東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第11章 神霊廟編   神霊廟編 1話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第11章 神霊廟編

公開日:2018年10月27日 / 最終更新日:2018年10月27日

神霊廟編 1話
―1―

 さて、今回の記録は、異変そのものとは関係のない、私たちの個人的なエピソードから始めるのをお許し願いたい。どうしてかというと、我が《秘封探偵事務所》に、今回の記録から新しいメンバー(?)が加わったからだ。
 その発端は、例によって例の如く、我が相棒の好奇心である。
「私たちもいい加減、私たちだけの移動手段を確保すべきだと思うのよ」
「移動手段?」
 ある日の事務所。早苗さんは来ておらず、蓮子とふたり、事務所を埋め尽くした閑古鳥に餌をやっていたところに、畳に寝転がった相棒が不意にそんなことを言いだした。
「そう。いつまでも早苗ちゃんにしがみついて空を飛ぶのも、いい加減迷惑でしょ」
「え、ちょっと蓮子、今さらそれを言うの?」
 これまで散々早苗さんや魔理沙さんらをタクシー代わりにしておいて。まあ、誰か飛べる人の力を借りないと遠出ができないのは、交友範囲の広くなった現在、確かに不便ではあったけれども。どこに行くにしても、幻想郷では空を飛べるに越したことはない。
「今さらでも何でもいいの。とにかく、私たちも自力で遠出できる足を確保すべきだと思うのよ。今後の探偵事務所の活動的な意味でも」
「それ、つまり早苗さんが異変解決を仕事にし始めたから、早苗さんにしがみついて行くと邪魔だってことでしょ?」
 先日の命蓮寺の一件のときに痛感したことである。今後も早苗さんに、私たちを片腕にぶら下げて戦わせるのは確かに忍びない。いや、そもそも飛べない戦えない私たちが異変解決に首を突っ込むな、と霊夢さんは怒るだろうが。
「そう。早苗ちゃんの信仰集めの邪魔もしたくないし、かといって足がないからという理由で幻想郷の秘密の探る機会を逸しては秘封探偵事務所の名折れ。だから私たちには、空を飛んで異変解決に同行するための手段が必要なのよ」
「まあ、確かにあれば便利だけど。守矢神社に行くにも、わざわざ分社から八坂様を呼び出さなくて済むわけだし……」
 分社を介して、守矢神社の祭神を電話代わりに使っていることを心苦しく思うぐらいの常識を私は持ち合わせている。相棒はどうだか知らないけれど。
「でも蓮子、何かアテでもあるの? 霊夢さんに空の飛び方でも教えてもらう気?」
「うーん、自力で飛べるようになるなら飛んでみたいけど、それはたぶん望み薄ねえ」
 霊夢さんやら早苗さんやらが普通に空を飛ぶだけに感覚が麻痺しそうになるが、実際のところ幻想郷でも空を飛べる人間は圧倒的に少数派である。私たちの里の知り合いでも、たとえば阿礼乙女の阿求さんや、鈴奈庵の小鈴ちゃんは空を飛べないわけで、まして霊力も魔力も神の力も妖怪の力も持ち合わせない外来人である私たちが空を飛べる道理はない。
「じゃあ、一輪さんに頼んで雲山さんを貸してもらうとか? それとも白蓮さんに、私たち用の空飛ぶ船でも造ってもらう気?」
「それもアリだけど、あんまり知り合いに手間を掛けさせない感じでいきたいわねえ」
「じゃあ、どうするのよ」
 私が眉を寄せると、相棒は猫のような笑みを浮かべて指を振る。
「ひとつ、心当たりがあるのよ」
「心当たり?」
「ま、とりあえずは出発しましょうか。思い立ったが吉日と言うし」
 そう言って相棒は、トレードマークのトレンチコートを羽織る。こうなったらいつも通り、付き合うしかなさそうだ。私はため息をついて立ち上がった。

 というわけで、徒歩でやって来たるは博麗神社である。
「蓮子、まさか心当たりって萃香さん?」
「ん? ああ、萃香ちゃんの分身を貸してもらおうって? それも面白いわねえ」
 違ったらしい。まさか霊夢さんに修行をつけてもらおうと言うわけでもあるまいし、はて、そうすると蓮子の心当たりとは何だろう?
 石段を上って鳥居をくぐると、相棒は神社に賽銭を入れるでもなく、森の方へと足を向けた。どうやら用があるのは霊夢さんではなく、森の住人――光の三妖精の方らしい。しかし、まさか三妖精を里に連れて帰って、妖精にぶら下がって空を飛ぼうと言うわけでもあるまい。
 がさがさと茂みを掻き分けて森の中へ進む蓮子に、私は「そろそろ答えを教えてくれてもいいんじゃないの?」と私は問う。
「あら、メリーも少しは自分で考えたら?」
「三妖精に会いに行くんでしょう? 目的は何かの情報収集」
「ご明察。そこまで解ってるならあと一歩よ」
「あと一歩って……」
「霊夢ちゃんに直接聞いても良かったんだけど、知らないって言われそうだったからね。もし本当にこの近辺に居るなら、三妖精の方が詳しいと思ったのよ」
「居る、って何が?」
「前に魔理沙ちゃんが話してたこと、覚えてない? 昔の、私たちがここに来る前の霊夢ちゃんのこと」
「昔の霊夢さん? ええと――ああ、ひょっとして魔理沙さんが言ってた亀の話?」
 幼い頃の霊夢さんは、神社の近くに住んでいる年老いた亀が面倒を見ていた、と魔理沙さんが前に話していた。ということは、蓮子が探しているのはその亀か。
「そう。霊夢ちゃんの育ての親だっていう亀。魔理沙ちゃんの話によれば、昔の霊夢ちゃんはまだ空を飛べなかった頃、その亀に乗って空を飛んでたらしいわ」
「そんなこと言ってたかしら?」
 何しろ魔理沙さんの言うことなので、話半分に聞き流していたかもしれない。
「言ってたのよ。でも霊夢ちゃんも独り立ちした今、その亀はもうお役御免になって隠居してると思われるわ。で、霊夢ちゃんを乗せて飛んでたっていうのが本当なら――」
「え、まさかその亀をウチで飼う気?」
「寺子屋の庭の池とか良さそうじゃない?」
 空を飛ぶ亀って、早苗さんや諏訪子さんが好きな有名怪獣映画じゃあるまいにしろ、おそらく妖怪亀だろう。博麗の巫女ならともかく、ただの人間に飼われてくれるとは思えないが。
 大丈夫なのか本当に、と思っているうちに、三妖精の住処である大樹に辿り着く。蓮子が呼びかけると、大樹のどこからか三妖精がわちゃわちゃと顔を出した。
「何ー? 遊びに来たの?」サニーちゃんを先頭に駆け寄ってくる。
「やあやあ。ちょっと教えてほしいことがあるんだけど」
「人間が!」「私たちに!」「教えを請いに来た?」
 三妖精は顔を見合わせ、サニーちゃんが「何でも訊いていいわよ!」と胸を張る。「サニーよりルナの方が適任でしょ?」とスターちゃんがルナちゃんの方を押し、ルナちゃんは「何で私が……」と口を尖らせる。
「このあたりに、お年を召した亀が住んでないかしら?」
「亀?」
 蓮子の問いに、また三妖精は顔を見合わせる。
「亀ってあの亀?」「あれじゃない? ほら池にいる」「あれ生きてるの?」わちゃわちゃ。
「池?」
「神社の裏にある池。確かに亀がいるけど……生きてるんだか死んでるんだかわかんない」「全然動かないもんねー」「動いてるの見たことあるよ!」「ホント?」わちゃわちゃ。
「案内してもらえるかしら?」
 帽子の庇を持ち上げて笑った蓮子に、三妖精は不思議そうに首を傾げた。

 というわけで、やって来たるは神社の裏手にある池である。以前の地震で潰れたという蔵(再建済み)の陰にあるため、いつも霊夢さんがお茶を飲んでいる縁側からは死角になっているので、こんなところに池があること自体ほとんど意識していなかった。
「こんなところに池があったのねえ。もしもし亀よー、亀さんよー」
 蓮子がそう歌いながら池の中を覗きこむ。亀らしき姿は見当たらない。特に魚も棲んでいないのか池の水面は静かで、池の中央にぽっかり苔むした岩が突き出しているばかりだ。
「本当にいるの?」
 首を傾げる私の横で、相棒はざっと池を見回し、「ははあ」と頷いた。
「どうやら、いるみたいね」
「え、どこに?」
「メリーにも見えてるわよ」
「ええ? 亀の姿なんて見えないけど……」
 京極夏彦かチェスタトンか知らないが、私の目には亀らしき姿は見当たらない。と、相棒は何を思ったか、突然助走を付けると――池の中央の岩に向かってジャンプした。
 危ない、と思う間もなく、相棒は華麗に岩に着地――したところで苔に足を滑らせ、膝をついて岩にしがみついた。何をやっているのだ、全く。相棒は岩の上で苦笑して、それから岩の上に正座するような格好で、コンコンと手の甲で岩を叩き始める。
「もしもーし、亀さーん、生きてらっしゃいますかしらー?」
 蓮子がそう呼びかけると、僅かに岩が動いた。いや、岩ではない。あれは――大きな亀の甲羅なのだ。なるほど、見えているのに見えていないとはそういうことか。
 亀の甲羅は蓮子を乗せたまま、おそろしくゆったりした動きで、池の岸に向かって移動する。ほどほどに近付いたところで蓮子が池の岸に飛び移ると、亀は浅瀬からぷかりと顔を出した。長く白い髭が濡れて、ゆらゆらと水面に浮いている。
「なんじゃ、どこのどちらさんかね」
 おお、喋った。普段、人間姿の妖怪とばかり接しているので、見た目も完全に亀である存在が人語を話すのは新鮮である。命蓮寺の雲山さんは私たちに解る言葉では喋らないし。
「これはこれは、お初にお目にかかります。私たちは里の人間、私が宇佐見蓮子、こっちが相棒のメリー。霊夢ちゃんのお友達ですわ。貴方は幼い頃の霊夢ちゃんの面倒を見ていたという空飛ぶ亀さんですか?」
「面倒? 面倒というか、面倒をかけられたというか……そうか、御主人様のお友達かね。儂は玄爺。確かに、御主人様にとっ捕まって、その足代わりをしておったことがある。今はもう隠居の身じゃがの」
 のんびりした口調で、目を細めながら玄爺さん(玄、が本来の名前なのだろうか?)は語る。どうやら、霊夢さんの育ての親というのは魔理沙さんの冗談らしい。いくら天衣無縫の霊夢さんといえど、育ての親に自分を「御主人様」と呼ばせはすまい。
「隠居されたのは、霊夢ちゃんが自力で空を飛べるようになったからですか?」
「そうじゃよ。今はもう御主人様は儂の存在自体忘れとるんじゃなかろうかね」
 どっこいせ、と玄爺さんは池の岸に上がり、私たちを見上げた。
「で、里の人間が儂に何の用じゃ?」
「ええ、雇用契約のご提案ですの」
「雇用ぅ?」
「私たちは里で《秘封探偵事務所》というのを営んでおりまして、霊夢ちゃんの異変解決の手伝いをすることもありますの。その仕事上、里の外に出て幻想郷のあちこちに足を伸ばす機会が多いんですが、私もメリーも空を飛べない人間。飛べる友人の好意に甘えるのもそろそろ限界ということで、かつて霊夢ちゃんを乗せて飛んでいたという貴方に、今度は私たちの足代わりになっていただけないかと思いまして。もちろん、タダでとは申しませんわ。可能な限りそちらのご希望に添った条件での、当事務所との雇用契約を結ばせていただきたいと存じます」
 いけしゃあしゃあと蓮子は言う。異変解決の手伝いって、邪魔の間違いだろう。
「……つまり、そちらさんが私の新しい御主人様になりたいと?」
「ええ、解りやすく申し上げれば。とりあえずこちらからは、三食昼寝つき、新しい綺麗な池をご用意しておりますわ。他にも希望があればお申し付けいただければ」
「…………」
 玄爺さんは睨むように私たちを見つめる。怪しんでいるらしい。そりゃそうだ、突然やって来てこんなことを言い出す里の人間、怪しまない方がおかしい。
「……誤解のないように言うておくがの、儂に出来るのは、空を飛ぶことぐらいじゃぞ。そちらさんが妖怪に襲われても、戦うほどの力はない。それでもいいのかね?」
「ええ、問題ありませんわ。こう見えても幻想郷では顔が広いですからそうそう野良妖怪にも襲われませんし、霊夢ちゃんの手伝いをするときは安全な後ろからついていくだけです」
「あんたたち二人を一緒に乗せるのかね」
「定員オーバーですかしら?」
「まあ、おなご二人ぐらいなら問題ないがの。ここを出て儂にどこに住めと?」
「人間の里の中心部、寺子屋の庭の池を提供いたしますわ。この池よりはちょっと狭いかもしれませんが、定期的に掃除も入って苔むすこともありませんし、食事も必要なだけ用意いたしますわ」
「……飯はそんなにいらんがの。寺子屋、と言うたか?」
「はい。里で上白沢慧音さんがやっている寺子屋です。今の経営者は稗田家ですが。私たちはそこの教師も担当しています」
「寺子屋ということは、子供が大勢おるんじゃな」
「そうですねえ。あと、池では何匹か鯉を飼っていますので、鯉と同居になりますが」
「儂のような空飛ぶ亀が里の中に住んでええものかね」
「それはまあ、問題ないかと。寺子屋の慧音先生も半人半妖ですから」
「ほう。……ああ、言うておくが儂は妖怪亀じゃあないぞ。仙亀じゃ」
 せんかめ、って、仙人の亀バージョンのことか?
「それはそれは。そのようなご立派な亀様とはいざ知らず、失礼をいたしました。鶴は千年、亀は万年と申します。そのありがたい知恵とお力で、寺子屋と私たちを守護していただけませんでしょうか」
「ただ長生きしただけの亀じゃがの。……まあ、ええじゃろう。儂もここしばらく退屈しておったところじゃ。たまには住処を変えてみるのも悪くない」
「ははあ、ありがとうございます! どうぞよろしくお願いいたしますわ」
 蓮子がそう言って頭を下げると、その顔を見上げた玄爺さんは「ふむ」と唸った。
「そちらさん、名は何と言うたか」
「宇佐見蓮子ですわ」
「そちらの金色のは」
「……マエリベリー・ハーンです。呼びにくければ、メリーで構いません」
「ふむ。……妙な人間じゃの。初めて会う気がせんわい」
 そう言って首を傾げる玄爺さんに、私たちは顔を見合わせた。




―2―

「というわけで、寺子屋の池で亀を飼いたいんですが」
「神社に返してきなさい」
「そんなー」
 ペットを拾ってきた子供と親のような会話の行われたるは、寺子屋の庭である。玄爺さんを見下ろして、慧音さんは難しい顔で腕を組んだ。
「一応、元の飼い主の霊夢ちゃんの許可はいただいてますけど」
「そういう問題ではなくてな」
 ――遡ること一時間ほど前。神社の池から玄爺さんを連れだそうとしたところ、霊夢さんに見つかった。『何よ、その亀?』と眉を寄せた霊夢さんに、玄爺さんが『お忘れですかね、御主人様』と呼びかけると、霊夢さんは少し首を捻り、それから『ああ』と手を叩いた。
『なんだ、まだ生きてたの?』
『……変わっておられませんの』
 ナチュラルボーン失礼な霊夢さんに、玄爺さんはため息をつく。
『で、蓮子。あんたその亀をどうする気?』
『うちで飼おうかと思って。ほら、背中に乗って飛べるから便利でしょ?』
『里の中で飼う気? まあ、そいつなら人間に迷惑はかけないだろうけど……っていうかあんたたち、また何か悪巧みしてるんじゃないでしょうね』
『いえいえ滅相もない。守矢神社とか紅魔館に遊びに行くとき、徒歩より安全で便利な移動手段を確保したいだけですわ。早苗ちゃんにしがみつくのもいい加減迷惑だし』
『あんたたちがどこほっつき歩いても別にいいんだけど、また異変解決の邪魔するんじゃないでしょうね』
『お手伝いと言ってほしいですわ。命蓮寺の件のときとか役に立ったでしょ?』
『あんたは話をややこしくしただけでしょうが!』
『そんなー。霊夢ちゃんには導き出せない平和的解決を提示しただけなのに』
『それが私には邪魔だって言ってんの』
『まあまあ、そう言わず。話し合いは大事よ。相手の事情を汲んで妥協点を見出すのも立派な異変解決だと思わない?』
『私が異変の主犯を倒すのが異変解決だっての』
 ――そんな押し問答が続いたあと、相棒はなんやかんやで霊夢さんから玄爺さんを譲り受ける許可を取り付け、里までその甲羅に乗って飛んで帰ってきたのである。
 玄爺さんの飛行はのんびりしたもので乗り心地は悪くなかったが、甲羅が苔むして滑るのには難儀した。次に乗るときは綺麗に洗って敷布でも敷きたいところである。
 で、寺子屋まで戻ってきたところで慧音さんと出くわし、冒頭のやりとりに戻る。
「そんな大きな亀を突然連れてきて、飼いたいと言われてもな。誰が世話をするんだ」
「基本、面倒は私たちが見ますよ。休みの日も事務所にいますから。餌代も自腹で賄います」
「庭の池では既に鯉を飼ってるんだぞ」
 ちなみに寺子屋の庭の池は、寺子屋の経営権が稗田家に移ったときに稗田家の庭師が作ったものである。鯉も稗田家からのもらい物だ。殺風景だった寺子屋の庭が華やかになったし、生き物を飼うのは情操教育に良いとかなんとか。
「別に鯉を取って食ったりはしませんわ。それにこの大きさですから、子供たちの遊び相手にもなりますし。大人しい亀ですから安全ですよ」
 蓮子がしゃがんで甲羅を叩くと、玄爺さんはぺこりと頭を下げた。慧音さんは大きく息を吐いて、自らもしゃがみ込んで玄爺さんを覗きこむ。
「……で、蓮子。今度は何を企んでるんだ? 何の理由もなく突然神社の亀を引き取ってきたわけじゃないだろう」
「企んでるだなんて。ただ亀を飼いたくなっただけで」
「ただの亀じゃないだろう。そのぐらいは私も気配でわかる」
 普通の亀として押し通そうとした相棒の考えはバレバレだった、蓮子は肩を竦める。
「……玄爺と申しますじゃ。なに、空を飛べるだけの仙亀ですわい」
 玄爺さんがそう自己紹介すると、慧音さんは虚を突かれたように目を見開き、「これはこれは……うちの二人がご迷惑を。この子たちの保護者の上白沢慧音です」と大真面目に挨拶する。
「寺子屋の先生さんじゃと聞きます。ご迷惑はおかけしませんゆえ、ここに置かせていただけませんかね。幼子の遊び相手ぐらいならいたしますじゃ」
「はあ。しかし、いいのですか? 蓮子たちに無理に連れ出されたのでは」
「いや、儂も昔は博麗の巫女を乗せて飛んだものですがの、今は隠居の身。新たな主に必要とされるなら、それにしくはなし」
「……まあ、当人が納得されてるのでしたら、私がどうこう言うことではありませんが」
 こほんとひとつ咳払いして、慧音さんは私たちに向き直る。
「いい加減、君たちの放浪癖に効果のない説教をするのも疲れてきたところだ。君たちの方から、無茶をしないようなお目付役を連れて来たと考えることにしよう」
「さすが慧音さん、話がわかる御方」
「だからといって、君たちが無力な人間かつ寺子屋の教師の身でありながら、ふらふらと危険な里の外を出歩くことを手放しで認めたわけではないからな。安全の確認されていないような場所には近寄らないよう、この二人をしっかり監督していただけますか」
「ははあ、委細承知」
 あれ、いつの間にか玄爺さんが私たちの保護者みたいな扱いに……。それでいいのだろうかと疑問に思ったが、相棒は能天気に笑っていて、私はただため息をつくしかなかった。




―3―

「というわけで、この亀が我が《秘封探偵事務所》の新メンバー、玄爺よ」
 数日後。事務所に遊びに来た早苗さんに玄爺さんを紹介した。玄爺さんを見下ろして、早苗さんは不思議そうに首を傾げる。
「え、亀ですか?」
「ふふふ、ただの亀じゃないのよ。なんとこの玄爺は空を飛ぶ!」
「それウリゴメじゃないですか! 亀仙人のじっちゃんはどこですか!」
「……この娘さんは何を言ってるんですかの」
「わ、亀が喋った! やっぱりウリゴメですよこれ! ドラゴンボールの世界にお帰り」
「玄爺ですじゃ。はて、巫女のような格好じゃが、幻想郷に博麗以外の神社などあったかの」
「守矢神社の風祝、東風谷早苗です! 妖怪の山に住んでいます。玄爺さん、でいいんですかしら。やっぱり回転して飛ぶんですか? それとも足を引っ込めて火炎噴射的なやつで? 大怪獣空中決戦でレギオン襲来してイリス覚醒しちゃいますか?」
「おーい早苗ちゃーん、いつものことだけど解る言葉で話してくれない?」
「ええっ、平成ガメラ三部作を見ていない人がこの世に存在するんですか!?」
 カルチャーショックを受けた顔で、早苗さんは顔を覆ってしゃがみこむ。
「とにかく、これでもう早苗ちゃんの手を煩わせなくて済むわけよ。今後の妖怪退治のとき、あのUFO騒ぎのときみたいに、私たちがしがみついてたら邪魔でしょ?」
「はあ。まあ確かに、お二人を守ることに気を配らなくていいのは楽ですけど。この亀さんはちゃんとお二人を守ってくださるんですか?」
「過度な期待は禁物ですぞ」
「なんか心配ですねえ。というか本当に飛べるんですか?」
「じゃあ、これから守矢神社に行ってみる? 玄爺、大丈夫よね」
「構いませんがの。博麗以外の神社も見てみたいところですじゃ」
 玄爺さんの答えに、早苗さんは「むう」と口を尖らせる。
「ウチが幻想郷に来てから結構経つはずですけど、守矢神社のことご存じないんですか? ううん、やっぱりまだまだ知名度不足ですかねえ。というかこの亀さん、どこで拾ってきたんですか、所長」
「ん? 博麗神社の池からよ。というか昔霊夢ちゃんが乗ってた亀だし」
「へ? 霊夢さんって亀に乗って飛んでたんですか?」
「まだ飛べなかった頃だけですがの。昔の話ですわい」
「へー、意外ですねえ。霊夢さんならきっと小さい頃からふわふわ飛んでたとばかり。まあ、悟空だって舞空術を覚える前は筋斗雲に乗ってたわけですし……」
「早苗ちゃんはいつから飛べたの? 外の世界に居た頃から飛べたのよね?」
「守矢の秘術を教わってからですよ。まあ人前では飛ばないようにしてましたけど。うっかりテレビに出て大騒ぎになったりしないように祖母や神奈子様にきつく言われてましたから」
 記録に残らず隠蔽された科学世紀の非科学の力というわけだ。早苗さんが幻想郷にやってきて、その力は外の世界では文字通りの幻想になったのだろう。
「早苗ちゃんが外の世界で空飛ぶ人間として有名になってたら、二十一世紀の物理学はもっと全然違う方向に進んでたかもしれないわねえ。本物の超能力者って――」
 そう言いかけて、「あ」と相棒は不意に目を見開き、それから「あーっ」といきなり、ぐしゃぐしゃと髪をかき回した。
「なんてこと。幻想郷の暮らしに馴染みすぎて、すっかり忘れてたわ」
「え? 何を?」
「私たちがそもそも、この世界に来ることになったきっかけよ!」
「――あ、超能力者!」
 蓮子に言われ、私も思わず「完全に忘れてたわ」と手を叩いた。
 そう、私と蓮子が幻想郷に来ることになった、そもそものきっかけは――蓮子の大叔母、宇佐見菫子さんが超能力者だったという話の真偽を確かめようとしたことだったのである。春雪異変のとき、私は妖怪の賢者に導かれて外の世界でそれらしき子供と顔を合わせたが、それ以降は元の世界に戻ることをほぼ諦めたせいもあって、いつしか意識の片隅に追いやってしまっていた。菫子さんのことも、あの虫入りの琥珀の謎も――。
「早苗ちゃん、まさかとは思うけど――宇佐見菫子、って名前に、心当たりない?」
「え、宇佐見菫子、ですか? 蓮子さんのご親族か何かで?」
「私の大叔母さん。お祖父ちゃんの妹さんね。ちょうどこの、今の外の世界、二十一世紀はじめぐらいの頃に東京に暮らしてたはずで――お祖父ちゃんの私的な日記によると、超能力者だったらしいんだけど」
「えええええ、それってアレですか、やっぱりスプーン曲げですか?」
「いや、そんなレベルのものじゃなかったらしいけど……」
「はあ。……少なくとも私の記憶にはないですね。私は信州ですから、東京の知り合いはいませんでしたし……神奈子様や諏訪子様にも伺ってみます?」
「そうね、あーもう、早苗ちゃんと出会ってだいぶ経つのに、なんで今まで思い出さなかったのかしら。私たちが幻想郷に来たそもそもの原因だっていうのに――」
「幻想郷に骨を埋める覚悟が決まっちゃってたからじゃないの? 私も蓮子も」
「あらメリー、それって一緒のお墓に入りましょうっていうプロポーズ?」
「馬鹿言ってないの」
「だから人前で露骨にイチャイチャしないでくださいよ」
「してないから!」

 ――そんなわけで、玄爺さんに乗って早苗さんとともに守矢神社に向かい、神奈子さんと諏訪子さんに宇佐見菫子さんのことを尋ねてもみたが、二柱とも特に覚えはないとのことだった。蓮子の大叔母さんは、まだ幼かったのかもしれないが、少なくとも早苗さんがこちらに来るまでの間に、外の世界で名を残すようなことはなかったらしい。
 そうして、久々に思い出された宇佐見菫子さんの謎への糸は、ここでまたあえなく途切れる。今回の記録でも、これ以上の進展はないことを、予め付記しておこう。
 今回の記録の主眼は、この後に起きた《神霊異変》に関するものであるからして――。

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この小説へのコメント

  1. 玄爺さんも登場で賑やかになりましたね。もしや今回の異変で何か関わるのかな?
    玄爺さんの人里生活楽しみですね。

  2. ガメラ三部作はオススメだぞ~。(そこではない)
    菫子の事はまだ、出てこないがオカルトボールあたりはそのあたりに転がってそうだなぁ。

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