東方二次小説

2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52   チャイルド52 第11話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52

公開日:2018年06月14日 / 最終更新日:2018年06月14日

 二童子のレッスンは日が暮れる寸前まで続き、終わった時には思わず地面に倒れ込んでしまった。体も心も万全なのに何もする気が起きない。息を吸うのも辛い。心と体がちぐはぐ過ぎて、自制を欠くと叫び出してしまいそうだった。これまでもぶっ通しでレッスンをやって来たがここまで酷いことにはならなかった。二童子の本気、恐るべしである。
「あっ、風が喚んでる! 風がすごく喚んでる!」
 佳苗は自制が効かなくなったらしく、大声で叫びながら上空に駆け上っていく。ゆっくりと流れていた雲があっという間に散り散りとなり、空の上で巻き起こっている風の凄まじさが朧げに伝わってくる。
 他の他の奴らも似たような反応かと周りを見回せば、美真は「本が読みたい」と繰り返し呟きながら物凄い勢いで神社に戻っていく。こちらは内省的な傾向が強化されてしまったらしい。
 だが体と心のちぐはぐさがもろに出ているのはそれくらいで、レミリアは咲夜に世話を焼かせていたし、文は皆の様子を観察しながら時折メモを記している。小町はお疲れ様と言いながら上司の肩を揉もうとして本気で嫌がられていたし、チルノはまあいつも通りだった。
 そして最後の一人はいつのまにかわたしの顔をじっと見下ろしていた。
「一人だけへばってるなんて鍛え方が足りないのかしら?」
 メディスンはしれっと毒を吐き、手を伸ばしてくる。元気は有り余っているから必要ないのだが、折角の厚意なのだから素直に受け取ることにした。
 わたしの手を取るとメディスンはその容姿にそぐわぬ力強さでわたしをぐいぐい引っ張っていく。そして誰もいない所まで来ると、怒りを露わにするのだった。
「リーダーなんだからもっとしゃきっとしないと」
「わたし、みんながリーダーで良いって言ったけど」
「それでもよ。貴方は周りに影響を与えるタイプだから」
 そんなことはないけれど、メディスンはそう感じているらしい。少し前に神社を訪ねて来て、今日が二度目だというのに随分と自信ありげな物言いだった。
「だからわたしのこと、リーダーに推薦したの?」
「それもあるし、あそこで諍いを収めるのにどうすれば良いのか計算した結果でもあるわ」
「あんた、目端がよく効くのね」
「物事は落とし所が大事だと、アリスがいつも言っているから。特に今回は諍いをされると困ってしまうのよ」
「それってアイドルを一度やってみたかったってこと?」
 わかりやすく可愛らしい容姿だし、アイドル向きだとは思うけどそうした派手なことにはあまり興味がなさそうに見えた。そしてメディスンは小さく首を横に振る。
「自分で言うのもなんだけど、わたしはとても可愛いお人形よ。アイドルだってできると思う」
 本当に自分で言うのもなんだかなあという発言だったが、妖怪というのは全体的に自意識が高いものだし、特別に高慢というわけではない。だから特に動じることもなかった。
「でもね、それはわたしのことを可愛い、立派だ、よくできると褒めてくれる人がいたからなの。だから堂々としていられるし、自分に自信を持たなきゃって思うわけ」
 逆に人間の、しかも善人が口にしそうなことを語る方が不安にさせられる。かつての異変によって、それが大事を起こす妖怪の特徴であると知ってからは尚更のことだ。
「隠岐奈に誘われてアイドルになろうと思ったのはその辺が理由なわけ?」
 それは違うような気がしたし、メディスンもすぐに「そういうわけじゃないの」と否定する。
「人間は恐怖に慣れることはあるけど可愛いに慣れることはない。動き、意志を持つお前が率先して可愛さを振りまくことで救われるものがある。あいつはそう言ったのよ。とても胡散臭い奴だけど、賢いことは確かだわ。まあ永琳ほどじゃないとは思うけどね」
「……あんた、異変を用意してる妖怪の一人なのね」
 先程の語り口でピンと来た。夜が停まった日、異変を巻き起こした三人の妖怪と同じ役割をメディスンもまた持っているのだと。そして隠岐奈は……賢者と名乗るほどだし、紫と同列かそれより上かもしれないと仄めかしていたから、当然そのことを知っているに違いない。
「その通り。まあ、やる気はないから種を明かすけど……わたしは能力を使って貴重な薬品の材料を精製し、製薬会社に下ろしているのね。薬が安価に入手できるようになれば、薬に触ったその手で色々なものに触れる可能性が高くなるから。僅かでも成分が付着すればわたしの支配力を行使できるわけ。薬とは毒の別名なのよ」
 わたしはメディスンの由来を今更ながらに思い出していた。無名の丘に住む毒使いの人形。その力は薬が付着したあらゆるものを動かすほどに強いのだろうか。はったりの可能性もあったが、わたしはそうは思わなかった。
「今の人間はものを捨て過ぎるのよ。人形も当然ながら例外じゃない。でも先の異変で虫と闇を恐れさせようとした妖怪たちと同じ手段を取るのは良くない。恐怖されれば人形はより忌避され、より捨てられるから」
「そこまで分かっているならどうして物騒な計画を立てたのよ。辻褄が合わないのだけど」
 メディスンの言い分はもっともらしく聞こえるが大きな矛盾をはらんでいる。そのことは本人も分かっているのか、メディスンはわたしからふいと目を逸らした。
「昔はね、人形を解放して反乱を起こし、人形だけの国を作るつもりだったの。何も分かってなかったから。若気の至りみたいなものだし、あまり指摘しないでもらえるとありがたいかな」
 若気の至りという割には現代まで異変のための仕掛けを維持し続けている。もしかするとつい最近まで可能性の一つには入れていたのかもしれない。指摘しないで欲しいと言われたし、異変を起こすつもりがないなら敢えてつつくつもりはなかった。
「なんか話が脱線しちゃったけど、わたしはアイドルというものに賭けていることがある。もう少しだけしゃきっとしてもらえるとありがたいなってこと。アイドルは外にいれば誰かに見られ、見つけられるものだから。だらしない姿は家の中だけにしなきゃ」
「それは確かに言う通りね。肝に命じておく」
 メディスンは満足げに頷くと好意のこもった微笑みを向けてくる。
「あなた、善い人なのね。わたしが言ったことは我侭でしかないのに、怒りも不満も全く表そうとしないんだもの」
「一理あると感じただけよ。わたしはそろそろ夕飯の準備をしないといけないけど、あんたご飯は食べるんだっけ?」
 雷鼓や九十九姉妹は元となった道具があり、それとは別に人間態が存在するから分かりやすいのだが、メディスンは人形という存在のまま付喪神になっている。同様に扱って良いかが分からなかったのだ。
「食べられるわよ。人間が食事を基にエネルギーを生み出すよう、わたしは毒素を生み出して力にするの。毒物を直接摂取する方が効率は良いけど、人間だってブドウ糖とビタミン剤で栄養補給すれば味気ないと感じるでしょう? それと似たようなものだと考えてもらって問題ないわ」
 となれば食事は合計で十三人前だ。そう心の中で付け加えるとわたしは照れ隠しの意味も込め、慌てて台所に向かう振りをするのだった。
 
 アイドルをやるには強い団結が必要だから、まずはお互いの親睦を深める必要がある、という隠岐奈の意見により食卓はメンバーとプロデューサーである隠岐奈、二童子の全員で囲むようにしている。要するに毎食、宴会をやっているようなもので大量の料理を手早く作る必要があり、洗い物も山のように発生してしまう。幸いにしてわたし、佳苗、美真、咲夜と家事のできる人間が四人もいるため一人辺りの作業量はそんなに多くないが、忙しないことに変わりはない。
 炒め物が空を舞う隣のコンロでは煮物がぐつぐつと音を立て、倉庫にしまっておいた古い炊飯ジャーと現役の炊飯ジャー、それに咲夜が館から持ってきてくれた炊飯ジャーの合計三台が白い湯気をしゅんしゅんと立てている。
 全員がバタバタしているところ、意外な助け舟がやって来る。四季映姫が手伝うことはないかと言いたげな目をこちらに向けてきたのだ。
「ではキャベツの千切りをお願いできるかしら」
 十三人いれば付け合わせのキャベツも二玉三玉と丸ごと必要になる。簡単な作業だが、ここでチャートを変更して作業を振り分けると余計に混乱しそうなのでそれくらいしか任せられなかったのだ。
 四季映姫は生真面目な顔のまま頷き、キャベツと包丁を受け取る。簡単過ぎる仕事だと立腹しているのかと思ったが、すぐにそうではないことが分かった。少しして熱心な調子でキャベツを刻み始めたのだ。
 包丁の持ち方は理想的であり、細さも一定である。間違いなくわたしたちより仕事は正確なのだが、少しでも細さが変わると気が済まないようで、一刻みごとが慎重すぎる。
「この方、料理を作る際には材料から調味料に至るまでいちいち細かく計量しなければ気が済まないのでしょうね」
 咲夜の耳打ちにわたしは頷かざるを得なかった。一人暮らしの料理ならそれでも良いが、大勢のための料理を作るにはまるで向いていない性格なのだ。
 明日からはそれとなく理由を付け、料理には関わらせないようにしなければならないと思ったし、それはここにいる皆も同じ気持ちに違いなかった。
 
「あっ、はいそうですよね。四季様にはあたいからそれとなく言っておきますので」
 食卓へ料理を運ぶのは他の人に任せ、わたしはこっそりと小町を呼びつけて事と次第を説明する。四季映姫の凝り性を完全に把握しているらしく、申し訳なさげにしていた。
「四季様は優れた裁判官だけど、何においても白黒はっきりさせたがる性格でして、あらゆる局面にそれが出てきてしまうわけです。悪気はないんですよ?」
「それは言われなくても分かっているわ。他にあてがう仕事がないかどうか考えておくから」
「そうしてもらえるとありがたいです」
 四季映姫はアイドルをやるなら立場は同等だと言ったが、骨の髄までしみついた主従関係はそう簡単に引き剥がせないらしい。レミリアと咲夜の主従とはまた異なる事情や面倒さのようだった。
「あのですね、四季様を本当に舞台に立たせるんですか?」
「わたしはそのつもりだけど、性格的に不都合があるの? 歌やダンスには問題がなかったように見えるけど」
 むしろ二童子の指導にきちんとついてきていたと思う。時折深く考え込んで足が止まるけど僅かな時間だけだし、復帰後は指摘されたダメなところがきちんと直っている。二童子はなかなか筋が良いと褒めていたくらいだ。
「あのさあ、そういうのを過保護って言うんじゃないの?」
 他に考えられるとしたら上司に虫がつくのを未だ恐れているという可能性だくらいだ。そして小町の顔がひきつったところからして見事に図星をついたようだった。
「やっぱりそうですかねえ」
 がっくり来る小町を見て、わたしは溜息をつきそうになる。まさかここまで気にするとは思わなかったのだ。わたしの知る小町は竹を割ったようにさっぱりした性格のはずだ。
「分かりました、ここまで来たら覚悟を決めます。それに、もし虫がつこうとしたらあたいの力で世界の果てまで飛ばしてやりますよ」
 なんとも不安を感じさせる宣言だが、小町はいつも通りのからりとした態度に戻っていた。他に問題が積まれている状態ではもしものことなんて考慮する余裕もなく、だからわたしは面倒ごとが一つ片付いたのだと楽観的に考えることにした。
 
 今夜の夕飯は九人が揃った……正確には十人だが……こともあっていつもよりも騒々しく、用意した食事や酒もあっという間に空となった。勢いが強ければ宴もたけなわになるのだってずっと早い。そろそろ解散という空気が流れ始めた頃、隠岐奈が唐突に柏手を打った。
「さて、今日もそろそろ解散という頃合いだが一つだけ決めておきたいことがある」
「リーダーなら特に決めず、全員がリーダーの気持ちということでまとまったのだけど」
 やはりリーダーを決めようと言われるのを防ぐため、先回りして口にしたのだが、隠岐奈は「いやいや、そんなことはどうでも良いよ」と一蹴してしまった。
「わたしが決めたいのはグループの名前だよ」
 隠岐奈の一言で思わずはっとする。確かにアイドルグループなのだから名前が必要になる。四季の妖精たちはがェアリィ52というグループを名乗ったように、相応しい名前をつける必要があった。
「これまで言及を避けてきたのはメンバーが揃ったのちに決めるべきだと考えたからだ。八人に共通したグループ名が九人目にはそぐわないということも十分にあり得たからね」
 隠岐奈はここにいる全員をぐるりと見回す。意見があれば出してくれと言わんばかりであり、真っ先に応えたのはレミリアだった。
「では、スカーレットナインというのはどうだろうか?」
「いやいや、赤いのはわたしとあんただけでしょ?」わたしの異論に何人かが大きく頷く。「隠岐奈の話を聞いていたの? 全員にあてはまる名前じゃなきゃ駄目なんだって」
「わたしのいるところ、全てが紅になる。ゆえにスカーレットナインで何の問題もない」
「そもそも九人組だけど実際には十人いるのよ。ナインだと収まりが悪くない?」
 レミリアならそれでも押し通ろうとするかなと思ったが、そこで引っかかってしまったらしく渋い顔を浮かべた。
「スカーレットテンでは美学に反する。となるとわたしの意見は却下せざるを得ない」
 一番の煩がり屋が口を噤むと室内は途端に静寂へと移ろう。皆がああでもない、こうでもないと思案を巡らし始めたのをわたしはぼんやりと眺めていた。元よりこの手の面倒な頭脳労働を担当する気はなく、他の人の意見に任せるつもりだった。スカーレットナインのようにあんまり過ぎる名前だから否定しただけで、それより少しでもましなら文句を差し挟むつもりはなかった。
「閻魔様と愉快な仲間たちとか……あっ駄目ですよねはい」
 小町の意見は四季映姫の睨みによって一瞬で立ち消えになる。そうでなくても誰かが否定していただろうが。
 思考の漏れ出したような呟きが飛び交い、頭がおかしい人の集まりみたいな雰囲気になっていく。これはそう簡単に決まらないかなあと諦め気味な様子で推移を眺めていると、美真が佳苗に促されておずおずと手を挙げた。
「えっと、一つだけ思いつきがありまして。ファンタズマゴリアというのはどうでしょうか?」
 十二対の視線が一斉に向けられ、美真は思わず俯いてしまった。わたしや佳苗の前なら堂々と意見を述べられるようになったが、親しくない相手だときついらしい。顔を赤くし、幽霊のように消え入りそうな様子だった。
「ぐるぐると移り変わる幻影か、それはわたしたちが目指そうとしているアイドルの方針に即しているね。相手側が単刀直入極まるネーミングだからカウンターにもなる」
 隠岐奈は美真の出した案が気に入ったらしく、素直な賛同を示す。そして意外なことだがレミリアもその内容を気に入った様子で、お前やるじゃないかと言いたげな視線を美真に注いでいた。
「さて、他に意見はあるだろうか。なければファンタズマゴリアで行こうと思うのだが」
「はいはい、長過ぎて舌を噛みそうになる!」
 チルノが自信満々に発言し、これまた意外なことに文が賛同の意を示した。
「ファンタズマゴリアは長いですよ。新聞記事の文字数は有限なのでもう少し短い名前を希望したく」
「それならファンタとでも呼べば良い。省略形はそれで定着するだろうと思うし」
 隠岐奈が折衷案を提示すると、今度は美真が不服そうな顔をする。
「ええー、ファンタズマゴリアって単語の響きが格好良いと思うんですけど……まあ、しょうがないか。省略されるって愛着を持たれるってことですよね?」
 だが自己完結したらしく、不満の色はさっと引いていく。自己主張の強い奴ばかりなので、こうして一歩引いてくれる人がいるというのはとても助かる。
「よし、では今度こそ異論なしということで。これより君たち十人は九人組のユニット、ファンタズマゴリア……通称、ファンタとして活動を開始することになる。明日からはこれまで以上に忙しくなるが、個々人の努力に期待したい。我々は一月足らずのうちに、超時空シンデレラ並の駆け足でアイドルのトップシーンに登らなければならない。そしてフェアリィ52を射程に捉えたのち、その人気を超える。それこそが幻想郷を覆う異変を解決する唯一の方法となる。過酷だが、君たちならきっとできると信じているよ」
 隠岐奈の宣言に対する反応は様々だった。レミリアとチルノは自信満々、文も表情に自信を覗かせていたが少しだけ不安そうなのは早苗様と対決することになるからだろうか。
 美真は自分の意見が受け入れられたためか少しだけ自信を浮かべており、四季映姫は妙に真剣な様子である。小町はよく分かっていないという顔をしており、メディスンの顔はやる気に満ちていて、佳苗はとても不安そうだった。そしてきっとわたしも佳苗と同じような表情を浮かべていたに違いない。ことは着実に進んでいるが、それでも不安は拭えない。
「では今日は解散。疲れてはいないだろうがゆっくり休むように。明日もよろしく頼むよ」
 各々の気持ちを抱えたまま、隠岐奈の言葉によってこの場は解散と相成った。

 大量の洗い物を片付けている間、佳苗はずっと押し黙ったままだった。グループ名を決める時も美真の後押しをするだけで何も発言しなかったし、今もどうやら煮え切らない。
 佳苗にとって三柱は心の支えであり、表立って反抗するのが不安なのかもしれない。家出してわたしの家に住み着いているのは覚悟の表れだが、かといってすぐに割り切れるようなことでもない。事態が着実に進むことで三柱に反抗しているという事実と嫌でも向き合わなければならないのだ。
 かといっていつまでもうじうじしたままでは困る。佳苗にはもう一人のセンターとして頑張ってもらう必要があるのだ。メディスンがわたしに喝を入れたように、佳苗にはしゃっきりして貰わなければならない。
「霊夢はさ、ちゃんと冷静だよね」
 佳苗の声は弱気を口の中で固めたかのように力なく、こちらが思った以上に心許なく感じていることが伝わってくる。二童子の力は心身をともに強化するはずなのだが、それでも不安の方が勝ってしまうらしい。もしかすると先程、風を吹かせまくったせいで強化がすっかり解けているのかもしれなかった。
「どうしようもないことを悩んでもしょうがないと割り切ってるだけよ。普段から崇拝してる神と対立する、なんてシビアな状況でもないし」
 佳苗はびくりと震え、洗い物を落としそうになる。
「やはりそこが気になっているのね」
「うん……わたしさ、今でこそ心を入れ替えたけど、守矢の神社で暮らし始めてからしばらくは不信心極まりない風祝だったの。まあ、その辺のことは霊夢も知ってると思うけど」
 わたしは重々しく頷く。佳苗が本当になりたかったのは風祝ではなく博麗の巫女であり、そのことがかつて大きな軋轢となり、わたしと佳苗の仲をぎすぎすしたものにしていた。今だって完全に仲良くなったわけではなく、お互いに少しずつ遠慮を感じている。
 佳苗は博麗の巫女になれなかったのを三柱の介入があったからではないかと邪推していた。そのせいもあって三柱を余計に疎んじていたのだ。
「前には結構酷いことも言ったしさ、今回の件で愛想を尽かされたりしないかなあ」
「でも、前回の異変では褒められたんでしょ?」
「うん……そうだけどさ」
 佳苗の不安は解けるどころかいや増しており、洗い物の手も完全に止まっている。責任の強さ、生真面目さがいまや完全に裏目に出ているのだ。
 わたしにはこれまでずっと言えなかったことがある。先の異変が起こる少し前、模擬戦をした時に酷いことをし続けてきたと謝ってきた佳苗に何も言ってあげられなかったのだ。美真には次に会ったとき、きちんと伝えてあげてと言われたのにこれまでずっと有耶無耶にしてきた。佳苗の方では特に気にする様子もなかったし、ぎこちないところがあるなりに打ち解けてきたつもりだった。
 でもいま、佳苗はとても弱っている。拠り所がなくて苦しそうだった。だからわたしは、ずっと先延ばしにきてきたことをいまやるべきなのだ。
「大丈夫よ、だって今回は明らかに向こうが悪いんだもの。佳苗だってそれが分かってるからうちに転がり込んで来たんでしょう?」
 あの時の剣幕を思い出したのか、佳苗は少しだけ恥ずかしげに頷く。
「理由はどうあれ、気に入らないなら郷の流儀でどーんとぶちかませば良いのよ……今回は少し勝手が違うけどさ、アイドルは弾幕決闘とあまり変わりないって。バックには派手な光や音楽が流れるし、曲名はスペルカード名で歌と踊りは弾幕だって考えれば。ほら、似たようなものじゃない」
 自分でも何を言っているのかがよく分からなかった。妙なこじつけでしかないが、世の中には理屈だけだと罷り通らないことがある。というか勝手気ままな神や妖怪、妖精が闊歩するこの世界では日常茶飯事と言って良い。
「うーん、そういうものなのかな?」
「そうそう、そんなものよ」
 本当はそんなものじゃないけど、断定して押し切るつもりだった。そこが通らないと本当に言いたいことが言えなくなってしまう。
「勝負の後は胸襟を開いて、酒宴でも開いてさ。酒精混じりの勢いで謝っちゃえば、きっと許してくれるって」
「……だと良いけどなあ」
「絶対にそうなるって。それに……もし守矢の神様たちが心の狭さで佳苗を追い出そうとしても、わたしはそれでもあんたのことを風祝と扱うから。うちにだって守矢の分社があるけど、そんなの知ったこっちゃないわ。なんならうちに来ても良いのよ。神社に巫女は一人だけなんてルールはないんだから」
 頭の中で散々練っていた言葉とは随分と違ってしまった。本当は佳苗のことをもう嫌いじゃないと言いたかっただけなのに、言い訳がましさのようなものが前に立ってしまった。これだと佳苗が巫女じゃなければ意味がないという風に解釈してしまうかもしれない。
 言葉を継ぎ足そうか迷っていると、佳苗は何を言ってるのかと言いたげに目を細めた。
「風祝は守矢の柱を奉る人間なんだから、柱が駄目だと言ったら風祝でいられるはずがないわ」
「そ、それは確かにそうよね……」
 励ますどころか興を削いでしまったのかと不安になったが、佳苗は破顔してくすくすと笑い始めた。可笑しなことを言ったつもりはなかったから、これは実に心外だった。
「む、どうして笑うのよ」
「ごめん、馬鹿にするつもりはないの。ただね、うん……そういうのも良いかなと思ったの。霊夢がプレイヤー一、わたしがプレイヤー二、二人で悪い神様や妖怪の悪巧みを防ぐの」
「なによそれ、ゲームじゃないのよ。それにわたし、プレイヤー一って柄じゃない」
「そうかしら。昔から赤はプレイヤー一、緑はプレイヤー二って決まってるらしいわよ。早苗様が昔、御神託でそんなことを口にしてたもの」
 御神託というのは佳苗ワードの一つで、大昔のことを語る早苗様の意味が分からない発言のことだ。
「ほんと、たまに訳の分からないことを言うわね」
「うん、ほんと。そういうのも昔はいちいち鼻についてさ。でも今はそうでもないの」
「じゃあ、やっぱり山に帰りたい?」
「できればね。でもそれが叶わなくても良いの。わたし……いま、少なくとも二人は友達がいると思って良いのよね」
 わたしは慌てて何度も頷く。躊躇うのは良くないと思ったからだし、実際に躊躇う理由なんて何もなかったからだ。
「それならわたし、もうくよくよしない。霊夢、悪い神様たち……かどうかは分からないけど、傍迷惑なことは確かな神様たちをとっちめちゃおう!」
 拳を固めた佳苗の手にわたしも拳を固め、軽くこつんとぶつけ合う。やることはまだまだ山積みだが、かねてからの宿題が一つ解決して、明日からはもっと頑張れそうだった。


 食器の片付けを終え、居間に戻ると電話がかかって来た。
「もしもし霊夢、いま大丈夫かしら?」遠子の声はやけに興奮しており、作業に進展があったことを示していた。「摩多羅隠岐奈からさっき連絡があったわ。郷中の回線を秒間最大百メガまで送受信できるようシステムを切り替えたそうよ」
「えっ、なにそれは?」ネットの回線速度は一般家庭のもので秒間最大数十キロバイト、実際にはそれよりもっと劣るはずだ。博麗神社には良い回線を引いてもらっているけどそれでも大して差はなかった。それが一気に千倍以上の速度を獲得したことになる。「それってつまり、重たい画像やサイトがもっと速くダウンロードできるってこと?」
「それどころか音楽や動画のリアルタイム配信だって十分に可能となる。まあ、それが可能になるのは必須条件なのだから実現したところで別に驚くこともないけど……速度試験した結果、問題なかったから今日話した通信ソフトを使って頂戴。ネットワークフォルダに入れてるからローカルに保存してインストール、完了したらまた連絡してね。霊夢を招待するから」
 招待というのは何かの手続きであると察し、通話を終えるとパソコンに向かい、ネットワークフォルダをチェックする。これまで一度も使ったことがないフォルダだが、中には実行ファイルが一つ入っていた。ファイル名はSkydiver.exe、サイズは約二十メガ。
 指示された通り、コピーしてローカルにデータを置くとほぼ一瞬で終了した。若干引っかかったがストレスは全く感じない。ファイルを実行すると本当にインストールするかを聞かれたのではいを選び、インストール先などいくつかの質問に答えてから実行ボタンをクリックする。インストールには少し時間がかかるので饅頭でも食べながらお待ちくださいと出たが、実際には一分も経たずに終わった。
 アプリを起動させると交流サイトのチャットルームに似た見栄えのウインドウが立ち上がる。
「なるほど、これでチャットみたく文字のやり取りをするのね」
 こんなもの別段珍しくもない。遠子がとっておきというからどれほどのものかと思ったが、なんとも拍子抜けだった。
「見たことのないメッセンジャツールね」佳苗は携帯電話を取り出すと、パソコンに比べてずっと小さなディスプレイに文字と画像の行き交うチャットを表示させる。「同じことだったらパソコンよりずっと低性能なケータイでもできるのに、未知のアプリを送ってきて何をするつもりなのかしら」
 わたしも同じような疑問を持ったが、遠子のことだから何か意味があるに違いない。そう信じて準備完了とメールを送る。すぐにアプリが反応し、稗田遠子さんからの招待があります、承認しますか? とメッセージが飛んでくる。承認すると早速チャットを求めるコールが発信され、電話みたいだなと思いながらOKを押す。
「よし、繋がったわね。音声は聞こえてる?」
 遠子の声がパソコンのスピーカーから聞こえてくる。思わず「聞こえてるわ!」と答えたが、向こうからの反応はない。このパソコンにマイクは内蔵されていないことに気付くまで少し時間がかかった。慌てて《聞こえている》のテキストを飛ばすと、遠子から「オーケー、では映像も出すわね」と返事が来た。
 大きなウインドウが新しく開き、遠子の顔が表示される。
「さて、映像も表示されているかしら」
《ええ、入ってきているわ。音声だけじゃなく映像もやり取りできるの?》
 回線が高速になったと言ってもどのような変化があるか、実はあまりぴんと来ていなかったのだが、遠子の用意したアプリはそれを否が応でもわたしに見せつけた。隣にいる佳苗も声と映像をリアルで届けるシステムにはしきりに関心を示している。
「つまり問題なしと。霊夢のパソコンに備え付けるマイクとカメラはわたしの家に来ていた河童に言って届けさせたからもうすぐ到着するんじゃない?」
「もうすぐではなく、ただいま到着しましたよっと」
 すぐ後ろからにとりの声が聞こえてくる。おじゃましますもなし、招いてもいないのに勝手に上がり込んでいるのは問題ありだが、カメラとマイクを汎用端子に手早く取り付け、Skydiverの設定もあっさりと済ませてしまった。
「あーあー、声と映像は良好ですか?」
「にとり、霊夢、隣にいるのは佳苗さんかしら?」
 佳苗が家出でうちに転がり込んでいることは話しているが、いま隣にいることは伝えていない。つまりこちらの映像も遠子のパソコンに映し出されているということだ。
「問題ないみたいね。では、定時連絡は今後このSkydiverを使って行うわ。データもやり取りできるからサイトの素材に使える画像はこのアプリを使って逐一送るように。ライブや音声番組をリアルタイムで配信するためのシステムも一両日中には用意するとのことだから、詳しいことは河童のエンジニアに聞いて頂戴。では、これから色々と仕込みを始めるから今日の通信はここまで」
「了解。遠子、体が弱いんだから根を詰めないようにね」
「分かったと言いたいところだけど、時間がないから今回だけは無理をするわ。隠岐奈直属の二童子がいれば体力と気力の心配をすることはないし、大丈夫よ」
 二人の踊りが体と心を強くすることは身を持って知っている。だがそれでも心配だった。大丈夫だという言葉を、遠子はいつだって体調不良によって裏切ってきたのだから。
「わたしはいつも見てるだけ、後から話を聞くだけなの。たまには物語自身に関わったって罰は当たらないと思うわ」
 こういうとき、何か気の利いた言葉をかけることができたら良いのだけど、遠子の体調が心配以外の何も浮かばない。そんな気持ちを察したのかどうかは分からないが、遠子はわたしの返事を待つことなく通話を切った。
「さて、わたしもそろそろお暇するよ。遠子に頼まれた仕事はひとまず終わったし、ライブ配信用のシステムを大急ぎで用意する必要があるからね。これさえあればテレビほどとまではいかないが、新しいアイドルグループの登場を世に知らしめることができるだろう」
 自信満々な様子からして、既に算段はついているようだ。カメラやマイク、Skydiverにしてもそれがさも当然のように設定していたし、いずれ高速回線が実現する社会がやって来ることもすっかり折り込み済みのようだ。郷中のインフラを管理しているのは河童だから知っていて当然かもしれない。
 などと考えていたら、佳苗がぽつりと言葉をもらす。
「にとりは、河童はわたしたちの味方なの?」
「そうだね……守矢の三柱は山の妖怪に了解を取らず、勝手に話を進めた。天狗はそのことで面子を傷つけられたと立腹しているし、河童のお偉方も天狗に合わせて渋い顔をしている。でもさ、守矢が勝手するなんてそこまで珍しいことじゃない。にも拘わらず怒ってみせたならば何かの理由があるはずなのさ。よほど我慢ならないことなのか、怒っている振りをする必要があったのか」
「つまり、三柱の所業には何らかの理由があり、わたしはそれを察することができていないだけということ?」
「かもしれない。でもね、それを気に病む必要はない。どんな理由があるにしろ守矢のやっていることは摩多羅から祭りを奪うという暴挙なのだから。それを語らないならばどんなに深い事情があっても正当な理由にはならない。佳苗はあいつらをぎゃふんと言わせるため頑張れば良い。少なくともわたしは応援するよ」
 にとりはぴかぴかの白い歯が覗く笑みとともに親指を立てる。それで佳苗も気合いが入ったのか、同じ表情とジェスチャーを浮かべてみせた。
「佳苗や霊夢が頑張ってくれれば新しいビジネスを展開できる可能性もある。グッズなどの権利を管理してるのは霊夢かい?」
「いや、それならわたしだね」
 わたしの背中から隠岐奈の声がする。こいつは人の背中を勝手に利用して、本当に横着なやつだ。
「これはこれは摩多羅様ご本人でしたか、このたびは大口の発注をいただきありがとうございます。不躾なことをうかがうのですが、新しいアイドルグループのグッズ販売権などはいま、どうなってるんですかね?」
 にとりは揉み手をしながらわたしの背中に話しかける。佳苗を励ますようなことを言った次にはこれであり、励まされた当の本人もその様子を若干白い目で見ていた。
「特に考えてはいないよ。フェアリィ52と対決するためだけの、すぐに消えてしまうグループなのだからグッズ展開も好きにやれば良い。版権フリーであることに恩義のようなものを感じて、色々と便宜を図る分には全く吝かでないが」
「ええ、もちろんたっぷりと勉強しますとも」
 にとりはあっさり請け合うと、それではお互いに頑張ろうではないかと調子の良い言葉を残してこの場を後にする。
 これには佳苗と顔を合わせ、苦笑するほかになかった。

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