東方二次小説

2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52   チャイルド52 第7話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52

公開日:2018年05月17日 / 最終更新日:2018年05月17日

残されたわたしは呆然とするしかなかったし、朝っぱらからこんな茶番を見せられた全員がほぼ同じ気持ちを共有しているだろう。だがすこぶる興味を引く内容であることは確かだし、これから架空索道や守矢神社に人々が殺到するに違いない。
 わたしは以前、遠子から聞いた話を思い出していた。遠い過去、守矢神社が郷に越してきて間もない頃、柱たちは山に居場所を定め勢力を拡大するため、色々と騒ぎを起こしていたらしい。そのため新たな事件が起きるたび「また守矢か」「これはきっと守矢の仕業だ」と真っ先に疑いをかけられるほどだったとか。
 性格には難あれど、山に根付き科学の発展を見守る神々の暮らす場所が守矢神社であり、遠子の能力を知っていてなお半信半疑だった。だがもう疑いはすまい。
 あの巨大な船は守矢神社の側に広がる神湖に浮いており、ずっと存在を隠してきた。それだけで関与は否定できないものだし、新しいチャンネルの開設も山の実力者である守矢のごり押しならば可能だろう。もしかすると報道局を経由せず、神社から直接放送電波を発しているのかもしれない。わたしはかつて諏訪子の神力が壊れかけたテレビにさえ影響を及ぼし、画面に強制登場したところを目撃している。彼女が本気になれば郷中のテレビを強引にジャックし、見せたい映像を見せることも可能なのだろう。
 そこまで分かってなお、守矢の意図が読めなかった。そもそも彼女たちはどこからか流れてきた大量の霊を秘密裏に彼岸へと送るため活動していたはずだ。それがいきなりアイドル活動だなんて辻褄が合わないにも程がある。
 わたしはあれだけの騒ぎにも関わらず眠りこけていた佳苗に視線を向ける。彼女の取り乱し方や唐突な家出宣言には間違いなくこの件が関わっているに違いない。
 心情的にはもう少し寝かせておいてやりたかったが、一秒も早く事情を聞き出す必要がある。肩を強く揺すり、頬を繰り返しぺちぺちと叩いて刺激を与えると、佳苗はくわっと目を見開き、素早く起きあがる。どうやらわたしと違って寝起きはすこぶる良い方らしい。だが無理矢理起こされた怒りも一瞬のことで、目の焦点が合うとともに深くうなだれてしまった。わたしの目を見て話すことすら恥ずかしいようだ。
「昨晩の件は見なかったことにしてあげる。それよりちょっと見せたいものがあるの」
 わたしはパソコンを立ち上げ、遠子に教えてもらったアングラサイトの一つを表示する。ここには膨大な情報が日々書き込まれ、アップロードされており速報性もかなりのものだ。先程の放送は話題性抜群のためか既に複数のデータがアップされており、その中の一つを選んで動画を再生する。佳苗は食い入るように画面を見つめ、放送の終了と同時に拳を強く握りしめる。その顔には怒りが取り戻されていた。
「どういうことなのか説明してもらえないかしら?」
 今の彼女なら全てを話してくれると思ったが、佳苗は「分かるわけないじゃない!」と激昂するばかりだった。
「昨日になって神奈子様に言われたのよ。我々は四季祭りを乗っ取ることに決めたと。そのための準備は既に整っており、明日から早速行動する。わたしには宣伝広報として働いて欲しいと」
 その目は自らが仕えている神の非道を訴えかけていた。だがわたしには佳苗の気持ちが理解できたわけではないし、現状が把握できたわけでもない。だから怒りをかき立てない範囲で切り込んでいく必要があった。
「風祝にとって守矢の三柱の命令は厳守するべきもの。でも佳苗は叛意を示し、家出をしてきた。それほどまでに許せないことだったの?」
「ええ、そうよ。でも当たり前じゃない! 迷える魂が山にはまだ大勢いて、一日でも早くあの世へ連れて行ってあげなければならないのに、それは後回しで良いだなんて納得できるはずがない。それに四季祭りは郷に四季を定義するために必要不可欠なものだと聞いているわ。守矢が祭りを乗っ取ったら正しい四季が訪れなくなる。郷の危機を招くならば神意にだって逆らわなければいけない。霊夢もあのことを知ったのだから、わたしの気持ちが分かるでしょう?」
 あのことというのは偽物の月から始まった異変の終着点で、宇佐見蓮子なる人物から聞いた世界の真実だろう。この郷は巨大な宇宙船であり、信じ難いことに光の速さを越えて宇宙空間を飛び続けているという、何も知らずに聞けば与太としか思えない途方もない話だった。
 だがそれは決して嘘偽りではない。紫はそのことを認めたし、遠子を始めとした郷の重鎮たちもわたしたちが知ったことを否定しなかった。わたしはその上でこれまでとさして変わらない気持ちで巫女を務めてきたが、佳苗はこれまでよりも強い使命感、責任感をもって行動するようになった。
 もう少し気楽に生きて良いのではと常々思っていたが、今回は佳苗の想いがわたしにとって良い方向に働いたらしい。かつての佳苗ならば不承不承でも三柱の言うことには従ったはずだ。
 わたしは重々しく頷き、同意を示す。佳苗と想いを共にしているわけではなく、ゆえに彼女を騙していることになるがさして罪悪感は覚えなかった。友人を騙すのは若干心苦しいが、公務は優先されなければならない。
「わたしも今回の件は憂慮しているわ。四季祭りには準備の当初から関わっていたし、失われれば大変なことになるとも承知している。でもそんなこと守矢の神様たちも理解しているはずよ。彼女たちは性格に難……もといいかにも神様らしい性格だけど、いつもは秩序を護るために活動しているわ。偽物の月から始まった一件にしても郷の混乱を鎮めるべく尽力していたし、こんなことを起こすならそれ相応の理由があるはず」
「そんなの分かってるわよ。霊夢よりわたしのほうがずっと分かってるし、その上でどういう意図か聞いたわ。大量の霊が流れ込んできた時も、祭りを乗っ取ると言った時も。でも神奈子様は何も聞かないで欲しい、悪いようにはならないし全てが終わったら説明するの一点張り。霊が流れ込んできた時は神奈子様がわざわざ彼岸に出向いて頭を下げ、きちんと筋を通したと早苗様から聞いて納得はしたのだけど、今回は何を考えているのかさっぱり分からない」
 霊夢には分かる? と問いたげな目を向けられたが分かるはずもない。今朝の放送は正に青天の霹靂だったのだ。
「更に説明を求めたら風祝が柱に逆らうのかと威を発してきたわ。もしそうならば、その任を解くも吝かでないと。だから好きにして来たの。当然でしょう?」
 今の佳苗は怒りが勝っているけれど、信仰してやまない神様にそこまで言われてショックを受けないはずがない。だからわたしを頼り、あんなにも取り乱したのだ。
「事情は分からないけど心情は理解した。でも佳苗って北の里に実家があるし、そこに帰れば良かったんじゃないの?」
「実家には風祝としての務めを果たすまで帰らないと啖呵を切っちゃったから。それに神奈子様や諏訪子様の手が回ったら東風谷の家は決して逆らうことができない。代々の繁栄をもたらしている神祖なのだから」
「それでうちに来たと……でもここには守矢の分社が存在する。わたしは立場上、あの三柱に逆らうことはできないの。美真を頼るつもりはなかったの?」
 霧雨美真は最近、師匠である魔理沙から独立して新しい工房を構えたばかりだ。わたしも何度かお招きされたが、あの家にはあと一人二人は住む余裕があった。美真と仲の良い佳苗ならより承知しているはずだ」
「美真にはこういうとこ見せたくないの」
 友人に見栄を張りたいという思いは博麗神社に手を回されている可能性と天秤にかけても重きに傾くらしい。佳苗には姉妹がいないから、年下で郷のことをあまり知らない美真のことを実の妹のように感じているのかもしれない。
「気持ちは理解したけどうちにはいま余裕がないの。何しろ寝たきり雀を二人も置いているんだから」
「えっと、寝たきり雀ってどういうこと?」
 そろそろ堪忍袋の緒が切れそうな案件であったが、この家出少女をここには置いておけないと説得するための材料になりそうなので、使わせてもらうことにした。博麗神社は家出少女を引き受けるなんて噂が万が一にも立とうものなら面倒臭いことこの上ない。
「摩多羅隠岐奈がわたしに寄越した部下のことよ。祭りの準備が終わってからこちら、ずっと寝っぱなしなのよ」
「またらおきな? 聞いたことのない名前だけど」
 祭りの主導権を奪おうとしていたのだからその名前は聞かされていると思っていたのだが、佳苗の表情からは見知らぬ者への戸惑いしか感じられなかった。どうやらこちらが予想している以上に何も知らされていないらしい。
「四季祭りの本来の主催者というか提案者というか……まあ郷の賢者の一人ってところでどういう奴かは察して頂戴」
 佳苗は戸惑いの中にありながらも躊躇うことなく頷いた。然るに郷の賢者たちに関しては認識をほぼ同じにしているということだ。
「その部下を使い、郷の各地にいる力の強い妖精を四季の象徴に変えたの。そういう力を持つ奴ってことね」
 佳苗はその説明だけでなんとなく事情を察し、すずいと身を乗り出して来た。どうやら興味が湧いたらしい。
「祭りの本来の持ち主ってことよね? だったらわたし、その方たちに協力する」
 あの神出鬼没で人を食ったような性格の神様に協力するかと改めて問われれば悩ましいところはある。郷のバランスを考えて行動している節は見受けられるが、それは信頼できることを意味しない。だが今の佳苗は冷静さを欠いており、細かな機微を理解できるとはとても思えない。今のところ別の選択肢はないから佳苗の怒りに流されておくことにした。
「そうね、わたしも由々しき事態だと考えているし、摩多羅隠岐奈は祭りを乗っ取られたのだから腹に据えかねていると想像できる。おそらく共闘できるはずよ」
 かなり適当なことを口にしたのだが、佳苗はわたしの言葉を完全に信じた。常時なら信仰を糧に生きる者が他人の話をあまり信じ過ぎてはいけないと忠告したかもしれない。それくらい今の佳苗は容易かった。
「ではわたしをその神様に合わせて頂戴。それか部下の二人でも良いわ」
「それは構わないけど、部下の二人は寝たきり雀と表現した通りいくら起こしても目を覚まそうとしないし、上司の神様は最初に姿を現したきりどんなことがあっても音沙汰がないの。あいつ、かなりの無責任だと思うけどね」
「おっと、それは聞き捨てならないなあ」
 これまでどれだけ責任者出てこいと思っても姿を現さなかった奴の声が、すぐ側から聞こえてくる。どうやら襖の向こう側にいるらしく、わたしはこれまで散々傍観を貫いてきた怒りも込めてぴしゃりと襖を開ける。
 だが視線の先には誰もいなかった。
「わたしはさぼっていたわけではないよ」背後から唐突に声が聞こえ、わたしは慌てて振り向く。この神様はいよいよ後ろに現れるのが大好きらしい。「祭りを執り行うのに必要な力と人材は提供済みだ。郷に普及した便利な機械みたく、スイッチを一つぽんと押せば祭りは発進し、自動的にできあがる。何故ならばそうなるような準備がなされているからね。わたしがしゃしゃり出てくる必要なんて何一つない」
「でもあんたは今、ここにいる。わざわざ出向く必要があるってことだわ」
 摩多羅隠岐奈はいかにもと言わんばかりに頷くと炬燵にどっかり根を下ろす。
「少し長い話になるだろう。喉を潤すためのものを所望したい。そこにおわす風の祝い子もそう思うだろう?」
 これまでヒステリーに近い反応を見せていた佳苗も、あまりに奇矯な隠岐奈の登場に呆気に取られた様子だった。
「佳苗、一緒に来て頂戴。お茶の準備をするから」
 戸惑う佳苗に目配せすると、意図を察してはいないにしろ手伝う意志は見せてくれた。あんな奴と二人きりになりたくないと思ったのかもしれない。
「ついでに二童子も起こしてきておくれ。もうそろそろ目覚める頃だ。渋るようなら額にでこぴんの一発でも叩き込んでくれて構わない」
 はあと溜息のような返事をし、佳苗と一緒に外に出る。二人で無言のまま台所に向かうと、茶の準備をしながら小声で話を始めた。隠岐奈に聞かれないようとの配慮だが、彼女は本気になれば座しながら郷のあらゆる場所であらゆるものを見聞きできるに違いない。声を潜めたのはちょっとした精神的安寧のために過ぎない。
「率直に訊くけど、佳苗はあのおかしな奴を味方として信頼できる?」
「そんなの無理に決まってるでしょう」隠岐奈の人となりにショックを受けたせいか、佳苗もまた声を潜めて悲痛な答えを返す。「それでも神奈子様、諏訪子様、早苗様のやることには承伏しかねるから、味方をするしかないんだと思う」
 嫌だなあという気持ちがありありとうかがわれる。それはご愁傷様だが、冷静さを幾分か取り戻してなおこちらの味方でいてくれるのはありがたかった。色々と話が通しやすくなるからだ。
 五人分のお茶を用意すると、お盆は佳苗に運んでもらい、わたしはいまやすっかり二童子の居場所となってしまった寝室に顔を出す。明かりを容赦なく点け、肩を乱暴に揺すってみたが、里乃はあと五分を繰り返すだけだし、舞なんて「うにゅ、地震だおー」なんて気の抜けた寝言を漏らす始末だ。ここは隠岐奈の許しも得ていることだし、舞の額に容赦なくでこぴんをお見舞いした。
 舞はぎにゃー! と年老いた猫のような声をあげながら体をはね起こす。それからわたしの顔を見て恨みがましい表情を浮かべるのだった。
「ちょっと、一体全体なんてことをしてくれるんだい。安らかな眠りを楽しんでいるこの僕にでこぴんをして起こすなんて狼藉、お師匠様以外に許されるはずがない。理由と釈明次第では巫女であろうと容赦しないと知るが良い」
「そのお師匠様の許可を得て来たのよ」
「げっ、まじで? だったら起きます起きます、超起きまーす。ほら、里乃も……」
 二人して寝床にいる里乃に視線を向け……彼女はいつの間にかすっかり目覚め、ぼさぼさだった髪もいつの間にか整っていた。服も寝間着ではなく童子の服である。
「さあ、お師匠様が呼んでいるのでしょう? 舞もちゃちゃっと準備なさい」
 寝ぼけていたことなどまるでなかったかのようだ。こいつちゃっかりしてるなあと思ったが、目を覚ましてくれたのだからこれ以上は求めなかった。
「おお、そうだね。では超特急で済ませるとするよ」
 舞は畳の上でバレリーナのようなスピンをし、すぐにぴたりと止まる。里乃と同様、童子の服を着ており髪型もいつの間にか整っている。
「それも摩多羅隠岐奈から与えられた力なの?」
「もちろんさ。超高速瞬間着替えの術といって、お師匠様に授けられた六十六の特技の一つさ。他に何があるか聞きたいかい?」
「いいえ、遠慮しておくわ。あんたのお師匠様、急ぎの様子だったし」
 本当は悠長に構えているが、どうせろくなものではないだろうと思い、名前を借りて行動を促した。
「おっとそれじゃ悠長にしている暇はないね。では博麗の巫女、僕たちをお師匠様の所まで案内しておくれ」
 ずっと世話をしてやったのになんとも調子の良いことだ。でもこれでようやく、話が進展しそうである。わたしは手招きをし、隠岐奈がでんと座っているであろう居間に二人を連れて行くのだった。

「やあ、二人ともよく眠れたかい?」
「はーい、体がとても軽くて今なら宇宙にでも飛んでいけそうでーす」
 舞の言動は仮にもお師匠様と呼んでいるにしてはあまりにフランクであり、そして隠岐奈も気にした様子はない。命蓮寺や仙界の奴らと違い、上下関係は割と適当らしい。
「急ぎの用と聞き、馳せ参じました」
 と思いきや、里乃は弁えた言葉使いである。二人は炬燵に入るのではなく、隠岐奈の背後にぴたりとつき、背筋を伸ばして正座している。わたしといた時は決して見せなかった、部下らしい態度だった。
「あー、二人とも二人とも。正座なんて殊勝なことはしなくてよろしい」そして隠岐奈は一度も後ろを振り向かず、二人のしたことを当てて見せた。「どうせ十分もしないうちに足が痺れて痛がり出すんだ。崩しとけ崩しとけ」
「はーい」「分かりました」
 舞だけでなく里乃もフランクな返事をし、だらしなく足を崩す。わたしはこの雰囲気ややり取りに慣れているからもはや何も言うまいが、佳苗は少しずつ不安を募らせている。さもありなん、わたしだって縋るべき藁がこんなあーぱー共だと知らずにいきなり面通しされたら同様の不安を抱いたに違いない。
「さて、当座の駒も揃ったところで話を進めよう。現在、このわたしが調律した祭りは機能不全に陥っている。原因は妖怪の山にでんと腰を下ろした三柱、そして柱が動いているならばその下も手を貸している可能性は高いね」
 ぱっと浮かんできたのは文とにとりの顔である。彼女たちを始めとして天狗や河童が神社に姿を見せなくなったのも、守矢に加担していると考えれば説明がついてしまう。隠岐奈の推測は妥当であると思われた。
「さて、そこで風祝に問いたい。かの三柱は一体、何を企んでいるんだい?」
 己の威光を横取りされたのだから怒りでも示すのかと思いきや、隠岐奈はなんとも愉快そうだった。この予想ならざる事態を楽しんでいる節さえある。
「わたしには何も教えられていません。四季祭りを乗っ取ると聞かされたのも藪から棒といったところでして」
「わたしも事の次第を知った時には驚いた。まあ普通は思いつかんよな。流石は大昔より郷をかき乱してきた勢力なだけはある」
 隠岐奈は呵々大笑し、陽気の渦を振り撒く。力のある神は時としてその一挙手一投足だけで周りに影響を示す。わたしもうっかりつられて笑いそうになったほどだ。佳苗はそんな神力に逆らい、険のある表情を浮かべた。
「いえ、これは笑い事ではありません」
「いいや、笑い事だよ。守矢の三柱は我が祭りをその特性、即ち笑いと偶像の華やかさを損なわない形で乗っ取った。強引にも程があるけれど、道理は弁えているのさ。ゆえに守矢が簒奪した我が祭りを暴力で奪い返そうとすれば、こちらが道理を失う。長らくご愛顧いただいた四季祭りも今回でおしまいということになりかねない」
「そんな、それでは打つ手はないと?」
 佳苗は悲痛な様子だったが、隠岐奈は悠然と構えている。何らかの秘策があるとみたが、わたしはもうさっきから嫌な予感しかしなかった。こいつは絶対、とんでもないことを押し付けてくるに違いない。
「力技では駄目だ。しかし手がないわけではない。向こうがわたしの用意した偶像を全て奪ったなら、新たに偶像を用意すれば良い。偶像には偶像をぶつけるんだよ!」
 熱のこもった宣言に、わたしはいよいよ目眩をを起こしそうになった。そしていよいよ嫌な予感の正体が見えてきた。
「わたし、ちょっと用事を思い出したんでお暇を……」
「そのために、いまこの時より第三種緊急事態とする」
 隠岐奈はわたしの行動に先回りし、そう宣言する。
「ちょっと、それって紫しか発動できないんじゃ」
「わたしは紫と同等の権限を有している。何しろ郷を創った賢者の一人なのだからね。疑わしいと思うなら紫の式に訊いてみるかい?」
 せめてもの抵抗も塞がれ、これで逃げ場はなくなった。第三種が発動すれば博麗の巫女は異変が解決するまで他の全てに優先して邁進しなければならない。
「今回の異変は弾幕決闘による勝負では解決しない。より郷の人気を獲得した偶像が勝者となる。博麗霊夢、東風谷佳苗、二人にはこの摩多羅隠岐奈がプロデュースする新アイドルグループのツートップを担ってもらう」
 わたしと佳苗は思わず顔を見合わせる。佳苗の顔には困惑と、そしてとんでもない厄介に巻き込まれたのではないかという憂慮が入り混じっている。だからわたしも同じ顔をしているのだと容易に想像できた。
「さあ二人とも、早速アイドルをスカウトに向かうんだ。残る枠はあと七人、東奔西走して最適なメンバーを揃えて欲しい。我が二人の弟子をバックアップにつけるから体力と気力の心配はない、存分に探索に励んでくれたまえ」
 隠岐奈の背後にいた二人がすっくと立ち上がり、早速しゃんしゃんと踊り始める。祭りの準備として妖精を探して回った時の辛さが思い出され、胸の辺りがぐっと重くなる。
 かくしてわたしと佳苗は新たなアイドルグループを結成するというとんでもない役割を、郷の命運を賭けて背負わされてしまったのである。

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