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こちら秘封探偵事務所第13章 輝針城編   輝針城編 4話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第13章 輝針城編

公開日:2019年09月21日 / 最終更新日:2019年09月21日

輝針城編 4話
―10―

 こういうのも、一種のメタ趣向というのだろうか。
 メタ趣向とは即ち、世界を律するルールへのハックである。フィクションにおける多くのメタ趣向と呼ばれるものは、「作中の世界は作中世界において現実である」というルールへのハックだ。ジャンルのお約束弄りもその一種といえる。たとえば、行く先々で連続殺人事件に巻き込まれる名探偵がいるとき、殺したい相手をその名探偵の旅行に同行させることで殺人事件に巻き込ませようとする犯人がいたら、それはまさに《名探偵は行く先々で事件に巻き込まれる》というお約束をハックするメタ・プロバビリティの殺人と呼ぶべきだろう。
 だいたいにして、本格ミステリによくある《名探偵の推理を誘導しようとする犯人》は、そもそも《名探偵》というメタ的な存在を作中世界において自明の概念として受け入れたメタ犯人に相違ないわけだが――。ともかく、妹紅さんの言うことは、先のメタ・プロバビリティの殺人に近い。まさか、そんなメタ的な行為を現実で提案されるとは、さすがの私といえども予想だにしないことである。
 いやしかし、冷静に考えてみれば、だ。メタ趣向というものを「世界のルールへのハック」と定義するならば――現実においても、たとえば法律は法治国家のルールでありシステムであるのだから、その穴を突いて利益を得ることは、法治国家というシステムへのメタ的介入と呼んでもいいのかもしれない。
 実際、幻想郷で起きる異変の多くは《博麗の巫女が異変を解決する》という幻想郷のルール、システムを利用して利を得ようとする首謀者が多いわけで……。私たちは存外、普段から無意識に世界のルールに対してメタ的に介入しているのかもしれない。
 自分でも何を言ってるのかよくわからなくなってきたが、それはそれとして、である。
「……あの、妹紅さん、本気ですか、それ」
「もちろん。大マジだ」
「ジンクスは発見した瞬間に崩れると言いますけど……」
「幻想郷に来てからほぼ全ての異変でそうなら、それはもうジンクスの域じゃない。お前たちはそういう風に定められてるんだと、私は思うね」
 そんな、私たちを勝手に幻想郷のルールに組み込まれても困る。だいたい、もうこっちに来て長いとは言っても、私たちはあくまで外来人であって……。
 ――私たちが幻想郷に呼ばれたことには、意味がある。
 不意に、数ヶ月前に謎の扉の向こうで言われた言葉が頭をよぎった。
 秦こころさんの元所有者。秘神、摩多羅隠岐奈さんが、私たちを前にして思わせぶりに語った、妖怪の賢者――八雲紫の思惑。
 この幻想郷を創った賢者によって、私たちが幻想郷に招かれたのなら、私たちという存在は、最初から幻想郷というシステムの中に組み込まれている……?
 いやしかし、私たちが霊夢さんに先んじて異変の首謀者にたどり着くのは、いつだって我が相棒の尽きせぬ好奇心と無駄すぎる行動力と欠如した危機感の故である。相棒のこの、常人としては破綻した性格まで八雲紫の意図のうちなんてことになったら、それこそ人格操作というか、私たちが妖怪の賢者に操られるマリオネットになってしまうではないか。
 相対性精神学の徒として、自分自身の自意識の存在は否定されたくないものである。仮に人間に自由意志が存在しないとしても、自由意志が存在すると認識する、あるいは錯覚するところにしか自意識は存在し得ないのだから。
 ――小難しいことばかり書き連ねて申し訳ない。話を戻そう。
「面白い提案ねえ、妹紅」
 こういう話には喜び勇んで乗るのが、いつもながらの我が相棒であるわけだ。
 猫のように楽しげに笑った蓮子に、私は横でため息をつく。
「そんな、私たちを裏技ガイドみたいに言われても……」
「何言ってるのメリー。《秘封探偵事務所》の調査力が認められたと考えればいいのよ」
 なるほど、それはシンプルな理解に相違ない。ああ、私も蓮子ぐらい純朴に、世界は数学という言語で組まれたプログラムだと信じられたらもっと気楽に生きられるというのに。
「オーケイ、妹紅。そういうことなら私たちも乗ったわ。慧音さんの心労を除いて寿命を延ばして一年でも永く妹紅と一緒にいられるように、この異変、私たちで解決しましょ!」
「……いや別にそれが目的じゃないんだが……まあいいか、よろしく頼む」
 蓮子と妹紅さんが握手を交わし、契約成立。やれやれ、それで酷使されるのは例によって私の目になるわけだ。まあ、別にいいけど。
 嘆息しつつ、私が立ち上がろうとした、そのとき。
 ――ガタガタと、急に事務所の建物が揺れた。強い風が吹いたときの揺れだ。
「あら、天気が荒れてきたのかしら?」
「そんな気配はなかった気がするけどな」
 ガタガタガタ。決して頑丈とは言えない事務所の壁と窓が音をたてて揺れる。地面が揺れていないので地震じゃないのは確かだけれど、まるで急に嵐にでもなったかのような揺れ方だ。三人でしばし息をひそめていると、ほどなく揺れは収まった。
 妹紅さんが立ち上がって事務所の外の様子を覗こうとする。蓮子も壁に掛けていたトレンチコートを手に取り、袖を通して、
 がらり、と妹紅さんが事務所のドアを開けた瞬間。
 ――ばさばさばさっ、と、蓮子のコートが羽ばたいた。
 最初は吹きこんだ風にはためいたのかと思った。蓮子が両腕を袖に通した瞬間、ドアが開け放たれると同時に、ばさばさとコートが騒がしく動き出し、
 私と妹紅さんの目の前で、蓮子の身体がコートに持ち上げられるように、ふわりと浮いた。
「あら? あらららら?」
 見えない巨人にコートの背中をつまみ上げられたような格好で、蓮子の足が宙に浮き、床の上から数十センチのところで制止する。そして、ばさばさと蓮子のコートの裾が生き物のように羽ばたいて、そのたびに蓮子の顔がぐわんぐわんと揺れた。
「おおう、おうおう」
「ちょっ、蓮子!?」
「おいおい、なんだなんだ!?」
 私も思わず膝を浮かせ、妹紅さんが慌てて駆け寄って蓮子の手を掴む。ばさばさと暴れるのは蓮子のコート。蓮子が重いのか、あまり高くは浮き上がれないようで、妹紅さんが掴むとそれ以上の上昇はできないようだった。――あれ、この光景どこかで。
「ちょっとメリー、何か失礼なこと考えてない?」
 じろりと蓮子がこちらを睨む。いや、それどころじゃないだろう。
「おい蓮子、どうした? 飛べるようになったのか?」
「いやあ、舞空術をマスターした覚えはないわねえ。ああでもなんか浮いてるわ私。おお、早苗ちゃんに掴まって飛ぶのとはまた違った気分というか、これはこれで楽しいかも」
「楽しんでる場合か。――まさか、そのコートが付喪神化したのか?」
「あっ、鈴奈庵の本と一緒!」
 妹紅さんの言葉で思いだした。羽ばたく蓮子のコートは、鈴奈庵の本が飛び回る光景とそっくりなのだ。つまり、ここでも同じ現象が起きている? 蓮子のトレンチコートは私たちが幻想郷に来たときに咲夜さんから貰って以来、ずっと《秘封探偵事務所》所長としてのトレードマークとして愛用しているものだけれど、付喪神になるほど古いものだろうか。いや紅魔館で貰った時点で既に年季が入っていたのかもしれないが。
「あらら、私のコートが付喪神になっちゃったの? 女の子の姿になって話しかけてきたりしないかしら。おーいトレンちゃーん」
 浮いたまま、呑気にトレンチコートに話しかける蓮子。危機感がないのはいつものことだけれど、まったくどうかしている。
「とりあえず、そのコートを脱げ、蓮子」
「えー。これ結構楽しいんだけど。霊夢ちゃんの重力に囚われないってこんな感じかしら? 重力の軛から解き放たれることが自由の象徴だからこそ人類は宇宙を目指すのかしらね。実際は重力がないと不便だとしても」
「いいから、脱がすぞ」
「やーん、妹紅のえっち。脱がすのは慧音さんだけにしとかないと浮気になるわよ」
 蓮子の妄言は無視して妹紅さんがコートを脱がしにかかる。だが、なんとそれに叛逆したのはコート自身だった。蓮子の手も借りることなく。勝手に動いて前のボタンを留めてしまう。妹紅さんがボタンを外しにかかるが、
「……外れん」
「呪いの装備になっちゃったの? それなら教会行かなきゃ」
「いや、ドラクエじゃないんだから」
 どこまでも能天気な相棒の言葉に、私は額を押さえて俯く。だいたい幻想郷に教会はない。妹紅さんはしばらく蓮子のコートを脱がそうと悪戦苦闘していたが、ため息とともに諦めて手を離した。ふわふわと宙に浮いたまま、蓮子は楽しげに身体をばたつかせる。
「メリー、地上で無重力体験よ。トリフネを思い出すわね」
「思い出さなくていいから」
 幻想郷でまでキマイラに襲われるのは勘弁してほしい。
「ダメだな。コートそのものが脱がされることを拒否してるみたいだ。霊夢あたりに頼んで封じてもらわないことには……」
「いいじゃない、しばらくこのままで。楽しいし」
「そういう問題じゃないでしょ。そのうちコートの内側から消化液がしたたってきてじわじわと溶かされるわよ、食虫植物みたいに」
「大事なコートが御主人様を食べたりしないわよ。ねえトレンちゃん」
「いや、名前つけるなよ」
 しかもなんて安直な名前か。相棒のネーミングセンスはときどきどうかと思う。
 それはともかく、宙に浮いていてコートが脱げないんじゃ、今は楽しんでいられても、そのうち日常生活に支障が出るのは明らかだ。お風呂とか寝るときとかどうするのだ。蓮子はいつも地に足が着いてないけれど、本当に浮いているのでは洒落にもならない。
「妹紅さん、どうします? 家に戻れば分社から早苗さんを呼び出せますけど」
「守矢の巫女か? そうだな……」
 妹紅さんが唸って、それから事務所の玄関のドアが開けっぱなしなことに気付いて、とりあえず閉めるかとドアに手を掛ける。しかし、そこで手を止めてひとつ唸った。
「……なんだ、この気配」
「妹紅さん?」
 浮いてる蓮子はとりあえず放っておいて、私は妹紅さんに歩み寄る。そして事務所の外を覗きこんで――思わず、目元を押さえた。
 世界の色が、変わって見える。
 目の前の、見慣れた寺子屋の庭の光景に、紗が掛かったようだった。何か、目に見えないのが薄くぼんやりと世界に満ちているような――そんな感覚。
 風もないのに、再びガタガタと窓が鳴った。嵐ではない。私の視界を覆ってしまっている、何かの気配が事務所の建物を揺さぶっているのだ。ひょっとしてこれが、九十九姉妹の言っていた謎の魔力なのか――?
 思わず私は事務所の外に数歩出て、周囲を見回し――そして、目を見開く。
 矢田寺成美さんが昨日言っていた、西の空。そこに、大きな歪みが見えた。
「妹紅さん、あそこ! 西の空に、何かあるみたいです――」
「西? ……確かに、言われてみれば向こうの方からこの気配が感じられる気がするな」
 ああ、やはり私の目に見える世界の歪みは、私にしか見えないのだ。妹紅さんは漠然とした気配としてしか感じていないようだが――私には見える。西の空に、この世界を覆う皮膜のような何かが渦を巻いているのが。おそらく、あそこがこの気配の発生源だ。
 昨日はあんなもの見えなかったのに――いきなり出現したのか? それとも、昨日は私の目には見えないほど遠くにあったのか、気配が小さかったのか……。
「そういえばメリー、お前、永遠亭の結界も見破ってたな……。お前の言う《何か》が、ひょっとして今起きている異変の原因なのか?」
「わかりませんけど、可能性は……」
「よし、何はともあれ調べに行くぞ」
 妹紅さんは拳で手のひらを打ち鳴らす。
「……蓮子はどうするんですか?」
「この件が解決すればコートも元に戻るだろ。浮いてるだけなら害はなさそうだし、何かあったら私が焼き払ってやる」
 いやそれ、蓮子ごと燃えちゃわないだろうか? 妹紅さんならコートだけ焼くような繊細な火力調整が可能なのだろうか。……妹紅さんを信じることにしよう。どうせ被害を受けるのは蓮子なのだし。
「おーい」
 と、背後から蓮子の声。振り向くと、事務所の中で宙に浮いたまま、蓮子が情けない声をあげて、プールの中の泳げない子供のようにじたばたしていた。
「メリー、妹紅、たすけてー。宙に浮いてると上手く動けないのよ、推進力がなくて」
「……そのまま黙って浮いてれば?」
 ちょっと考えれば解ることだろうに。呆れて首を振った私に、蓮子が「ひどいー」と頬を膨らませ、妹紅さんが肩を竦めた。




―11―

 慧音さんに見つかったら絶対止められることは解っている。夜の方がより慧音さんが警戒しているだろうということで、陽が暮れる前にこっそり出発することになった。
 ぷかぷか浮いてる蓮子を妹紅さんが引っぱって、玄爺の甲羅に掴まらせる。私がその後ろに蓮子のコートの裾を踏むように座って身体に掴まることで、ようやく蓮子の身体は玄爺の上で安定した。そのまま妹紅さんとともに、里上空に飛び上がって西へ向かう。
「嫌な気配がしますのう」
「あら、玄爺も感じる?」
「何と言いますかな、外来の言葉で、味がどうとか、主婦がどうとか、いわゆる煽り立てるような気配ですじゃ」
「……アジテーションとシュプレヒコール?」
「それですかのう。それまで従っていたものに逆らえ、叛逆せえと耳元で繰り返し言われとるような気配で、老骨にはこたえますわい。年寄りにはそんな元気はもうありませんからのう」
 ――とすると、この気配は何者かによる叛乱の扇動、クーデターの企てなのか?
 人間に虐げられた弱い妖怪が人間に叛乱する――となれば、いの一番に浮かぶのは命蓮寺である。妖怪が人間に脅かされているといい、妖怪の保護による人妖平等を標榜する聖白蓮さんの思想は、弱い妖怪に力を与えてクーデターを起こすという行為から遠いとは言えない。まして、自称魔法使いのお地蔵様・成美さんが、この気配は魔力だと言っている。そして白蓮さんは強大な魔法使いだ。
 白蓮さんが、魔界神譲りの魔力を弱い妖怪に分け与え、人間相手のクーデターを企てている……そんなことがあり得るのか? 理屈の上ではありそうだが、白蓮さん本人を知る私たちとしては首を捻らざるを得ない。
 命蓮寺は妖怪寺ではあるが、なんやかんやで里の人間からの信仰もそれなりに獲得し、幻想郷唯一の仏教のお寺として確固たる地位を築きつつある。白蓮さんも決して過激な、配下を扇動しての実力行使を是とするような思想の持ち主ではないと思う。現状の安定を破壊してまで、こんなクーデターを企てる理由は、命蓮寺にはないはずだ。
 となれば、やはり私たちの知らない第三者の仕業か。しかし、弱い妖怪に力を与えて叛乱を煽る行為に、どんなメリットがあるのだろう?
「うーん、自分の身体が勝手に浮き上がるのって落ち着かないわね」
 あれこれ思案する私を余所に、玄爺の甲羅に指を掛けて言う蓮子。
「蓮子はいつも地に足が着いてないから、普段と変わらないでしょ」
「何を言うのよ、算学教師という堅い職業で生計を立てている宇佐見先生に向かって」
「寺子屋の教師は公務員じゃないでしょ」
「稗田家が出資してるんだから里の公務員みたいなものよ」
「探偵事務所は自営業だけどね」
「何でもいいけどメリー、蓮子が飛んでいかないようにちゃんと掴まえてろよ」
 先を飛ぶ妹紅さんが振り返って言う。今の蓮子は風船みたいなものだ。ちゃんと掴んでおかないとどこかへ飛んでいってしまう。私がその身体に回した腕に力をこめると、蓮子が振り返って猫のように笑った。
「あらメリー、そんなに大胆にハグされたらときめいちゃう」
「締め落とすわよ。それとも放して天界まで飛んでいく方がいい?」
「できればこのまま背中にメリーの柔らかさを感じて――あ痛い痛い」
 コートの上から脇腹をつねってやった。自業自得だ。
「イチャイチャしてないで、周囲に気を付けろよ。気配が近くなってきた」
 妹紅さんが言い、私も周囲を見回す。とうに里上空を出て、私たちは魔法の森上空を飛んでいた。右手に妖怪の山が見え、麓に紅魔館の場違いな紅さと、その周囲に立ち籠める霧が見えている。妹紅さんに襲いかかってきたというわかさぎ姫はどうしているだろう? 咲夜さんに襲いかかってナイフでお刺身にされてしまったりしていないだろうか。心配である。
 ともかく、また強い風のような圧力を感じて、私は顔をしかめる。世界にかかった紗が厚くなったように、霧とは違った何かが、魔法の森の向こう側に濃く立ち籠めていて、その中心に何かが渦を巻いている。魔力であるらしいその気配は、そこから幻想郷全域へと広がっていた。レミリア嬢が紅い霧を出した紅霧異変のときが、こんな感じだったのだろうか。
「本格的にヤバいことになりそうだな……。おまけに今夜は満月だぞ」
 妹紅さんが顔をしかめて言う。そういえばそうだ。ただでさえ満月の夜は妖怪が活性化するのに、この魔力でさらに凶暴化したら何が起こるか。さすがにそうなったら霊夢さんが解決に動くだろうけど、何にしても早めに解決するにしくはない。
「メリー、何か見える?」
「見えるも何も、明らかにあのあたり、この気配が渦を巻いてるわ」
「渦を巻いてるって、竜巻みたいに?」
「竜の巣みたいに、って言った方が正確に伝わりそうだわ」
「あらすごい。ラピュタは本当にあったのね!」
 楽しげに蓮子は笑うが、実際のところ、私の目に見えているのはまさにそんな光景だった。西の空に浮かび上がった、大きな雲の渦巻き――。しかしそれが尋常の雲でないことは、この視界にかかる紗が証明している。回転するその渦の存在感は、私にはあまりにも自明なのに、蓮子も妹紅さんもイマイチよくわかっていないようなのが歯がゆい。
 しかし、ふたりに見えていないということは、あの渦は明らかに他者の目から隠れようとしているわけだ。結界でも張っているのか。やれやれ、不本意ながら結局私の目が高性能レーダーの役割を為してしまうわけだ。
 心の中で嘆息しつつ、私は先を飛ぶ妹紅さんに指示を飛ばす。妹紅さんが頷き、その魔力の雲の渦巻きに向かって飛んでいく――。
 そこへ、割り込んでくる影がふたつ。
「あーっ、こんなところにいた! 私たちの道具人間!」
「なんか知らない人間連れてるねえ。いや人間? 人間なのかしら」
 私たちの前に立ち塞がったのは、昨日私たちを置いて行った九十九姉妹だった。




―12―

「あらあら、やっちゃんべんちゃん、一日ぶり」
 蓮子がひらひらと手を振ると、「だーれがやっちゃんよ」と八橋さんが頬を膨らませる。
「あんたたち、私たちの道具のくせして昨日は勝手にどこ行ったのよ」
「……いや、そっちが私たちを置いていったんじゃ……」
「うるさい! まったく、調子のいいこと言って全然役に立たないんだから、人間は」
 思わず口を挟んだ私を、八橋さんがじろりと睨む。そんなこと言われても。
「蓮子、こいつらがお前らを拉致しようとした付喪神か?」
「そう、楽器の付喪神の九十九姉妹」
「ほおん。楽器ってことは火には弱そうだな」
 妹紅さんが右手にぼっと火の玉を浮かせる。「うおおー?」と八橋さんがのけぞった。
「姉さん、なんかこいつ手が燃えてるよ!」
「落ち着きなさい八橋。自力で飛んでるし、あれはたぶん妖怪退治の人間的なやつよ」
「はっ、ということは私ら下剋上を目指す妖怪の最大の敵!?」
「そういうことになるねえ」
「それなら私が相手だ! 姉さん、ここは私がひとりで倒してみせるよ!」
「あらそう。じゃあ頑張りなさい」
 弁々さんがすっと下がり、八橋さんが妹紅さんに向き直る。威嚇するような攻撃的な笑みを浮かべた八橋さんに、妹紅さんが「お、やる気か」と身構えた。
「こっちは別に二人がかりでも構わないぞ?」
「私はひとりで強い人間を倒すのが夢なの! 下剋上の時代ってことを見せつけてやる!」
「下剋上云々はどうでもいいが、蓮子たちが世話になったようだな。借りは返してやる」
 轟、と妹紅さんの腕が炎をまとい、薄暗い空を赤く照らした。八橋さんの顔が「あっやばい私ひょっとして喧嘩売っちゃいけない奴に喧嘩売った?」とばかりに引きつり、弁々さんがしれっとした顔ですーっと離れていく。私たちも巻き込まれて火傷はしたくないので、少し離れて観戦することにした。
「どうした? 来ないならこっちから行くぞ」
「えっあっちょっと待ってタンマタンマぎゃーっ!?」
 妹紅さんの拳が炎をまとって唸りを上げ、空に八橋さんの悲鳴が響き渡った。

 一応彼女の名誉のために記しておくと、そこまで一方的な勝負ではなかった。何しろ楽器なので燃やされてはたまらない八橋さんは必死に逃げ回って遠距離からの変則的な攻撃を仕掛けて、妹紅さんを脅かす場面もあったことは特筆しておきたい。――しかし、攻撃の全てを炎で焼き払われてしまっては打つ手なしである。
「うーん、まいったまいった、降参よー。だから燃やさないで!」
 両手を挙げてギブアップした八橋さんに、妹紅さんが息を吐いて腕の炎を収めた。引き攣った笑みを浮かべて脱力する八橋さんに、弁々さんが遠くから「情けないねえ」と一言。
「そんな遠くまで逃げてる姉さんに言われたくないなあ!」
「飛び火して琵琶が焼けたら困るもの」
「姉さんのはくじょうものー。姉の風上にもおけないやつだー、妹を大事にしろー」
「……で、お前らは何なんだ?」
 姉に向かってぶーたれる八橋さんに、妹紅さんが呆れ顔でそう問う。
「なにって、見ての通り楽器の付喪神!」
「それは蓮子たちから聞いて知ってる。ここで何やってるかって聞いてるんだ」
「そりゃ、この魔力の源を目指してるのよ! でもなんか近づけなくてー」
「あのへんに源があるのは解るんだけどねえ」
 弁々さんが指さした先は、私の目にもはっきり魔力の雲の渦が見えている場所だった。やはり、あそこが今回の異変の原因らしい。
「……ああ、あれか。ただの曇り空かと思ってたが、確かに何かありそうだな」
 妹紅さんも近くまで来て、ようやくその魔力の雲をはっきり感じ取れたらしい。どうやら私以外には、遠目にはただの雲に見えていたようだ。
「どうも魔力嵐に遮られてるみたいなのよ。ねえ炎使いさん、どうにかならない?」
 弁々さんが妹紅さんにそう尋ねる。妹紅さんは眉を寄せた。
「なんで私に」
「あの魔力嵐を、その炎で吹き飛ばせないかしら。やってくれたら先に行く権利をあげる」
「別にお前らから権利を貰う筋合いはないと思うが……メリー、どう思う?」
「……弁々さんの言っているのが、今回の異変の原因だと思います」
「なるほど。じゃあ、仕方ない、やってやるか。――全力でやるから、ちょっと下がってろ」
 私の答えに、妹紅さんはそう答えて、私たちに下がるように促す。妹紅さんの炎に巻き込まれたくはないので、大人しく玄爺とともに距離をとった。
「妹紅、大丈夫?」
「任せろ。力押しは得意分野だ。――いくぞ」
 妹紅さんが両の拳を握りしめた瞬間、その全身を炎が包み込んだ。翼を広げた不死鳥のように空を赤く照らす炎に、思わず私たちは見入る。おお、これが妹紅さんの本気。初めて見た。
「さて、何が隠れてるやら――姿を現せ! 凱風快晴、フジヤマヴォルケイノォォォッ!!」
 唸りをあげて、妹紅さんの纏っていた炎が魔力の渦に向かって放たれ――爆発!
「まだまだぁ!」
 その爆発の中に、さらに妹紅さんが炎の連撃を叩き込む!
 轟音とともに、強烈な爆風が私たちを襲った。飛ばされそうになる帽子を押さえながら、目を開けていられないような光と爆風の中、なんとか玄爺の甲羅にしがみつき――。
「……ふう」
 爆風が収まって顔を上げると、肩で息をしながら額の汗を拭う妹紅さんの背中。
 そして、その向こう側に――。
「あれは……」
 姿を現したものに、私たちは思わず息を呑んでいた。

 吹き飛ばされた魔力嵐の向こう側にあったのは、宙に浮かぶ和風の城郭。
 それも、重力が反転したように、上下逆さまになった――。
 天に向かって石垣を組み、大地に向かって天守を伸ばした、逆さ城。
 その偉容が、幻想郷の空に聳え浮いていた。

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この小説へのコメント

  1. 妹紅のフジヤマヴォルケイノが炸裂っ!!
    そして、輝針城が出てきたかぁ〜。

  2. 凱風快晴、フジヤマヴォルケイノォォォッ!!
    やっぱ妹紅強いわw
    コートの力で蓮子が空を飛ぶ…
    紅魔館から貰ったものだったな、そういや

  3. 蓮子の頭は春に満ちていますね。
    言われてみれば逆さ城は正にラピュタですね。

  4. なんで妹紅が異変解決?って思ってたけど、後のこと考えると深秘録に繋がるのか…?
    何はともあれ、どう進んでいくのか楽しみですね。

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