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こちら秘封探偵事務所第11章 神霊廟編   神霊廟編 5話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第11章 神霊廟編

公開日:2018年12月01日 / 最終更新日:2018年12月01日

神霊廟編 5話
―13―

 さて、私たちがそうして大祀廟に軟禁されている頃。地上では、異変解決担当の面々が、それぞれに動き出していた。そちら側の話は、阿求さんが記録にまとめているだろうから稗田家で伺ってもらうのが早いだろうが、この記録でも少しそのへんの話を詳述しておいた方が、読者諸氏にも話が解りやすいかもしれない。
 ――というわけで以下は、早苗さんから聞いた話を元にした、私たちの知らないところでの異変解決組の動向である。伝聞を見てきたかのように語ることになるが、ご了承願いたい。

 早苗さんは最初、探偵事務所を訪れたのだという。ところが私たちはナズーリンさんに導かれて命蓮寺に向かった後で、ちょうど入れ違いになってしまったのだそうだ。
「蓮子さんたち、どこ行ったんでしょう」
「早苗と同じく、この神霊の件を調べてるんじゃないかい」
「だったら私が来るまで待っててくれてもいいのにー。仲間はずれは残念ですよぉ」
 夕刻。里の道ばたにある守矢神社の分社で、早苗さんは神奈子さんとそんな話をしていた。
「で、早苗。お前はどうするんだい?」
「そりゃもちろん、この異変を解決しますよ! この神霊は人間の欲なんですから、神霊を集めれば信仰を集めるのと同じこと! 神霊を集めて信仰を集め、ついでに異変も解決して倍率ドンさらに倍です! はらたいらさんに三千点!」
「それは結構だが、問題はこの現象の原因が何か、だろう。幻想郷に神霊が大量発生した理由を突き止めないことには、異変解決も何もあったもんじゃあない」
「それはそうですけどー。神奈子様、何かわかりません?」
「さてねえ。この人間の里の神霊の密度が他に比べて濃いのは確かだが、それは単にここが幻想郷では一番人口が密集した場所だっていうだけかもしれないしね」
「前に似たような異変がありましたよね? 博麗神社が潰れたときの」
「天界の天人が気質を操ってたアレかい? 今回は緋色の雲は発生してないから、天人の仕業じゃないと思うがね」
「うーん、それじゃあ誰の仕業なんでしょう」
「ここは専門家の博麗の巫女に相談したらどうだい?」
「ダメですよ! 今回こそ私が霊夢さんより先に解決するんですから!」
「その意気はいいけどね。――どうやら向こうも動き出したようだよ」
 神奈子さんが言う。早苗さんが視線を挙げると、夕暮れの空を西へ向かって飛んでいく影がふたつ。紅白と白黒の影は、霊夢さんと魔理沙さんだった。
「ああー、結局また出遅れですか!」
「どうする?」
「ううん、仕方ないです。霊夢さんたちを追いかけます!」
「ま、それが賢明だろうね。気を付けて行ってきな」
 というわけで、神奈子さんに見送られて、早苗さんは霊夢さんたちの後を追いかけた。魔法の森を越えたあたりで追いつくと、ふたりは振り返る。
「ん? なんだ、またあんたも来たの?」
「お、なんだ、今日は蓮子たちは一緒じゃないのか?」
 霊夢さんは眉を寄せ、魔理沙さんは不思議そうに首を捻った。
「もちろん来ますよ! 今回こそ私が異変を解決して守矢神社の信仰アップです! あと蓮子さんたちは先にどっか行っちゃいました。たぶん同じこと調べてると思うんですけど」
「だったら蓮子たちが首突っ込んでくる前にちゃっちゃと解決するわよ。あいつらが首突っ込むと話がややこしくなるし、戦うのに邪魔だし」
「あいつらなら、もうこの異変の首謀者のところにいるんじゃないか? いつも私らより先に異変の犯人のところにいるじゃないか。レミリアのときも幽々子のときも、永遠亭のときも地底のときも、命蓮寺の件でも」
 魔理沙さんが笑って言う。ご明察なわけだが――霊夢さんは腕を組んでため息。
「ホント、何なのかしらねあいつら」
「蓮子とメリーに戦う力がなくてよかったな。異変全部先回りで解決されるぜ。博麗の巫女も商売あがったりだ」
「うるさいわよ。むしろ全部あいつらが異変の原因なんじゃないの?」
「少なくとも、命蓮寺の一件はあいつらが首謀者だもんなあ」
「探偵が犯人なんてミステリーとしては犯則ですよ!」
「何の話よ。ま、いいわ。とにかく先を急ぎましょ」
「あ、そうだ。どこ行くんですか?」
「あんたに教える義理はないんだけど」
「冥界だぜ。この霊について専門家の見解を聞こうと思ってな」
「ちょっと魔理沙」
「カタいこと言うなって。また白蓮みたいな厄介な相手が出てきたら、戦力がいるに越したことはないだろ?」
「だからってねえ。だいたい、こんなの幽々子の仕業に決まってるんだから」
「冥界って、死後の世界ですよね? 生きている私たちが行っていいんですか?」
「ん? 早苗あんた、白玉楼行ったことなかったっけ?」
「幽々子には会ったことあるだろ。博麗神社の宴会にも来てるしな」
「あの食いしん坊の亡霊さんですか? イザークみたいな髪型の剣士の子を連れてる」
「イザークって誰よ」
「ガンダムSEEDに決まってるじゃないですか!」
「知らんぜ。ま、そいつだ。冥界の連中がこっちに来てるんだから、私らが冥界に行ったって問題ないってことだぜ」
「はあ。もうすぐ夜ですけど、夜に冥界行きってなんか肝試しみたいですね」
「肝試しか。前に竹林でやったっけな。いたのは幽霊じゃなくて、人魚の肝を試した人間だったけどな」
 そんなことを言い合いながら、三人は陽の暮れゆく空の下を、冥界に向かって飛んでいった。




―14―

 かくして、早苗さんたちがやって来たるは桜舞う冥界のお屋敷、白玉楼である。
 冥界は元から幽霊だらけなので、神霊が発生しているのかどうかはパッと見では区別がつかなかったという。そんな中、咲き乱れる桜の下、早苗さんたち一行は長い石段の上を飛んで屋敷を目指す。幽霊の放つぼんやりとした光が夜の冥界を薄く照らしていた。
「さて、そろそろかな?」
「まあ、そろそろ出てくるでしょうね」
 魔理沙さんと霊夢さんが言い合う。早苗さんが「何がですか?」と首を傾げた瞬間、目の前の闇を切り裂くように、白銀が一閃。「おおう」と早苗さんが慌てて急停止する。
「こんな時間に侵入者とは――って、なんだ霊夢たちか。夜桜見物? 宴会はやってないけど」
 現れたのは、白玉楼の庭師であり屋敷の主の従者であるところの魂魄妖夢さんだ。妖夢さんは振りかざした剣を一度下ろして、ぐるりと私たちを見回す。
「あんたの御主人様に用があってね」
「幽々子様に? それなら尚更、用件を詳しく訊いてからでないと通せない」
 再び剣を構える妖夢さん。「あら、やる?」と霊夢さんもお札を構える。
「まあまあ、別に喧嘩を売りに来たわけじゃないんですから」
 早苗さんが間に割って入る。妖夢さんが「うん?」と首を傾げ、「ああ、確か妖怪の山の神社の」と早苗さんを見て言った。妖夢さんは普段あまり冥界から出てこないし、早苗さんも冥界に来る機会がなかったので、宴会で顔は見知っているけれど、まともに話したのはこのときが初めてだったらしい。
「どうも、守矢神社の東風谷早苗です。ええと、イザークさん!」
「誰!? 私は魂魄妖夢、白玉楼の庭師!」
「ああ、そうでしたすみません」
 どうせ早苗さんはあんまり悪びれずにそう言ったのだろう。妖夢さんは呆れ顔で嘆息。
「で、何しに来たの」
「ちょっと人間の里の方で妙な神霊が発生してまして。私たちはその調査に来たんですよ」
「こら早苗、なんであんたが仕切ってるのよ」
「神霊? ああ、やっぱりあの神霊は里の方に向かってるんだ……」
「あれ、冥界にも出てるんですか?」
「そう、なんだか消えては現れてを繰り返してて。ちょうど調査に行こうと思ってたところ」
「なんだ、やっぱりあんたたちの管理不行届じゃない」霊夢さんが口を挟む。
「いや、そんなこと言われても……」困惑顔の妖夢さん。
「まあなんだ、とにかく幽々子なら何か知ってるだろうぜ。霊の親玉だしな」魔理沙さんが声をあげ、「霊の親玉ってキングテレサか何かですか?」と早苗さんが首を傾げる。
 妖夢さんは「まあ、私も調査に行くなら幽々子様に話を通さないとだし……」と呟いて、構えていた剣を鞘に仕舞った。
「解った。じゃあ、とりあえず幽々子様のところに行こう」
 というわけで、妖夢さんを先頭に再び白玉楼へ向かう。長い石段がようやく終わりを告げ、屋敷のシルエットが見えてきたところで――。
「あらあらお客様?」
 ふわふわとその場に現れたのは、屋敷の主、西行寺幽々子さんだ。幽々子さんは早苗さんたちを見回して、ひとつ小首を傾げた。
「随分大勢ね。お花見の宴会でもしに来たのかしら? 妖夢、宴会の支度をして頂戴」
「しなくていいわよ。今日はあんたにどういうつもりか訊きに来たの」
 霊夢さんが前に出る。「あら」と幽々子さんは目を見開いた。
「どういうつもりだったのかしら?」
「どうもこうも、あの大量の霊よ。あんなに現世に霊を溢れさせて、不気味じゃない。ちゃんと管理しなさいっての!」
「んー、よく判らないけど。他の面々も同じ用件かしら?」
 幽々子さんは私たちを順繰りに見回す。早苗さんたちが頷くと、幽々子さんは楽しげに笑い――そして、唐突に扇を開いて踊るように身構えた。
「それじゃあ、霊について聞きたければ、私を倒してからにしなさい!」

 要するに、幽々子さんは退屈していたらしい。
 霊夢さん、魔理沙さん、早苗さんの三人を相手に華やかな弾幕ごっこを繰り広げることしばし。それでも早苗さんからの話を聞く限りでは、以前、春雪異変で霊夢さんたちと戦ったときに比べると、おそらく相当手加減していたようである。
 最後は幽々子さんの弾幕を三人が全て避けきったところで満足したらしく、扇を閉じて戦闘態勢を解除した幽々子さんは「あら、やるじゃない」と涼しげな顔に笑みを浮かべた。
「それで、何の話だったかしら?」
「だから、あの大量の霊よ」
「それは神霊の子供よ。人間の祈りから生まれる儚い思念、もうちょっと簡単に言えば欲の塊。霊は霊でも幽霊とは関係無いわ」
「じゃあ冥界に来たのは見当違いってこと? それならそうと早く言いなさいよ」
 憮然とした顔で霊夢さんは唸る。早苗さんはその後ろで「ところで今の、戦う意味ありました?」と首を傾げていた。後から聞いた限り、私も特に無いと思う。
「欲の塊ねえ。お前なら何か知ってるかと思ったが、邪魔したな」
 魔理沙さんが言うと、「あら」と幽々子さんは扇で口元を隠して目を細める。
「じゃあヒントをあげる。お寺の墓地が怪しくないわ」
「ほう?」魔理沙さんが眼を光らせる。
「え、お寺? お寺って命蓮寺のことですよね」首を傾げる早苗さん。
「ふーん、あの妖怪寺が何か企んでるのかしら」霊夢さんはもう幽々子さんには関心を失ったように、くるりと踵を返した。切り替えが早い。
「あ、幽々子様。私も気になるのでこの神霊の調査に行ってきます」妖夢さんが手を挙げる。
「あらそう? じゃあ、お土産よろしくね。ああ、それと――何か厄介なのが復活しなさそうだから、気を付けなくていいわ」
「はあ、了解しました」
 よくわからないことを言う幽々子さんに見送られ、妖夢さんが加わった早苗たち一行は踵を返して冥界を後にする。四人の次なる目的地は、命蓮寺である。
「幽々子が最後に言ってたの、ありゃどういう意味だ?」
 その道すがら、魔理沙さんが妖夢さんに問うた。
「私に聞かれても。幽々子様の仰ることだから間違いはないと思うけど」
「それって、つまり寺の墓地から何かが復活するってことですか?」早苗さんが首を捻る。
「墓地から何が復活するのよ。死体?」霊夢さんが眉を寄せる。
「甦る死体ですか! ゾンビですね! ついに幻想郷にもゾンビの時代が! バイオがハザードな異変の犯人はきっと傘屋さんです! 幻想郷オブザデッドの時間ですよ! ほら命蓮寺の墓地は確か土葬ですし」
「ゾンビってあれか、三流映画ってのに出てくるやつか?」魔理沙さんが言う。
「一流もありますけど、ていうか幻想郷に映画なんてあるんですか?」首を傾げる早苗さん。
「香霖のところの外来本で写真は見たことあるぜ。なんかあれだろ、遊びに行った先にうようよ出てきて人間が喰い殺されるんだろ?」
「まあ、だいたいあってます」
「あによ、外の世界にもそんな危険な妖怪がいるの?」不思議そうな霊夢さん。
「いえいえ、作り物の世界の話ですから。現実にはいませんよ、外の世界では。お化けみたいなものです。外の世界で大人気ですから、幻想郷にも出ないんじゃないですかね」
「お、お化け……」妖夢さんは話を聞きながら後ろで青い顔をしていたそうな。彼女、自分が半分幽霊だというのに怖い話が苦手なのである。
「あ、でも山にいる天狗とか河童は外の世界でもメジャーな妖怪ですから、じゃあやっぱり幻想郷にゾンビがいてもおかしくないですね!」
「そのゾンビってどんな妖怪なのよ」と霊夢さん。
「動く腐った死体です。なんでだか食欲旺盛で、その牙に噛まれると……自分もゾンビになっちゃうんですよ」
「ひっ」妖夢さんが小さく悲鳴。
「噛まれると同族になるって、そりゃ吸血鬼じゃないのか?」と魔理沙さん。
「吸血鬼と違ってゾンビは自分の意志がないことが多いですねえ。わらわらと集団で現れて、スローモーな動きで標的を延々と追いかけるっていう怪物で」
「弱そうねえ」
「弱そうだぜ」
「疲れ知らずの怪力ですし、一撃喰らうだけでアウトですから、ただの人間には脅威ですよ!」
「ここにただの人間はいないでしょ」霊夢さんが肩を竦める。
「外の世界ではどうやって倒すんだ?」
「銃で撃つのが基本ですねえ」
「……剣で斬れる?」妖夢さんがおそるおそる尋ねる。
「噛まれるのに気を付ければ大丈夫かと」
「そ、そっか! それなら怖くない!」
 ぐっと拳を握りしめて頷く妖夢さん。怖いかどうかは剣で斬れるか否かが判断基準らしい。
 ともかく、四人がそんなゾンビ談義をしているうちに命蓮寺が見えてくる。結局目的地は里のすぐそばにあったわけで、わざわざ冥界まで行くという無駄な遠回りをしてしまったわけだ。百発百中といわれる霊夢さんの勘も鈍ったということかもしれない。
 とうに夜中なので、参道にもさすがに人影はない。暗く静まりかえった参道に、うようよと神霊が漂っている。墓地は寺の建物の裏だ。
「住職さんに挨拶した方がいいですかね?」早苗さんが言う。
「というか、あいつらが首謀者じゃないの」剣呑な表情の霊夢さん。
「妖怪寺が神霊を集めて何をやってんだ?」
「神霊は欲ですから、欲を集めるのは信仰を集めるのと同じことですよ!」
「そいつは聞き捨てならないわね。やっぱり白蓮が黒幕ってことね」
「何にしても、斬ってみれば解ること」妖夢さんが長い方の剣を鞘から抜き放つ。
 幻想郷の異変解決屋が三名+剣士一名が命蓮寺に向かうこの光景、想像してみるとたいへん剣呑である。一緒に早苗さんから話を聞いた蓮子は「まるでカチコミねえ」と言っていた。いつの時代の言葉だ。
「おはよーございまーす!」
 と、そこへ突如、参道に響き渡る大声。全員、驚いて足を止める。
「おはよーございまーす!!!」
 再び大声。それとともに闇の中に現れたのは――言うまでもなく、参道を掃除していたヤマビコの幽谷響子さんである。といっても、普段あまり命蓮寺と関わりのない四人にとっては初対面の妖怪だったらしい。
「え、あ、おはよーございます」
 虚を突かれたように霊夢さんが返すと、響子さんは一言、
「声が小さい!」
 運動部か。
「お前がうるさいんだよ」耳を塞ぐ魔理沙さん。
「ていうか今は夜です、夜」ごく常識的な突っ込みを入れる早苗さん。
「命蓮寺の戒律その一、『挨拶は心のオアシス』。はい大きな声で、おはよーございまーす!」
「やかましいっての。とりあえず退治しとこうかしら」霊夢さんがお札を取り出す。
「え、なに、参拝客じゃなく襲撃者? あ、そこの、お寺では殺生禁止!」
 響子さんが妖夢さんを指さして吼える。
「え? いや、殺すほど斬るつもりは」
「問答無用! 挨拶をしないなら全員まとめて悲鳴を響かせるよ!」
 箒を振りかざし、響子さんは臨戦態勢に入った。
「お、やる気だぜ。どうする?」魔理沙さんが皆を振り返る。
「妖怪なんだから私が退治するわよ」お札を構える霊夢さん。
「いえ、誤解を正すためにも自分が」妖夢さんが剣を構える。
「ここは公平にジャンケンで決めましょう!」早苗さんは空気を読んでいるのかいないのか。
「はい、最初はグー、じゃーんけーんぽん!」
 この場に私たちがいたら、守矢神社の漫画にこんなシーンあったな、と思ったことだろう。




―15―

「やーらーれーたー!」
 ジャンケンに勝った魔理沙さんに、響子さんは変なところで反射する弾幕で挑んだものの、あえなくレーザーに吹っ飛ばされた。石畳の上に大の字に転がって、響子さんは大声で断末魔をあげる。いや死んでないけど。
「うう、不肖ヤマビコ、まだまだ修行が足りないわ」
「ヤマビコか。ただオウム返しするだけだろ?」
「するだけだよ。だからいじめないでね」
 身体を起こし、ぺたんと座り込んで響子さんは哀願の眼差しを向ける。ぱたぱたと犬耳(?)が揺れる様は小動物めいて愛らしかった、とは早苗さんの談。
「ヤマビコ? ヤマビコってあの、ヤッホーって叫び返してくるアレですか。へえ、ヤマビコって幻想郷では妖怪だったんですね」
 早苗さんがそんなことを言う。
「うう、そうだよ。最近になって急に誰かが『ヤマビコはただの音の反射だ』なんてデマを広めるから、私たちヤマビコは存続の危機に立たされて、私もそれで出家したの」
 うう、と涙目で唸った響子さんに、「へ?」と早苗さんは目をしばたたかせる。
 ――というわけで、私たちが想像していた通り。妖怪ヤマビコを存続の危機に追いやった元凶は、外の世界の科学的常識を持った山の住人という話である。
「だ、誰がそんな噂広めたんですかねー」棒読みでそううそぶく早苗さんに、魔理沙さんが疑念の視線を向ける。
「いや、お前だろ」
「だ、だって私、幻想郷ではヤマビコが妖怪だなんて知りませんでしたから!」
「犯人お前かー!!」
 響子さんが立ち上がり、箒を振り上げて早苗さんに襲いかかる。早苗さんが驚いたように大幣を振るい、風とともに放たれた光弾が響子さんを再び吹き飛ばした。
「ぎゃふん」
 幻想の音を呻いて再び石畳に大の字に倒れる響子さん。
「うう……やっぱり修行が足りないわ……ぎゃーてーぎゃーてー、ぜーむーとーどーしゅー」
 倒れたまま、うろ覚えの般若心経を唱え始める。門前の妖怪小娘、習わぬ経をなんとやら。
「本堂の方には神霊は集まってないわね。やっぱり幽々子の言う通り墓場か」
 霊夢さんはとっくに響子さんには興味をなくしたように、神霊の行く先を確かめている。妖夢さんも「そのようね」と頷いた。
 と、そこへ騒ぎを聞きつけたか、駆けてくる足音がひとつ。四人が振り向くと、本堂の方から姿を現したのは、雲山さんを連れた雲居一輪さんだった。
「もう、こんな時間に何の騒ぎ? って、響子!? 大丈夫?」
 一輪さんは倒れた響子さんに心配そうに駆け寄り、それから思い切り怪訝そうな顔で早苗さんたちを見やった。
「夜中に大勢でぞろぞろと、おまけによってたかって響子に何を? 特にそこの博麗の巫女、まさかまた姐さんを封印しに来たの?」
「この異変の首謀者が白蓮だっていうならね」
「異変? って、まさかこの霊のこと? 言っておくけど、姐さんは何もしてないわ」
「どうだか。現にこの神霊は寺に集まってきてるのよ。あんたたちの仕業、つまり白蓮の仕業だって考えるのが一番合理的じゃないの。邪魔するならあんたも一緒に退治するわよ」
 霊夢さんがこともなげに火に油を注ぐ。一輪さんは響子さんを庇うようにしつつ、完全に敵意丸出しで臨戦態勢の構えをとる。
 この場に蓮子がいれば、恩人認定されているだけに仲裁に入れたのだろうが、いかんせん妖夢さん以外の三人はかつて白蓮さんを再封印しようとして戦った相手だけに、一輪さんにとっては根本的に敵である。そのまま参道で第二ラウンド開戦という状況だったが――。
「――確かにそう考えるのが自然ですが、残念ながら私たちは犯人ではありません」
 霊夢さんの言葉に答えるように、新たな声がその場に割り込んだ。聖白蓮さんである。
「姐さん!」
「響子さんの声が聞こえたから何かと思ったら……。響子さんは大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫です!」響子さんは慌ててぴょこんと立ち上がる。
「一輪は響子さんを連れて下がって頂戴。この件は私が対処します」
「はあ……」
「あ、それとムラサが、ぬえさんが居ないと言っていたから、ついでに探してくれるかしら」
「了解です。じゃあ響子、こっち」
 一輪さんが響子さんを連れて本堂の方に下がっていき、残った白蓮さんは改めて早苗さんたちに向き直ると、漂う神霊を手で払いながらひとつ息を吐いた。
「誤解を招いたのは私の責任もありますから、響子さんの件はとりあえず今は置いておきますけれど――とにかく、この神霊の大量発生は私たちの意図したことではありません。むしろ私たちは、この事態を防ごうと考えていたんですよ」
「防ぐぅ?」
 訝しげな魔理沙さんに、「ええ」と白蓮さんは墓地の方を見やった。
「私がこの命蓮寺の立地をここに決めたのは、あの墓地があったからだけではなく、この地下に何か、とても強い力の持ち主が封印されていることに気付いたからです」
「地下にって、地底の妖怪か何か?」霊夢さんが首を傾げる。
「墓地の地下なら……死体とか?」妖夢さんがちょっと身震いしながら言う。
「おそらくは、貴方が正解です。剣士さん」
 白蓮さんの言葉に、「あー?」と魔理沙さんが首を捻った。
「強い力を持った死体って何だよ。幽々子みたいな亡霊か?」
「ゾンビじゃないですか?」早苗さんが言う。それはたぶん力の意味が違うと思う。
「お寺にある力を持った死体って言ったら、即身仏じゃないの」と霊夢さん。
「はい、それが一番正解に近いのではないかと思います」と白蓮さん。
「即身仏ぅ?」魔理沙さんが眉を寄せる。
「おそらくはかなり有力な聖者が、この地下で復活の日を待って眠っているんです。強い聖性の気配を感じましたから。だから私はここに寺を建て、それを封印しておくことにしたのです。ですが……」
「え、聖者ってことはいい人なんじゃ?」首を捻る妖夢さん。
「こいつ、元人間のくせに妖怪の味方だもん」霊夢さんが不満げに言う。
「つまり妖怪の敵になるような聖者ってことか? なんだ、それならこのまま放っておいてもいいんじゃないのか?」と魔理沙さん。
「どうだか。白蓮が言ってるだけじゃなんとも言えないわ」腕を組む霊夢さん。
「妖怪の敵だっていうなら、妖怪退治の身には商売敵になりますよ!」早苗さんが声をあげる。
「とにかく、何が封印されているのか確かめてみないことには」と妖夢さん。
「地下に封印された死体を確かめるって、墓でも暴けばいいのか? 一緒に金銀財宝でも埋まってるなら、発掘のしがいもありそうだが」魔理沙さんがちょっと楽しげに笑う。
「ともかく」と白蓮さんがぽんと手を叩く。
「私たちはこの地下の聖者を封印しつつ、ナズーリンに正体を探らせていました。ところがこの事態です。どうやらこのままでは封印し続けられないようですから、実は今日、宇佐見蓮子さんとメリーさんに詳しい調査を依頼したのです」
「所長たちにですか? ああ、だから事務所にいなかったんですね!」早苗さんが頷く。
「なんでそこで蓮子たちが出てくるんだ?」魔理沙さんが首を捻る。
「メリーのあの目でしょ。結界探知機。ってかまたあいつらは――」霊夢さんが頭を掻く。
「はい。お二人に、地下に通じる入口を探し出してもらおうと思ったのです。しかし――蓮子さんたちは、どうやらその聖者の一味に捕まってしまったようなのです」
 白蓮さんの言葉に、四人は顔を見合わせる。
 その四人に、白蓮さんは深々と頭を下げた。
「そこで、申し訳ないのですが――蓮子さんたちを救出していただけませんか?」

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この小説へのコメント

  1. ナズはお咎めなしなのだろうか…。この後順繰りに戦うのかな?芳香の相手誰になるんだろう。

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