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こちら秘封探偵事務所第11章 神霊廟編   神霊廟編 7話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第11章 神霊廟編

公開日:2018年12月15日 / 最終更新日:2018年12月15日

神霊廟編 7話
―19―

 豊聡耳といえば、十人の話を同時に聞き分けたという聖徳太子の聡明さを表した呼び名である。豊聡耳神子という名前はそのまま豊聡耳の皇子であるから、「私の名前は聖徳太子です」と言ってるのと同じことだ。
 ともあれ、相手は古代の皇族であり為政者である。蓮子が「ははー」と大げさに跪いて頭を垂れ、私も慌ててそれに習った。作法はこれでいいのだろうか。
「宇佐見蓮子と申します。神聖なる太子様の霊廟に土足で踏み入る非礼、どうかご容赦を」
「ま、マエリベリー・ハーンと申します。寛大なるご慈悲を賜りますよう……」
 どう考えてもこの場で無礼討ちにされても文句は言えない立場である。って、それは武士の世の話か。いやでも古代はもっと貴族と平民の差が大きかったはずで……。傅いた私たちに、太子様はどこか愉しげに笑って「構わないさ、面をを上げよ」と厳かに命じた。
「私には君たちの欲が見える。欲が見えれば、君たちの過去も未来も、全てが見える。――おや、君たちは未来を見るどころか、未来を知っている人間のようだ。これは面白い」
「へへえ、未来から迷い込んだ外来人にございます」
「君たちのいた世界はさらに百年ほど先か。そこからこの時代のこの世界に来たと。素晴らしい。君たちから学ぶものは多そうだ。いや、学ぶもののない人間などいないが……」
 手にした笏をさするようにしながら、太子様は「どうぞお立ちなさい」と言った。立ち上がった私たちに、太子様はますます興味深そうな顔を向ける。
「なるほど……宇佐見蓮子殿。君の欲は、とりわけ知識欲が大きいな。世界に対するとどまることのない好奇心。それは人間を前へ進ませるエネルギーだ。その欲を充たすため、次に君はこう言うだろう」
「「――欲が見えれば全てが見えるとは、どういうことですか?」」
 綺麗に、蓮子と太子様の言葉がハモった。いや、ジョセフ・ジョースターじゃあるまいし。
「簡単なことさ。欲が見えるということは、何を望み求めているかが解るということ。人が何を望み求めるかは、その人がどんな経験をし、どんな価値観を形成してきたかで決まる。欲が見えれば、君という人格がどのように形成され、どのような資質を持っているかが解る。これは即ち、過去と未来が解るということだ」
「……それは、心を読む能力とは違うんですか?」
 おそるおそる問うた私に、「いい質問だ」と太子様は振り向いた。
「マエリベリー・ハーン殿。君の欲はもっと小市民的だが、その分蓮子殿とは上手く釣り合っているようだ。強い欲を持つ者同士は反発しあう。進歩と安定のバランスが取れる欲の組み合わせは、得がたい相性だよ。君たちは互いを大事にすると良い」
「あらメリー、私たち相性バッチリだって。聖徳太子のお墨付きよ。もういっそ結婚する?」
「馬鹿言ってないの」
 蓮子が抱きついてきたので、頬をつねってやった。「いひゃいいひゃい」と悲鳴をあげる蓮子に、太子様は愉しげに笑って、それから「君の質問に答えよう」と続ける。
「私の力はその瞬間の思考や記憶を読むようなものではない。もっと本質的な、相手の根源を見極める能力だと思ってくれて構わない。君たちも他者に相対するとき、その言動や態度から相手の本質を計ろうとするだろう。その能力に優れた者を《人を見る目がある》と言う。言うなれば私の力は、その究極のようなものさ」
 なるほど、他者に対する本質直観みたいなものか。人間の他者に対する《見る目》というのは、基本的に自身の経験から導き出された統計学的なパターン分類による判断だが、太子様は《欲を見る》という能力で主観の相互不可侵という相対性精神学の大原則を一部侵して、そのパターン分類に裏付けができる能力、と考えればいいのかもしれない。
「ははあ。ということは太子様が十人の話を同時に聞き分け、それぞれに適切な答えを返したという有名な逸話は、実は話を聞いて判断していたのではなく、各々の欲を見ることでそれぞれの主張と求める答えを読み取ったということなのでしょうか?」
「ほう、君は思った以上に聡明だな。まあ、そう受け取ってくれても構わないよ」
 蓮子の問いに、太子様は目を見開き、そして嬉しそうに笑った。目を細めたその笑みは為政者とは思えないほど人なつっこく、それでいて威厳を失わない。
「蓮子殿。君は私の部下にならないか? 今からでも遅くない。尸解仙になって私とともにこの世界に希望をもたらす指導者となろう」
「こ、これはこれは、ありがたきお言葉、恐悦至極に存じます」
 ははー、と蓮子は平伏する。
「しかしながら太子様のお力になるには未だ浅学非才の身、今しばらく人間として研鑽を積んでからでも遅くはないかと愚考いたします次第で」
「いや、そう畏まらなくていいし、別に断られても気分を害したりはしないさ」
 太子様は苦笑し、「欲を見れば解ることだからね」と息を吐いた。蓮子は顔を上げる。
「蓮子殿。君の知識欲に次ぐ強い欲は、無限の可能性を持ち続けたいという欲だ。何者にもならず、何者にもなれる者でありたいという欲。人間は何者かにならねばならない、という軛から常に自由でありたいという欲。それはつまり、永遠の子供でありたいという欲に他ならない。それが君の知識欲、つまり好奇心の根源でもあるわけだな。なるほど、君の欲は他人に仕え、他人に使われる立場に甘んじるようなものじゃない」
 傍らで聞いている私としては、なるほど、閻魔様とはまた別の意味で、蓮子の本質をずばりと言い当てた言葉に思える。永遠の子供とはまさに言い得て妙だ。京都にいた頃、相棒が不老不死になれるなら迷わずなる、と言っていたのも、つまりそういうことなのだろう。
「しかし、だからこそ為政者としては、君のような人材を手元に置いておきたいのだけどね。人を使う者にとっては、何者にもなろうとしない者が一番扱いにくい。君のような人材を、その能力を損なうことなく使いこなせるかで、為政者としての力量が測れると言ってもいい」
「ははあ――」
「私の下で道教を学ぶ気になったらいつでも歓迎するよ」
 ――毎度のこととはいえ、どうしてこの相棒はこう、色んな勢力のトップから気に入られてしまうのだろう。天性の人たらし、妖怪たらしというか。強大な妖怪に何かと好かれるといえば霊夢さんだけれど、いつぞやの地震騒動のとき、比那名居天子さんが蓮子と霊夢さんの気質がそっくりだと言ったのも、案外そういうところにあるのかもしれない。
「さて――ところで、私の部下を見なかったかい?」
 太子様はそう言って周囲を見回す。
「あ……屠自古さんと布都さんでしたら、この大祀廟への侵入者を迎撃しに――」
 私がそう答えたところで――。

 ばああああん、と派手な音がして、霊廟の扉が開かれた。

 そして、そこから霊廟の中に飛びこんでくる影が、ひい、ふう、みい――四つ。
 見慣れた四人は、星降る空間に佇む私たちを見て、それぞれに足を止める。
「あっ、所長にメリーさん! 助けに来ましたよ!」早苗さんが叫び、
「捕まってるって感じでもないぜ?」魔理沙さんが首を傾げ、
「別に、あいつら助けに来たわけじゃないし」霊夢さんが頭を掻き、
「それより、あそこにいるのが例の――」妖夢さんがこちらを指さす。
「おやおや、目覚めて早々、騒がしいことだね。――ああ、君たちがこの幻想郷の異変を解決するという者たちか。これは好都合。二人は下がっていたまえ」
 太子様はそう言って、霊夢さんたちに向かって一歩前に進み出る。
「あんたがこの霊を集めてる親玉?」霊夢さんがお祓い棒を突きつける。
「勝手に集まってきたのだけれどね。私は豊聡耳神子。人は私を聖徳王と呼ぶ」
「聖徳王……って、あの旧一万円札の? ええー、女性だったんですか!?」
 早苗さんが素っ頓狂な声をあげる。聖徳太子が前世紀に紙幣の肖像になっていたことは私も知っているが、早苗さんも聖徳太子の紙幣を使ったことがあるのだろうか。
「有名人なのか?」魔理沙さんが首を傾げる。
「いや、私歴史はからっきしダメなんですけど、それでも名前ぐらいは知ってます。えーと、平安時代の人でしたっけ?」
「早苗ちゃーん、聖徳太子は飛鳥時代の人よ」
 蓮子が思わずという調子で声をあげる。早苗さん、どうやら本当に歴史がダメらしい。
「ほう、そんな有名人の墓なら何かめぼしいものもありそうだな」
「盗掘する気満々だし……」目を輝かせる魔理沙さんに、妖夢さんが呆れ顔で肩を竦める。
「そんなことより、君たちは私を倒しに来たのだろう? 君たちの十の欲を見れば、君たちの過去も未来も全てが解る。――おや、君は欲が二つ足りないね。生への執着と、死への羨望が」
「え、私?」太子様に視線を向けられ、妖夢さんはきょとんと目をしばたたかせる。
「ははあ、君はどうやら既に仙人のようだね。では君からは、タオを学び合うとしよう」
「いや、違うんですけど」
「ちょっと、私にも喋らせなさいよ!」霊夢さんが吼える。
「その必要はないさ。君たちはそれぞれの理由で私を倒したい。それは私にとっても好都合だ。異変の黒幕として君たちと戦うことで、私の存在はこの世界に認知され、私はこの幻想郷に迎え入れられるわけだからね」
 そう言って、太子様は腰の宝剣を抜き放つと、天高くそれを掲げた。
「さあ、私を倒してみせよ! そして私は生ける伝説となる!」




―20―

 例によって例のごとくで申し訳ないが、霊廟内で繰り広げられた華麗なる弾幕ごっこに割く紙幅は残念ながらないし、それを文章で再現する表現力も私は持ち合わせない。太子様の操る弾幕が、明らかに聖徳太子伝説をモチーフにしていたことは記しておこう。十七条のレーザーとか、真面目に考えたらギャグであるのはたぶん考えたら負けだ。
 途中で屠自古さんと布都さんが加勢に現れ、一時は四対三にもなったが、最終的には太子様がひとりで四人を相手に渡り合った、その激闘の詳細は、うちの事務所で早苗さんに直接聞かせてもらうのが一番早いだろう。
 ――ともかく、最終的に勝ったのは、無論のこと霊夢さんたちであるわけだが。
「参った。君たちの勝ちだ」
 太子様が負けを宣言したときにも、霊夢さんは何やら不満げな表情のままだった。
「なーんかすっきりしないわねえ」
「このひと、別に悪巧みしてたわけじゃないからじゃないの?」と妖夢さん。
「要するにあれだな。天子の奴と動機は一緒だろ? 霊夢に退治されたかったってやつ」
「え、そういうプレイだったんですか?」早苗さんがピントのはずれた解釈で首を捻る。
「はいはい、みんなお疲れ様」と、蓮子が手を叩いてその場に割って入る。
「あ、蓮子。あんたたちはホントどうしてそう毎回毎回――」
「まあまあ霊夢ちゃん。利用されたのが不満なのは解るけど堪えて、堪えて」
「所長、霊夢さんが利用されたってどういうことです?」
「だから、太子様の目的はこの幻想郷で生ける伝説として華々しく復活すること。でも、ただ復活したんじゃ怪しい仙人がひとり増えるだけでしょ? だから霊夢ちゃんと戦うことで、箔をつけたかったわけよ。神霊異変で霊夢ちゃんと戦った相手だって言えば、たとえば稗田家にも取り入りやすくなるでしょ?」
「……あによそれ、つまり私はこいつの売名に使われたってこと?」
「まあ、それは否定しないよ。とりあえず私の当面の目的は、この幻想郷を導く為政者となることだからね」
 太子様はぬけぬけと笑ってそう言う。霊夢さんは思い切り口を尖らせた。
「白蓮が警戒するわけだわ。こいつやっぱり危険人物よ。このまま封印してやる」
「なんと! 太子様に手出しはさせぬぞ!」
 と、後ろでのびていた布都さんが復活して突進してきた。「五月蠅い」と霊夢さんが投げつけた陰陽玉がその顔面にクリーンヒットし、「ぎゃふん」と呻いて布都さんは倒れる。
「あのー、質問なんですけど」と早苗さんが空気を読まずに手を挙げた。
「幻想郷を導く為政者って、つまり幻想郷の総理大臣になるってことです?」
「総理大臣って何?」妖夢さんが首を捻る。
「そもそも幻想郷に為政者なんていたかあ?」魔理沙さんが眉を寄せる。
「人間の里は、里のいくつかの有力な家が定期的に集まって話し合う寄合が一応の政治的決定機関だけど」蓮子が答える。
「幻想郷全体のトップということなら、紫様では? 幻想郷を創った賢者だし」と妖夢さん。
「あいつがぁ? 私は紫を幻想郷のトップと仰いだことなんかないわよ」
「だいたい、幻想郷全体の明確な方針なんてありゃしないぜ。なんとなくの決めごとはあるけど、基本みんな好き勝手に生きてるからな」
「でも、妖怪は里の人間を襲っちゃいけないとか、幽霊は冥界で幽々子様が管理するとか、そのへんの基本ルールを創ったのは紫様だし」
「ルール創っただけであとは放置してないか?」
「大結界のメンテだって藍に任せきりだし」
 がやがやと霊夢さんたちが話し合うのを聞きながら、太子様は「なるほど」と頷く。
「青娥からおおよそのことは聞いていたけれど、やはりこの幻想郷に統一的な指導者はいないようだね。ならば私がこの世界を導く者とならねば」
「誰もあんたにそんなこと求めてないわよ」霊夢さんが口を尖らせる。
「私が必ずや幻想郷をより良き方向に進めてみせよう」
「勝手に決めるな!」
 霊夢さんが吼えるが、太子様は涼しい顔で笑う。
「博麗霊夢殿。君は幻想郷の異変を解決するのが仕事だったね?」
「そうよ。あんたみたいな危険人物を退治するのが私の仕事」
「その報酬はどこから出ているんだい?」
「……え、報酬?」
 全く予想外の単語を聞かされたという顔で、霊夢さんは目をしばたたかせる。
「そういや、異変解決が仕事って言ってるわりに、それで収入得てないよなお前。賽銭収入にも大して繋がってないし。やーいタダ働き」
 魔理沙さんが横から茶化し、「私も庭師の仕事の報酬なんて貰ったことないんだけど……」と妖夢さんが横で小さくぼやく。
「た、タダ働き……? 私の異変解決はタダ働きだったの……?」
 あ、霊夢さんが気付いてはいけない世界の真理に気付いてしまった。頭を抱えて呻く霊夢さんに、太子様は「おお」と大げさに肩を竦める。
「それはいけない。幻想郷の賢者とやらは、幻想郷の治安維持を君に任せていながら、報酬を与えていないとは、由々しき問題だ。私が幻想郷の指導者となった暁には、君の異変解決業を正式に幻想郷の治安維持活動として定め、正当な報酬を支払うことを約束しよう。もちろん成功報酬などというケチなことは言わない。博麗の巫女による治安維持活動費として年間予算を組み、君が充分な生活を送れるだけの収入を保証しようではないか」
 霊夢さんの肩を叩き、太子様はパーフェクトな慈愛の笑みを向ける。「正当な報酬……充分な収入……え、それってつまり定期収入?」と霊夢さんがその言葉のパワーによろめく。
「定期収入だよ」
「解った、許す」
「早っ!? いいんですかそれで、買収されてるじゃないですか!」早苗さんが吼える。
 今度は太子様は、早苗さんの方に視線を向けた。
「東風谷早苗殿。君は山奥の神社の風祝だね。神社が僻地にあるので参拝客数が伸びず、信仰集めに支障をきたしているのが悩みの種」
「へ? え、あ、はい、その通りですけど……」
「そのため、山の河童と協力して神社へ安全に参拝客を輸送する交通手段の開発を進めている。あまり進んでいないようだが」
「な、なんでそんなことまで知ってるんですか!?」
「私が指導者となった暁には、その計画を公共事業として全面援助しよう。人間が妖怪に怯えることなく移動できる範囲が広がることは、幻想郷の発展に繋がるだろうからね」
「な、なんだってー!? え、ちょ、ちょっと神奈子様たちと相談させてください」
 考え込む早苗さん。太子様は次に、妖夢さんを振り向く。
「君は……見える欲が足りないから、もうひとつはっきりしないところが多いのだが。仙人ではないのかい?」
「半人半霊です。冥界で霊の管理をしている白玉楼で、庭師をしています」
「ふむ。先ほどその仕事で報酬を貰ったことがないと言っていたね?」
「え、ええ……」
「君のところが冥界で霊を管理するのは幻想郷の賢者から委託された仕事なのだったね?」
「は、はい、そうですけど」
「ならば、それも幻想郷の公共事業だ。そこで働く君には正当な報酬を受け取る権利がある。私が指導者となったら、労働環境の改善を約束しよう」
「えええええ!? いやでも、幽々子様がなんと仰るか……」
 困り顔の妖夢さんの肩を優しく叩き、そして太子様は最後に魔理沙さんを振り向く。
「霧雨魔理沙殿。君は……どうやら政治とは無関係に生きている人間のようだね。社会から距離を置き、自活している。権威や権力を嫌い、己の自由と好奇心を何よりも優先し、窃盗のような反社会的行為にも抵抗感が薄いアウトローだ」
「ま、だいたいあってるぜ」
「君のような人間には、為政者として提供できる利益がないな。むしろ私が権力者として便宜を図ろうとすると反発するタイプだろう」
「正解だ」
「ならば、君は自由にすればいい。君のようなアウトサイダーも存在するのが健全な社会というものだよ」
「言われなくてもそうするぜ。ところでここに何かお宝はないのか?」
「宝飾品などを持ち帰るより、道教を学ぶ方が余程有意義だよ。どうだい?」
「おっと、生憎まだ人間やめる気はないんでな。勝手に家捜しさせてもらうぜ」
 魔理沙さんは箒にまたがって霊廟を出て行く。「あ、魔理沙、待ちなさいよ!」と霊夢さんが叫び、それから太子様を振り返って「うぬぬ」と唸った。
「……まあいいわ。とりあえずあんたはあんたなりに幻想郷のことを考えてるってのは解ったし、今日のところは引き下がってあげる」
「あ、定期収入に釣られましたね」
「うるさいわよ早苗! あんたはそこの無謀な人間ふたり、ちゃんと連れ帰りなさいよ」
「って、そもそも神霊がたくさん湧いてる件はどうするの」と妖夢さんが突っ込む。
「ああ、それなら問題ない。私の復活の気配に惹かれて集まってきただけだから、私が地上に出て人々に顔を見せればすぐに落ち着くはずだよ」
「――あれ、それじゃ私たち別にここに来る必要なかったんですか?」
「まあまあ早苗ちゃん、武勇伝がひとつ増えたってことで」蓮子が肩を叩く。
「――じゃあ、私も調査は済んだので帰ります」妖夢さんも踵を返す。
「気を付けてお帰り。いずれまた」
 太子様が手を振って見送る中、霊夢さんと妖夢さんも霊廟を出て行く。残ったのは私と蓮子、そして早苗さんだ。
「ところで早苗ちゃん、助けに来たってどういうこと?」
「あ、そうでした! 上のお寺の住職さんから、蓮子さんたちが悪い聖者に捕まったって聞きまして、助けに来たんでした!」
「悪い聖者って……」たった四文字で矛盾という概念を表現されても困る。
「まあ、捕まったのは事実だけど、どっちかっていうと私たちが勝手に聖域に入ったせいだからねえ。文句は言いにくいわ。別に悪い扱いは受けなかったし」蓮子が頭を掻く。
「はあ、大丈夫だったんですか?」
「太子様が復活するまで暇だったぐらいね。というわけで太子様、私たちもお暇させていただきたいのですが。いずれまた改めてご挨拶できればと思います」
「ああ、自由にしたまえ。君たちならいつでも弟子入りを歓迎するよ」
「太子様たちはこれからどうされるのです?」
「さて。とりあえず上にある寺が邪魔だから、まずはここの移転かな。地上へ顔を出すのはその後にしよう」
「ははあ。では上のお寺の方々にもその旨報告しておきますわ。では、ごきげんよう」
 というわけで太子様に一礼し、私たちは霊廟を後にする。彼女たちの目的が幻想郷の指導者になることなら、いずれ里で活動を始めるだろう。そうすればいくらでも話を聞く機会がある、というのが相棒の判断だろう。
「じゃあ、地上に帰りましょうか」
 大祀廟の建物を出て、早苗さんに掴まり、私たちはふわりと浮き上がる。ああ、早苗さんに掴まって飛ぶこの感覚もわりと久しぶり――。
「……あれ? ねえ蓮子、何か忘れてる気がするんだけど」
「え? 別に忘れるような荷物は……」
 次の瞬間、「あ」と私たちは顔を見合わせた。
「――玄爺!」

 ちなみに玄爺は、私たちが軟禁されていた部屋の片隅で、ずっと寝ていたらしい。
 おかげで私たちに置き去りにされかけたことも知らない玄爺を何食わぬ顔で起こし、私たちは改めて大祀廟を後にした。




―21―

「……というわけで、太子様こと豊聡耳神子は復活を果たした次第です。今湧いている神霊は、彼女が地上に出てくれば自然に収まるだろうということでした。とりあえず彼女たちは、大祀廟をここの地下から別の場所に移転し、それから地上で幻想郷の指導者となるべく活動を始める予定のようです」
 ところ変わって、命蓮寺。早苗さんとともに地上に戻ってきた私たちは、白蓮さんに事の次第を報告していた。そもそもの依頼は白蓮さんからの調査依頼だったわけだから、探偵事務所として報告は義務である。
 白蓮さんの背後では、ナズーリンさんが星さんの横で気まずそうに正座している。私たちを置いて逃げてきたのを星さんと白蓮さんにきつく叱られたようで、この報告もまずは命蓮寺サイドの謝罪から始まったのだ。まあ、私たちも別に恨んでいるわけではないし、そもそもの原因は依頼の範疇を超えた私たちの不用意な深入りだから、水に流すということで話がまとまった次第である。
「なるほど……。ここまで詳しく調べてきていただけるとは。ありがとうございます」
 白蓮さんは頭を下げる。「いえいえ、今後とも何かあればぜひ我が秘封探偵事務所にご用命を」と調子良く笑う相棒の太ももを、私は横からつねってやった。相棒は変な声をあげて私を睨む。全く、少しは自分の無謀さを反省してほしい。
「ところで、命蓮寺としては今後は太子様たちにどう対処されるおつもりですか?」
「それなんですよね……」
 蓮子の問いに、白蓮さんは頬に手を当てて首を傾げる。
「復活してしまったものは仕方ありません。幻想郷の指導者にならんとするなら、必ず地上に出てきて、人目につく活動を始めるはずです。具体的な対処はその様子を見て……ということになりますが」
「カチコミですか!」早苗さんがなぜか目を輝かせて言う。
「暴力的な解決は命蓮寺の望むところではありません。もちろん、かの尸解仙たちが明確に妖怪の敵となり、寺に牙を剥くならば、戦うことはやむを得ませんが」
「案外、協力を求めてくるかもしれませんよ? かつても、道教は治世に向かないから仏教を広めたという話でしたし」
「それはないでしょう。向こうは私たちを敵と見なしているでしょうから。いずれにしても、引き続き動向を注視するということになりますね。怪しい仙人に人心が惑わされぬよう、私たちもいっそう御仏の教えを広めていかねばなりません。南無三」
 どうやらそのあたりがとりあえずの結論らしい。まあ、もし本格的に命蓮寺と太子様たちとの間で武力衝突めいた事態になれば、霊夢さんなり妖怪の賢者なりが止めに入るだろう。あまりそういうシリアスな事態は想像しにくいけれども。
「私たちは太子様から気に入られたようですから、引き続き潜入調査を続行しますか?」
 蓮子がそんなことを言い出すが、白蓮さんは首を横に振る。
「いえ、向こうは他人の欲を見抜く能力を持っているのでしょう? 命蓮寺のスパイだと一発でバレてしまうでしょう」
 そりゃそうだ。まあ、太子様はそんなことは気にしないかもしれないが。
「そうですか。では、また何かご用命がありましたらいつでも事務所まで。メリー、早苗ちゃん、帰りましょ」
 蓮子は立ち上がる。「はーい」と早苗さんも腰を上げ、私も立ち上がり、
「びゃっくれーん!」
 そこに、突然障子戸を開けて飛びこんでくる影がひとつ。
「げえっ、変な眼の奴!」
 その影は、次の瞬間、私の姿を見留めてそんな失礼な声をあげた。
「ぬえ! なんですかいきなり、騒々しい」
 星さんが声をあげる。そう、現れたのは封獣ぬえさんである。
「あらあら、ぬえさん。どこへ行っていたの?」
 首を傾げた白蓮さんに、ぬえさんは「ふっふっふ」と邪悪な笑みを浮かべた。
「なんかヤバいのが復活しそうだから、助っ人を連れて来たよ! これでどんな奴が復活してきても怖いものなし! 白蓮の敵はすぐ追い出してあげるんだから!」
 胸を張って、そう言ったぬえさんに。
「……助っ人?」
 その場にいる全員が、ぽかんと顔を見合わせた。
「え? ちょっとなにその反応、せっかく外の世界まで行って顔なじみに助っ人頼んできたんだから、もっと喜んでよ!」
「……ぬえ。その聖者はもう復活してしまいましたし、もう寺の地下から出て行くということで話がまとまってしまいましたよ」
 星さんのその答えに、「えええええええ〜〜〜〜!」とぬえさんの悲鳴が響き渡った。

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この小説へのコメント

  1. うーむ、やはり太子様のお言葉は深い。為政者としての威厳を感じます。それにしても隙あらばメリーに絡む蓮子は違う意味でどうしよぅないですね(笑)。

  2. おぉ次回マミゾウばあちゃん(イケメン)の登場ですか・・・アレ。なんか嫌な予感がする

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