東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第11章 神霊廟編   神霊廟編 6話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第11章 神霊廟編

公開日:2018年12月08日 / 最終更新日:2018年12月08日

―16―

 ところで、異変解決組が動き出していた頃、大祀廟で私たちがどうしていたかというと――。
「暇ねえ」
「それよりお腹空いたわ」
 思いっきり暇と空腹を持て余していた。
 何しろこの大祀廟はつまるところ霊廟、要は墓所である。前方後円墳とかピラミッドみたいなものであるわけで、その内部に暇潰しの娯楽などあろうはずもない。おまけに「何か食べるものは……」と屠自古さんに訊いてみたところ「……すまん、私は食事の必要がないから食糧の備蓄がない」との答え。がーんだな、という感じである。
 太子様の復活に立ち会いに来たと言った手前、一度帰してくれと頼むわけにもいかず、大祀廟内の一室で私たちは無為な時間を過ごしていた。まあ、いつも事務所で閑古鳥の世話をしているのと大差ないと言えばその通りだけども。
「やっぱり探検してみましょうか」
「さっき怒られたばっかりじゃない」
 少し前、蓮子が「暇だし大祀廟の中探検しましょ」と言って部屋の外に出ようとして、屠自古さんに見咎められて怒られたばかりである。神聖な場所だからなるべく荒らされたくないということなのだろう。言うなれば私たちはピラミッドの盗掘者であるからして、部屋に軟禁しておくのは至極当然の処置であると言わざるを得ない。
「うーん、せめて屠自古さんか布都ちゃんが話し相手になってくれれば無聊も紛れるのに。推理を組み立てようにも情報が得られないんじゃね」
 蓮子が帽子の庇を弄りながら唸る。明らかに布都さんは私たちの部屋から遠ざけられていた。見るからに粗忽そうな布都さんをこの相棒とまともに対面させたら、布都さんが調子に乗せられてあることないこと吹聴しそうで面倒だ、と屠自古さんは判断したのかもしれない。おそらくその判断は圧倒的に正しいと思う。
「あら、それじゃあ私が話し相手になりましょうか?」
「おわっ!?」
 と、突然床からにゅっと顔を出したのは青娥さんである。また床にワームホール的な穴を開けて入ってきたらしい。心臓に悪いからやめてほしい。
 青娥さんがその穴から抜け出すと、自動的に穴は閉じてただの床に戻る。青娥さんが出てきた床の跡を、蓮子は興味深げにしげしげと眺め、触って穴がないことを確かめていた。
「これも仙人の術なんですか?」
「私は壁抜けの仙人。大抵の壁ならこれで穴を開けて通り抜けられるのよ」
 髷に刺した簪を抜いて、青娥さんは悪い笑みを浮かべる。蓮子は興味津々という顔。
「穴を開けられるのは壁限定なんですか? 厚さや方向の制限とかは?」
「空間と空間を隔てる、質量のある物体なら大抵は抜けられるわよ。地面のような厚みのある壁なら、ある程度自由に方向も弄れるわ。さすがに建物の壁程度だと、表から裏に抜けることしかできないけれどね」
「ははあ。量子トンネル効果を自在に起こせる能力なのかしら」
「ワームホールじゃないの?」
 私たちがそんなことを言い合っていると、青娥さんは「どう、道教に興味が湧いた?」と微笑んで首を傾げる。なんだ、つまり勧誘のデモンストレーションだったのか。
「ええ、どちらかといえば科学世紀の学究の徒としての学術的興味ですが」
「そういえば貴方たち、外の世界の語彙で話しているわね。外来人?」
「元外来人と言うべきですかね。幻想郷に来て随分経ちますから。青娥さんは、大陸の方ですかしら?」
「ええ、あの当時の国の名前は何と言ったかしら。もう随分前だから忘れてしまったわ」
「太子様の道教の師なのですよね。どうして日本に?」
「あら、今度は私自身の話? どっちかといえば道教に興味を持ってほしいのだけれど――まあいいわ、聞きたいのなら聞かせてあげましょう。でもその前に」
 と、青娥さんはどこかから風呂敷包みを取りだした。中身はなんと二人分の弁当である。
「おお、ご飯!」
「貴方たちがお腹を空かせているだろうと思って持ってきましたわ。お茶もあるわよ」
 水筒を振る青娥さん。食事で籠絡されるのは癪だが、ありがたいのは事実である。遠慮なくいただくことにしよう――と箸を取ったところで、私は考え込む。
「……食べただけで人間止めざるを得なくなるようなもの、入ってませんよね……?」
 私が恐る恐る問うと、青娥さんは目を見開き、吹き出すように笑った。
「そんな、一口食べるだけで仙人になれるような便利な食べ物はありませんわ。だいいち、私が作ったものじゃありませんし」
「あら、むぐむぐ、じゃあ里で買ってきてくださったんです? なんか食べたことのあるような味だし……」
 蓮子はもう食べ始めていた。意地汚い。
「いえ、ちょっと人間の里から拝借してきましたわ」
「……拝借?」
「ええ、そのへんに置いてあったので」
 ――いや、それは弁当泥棒である。つまりこれは見知らぬ誰かの弁当ではないか。
「……もう食べちゃったじゃない」蓮子が弁当を見下ろしてがくっとうなだれる。
「あら、どうしました? 食べませんの?」
 青娥さんは私を見やって首を傾げた。全く邪気のない笑み。おそらくこの人、弁当泥棒に何の罪悪感も持っていない。壁抜けの能力はどう考えても泥棒し放題の能力で、理性で悪事に使わないと決めているような人なら、こう無邪気に弁当泥棒はするまい。
 そもそもそんな能力を持っていたら、どこに何を隠しても彼女にとっては手の届くところに無造作に置いてあるのと同じことであるから、それが泥棒だという認識も、泥棒が悪いことだという認識すらないかもしれない。
「…………いえ、いただきます」
 ごめんなさい、弁当を盗まれた里の見知らぬ誰かさん。私たちに責任はありません。ちゃんと残さず食べるのでどうかお許しください。私たちもお腹が空いてるのです。
 見知らぬ誰かに謝罪の手を合わせ、私は箸を手に取った。弁当は確かに、どこかで食べたような気のする、ほっと心が落ち着く味だった。




―17―

 青娥さんの話によると、彼女はもともとは大陸に暮らす普通の人間だったのだという。
 それがある日、父親が仙術にハマり、彼女を置いて山に籠もってしまった。父の残した本を読んで自分も仙人に憧れた彼女は、いつか仙人になって父に会いに行くと決めた。その後、成長して名家に嫁いだ青娥さんは、退屈な生活に倦んで密かに仙術の修行を続け、ある日自分の死を偽装して家を出、憧れの道士生活を始めたのだそうな。
 そうして不老不死の仙人となった彼女は、やがて大陸での生活にも飽きて新天地を目指し、東の国に渡った。そこで彼女は《太子様》に出会ったのだという。
「一目見たときから、この方は天下を治める徳を持つ御方だと確信しましたわ。このような御方に道教の力を授ければ、必ずや歴史に名を残す偉大な指導者となられるでしょう。そして私はその偉大な指導者の師として世に君臨することになる――と思ったのですけどねえ」
 頬に手を当てて、青娥さんは小首を傾げた。
「つまり、太子様と組んで日本を支配しようとしたわけですか」
「ええ、有り体に言えばそういうことですわ。仏教のせいで上手くいきませんでしたけど」
「太子様に、尸解仙となって復活することを勧めたのも」
「ええ、私の発案です」
「それで太子様と布都さん、屠自古さんは尸解仙となるべく眠りについたわけですね。青娥さんはもう仙人になっていたので、眠る必要はなかった……」
「その通りですわ」
「じゃあ、太子様たちが眠りについてからの千四百年は何をなさっていたんです?」
「それはまあ、色々と」
「日本では道教はその後、陰陽道に姿を変えて定着したと理解してますが……」
「そのあたりはまあ、ご想像にお任せしますわ」
 青娥さんは笑って誤魔化す。まさか役小角や安倍晴明とも関係があったりしたのだろうか。
 まあ、今は太子様の話だ。蓮子は話を戻す。
「では、尸解仙となる方法についてお伺いしたいのですけれど」
「それは色々ありますわよ。私があの方にお教えしたのは、肉体を新たな依り代と交換する術ですわ」
「新たな依り代と交換、ですか」
「ええ。何かしら肉体の代わりとなる物体を用意しておき、復活のときが来るとその依り代が新たな肉体となり、肉体は依り代の物体に変化するという術です。新たな依り代に長い時間を経ても朽ちない物体を選ぶことで、耐用年数の短い人間の肉体を完全に捨て、新しい不老不死の肉体を手に入れるという方法ですわ」
「ははあ。千四百年前に太子様と布都さん、屠自古さんの三人はその方法で尸解仙になろうとしたわけですよね。ではなぜ、屠自古さんは復活に失敗してしまったのですか?」
「ああ――それは布都のせいですの」
 青娥さんは少し困ったように眉尻を下げる。
「布都は蘇我氏に滅ぼされた物部の民。自分がそうなるように裏で手を引いたくせに、蘇我に対する怨みの感情があったのか……あるいは、単に太子様の正妻である屠自古に嫉妬したのかもしれませんが。動機はともかく、布都は屠自古の依り代をすり替えたのです」
「すり替えた?」
「ええ。布都は皿、屠自古は壺を依り代に選んだのですけれど、布都は屠自古の壺を焼かれていないものにすり替えてしまったのです。それで屠自古の壺は朽ちてしまい、彼女は肉体を失って亡霊になったのですわ」
 ――それはつまり、自分を陥れた布都さんへの怨みで亡霊になったのではないだろうか。
 しかし、それにしては屠自古さんの布都さんへの態度は、怨んでいるという感じではなかったように思う。むしろ、手の掛かる家族を見ている母親のように見えたが。
 私がその疑問を口にすると、青娥さんは首を傾げ、
「まあ、千四百年も経てば怨みも薄れるでしょう。布都が復活しなければ復讐もできませんから、復活を待っているうちに怨みが愛着に転じたのでしょうね」
 そう答えた。確かに、そう言われればそうかもしれない。しかし千四百年、この大祀廟でたったひとりで太子様と布都さんの復活を待っていたとは、気が長いというか、常人なら気が狂いそうになると思うが……。青娥さんが話し相手にでもなっていたのだろうか。しかし、そのわりには……。
「むしろ屠自古さんは貴方のことを嫌ってませんか?」
 私が疑問に思いつつ口にしなかったことを、ずけずけと蓮子が問う。青娥さんは苦笑した。
「それはまあ、元を質せば彼女が亡霊になったのも、あの方が千四百年も眠り続けることになったのも、私のせいですからね。この大祀廟を幻想郷に移してあげたのも私ですのに」
「この大祀廟はいつから幻想郷に?」
「さあ、何年前でしたかしら。仙人になると時間の感覚が曖昧で。この世界でも人心が乱れる機を待っていたのですけれど、思ったより平和だった上に、あんなお寺が出来てしまって――ねえ、宇佐見蓮子さん。あのお寺の僧侶が魔界から出てきたのは、いえ、その前にあのお寺になった船が地底から出てきたのは、いったい誰のせいなのですかしらね?」
 にこにこと邪気のない笑みを浮かべて、青娥さんは何の含みもなさそうな口ぶりでさらっとそんなことを言う。――私たちは思わず表情を強ばらせて顔を見合わせた。
「……あの、青娥さん、ひょっとして私たちが何をしたかご存じで?」
「あら、私は何も知りませんわよ。あなた方が地底からあの船を脱出させたことも、あなた方があの船の面々に協力して魔界から僧侶を復活させたことも、なーんにも知りませんわ」
 まずい。これは大変にまずい。屠自古さんにバレたら一大事である。おそらく屠自古さんはオーラを電気に変える念能力者。こんなところで感電死して亡霊にはなりたくない。
「あの、その件はどうか、くれぐれも屠自古さんにはご内密に……」
「さあて、どうしましょうかしらねえ」
「何卒ご容赦をー」
 蓮子がその場に平伏し、私も慌てて頭を下げた。
 青娥さんはそんな私たちに愉しげな笑みを浮かべ、
「じゃあ、あなた方も仙人になってみない?」
 結局、話はそこに行き着くらしい。つまり長々と自身の過去話をしたのも、話をここに持っていくための迂遠な勧誘活動だったわけか。怖い人である。
「えー、あー、いや、それはえーと」
「別に、仙人になるのはそんなに恐れることではないわよ。ちょっと人間の理から外れて長生きできるだけ。人生八十年なんてあっという間よ? 若く衰えを知らない肉体で、思うままに好奇心を満たす生活を送ってみない?」
「ううん、それは大変魅力的ではあるのですが……」
「損はさせないわよ。ちょっと死神に狙われやすくなるけど、対抗する術を身につければいいだけの話だし」
 またそんな怖いことをさらっと言わないでほしい。
「特に宇佐見蓮子さん、貴方はなかなか見所がありそうだわ。私が手取り足取り、道術を一から教えてさしあげますわよ。怖くはないわ。むしろとても気持ちいいことよ――」
「えっ、ちょっ、ちょま――」
 ずいっと蓮子の方に身を乗り出して、青娥さんは艶めかしい仕草で蓮子の首元に手を伸ばし、その細い指が蓮子の頬から顎を撫でて、くいっと顎を持ち上げる。頬ずりでもするかのように蓮子の顔に自らの顔を寄せ、淫靡な吐息を耳元に吹きかけ――って、何をしているのだ。
「おいこら邪仙! この大祀廟でふしだらな真似をするんじゃねえ殺すぞ!」
 そこへ、扉をぶち破るようにして飛びこんで来たのは屠自古さんである。
「あら屠自古、私はただ彼女たちを道教に勧誘していただけよ」
「閨へ誘惑の間違いだろう、この淫婦め。見境なしにそうやって――」
「道教は自然と一体となることを目指すもの。野の動物は皆自然の行為としてまぐわうもの、それを秘して罪悪のように扱うのは人間だけよ。尸解仙になろうとした者が自然の営みを否定するとはおかしな話だわ。正妻の貴方が私に嫉妬する気持ちは解るけれど――」
「誰が貴様に嫉妬してるって!? 死なす! 今日こそ死なすぞ邪仙!」
「あらあら、怖い怖い。雷に打たれる前に退散するとしますかしら」
「こら、待て――」
 にゅるん、と壁に穴を開け、青娥さんは壁の向こうに消える。屠自古さんが追いかけようとしたところで穴は閉じ、彼女は身体を帯電させたまましばし歯ぎしりして唸った。
 ……つまり、屠自古さんが青娥さんを嫌っているのは、青娥さんが夫である太子様と関係を持っているからか。聖徳太子は四人だか妻がいたはずだが、その中で自分だけが未来へのお供を許されたと思ったら、妻以外で夫と関係を持っていた愛人もくっついてきた――となれば、屠自古さんが青娥さんを嫌うのも仕方ないのかもしれない。
「……あの邪仙に何かされなかったか」
 ひとつ深呼吸して、屠自古さんは憮然とした顔でこちらを振り返る。
「いえ、勧誘されただけですわ」
 蓮子が答えると、屠自古さんは大きくため息をついて腕を組んだ。
「あいつはああやって、太子様にも取り入ったのだ。もちろん、太子様はあの邪仙に骨抜きにされるような御方ではないが……常人があの邪仙に取り入られたら、骨の髄までしゃぶりつくされるだけだぞ。気を付けろ」
「はあ」
 やはり屠自古さんは、どちらかといえば青娥さんへの怨みで亡霊になったのでは。
 ――そういえば、キョンシーの芳香さんについて話を聞きそびれた。まあ、それはまたいずれ、この相棒が「気になる」と言い出せば話を聞く機会があるだろう。
 そんなことを思っていると、「ああそうだ」とまた壁からにゅっと青娥さんが顔を出す。
「今度は何だ!」
「芳香に守らせていた入口がまた開いた気配があるので、ちょっと様子を見に行ってきますわ。おそらくまた寺の手引きによる侵入者でしょうけど。あの子はやられちゃったかしら?」
「またか。何て役に立たない死体だ」
「あら、貴方がそれを言うの?」
「うるさい。とにかく追い返してこい!」
「まあまあ、そうカリカリしない。あの方の復活のときを怒った顔で迎える気?」
「――何でもいいから早く行け。あと、あのキョンシーはもう連れて来るんじゃないぞ」
「嫌われたものですわねえ。ではごきげんよう」
 青娥さんはまた壁の向こうに姿を消す。侵入者って、それはおそらく――。
「……霊夢ちゃんたちが来たみたいね」
「早苗さんがまた話をややこしくしないといいけど……」
 私たちは小声でそんなことを言い合う。
「そこ、何をこそこそ話してる?」屠自古さんが私たちを睨んだ。
「いえ、なんでもございませんわ。それより屠自古さん、布都さんはどちらに?」
「布都は霊廟の扉の前で太子様の復活を待っている。いよいよ復活が近そうだ。私たちもそろそろ行くぞ」
「あら、立ち会わせていただけるので?」
「私の目の届くところにいてもらわないと心配なんだよ。早く来い」
 屠自古さんはそう言ってふよふよと部屋の外へ出て行く。私たちも慌ててその後を追った。




―18―

「おお、屠自古! いよいよ太子様の目覚めの時ぞ!」
 大祀廟中心部の霊廟。その扉の前に座り込んでいた布都さんが、私たちに気付いてぱっと顔を上げた。「あー解った解った」と屠自古さんはうるさそうに手を払う。
「なんじゃその態度は! 太子様の復活をそんな投げやりな態度で迎える気か?」
「お前がうるさいんだ、少しは落ち着け」
「これが落ち着いていられようか! いよいよ我らが宿願のときぞ! にっくき仏教を打倒し、太子様による永劫の治世を実現するときは今ぞ! さあそこの二人も心して待たれい! 太子様のご尊顔を第一に拝謁するというその栄誉は末代までの誇りとなろうぞ!」
「だから少し黙れ」
「おおおおおしびびびびびびびややややめめめめめ――」
 屠自古さんに手を掴まれて感電する布都さん。ギャグ漫画か。
「さて、二十一世紀に聖徳太子ご本人とご対面する初めての人類になるみたいよ、私たち」
「冗談みたいな話ね。――ねえ蓮子、どんな顔してると思う?」
「なんだかんだであの肖像画通りの顔じゃない? 幻想郷は通俗的なイメージが実体化する世界なところがあるし」
「私は仙人になってるんだから若返ってると思うわ。きっと屠自古さんと並んでも違和感ないような若いイケメンよ」
「イケメンもいろいろあるじゃない。メリー、どういうタイプ想像してるの?」
「そうねえ。『テニスの王子様』でいったら手塚部長みたいなタイプ」
「かっこいいけど為政者って感じじゃなくない? カリスマ性でいったら跡部様じゃないの」
「それこそ為政者って感じじゃないでしょ。『俺様の道教に酔いな』って言う聖徳太子は嫌よ」
「じゃあ『幽遊白書』の黄泉」
「ああ、為政者だし貫禄と微妙に小物な感じを兼ね備えてるし、それっぽいわ」
 何の話か解らない人は守矢神社で漫画を貸してもらうといい。
 ともかく、私たちがそんな馬鹿話を小声で言い合っているところに――。
「ごめんなさい、やられちゃったわ」
 にゅっとまた壁から顔を出したのは、青娥さんである。屠自古さんが振り向き怒鳴る。
「おい青娥、どういうことだ!」
「どうもこうもありませんわ。手練れが四人もいっぺんに来たんですもの。私と芳香だけじゃ限度がありましてよ」
「四人?」
「二人は巫女で一人は魔法使い、もう一人は半分死んでましたわ。とにかくここへの扉が破られたので、もうすぐこっちに来ますわよ」
「おお、なんじゃ、また太子様の復活を祝おうという者が集ってきおったのか?」
 布都さんが危機感のなさそうな顔で言う。
「四人がかりとは、寺の連中も本気だな。仕方ない、布都、行くぞ」
「おお、そうじゃな。我らがまず出迎えなくては! お主らはここで待っておるがよいぞ!」
 いまいち危機意識の噛み合ってない様子で屠自古さんと布都さんは大祀廟から飛び出していく。霊廟前に残された私たちは、ぽかんと顔を見合わせた。
「ねえ蓮子、四人って言ってたわよね?」
「半分死んでたって言ってるから、四人目は妖夢ちゃんよね。霊夢ちゃんたちはともかく、なんで妖夢ちゃんが来るのかしら」
「霊絡みだからじゃない? 地震騒動のときも妖夢さんは動いてたし」
「そういえば花の異変のときも解決に動いたって話聞いたわね」
 四人が白蓮さんから私たちの救出を依頼されているとは露知らず、私たちは能天気にそんなことを話していた。
「ま、それはともかく。メリー、これはチャンスよ」
 と、蓮子が不意に眼を光らせる。
「え? ちょっと蓮子、まさか」
「そう、屠自古さんの目が消えたし、今こそ霊廟の中で聖徳太子に謁見する絶好の機会」
「やめなさいよ。復活して最初に会うのが私たちになったらどうするの。雛鳥の刷り込みみたいに私たちが部下だと勘違いされたら大変よ」
「聖徳太子を雛鳥扱いとかメリーも大概失礼じゃない?」
「いや、そういう問題じゃなくて」
「この霊廟の中がどうなってるのか、確かめてみなきゃ秘封倶楽部の名が廃るわ! 私たちが世界を面白くする原動力は何より未知のものへの好奇心。さあメリー、聖徳太子のご尊顔を拝みに突撃よ!」
「ちょ、ちょっと蓮子――」
 私が止める間もなく、蓮子は霊廟の扉に手を掛けて、
 ――参ったことに、蓮子が扉を引っぱると、あっさり霊廟の入口は開いてしまった。
 中は薄暗く、ここからではよく見えない。蓮子が「お邪魔します」と能天気に声をかけて、平然と中に足を踏み入れる。なんと畏れを知らぬ所業。私はどうすべきかしばし逡巡し、しかしこの場に取り残されても困るので、結局その後を追って霊廟内に足を踏み入れた。
 中は闇。立ち止まった蓮子の気配を探り当て、その手を握ると、背後で扉が閉まる音がした。ばたん。私たちが慌てて振り返った瞬間――どこからともなく、光が私たちを照らす。
 それは、頭上から降りしきるような星の輝きだった。
「うわあ――」
 私たちは手を繋いだまま、それを見上げて歓声をあげる。輝いているのは、どうやらここに集まった神霊たちらしい。大祀廟の外もこんな感じだったが、それ以上の数の神霊が、文字通り星降るように私たちの頭上に輝いている。
「まるで星空みたい」
「時間と場所は解らないけどね」
 私たちがそうして、美しい神霊の星空にしばし見とれていると――。

「星を見上げる者は、未来に思いを馳せる者。天は未来。大地は過去。人間とはその狭間でどちらを見るかを常に選び続ける者のこと」

 私たちの頭上から、そんな声が降りそそいだ。
「空を見上げる君たちは、未来を見る人間のようだ。私には見える。君たちの全てが」
 その声とともに、ひとつの影がゆっくりと、私たちの前に舞い降りてくる。
 そこに現れたのは、高貴な、けれど不思議な出で立ちの、中性的な人物だった。
 薄茶色の髪をミミズクの耳めいた髪型にまとめ、その耳にはなぜか幻想郷には場違いなヘッドホンが当てられている。ヘッドホンには《和》の文字。紫を基調としたノースリーブの、屠自古さんや布都さんに比べたら随分と現代的な衣装を纏い、手には笏、腰には宝剣。
 私たちを見つめて微笑んだその顔は、想像していたのとはいささか方向性の違う感じのイケメンである。女性的な――いや、違う。胸元に控えめながら膨らみがある。ということは。
「――貴方が、太子様ですか?」
 蓮子が問うと、その女性――そう、女性は鷹揚に頷き、そして名乗った。
「我が名は豊聡耳神子。千四百年の永き眠りから、今、ようやく目覚めました」

感想をツイートする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

この小説へのコメント

  1. 布都の過去がいつもミステリーだった。一体何を思って今のバカ見たい性格になった?

  2. 青娥の勧誘力…これは男だったらイチコロですね。
    太子様の復活は二人に何をもたらすのか?楽しみです。

  3. ジュッ(太子様が出て消滅)。

    ・・・というか、蓮子の行動力すげぇな

一覧へ戻る