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こちら秘封探偵事務所第13章 輝針城編   輝針城編 1話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第13章 輝針城編

公開日:2019年08月31日 / 最終更新日:2019年08月31日

輝針城編 1話
―1―

 幻想郷で数々の異変に首を突っ込んできて、ひとつ学んだことがある。
 具体的に《異変の始まり》がいつ、どのように起こったのかがはっきりしている異変というのは、実はそう多くない。相棒が主犯をそそのかした紅霧異変や、そもそも相棒が主犯である宝船騒動はともかく、多くの異変はいつの間にか、気が付いたときには既に始まっている。
 もちろん首謀者の視点から見れば、異変を起こそうと決めてそのために動き出した瞬間、あるいはその異変で起こすべき事態が発動した瞬間が《異変の始まり》なのは間違いないが、だいたいにおいて部外者である私たちには、それは容易く判別できるものではないのだ。
 というわけで――今回の異変も、私たちにとっては、いつの間にか始まっていたものだった。実際にいつ何時にこの異変が始まったのか、正確なところを知るのは首謀者だけである。
 では、私たちにとっての《異変の始まり》――すなわち、この物語を語り出すべき地点はどこか。それは、私たちの保護者である上白沢慧音さんから、我らが《秘封探偵事務所》に持ち込まれた一件の依頼からだった。

「楽器の消失事件、ですか」
 宗教戦争の夏が終わろうとしていた。晩夏の人間の里は、あの混沌と熱狂の残滓すらなく、十年一日の静けさを取り戻している。そんな里の中心部に居を構える稗田寺子屋、その離れを占拠した閑古鳥生産コンビナート、もとい《秘封探偵事務所》に、今日は珍しく来客があった。来客といっても、慧音さんのことなのだが。
「里の祭のときに有志が楽団を組んで演奏しているのは見たことがあるだろう?」
「和楽器の楽団ですよね。笛に太鼓に琵琶に琴……」
 私が答えると、慧音さんは頷く。
「ああ。その楽器は、普段は里の集会所の物置に仕舞ってあるんだが、今年の収穫祭に向けてそろそろ練習を始めようと物置を見たら、いくつかの楽器が消えていたそうだ」
「いくつか、というと、具体的には?」蓮子が問う。
「太鼓、琵琶、琴の三種類だな。どれも長く使い込まれた、年季の入った楽器だ」
「ははあ。それは見つからないと困りそうですね」
「いや、楽器自体は予備があるから致命的な問題ではないんだ。だが、貴重品であることには変わりないし、楽器は里の文化的財産だ。無くなった事実を見過ごすわけにもいかない。本来なら自警団で捜索するところなんだが……」
「野良妖怪の凶暴化ですね」
 ――ここ数日、普段は里の人間に手を出さないような野良妖怪が、凶暴化して里の人間を負傷させる事件が続いていた。霧の湖や迷いの竹林など、里の外でも比較的安全とされている地域で、真っ昼間から妖怪に襲われたという報告が、常ならぬペースで寄せられているのだ。幸い、まだ里の人間に犠牲者は出ていないものの、このままでは人死にが出る可能性は否定できない。なので私たちも、寺子屋の授業で子供たちに、無闇に里の外に出ないようにと呼びかけているところだ。
 でもって、そういう状況のために存在しているのが、慧音さんの所属する自警団である。もともと、人間の里を妖怪から守る自衛組織として結成されたのが自警団であるからして、組織としては本懐というものだろうが……。
「そうだ。その警戒で、自警団からは人手を割けない」
 自警団の人員も限られている以上、妖怪対策で忙しくなれば、現在の本業である里のよろずお困りごと相談業務にまで手が回らなくなるのは、自明の理というやつである。
「そこで、君たちの探偵事務所の出番というわけだ。私はよく知らないが、外の世界の探偵というのは失せ物探しが主要な業務のひとつなのだろう?」
「人探しと身辺調査が主だと思いますけどね。では、依頼は《消えた楽器の捜索》ということでよろしいのですね? 期限は収穫祭までですかしら」
「とりあえずは、そうなるな。とにかく、これが人為的な消失なのか、それとも楽器の方が勝手に消えたのか、それだけでもはっきりさせてほしい」
「なるほど。年季の入った楽器という話ですものね。了解しましたわ」
 慧音さんの言葉に、蓮子は頷く。――外の世界にこの記録を持って行ったら、意味不明なやりとりと思われるかもしれない。幻想郷ではごく当たり前の可能性の検討なのだが。
「では、楽器消失事件の捜査および消えた楽器の捜索、正式に依頼として《秘封探偵事務所》が承りましたわ。聖輦船に乗ったつもりでお待ちくださいな」
「それは地底に埋められるんじゃないかしら?」
「野暮なツッコミ入れないでよ、メリー」
 大仰に肩を竦める蓮子に、慧音さんはいくぶん心配そうな顔を向けて。
「……何でもいいが、君たちも今はあまり迂闊に里の外を出歩くんじゃないぞ。玄爺殿でも命蓮寺の妖怪でも構わないから、里の外に出るときは必ず護衛をつけること、野良妖怪に襲われたら何をさておいても逃げること。いいな」
「はーい」
 小学生のように手を挙げる蓮子に、慧音さんは明らかに疑いの眼差しを向けていた。今までの相棒の行状からすれば、むべなるかな。一緒に私まで疑われるのは、できれば勘弁してほしいけれど。私はできれば、安穏と静かに暮らしたいのである。

 というわけで里の集会所に向かい、物置を見せてもらったが、これといった手がかりは得られなかった。そもそも集会所の物置には鍵がかかっていない。誰かが持ち出そうと思えばいつでも簡単に持ち出せたのである。
 おまけに物置の様子を誰かが定期的に見回っているわけでもなく、聞き込んだ限りで異常がなかったという証言は、楽器が消える二週間前まで遡ってしまった。二週間ものあいだ、鍵もない物置に放置されていた楽器。その間、里の集会所に出入りした人間の数など誰も把握していないし、夜なら人目につかずに持ち出すことは容易かっただろう。これでは容疑者の絞り込みすらままならない。
「密室から楽器が消えた! っていうのなら面白かったのにねえ」
「面白いかしら? 能力のない人間ならともかく、妖怪の仕業なら密室だろうと衆人環視だろうと、いくらでも方法がありすぎて、どっちにしたって容疑者は絞れないと思うけど」
 壁抜け、時間停止、無意識、透明化。パッと思いつくだけでも密室から楽器を盗み出せそうな能力持ちの知り合いが思いつくし、物を小さくして持ち運べるとか、遠くの物体を手元に引き寄せる能力なんてのも有り得そうだ。
 何にしても、はっきりしているのは二週間前まで楽器は確かに物置にあり、二週間のあいだにどこかへ消えた。それだけである。
 では、なぜ楽器は消えたのか。考え得る可能性は大別して二種類だ。
 ひとつは、誰かが外に運び出した。
 もうひとつは、楽器が勝手に外に出ていった。
 楽器は今も物置にあるのに見えていない――という京極夏彦的な可能性を除けば、慧音さんの言う通り、その二種類以外の可能性は考えにくい。
「人為的に持ち出されたとすれば、一にうっかり、二に隠匿、三に盗難だけど」
 誰かが別のところに仕舞って忘れているか、壊してしまったりしてどこかに隠しているか、何らかの理由で誰かが楽器を盗んだか。いずれの可能性も現段階では排除しがたい。
 そしてもちろん、人為的でない可能性も、充分にある。
「あるいは――付喪神になって、勝手に出て行ったか……」
「どうするメリー? どの可能性から攻める?」
「所長でしょ? 蓮子が決めて。ま、どれを選ぶかは解ってるけど」
「さすがメリー、一心同体ね。じゃ、付喪神の専門家のところに行きましょ!」

 ――そう。幻想郷で、古い道具が突然消えたとなれば、まず検討すべき可能性。
 付喪神化して、妖怪となって勝手にいなくなったということが、充分に起こりうるのだ。




―2―

「楽器の付喪神? 確かに最近、付喪神が増えとるが、少なくとも儂には覚えがないのう。儂とて幻想郷の新たに生まれた付喪神全部の面倒を見とるわけじゃない」
 命蓮寺裏手の墓地。二ッ岩マミゾウさんは、そう言って煙管を吹かした。
 霧雨魔理沙さんから聞いた話だが、マミゾウさんは生まれたての付喪神を集めて、化け狸の宴会に参加させて育成しているらしい。化け狸の部下作りなのだとか。
「付喪神が増えてるって……また小鈴ちゃんが百鬼夜行絵巻で遊んでるのかしら?」
「マミゾウさん、まさか小鈴ちゃんのところから盗んだりしてません?」
「人聞きの悪いことを言うでない。盗んでまで欲してはおらんよ」
 以前、狐火の噂が里を騒がせたことがある。私たちも冬場の夜中に張り込んで探ったりしたのだが、結局それは鈴奈庵の本居小鈴ちゃんが所持していた百鬼夜行絵巻が原因だった。マミゾウさんはそれを手に入れようとしていたのだが、霊夢さんが先手を打って小鈴ちゃんに売らないよう言い含めたため、百鬼夜行絵巻は今も鈴奈庵にあるはずだ。
「だいたい、今付喪神が増えとるのは百鬼夜行絵巻のせいじゃあないと思うがの」
「あら? マミゾウさん、何か心当たりでも?」
「さて、原因までは定かじゃないが、このところ妙な気配が幻想郷中を覆っておる」
「妙な気配、ですか」
「付喪神に限らず、満月でもないのに、弱い妖怪が満月のように昂ぶっておる。野良妖怪が凶暴化しとるのも、おそらくはこの気配が原因じゃろう。正体まではわからんが――」
 そこまで言って、マミゾウさんは言葉を切り、「それにしても妙なんじゃよな」と呟いた。
「何がです?」蓮子が首を傾げる。
「満月の夜は、どんな妖怪も妖力が強まることは知っとるじゃろ。儂のような高位の妖怪でも、そのへんの木っ端野良妖怪や付喪神の赤ん坊も等しくそうじゃ。今の妙な気配もそれに近いんじゃが、決定的に違う点がひとつある。――儂には何の影響もないんじゃよ」
「え?」
「強い妖怪ほど、気配の影響が弱い、っちゅうことじゃな。寺でいえば、儂や聖、ぬえあたりはほとんど何の影響もないんじゃが、響子あたりになると最近妙に気が立っとる。昨日も無差別な大声で参拝客を気絶させてしもうて、ちょっとした騒ぎになったしのう。あの気弱な響子が、聖に叱られてケロッとしておったわい」
 なるほど、それは確かに妙だ。命蓮寺で修行している山彦の幽谷響子さんは、基本的に人間に害意のない善良な妖怪である。前科のあるムラサさんあたりならともかく、彼女が参拝客にいたずらをして平然としているというのは、いささか想像しにくい。
「何にしても、こいつは何かの前兆の予感がプンプンするのう」
「マミゾウさん、また霊夢ちゃんに先んじて異変解決します?」
「そこまでする義理は今のところ無いのう。この前の面霊気の件は例外じゃ。この気配の影響で付喪神が増えるなら、儂ら化け狸にとっては配下を増やすいい機会じゃ、わざわざ解決してやる理由はなかろうて。どうせそのうち巫女が勝手に動くじゃろ」
 そう言ってニヤリと笑い、マミゾウさんは大きな尻尾を揺らして「じゃあの」と姿を消す。はてさて、彼女は本当に解決に動く気はないのか、それとも妖怪らしく悪ぶってみせているだけなのか。先日の秦こころさんの件での活躍ぶりを見ている私たちとしては、マミゾウさんという妖怪については、まだなんとも判断がつかなかった。

 白蓮さんに叱られたという響子さんは今日は寺に来ていなかったので、私たちは里に戻った。マミゾウさんは否定していたが、小鈴ちゃんの百鬼夜行絵巻が原因説も一応確認しておいた方がいいだろう、ということで、鈴奈庵に向かうことにしたのである。
 ところが――。
「……臨時休業?」
 鈴奈庵の戸は閉まっていて、《臨時休業》の張り紙がされていた。
 留守なのかと思ったが、戸の向こうに耳を済ませてみると、何やら中からばたばたという物音がする。改装工事でもしているのか。それとも――。
「怪しいわね。メリー、突撃よ!」
「……臨時休業の店に勝手に入ったら不法侵入じゃないの?」
「幻想郷に不法侵入を罪とする法律はないからへーきへーき。お邪魔します!」
 止める間もなく、相棒は鈴奈庵の入口の戸を開け放ち、薄暗い店内に足を踏み入れる。私も仕方なく後を追った。店のいつものカウンターに小鈴ちゃんの姿はないが、奥からはばたばたと騒がしい物音。
「小鈴ちゃん、いるー?」
 蓮子が物音に負けないようにそう声を張り上げると、
「あ、蓮子さんメリーさん、すみません今日は臨時休業でして!」
 店の奥、本棚の影から小鈴ちゃんが困り顔で姿を現した。
「うん、それは張り紙見たから知ってるけど、これ何の騒ぎ? 改装なら手伝うけど」
「あっ、いえこれはその、いやなんというか……」
 小鈴ちゃんが慌てて首を振る。怪しい。やっぱり小鈴ちゃん、また百鬼夜行絵巻で付喪神を集めているのでは。露骨に疑いの視線を向けられ、小鈴ちゃんはたじろぐ。
「ええと、いやホントあの、なんと説明したらいいか」
 小鈴ちゃんがそう言った、次の瞬間。
「あ痛っ」
 彼女の背後から何かが飛んできて、その後頭部を直撃した。前につんのめった小鈴ちゃんを蓮子が受け止め、そして私たちは頭上、鈴奈庵の天井近くを飛ぶ物体を見上げて――。
「……ええ?」
 思わず、そんな声をあげていた。
 ――飛んでいたのは、本だったのである。
 ページを翼のように広げて、ばさばさと音を立てて鳥のように空を飛ぶ本。それも一冊ではない。小鈴ちゃんの背後から、何冊もの本がばさばさばさと飛び立っていく。
「あああ、メリーさん入口閉めてください!」
 小鈴ちゃんが慌てて叫ぶ。見ると一冊の本が、私たちが開けた入口から外に飛び出そうとしていた。私は咄嗟にダッシュで入口に戻って戸を閉める。間一髪間に合い、外に飛び出そうとしていた本は戸にぶつかって力を失ったように床に落ちた。
 拾い上げてみると、特に何の変哲もない和綴じの本である。私の手の中で動き出す気配はないが……いや、よく見れば表紙の文字が読めない。人間以外の言語で書かれた妖魔本だ。小鈴ちゃんのコレクションの一冊だろう。
 ばさばさばさ。なおも本たちは私たちの頭上を飛び回り、勝手に本棚の上に鎮座したり、天井にぶつかって床に落下したりしている。小鈴ちゃんは落下した本を拾って、エプロンのポケットから紐を取りだして本を縛り上げた。私の拾った本もそうしてもらうことにする。
「小鈴ちゃん、どうなってるのこれ」
「わかりません。今朝からずっとこの調子で、本が勝手に飛び回って店を開くどころじゃないんですよ。とりあえず捕まえて動かないように縛ってるんですけど、なかなか捕まらなくて」
 蓮子の問いに、眉をハの字にして小鈴ちゃんは答える。本が勝手に飛び回るなんて大事件のような気がするが、小鈴ちゃんはただ困っているだけで、この事態にあまり動じていないようだった。幻想郷ではよくあること……でもない気はするのだが。
 ばっさばさばさ。本が飛び回る音が意外とうるさい。それに、ページを翼代わりにばさばさ揺さぶって、本が傷まないか心配になる。店主の小鈴ちゃんは尚更だろう。
「蓮子さん、メリーさん、捕まえるの手伝ってもらえません?」
「それは構わないけど、飛んでるのを捕まえるのは人間の身には骨ねえ」
 天井近くを旋回する本を見上げて、蓮子が呟く。鳥籠から逃げた小鳥を部屋の中で捕まえるようなものだろう。無理っぽい気しかしない。
「うーん、しょうがない。こういうのに理解がありそうな助っ人を呼びましょ」
「助っ人?」
 首を傾げる小鈴ちゃんに、蓮子は「任せて任せて」とウィンクしてみせた。

 ――で、蓮子が鈴奈庵からひとっ走り、誰を連れてきたかというと。
「あらあらあら〜、これは大変ですね〜。ポルターガイスト……ではなさそうですね〜」
 店内を飛び回る本の群れを見渡して、あんまり大変に思ってなさそうなのんびりした声をあげたのは、自警団員で慧音さんの部下である小兎姫さんだ。
「付喪神化でしょうか。とりあえず、全部捕まえればいいですか〜?」
「あ、はい、よろしくお願いします」
「わかりました〜。捕まえるのは得意ですから、任せてください〜」
 おっとりと微笑んで、小兎姫さんはぐるりと視線を巡らす。大丈夫かなあ、という顔をしていた小鈴ちゃんは、次の瞬間大きく目を見開いた。
 とっ、と軽く床を蹴ってふわりと高く飛び上がった小兎姫さんは、ランダムに飛行する本たちを、目にも留まらぬ速さで瞬く間に回収していく。天井近くを飛び回っていた十数冊をあっさりと捕獲し、司書のように抱えて床に降り立った小兎姫さんは、汗ひとつかかずに「捕まえました〜」と微笑んだ。小鈴ちゃんは目が点になっている。
 いやはや、妖怪退治の家の出身だとは聞いていたし、この小柄な体躯で自警団員をしているのだから見た目に似合わぬ実力者なのだろうとは私たちも想像していたけれど、予想以上である。小兎姫さん、侮るべからず。
「まだいますか〜?」
「あ、奥の方にまだ……」
「じゃあ、全部捕まえてきますね〜。この本の付喪神は全然強くないですから、とりあえず重石でも載せておけば大丈夫かと〜」
 抱えた本を床に置き、「押さえててください〜」と小鈴ちゃんに言い残して、小兎姫さんは店の奥に姿を消す。小鈴ちゃんが体重をかけて本を押さえつけていると、一分もしないうちに小兎姫さんが本をもう一山抱えて戻ってきた。早い。
「これで全部ですかね〜?」
「あ、ありがとうございます……」
「いえいえ〜。古い本が多いとはいえ、こんなにいっぺんに付喪神化しかけると大変ですね〜」
 小兎姫さんは能天気に答えて、店のカウンターにあった文鎮を本の山に載せた。そんなので大丈夫なのかと思ったが、飛び回っていた本の山はそれで動かなくなる。
「動きが鈍いのはこうやって押さえておけば大丈夫ですね〜。これで押さえられなくなったら紐で縛っちゃえばいいかと〜。どうしても手に負えなくなったら霊夢さんに頼んで封じてもらうことをオススメしますよ〜」
「は、はい……」
 心配そうな顔をする小鈴ちゃんに、小兎姫さんはいたずらっぽく笑う。
「……これ、全部妖魔本ですよね〜?」
「うっ」
「大丈夫、慧音さんに告げ口したりはしませんよ〜。それほど極端に危険そうなものはありませんし、こういう変なもの集めるのは私も好きですから〜。同志がいて嬉しいです。よければ今度、私が発掘したものもお見せします〜」
「……は、はあ」
「まあでも、妖怪絡みのアイテムには違いないですから、扱いは気を付けてくださいね〜。慧音さんに見つかったら絶対怒られますから〜。それでは〜」
 ひらひらと手を振って、小兎姫さんは去っていく。
「ええと、あの人自警団の人ですよね……? 発掘ってなんですか?」
「さあ」
 小兎姫さんは発掘が趣味だと聞いているが、具体的に何を発掘しているのかは私たちも知らないのである。あんまり碌なものでもなさそうだが。
「ま、まあとにかく落ち着いて良かったです。……大人しくなってみるとちょっと可愛いですね、これ」
 小鈴ちゃんは捕まえた本を一冊だけ解放する。ぱたぱたと小鈴ちゃんの周囲を小鳥のように飛び回る本に、小鈴ちゃんは楽しげに笑った。
「なんか妙に落ち着いてるわね、小鈴ちゃん」
「そうですか? いつも通りですよ」
 首を傾げる小鈴ちゃんに、私たちは顔を見合わせた。




―3―

 そろそろ夕方なので、私たちは一旦探偵事務所に戻ってきた。野良妖怪が凶暴化している現状、夕刻以降に里の外をうろつくのはあまり得策とは言い難い。
「ねえ蓮子、小鈴ちゃんの様子ちょっと変だったわよね?」
「そうねえ。自分の妖魔本が付喪神化したなんてことになったら、あの子ならもっとはしゃぎそうなものだけど――」
 今までの小鈴ちゃんの様子をそれとなく見守ってきた私たちの実感である。妖怪に興味津々の小鈴ちゃんのことだ。付喪神も立派な妖怪の一種であるからして、自分のところにたくさん妖怪が! と喜びそうなものである。
「うーん、今度はこころちゃんが好奇心の面でもなくしたのかしら?」
「蓮子がいつも通りだからその可能性はないと思うわ」
「あらメリー、私は希望の面が失われたときも希望でいっぱいで夜もぐっすりだったわよ」
「蓮子の場合、単に不安とか恐怖って感情が欠けてるだけじゃないの?」
「私の感情は正常だって面霊気のお墨付きよメリー」
「蓮子を正常と判定してる時点で、こころさんの判定の信頼性には疑問が残るわね」
「こころちゃんに怒られるわよ。何にしても、この付喪神発生現象と、野良妖怪の凶暴化がマミゾウさんの言う通り、何かの異変の前兆だとしたら……」
「やっぱり、消えた楽器も付喪神になってどこかに行ったのかしらね」
 太鼓と琵琶と琴。里で長年、祭に使われてきた古い楽器。だが、毎日丁寧に手入れしてもらっていたわけでもなく、普段は物置に片付けられていた楽器たち。そんな楽器が付喪神化したら、もっと自分たちを大事に扱ってくれる持ち主を探しに行こうと思うのかもしれない。
 幻想郷で、楽器を大事に扱ってくれそうな者といえば――。
「とりあえず、明日は騒霊楽団のところに行ってみる?」
「あらメリー、相変わらず私たちは一心同体ね。私も今そう言おうと思ってたところよ」
「他に選択肢なんて、せいぜい鳥獣伎楽ぐらいしかないじゃないの」
 幻想郷で楽器の演奏者といえば、なんといってもプリズムリバー騒霊楽団だ。楽器の付喪神が騒霊楽団を頼るというのは充分ありえそうな話である。他に、幽谷響子さんがミスティアさんとやっているパンクバンドの鳥獣伎楽もあるけれど……。
「でも、実際に付喪神化してたらどうするのかしらね」
「さあねえ。幻想郷で楽器は貴重品だし、霊夢ちゃんに封印してもらって楽器として使い続けるのか……。妖怪化した楽器なんて使いにくいって言われて捨てられちゃうかも」
「そうなったら人間を怨んだ妖怪になりそうね。どこかの毒人形みたいに」
「メディちゃんはアリスさんとか永遠亭とか幽香さんが面倒見てるから、今はそんな危険じゃないって話よ」
 鈴蘭畑に捨てられた人形が毒を帯びて妖怪化したメディスン・メランコリーちゃんには、大結界異変のときに襲われかけた経験がある。この記録では書く機会がなくてその一瞬しか出てきていないが、その後、永遠亭で八意永琳さんと話している姿を見かけたことがあった。鈴蘭の毒を永遠亭に薬の原料として売っているのだとか。人形の妖怪ということでアリス・マーガトロイドさんや、生活圏の近い風見幽香さんがときどき面倒を見ているらしい。
 人間に捨てられた器物の付喪神といえば、唐傘お化けの多々良小傘さんもそうだ。もっとも彼女は正確には忘れ傘らしいので、人間を強く怨んでいるような様子はないけども。
「でも、この調子で古い道具がなんでもかんでも付喪神になって勝手に消えだしたら大変ね」
「道具の叛乱ね。人間に使われるだけの立場から、自らの権利に目覚めた道具たちが立ち上がり、人権ならぬ道具権を訴えだして……」
「でも、もともと人間は道具の奴隷よ。一度便利な道具を生み出してしまうと、もうそれなしではどうやって生活してたのかわからなくなるでしょ?」
「幻想郷に来た頃を思い出すわねえ」
 二一世紀も終盤の科学世紀から、この幻想郷に来たばかりの頃には、いろいろとカルチャーショックを受けたものである。もはや懐かしい話だ。
「何にしてもやっぱり、マミゾウさんの言ってた気配の正体を探るのが得策かしら」
「どうやって探るのよ」
「そりゃあ、メリーの高性能レーダーアイで」
「だから私の目は別にレーダーでも妖怪探知機でもないってば」
「そんなこと言って、きっと今回もメリーが何か見つけてくれるはずよ。隠された異変の秘密をね。そして私はそこから世界の真実にたどり着く!」
「ただの誇大妄想でしょ」
 自信満々でない胸を張る蓮子に、はあ、と私はため息。これから何が起こるにせよ、またこの相棒に振り回されることになりそうだ。まあ、いつものことだけれど――。
 私がそんなことを思っていた、次の瞬間。
 ――突然、事務所のドアががらりと開いた。
 ノックもなしとは、早苗さんが来たのだろうか――と、私たちがそちらに顔を向けた瞬間。
 突如として、ふたつの影が、私たちに躍りかかった。
「っ!?」
 反応もできないまま、私の身体は気付いたときには赤い糸で縛り上げられていた。何が起こったのかわからないまま蓮子の方を振り向くと――相棒の方も、同じような赤い糸で縛られている。そして、私たちの背後に、見慣れないふたつの人影。
「捕まえた! 姉さん。こいつらよ、私たちのこと嗅ぎ回ってたの」
「いいけど、どうするの? 八橋。この人間ふたり」
「あんまり強そうじゃないし、放っておいてもいいかと思ったけどー。せっかく下剋上の時代なんだから、人間に見せつけたいじゃない、私たちの力」
「そうだね。この力の源が何にせよ、力の主への手土産にはちょうどいいかな」
「でしょでしょ?」
 縛られた私たちの背後で、何やら不穏な会話をしている、少女ふたり。
 その手には――見間違えようもなく、楽器の琵琶と琴が携えられていた。

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この小説へのコメント

  1. 輝針城は個人的に東方で1、2を争う好きな作品なので、どんな謎が待っているのか、楽しみです!

  2. いよいよ始まってワクワクしてます。
    今回早々に蓮メリが拉致られそうなんですが、また異変の中心に放り込まれるんでしょうかね。

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