東方二次小説

2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52   チャイルド52 第3話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52

公開日:2018年04月19日 / 最終更新日:2018年04月19日

チャイルド52 第3話
朝食の準備が終わり、台所から居間に向かうと見ず知らずの少女が二人、ちょこんと座っていた。一人は緑色、もう一人は桃色の服を着ており、その上からフリルのついた飾りを首回りと腰回りに身に着けている。二人の眼差しはわたしに一瞬だけ注がれたのち、お盆に乗っている料理に向けられ、年端もいかない子供のようにきらきらと輝き出した。
 無心に食事をたかるあどけなさに最初は新顔の妖精かと思ったが、背中に羽根らしきものは見受けられない。
「あの、二人はどちらさまで?」
 期待の沈黙に耐えきれず話しかけると、緑色の服を着たほうが胸に手を当てえへんと背筋を伸ばす。
「僕の名前は丁礼田舞」
「爾子田里乃よ」
 桃色の服を着た方は礼儀を弁えていたが、その目は朝食に注がれており、わたしは添え物としか考えていないことがありありとうかがわれた。
「オーケー、あんたらが何者かは分からないけれどとりあえず出て行け」
 どんな理由でここにいるのかは知らないが、見ず知らずで黙って他人の家に上がり込むような奴らなんてどうせろくなものではない。追い出して然るべきだ。
「それは困る。僕たちはここにしか行くところがないんだ」
 丁礼田舞と名乗った少女はここにいるのがさも当然とばかりに振る舞っている。少し脅しつけたところでここから出て行くことはなさそうだった。
「行くところがないのはここにいて良い理由にはならないのだけど」
「祭祀を扱うのは神社だと相場が決まっているのでは?」
 爾子田と名乗ったもう一人の少女が言葉足らずを補う。これで視線を朝食に合わせていなければ、そして無断で上がり込んでいなければ話を聞いてやったのだが。
「そんなことを言われても困るだけよ。さっさとここから……」
 出て行けと言い掛け、慌てて喉の奥に押し込む。祭祀という言葉に思い当たる節があったからだ。
「あんたらもしかして、摩多羅隠岐奈とかいう奴の関係者?」
「うん、僕と里乃のお師匠様だよ。僕たちは六十年に一度開かれる四季祭りを恙なく行うよう尽力せよとの命令を受けている」
「過去の博麗は皆、わたしたちに協力的だったから今回も大丈夫だと言われたの。お師匠様は全方面に御利益多大なお方だし、祭りに関わるのは光栄だと思うのだけど?」
 丁礼田舞に比べれば多少はましかと思っていたが、爾子田里乃も雀の涙ほどの丁重さを繕っているだけで態度はあまり変わらないらしい。つまりここに話が通じる奴は一人もいないということになる。
「何を祀るかはわたしが決める。でも四季祭りについてはわたしも必要性を承知しているからやる分には咎めない。ただしくれぐれも厄介ごとを振りまかないよう気をつけて頂戴」
「失敬な、四季祭りは厄ではない。この郷が四季を分かるようにするための大事な祭りなんだ」
「混乱を鎮めるのも巫女の役割のはずよ。この祭りが上手くいかなければ四季はこの郷で上手く巡らなくなる。六十年の闇黒を世界にもたらすのが嫌なら素直に協力してくれなきゃ困るわ」
 二人は顔を合わせ、こくこくと頷く。きっとお互いの意見によって自分たちを改めて肯定したのだろう。こちらの話や都合などはどうでも良いのだ。
「そして困るのはわたしたちじゃない」
「そうそう。お師匠様もわたしたちも四季がなくたって生きていける。そもそも表に決して出てこないありがたい神様が直々に手を貸してくれるというだけで万遍感謝しても足りないくらいだ」
 こいつらを今すぐにでも追い出してしまいたかったが、祭りには二人の協力が欠かせないのだろう。ここは怒りを押し殺し、二人の滞在を許可するしかなかった。
「言っておくけどあんたらを食客扱いする気はないから。ここを一時の宿とするなら食事も洗濯も自分でやりなさい」
「それなら問題ない。炊事洗濯なんでもござれ、ちょちょいのちょいで片付けて見せるよ」
「お師匠様にそのための力を与えてもらったから」
 炊事洗濯の能力だなんて聞いたことがないけど、摩多羅隠岐奈は胡散臭くても非常に強力な存在であることは間違いない。紫の式と同等のことも可能なのかもしれない。
 紫の式である八雲藍の優秀さは身をもって知っている。彼らに炊事洗濯を任せても良いのだろう。
「ここにあるのは一人分だから二人で分けて食べなさい。わたしはこれから追加の朝食を作って持って来るから、物足りなくても少し我慢してね」
「ふむ、良い心がけだ。お礼に昼食の準備は僕がやるよ」
「それならわたしは洗濯を。難なく片づけてお師匠様の力を知らしめてあげる」
 洗濯ができることでいかなる力を知らしめるのかは知らないが、わたしは何も追求しないでおいた。博麗神社はわたし一人の手には余りがちであり、家事を手伝ってくれる手があるのは助かることだからだ。

 その日の太陽が沈む前には、二人に家事を任せるのは完全に諦めていた。
 丁礼田舞は味見をしない、計量をしない、思いつきで料理にアレンジを加えるというとてもではないが台所を任すことができない逸材であり、爾子田里乃はあらゆるものを洗濯機に突っ込んで回すという大雑把さをいかんなく発揮した。
 汚名挽回の機会を与えて欲しいと頼み込む舞を毅然とした態度で退け、しょげる彼女を慰めると途端に天狗みたく鼻を伸ばしてしまい、炊事洗濯などわたしの仕事ではないと口にし出す始末。徒労感ばかりが募り、早く休みたくてたまらなかったが、二人から祭りの詳細を聞いておく必要があった。
「ふむふむ、四季祭りのことを知りたいと。それは殊勝な心掛けだ」
 舞はそれだけを口にして、里乃に視線を寄せる。こいつは何の役にも立たないように見える。本当に摩多羅隠岐奈の部下であるのか疑わしく感じるほどだった。
「四季祭りを起こすには、まず妖精の心と体を高ぶらせる必要があるの」
「そうそう。そこで僕と里乃が妖精の背後で踊るわけだ」
 妖精の力が増せば自然の力も強くなる。四季祭りがその延長線上にあるものだというのは何となく伝わってきた。だがそれと背後で踊ることに何の関係があるのか霊夢にはさっぱり分からなかった。
「あんたらが踊ると妖精はどうにかなるの?」
「僕が背後で踊るとね、生命を強化することができるのさ」
「わたしの踊りは精神を強化する。心身が強化された妖精たちはちょっとした妖怪ほどの力を発揮できるようになる」
 理屈は分かるが背後で踊るというのがなんとも胡散臭く、どうしても疑いの眼差しになってしまう。それを察した舞はぷうと頬を膨らませてしまった。
「なんだよその、疑わしいと言わんばかりの顔は。僕たちの力は本当なんだからね」
「そのことをあなたは身をもって知ってるはずよ」
「身をもってと言われても、わたしはあんたらに背後で踊られたことなんて一度もないのに」
「うっそだあ、お前が風邪で弱ってたとき、僕が背後で踊ってやったんだぞ」
 記憶にないと口にしかけ、あのとき背後ではさりはさりと枝葉の擦れ合うような音がしていたことを思い出す。その音を境に辛かった体が少しずつ楽になっていった。
 わたしは部屋の隅に立てかけてあった笹の枝に視線を向ける。あれは何のためにあるのだろうとずっと訝しんでいたのだが、あれをバトンのようにくるくると回しながら踊っていたのだ。そしてわたしに風邪と戦うための体力を授けた。
「わたしはあんたらの師匠と違って背中に目は付いてないから、言われないと分からないわよ」
「お師匠様だって背中に目は付いてないよ。君は実に馬鹿なことを言うなあ、あはは!」
 わたしは思わず拳を握りしめる。やはりこいつはさっさと追い出してしまいたい。
「こら、舞。たとえ本当のことでも堂々と馬鹿なんて言っちゃ駄目でしょ!」
 もとい、こいつらだ。祭りが終わったら二人とも速攻で追い出してやる。
「まあ、世話になったことは理解できたわ。ありがとね」
 憎たらしい奴らだが、二人の踊りによって体調が芳しくなったことは確かである。怒りは胸の奥へ、礼の気持ちを口にすると舞はえへへとだらしない笑いを浮かべながら照れ臭そうに頭を掻いた。里乃は澄ました顔をしていたが、若干頬を赤くしている様子が見受けられる。どうやら良くも悪くも自分に正直な奴らのようだ。
「分かればよろしい。さて、僕たちはそのようにして妖精たちを元気で上向きな心にするわけだ」
「四季節分、それぞれ十三人の妖精に白羽の矢が立つわけね」
「お師匠様は力を与えた妖精たちのことをフェアリィ52と呼んでいるのさ」
「六十年に一度、即席で作られるアイドルグループみたいなものね」
「グループといっても集団行動はしないけどね」
 二人が交互に話すからどことなく忙しないが、気をつけるべきはその五十二人だけらしい。うんざりする数だが郷の妖精をのべつまくなしでないだけましだと考えることにした。
「四かける十三か……十三って少し半端な数字の気がするけど、何か意味はあるの?」
 十二、あるいは六十年という祭りの周期に合わせて十五だときりが良いけど、十三ではどことなく割り切れなくてもやもやする。
「そういやなんで十三なんだろ?」
 そして祭りを開くはずの当人がとんでもないことを口にしてしまった。
「十三日になるとマスクを被った怪人が追いかけて来るからよ。舞ったらそんなことも忘れるなんて相変わらずうっかりなのね」
「ああ、そう言えばそんな感じだったな。いけないいけない、僕としたことが」
 うふふと笑い合う二人だが、十三日にマスクを被った怪人が追いかけて来るなんて話は聞いたことがない。それともネットで囁かれる最新の噂話なのだろうか。わたしは遠子と違ってネットをぐるぐるしているわけではないから真偽を判断することができなかった。
「怪人の存在はともかく、わたしが果たすべき役目は分かったわ。そいつがとんでもなく忙しいこともね」
「でもさ、四季があちこちでしっちゃかめっちゃかに訪れるのって楽しいと思うんだよね」
「そうそう、春になったら夏になるまで三ヶ月ほど待たなければならない。秋は半年、冬は九ヶ月もかかるのよ!」
 舞は流石と言わんばかりの顔で里乃を見ていたが、当然のことを口にしたまでだ。
「でも四季祭りの最中は好きな四季を選び放題。春夏秋冬、なんでもござれ。妖精たちと一緒に派手な四季を楽しもう」
 舞は笹を手に取ると部屋の中でしゃんしゃんと振り回し、里乃はそれに合わせて手拍子を打つ。いちいち奇矯で派手派手しく、それが周りの人間にどう影響を与えるかをろくに考えない。
 わたしは二人が何に似ているのか唐突に気付いた。テレビに出てくる芸能人や役者、アイドルの振る舞いに似ているのだ。彼女は摩多羅隠岐奈の部下を名乗っているが、もしかするとアイドルをやりたい妖怪なり人間なりを引っ張ってきて力を与えているだけかもしれない。
「あんたたち、隠岐奈とかいうやつの部下になってからどれくらい経つの?」
 年季が短いと分かれば無知なことに諦めもつくと思い訊ねたのだが、二人は顔を見合わせて「どれくらいだったっけー」「さあ、両手ではちょっと数えきれないわよね」と相談を始めた。これは年を数えることすら忘れた長生の妖や神が見せる反応であり、残念な答えが返って来そうで今から溜息が出そうだった。
「千年は経ってないかな?」
「多分。だから祭りを起こすのもお手の物よ」
 咄嗟に口を塞がなければ長い溜息を容赦なく漏らしていただろう。その意味を察するとは思えなかったが。
「やり過ぎないように程々でお願いしたいのだけど」
「それは無理だね。祭りとはやり過ぎるものだから」
「ハレを呼び込み、また四季が如何なるものかを楽しんでもらわなければね。そんなわけで明日から早速、祭りの準備といきましょう」
 どこまでも楽しそうな二人を他所に、わたしはもう嫌な予感しか覚えなかった。こいつらは絶対に何かをやらかし、わたしのみならず郷のあちこちをかき乱すに違いない。
 もうじき訪れる春も今年だけはもう少し待ってくれと嘆願したい気持ちだった。

 夕飯を食べ終え、湯浴みを済ませると二人は盛大な欠伸を繰り返すようになった。しばらくは一つ屋根の下で暮らすのだから少しでもコミュニケーションが円滑となるよう、身の上話でも交わして親睦を深めようとしたのだが、温泉ではばしゃばしゃと騒ぐだけで会話なんてできる雰囲気ではなかったし、今はこの有様である。
「眠いんだったら布団敷いてあげるから。おこたで寝たら風邪を引いてしまうわよ」
 不満そうな二人の肩を叩き、子供のようにぐずるのを半ば強引に引っこ抜くと、上のものを片付けてからコタツを部屋の隅に追いやる。うちには客室なんてないから客が来たらここで寝てもらうしかない。宴会の際は人妖入り乱れての雑魚寝場と化すので、一人暮らしなのに布団だけは山のように用意してあるのだ。
「そういやあんたたち手ぶらで来たけど、着替えとかどうするのよ。寝る時までその服ってわけにはいかないし、下着は毎日取り替えないと不潔よ。今日はわたしのを貸してあげるけど」
「それなら家に取りに帰る」
「お互いの背中にショートカットが付いているから帰宅は一瞬なのよ。便利でしょ?」
「いや、そんなことできるんだったらうちに泊まる必要もないじゃない。家から毎日通ってくれば良いのに」
 他に何か理由があるのかと思ったが、舞は眠たそうな表情のままこくんと首を傾げた。
「なんでだったっけ?」
「お師匠様に言われたじゃない、巫女の側にいてやれって。確かわたしたちの力が必要になるかもしれないってことだったような」
「おお、そうだそうだ。また心身を強化する必要があるかもしれないとも言っていたな」
「すると、あんたらのお師匠様はわたしがまた風邪でも引くと考えているの?」
 それは聞き捨てならないことだったが、二人に訊ねてもさて何のことやらと言わんばかりにぼんやりしている。本当に何も知らないし、聞かされていないのだ。
 紫もよく過程をすっ飛ばして結論だけを基に命令を下そうとするけれど、頭が良過ぎると現れる特有の思考なのかもしれない。だとしたら歯痒いけれど、いつか役立つと信じて受け入れるしかなさそうだった。
「まあ、お祭りの管理は忙しいから疲れるってことかもね」
 年を召した人たちが肩揉みやマッサージで疲れをほぐすのに近いものがあるのかもしれない。逆に考えればいつも鍛えているわたしのような人間でさえ音を上げるような激務が待ち構えているということだ。紫といい隠岐奈といい、賢者を名乗る生き物は巫女扱いが荒いから困ってしまう。そして憂鬱に浸っている暇さえなかった。舞と里乃は畳の上に寝転がり、すっかり睡眠モードに入ろうとしている。
 慌てて二人分の布団を敷いてやり、服が皺になるのも知ったことかと判断して強引に布団の中へ押し込むとほぼ同時にすやすやと眠り始めた。
「まるで年の離れた妹ができたみたい。しかも二人だから苦労も二倍ね。次に隠岐奈と会ったら絶対に文句を言ってやる」
 無邪気に寝息を立てる二人を残し、寝室に向かう。もうじき春とはいえ、厳しい寒さが遠のいたわけではない。湯浴みの熱が完全に抜けないうちに、こちらも寝床に入ってしまおうと決めた。


 子供は風の子と言うが、舞と里乃は正にその格言通り、早朝の寒風を身に受けてもまるで動じることなく空を飛んでいた。こちらは隙だらけの巫女服に防寒素材のインナーを着込んだり、厚手のタイツを履いたり、マフラーを巻いたりと精一杯の防寒を施してようやくだというのに。
「どうしてこんな朝っぱらから出かけないといけないのよ。もう少し明るくなってからでも良いじゃない」
 すると舞はわたしの無知をはっきりと鼻で笑うのだった。
「分かってないなあ。強い妖精はいつだってはざまに現れるのさ。季節と季節の間、朝と夜の間」
 知らないことのほうが多いくせに、知ってることとなると途端に調子が良くなる。
「あら、そうだったのね。単に早く動いたほうが、仕事が早く終わるからだと思ってた」
 そしていつもは知っている側の里乃が珍しく、何も知らない様子だった。
「はざまは生命力が弱まる時期だからね。妖精は生命の塊みたいなものだろ?」
 聞いているうちになんとなく理屈が分かってきて、なるほどなあと素直に相槌を打つ。
「そんな時期に現れるから強い個体の可能性が高いってことか」
「単に寝ぼけてふらふら出てくるだけのことも多いけどね」
 舞は感心した側からぶち壊しにするようなことをさらりと口にする。
「まあ、下手な鉄砲数撃ちゃ当たると言うし、早起きは三文の徳とも言う。ほら、あそこに一人目を発見したぞ、幸先が良いじゃないか」
「というわけで早速、踊ってみましょうか」
 舞と里乃は獣道をとことこ歩いている妖精の近くに着地すると、全く気付かせることなく背後に立ち、滑稽な踊りを始める。舞は笹をしゃんしゃん振り回し、里乃は茗荷を手にしてベルを鳴らすように上下に動かす。すると茗荷からは不思議な高く澄んだ音が聞こえてくるのだった。そして何よりも不思議なのが、背後で躍るという派手なことをしているのに全く気付かれていないということだった。
 かくいうわたしも始めから彼女たちを認識していたからこそ変なことをしていると分かるわけで、気を張っていないと何の変哲もない光景が広がっていると考えてしまいそうになる。これも摩多羅隠岐奈によって与えられた力の一つなのだろう。
 そして二人が背後で踊ることしばし、突如として妖精に変化が訪れた。着ている服がきらびやかになり、テレビに出てくるアイドルのような格好になってしまったのだ。
 変化が終わると同時に踊りも終了したのか、二人はわたしの所まで戻ってくる。満足げな様子からして首尾よくいったに違いない。
「一人目から当たりとは本当に幸先が良いね」
「前回もそうだったような気がするけど。いつも最初だけは順調なのよね」
「あれ、そうだったっけ?」
 今度は舞のほうが忘れていて里乃が覚えていた。もしかすると二人で一人分の記憶を持っているのかもしれない。そう考えてもなお抜けは多いのだけど。
「あの妖精はこれからしばらくの間、辺りに春を撒くだろう。ほら、その影響が既に現れ始めているようだよ」
 舞が指差した妖精の周りでは新緑が次から次へと芽生え始め、冬から春へと季節を書き換え始めていた。この光景は前もって説明を受けていてもなお神秘的であり、普段はさして気を配らない、名も知らぬ妖精の隠された力を否が応でも感じずにはいられなかった。
「まるで春告精みたいだわ」
 素朴な感想を口にすると、舞は「違う違う」と言いながら、くってかかるように否定する。
「あれは自然に発生するもので、あの妖精は僕たちの踊りで力を得たものだ」
「別に、同じようなものじゃないの?」
「全く違うよ。春を告げる妖精はね、力のある妖精が一時だけあの姿に変わるものであって特別な個体というわけじゃない。僕たちの力を分け与えた妖精のほうが凄いに決まっている」
 そうは言うものの、二人が変化させた妖精からは春告精の問答無用で一面を春に書き換えるほどの圧倒的な力は感じられない。舞が機嫌を悪くしているのも、どうやっても春告精ほどの強い力を持つ妖精を生み出せないからかもしれない。
 子供っぽい素振りばかりを見せるが、プライドが一欠片もないというわけではないし、お気楽に生きているというわけでもないのだ。
「さあ、さっさと次の妖精を探しましょう。あと五十一人の妖精を探すんでしょう?」
「おお、そうだそうだ、こんな所でぐずぐずしている暇はない」
 舞はそう言ってわたしの手を強引に引っ張ろうとする。仕方のない奴だなと思いながら後に従おうとして、ふと背後からじっとりした視線を感じて振り返る。
 里乃はこれまでと同様、舞に比べて少しだけ控えめな笑みを浮かべていた。でも表情の端々が少しだけぎこちない。
 二人の関係もまた微妙なものを秘めているようだが、気づかない振りをした。他所の事情に顔を突っ込んで良いことなんて一つもない。頭の痛くなるような面倒を背負うだけだ。

 舞と里乃の二人は郷の東から西までを、ほぼ休むことなく妖精探しに奔走した。昼食時になると用意していた弁当を食べるために腰を下ろしたが、二人とも五分としないうちに平らげてしまい、わたしは早く早くと急かされて味わう暇もろくになかった。
 初日は七人の妖精が眼鏡に叶い、十三人の妖精が落選となった。このペースだと一週間くらいかかる計算になるが、日に十時間近くも飛び続けるのは流石のわたしでも骨が折れた。しかもこちらの疲労を見てとるや背後でしゃんしゃん踊り出して体力と気力をあっという間に回復させてしまうのである。しばらくするとまた疲れ、回復の繰り返しである。
 これを一週間も続けるのはきついというか一種の拷問に近いものがある。かといってあの二人を野放しにするわけにもいかなかった。あいつらと来たらスカウトの合間合間にいらぬトラブルに巻き込まれ、しかも偉そうな態度を取るものだから一度ならず一悶着を起こしかけた。わたしが博麗の名前と昨今の知名度で丸く収めなければ、目どころか色々と当てられないことになっていた。
 四季祭りの年に博麗だった巫女たちもまた同様の苦労を負ったはずである。既に故人であり人となりすらろくに知らないが、その苦労をしのばずにはいられなかった。

 その後もわたしは毎日、平日も休日関係なく二週間、妖精探しに奔走させられた。初日は運が良かっただけだったらしく、二日目以降は半分ほどのペースに落ちてしまい、なかなか成果が上がらなかったのだが、二童子はそれでもめげることなく妖精の背後に立って踊るを繰り返した。神社にいる時の子供じみた態度は相変わらずだったが、四季祭りを恙なく執り行うようにという与えられた命令に対しては忠実であり、実入りが少なかった日も不満を零すことはなかった。
 だからこそ十五日目、ようやく四十八人目の妖精が無事にアイドルと化し、あと四人というところまで来たとき、舞と里乃が突如として準備の終了を宣言したのでわたしは酷く面食らってしまった。
「ちょっと、折角あと少しなのにここで終わりってどういうことなの?」
「どういうことも何も準備はこれで終わりだよ」
「お師匠様は四十八人の妖精を変化させろと命令したの。他にもやることはあるけど祭りの準備はこれでおしまい」
「いやいや、お祭りの妖精は五十二人用意するんでしょ? 五十二マイナス四十八は?」
「四だよ。いきなり簡単な引き算を口にして、頭の調子が悪くなって来たかい?」
「精神ならわたしの領分ね。後ろで踊ってあげるわ」
 いつにも増して話が噛み合わない。どうやら命令されたことについて、この二人は全く融通が利かないらしい。どうやったらこの二人に現状のおかしさを伝えられるのだろうか。
「大丈夫だって。お師匠様が四十八で良いと言ってるんだ。霊夢も悩む必要はないよ」
 そんな適当で良いのかと口にしかけたところでようやく、二人を説得できそうな良いことを思いついた。
「四人足りないと祭りがきちんと開けないわよ。お師匠様はそうすると酷く腹を立ててしまうのでは?」
 お師匠様の威光を利用する大作戦である。はたして舞と里乃は露骨に不機嫌そうな顔を浮かべた。
「げー、それは嫌だなあ」
「でも、お師匠様は確かに四十八で良いと言ったのよ。わたしたちはどうすれば良いの?」
「それをわたしに言われても困るわ。あんたたちのお師匠様はその理由をきちんと把握しているし、言伝をしていると思うのだけど。本当に何も思い出せない?」
 二人はうんうんと唸りながら目一杯悩みこんでしまった。頭から湯気が噴き出すかと思うくらいに顔が真っ赤であり、申し訳ないことをしたと思いそうになるくらいだった。だが必要数に届いていないのに何もしなくて良いというのはどうしても腑に落ちないのだ。
 じっと見守ること五分ほど、里乃の頬から赤が抜け、ぽんと手を叩いた。
「思い出した! 四十八人の妖精を変化させたら残りの四人は勝手に生まれるって話じゃなかったっけ?」
 どういうことなのかと話の続きを待ったが、里乃はそれですっかり満足してしまったのか、これ以上は何も語ろうとはしない。四十八人で問題ないことが分かっただけでも良しとするべきか、判断に迷っていると舞の顔からも赤が抜けていく。こちらも何かを思い出したようだ。
「残りの四人は土用の妖精だから、僕と里乃の力では作れないって言ってたな」
「どようって一週間の土曜? それとも五行の土用?」
 前者と後者ではまるで意味が違ってくるのではっきりさせたかったのだが、舞はどういうことかさっぱり分からないと言った顔をしている。里乃といい大事なところが思い出せない様子であり、お師匠様しっかり教え込めよと内心毒づきたい気持ちで一杯になった。
「うーん、よく分からないけど一週間の土曜じゃないと思うな。だって僕たち、土日も休みなんてないもん」
「まあ、好きな時に休むんだけどね」
 あははと笑い合う二人を見てわたしは追求を諦める。これ以上は聞いても無駄そうだったし、二人の語ってくれたことを総合してなんとなく察しがついたからだ。
 土用とは四季のはざまにある五つ目の季節のことだ。四季祭りがこの郷に四季を知らしめるものならば、土用もまた強く認識されなければならない。
 それならば正しくは五季祭りと名付けるべきだが、そうしないのは四季のほうが通りが良いからだろう。あと五季というのは台所にたまに現れるあれを思い出してしまう響きであまり使用に躊躇われるものがある。
「とりあえず納得したわ。準備がこれでおしまいなら撤収しましょう。疲労と回復の行ったり来たりもそろそろ限界が見えていたところだし」
 差し引きゼロで全く疲れないのは悪くないことかと思っていたが、適度な疲れはぐっすり眠るのに必要なものであり、そのため徐々に寝つきが悪くなっていたのだ。眠りが浅ければ夢を見やすくなると思っていたが、二人の踊りの影響なのかこの半月ほど全く夢を見なかった。もう一度夢を見て、そこから何かを引っ張り出して来なければならないというのにだ。
「僕たちはまだいくらでも同じことができるけどね」
「でも同じことばかりでそろそろ飽きてきたところよ。今日で終わって良かったわ」
 二人は若者らしくハイタッチをし、ちらりとこちらをうかがってくる。その手のテンションはあまり得意ではないのだが、ここまで付き合って塩対応もないかなと思い、恥ずかしさを振り切っていえーいという掛け声とともに二人とハイタッチをした。
 気恥ずかしくはあったが、少しだけ高揚感と連帯感のようなものを感じたのがなんだか不思議だなあと思った。

 祭りの準備が終わった翌日、久々に博麗神社のサイトを確認したのだが、郷では既に六十年ぶりに催される四季祭りについて、かなりの賑わいを見せている様子だった。掲示板には四季が目まぐるしく訪れるこの現象は異変ではないのか、本当に問題はないのかとの疑問が数多く寄せられており、一件一件回答する余裕はなさそうだった。
 各里の役所で公開されているサイトにも四季祭りのことは記載されていたが、六十年に一度の祭りでは対応できるスタッフも少ないのか曖昧な記載が多かったし、詳しくは後日発表されるであろう博麗神社の発表に従って欲しいという丸投げ上等な一文で締められていた。博麗神社のサイトに問い合わせ多数だったのはこの丸投げ対応のためだろう。
 そこで午前中一杯をかけて問い合わせの多かった質問に対する回答集を作成し、サイトにアップした。推敲は全くしてないので誤字脱字は避けられないだろうが、こういうのは速度感が大事である。一応は公的文書なのだから配慮する必要もあるかもしれないが、博麗神社はわたし一人で切り盛りしているわけで、細かい修正などやっている暇などないのだ。あってもそんなことに時間は割かないけれど。
 新しいメールはなし。上司には何度か指示を仰ぐと送ったけれど、返ってきたのは「今回の件は八雲ではなく摩多羅の行いであり、当方に関する理由も余地もなし。摩多羅の指示に従い、恙なくことを進めて欲しい」という素っ気ないものだった。そうはいっても摩多羅隠岐奈は最初に姿を現して以来、後は部下に投げっぱなしである。
「どうにも不安なのよねえ。みんな他人事というか、当事者意識が薄いというか、成功して当たり前と考えているというか」
 いちいち深く考え過ぎなのかもしれない。案外けせらせらで流れに任せるのが正解だったりするのかもしれない。
「面倒だなあ。なーんか一人だけ貧乏くじを引いてる気がする」
 その証拠にわたしだけいちいち忙しない。給金は毎月もらっているから金銭面で貧乏ではないのだけど、トラブルに巻き込まれやすいというのも一種の貧乏と考えて良い気がしてきた。きっと貧乏には色々な形があって、どんな時代でも猛威を振るってきたのだろう。

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