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こちら秘封探偵事務所第13章 輝針城編   輝針城編 6話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第13章 輝針城編

公開日:2019年10月12日 / 最終更新日:2019年10月12日

輝針城編 6話
―16―

 思えば懐かしや、我が相棒が幻想郷のネゴシエイターを名乗りだしたのは、守矢神社が幻想郷にやってきて、霊夢さんが殴り込んできたときである。ここでそれ以来の、宇佐見蓮子のネゴシエイターとしての主な戦績を振り返ってみよう。
 ・博麗神社と守矢神社の権利争い……失敗。
 ・守矢神社と秋姉妹の信仰争い……失敗。
 ・霊烏路空さんの暴走の平和的解決……お燐さんの心配のしすぎだったので不成立。
 ・聖輦船の地上脱出計画のための各種協力要請……成功。
 ・聖白蓮さんの再封印阻止のための異変解決組との交渉……成功。
 ・だいだらぼっち問題解決のための各種協力要請……成功。
 ・命蓮寺墓地での芳香さんとの直接戦闘回避……成功。
 ・神霊廟と命蓮寺の和平交渉……交渉自体が不成立。
 こうして見ると、意外と成功率は悪くない。ただ、傾向ははっきりしている。蓮子は、既に確定した結論に向けて舌先三寸で相手を丸め込むことにかけては無駄な才能があるが、結論の定まっていない問題について意見と利害をすり合わせて妥協点を見出すのはヘタなのである。守矢神社による博麗神社乗っ取り騒動がそうだし、秋姉妹の信仰をめぐる守矢神社との交渉もそうだった。あの誇大妄想癖のせいで、双方納得できる妥協点ではなく、双方にとって咄嗟には受け入れがたいアクロバティックすぎる解決を導き出してしまうせいだろう。
 しかるに、今。針妙丸さんの幻想郷民主化思想を体制側の人妖との議論の俎上に載せるという《交渉》はどうか。「針妙丸さんと議論してもらうために話を聞いてくれそうな人を集める」という明確な目的のためだけに蓮子を使うなら、これは有用であろう。聖輦船や非想天則の一件でも解る通り、人を集めることにかけては相棒の口先は有能だ。
 しかし、その上で現状の幻想郷の体制と針妙丸さんたちの理想とする世界とをすり合わせて妥協点まで探し出そうとしたら、これはもう絶対に失敗する。間違いない。筋は通っていても誰も納得できないトンデモ解決案をぶち上げて議論を台無しにするのが関の山だ。
「ネゴシエイターって言われても……」
 そんな相棒の傾向はもちろん知らない針妙丸さんは、困惑した顔で蓮子を見やる。蓮子の隣では妹紅さんが眉を寄せて蓮子を軽く睨んだ。
「おい蓮子。お前、こいつらの味方するのか? 私は異変を解決しに来たんだぞ」
「首謀者をとっちめて終わりなら霊夢ちゃんと一緒じゃない。霊夢ちゃんが来る前に、議論で解決する方向に持って行けば、霊夢ちゃんも手出しできないし、立派な異変解決だと思うわよ。それに、万機公論に決すべしの思想は慧音さんも同意してくれると思うわ。慧音さんなんか、針妙丸さんの思想を聞いたら絶対議論したがると思うし、そうやって草の根で議論を広げていけば……」
「……あのなあ」
 妹紅さんは呆れたように頭を掻く。
「蓮子、私がなんでわざわざ異変を解決しに動いたと思ってるんだ?」
「慧音さんの負担を減らすためでしょ? ……あ」
「そうだよ。幻想郷の民主化なんて死ぬほど面倒臭い問題を持ち込んで、これ以上慧音の負担を増やしてどうすんだ」
 ――仰る通りである。これぞまさしく本末転倒というやつだ。慧音さんを楽にするために、慧音さんに難しい議論をふっかけて幻想郷の改革に関係させようなんて、本末が七転八倒ぐらいしている。本末高速回転で目的がどこかへ飛んでいってしまっているではないか。
「いやでも、とりあえず今の異変が収まればいいわけで」
「だから目的は慧音を楽にすることであって、異変解決はその手段だよ! 仮に今の異変が収まったって、そういう慧音が嬉々として取り組みそうな、その上真剣に関わったら責任重大すぎる問題を持って行ったら、結局この前の面霊気の騒動と一緒だろ」
「…………それもそうねえ」
「おいメリー、ハリセン持ってないか?」
「素手で思い切りどついていいですよ。蓮子のバカはどうせ死んでも治らないので」
「ひどいメリー! ああやめて妹紅、私の灰色の脳細胞が」
「やかましいわ」
 すぱーん、と素手で後頭部をはたかれて、相棒はつんのめる。「頭は良いけどバカ」というのはまさにこういうことを言うのだろう。
 ――で、そんな私たちの下手な漫才をぽかんと見つめていた針妙丸さんはというと。
「姫! そんな奴らに騙されてはなりません!」
 背後から、再び正邪さんの声。はっと我に返ったように針妙丸さんは振り向く。正邪さんの姿は見当たらない。どこかに隠れて声だけ発しているらしい。
「そいつらの目的は小槌の力! 我々の崇高な目的を妨害する卑小な連中に過ぎません!」
「え、でもなんかこいつら協力してくれそうな」
「そいつらは姫を舌先三寸で丸め込もうとしているだけです」
 否定はできないが、針妙丸さんを騙して利用しているのはそっちなのでは?
 妹紅さんが腰に手を当てて、呆れ顔で針妙丸さんを見やる。
「おい、そこの小人。どう考えてもお前はあの天の邪鬼に利用されてるだけだぞ」
「何を言う、邪知暴虐の強者め! 姫、耳を貸してはなりません! こいつらは所詮は体制側の強者! 我ら反体制のレジスタンスを甘い言葉で切り崩し、叛乱を瓦解させようとする権力者の手管なのです! 奴らは弱者の声を聞くなどと囁いて、いざこちらが抵抗を止めたら前言を翻して強者の論理で我らの声を圧殺するのです!」
「本当にこの小人を騙してないってんなら、堂々と姿を現せよ、天の邪鬼」
「だが断る」
「断るのかよ!」
「この鬼人正邪が最も好きなことのひとつは、自分が強いと思ってるやつに『NO』と断ってやることだ!」
 なんだか、どこかで聞いたような台詞だ。
「そ、そうだそうだ! 正邪の言う通りだ! 議論しようなんて言ったって、結局弱い者の言葉なんか強い者には届かないんだ! 強者の作ったルールの中では強者が有利になるに決まってる! そのルールの中で議論したって弱者に勝ち目なんかあるもんか! 断固抵抗だ! 弱者の言い分を聞いてもらうには強者の作ったルールをブッ壊さなきゃ始まらないんだ!」
 少名針妙丸は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の幻想郷の強者どもを除かねばならぬと決意した。――彼女側から見た物語の書き出しは、そんな一文になるのかもしれない。
「うーん、だからその強者のルールの中で戦える協力者を紹介するって言ってるのに」
 蓮子がまだぶつぶつ言っているが、その解決策は既に妹紅さんに否定されている。
 妹紅さんは「いいから蓮子、お前らは下がってろ」と言い、拳を打ち鳴らす。
「もとよりこっちはハナから実力行使で解決するつもりだ。そっちが力で抵抗するなら、こっちも力でねじ伏せるだけ。シンプルな話で結構じゃないか。私は慧音と違って、七面倒くさい議論に楽しみを見いだせるタチじゃないんでね」
「も、妹紅さん」
「心配するなメリー、殺しゃしない。魔力の源は、どうやらあの小人の持ってる小槌だろうから、あれさえ奪うか壊すかすればいいんだ。いざとなれば私の炎で焼き払ってやる」
 また拳に炎を纏わせて、妹紅さんは凶暴な笑みを浮かべる。なんか邪王炎殺黒龍波とか言い出しそうだ。今度妹紅さんに守矢神社の『幽☆遊☆白書』を読ませてみようか。
 詮無いことを考えつつ、未練がましく交渉人ぶろうとする蓮子を制止しつつ玄爺に頼んで下がってもらう。妹紅さんがまた範囲攻撃しだして巻き込まれてはたまらない。
「やっぱり強者と弱者は相容れないんだ……でも私の手には夢幻の力がある!」
 妹紅さんの戦闘モードを受けて、針妙丸さんもその手にした小槌を高く掲げた。
「さあ、小槌よ! 小さき者に夢幻の力を与えたまえ!」
「だったら、その力ごとねじ伏せてやるまでだ!」
 妹紅さんが宙を蹴り、一気に針妙丸さんとの距離を詰め、炎の拳で殴りかかる!

 ――次の瞬間。
 その妹紅さんの頭上に、何かが隠れていることに、私は気付いた。
 チェック柄の布が、頭上の床に貼り付くようにして、その裏の何かの気配を消している。
 妹紅さん、と私が咄嗟に声をあげる間もなく。
 その布をひらりとはためかせて――妹紅さんめがけて、飛びかかる影ひとつ。

「これは、さっきのお返しだ!」
「なっ」
 妹紅さんがその気配に気付いて、振り向こうとした瞬間。
 その後頭部を、痛烈な小槌の一撃が見舞った。
「がッ――」
 思いっきり後頭部をブン殴られ、妹紅さんが足元の梁に叩きつけられ、動かなくなる。
「妹紅!」
「妹紅さん!」
 私たちが悲鳴のように叫ぶ中、不敵に勝ち誇るのは、妹紅さんを背後から打ち倒した小さな影。鬼人正邪さんだった。その手には、針妙丸さんのものとよく似た小槌がある。
「正邪!」
「大丈夫でしたか、姫」
「あ、うん……ていうか、それウチにあった小槌のレプリカじゃない。なんで持ってるの?」
「敵に渡りそうになったら本物とすり替えようと思って用意してましたが、本物の魔力を受けて強くなってましてね。意外なところで役立ちました」
 得意げに答えて、正邪さんはぐるりとこちらを振り向く。その顔に浮かんだ邪悪な笑みに、私たちは思わずたじろいだ。あ、これはもしかして、いやもしかしなくても。
「姫、こいつらはどうします? ただの人間のようですが」
「うーん、さっきの話はともかく、ただの人間と生まれたての付喪神なら弱者だから私たちの敵じゃないよね。とりあえず、あの炎使いはふん縛って、奥の部屋にでも放り込んでおけばいいんじゃないかな。そっちの人間ふたりと亀は好きにさせとけばいいよ」
「仰せのままに」
 正邪さんは梁に叩きつけられた妹紅さんのもとへひらりと舞い降り、さっきのお返しとばかりにその背中を踏みつける。「ぐうっ」と呻いた妹紅さんが、顔だけで背後の正邪さんを振り仰いで憎々しげに言った。
「……勝負の最中に背後から不意打ちとは、犯則だろ。天の邪鬼らしい卑怯なやり口だな」
「けけけ、褒め言葉と受け取っておこう。だいいち卑怯な攻撃をしたのはそっちが先だぞ」
 妹紅さんが両腕を掴まれて拘束されるのを、無力な私たちは見ているしかできない。ああ、弱者は強者のルールで蹂躙される定め。針妙丸さんの言葉が身に染みる。
「ちょっと、どうするの蓮子」
「どうするって言ったって、妹紅のこと放って逃げるわけにもいかないじゃない」
「それはそうだけど……」
「向こうは儂らのことは放置するつもりのようですがのう。儂は帰りたいですじゃ」
「そんなこと言わないでよ玄爺」
「でも、これ帰るしかなくない?」
 針妙丸さんたちが私たちを一緒に捕まえようとするなら、逃げるなり機転を利かせて妹紅さんを救出する算段を考えるなり、相棒の悪知恵で対応のしようはあるだろう。しかし、別に捕まえる気もないから逃げるならどうぞご自由に、と言われてしまうとかえって対応のしようがない。こっちを無視する相手とは戦いようもないのである。
 ――ああ、だから彼女たちはレジスタンスを挑んだのかもしれない。弱者がただ声をあげても強者に無視されるだけなら、無視されないように攻撃するしかないと。人間社会でもよく見られる構図だが、なんだかしみじみとした実感を得てしまった。
 さて、そうすると私たちがやるべきことは。
「あのー、少名ちゃん」
「なに?」
「……私たちも一緒に捕まえてくれない?」
 結局、それしかないのであった。




―17―

 というわけで、城の中の和室に放り込まれた私たちである。和室と言っても畳は頭上にあるので、私たちが座っているのは梁の上。拘束されているのは妹紅さんだけで、私たちは妹紅さんに付き添っているというのが正確なところだ。相変わらずトレンチコートが勝手に浮き上がろうとする蓮子の肩を、私は横から押さえつけている。玄爺は「終わったら起こしてくださいな」と言って首を引っ込めて眠ってしまっていた。やれやれ。
「外れないわねえ、これ」
「縄だったら燃やせるんだけどな」
 後ろ手に妹紅さんを拘束する手錠的な何かを蓮子が外そうと格闘しているが、見込みはなさそうだ。妹紅さんは大きく息を吐いて、「あーくそっ」と悪態をつく。
「あの天の邪鬼め、次に会ったらギタギタにしてやる」
「ていうか妹紅さん、殴られたところ、大丈夫ですか?」
「このぐらいで死ねるならとっくに死んでるさ」
 反応に困ることは言わないでほしい。
「でも妹紅、両腕が使えなくたって戦えるでしょ? どうしてあっさり捕まったの」
 蓮子がそう問うと、「そりゃまあそうだが」と妹紅さんは頭を掻こうとしたのか、拘束された両腕を忌々しそうに揺り動かした。
「別にこの城を燃やすつもりで全力で暴れてやっても良かったんだが、そうしたらお前らまで巻き込んじまうじゃないか。完全な不意打ち食らったのは私の不覚だしな。まさかあの天の邪鬼、私の頭上に隠れてやがったとは……」
 歯がみする妹紅さんに、私は蓮子と顔を見合わせる。それってつまり、結局のところ私たちが足手まといになってしまったということでは……。
 私たちの表情に気付いたか、妹紅さんは「ああ、気にするなよ」と首を振る。
「別に、お前たちのせいで私がやられたわけじゃない」
「そうですけど……」
「それに、この拘束だって大した問題じゃない。ちょっと離れてろ」
「え?」
「いいから」
 言う通りに少し距離を取ると、妹紅さんは立ち上がって私たちの方を向いたまま、背後に強い炎を吹き上げさせた。まさか、あの手錠的なものを高温の炎で溶かしきるのか? そんな炎で、妹紅さんの腕は大丈夫なのだろうか。
 ――と思ったら、違った。手錠的なものが抜け落ちて、妹紅さんの足元にぽとりと落ちたのである。梁を焦がすそれを軽く足で踏みにじりつつ、妹紅さんは痛みを堪えるような顔をしながら再び背後に炎を広げ――そして、戒めを解かれた両腕をひらひらと振った。
「やれやれ、さすがにこいつはだいぶ痛いな」
「……え、妹紅、今何したの?」
「ああ、両手首だけを一回骨になるまで燃やしたんだよ。もう再生したけどな」
 ――いやちょっと待って、なにそれ想像したくない。不老不死の炎使いだから出来る芸当とは言っても、いくらなんでも限度があるのでは。いやまあ、妹紅さんが不死をいいことに無茶をするというのは、慧音さんから耳にたこができるほど聞かされた話ではあるのだが……。
「ほれ、何の傷も残ってないだろ?」
「いや、そういう問題なんですか?」
「慧音みたいな顔するなよ、メリー。こんな身体だ、他人より痛覚も相当鈍ってるから平気さ。刃物がありゃ手首を切り落とせば済むから楽だったんだけどな」
「さすが、不老不死のロジックは凡人の常識を超えるわねえ。それで妹紅、どうするの? これから天の邪鬼にリベンジマッチ?」
「まあ、あの天の邪鬼は徹底的に痛めつけてやりたいが、まずはあの小槌をなんとかしないとな。あれさえどうにかすればこの異変は解決だろう」
 針妙丸さんの持っていた小槌。あれが世に名高い一寸法師の打ち出の小槌なら、私の知るお伽話の描写を考える限り、使用者の願いをノーリスクで叶えるというかなりのチートアイテムのはずだ。お伽話の一寸法師は小槌の力で大きくなったはずだが、その末裔である針妙丸さんが小人族を名乗りながらもちょっと小柄な普通の少女サイズなのは、彼女も小槌の力で大きくなったということなのだろうか。それとも一寸法師が大きくなってからはその子孫も代々普通の人間サイズなのか。……いや、それなら「小人族」とは名乗らないか。
「でも、燃やしちゃうのは勿体ないわねえ。打ち出の小槌よ、妹紅。金銀財宝ざっくざくよ」
「霊夢みたいなこと言うなよ」
「じゃあ――不老不死の呪いから解き放ってくれっていう願いを小槌にしてみたら?」
 蓮子のその言葉に、妹紅さんは一瞬顔をしかめ。
「――その手のは、あちこち放浪してた頃に散々試したよ。だいたい、あの天の邪鬼が代償とかなんとか言ってただろう。ノーリスクで願いを叶える道具なんてありゃしないさ」
 蓮子から顔を背け、妹紅さんは嘆息するようにそう呟いた。
 それに関して、私たちから言えることは何もない。沈黙するのみである。
 ただ――それはそれとして、代償という言葉は確かに気になる。たしか正邪さんは、蓮子のコートが付喪神化していることについて代償がどうこう言っていたような。
 押さえるのに疲れて私が思わず力を緩めると、蓮子のお尻が座っている梁から浮いた。頭上の畳の方へふわふわと風船のように浮かぼうとする蓮子を、妹紅さんが捕まえる。
「もうメリー、ちゃんと押さえててよ」
「私だって疲れたわよ、もう。そのまま浮いてれば?」
「そんなあ」
「ほら蓮子、お前だっていつまでもふわふわ浮いてるわけにはいかないだろう?」
「これはこれで楽しいけど、確かに不便ねえ。特にコートが脱げないのは。汗臭くなっちゃう」
「そういう問題か?」
「乙女心は大事よ。影狼ちゃんだって満月は毛深くなるの気にするでしょ? それにしてもトレンちゃん、どうして脱がせてくれないの? 私、ひょっとして貴方に愛されてる? うーん、気持ちは嬉しいけど、私にはメリーという心に決めた相棒が」
「馬鹿言ってないの」
 付喪神になりかかっている自分のコートと勝手に話し始める蓮子の、ふわふわと浮いた足をつねってやる。「痛い痛い」と悲鳴をあげて、蓮子は頬を膨らませた。
「やだもうメリーのえっち。私のスカートの中覗いてるでしょ」
「何言ってるのよ」
「まあメリーになら見られてもいいんだけど」
「頭まで風船みたいに空っぽになってるんじゃないわよ」
 そんなしょうもないことを言い合っていると、不意に私たちの放り込まれた和室の襖が開いた。姿を現したのは――針妙丸さんの方である。
「あら、少名ちゃん」
「お、首謀者。改めて勝負するか?」
「げっ、拘束解けてるじゃん! なんだよもう、正邪の奴、ちゃんとしろよお」
 妹紅さんが好戦的に拳を打ち鳴らし、針妙丸さんが大きな針を構える。と、そこへ蓮子がふわふわ浮いたまま、ぱんぱんと手を打ち鳴らして割って入った。
「まあまあふたりとも、ちょっとここは一旦矛を収めて」
「なんだよ蓮子」
「な、なにさ、そこの人間」
「妹紅は力尽くでの解決でいいって言うけど、解決って本来、当事者が納得できる落とし所を探る行為でしょ? そのためにも少名ちゃん、貴方がどうして正邪ちゃんとこの異変を企てたのか、もうちょっと詳しく背後関係を聞きたいんだけど」
「だから、幻想郷の弱者を――」
「理念じゃなくて、そもそも少名ちゃん、貴方はどうして正邪ちゃんと知り合ったの?」
 蓮子の問いに、きょとんと針妙丸さんは目を見開いた。




―18―

 かくして不満げな妹紅さんをなだめつつ、針妙丸さんへの事情聴取が始まった。
「……そもそも私たち小人族は、この輝針城と一緒に鬼の国に幽閉されてたんだよ」
「鬼の国? 地底のことかしら。それとも今の地獄?」
「そっちが何て呼んでるかは知らないけど、とにかく鬼の国だよ。小槌の力を恐れた幻想郷の権力者どもに長い間城ごと封印されてて、私の代じゃもう、小槌のこと自体忘れられてた。私も、自分が封印されてるなんて自覚がないままに暮らしてたんだ。でも、そこに正邪が現れた。正邪は教えてくれたんだ。小人族がいかに迫害されてきたか、私たちがどれだけ理不尽な仕打ちを受けて鬼の国に幽閉されることになったのかを!」
 ――そう力んで針妙丸さんが語った《小人族迫害の歴史》を、ここで詳細に述べてもいいのだが。賢明なる読者諸賢は既にお察しの通り、このとき針妙丸さんが語った《歴史》は、正邪さんの吹きこんだ捏造であったことが後々判明することになる。
 なので、ごくごく簡単にまとめると――。
 一寸法師が鬼を退治して打ち出の小槌を手に入れ、大きくなってお姫様と結ばれたところまではお伽話に語られる通りである。その後、一寸法師はどんどん出世していき、ついには都に建てられたお城・輝針城の城主にまで上り詰めた。その頃の輝針城は普通の、大地に築かれたお城だった。
 ところが、それを良く思わない連中がいた。一寸法師が小人だった頃の噂を聞きつけた連中は、一寸法師は人間ではない、妖怪だ、異形のものだという噂を流して一寸法師を貶めた。そこに、一寸法師の娶った姫が産んだ子供が、かつての一寸法師と同じ小人だったことで疑念は決定的になった。
 一寸法師は捕らえられ、打ち出の小槌は取り上げられた。一寸法師を貶めた連中は小槌の力で輝針城を我が物にしようとしたが、小槌は小人族にしか扱えない。小槌は使用者の願いを拒絶し、輝針城は逆さまになって宙に浮かぶ異形の城となった。一寸法師はその城に小槌とともに幽閉され、城ごと都を追放されてしまった。
 そうしてお城ごと幻想郷に流れ着いた一寸法師とその子孫たちは、空に浮かぶ輝針城の中でひっそりと暮らしていたが、天空から自分たちを見下ろす城の偉容に地上の妖怪たちが畏れを向け、小さいくせに自分たちを見下ろすとは生意気だと、小人族を迫害し始めた。そしてついには、幻想郷すらも追い出され、鬼の国に閉じこめられてしまうことになった――。
 それから永い時間が過ぎ、もはや小槌のことも忘れられかけていた……。
 というのが、針妙丸さんの語った《小人族迫害の歴史》である。
「……で、少名ちゃんはそんな迫害の歴史に終止符を打つために立ち上がり、小槌の力で輝針城ごと鬼の国を脱出して、幻想郷に革命をもたらそうとしていると」
「その通り!」
「なるほどねえ」
 蓮子は帽子の庇を弄りながら頷き、後ろで妹紅さんは腕組みして不満げに口を尖らせる。
「胡散臭い話だな」
「なんだと!」
「まあまあ妹紅、ここは抑えて。少名ちゃんの話は理解したわ。確かにその迫害の歴史が事実なら、小人族は被害者で、少名ちゃんが立ち上がるのは正当な抵抗ね」
「そうだよ。天道我にありってやつだよ! こっちが正義だ!」
 針妙丸さんは胸を張る。蓮子は頷き、何気ない顔で口を開いた。
「ねえ、これは部外者の素朴な疑問なんだけど」
「なにさ?」
「――小人族がそんなに長い間不当な迫害を受けていたなら、どうして今までの小人族は小槌の力でその迫害に抵抗しなかったのかしら?」
「…………え?」
「だって、小槌はずっと小人族の手元にあったんでしょう? 今少名ちゃんがこうして使えているわけだし。だったら、歴代の小人族も、今の少名ちゃんみたいに小槌の力を使って迫害に抵抗できたはずじゃない。どうして小人族は小槌という武器がありながら、その不当な迫害を甘んじて受け入れてきたのかしら?」
「…………」
 眼をぱちくりさせて、針妙丸さんは蓮子のその疑問について考え込む。
「……いや、みんなが甘んじて受け入れてきたとは限らないよ! 今だって私がこうしてレジスタンスを起こしたら、そこのが止めに来たじゃん! きっとそうやって何度も抵抗しては敗れてきたんだよ! そうに決まってる!」
「なるほど、確かにね」
「そうだよ! だからこそ、この下剋上を成功させて今度こそ幻想郷をひっくり返すんだ!」
 ぐっと拳を握りしめる針妙丸さん。なんかかえって決意を固めてるだけのような――という気はしたが、そもそも蓮子には彼女を説得する気はないらしい。確かに、針妙丸さんが今の行いを心から正しいと信じているなら、正しい側が自分の正義を改めることは無い。なぜならそれは正しいからだ。正義はそれ以上正しくなりようがないのである。
「ところで、その《迫害の歴史》は誰から教わったの?」
「正邪だよ!」
「そりゃますます胡散臭いな」妹紅さんが鼻を鳴らす。
「だから正邪を嘘つきって決めつけるなってば!」吼える針妙丸さん。
「まあまあ。じゃあ、もひとつ質問なんだけど。――なんで天の邪鬼の正邪ちゃんが、そんなに小人族の歴史に詳しいのかしら?」
「……へ?」
 今度こそ、全く意想外の質問をされたという顔で、針妙丸さんは目をしばたたかせ、

 けれど、その問答は結局、中途半端に終わることになる。
 なぜなら――本来の、異変解決を生業とする者たちが、この輝針城に迫っていたからだ。

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この小説へのコメント

  1. 蓮子の交渉はやはり結末まで本末転倒でしたね。これも作品の見所の一つとしてます。

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