫尽くしの派手な色遣いである。
「おや、はたてじゃないですか」
 案の定、文は彼女のことをよく知っているようだった。
「手紙のようなものを持っていますが、まさか果たし状ではないですよね?」
 文は揶揄するような言葉と視線を隠岐奈に向ける。元々相性が良くないのか、文は隠岐奈に対して突っかかる言動を取ることがたまにあるのだ。
 はたてと呼ばれた天狗はクラウンピースの前まで近付けると手紙を突きつける。だが文の指摘と異なり、手紙を包む紙には果たし状ではなく企画書と書かれていた。
「これは一体、どういうことかしら? 鴉天狗だなんて鳥頭に毛の生えた妖怪がどんな企画を持ってきたの?」
 天狗のプライドの高さをつく露骨な挑発だった。だがはたては特に動じることも、怒りを表すこともなかった。
「最近ネットでファンタというアイドルグループが急速に活動を加速させているのはご存知かしら?」
「まあ、名前くらいは聞いたことがあるわね。麓でどんどん人気を広げてるって話じゃない」
 意外なことだが、妖精たちのほうでもファンタを認知していたらしい。てっきり眼中にないと思っていたのだが、あるいは守矢のほうで情報を集めているのかもしれない。
「巷には幻想郷でいま最もホットなアイドルを決めるため、二つのグループが対決するのではないかという噂が溢れているわ。その期待を現実にする機会を設けたいと思い、不躾だとは思ったけどこうして交渉にやって来たの」
 はたての説明で、遠子がネットを利用して世論を煽り立てた理由がようやくわたしにも分かって来た。全ては対決の場を作るための下地作りだったのだ。無理矢理にであれ世論が作られたところで、はたてがライブに乱入して提案をつきつける。承諾すればよし、拒否すればネットにフェアリィ52が逃げたと散々に書き立て、対決しなければならない状態に持ち込んで行くのだろう。なんでもやるとは言ったが、正になりふり構わない泥仕合を仕掛けているのだ。
 わたしはいよいよ放送を食い入るように見つめる。上手く行けば言質をとって直接対決に持ち込めるかもしれない。
 はたてにマイクを向けられ、クラウンピースはしばし顔を俯ける。妖精の頭で精一杯に考えているのかと思ったが、すぐに違うことがはっきりした。ぷるぷる震えたかと思えば、堪え切れないと言わんばかりに大笑いを始めたからだ。
 どういうことかと怪訝そうなはたてに「いやー、だって当たり前じゃない?」と声をかけてきたのは三妖精の一人、サニーミルクだ。彼女もクラウンピースほどではないが、今にも大笑いしそうな様子だった。
「だってさ、わたしたちに比べたら人数も少ないし、歌も踊りもぎこちないし。頑張っていることは認めるけど、直接対決だなんて可笑しいったらありゃしない」
 なんともな酷い意見だったが、サニーの言うことはもっともだった。局所的に目立っても、郷全体の評判を見ればフェアリィのほうがずっと上を言っている。そして下手な逃げを打つことなく、挑発に乗ることなく、逆にファンタを挑発し返して来たのだ。
「失礼、嘲笑うつもりはないんですよ」
 サニーの横からスターが口を出す。その落ち着いた物腰にはこの場の熱を冷まそうとする意図が感じられた。
「でもね、それでも可笑しいことなのよ。わたしたちが向き合うのは別のアイドルグループではなく観客なのだから。観てくれる人よりも優先されるものなんてない。アイドル同士の対決はその大原則に反すると言って良いでしょう。だから他のグループと争うことなんてあり得ません」
「そうそう、そういうことなのよ」
 そしてスターの隣からルナがひょこっと姿を現す。
「わたしたちはいつでも観客の方を向いている。そして進化し続けてる。そんなわたしたちのこと、応援して欲しいな」
 そして持ち前の陽気さをもって、話をまとめてしまった。観客の熱狂によってはたての登場と持ち込まれた企画書の熱はあっという間に飲み込まれてしまった。更には直接対決で優劣をつけるという当初の目論見まで崩れてしまった。
 明確な作戦失敗であり、非難を表明する複数の視線が隠岐奈に集まる。だが隠岐奈はそれでも余裕を崩すことなく、むしろほくそ笑みを浮かべるのだった。
「何よその顔は。まるで策を的中させた策士のようだわ」
 わたしの嫌味な物言いに、隠岐奈は大きく頷いてみせる。
「うん、その指摘は正しいよ。この反応はわたしの目論見通りだからね。そしてみな、よく聞いてくれ。これから五日後に直接対決を仕掛ける」
「ちょっと待ちなさいよ、なに言ってるのよ」
 いま、直接対決はあり得ないと突きつけられたばかりのはずだ。この発言は流石に脳天気過ぎる。これまでの行動から何か算段があるのかもしれないいが、説明もなしに勝ちのない賭けを打たされるなんて冗談じゃない。少なくともわたしは乗れなかったし、部下の二童子も含めここにいる全員がわたしと同じ気持ちでいることは表情から容易に察することができた。
「わたしもできるならば今ここで説明したい。だが、わたしの披露したいものは一見が百聞を凌ぐ類のものだ」正しくは百聞は一見にしかずだが、言いたいことは理解できた。隠岐奈がいかなる切り札を隠し持っているかは知らないが、実際に見なければその凄さが分からないと言いたいのだ。「一目見ただけでわたしが正しいと分かるだろう。分からなかったらこの神社に生えている桜の木の下に埋めても構わないよ」
 そこまで自信を持って言われると少しは信じてみたくなる。だが彼女は紫、しかもあの大きくて何を考えているかよく分からないほうと同じ臭いを感じる存在だ。完全に信用するわけにはいかない。
「あんたなんかを桜の木に植えたらどんなことが起きるか分からないわ。そこまでしなくても針千本飲ます程度で許してあげる」
 わたしの言う針千本とは子供同士が小指を絡めて約束する時のもので、実際に針を千本飲ませる気などない。本当に真剣なのかという一種の問いかけのようなものだ。
「では二童子に命じて針を千本用意させよう」
「げー、千本も集めるなんてめんどい」
「それにお師匠様は針を千本飲んだくらいじゃ死にませんよね」
 隠岐奈の命令に舞と里乃はそれぞれの反応を見せる。隠岐奈はこいつら躾が必要だな、と言いたげな顔を一瞬浮かべたが、次には「ははは」と空笑いを浮かべる。うすうす察してはいたが、部下への威厳はあまり持ち合わせていないらしかった。
 問いは巧みに逸らされ、三人の醸し出す間抜けな空気に侵されていく。こうなるともう強く出ることはできそうになかった。
 
 
 隠岐奈に秘策があることは分かったが、それで不安が解消されるわけではない。それどころか懸念はますます深まるばかりだった。
 その最たるがファンタとフェアリィ52の間に埋め難い実力差があるということだ。少なくとも隠岐奈にはそのことが分かっているはずなのに方針を改める様子がない。というかあいつらは妖精のくせに統制が取れ過ぎだ。
 春の妖精が集まってアイドルのようなことをやっていた頃からそうだったし、52人のアイドルグループになってからはその傾向がますます強くなった。わたしが知る妖精というのはもっと気紛れで、集団行動なんてできるものではない。天狗の乱入者に当意即妙な受け答えができるような頭も持っていないはずだ。グループの中心に立つ四人の妖精はそこそこの知恵者だが、プラス守矢の三柱に知恵を吹き込まれていたとしてもあそこまで上手く世論を誘導できるものだろうか。
 大量の幽霊が発生した件も解決していないし、夢も思い出せていない。二童子の力のせいで夢を見るような眠りをどうしても得られないのだ。
 隠岐奈は絶対に何か隠している。だが事情をろくに知らない現状では積極的な行動を取ることができない。
 天狗による企画書作戦が不発に終わった翌日、佳苗と里に買い出しに出かけたとき、わたしはずっと胸に秘めていた計画を打ち明けた。
「単独行動をする時間を取りたいって、どういうこと?」
 それは皆と離れ、少しの間だけ単独で調査に向かうというものだった。
「これまで得た情報は伝聞ばかりで実際に見聞きしたものがあまりにも少ない。それがどうにも落ち着かないのよ」
「それは、摩多羅隠岐奈が信頼できないってこと?」
「いいえ、あいつは確かに胡散臭いけど敵ではないと思う。でも完全に味方とも言い難い。それを確かめるため、佳苗にはわたしと一緒に買い物をしたということにして欲しいの」
「つまりはアリバイを証言して欲しいってことね」
 佳苗は今回の件に強い使命感を持っている。わたしの勝手な行動を咎めるかもしれないとも考えた。それでも佳苗に頼んだのは、これが彼女と一緒に解決すべき異変だと思ったからだ。
「わたし、嘘をつくのはあまり得意じゃないの。だからすぐにばれるかもしれないけど、霊夢の言ったことは頼まれてあげる。で、どこを探るつもりなの?」
 わたしは遠くに見える妖怪の山を指差す。
「今は架空索道を使って山に登る人間たちが大勢いるから、他には目が行き届いていないはず。それに山を見張っている妖怪たちはわたしたちの側だから、もし見つかっても素知らぬ振りをしてくれるはず。妖精たち、そして守矢の三柱、この二つに関する情報を集めたいと考えているの」
 佳苗が良い顔をしないのは分かっていた。でも家出までした佳苗が守矢周辺を冷静に探ることができるとはどうしても思えなかった。
「わたしが行けばどうしても感情的になるわよね。必要な情報を聞き出す暇もなく喧嘩になってしまうかもしれない」
 その意図を佳苗は十分に汲んでくれており、わたしは思わず息をつく。
「わたしにも聞き出せるかどうかは分からないけど、あそこに行かなければならないという気持ちは前よりも強くなっている。きっと何か分かるはずよ」
 根拠のない勘のようなものだが、以前の異変でもそれに従ったことで上手くことが運んだ。今回も内から湧き上がる気持ちに従おうと考えたのだ。
 
 
 妖怪の山はわたしが睨んだ通り、警備が架空索道とその周辺に集中していた。最初は樹木に紛れ、川沿いを目立たないように上流へ向かい、滝を一気に駆け上って山の中腹まで。いつもなら天狗や河童の目に止まるというのに、今日は誰にも見つかることがなかった。その途中で以前に目撃した夏の花が咲き誇る一画にも足を運んだが、もう花は咲いていなかった。
 妖精たちが全て守矢の湖に移ったのだから自然も元通りになったと考えるべきなのだろうか。それとも大量の霊がここから別の場所に移されてしまったのか。もしそうだとしたら、誰が何のためにそんなことをしたのか。
 そんなことを考えているうちに川の源流まで辿り着く。守矢の湖は妖怪の山に流れる川の源流ではなく外の世界からやってきたものであり、山の自然とは独立している。ここから守矢神社まで空を飛べれば十分もかからないが、妖怪の山と守矢の関係を暗に示していると言えなくもない。数百年経った今でさえ守矢は外来であり、山に住む妖怪たちと完全に融和したわけではないのだ。守矢を好きになれず、ただ一人きりだった佳苗にとってはこの山もまた忌むべきものだったに違いない。
「今の佳苗は少なくとも三柱には好意的な感情を持っているけど、妖怪の山についてはどうなのかしら」
 少なくとも山出身の文を疎んじる様子は見せなかった。文のほうでは佳苗を気にかけているのか、時折ちらちらと視線を送っていた。そしてわたしが気付いていることを知るとばつが悪そうに目を逸らすのだった。わたしだって目聡く気付くつもりはないのだが……視界に入るものの動きにいちいち反応してしまうこの目は弾幕決闘だとすこぶる便利なのだが、いつもそうとは限らないのだ。
 思わず大きな溜息をつくと、地面から突如として顔が生えてきた。
「良くないねえ。溜息をつくと気が逃げるよ。陰気を退治する巫女がみだりにやってはいけない仕草だ」
「あんたこそ地面からいきなりにょきっと生えてくるのやめなさいよ。子供が見たら泣くから」
「こんな姿を見せるのはわたしの力を理解できるものだけだよ。それにわたしは畏怖を与えるのが仕事のようなものだからね。表向きは神奈子と早苗に任せている」
 一番マスコット向きの姿形をしているのに、とは言わなかった。仮にも博麗に分社を奉る守矢の一柱だし、自分の姿が他人に与える影響など把握しきっているに違いないからだ。
「洩矢諏訪子様、山に座する柱の一人よ。勝手に神域まで侵入した非礼はお詫びします」
 わたしは丁重な挨拶と礼によって場を遮る。おふざけに付き合うつもりはないし、その時間もないからだ。
「いいよいいよ、霊夢だったらいつだって大歓迎さ。最近は佳苗の遊び相手にもなってくれるしね。ときにこんな所までこそこそやって来たのだから相応の理由があるはずだよね。悩み事があるならこのわたしに相談したら良いよ」
 よくもまあ、いけしゃあしゃあとそんな口が聞けるものだ。守矢の三柱が妖精たちを手懐けて変なことを始めるから、こちらはろくに休む暇もないというのに。
「では単刀直入に訊くわ。あんたたち、何をやってるの?」
「まあ一種のアイドルマスターってやつだね」諏訪子はこの期に及んで訳の分からない単語を口にする。これが佳苗の言う御神託というものなのかもしれない。「アイドルをプロデュースし、育てていくゲームのことだよ。地球が生んだ素晴らしい文化の一つだね」
 諏訪子はここに至ってまだ戯言を口にしようとしている。モグラ叩きのようにごつんと頭を叩いてやりたくなってきたが、そのことを察したのか諏訪子は地面からぴょんと飛び出してふわりと着地する。
「守矢はゲーム感覚でこんなことをしているの?」だとしたら問答無用で退治するしかないし、アイドルなんてものに付き合っていられるはずもない。「だとしたらそのけろけろした体を土に還して、それから妖精たちのライブを台無しにしてやるわ」
 お忍びでやって来たからろくな装備も用意してないし、力任せでライブをぶち壊しても解決にならないことは以前に説明を受けてよく分かっている。今回は弾幕決闘という手が使えないからはったりばかりで、嘘をつくのがあまり得意でないわたしにとっては地味に辛い展開だった。そんなわたしに諏訪子はよろしいとばかりに頷き、わたしに木の根元を指差す。腰掛けて話を聞けと言いたいらしい。
「当初は全てが終わるまで説明するつもりはなかったが、少し事情が変わった。霊夢がここを訪ねて来たのは天の配剤であると判断し、ある程度までは事情を語ろうと思う。できれば他の皆には黙っていてくれると嬉しいのだけど」
「それは話を聞いてから判断するわ。必要なら皆に共有しなければならない」
「さもありなん。では何から話そうかな……」諏訪子はまるで髭がある大人の男性みたく顎をさすり、それから人差し指でこんこんと喉を叩く。まるで何を話したら良いか、喉にうかがいを立てているようだった。「では無難なところで先程の質問から答えるとしよう。わたしが妖精たちのプロデュースをゲームだと考えているかどうか……それはもちろんゲームだと答えるしかない。でもそちらだってやってることは同じだ。わたしたちはアイドルというゲームを行い、山と麓にそれぞれ地盤を作ってファンを獲得し、やがては対決するように動いてきた。対決型のアイドルゲーム、それが今回の異変を通底する構図なのさ」
 ゲームだと言われた時には腹も立ったが、説明を聞いているうち少しずつ腑に落ちてきた。隠岐奈に何度か聞かされた構図にぴたりと当てはまるからだ。
「弾幕決闘がゲームとして郷のバランスを取っているように、わたしたち守矢の勢力と霊夢たち博麗の勢力はアイドル対決という即興のゲームを作ることでバランスを取ろうとしているわけだ。ここまでは割と理解できる話だと思うが」
「ええ……でも守矢が摩多羅隠岐奈の祭りを乗っとるなんてことをしなければ、こんな騒ぎが起きる必要はなかった。どうしてあんなことを始めたのか、話してもらわないと」
「それには地底へ続く穴よりも深いわけがあってだね……もちろん郷を害するつもりではない。まあ、一言で表せば神奈子のわがままだよ。あいつが悪い、わたしや早苗は悪くない……と言いたいところだが、黙認した時点で同罪か」
 いつも能天気そうな態度を崩さない諏訪子の顔が話を続けるうちにどんよりと曇っていく。
「神奈子様は守矢の三柱の中だと一番、わがままなんか言わなさそうに思えるけど」
 諏訪子がふざけ、神奈子が窘め、早苗はそんな二人の意向を探りながら取りまとめる。それが霊夢の知る三柱の関係だ。
「とんでもない! 神奈子は出会った頃から今まで、わたしよりもずっとわがままだったよ。いきなり攻め込んできてわたしの領土と信仰を乗っ取る、その後の運営が上手くいかないとわかるや否や掌を返し、共同経営者として持ち上げてくる。人間の願いごとなんか無視すれば良いのに、ことあるごとに情に絆され手を差し伸べる。力だけは超一流だが、総合的な神格はわたしより数段劣るね。もちろん不覚を取らなければ戦闘でだって負けることはない。む、なんだよその不信そうな顔は」
 諏訪子が煙を巻くような発言をするのはいつものことだが、いつもと違って疑惑の発露すらも許そうとしなかった。軽い調子で語ってはいるが、いつになく真剣なのだ。
「そう、あいつは意外と情に弱い。そして過去の失敗をずっと引きずるタイプでもある。だから異なる世界よりやって来た霊たちの願いを退けることができなかった」
 霊たちの願い、そして唐突なアイドルの誕生。そこから導き出される結論は一つしかない。あまりに破天荒だが、わたしはそこから逃げることができなかった。
「その霊たちはアイドルとして活躍したかったのね」
「そう、彼女たちは海と空のアイドルだった。そして一緒にやって来た誰もが彼女たちのファンだった。最初はこの郷の閻魔に頼み、輪廻に招き入れるつもりだったが、アイドルをやりたい、やらせてくれという願いに押され、神奈子のやつは承諾してしまった。ほんと、馬鹿なことさ。思考スケールがまるで人間だ。とんちき、神様にまるで向いていない阿呆、全くもって涙が出そうになる」
 口汚い罵り文句とは裏腹に、諏訪子の頬はうっすらと染まり、思わずどきりとするような、素直な笑みを浮かべる。言葉はなくともその笑みが、諏訪子の神奈子に対する愛情を表していた。私の視線に気付くと諏訪子は咳払いをし、何もなかったとばかりに説明を続ける。
「ともあれ、わたしたちは霊の願いを叶えることにしたわけだが……」
「その手始めとして、アイドル志望の幽霊たちを妖精に憑けたってわけね」
 妖精なのに、やけに統率が取れていたのもそれなら納得がいく。だが諏訪子は首を横に振るのだった。
「わたしたちが憑けたんじゃない、幽霊が勝手に妖精へと憑依したんだ。摩多羅隠岐奈によってアイドルの素養を与えられていたことに加え、妖精は自然の具現でもある。幽霊にとって憑依しやすい対象なんだよ。まだ郷が地球にあった頃、六十年に一度起こっていたのは四季祭りではなく、霊の大量流入とそれに伴う花々の一斉開花だったわけだが、その際に霊を郷中に伝播する役割を果たしたのは妖精たちなのさ」
 今となってはあまり必要のない情報だが、これで妖怪の山に留めおいた霊が郷中のあちらこちら、遥か遠い無名の丘にまで流れ着いていた理由も分かった。これまでも完全に侮っていたわけではないが、妖精は幻想郷とがっしり結びついており、ときにどのような力の持ち主よりも強い影響を郷に与えることができるのだ。
「妖精たちは基本、霊の管理下にある。引き剥がすことは容易だが、そのためには手荒い方法で一回休みしてもらわなければならない。それは些か物騒だし、アイドルの霊たちを慕う数万の霊の怒りを買うのはよろしくない。発端は神奈子のわがままだったが、結局のところはそれに従うのが最善であると結論せずにはいられなかった。かくして守矢神社の総出を挙げたバックアップによるアイドルのプロデュースが始まったというわけだね」
 こうして裏の事情を聞いてみれば、ギリギリ納得できないでもない。それにわたしにはいくつか思い当たる節があった。遠子が隠岐奈と話していた時にふと漏れた鎮魂という言葉、これは山に集っている霊を鎮めなければならないという意味だったのだ。それに四季映姫が誰にも先んじて事情を察していたことも、この騒動が死者や霊にまつわるものであるなら当然のことだ。
 だがそれだけでは説明のつかないことがいくつもある。どれだけ答えてくれるかは分からないが、思いつく限りの質問をぶつけてみるつもりだった。
「やむを得ぬ事情があったなら、山の妖怪たちに話を通すこともできたでしょう。たとえ私事都合で憚られるとしても、佳苗には話してやっても良かったでしょうに」
「今はそちらの神社に転がり込んでるんだよね。迷惑をかけてすまない」
「わたしは謝罪の言葉が聞きたいわけじゃない」
「これは礼儀の問題だよ。そして疑問に答えるならば、佳苗がうちに付くのは不都合があってね。本人に自覚はないが、彼女は守矢の橋渡しとして山と里を行き来しているから顔が知られているし、なかなかの器量良しだから意外とファンが多いんだ」
 なるほど、だからレミリアに次ぐほどグッズも売れているのだ。わたしがびりっけつなのは……東の里には年配が多いからアイドルのグッズを買ったりしないのだということにしておくことにした。深く考え過ぎると悲しくなってくる。
「妖精のアイドルを立てれば、どうして佳苗を差し置いてという声が上がることだろう。だからわざと突き放して我々のライバルの位置に収まるよう仕向けたというわけさ。分かったかい?」
「いいえ、分からないわ。どうしてそこまで不確かな方法を取るの? アイドル対決を行うのが目的なら、佳苗に事情を話して対抗勢力を集めさせれば良かったじゃない」
「あの子はあまり嘘が得意ではない。はなから負ける予定のアイドルを立ち上げるとならば尚更だ」
「負ける……負けるですって?」
「そうさ。逆に訊くがアイドルを知悉したあの子たちに、にわか仕込みの学芸会が勝てると本気で思っていたのかい? いや、答えなくて良いよ。霊夢は信じていないね」
 諏訪子の問いはわたしが抱え続けていた懸念を見事に射抜いていた。今のままでは決して勝負にならないと、わたしはずっと感じ続けていたのだ。
「だからお忍びでこんな所までやってきて情報を仕入れようとした。わたしにとっては都合の良いことだけどね、見せたいものもあったし。今からちょっと付いてきてもらって良いかな?」
 わたしは何も考えずにふらふらと立ち上がる。体に力が入らないのはきっと心が重いせいだ。そうではないかと思い続けてはいたが、それでも負けるためだけのグループだと突きつけられるのはわたしにとって堪えることだったらしい。これまで頑張って積み上げてきたものが急にどうでもよくなってしまった。
 諏訪子は川の源流から更に上へ、歩けば一周に半日はかかる神の湖へとへとわたしを案内する。湖の上には巨大な鋼鉄の船が浮かび、その側には特設の観客席が浮いていた。即席の浮き橋がかかっていて、湖の縁から観客席に渡ることができるようになっている。だが諏訪子はそれを見せたかったわけではないらしい。急に手を繋いで来て、その直後に足元の感覚がぬかるみのように柔らかくなり、あっという間に地面に潜ってしまった。咄嗟に息を止めたが、思わず口を開けるほど諏訪子の移動は乱暴で速かった。
 土の中にいたのは三十秒ほどだったが、次に明るい場所に出たとき、そこがどこかすぐには分からなかった。全身が泥になったようで気持ち悪く、胃のむかつきを必死で堪えなければならなかったからだ。視界もぐにゃぐにゃしていて、焦点がなかなか定まらなかった。
「ふむ、佳苗はげえげえ吐いてばかりだったけど、霊夢の場合は五感全体に満遍なく影響が出ているようだ」
 諏訪子の声はいつもより大きく耳障りに聞こえ、頭のあちこちで跳ね返って来る。なんとか聞き取れたが、この状態が長く続くのは勘弁して欲しかった。
 口の中には泥の味が残っているし、肌はなめくじが這い回っているかのように気持ち悪い。佳苗から話だけは聞いていたが、土中の移動を平然とこなす諏訪子は小柄な人間の姿をしていてもやはり人外ということなのだろう。
 幸いなことに五感の鋭敏さはすぐに抜けていき、徐々に諏訪子の見せたかったであろう光景がわたしにも見えるようになってきた。
 ここは鋼鉄の船や観客席がある辺り場所からほぼ対岸に位置する箇所であり、四季全ての花々が湖の形に沿った列を形成していた。目を凝らしよくよく見れば、その一つ一つに霊が宿っていると分かる。外の世界からやってきた大量の霊は全てここに集められているのだ。
「こんなもの、よく作れたわね」
「知り合いに凄腕の花使いがいてね、霊の憑依できる環境を作ってもらったんだ。サニー、ルナ、スターの三妖精によって隠されているが、ライブごとに大量の霊が花を抜け出して舞台の側までやって来る。生者の何十倍もの数だよ、なんとも圧巻だろう?」
 できれば直に目にしたくはない光景だった。人畜無害なら十や二十の霊など軽く捌いてみせるが、千倍以上の霊体がうじゃうじゃしてるだなんて考えたくない。それは正にこの世の地獄と呼ぶに相応しいだろう。
「彼ら/彼女らはその死を敗北とともに迎えた。だから必要なのは華々しい勝利であり、フェアリィ52がファンタに勝利することで霊たちは安らかに次の生へと向かうだろう。それが守矢の立てていた計画……だった」
「だった、ということは今は違うのね。だからわたしに情報を与えようと……ん、ちょっと待って」
 次から次へと明かされる事実に幻惑されていたのかもしれない。今までの話であからさまにおかしなことがあると、今になってようやく気づくことができた。
「アイドル同士の勝負を画策していたなら、天狗が企画書を持ち出してきたとき、快諾したはず。それなのに妖精たちは対決の機運が生まれないよう念入りに蹴飛ばしてきたわ。明らかに矛盾していると思うのだけど」
「その通り……だから過去形なのさ。あのとき、妖精たちは我々の方針に真っ向から背くことを口にした。あまりにも遅きに失したが、我々はそこでやっと、彼女たちがコントロールできない存在になりつつあることに気付いたのさ。なんとも情けない話だが……」
「つまるところ最初から最後まで騙されていたってわけね」
「いや、そうじゃない。最初から騙すつもりなら、どれだけ目が曇っていたとしても神奈子に分からないはずがない。おそらくは依代にしている妖精とアイドルの相性が良過ぎたんだろう。ただでさえ霊は周りの属性に引っ張られやすい上、妖精たちはスポットライトや喝采を浴びる喜びを知ってしまった。ずっと続けていたいと願った妖精たちの悪戯心に霊たちが心を引かれたとしても無理はない」
「そして心変わりをしたと。それなら力を無理矢理剥がしたら良いじゃない。摩多羅隠岐奈なら容易にできるはずよ」
「ああ。でもアイドルを奪われれば、数万の霊が黙ってはいないだろう。わたしたちならどうにかできなくないが、神の湖は酷く汚染されるだろうし、全ての迷える霊を丁重に扱うという地獄との約束も反故になる」
「……そもそも隠岐奈の力には制限時間があるはずよ。祭りはいつまでも続けられるわけじゃない」
「実を言えば隠岐奈が与えた力は既にすっからかんだよ。今は神奈子が一人で肩代わりしている。色々とイレギュラーなことが重なっているから力の消費も早いんだろう。神奈子が長年かかって集めた信仰、神力はこうして話をしている間にもどんどん失われていく。それでも神奈子はもはや制御できなくなった計画をあくまでも続けようとしている。わたしや早苗の言葉も聞こうとしない」
 話を聞けば聞くほど状況の不穏さ、打つ手のなさが伝わってきて胸が重苦しくなってくる。守矢の苦境は自業自得としか言えないが、この事態を放っておけば妖怪の山は酷いことになるし、そうすれば影響範囲は人里の広範に及ぶだろう。それに佳苗は酷く悲しむに違いない。
「いまや条件は正反対に変わっている。アイドル同士の勝負に意味はなくなっており、勝利しても霊が妖精から離れることはないだろう。必要とされているのはフェアリィ52が力の差を認め、活動を止めるほどの圧倒的なアイドルだ。でもこの郷にフェアリィを超えるアイドルグループはいない」
 悔しいが、諏訪子の言うことは全くもって正しい。少なくとも今のファンタでは勝ち目はないだろう。
「そもそもアイドル同士の勝負をする空気ではなくなっている。あれには流石の隠岐奈も参ってしまったはずさ」
 だが次の認識は全く違っていた。諏訪子は隠岐奈の弱り切った姿を想像したらしいが、あいつはそんな態度も表情も一切見せなかった。
「いえ、それが隠岐奈は余裕そうだったわ。計算通りとさえ口にしていた」
「え、まじ?」シリアスな雰囲気から一転、諏訪子は軽い調子で驚きを表現する。それほどまでに意外なことだったらしい。「立場は違えど考えることは同じなはずなんだけどな。強がりとかそういうのじゃないの?」
「あいつが腹の中で何を考えているかなんて分からないわ。フェアリィに勝てる策があるとは思えないけど……秘神を名乗るだけあってとっておきの秘策でも持っているのかしら?」
「それは流石のわたしでも分からない。でも隠岐奈は四季祭りの主催者であり、妖精に影響を及ぼすことに関しては我々よりもずっと詳しい。今回のような展開になることを読んでいた可能性はある。彼女の行動いかんによっては、我々も賭けてみるべきなのかもしれない」
「賭けるって、何に?」
「ファンタの勝利に。努力と才能に加え、天佑を併せ持つアイドルがこれまでに成し遂げてきた、奇跡のような到達に」
 そんな大袈裟なと思ったが、諏訪子はアイドルが持つ力をわたしよりもずっと信じているようだった。
 もしかすると諏訪子はアイドルを宗教的な偶像と重ねているのかもしれない。あるいはアイドルの力を示す事例をこの目で実際に目撃したか。どちらにしろ諏訪子の期待は少々過度のような気がしてしょうがなかった。
 
 
 諏訪子と別れたわたしは山を下りて佳苗との集合場所に向かおうとしたのだが、その途中で信じられないものを目撃した。博麗神社の真上に巨大な船が浮いているのである。
 真っ先に思い浮かんだのはフェアリィが舞台に使っている鋼鉄の船である。あんなものが空を飛ぶとは到底思えなかったが、過去に巨大な鉄の箱が空を舞ったこともある。そもそもこの郷自体が宇宙を飛び続ける途轍もなく巨大な船であり、いかなるものが空を飛んでも決して不思議ではない。
 佳苗を集合場所に待たせるかもしれないが、あれは放っておけないものだ。大急ぎで神社に戻り、あれはなんだと指を差しながらざわめく人たちを尻目に、手早く迎撃用の装備を回収してから一気に上空へ。
 わたしの早とちりはすぐ明らかになった。空に浮かぶ船は金属ではなく木で出来ており、わたしがよく知る船のイメージに近いものがあった。
 更に船へ近付くと、船の側から人が飛び出して来る。いや、それは人の形をしているが普通の人間ではない。アイドルをしている時のわたしと少し似た服装、手には穴の空いた柄杓。わたしは彼女が誰であるかをよく知っていた。他宗教だが同業者であり、それなりに顔を合わせる機会があるのだ。
「あんた、命蓮寺の門徒の一人よね。確か村紗とか言ったっけ?」
「ええ、村紗水蜜です。ところでどうですか、この船は。これなら神の湖に浮かぶ鋼鉄の船と比べても決して遜色しませんよ。なにしろ命蓮寺の礎にして象徴、空飛ぶ聖輦船なのですから」
「その、いきなりまくし立てられても困るというか」
 そう言えば聖だったか村紗だったかは覚えてないが、命蓮寺は飛鉢と呼ばれる霊験あらたかな品物の力で空飛ぶ船を礎に建てられたという話をいつか聞いた記憶がある。その時は適当に受け流していたのだが、実物をお目にかかる日が来るとは思わなかった。
「これを飛ばすのは久々でして、わたしも久々に船ゆ……もとい、船長としての腕が振るえそうです。いやー、張り切っちゃいますよー」
 村紗は妙にハイテンションでこちらの質問に答えてくれそうにない。わたしは彼女を半ば無視する形で更に上空、船を見下ろせる高さまで浮上する。
 既に佳苗も含めたファンタのメンバー、隠岐奈、二童子がみな乗船しており、背の高い倉の前に集合している。わたしは隠岐奈の前に降り立ち、新たな厄介ごとを持ち込んだであろう彼女に詰問を投げつける。
「ちょっと、これは一体どういう騒ぎなの?」
「どうもこうもない。この船を移動式ライブステージとして守矢神社に乗り込むのだよ。彼女たちが対決を拒んでもわたしたちはやる気であることをフェアリィに、そして郷中に見せつけてやるのさ」
 確かにこんなものが乗り込んできたら、何もせずに帰らせることはできないだろう。そしてこんなものまで持ち出してきたということは、隠岐奈は本気で勝つつもりなのだ。
「わたしはこうみても負けず嫌いなんだ、ましてや能楽の神であるわたし直々にプロデュースしたのだから、敗北などさせては摩多羅の沽券にかかわる」
 そして隠岐奈はわたしが山に登り、諏訪子から話を聞いたことも完全に把握している。そうでなければ負けないということを二度も強調する必要はない。きっと背中を通じて聞き耳を立てていたのだろう。
「あんたの心意気は分かったけど、勝負はしないというのがフェアリィの意向であり、会場でも多くの支持を得ていた。そこをどうにかしない限り、守矢に乗り込んでいっても単なる一人相撲にしかならないわ」
「そこもきちんと考えているよ。というより彼女たちは誤ったアイドル観を郷中に広めてしまった。それを正すのもまたわたしの仕事と言えるだろう」
 誤ったというが、わたしにはフェアリィの主張は妥当であり、反駁の余地はないように思えた。アイドルは観客を喜ばせるためのものであり、アイドル同士でみだりに競いあったりしてはならない……実に立派な心掛けだと思う。
「まあ、小難しいことはやめにしよう。いまわたしたちのやるべきことは他にある」
 隠岐奈は舞からビラを受け取ると、みんなに見えるよう開いてみせる。そこには「東北西、三大人里ツアー開催!」と、天狗が作る新聞の一面みたくでかでかと書かれていた。
「この聖輦船があれば全ての場所はライブ会場になる。南がないのは収まりが悪いけれど、その力をもって三方全てを制覇したのち騒動の中央へと乗り込み、対決を図る。明日からは堀川と九十九の二人も本格的に合流し、全要素を注ぎ込んでの全力投球となる。フルメンバーであることが必須となるため、決して体調を崩すことのないように、だが全力を尽くして欲しい。無茶だと言われそうだが、わたしは皆が成し遂げてくれると信じている。何故なら人事を尽くしたアイドルには必ずや天佑が味方し、奇跡を起こすからだ」
 こいつ、諏訪子から台詞を盗んだなとすぐに気付いたが、みんなはすっかりやる気になっている。不安を共有していたはずの佳苗や、半ば無理矢理に誘われてテンションが全体的に低めだった美真、全体的にクレバーな判断を下していたメディスンさえも、こうなったらやるしかないという決意に満ちた顔をしていた。
 アイドルとは観客だけでなく、舞台に立つアイドル自身も変えてしまうものなのだ。妖精たちに憑依したアイドルの霊たちが心変わりするのも仕方のないことなのかもしれない。そして隠岐奈はアイドルのそうした性質も間違いなく把握していたはずだ。
 わたしだって熱を帯びれば豹変するかもしれない。だが少なくとも今は比較的冷静なはずだ。
 全てがアイドルに収束しつつある現状、頼れるものは己以外にない。そのことを心に刻みつけると、わたしは雰囲気に飲まれた振りをするのだった。

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