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こちら秘封探偵事務所第11章 神霊廟編   神霊廟編 10話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第11章 神霊廟編

公開日:2019年01月12日 / 最終更新日:2019年01月12日

神霊廟編 10話
―28―

 数日後。寺子屋の授業を終えて、里の商店街に買い物に出てきた私たちは、道ばたに何やら人だかりが出来ているのを見かけた。
 何事かと思って近付いてみると、群衆の中心にいるのは、特徴的な寝癖めいた髪型。周囲の人々が好き勝手に何かを訴えるのを、瞑目して聞いているのは、かの太子様である。
 十人ぐらいが同時に何かを訴えていたようだったが、全員の話に区切りがついたところで、太子様はひとつ頷くと、「まず、そこのお嬢さん」と群衆のひとりを振り向く。
「貴女が巾着を紛失したのは茶店ではなく、茶店の後に覗くだけで買い物をしなかった帽子屋ではないでしょうか。帽子屋の店主に聞いてみると良いでしょう。――次に、そこの男性。奥さんが不機嫌なのは、貴方は大事な約束を忘れて、しかも忘れたこと自体を忘れたままだからです。一ヵ月ほど前、奥さんと来月の約束をしませんでしたか? ――次、そちらのお祖母さん。膝の痛みよりも眼のかすみの方が問題ですね。眼病の可能性がありますので、早急に医者にかかることをお勧めします。――次、そこの少年」
 どうやら、集まった人の相談事をいっぺんに聞いていたらしい。次々と太子様が答えると、言われた人はそれぞれ驚き納得した顔をして、太子様に感謝を述べてその場を去って行く。それを見ていた人たちがまた口々に何かを喋りだし、太子様はまたそれを涼しい顔で軽く頷きながら聞いていた。
 十人の話を同時に聞いたという逸話をそのまま実践してみせるようなパフォーマンスである。一度に十人を相手にできる人生相談所か。なんと客回転のいいことだろう。
 何しろ回転が速いので、集まっていた群衆がすぐに相談を終えてその場を後にしていく。一段落したところで蓮子が声をかけると、太子様はカリスマスマイルをこちらに向けた。
「やあ、君たちか。こんにちは」
「ご盛況でしたね。聖徳人生相談所でも開設されたのですか?」
「いやいや、たまたまひとりの話を聞いたら、それを見ていた人たちが集まってきただけだよ」
「ははあ。しかし十人の話を同時に聞くというのはああいうことですか。欲を見ているにしても、十人分いっぺんに理解して的確な助言をするというのは、実際見てみると凄まじい処理能力ですね。この宇佐見蓮子、改めて感服仕りましたわ」
「それはどうも。君たちも何か相談があるようだが?」
「ううん、相談と言いますか、個人的に太子様に少しご質問させていただきたいのですが」
 蓮子のその言葉に、太子様は「ふむ」と首を傾げた。
「それは長くなる話かな? それならいい機会だ、新しい廟に案内しよう」
「いやあ、そんなに長い話には……あ、廟に青娥さんはいらっしゃいますか?」
「青娥か? さて、青娥は気ままだから……それより、私に弟子入りしないか?」
「いえいえ、弟子入りの話ではなく」
「まあ、道教を学ぶ気になったらいつでも言ってくれれば歓迎するよ」
 太子様は肩を竦めると、「それじゃあ、このあたりから入ろうか」と、太子様は店と店の間の路地に置かれた木箱を持ち上げる。結界が揺らぎ、そこに異界への入口が開いたのが、私の目に見えた。
「え、そんなところに入口が?」蓮子が目を丸くする。
「廟のある仙界にはどこからでも入れるんだけど、出入口は扉代わりの蓋があるところの方が便利でね。道路の真ん中にいきなり顔を出したら通行人に蹴られてしまうだろう」
 そう言うと、太子様は私たちの手を掴み、「それじゃあ行くよ」と木箱の下の地面に身を躍らせた。悲鳴をあげる間もなく、私たちは穴に落ちて異界へ――という、実体験の記憶もある定番シチュエーションに引きずり込まれていく。
 頭上でがたんと木箱が元に戻って穴を塞ぐ音。それとともに、私と蓮子は太子様に掴まって宙に浮いていた。早苗さんに掴まって飛んでいるときの、あの無重力感。周囲は薄暗くてよく見えないが、足元が何やらぼんやりと光っている。
「今後弟子を集めるときは、飛べなくても通れる道を作らないといけないな。こっちだよ」
 太子様は宙を蹴り、私たちはそれに引きずられて光の方へ飛んでいく。
「ここが仙界というやつですか?」蓮子が問う。
「そう、私が仙術で作った異空間だ。無限の広さを持ち、幻想郷のあらゆる場所と繋がっている。どこへ出るにも自由自在だよ」
「ははあ。宇宙SFでワープに使う亜空間みたいなものかしら」
 そんなことを言っているうちに、光の中に建物が見えてきた。ちゃんと地面もある。
「ようこそ、ここが私たちの新たな修行場、神霊廟だ」
 石畳の上に降り立った私たちの眼前に、中華風の大きな建物が佇んでいた。黄色い瓦の屋根に龍の飾りが壮麗である。守矢神社や命蓮寺と比べてもやたらと派手派手しいところが、なんというか己の欲に忠実な道教らしいと言うべきなのかもしれない。
「ところで、私に質問とは何かな?」
 廟の中へ太子様直々に案内してもらいながら、太子様が蓮子に問う。
「ああ、そうでした。太子様、青娥さんが連れているキョンシーの芳香ちゃんのことはご存じですか? 今あの子はどこにいますかしら」
「青娥のキョンシーか? もちろん知っているが、どこにいるかは青娥に聞かなければわからないな」
「そうですか……。ではもうひとつ。先日布都さんと少しお話させていただいたのですが、布都さんはいささか昔の記憶が曖昧なようでしたけれど、どうしてでしょう」
「ああ、それは尸解仙の術の副作用だよ。青娥がそういうこともあり得ると言っていたし、私も布都から相談を受けた。今の私たちは仙人だ、昔のことは忘れて、私の部下として新たな気持ちで修行に励んでくれればいいと答えたけれどね」
「失礼ながら、太子様の方は……」
「もちろん、私の記憶はしっかりしている。先日も慧音殿との話を聞いていただろう?」
「そうでした。――では、今の太子様にとって、屠自古さんと布都さんはどういう存在なんでしょうか」
「二人とも、私の大事な部下だよ。――屠自古は妻ではなかったのかと聞きたいようだね」
「はあ、まあ、そうですね」
「今のこの姿で、屠自古を妻だと言うのは変だろう」
「そうですかね。それはそれで別にいいかと思いますけど」
「そういうものか?」
「私たちが元々暮らしていた未来では。幻想郷ではまた別でしょうが」
「ふむ、君たちのいた時代はなかなか面白そうだな」
「屠自古さんは尸解仙になるのに失敗してしまったようですが……」
「それは仕方のないことだよ。そういうリスクも踏まえた上で私たちは尸解仙となる道を選んだわけだからね。屠自古には長い間大祀廟を守ってくれたことを感謝しているし、これからも私に仕え続けて欲しいと思っている」
「なるほど。――では最後に、青娥さんはどうなんですか? 太子様が尸解仙として復活する手助けはもう終わったわけですよね」
「もちろんそうだし、青娥が私の元を離れると決めたら私に止める権利はない。ただ、私にはもうしばらく、青娥に道教の師でいてほしいと思っているよ」
 そんなことを話しながら廟の回廊を歩いていると、反対側から屠自古さんが現れる。屠自古さんは思い切り訝しげに眉を寄せ、私たちを軽く睨むと、太子様に向き直って恭しく一礼した。
「太子様、おかえりなさいませ」
「ああ屠自古、ただいま」
「後ろの二人は弟子入りですか?」
「いや、青娥に用があるらしい。青娥は来ているかい?」
「あの邪仙に? なんて命知らずな。悪いことは言わん、さっさと帰って青娥には二度と関わるんじゃない。私のようになっても知らんぞ」
 屠自古さんはふわふわと私たちに詰め寄って睨んでくる。私がたじろいでいると――。
「あらあら、ご挨拶ですわねえ」
 と、回廊の屋根の上から声。見上げると、当の青娥さんがそこに寝そべっている。
「せっかく私を訪ねてきてくれた客を、私に断りもなく追い返そうだなんて。そこまで嫌わなくてもいいじゃないの、屠自古。共に千四百年を待った仲でしょう?」
「よく気が狂わなかったと自分に感心しているところだ、さっさと去ね! 黒焦げにすっぞ!」
 ばちばちと屠自古さんの身体が帯電する。「あら怖い」と青娥さんは笑って、ひらりと私たちの背後に降り立った。
「それじゃあ、雷が落ちる前にこの二人は預かっていきますわ。大丈夫、ちゃんと五体満足で返してあげますわよ」
「こら、青娥待て――」
 屠自古さんの声に構わず、青娥さんは簪で地面に円を描き――暗転。

 ――で、気が付くと私たちは、どこかの部屋の中にいた。
「あ、あれ? ここは?」蓮子が視線を彷徨わせる。
「神霊廟の地下の部屋ですわ。ちょちょいと穴を開けて下りてきましたの」
 青娥さんが笑う。壁抜けの力で地面の下の部屋に下りたわけか。便利な力だ。
「ところで、私に何か話があるとか? 道教の弟子入りかしら?」
 青娥さんが部屋の隅から座布団を取りだして私たちの前に置く。私たちはそれに腰を下ろすと、青娥さんに向き直った。
「いえ、弟子入りの話ではなく――少しばかり、聞いていただきたい話があるんです」
「というと?」
「あの大祀廟にいた貴女たち五人――太子様、屠自古さん、布都さん、青娥さん、そしてキョンシーの芳香さんについて。青娥さん――貴女が太子様たちを尸解仙にした本当の目的についての、部外者が勝手な想像で組み立てた推理の話です」
 蓮子のその言葉に、青娥さんは軽く眉を寄せた。
「私の本当の目的? あら、どうして貴女にそんなことが解るのかしら?」
「解ったとは言いませんよ。これはただの想像、貴女たちと関わって生じた疑問に対して私が勝手に組み上げた妄想の物語です。部外者からは貴女たちがこう見えた――という与太話として聞いていただければ幸いです」
「ふうん? ――面白い話だったら聞いてあげましょう」
 青娥さんは微笑する。蓮子は頭を下げた。
「ありがとうございます。お気に召すことを願っています。青娥さん。――いえ」
 蓮子はそこで言葉を切り、そして語り始める。この神霊異変の裏にあった《真相》を。

「青娥さん。――貴女が物部氏を滅ぼした蘇我馬子の妻、太媛なんですね」




―29―

 青娥さんの表情は、微笑のまま変わらなかった。
 それを、話を続ける許可と判断して、蓮子はおもむろに言葉を続ける。
「私の想像の出発点は、屠自古さんと布都さんの抱えたふたつの欠損でした。屠自古さんは足がない。布都さんは生前の――尸解仙となる前の記憶がない。このふたつの欠損は、なぜ生じたのか。特に、気になったのは屠自古さんの足です。私には屠自古さんと同様の亡霊の知り合いが何人かいますが、皆、亡霊となっても五体満足なんですよ。足のない幽霊は日本的ではありますが、幻想郷の亡霊は基本的に、生前の姿を留めている。ならば、どうして屠自古さんは足がないのか。
 ――実際にそういうことが起こりうるのかどうかは、検証していないので確言はできません。しかし、亡霊や怨霊が生前の姿を留めるのだとすれば。――屠自古さんは生前に足を、もしくは下半身を失ったのではないか」
 確かに、西行寺幽々子さんも、村紗水蜜さんも、足のある五体満足な亡霊である。プリズムリバー騒霊楽団はちょっと違うかもしれないが、彼女たちもやはり五体満足だ。
 屠自古さんに足がないのは、屠自古さんが生前に足を失ったから――というのは、それを踏まえれば考えられることだった。だが、それが何を意味するのか?
「さて、だとすれば、屠自古さんが尸解仙になろうとした目的とは、足を失った身体を捨てて新しい肉体を手に入れることだったのでしょうか? それなのに布都さんのせいで復活しそこねた、その怨みで彼女は怨霊になったのでしょうか。――いいえ、それでは屠自古さんが布都さんをあまり怨んでいない様子であることに説明がつきません。怨みが薄れてしまったなら、怨霊としての力も失うでしょう。彼女の雷を操る力が怨霊としての力なら、彼女はまだ怨みを抱えた怨霊であるはずです。そして屠自古さんは青娥さん、明らかに貴女を嫌っている。そう――屠自古さんが怨んでいるのが、布都さんではなく、青娥さん、貴女なのだとすれば。ひとつの仮説が浮かび上がります。
 すなわち――屠自古さんの足を奪ったのは青娥さん、貴女であると」
 青娥さんは、感情の読めない微笑を崩さない。
 まるでそれは、もう答えなど解っているのでしょう? と言わんばかりに。
「そして、もうひとつの欠損。布都さんの失われた記憶――これもまた、尸解仙の術の副作用などではなく、誰かの意志によるものだとすれば。実際、私たちには同様に、生前の記憶を封じられた亡霊の知り合いがいます。布都さんにも同じようなことが行われたとすれば。そもそも、彼女は太媛ではないのではないか――ということが、考えられます」
 布都さんのあの子供っぽい振る舞いが、記憶の欠損によるものではなく。
 そもそも、彼女が物部氏を滅ぼした策士たる太媛でなかったとすれば。
「では、布都さんが太媛ではなかったとすれば、彼女は何者なのか。誰が彼女の記憶を奪い、太媛に仕立て上げたのか。……そもそも、馬子の妻である太媛が、義理の子にあたるはずの聖徳太子の弟子というのが不自然です。太子様に殉じて、共に尸解仙となろうとした者は――むしろ、太子様に最も近い者。つまり、屠自古さんと同じ太子様の妻ではないでしょうか。
 すなわち、これは完全な推測ですが、布都さんの正体は、聖徳太子の死の前日に亡くなったという、聖徳太子の妻、膳大郎女ではないか。誰かが膳大郎女の記憶を奪い、太媛――物部布都に仕立て上げた。それは誰か? もちろん、本物の太媛です。何のために? おそらくは、《太媛》という存在を表舞台から消すために。聖徳太子と膳大郎女の死を偽り、尸解仙にし、かつ膳大郎女を《物部布都》に仕立てることで、自分自身は歴史から完全にその名を消し去った――なぜなら、その《太媛》は、不老不死の仙人だったから」
 そう、青娥さんにはそれが可能なのだ。
 彼女はそもそも、自分の死を偽って家を出て、仙人となったのだから――。
「では青娥さん、貴女が屠自古さんの足と、布都さんの記憶を奪ったのだとすれば、貴女は何のためにそんなことをしたのか? この問いの答えは、文字通り私たちの目の前に堂々と存在していました。今はここには見当たりませんけれどね」
 蓮子は小さく笑って、ひとつ息を吐いて続ける。
「そう、屠自古さんは貴女を嫌い、貴女を大祀廟から遠ざけようとしていた。そうすると、どうなるか。貴女が連れているキョンシーの芳香ちゃんもまた、大祀廟から遠ざけられる。そして、それこそが屠自古さんの本当の目的だったとすれば。屠自古さんが自分の視界から遠ざけたかったのが、芳香ちゃんの方だったとすれば。
 答えは単純です。――芳香ちゃんの足は、屠自古さんの足なんですね」
 ――失った自分の足が、腐りかけたキョンシーの一部として活動していたとすれば。
 そんなものを、わざわざ見ていたいと思う者はいないだろう。
「そして、屠自古さんの足と同様に――布都さんの記憶の欠損もまた、同じ原因によって生じているのだとすれば。すなわち、記憶を司る部位を、貴女によって奪われたのだとすれば」
 蓮子はそこで、大きく息を吐いた。その《真相》を口にするのが、忌まわしいとばかりに。

「貴女が、太子様に近付いた理由は、それだったのではないですか、青娥さん。
 そう、芳香ちゃんの肉体が、布都さんの上半身と、屠自古さんの下半身で出来ているとしたら。貴女の本当の目的とは、太子様の妻となる女性の、気に入った肉体の一部を繋ぎ合わせて、理想のキョンシーを作ることだった――」




―30―

「なるほど。なかなか、面白いお話ですこと」
 頬に手を当てて、青娥さんは笑みを深くした。妖艶に。あるいは――凄惨に。
 蓮子はゆるゆると首を振り、「まだ終わりではありません」と言った。
「青娥さん。貴女の目的が、権力でも享楽でもなく、ただ理想の人形を作ることだったとして、そうするといくつかの疑問が生じます。まず第一に、太子様はそれを知っていて貴女の計画に乗ったのか否か。そして第二に、布都さんの正体が膳大郎女だった場合、屠自古さんの依り代となる壺をすり替えたのはなぜか」
 ――確かにそうだ。布都さんが物部氏の人間でなかったとすれば、屠自古さんへの怨みから壺をすり替えたという、青娥さんの語った動機は成立しない。
「第二の疑問からいきましょう。膳大郎女は刀自古郎女の復活を阻止し、自分だけが真の妻になろうとしたのでしょうか? いえ、そうではないでしょう。太子様は今、屠自古さんも布都さんも妻ではなく部下であると言い切りました。尸解仙として復活した時点で、膳大郎女も刀自古郎女も妻ではなく太子様の部下となる――ということは、あらかじめ太子様が言い含めておくべき話です。太子様がそれを怠ったとは考えにくい。
 それでも膳大郎女は刀自古郎女を妬んだのでしょうか? いえ、伝承が事実ならば、むしろ晩年の太子様に愛されていたのは膳大郎女の方です。刀自古郎女が膳大郎女の依り代をすり替えるなら解りますが、逆は考えにくい。とすれば、動機は夫婦関係のもつれではない。
 だとすれば、屠自古さんの壺がすり替えられた理由は何か。――こういうときは、最もシンプルに考えるべきです。つまり、実際に起こった結果そのものが目的だった。すなわち、屠自古さんが尸解仙になるのに失敗し、亡霊として目覚めることが」
 それまで動かなかった青娥さんの表情が、そのとき、僅かに揺らいだ。
「――では、屠自古さんはなぜ、尸解仙になることを諦めてでも亡霊にならねばならなかったのか。これも、実際に起こった結果そのものが目的と考えれば筋が通ります。亡霊になれば、尸解仙となるため眠り続けている他の二人より、先に自由に動き回れるから。では、屠自古さんはそうすることで何ができるか? もちろんそれは――この計画の関係者で、ひとりだけ最初から自由な立場にいる青娥さん、貴女を監視することです。
 さて、屠自古さんの立場になって考えてみましょう。怪しい邪仙が、夫の聖徳太子をそそのかし、一度死んで仙人として蘇る術を実行させようとしている。夫はすっかり乗り気で、自分ともうひとりの妻を部下として連れて行こうとしている。それはいい。夫がそうするならば自分はついていこう。――だが、気がかりなのは邪仙の目的だ。
 夫が仙人となることで、邪仙にどんなメリットがあるか? 尸解仙になる術とは、肉体を新たな依り代と交換する術だという。仙人として復活するその時まで、魂は依り代に宿り、肉体は滅することなく眠り続けることになるという。――その間、邪仙の行動は自由になる。
 ……こう考えると、屠自古さんの至った結論はひとつです。邪仙の目的は、魂の抜けた聖徳太子の肉体を手に入れることではないか。夫の肉体を、邪仙にこれ以上好き勝手にさせるわけにはいかない。たとえ自分が亡霊になろうとも――。
 偉大なる為政者・聖徳太子である夫と、その夫に取り入る青娥さんを見てきた屠自古さんには、邪仙の目的が本当は自分だ、などという考えは、おそらく浮かびようもなかったでしょう。そして亡霊として目覚めた屠自古さんが見たのは――夫の肉体には見向きもせず、自分ともうひとりの妻との肉体でキョンシーを作っている青娥さんだったとすれば。
 それは、屠自古さんが怨霊と化すには、充分すぎるほど、衝撃的な光景だったはずです」
 ――太子様たちは、全員が別々の動機で動いている。
 相棒が言っていたのは、つまりそういうことだったのだ。
「さて、ではここで第一の疑問に戻ります。太子様は青娥さん、貴女の目的についてどこまでご存じだったのか? ――私は、全てを知っていたと考えます。そうでなければ、いま、布都さんが《物部布都》を名乗っていることに説明がつきません。彼女を《物部布都》に仕立て上げる計画は、尸解仙の術で眠りに就く前から、太子様は共犯だったはずです。そして、太子様が共犯であるからこそ、屠自古さんもその計画に最終的には乗らざるを得なかったはずなんです。結局、屠自古さんは太子様の部下なのですから――。それに、芳香さんの上半身、即ちその顔が膳大郎女のものだったとすれば、布都さんの記憶がそのままであったなら、彼女はキョンシーと化した自分の顔と直面することになります。それはあまりに残酷だと考えるなら、彼女に新たな記憶と人格を刷り込んで、彼女を《物部布都》に作り変えることは、ある意味では慈悲だったとも言えるのかもしれません」
 そこでまた、ひとつ間をおいて、蓮子は顔を上げる。
「そして、青娥さん。貴女の目的が太子様ではなくその妻たちだったと考えると、私たちが太子様に対して抱いた、最大の疑問が綺麗に氷解するんです」
「あら、最大の疑問ですか?」
「ええ、その通り。歴史を知る者なら誰もが抱く疑問。なぜ、今の太子様は女性の姿なのか。なぜ太子様は、尸解仙としての姿に、女性の姿を選んだのか」
 そこで蓮子は大きく息を吐き、そしてその推理の締めくくりにかかる。
「ここも、太子様の立場で考えてみれば良いんです。青娥さん、貴女は太子様の道教の師です。貴女に導かれ、太子様は聖徳太子として歴史に大きな名を残す聖人となり、そして尸解仙として復活し神になる道まで与えられた。太子様にとって、青娥さん、貴女が神だったはずです。
 ――その、自分の師であり神である貴女の本当の目的が、聖徳太子の手に入れる権力でも財力でも信仰でもなく――自分の妻たちの肉体だったとしたら。青娥さん、貴女が男性よりも女性を愛する、女性の屍体を繋ぎ合わせて理想の人形を作るためだけにひとつの国を動かすような、太子様の価値観では計り知れない存在だったと、太子様が知ったなら。
 神になろうとした聖人としての太子様のプライドは、木っ端微塵に崩れ去ったでしょう」

 そう――だから。
 これは、ひとりの聖人が神になろうとした物語ではなく。
 ひとりの、決して自分を必要としない女性を愛してしまった、哀れな聖人の物語だった。

「だから――太子様は、女性として復活することを望んだのではないでしょうか。
 二人の妻を、妻ではなく部下という扱いにしてまでも、太子様は願ったのでしょうか。
 貴女と同じ仙人となるときは、どうか貴女の理想の少女となれるように――と」
 そう言って、蓮子はもう一度、ゆるゆると首を横に振った。
「いえ、あるいは――太子様の尸解仙としての新たな姿自体が、青娥さん、貴女の求めたものだとすれば。今の太子様は、貴女が千四百年かけて作りあげた、もうひとつの理想の人形なのでしょうか……?」

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この小説へのコメント

  1. 屠自古の足が芳香のパーツに使われている…ことまでは予想が着いた。
    けど、これはアカン…。
    ふとじこが気の毒過ぎる。。。
    太子様が切な過ぎる。。。

    そして、そんな悪行を平気でやっちゃう娘々の邪仙っぷりよ…。
    嫌いじゃない。むしろ好き(笑)

  2. 青娥ならやりかねないなぁ……怖い。
    布都と屠自古が円満で仲良くしてるのが唯一の救いというか。
    青娥のゲスッぷりが出ててよいですな。
    続きが気になるんじゃ……待っております。

  3. これは何とも切ない悲恋物語ですね。1400年前の愛憎劇は恐ろしいです。
    しかしそれだと屠自古の怨みは青娥がいる限り消えることなく、ずっと怨霊として在りつづけることに。屠自古はそれに救いを求めるのでしょうか…。

  4. 青娥が主犯、青娥が布都の記憶を消した、青娥が物部氏を滅ぼした
    の3つがたまたま当たってた…

  5. 驚き過ぎてコーラが気管に入りまして死にかけました。責任取ってください。

    冗談さて置き・・・えー・・・あー・・・うん、屠自古さんそりゃ怨霊になるわな。青蛾ェ。

    まぁでもよく考えたら、幾ら優れた人でも義理の子に弟子入りするのは、確かに人間的に考えれば屈辱でしかないな。
    ・・・一番可哀想なのは、布斗ちゃんの可能性が出てきたぞ(

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