東方二次小説

2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52   チャイルド52 第10話

所属カテゴリー: 2XXX年の幻想少女第4章 チャイルド52

公開日:2018年06月07日 / 最終更新日:2018年06月07日

 遠子に頼みごとをするならば三つの壁を超える必要がある。まずは健康状態に問題がないか、機嫌が悪くないか、そして気難しがり屋な彼女の眼鏡に適う問題であるかだ。
 第一の関門は問題なく、初老の使用人はわたしを邸内に案内してくれた。そして何も言おうとしなかったことから機嫌もそう悪くないことが察せられた。だが依頼を受けてもらえるかどうかは自信がなかった。
 パソコンもウェブも大好きな遠子だが、それでもアイドルの宣伝をやってくれと話をしたら渋い顔をされるのではないか。そんな気持ちを押し殺しながら部屋に入ると遠子は作業を止め、すぐにわたしの方を向く。
「あら、随分と神妙な表情じゃない。まるで決闘を挑みにきたみたいよ。わたし、スペルカードはおろか空を飛ぶことすらできないというのに」
 軽口を叩く余裕があるくらいに上機嫌であることが分かり思わずほっとする。これなら大丈夫かもしれない。
「遠子にいつもとは違うお願いをしにきたの」
「あら、お祭りにでも連れ出してくれるのかしら?」
 二人でお祭り見物も良いなと思ったが、それは全て片付いた後だ。今は目の前の問題に対処しなければならない。
「わたしは現在、異変を追っているの」
「へえ、それは初耳だわ」面白い話が聞けると思ったのか、遠子は光り物を見つけたカラスのような目を向けてくる。「それは守矢の三柱がアイドル稼業を始めたことと関係があるのかしら?」
「ええ、摩多羅隠岐奈が言うには四季祭りの本来の意味が失われてしまい、郷が混乱に巻き込まれるとのことだけど」
「そうなの? 四季をこれ以上知らしめる必要がなくなったから守矢に権限を譲渡したんじゃなくて?」
「それだったら流石にあいつも異変だなんて言いださないと思うのだけど」
「そう……守矢の三柱は長年かけて信仰を集めてきたし、摩多羅隠岐奈のバックドアを掌握できたとしても不思議ではないか。どうやったのかまでは流石に分からないけど」
「バックドアの掌握って、そもそもバックドアなるものが何なのか分からない。あいつが色々できるってのは知ってるけどさ」
 突如として背後に現れる、部下に力を分け与える、だけが隠岐奈の力でないのは薄々察している。問題は何がどこまでできるのかということだ。
「摩多羅隠岐奈は自らの力として、ないし二童子と呼ばれる部下を媒介にして、あらゆる存在の背中に扉をつけることができるの。背中の扉は移動装置兼、魔力の回収装置となっている。隠岐奈が駄目だと命じたら四十八人の妖精はみな力を失うし、四季の力を司る妖精がいなくなれば狭間の季節の妖精として力を得ていた残りの四人も元に戻ってしまう。だから例のテレビ番組を観たとき、変わった茶番を始めたのだなあと思ったの。そしてこれまでに起きなかったことだから記録する必要があり、ネットを通して情報を集めていたのだけど」
 遠子の機嫌が良かったのは新しい歴史を収集できる喜びかららしい。守矢のやらかした妖精の乗っ取りはここでの交渉を円滑に行う効果をもたらしている。正に因果は巡るとしか言いようのない状況だった。
「霊夢はそこに更なる彩りを添えてくれるらしい。さあ、洗いざらい話して頂戴」
 わたしとしてもそのつもりである。だから二童子とともに妖精をお祭り仕様に変えていったことから始まり、一連の出来事をじっくりと話して聞かせる。最初は掻い摘んで要点だけをと思ったが、どうせ省略した部分を都度あれこれ聞いて来るのだから、腰を据えて話すことにした。
 そして最後に隠岐奈から依頼された案件を話すと適度に相槌を打ちながら反応してくれた遠子の動きがぴたりと止まり、無言で手招きされる。わたしが側まで寄ると、遠子はマウスとキーボードを操作してウェブページを表示させた。三人の可愛らしい、そして若干露出度の多い少女の写真、そしてその下で虹色に点滅するエンターの文字。次のページに進むと「ここはライブ専門アイドル、ストロベリー・トライアングルのサイトだよ(はーと」という一文がグラデーションに彩られており、サイトの色調も全体的にけばけばしい。メニューは上からグループ紹介、メンバー紹介、だいありぃ、視聴コーナー、掲示板、チャット、リンク集とあり、見ているだけで目がチカチカしそうだった。
「これはテレビに出演せず、野外のみの活動を行なっている野良アイドルグループの一つよ。彼女たちは活動当初からこのようなサイトを立ち上げ、定期的な野外演奏を重ねて多くのファンを獲得することに成功している。人気は上々でいずれはテレビ出演もと噂されている。この郷でいま最も熱い野良アイドルの一つと言えるでしょう」
 一通り説明したのち、遠子はまた別のページを開く。今度は髪の毛をどぎつく染めたミュージシャン二人組の写真がでかでかと表示され、エンターの文字は小さめでそっけない。次のページに移ると黒基調の濃い灰色文字というあまりにも見え辛いサイトが表示された。メニューは活動内容、メンバー紹介、掲示板、リンク集のみ。その下に音符マークがいくつか並んでおり、その一つ一つにリンクが付いていた。
「こちらはアングラミュージックの有名どころの一つ、ダークドラゴンのサイト。不親切でサイトの説明すらろくにしないストイックさが、ロックで硬派なイメージを持つ彼らのファンを惹きつけてやまないというわけね」
 立て続けに二つの成功例を見せてくれたのだから何かの算段があるのかと思いきや、遠子の表情は厳しかった。
「どちらも数年かけてじっくり、イメージを確立してきたグループよ。急造のアイドルグループを宣伝するにはあまりにも時間が足りない。いずれ隠岐奈の与えた力が尽きる時は来るけれど、それでは解決にはならない。そうでしょう?」
 わたしは遠子の問いに重々しく頷く。わたしたちはアイドルとしてチャイルド52の流行を超える必要があるのだ。でも遠子の話を聞く限り、ネットの力を借りただけでは難しそうだった。
「隠岐奈のバックドアを掌握しているなら力を注ぎ続けることはできるかもしれないけど、妖精が自然の具現者以外の役目を続ければいずれは自然のバランスが無茶苦茶になってしまう。自然というものが存在しない今の幻想郷において、妖精は皆が思うよりもずっと大切なの。守矢の三柱はそれが分からないような愚神ではないと思うんだけどなあ……」
 長年に渡って郷の歴史を収集し、およそ知らないことのない遠子であっても守矢の思惑を測りかねているようだ。それならわたしの頭では考えるだけ無駄なのだろう。
「今のわたしたちには速度が足りない。情報の伝達がもっと早く大量に行える環境であるならば、まだ芽はあったかもしれないのに……」
 悔しがる遠子を見て、わたしは隠岐奈から言われていたネット高速化の件を慌てて説明する。すると遠子はぱちんと指を鳴らすのだった。
「そうよ、霊夢には異変時限定の絶対的な権限が与えられている。それを使えば良いのか……摩多羅隠岐奈がそれを促して来たというのはなんとなく引っかかるけど、環境を与えてくれるというならばなんとかなるかも」
 遠子はぶつぶつとわたしに分からないことを早口で呟き始める。どうやらすっかり火が入ったらしい。こうなるとわたしが横から話しかけるのは怒りを招くだけである。
「アングラからメジャーへ。霊夢たちにはこれから一気にスターの座へと駆け上ってもらう。闇討ち、炎上、根拠のない勝利宣言、ネット上での迅速かつ強引な世論誘導までなんでもござれよ。もちろんそれだけじゃなく、アイドルとしての魅力も最低限は必要になってくる。基礎体力は問題ないとして、歌や踊りのレッスンは受けてるんでしょうね?」
「それはもうみっちりと。死ぬほど疲れるけど、その度に死ぬほど元気にさせられてレッスンの繰り返しよ」
「なら辛うじてものになるという希望的観測のもと、高速なネットワークを前提として解像度の高い写真、動画を頻繁に公開して、それからライブ中継もやりたいわね。場所はどこが良いかしら……博麗神社境内だとどうも華が足りないのよね。あの神湖に浮かんでいた船はわたしの記憶が確かならば客船を改造した航空母艦の一隻だと思うのだけど、あれと並ぶほどよく目立って刺激的なステージを用意したいのよね。何か良い案は……」
 口を挟む暇など与えないとばかり一気にまくし立てると、今度は沈思黙考の沼に沈んでいく。乗り気になって欲しいとは願っていたが、まさかここまで熱を入れるとは予想していなかった。気になる言葉が出てきたから訊ねたかったけど、とても口を出せる雰囲気ではない。
「霊夢に一つお願いしたいことがあるのだけど」
 と思えば割とすぐに復帰し、話しかけてくる。いつになく忙しいことだ。
「できることなら。でもわたしだって本当は、他の皆と一緒にレッスンに参加したいのだけど」
「摩多羅隠岐奈に頼んで欲しいの。この郷には航空母艦に負けないほどよく目立つ船がある。それを貸してもらえるよう交渉する必要がある」
「それなら承ろう」わたしの背中から当然のように隠岐奈の声が聞こえてくる。どこにいても現れることができるのは、全くもって忌々しいほど便利だ。「扉はどこにでも繋がっているわけではない。稗田邸の側にもあることはあるけれど、霊夢の背中を通すのが楽で良い」
「その声には聞き覚えがあります。摩多羅隠岐奈その人と思って間違いないでしょうか?」
「相違ない、そして協力感謝する。ネットの高速化とともに乙女の要望に応えるよう努力しよう」
「わたしも微力ながら協力します。霊夢から話を聞かせてもらった限りでは曖昧模糊とした部分も多々ありますが……」
「不信に思うならば我が宿神の面をもって答えと成そう。聡明な乙女殿ならこれで察してもらえると思うのだが」
「宿神……漂白する芸能民の守護者のことですね」
 遠子は隠岐奈の言葉を受けてぴたりと固まる。膨大な知識の園から何らかの答えを導こうとしているらしい。わたしはこの状態の遠子を見るのがあまり得意ではない。二度と動かなくなるのではないかと少しだけはらはらしてしまうのだ。でも今日の遠子は一分もせずに戻ってきた。その顔には迷いがあり、目は隠岐奈を探るように見据える。
「なるほど……これは鎮魂という理解で良いのですか?」
「流石は御阿礼の子、飲み込みが早くて助かる」
「これという推測を披露しただけです。完全に信頼したわけではない……でもひとまずは手を貸しましょう」
「了解した。素材はどんどん送るし、機材も写真もエンジニアも用意できる。天狗と河童の協力が得られたからね」
 遠子と隠岐奈はわたしの知らないところでなんらかの理解を共有し、話を先に先に進めている。いつものことだが、いつもより少しだけ気に入らない度が強かった。
「家の者には彼女たちをフリーパスで家に上げるよう連絡をしておきます」
「では、わたしは準備が出来次第、寺に行ってこよう」
 隠岐奈の発言は予告もなく途切れ、ここから去ったことを察する。ようやく会話が収まったところで、わたしは疑問に浮かんだことを遠子にぶつけることができた。
「もしかして遠子にはあいつが何を企んでいるのか分かったの?」
「神の考えることなどおよそ把握できるものではないけど、こうかもしれないという思いつきはある。でも、まだ語るべき時ではない」
「遠子ったらなんとかQってやつの書く小説の探偵みたいなことを言うのね!」
 そいつは数百年も前に発売された、もはや古典中の古典とされているミステリに出てくる探偵である。子供の頃に図書室でそいつの出てくる本を何冊か読んだのだが、面倒臭がり屋のわたしはその台詞を見るたびにいらっとしていた記憶があるのだ。
 遠子がぽかんとした表情を浮かべたのは、その時のことを思い出してつい語気が強くなったせいではないかと思った。割とすぐ癇癪を起こすくせに強く言われるとたちまちしゅんとしてしまい、言葉を失ってしまうのだ。まるで強くぶつけた機械が一時的に止まってしまうかのようで、こうなるとしばらく会話どころかうんともすんとも言わない。
 だが今日はすぐに復帰し、やや上目遣いの探るような目を向けて来た。
「ふぅん、霊夢ったら古い作品を読むのね」
「なんか変な名前だなあって、それでなんとなく興味を惹かれて手に取ったの。解説を読んだ感じ、このなんとかQなる名を使用した作家は沢山いるらしいけど」
 後で調べたら現代にもその名前で活躍している作家が何人かいた。様々な理由から名前や素性を明かせない作家が慣習的に使っているらしい。
 そこでふと、遠子の言葉に引っかかりを覚えてしまった。
「わたしが読んだのは一番最初にQを名乗った人の作品だけど、遠子ったらよく古いって分かったわね? どの年代のQかなんて一言も口にしてないと思うのだけど」
「そ、それはええ、決め台詞が特徴的だからよ。わたし、一度読んだものは象よりも忘れないの、知ってるでしょ?」
「なるほど、それなら納得ね」
「ええ、ご納得ですとも……ところでその本、読んでみて面白かった?」
「まあ、途中はいらっとするけど最後の解決で全てが丸く収まるのは毎回凄いなと思ったわ。ああいう一から十まできっちし決めて書くタイプの話って、わたしだと逆立ちしても書けそうにないわね。素直に面白かったわ」
「ああうん……わたしはちょっと理屈っぽ過ぎるかなあって思ったのだけど」
 遠子ならわたしよりもずっと気に入りそうだったのだが、あまり評価は良くないらしい。そういえば博覧強記なところ、どんな些細なことでも忘れない辺り、少し遠子に似ていた気もする。もしかすると同族嫌悪みたいなものを感じてしまったのかもしれない。
「こほん、話が脱線したわね。とにかく、わたしの中途半端な推測を語ってもきっと混乱させるだけだろうし、どのみち霊夢にはレッスンに励んでもらう以外に道はなさそうだから頑張ってちょうだい。わたしも念入りに応援してあげる」
 正直言ってこのアイドル活動がこれまではあまり乗り気でなかったのだけど、遠子にそう言ってもらえるとなんだか少しだけやる気が出てきた。
「では、わたしは作業に移るから。連絡だけど、近々霊夢にある通信ソフトを送るからそれを使いましょう。きっと驚くはずよ」
 そう言って遠子はわたしに背を向け、キーボードに指を滑らせる。すっかり集中しており、少しすると鼻歌が聞こえてきた。どうやらすこぶる上機嫌らしい。
 これで一安心と息をつき、遠子の部屋を後にする。気になることは色々あるが、目下のところ緊急に解決しなければならない問題が一つある。あと一人、九人目をどうするかだ。この際、誰でも良いから引っ張ってくるべきかもしれない。
「というわけであんた、ちょっとアイドルやってみない?」
 玄関まで送り出してくれた初老の使用人に駄目元で提案してみる。こいつは人間になりすましているが正体はリグルであり、夜目で見た限りだが可愛らしい顔立ちをしていたと記憶している。前の異変を起こした元凶でもあるし、その負い目をつつけばどうにかなるかもしれないと思ったのだ。
「ふぉっふぉっ、戯れはおよしになってください」
 好々爺らしい独特の笑みを浮かべたが、瞳の奥から断固として否という強い想いが伝わってくる。
「ちょっと聞いてみただけよ」
「……他の人が聞いてるかもしれない場所でそういう冗談はやめて欲しいね。万が一ばれて屋敷を追い出されたらどうするんだ。給金良いんだぞ、ここ」
「夜警の仕事もやってるじゃない。あっちも給料は出てるんじゃなかったっけ?」
「うちは結構大所帯なんだよ。先の異変で成った子もいるし、余計に金がかかる。例の計画で蓄えを完全に吐き出したし、わたしが路頭に迷ったら……」
 そこまで口にしたところでごほんうおっほん、とわざとらしい咳をする。地金が覗いていたことに気づいたらしい。
「お帰りはこちらでございます」
 使用人の声に戻り、ぴたりと口を噤む。こいつ、色々苦労してるんだなあと少しばかり同情も湧いてくる。わたしは彼女の勧誘を諦め、稗田邸を後にするのだった。


 九人目をどうしようかなと考えながらの帰宅途中、空からいきなり青い物体が落ちてきてわたしの前に立ち塞がった。それは鳥でも隕石でもなくひんやりとした空気を漂わせた少女、チルノという名前の氷妖怪だった。
「おい、これは一体どういうことなんだ」
 そして前略中略でいきなり確信を訊ねて来る。そんなもの覚でないわたしには答えようがない。
「どうどう、落ち着いて落ち着いて」わたしはひんやりした小さな氷の妖怪を馬のように宥める。こいつもまた解放派の一員なのだが、猪突猛進のくせに力だけは強いから大人しくさせるのが大変なのだ。「どういうことか説明して頂戴」
「どういうことも何も、郷の妖精をアイドルに変えて回ったのはお前だと聞いたぞ。つまりあたいの友達を連れ去って、変なグループに入れたのもお前だってことだ」
 実際はわたしと二童子の三人でやったのだが、あの二人は背後に経つと容易に認識できなくなるから、傍目からはわたしの仕業に見えないこともない。そして彼女はわたしを守矢の仲間だと考えているらしい。まずはその誤解を解く必要がありそうだった。
「アイドルに変えたのはわたしだけど、変なグループに入れたのはわたしじゃない。それどころかわたしは妖精たちを解放したいと考えているの」
「信用ならない。お前は山にいる神様たちとも仲が良かったはずだ。あたい、きちんと覚えているんだからな」
 わたしだって守矢の神たちがあんなことを始めるだなんて、夢にも思っていなかったのだ。でも声を荒げたところでチルノの不信を解消することはできない。
「信じられなくても良いわ。でもわたしは本気なの。立ち塞がって駄々をこねるようなら強引でも突破させてもらうわ」
 アイドルにかまけて弾幕決闘用の装備なんて一つも持っていないが、チルノは勢い重視の性格である。こちらも勢いだけは負けてはならないと戦いの構えを見せる。それでチルノもわたしの言葉を少しは信じようという気になったらしい。
「本当に、お前はわたしの友達を変な集まりに引っ張り込んだわけじゃないんだな?」
「ええ、そうよ。あんたの親分である雷鼓もわたしに協力してくれるんだから」
 その一言はかなり効き目があったらしく、チルノは通せんぼを解いてくれた。
「お前に付いて行って、嘘を言ってないか確認するからな。もし嘘をついてたら氷の針を千本ぶつけてやる」
 どうやら最低限の説得には成功したらしい。神社に戻れば証拠はいくらでもあるし、これで我が身も安全というものだ。それにチルノの話を聞く限り、フェアリィ52のメンバーに友人がいるらしい。上手く行けば彼女を九人目にすることも可能ではないかと、そんな打算を巡らせたのだ。
 そんなこととはつゆ知らず、チルノはてくてくとわたしの後についてくる。あとは野となれ山となれだ。
 
 いざ神社に戻ってみて、わたしの打算は全く必要ないことが分かってしまった。九人目がわたし以外の皆に向けて行儀よく挨拶をしていたからだ。彼女は先日、わたしに仕事を依頼してきたメディスン・メランコリーという名前の付喪神だった。正しく人形として整った彼女の容姿はアイドルをやるのにうってつけであるように思えた。
「お、ちょうど霊夢も戻ってきたようだな。もう知っているかもしれないが、彼女こそ九人目……」
「おい、お前!」
 上機嫌で近づいてくる隠岐奈にチルノが声をかける。
「おや、誰かと思えば氷の妖精じゃないか。久しいな」
「妖怪だ、妖精じゃない。それにお前なんか知らないやい。それよりお前、悪巧みをするやつだろ!」
 知らないくせに悪巧みをすることは知っているだなんて変な話だが、隠岐奈は気にする様子もない。些細な言い間違えだと考えたのだろうか。それは十分にあり得そうだった。
「生まれてこのかた、悪巧みなどした覚えはないがね」
 隠岐奈はしれっと嘘をつき、チルノをじろじろと見回す。その目はまるで新しいメンバーを探しているかのようだった。でも既に九人揃っているのだから、そんなことをする必要はないはずだ。
「それよりいさましいちびの氷妖怪、きみアイドルをやってみるつもりはないかい?」
「ちょっとちょっと!」わたしは隠岐奈の行動を慌てて制止する。こいつはもしかしたら九人集める必要があるという命令を忘れているのかもしれない。「もうメンバーはいらないんでしょう?」
「そのつもりだったが、彼女を見て気が変わった。九人組の十人目を配置して更なる意外性を演出したい」
「じゃあ、そもそも九人組じゃなくて良かったんじゃないの? あんた、ノリと勢いだけでものを決めてない?」
 だとしたらプロデューサーなど任せられるはずがない。だが隠岐奈はわたしの指摘にも自信を失うことはなかった。
「古来より双子のアイドルは二人で一人扱いと相場が決まっている。下級生の双子というのは実際かなり強い属性だし、ここでチャートを変更してみるのも悪くはない。ということで本格的なスカウトは任せた、わたしはこれから命蓮寺に行ってくる。帰りは遅くなるかもね」
「あっこら、ちょっと待ちなさい……って、ああもう!」
 隠岐奈は側に控えていた二童子の背後に素早く回り込むと背中の扉から姿を消す。後には憤懣を抱えたチルノだけが残され、わたしにきつい視線を向けていた。
「なにこそこそ話してたんだ、悪いことか?」
「勝手に用事を押し付けられたのよ。それにわたしたちは悪いことをしているわけじゃない」
「でもいきなり消えたあいつ、悪い奴だぞ。あたいはずっと昔、あいつに酷い目に遭わされた、ような……」
 酷い目に遭わされたのにそれが何か思い出せないらしい。妖怪は基本的に古い記憶が曖昧になる存在だから仕方がないかもしれないが、このままでは言葉にできない怒りだけでこの場をかき乱し続けかねない。スカウトを任されたが、ここはやはり力づくで追い払うしかないのかもしれない。
 装備を確保するため神社に戻る算段を考えていると覚えのある風がひゅうと吹いて、文がこの場に姿を現した。
「おや、チルノじゃないですか?」
「む、お前はいつもの付きまとい天狗じゃないか。なんでここにいるんだよ」
 二人は既知の間柄らしく、前置きを無視して会話を始める。チルノの刺々しい態度を文はさらりと受け流しており、強者の余裕が尚更のことチルノを苛立たせるようだった。
「わたし、アイドルとしてデビューすることになりまして。チルノこそ妖精側じゃなくてこちらに付くんですか?」
「なんであたいが妖精側なんだよ、失敬な奴。友人を連れ去った奴の味方なんてしないし、お前たちも同じだろ?」
「まさか。わたしたちは天狗に断りなく妖精たちをアイドルにして馬鹿騒ぎしている悪い神様たちに一泡ふかせてやるのですよ。同じ山に住むもの同士として普段は協力関係を結んでいますが、今の彼女たちは天狗を侮りきっています。これは決して許すわけにはいきません」
 文は腕を組み、いかにも怒ってますというポーズを取る。わたしなら騙されないが、チルノは少しだけ信じてしまったらしい。表情からも視線からも少しだけ棘が抜けていた。
「だから対抗勢力を作っている最中なのです。妖精たちから人気を奪うことに成功すれば、チルノの友人も解放されるでしょう。そのためにわたし、頑張っちゃいますよ」
 文は器用にウインクし、顔を綻ばせる。こいつ、子供の扱いに慣れてるなあと思いながらチルノの反応を見ると、瞳の中に氷の妖怪らしからぬ熱が揺らいでいた。
「だったらあたいも加えて欲しい。文の言うことが本当なら友達を助けるのに協力したいし、嘘をついてると分かったらあたいの力でみんなとっちめてやりたいから」
 わたし一人ですら持て余すのになんとも威勢の良いことだったが、こういう展開ならば大歓迎だった。というかわたしとチルノのやり取りをずっと、空の上から楽しそうに眺めていたんじゃないのかと思うほど、円滑なことの収まりようだった。だが文をじろりと見ても、照れるじゃないですかと言わんばかりに頬を赤くするだけだ。
 分かってはいたが、こいつは本当に食えない天狗なのだ。
 ともあれようやくメンバーが揃い、スタートラインに立つことができた。これからがアイドルとしての本格活動の開始である。


「さて、メンバーが揃ったところでリーダーを決める必要があると思うのだが」
 そんな気持ちを挫くように、レミリアが皆を集めてそんなことを言い出した。
 彼女を知るものならばその魂胆は丸見えである。決めるとは言っているが、レミリアの中では自分がリーダーをやると既に決定しているのだ。そして隠岐奈がいないこのタイミングで動議をかけて来るということは、隠岐奈はきっとレミリアでない者をリーダーとしたいに違いない。その前にここで既成事実を作っておくつもりなのだ。
 やれやれ、吸血鬼なのになんともこすっからいことだ。
「はいはーい、リーダーって一番偉い奴なんだろ。それならあたいの出番なのでは?」
 チルノが空気を読まず真っ先に手を上げる。空気の読めない奴は強いというが、この勢いには流石のレミリアもたじろいだ様子だった。
「あたいは四季様が良いと思います。職業柄統率には慣れてますし、皆を引っ張っていけるかなと」
 その隙をついて小町が上司を押し込んで来る。建前ではなく本気で推薦しているらしく、四季映姫はこの不躾な推薦をかなり迷惑そうにしていた。偉い立場にいるからといって、オフでもその役目を勤めたいとは思っていないらしい。
「わたしはお嬢様を推薦しておきますわ」
 咲夜の反応は予想通りであるが、候補者がいきなり三名になってしまい、誰も引く様子がない。これはいきなり決裂の危機なのではと感じ始めたところで 意外なところから手が上がった。
「わたしは霊夢がリーダーに相応しいと思う」
 そう口にしたのはメディスンであり、全員の視線がわたしに釘付けになる。だがそれも一瞬のことだった。美真と佳苗がほぼ同時に手を挙げ、メディスンの提案に賛成する。
「わたしも霊夢さんが良いと思いますね」
 そして文もわたしに票を入れる。するとチルノがぐぬぬと歯噛みを始め、次いで悩み始めてしまった。
「確かに霊夢はあたいより強いからリーダーに相応しいかもしれない。ううむ……」
「いや、ちょっと待てそれはおかしい。霊夢よりわたしの方が強……」
「では、わたしも霊夢に一票を」
 レミリアに最後まで言わせないよう、四季映姫がわたしに票を投じると宣言して発言を遮る。公正だけが判断基準なのかと思っていたが手練手管も使えるらしい。
「これで五票ですね。あとは霊夢、あなたが誰に票を入れるかですよ」
 皆の視線がわたしに集中する。その中でもレミリアと小町の視線はあからさまに刺々しかったが、ここで日和ったら空中分解間違いなしだ。
「わたしはそりゃ、わたしこそがリーダーに相応しいと思っているわ」
 わたしは精一杯リーダー狙いの女を演じ、己の権利を己に投じる。ここに至ってレミリアも小町もようやく諦めてくれたようだった。
「というわけでリーダーの霊夢先輩、これからの抱負をお願いします」
 文が右手をグーにして、マイクのように口元へ近づけて来る。わたしはそれを退けると、皆を一瞥したのちこう宣言してやった。
「あのね、成り行きでリーダーに決まったけどわたしはそんなものやるつもりはないの。というかわたしたちは各々の個性をぶつけ合うユニットになるはずなのに、リーダーなんて決めても意味がない。そもそもここにいる奴らの大半はわたしが五月蝿く言ったところで聞きゃしないでしょう! 全員がリーダーのつもりでやりなさい、わたしもそうするから」
 ただし、最後の責任はわたしが取る。面倒ではあるが、上司である紫はいつもそうしてくれるし、真似というわけではないが選出された責任は最低限、果たすつもりだった。
「うむ、実にリーダーらしい発言ですね。霊夢さんを選んだ皆の目は明るかったと言えるでしょう」
「えー、四季様だったらもっと威厳のある態度であいたたたたた!」
 四季映姫は小町の耳をぎゅうと引っ張る。まるで子を叱る親のような態度だった。
「小町、見苦しい真似は良くないですね。ほら、あの氷妖精はすっかり心を切り替えてますよ」
 腕をぶんぶんと回しながらわたしもリーダーとはしゃぐ様は気持ちの切り替えとはまた別の単純さのように思えたが、わたしからは何も言わなかった。わざわざ指摘すると面倒なことになりそうだからだ。
「さて、雨降って地が固まったようだね」
 これまでの騒動に口どころか気配一つ出さなかった舞が、ひょこっと顔を出す。里乃はぱちぱちと手を叩いてくれたが心は全くこもっていなかった。
「では九人組の十人諸君、ここからは本気で僕たちのレッスンを受けてもらうよ」
「へとへとになるまで歌って踊り、また元気になるの繰り返しを、良しと言うまで何度でもやるからね。赤い靴を履いた女の子のような気持ちになって頂戴」
「それ、最後はとても悲惨なことになる話のはずでは……」
 美真は赤い靴がどういった話なのか知っているらしく、不安そうな顔を浮かべている。元から強引に引っ張り込まれてきた形であり、今も乗り気ではないのかと思ったが、隣にいる佳苗の顔をちらっと観てから小さく息を吐く。友情のために付き合ってあげるといったところらしい。
「赤い靴はわたしの同類だし、いざとなれば足を斧でちょん切れば良い。どうせすぐに復活する」
 赤い館の主は自分にしかできないことを主張し、偉そうに胸を張っている。自分でリーダーを決める動議をかけておきながら、もうすっかり別のことに気を移しているようだ。後腐れがないから良いのだけど。
「その意気や良し。ではトレーニングを開始しよう。巫女の二人は真ん中に、あとは適当に左右に並びたまえ」
 わたしと佳苗を中心に、左右に四人ずつ。なるほど、これなら奇数人より偶数人の方が収まりが良い。偶然かもしれないが、ここは隠岐奈の采配の結果だと信じてやることにした。

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