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こちら秘封探偵事務所第13章 輝針城編   輝針城編 8話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第13章 輝針城編

公開日:2019年10月26日 / 最終更新日:2019年10月26日

輝針城編 8話
―22―

 輝針城での異変解決から、一週間が過ぎた。
 幸いにも私たちと妹紅さんの異変解決は慧音さんに見つからずに済み(慧音さんが満月の夜の仕事のために竹林に向かっていたためで、妹紅さんは輝夜さんと喧嘩していたことにしたらしい)、慧音さんには後日霊夢さんの方から「今の事態は放っておけば落ち着く」と伝えられた。慧音さんは少しほっとしたようで、「慧音さんの負担を軽減する」という妹紅さんの目的は無事達せられたことになる。
 捕まった針妙丸さんは、ばらまかれた小槌の魔力の回収が終わるまで博麗神社で霊夢さんの監視を受けることになっていた。ついでに魔理沙さんの八卦炉と咲夜さんの妖剣も落ち着くまではお札で封じられて博麗神社に置かれることになり、八卦炉を料理や暖房に使っていた魔理沙さんはしばらく不便な生活を強いられることになったとか。
 で、私たちはというと。
「ううー、怖いわー人間怖いわー」
「よしよし、影狼ちゃん、怖くない、怖くない」
 迷いの竹林、妹紅さん宅で、今泉影狼さんのカウンセリングをしているのである。
 影狼さんは小槌の魔力の影響で気が立って、竹林に侵入した魔理沙さんと咲夜さんに襲いかかって返り討ちに遭ったという。何しろ魔理沙さんと咲夜さんも八卦炉と妖剣の影響で凶暴化していたため、燃やされ切り刻まれそうになったのがトラウマになったらしい。
 既に魔力の影響が抜けたらしい影狼さんは、今はもう大人しくなり、トラウマにぷるぷる震えている。蓮子がよしよしとその頭を撫でているのであった。
「なんというか、災難だったな」妹紅さんが息を吐く。
「いやまあ、あの魔力で調子に乗った私も悪いんだけど……。なんか無性に暴れたくなって。でも、やっぱりそういうのは私には向いてないわー……ううー、私のキューティクルがー」
「しょうがないわよ、あのわかさぎ姫だって凶暴化したぐらいなんだもの」
 わかさぎ姫の方は、あやうく天ぷらにされかかったとかなんとか。
「まあ、野良妖怪の暴走は大人しくなってきたみたいだし。少名ちゃんの言ってた回収期とやらに入ったのかしら」
「結局、例の小槌の効果はあくまで一時的なものだったってことか」
「小槌自体が無尽蔵に魔力を生み出すってわけじゃないんでしょうね。貯め込んだ魔力を放出することで使用者の願いを叶え、一定期間が過ぎると放出した魔力を回収してまた貯め込む。魔力が回収されると、その魔力の影響で起きていた現象は消えていく。理屈は単純だわ」
 蓮子の言葉に、妹紅さんが少し釈然としない顔で首を捻った。
「だとすると、妙だな。奴らの目的は弱小妖怪に小槌の魔力で力を与えることで幻想郷の支配体制をひっくり返すことだったんだろう? 弱小妖怪の強化が一時的なもので終わるんじゃ、小槌の魔力が回収期に入ったら元の木阿弥じゃないか」
「そうでもないわよ。だって、幻想郷の妖怪の力って、結局は人間の畏れによるものでしょう。たとえば紅魔館のお嬢様は強大な吸血鬼だけど、それが湖の妖精あたりに負けたとなれば威厳やカリスマはだだ下がりだわ」
「ああ、なるほど。小槌の魔力が効いているうちに体制側の強者に一発食らわせて相手の地位を相対的に下げて、弱小妖怪側の発言力を得ようって寸法か」
「そゆこと。弱小国が強国に戦争を仕掛けるなら持久戦じゃ勝ち目ないから、一発派手に食らわせて相手の戦意を喪失させて有利な条件でさっさと和平を結ぶのが基本戦術。今回の少名ちゃんたちのレジスタンスの場合、たとえ小槌の魔力が切れて元の弱小妖怪に戻っても、小槌が手元にある限りはいつでもまた同様の叛乱を起こせるわけよ。これは脅威でしょう?」
「確かになあ」
 そう考えてみると、針妙丸さんと正邪さんの仕掛けたレジスタンスは決して無謀な叛乱ではなかったのだろう。霊夢さんたちが動くのがもう少し遅くて、凶暴化した弱小妖怪や付喪神たちが輝針城に集って一大勢力となったりしていたら、これはなかなかに幻想郷の危機であったのかもしれない。実際、九十九姉妹は輝針城を目指したわけだし。
「まあ、少名ちゃんの方は問題ないでしょうね。正邪ちゃんにそそのかされただけでしょうし。問題は逃げた正邪ちゃんの方だけど……」
「あいつは、見つけたらギタギタにしてやる」
 ぱんと拳を打ち鳴らして妹紅さんが顔を顰める。不意打ちで殴り倒されたのを未だ腹に据えかねているらしい。やれやれ、自業自得とはいえ正邪さんも大変だ。
「私や姫が暴れたのも、その天の邪鬼のせいなの?」
 影狼さんがそう小首を傾げる。
「まあ、そうね。主犯は彼女でしょ」
「むー、だったら私もそいつには一言文句言ってやらなきゃ。私は別に人間とか幻想郷の体制に刃向かう気なんてなかったのに、無理矢理力を与えてそそのかすなんて……。見つけたら噛みついてやる」
 ぐるる、とオオカミらしく唸る影狼さん。やっぱりまだ、小槌の魔力の影響が少し残っているのかもしれない。まあ、トラウマに怯えているよりはいいと言うべきか。
「でも人間は怖いわー」
「大丈夫だってば。そんなに通り魔みたいな人間は……まあ、多くはないから」
 パッと思い浮かぶ知人の顔は、妖怪にとっては通り魔みたいな存在ばかりである。私たちは顔を見合わせて苦笑するしかなかった。




―23―

 妹紅さん宅をおいとました後、私たちは博麗神社に足を伸ばした。お賽銭を入れてから縁側の方に向かうと、無人の縁側に小さな虫籠が放置されている。虫籠の上には小槌が縛られて固定されている。
「おーい、少名ちゃーん」
 蓮子がしゃがんで呼びかけると、虫籠の扉が開いて中から小さな(文字通りの意味で)少女が姿を現した。小人サイズに戻った針妙丸さんである。一寸法師とは言うものの、実際の身長は十五センチぐらいなので、五寸法師と言った方が正確かもしれない。
「なんだ、蓮子か。なーに?」
「やー、ちょっと様子を見に来ただけ。なんかまたお家の中が豪華になってない?」
「メイドさんにいろいろ作ってもらったんだよ」
 針妙丸さんは自慢げに笑って胸を張る。虫籠の中には小さなベッドや棚、鏡もあり、スリッパまで用意されている。ちょっとしたホテルの一室のようだ。内装だけなら博麗神社より立派かもしれない。
「ねえ、正邪は見つかった?」
「まだ見つかったって話は聞いてないわねえ。どこかに潜伏してるんじゃないかしら」
「正邪のやつ、まだひとりでレジスタンス続ける気なのかなあ……」
 ちょこんと縁側に腰掛け、足をぶらぶらさせながら針妙丸さんは心配そうに呟く。やはり彼女自身はもう、叛乱の意志はほとんどないようだが……。
「正邪さんを恨んでないの?」
 私の問いに、針妙丸さんは顔を上げて、ふるふると首を横に振った。
「嘘つかれてそそのかされたのは解ったけどさ、幻想郷の弱者を救おうとした正邪の行動そのものは責める気になれないよ。仮にそんな高邁な理想のためじゃなかったとしてもさ」
 ――正邪さんが針妙丸さんに語った《小人族迫害の歴史》が事実を下敷きにした嘘であることは、その後の稗田家や慧音さんへの調査で判明していた。実際のところ、一寸法師が迫害されたという事実は確認できなかった。稗田家に残っていた伝承によると、針妙丸さんより何代か前の一寸法師の子孫が己の欲のために小槌を使った結果、輝針城は出現して早々に逆さ城となり、そのままどこかへ消えていったのだという。
 要するに、城を欲しがった小人族の自業自得だったわけだ。世の中そんなものであろう。
「正邪自身はたぶん、自分が力を得て偉くなりたいがために小槌を利用しようとしたんだろうけど、そのために弱者のレジスタンスっていう立派なお題目を用意するだけじゃなくて、実際にそれを実現しようとしたところが、天の邪鬼たる所以なんだろうなあ」
 やらない善よりやる偽善、というのはちょっと違うか。
 世の中、高邁な理想を掲げて実際は自分の得しか考えてない人間はいくらでもいるが、自分の得のためだけに高邁な理想を本気で実現しようとするのは、なるほど確かに天の邪鬼な所業かもしれない。ある意味、本格ミステリ好みの逆説である。チェスタトンか泡坂妻夫か。
「だからさ、正邪はみんなが思ってるほど悪い奴じゃないんだって。こういうこと言うと正邪は怒るんだけどさ……」
「なーにを言ってんのよ。あの天の邪鬼がそんな立派なわけないでしょ」
 と、そこへ第三者の声が割り込む。縁側に姿を現したのは霊夢さんだ。
「あら霊夢ちゃん、こんにちは」
「あんたたち、今度は何企んでるの?」
「いやいや、別に何も企んでないってば」
 じろりと睨まれ、蓮子は肩を竦める。「まあいいけど」と嘆息して、霊夢さんは針妙丸さんの横に腰掛けると、その着物の帯を指でつまんで針妙丸さんをぶらんと持ち上げる。
「わー、なにすんだー」
 じたばた。
「あんたがお人好しなのはあんたの勝手だけどね、あんたと天の邪鬼がやったことは通常の異変の範疇を超えた立派なテロなんだからね。紫がマジギレしてもおかしくなかったのよ、天子のときみたいに」
「なんだよー、結局弱者の権利認める気なんかないんじゃないかー」
「権利とかなんとか言うけどね、弱い妖怪だってそれなりに巧く楽しくやってんのよ。あんたたちのやったことはそれをただ壊そうとしただけじゃない」
「それこそ強者の言い分じゃないか! 強者のシステムの中で巧く立ち回ってる弱者がいるからって、弱者が救済される必要がないって道理はないよ!」
「その救済とやらはあんたたちが小槌で無理矢理押しつけたものじゃないの」
「いや、私たちは声なき弱者に声をあげる力を与えただけで!」
「現状に不満持ってる奴だってそりゃいるんでしょうけど、そうでない奴にまで自分の思想を無理矢理押しつけて扇動するのは悪質なテロよ。主張がどんなに正しくたってね、今の安定してる生活を捨ててまでその正しさに従うかどうか決める権利は本人にしかないのよ。正しさのために今の生活壊した後のことは誰が面倒見てくれるのかって話」
 見世物になることで生活の糧を得ていたフリークスが、見世物は人権侵害だという良識的な主張によって仕事を奪われて路頭に迷った、みたいな話は昔から溢れている。そういう、強者の作ったシステムに従うことで生活を成り立たせている弱者が、そのシステムを壊そうとする側にとっては強者に賛同する敵と見なされるのは、全くままならない話である。
「おお、霊夢ちゃんがマトモなこと言ってる」
「あによ蓮子、私が普段はマトモじゃないっての?」
 だって問答無用妖怪絶対退治する巫女だし……とは言わないでおこう。
「ま、とにかくあんたはもうちょっと反省してなさい」
 ぱっと霊夢さんが手を放し、針妙丸さんはべしゃっと縁側に落ちて「うううー」と呻く。
「まあまあ。ところで少名ちゃん、ちょっと訊きたいんだけど」
「んー?」
「凶暴化した野良妖怪は大人しくなったみたいだけど、今回の異変で生まれた付喪神の方はどうなるの? 魔理沙ちゃんの八卦炉みたいに暴走しただけじゃなく、完全に妖怪化してしまった付喪神も、小槌の魔力が回収されたら」
「そりゃ、元の道具に戻るよ。小槌の魔力で強制的に付喪神になったんだもん」
 針妙丸さんのその答えに、私は思わず蓮子の顔を見やる。蓮子は「やっぱりねえ」と頷いて、帽子を目深に被り尚した。霊夢さんと針妙丸さんは「?」と首を捻る。
 これは、あくまで私たちの問題だ。いや、基本的には巻き込まれただけだから、そこまで心配する義理はないと言ってしまえばそうなのかもしれないけれども――。
 あの九十九姉妹は、どうなってしまうのだろう?




―24―

 そもそも、私たちが慧音さんから受けた依頼は、消えた楽器の捜索である。
 太鼓、琵琶、琴。消えた三種の楽器のうち、琵琶と琴は九十九姉妹となった。太鼓もおそらくは、どこかで付喪神になっているのだろう。
 ――小槌の魔力の回収が終わり、彼女たちが楽器に戻ってしまえば。秘封探偵事務所としては、それを回収できれば、楽器の捜索という任務を果たしたことにはなる。
 しかし、彼女たちに強制的にとはいえ関わってしまった身として、それで良しとするのは人の心がないと言わざるを得まい。自我を獲得してしまった道具が自我を失うのは即ち死である。これが科学世紀のAIなら感情移入のセンチメンタリズムに過ぎないという批判もあろうが、しかしAIは自意識のないプログラムに思え、妖怪には人間同様の自意識があるように思えてしまう人間心理はいかなる理由によるものか。AIは人間によって設計されたもの、妖怪は自然発生した存在というあたりが鍵なのかもしれない。
 閑話休題。
「どこ行っちゃったのかしらねえ、九十九姉妹」
「あれから見かけてないものね」
 霊夢さんたちが輝針城に突入する際に九十九姉妹と交戦したそうだが、私たちが妹紅さんと一緒に輝針城を脱出したときには顔を合わせなかった。それ以降、特に音沙汰はない。
「蓮子、前に言ってた、まだ異変が終わってないって、このこと?」
「そうよ。小槌の魔力が回収されたら付喪神は元に戻る、って少名ちゃんが言ってたでしょ。九十九姉妹も該当するとしたら、彼女たちだって今さらただの道具には戻りたくないはず。妖怪として生き残るために何か手を打ってくるはずだと思って」
「針妙丸さんたちの異変は終わっても、付喪神たちの異変はこれからってことね」
「そゆこと。近いうちにもう一波乱あるでしょうね」
 そんなことを言い合いながら、寺子屋の離れの事務所に戻ってきた私たちが、事務所の扉を開けて見たのは――。
「あ、おかえりなさい所長、メリーさん!」
 自宅のような顔をして事務所の中でくつろぐ、非常勤助手の東風谷早苗さんと。
「あ、お、お邪魔してます……」
「……どーも」
 来客用の座布団に腰を下ろした、九十九姉妹だった。なんかふたりとも顔が青い。
 ――噂をすればなんとやら。というか、なんで早苗さんまで一緒にいるのだ。事務所の玄関で、私と蓮子はしばし目を点にして固まっていた。

「ていうかずるいですよ蓮子さんもメリーさんも、また私をのけものにして! 異変が起こってたなら呼んでくださいよ、飛んで行きましたよ! 竹林の蓬莱人なんかに浮気してー!」
「どうどう、早苗ちゃん。最初は単なる失せ物探しだったし、九十九姉妹に捕まってる間と、妹紅と一緒に異変解決に向かってるときはそれどころじゃなかったの。呼ばなかったことに他意はないから」
 本当は声を掛けるタイミングはあったものの、呼ぶと絶対話がややこしくなるから声を掛けなかったのだが、それは言わぬが花である。
「というか、この前の宗教戦争の件はそっちの都合でしょ?」
「そうですけどー。うう、そんな異変が起こってたって知ってたら私も動いたのに」
「あら、早苗ちゃんの大幣は付喪神化しなかったの?」
「はい、特に異常はありませんでした。普段そんなに使わないからですかね」
 むー、と唸った早苗さんは、それから九十九姉妹の方を見やる。
「で、久々に事務所に遊びに来たら、そこの付喪神姉妹が事務所の前にいたので。おふたりを狙う悪の妖怪かと思って退治しようと思ったら、なんか助けを求められてしまいまして」
「助けを?」
 そこで私たちは九十九姉妹に向き直る。座布団に正座した九十九姉妹は、顔を見合わせると、しずしずと三つ指ついて頭を下げた。
「お二方、先日の非礼はお詫びしますので、どうかお助けを」
「お助けをー」
 いきなりの低姿勢に、今度は私たちが面食らう番である。
「……早苗ちゃん、九十九姉妹に何をしたの?」
「何もしてませんよ! ただちょっと妖怪が何しにここに来たのと軽く締めあげただけで」
「ひいっ」
 姉妹が抱き合って蒼白な顔でガタガタと震えだす。いやホントに早苗さん何をしたのだ。
「こ、こんな恐ろしい巫女がバックについている人間だとはつゆ知らず、先日は誠に面目次第もございませんで……どうかお許しを」
「ご慈悲をー」
「誰が恐ろしい巫女ですか!」
「ひいいっ」
 怯える九十九姉妹。早苗さん、ふたりを蛇で締めあげて全身にカエルを這わせたりでもしたのだろうか。おそろしい。想像しないようにしよう。
「早苗さん……もう少しこう、手心というか」
「だって、おふたりを狙う悪い妖怪だとばっかり」
「まあまあ、九十九姉妹も落ち着いて。早苗ちゃんがやり過ぎた件についてはこっちからも謝るから。で、ふたりはどうしたの?」
「は、はい……。あの、我々姉妹は今、命の危機に直面しておりまして……」
「死ぬー、死んじゃうー、もう道具に戻るのはやだー」
「落ち着きなさい八橋。なんとか生き残る術を探すのよ」
「姉さん……!」
 手を取り合って涙ぐむ姉妹。ああ、やっぱりそういうことか。
「了解。状況は把握したわ。原因も分かってるわよ」
 蓮子が頷くと、九十九姉妹は「!?」という顔で振り向く。
「な、なんで今の話だけで?」
「お前が犯人かー!?」
「蓮子さん、危ない!」
「ひいいいっ」
 八橋さんが蓮子に飛びかかろうとし、早苗さんが割って入り、弾かれたように壁際まで後じさる九十九姉妹。なんというか忙しい状況である。
 蓮子は嘆息しつつ早苗さんを下がらせて、異変の原因についての説明を始めた。打ち出の小槌の魔力が回収期に入っているからだと告げると、九十九姉妹は顔を見合わせる。
「ということは……」
「その小槌を破壊すれば! 姉さん、小槌を破壊するのよ!」
 勇んで立ち上がった八橋さんを、「どうどう」と蓮子が慌てて押しとどめる。
「そんなもの、何も考えず壊したら何が起こるかわからないわよ」
「でもこのまま放っておいたら、その小槌に魔力を吸われて私たち消えちゃうのよー!」
「勝手に命を与えられて勝手に刈り取られるなんて……私たちは何のために生まれてきたのかしら……。所詮道具の命なんて儚いものね」
 べべべん、と琵琶を鳴らして嘆く弁々さん。まあ確かに、外部要因で自意識を与えられ、外部要因でまた道具に戻されるとなれば、自分の生まれた意味を問いたくもなろう。ロボットもののSFみたいな話である。
「小槌の魔力の回収は止められないんですか?」早苗さんが首を傾げる。
「そこは確認してないけど、たぶん無理なんじゃないかしらね。回収を使用者の意思で止められるなら、少名ちゃんたちは止めちゃえば良かったわけだし」
「ああっ、こうしているうちにも私たちの命の砂は少しずつ尽きていくのよー!」
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり〜」
 べべべん。盛者必衰とは言うが、言うほど盛者していただろうか、とは言わないでおこう。
「命短し襷に長しってやつですね!」
「早苗さん、それ間違ってるから」
「それにしても一寸法師ですかあ。博麗神社にいるんですよね? 後で見に行こうっと」
 早苗さんはどこまでもマイペースである。それはともかく、はてさて、どうしたものか。
「うーん、今日の少名ちゃんの言い分だと、彼女のところに行っても望み薄でしょうねえ。とりあえず、また付喪神の専門家のところに行きましょうか」
「マミゾウさん?」
 確かに、彼女なら何かしらの方策を考え出してくれそうな気はする。
「じゃあ、弁々ちゃんに八橋ちゃん。この件、我らが《秘封探偵事務所》への正式な依頼ってことでいいわよね?」
 蓮子が立ち上がり、帽子を被り直す。ははー、と九十九姉妹は畏まって頭を下げた。やれやれ、ファーストコンタクトのときとはえらい立場の違いである。道具の叛乱はどこへやら。

 というわけで、早苗さんと九十九姉妹を連れて、玄爺に乗ってひとっ飛び、里北方にある命蓮寺へとやってきたわけであるが。
「マミゾウさんでしたら、今日は出かけてますよー。いつ戻られるかはわかりません!」
 幽谷響子さんに笑顔でそう言われてしまった。まあ、予想はできた空振りである。
「ありゃりゃ、どうしましょ」
「もう夕方だし、私たちもそろそろ戻らないと慧音さんに怒られるわよ」
「そんなー、私たちの命は一刻を争うのよ!」
「ひとえに風の前の塵に同じ〜」べべべん。
「あの化け狸さんなら、どこかで化け狸の集会してるんじゃないですか?」
「早苗ちゃん、心当たりある?」
「いえ、私はありませんけど、山の下っ端天狗さんに千里眼の持ち主がいますから、彼女にお願いすれば探してもらえるかと」
「千里眼の天狗って、白狼天狗の椛さん?」
「あら、所長もご存じでしたか」
「まあ、何度か山に潜入しようとしてね。彼女ならにとりちゃん経由でもお願いできるかしら」
「蓮子のお願いは聞いてもらえないんじゃないの? 私たちはいつだって山の怪しい侵入者じゃない。早苗さん、椛さんとは親しいの?」
「親しいってほどじゃないですけど、前にうちの神社の宴会で警備に来てたとき、呑めない同士、写メさんの愚痴で盛りあがりました」
 射命丸文さんのことか。そういえば射命丸さんは酒癖が悪いから困ると早苗さんが前に言っていたっけ。というか、白狼天狗は神社の宴会でも警備をやらされているのか。
「じゃあ、山に行ってみましょうか。椛さんなら山に大勢でぞろぞろ行けばあっちから出てきてくれるでしょうし」
 回りくどいが、あてもなくマミゾウさんを探すよりは確実だろう。
 というわけで、私たちはぞろぞろと妖怪の山の方へ飛んで行ったのだが。
「なんだか、天気が崩れてきましたね」
 早苗さんが空を見上げて呟く。夕暮れの空に、黒雲が広がりつつあった。
「一雨きそうねえ。急ぎましょ、玄爺」
「老骨にあまり無理を言わんでくださいな」
 甲羅を叩く蓮子に、玄爺が嘆息する。――と、次の瞬間。
 カッ、と白い閃光が視界に走り、ほぼ同時に、ゴロゴロゴロ、ドーン、という轟音。
「わっ、雷ですよ!」
「めちゃくちゃ近かったわね。天界から衣玖さんでも来たかしら?」
「屠自古さんが青娥さんの命を狙ってるんじゃないの?」
 そんなことを言っていると、再び曇天に閃光。その白い光の中に――浮かび上がる影がある。
「ねえ、誰かいるよー!」
 八橋さんがそう声をあげ、私たちは一斉に空中に静止した。
 ゴロゴロゴロ。再び雷の轟音。――そして。
 閃光とともに、ジャーン! と、シンバルを打ち鳴らしたような音が響いた。
 ……シンバル? なんでそんな音が空中から、と私たちが目をしばたたかせたとき。
 曇天を背後に、その影が私たちの前に姿を現す。
「あらあら、迷える哀れな付喪神を見つけたと思ったら、なんで人間が一緒にいるの? 今の使用者かしら?」
 現れたのは、チェック柄のシャツに紫のネクタイ、その上から白いジャケットを羽織った、赤髪の少女だった。一瞬、科学世紀の京都にいた頃に蓮子の担当教官だった名物教授を思い出したけれど、もちろん別人である。だいたい、宙に浮いている時点で普通の人間ではない。
 その少女は、両手にドラムのスティックを持ち、大きなバスドラムに腰を下ろしていた。周囲に浮いている六角形の板からしても、一目でわかる。彼女は――ドラムの付喪神だ。
 ……ドラム? 和太鼓なら、私たちの探していた残りひとつの楽器だけれど……。
「まあ、なんでもいいわ。そこの付喪神ふたり。琵琶と琴の付喪神でしょう?」
「はっ、はい!」
 呼ばれて咄嗟に返事をした九十九姉妹に、ドラムの少女はにっこりと微笑みかけた。
「――私は、貴方たちを助けに来たの」

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この小説へのコメント

  1.  雷鼓姐さんが来たということはまた一つ菫子に迫るキーパーソンが……!
     果たして外の世界の少女の記憶は残っているのか、そして宇佐美の名を聞いて何を思うのか、続きの気になる展開(予定調和)に胸が熱くなります。

  2. 早く深秘録編を見たい自分とそれが終わったら嫌な自分がいる。
    てことで憑依華もやってください。本買うんで。

  3. 外の世界の雷鼓さんは幻想郷の雷鼓さんの景色を見てたけど、逆になったら面白いですね。
    幻想郷の雷鼓さんがどんな役割を果たすのか楽しみです。

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