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こちら秘封探偵事務所第5章 花映塚編   花映塚編 第7話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第5章 花映塚編

公開日:2016年10月15日 / 最終更新日:2016年10月15日

花映塚編 第7話



―19―


「ほれ、降りろ。箒が折れちまうぜ」
 彼岸花が咲き乱れる中に、一筋の野道がついている。私たちがそこに降り立つと、魔理沙さんは周囲を見回して「しかし、花もそうだが、本当に幽霊だらけだな」と呟いた。
「このまま三途の川の方に行ってみるか」
「三途の川って、生身で行けるの? というか行って大丈夫なの?」
「渡らなきゃ大丈夫だぜ。じゃ、お前らも野良妖怪に気を付けろよ」
 星屑を撒き散らして、魔理沙さんは道の向こうへ飛び去っていく。私たちはそれを見送り、顔を見合わせてから、野道を歩き出した。魔理沙さんの向かった方角へ。どっちにしろ、反対側は森に戻る道だから、この道を進むしかないのである。
 彼岸花の向こうには、紫の花をつけた木々の森が見える。いったい何の木だろう。紫の花をつける木となると……椿ではなさそうだし、藤だろうか。
「ねえ蓮子、あの紫の森、何の花かしら?」
「さて、桐か藤か百日紅か……もうちょっと近付かないと何とも言えないわね」
 しかし、それにしてもこの彼岸花の数といったら……。正直、彼岸花は好きではない。葉のないその姿が、植物としてひどく歪に見えるのだ。おまけに今はその上を無数の幽霊が飛び交っているわけで、もう既にここは三途の川の向こう側なのではないだろうか。
「生身で三途の川に行けるなんて、幻想郷は何でもありね。リアル臨死体験ってところかしら」
「リアルじゃない臨死体験って何よ。相対性精神学的には臨死体験だって主観的体験である以上は紛れもない現実なんだから」
「でも、それは誰にとっても個人的体験でしょう? 今、私とメリーは科学世紀の人類史上初めて、三途の川を客観的に観測しようとしているのよ!」
「私たち以前にも外来人が来たことあるんじゃないの? というか私たち、既に冥界に何度か行ってるじゃない。あれだって臨死体験だわ」
 そんなことを言い合いながら彼岸花の中を進むと、ほどなく視界の先で弾幕ごっこが繰り広げられている様が見えて来た。先に行っていた魔理沙さんが、誰かとやりあっているらしい。
「あら、相手は誰かしら?」
「ちょっと蓮子、危ないわよ。遮蔽物が何もないんだから――」
 首を伸ばして目を細める相棒の腕を、私は引っ張る。弾幕ごっこは安全圏から見ているぶんには綺麗だが、流れ弾が飛んでくるので油断すると危険なのだ。
「おわっ」
 言わんこっちゃない。私たちの近くに何かが着弾して、彼岸花が舞いあがる。何か遮蔽物があればその背後に身を隠すのだけれど、見渡す限り彼岸花では隠れようもない。流れ弾がこれ以上飛んで来ないことを祈るばかりだが――。
「ちょっと蓮子、何やってるのよ」
「ん、何が飛んできたのかと思って」
 相棒はそんなことを言って、彼岸花の中に分け入る。ああもう。私も慌ててその後を追う。先ほど流れ弾が着弾したあたりは彼岸花が散っていた。彼岸花もいい迷惑だろう。
「ただの光弾じゃないの?」
「いやあ、何か質量のある物体だったわね。――あ、あったあった」
 彼岸花の散った地点にかがみこんで、相棒は何かを拾い上げた。
「六文銭ね」
「お金? 六文銭って、確か」
「三途の川の渡し賃よ。ってことは――」
 私たちは、魔理沙さんがやり合っている方角を振り向く。魔理沙さんのレーザーを避けながら、何か丸いものをばらまいている影。六文銭を投げていると思われるその人影は、どうやら赤い髪に和装をした女性らしい。その手に握られているのは――大鎌だ。
「死神?」
「どうやらそうみたいね。三途の川の船頭ってとこかしら」
「魔理沙さん、大丈夫なの? 彼岸に連れていかれちゃったりしない?」
「さて、ねえ。幻想郷の死神はスタンダードに鎌で魂を狩るのかしら。ノートに名前を書く死神……は、今の外の世界だとちょうど連載中の頃だっけ?」
「読んだけど、あんな昔の漫画の連載期間なんて細かいこと覚えてないわよ」
 また流れ弾が私たちの近くに着弾して彼岸花を散らす。蓮子は嬉々として、飛んできた六文銭を拾い集めた。みっともないからやめてほしい。
「このお金、里で使えないかしら」
「ダメでしょ、どう考えても。ちゃんと死神さんに返さないと」
「向こうがばらまいてるんだからいいじゃないかと思うけど……あ」
 私たちの視界の先で、魔理沙さんのレーザーが死神らしき影に直撃した。死神らしき影は、そのまま彼岸花の中に墜落する。どうやら、魔理沙さんの勝利らしい。
「終わったみたいね。行ってみましょ」
 蓮子が私の手を引いて走り出す。私は文句を言う暇もなく引きずられていった。
 魔理沙さんの姿がはっきり視認できるぐらいの距離まで来たところで、彼岸花の中から死神らしき女性がむくりと身を起こした。箒の上からそれを見下ろしていた魔理沙さんは、私たちに気づいて「ちぇ、追いつかれちまったか」と頭を掻く。
「なんだいなんだい、また人間? 自殺志願者だらけだねえ」
 赤い髪の女性も、私たちに気づいて、服を払いながら立ち上がった。その手には、やはり巨大な鎌。蓮子は帽子を脱いで、「あいにく、自殺の予定はございませんわ」と笑った。
「宇佐見蓮子と申します。こっちは相棒のメリー。三途の川の船頭の死神さんとお見受けしますが――」
「おお? あんたたち、どっかで会ったことあったかね」
「いえいえ、臨死体験の記憶はありませんので、初対面かと。――その鎌と、この六文銭を投げてらしたようでしたので、三途の川の渡し守さんだろうと推察した次第です」
「ふうん。いいけど、その銭返してもらえるかい」
 ――と、次の瞬間には、死神の女性は私たちの目の前に姿を現して、蓮子の手から六文銭を取り上げていた。蓮子が目を丸くする。私も何が起きたのか判らなかった。瞬間移動?
 そんな私たちの顔を見て、死神の女性はにっと楽しげな笑みを浮かべた。
「あたいは小野塚小町。お察しの通り、三途の川の船頭さ。しかし、自殺志願者じゃないなら、生身の人間がこんなとこまで来るのは感心しないよ。そこの魔法使いもさ」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさとこの幽霊どもを彼岸に送ってやれよ」
 頭上で箒にまたがった魔理沙さんは、まとわりついてくる幽霊を手で追い払っている。小町さんと名乗った死神の女性は、鎌を担ぎ直して息を吐いた。
「そう言われてもねえ。あたいはちゃんと仕事してるよ。幽霊の数が多すぎるだけでさあ」
 肩を竦める小町さん。魔理沙さんは「ホントかよ」と目を細める。
「ホントだって」
「私が見たときにゃ、酒かっくらって昼寝してたように見えたけどな」
「休息も仕事のうちさね」
 ふてぶてしい顔でそう言う小町さん――と。
「小町! またサボってるのね!」
 そこへ、また新たな声が割り込んでくる。小町さんがびくっと身を震わせ、怯えたように振り返り、大げさに身をのけぞらせる。
 現れたのは、何かの制服らしきかっちりとした服装に身を包んだ、小柄な少女だった。手には座禅のときに肩を叩く警策のような棒を持ち、その目を吊り上げて小町さんを睨む。
「うげげ、四季様!」
「うげげ、じゃありません。全く、ちょっと目を離すとすぐこれだから――」
「ほら、上司がお怒りのようだぜ」
 魔理沙さんが箒の上から笑った。四季様、と呼ばれた少女は、逃げようとした小町さんの服の裾をむんずと掴んで、「小町!」と厳しい声でたしなめる。小町さんはたちまち萎れたように肩を落とした。
「全く、昨日の今日で、いくらでも仕事があるというのに、貴方というひとはどうしてそうなのですか。確かに休息も仕事のうちという言葉には一理ありますが、物事には限度というものがある。適度な休息は仕事を効率化するために取るのであって、能率よりも休息を優先しだしたら仕事が滞るばかりでしょう。サボったところで仕事は減らないのですから、効率的に仕事を片付けた方が結果的には自由時間が増えるのは自明の理。それが解っていないわけでもないでしょうに、目の前の快楽を優先するその怠惰の罪は地獄行きに相当します。生前判決を下してあげましょうか?」
「か、勘弁してくださいよぉ、反省してますって」
「反省しているならそれを勤務態度で示しなさい! 何も一切休憩を取るなとは言っていません、やるべきことをやったなら昼寝でも飲酒でも何でもして結構。けれど今、三途の川には貴方の渡しを待つ幽霊の行列ができていますよ。貴方がサボると私の仕事にまで差し支えるのです。つまり貴方が昼寝で無為に費やした時間の分だけ私の残業が増える。なぜ私が貴方のサボりの尻ぬぐいをしなければならないのですか。それなら仕事上のミスの方がまだマシです。ミスは誰にでもあるのですから責めません。しかし理由なきサボりはただの怠惰、堕落です! ちょっと小町、ひとの話を聞いていますか?」
「きゃん! ひ、ひぃ、聞いてますってばぁ~」
 説教ととともにぺしぺしと棒で頭を叩かれ、小町さんは情けない声をあげる。
 ――そういえば、ルナサさんが無縁塚の方に説教好きの閻魔様がいると言っていたっけ。ということは、彼女がその閻魔様なのか。閻魔様にしては随分と可愛らしいが。
「解ったなら仕事に戻る。私も後から戻りますから、それまでに幽霊の行列をしっかり捌いておくのですよ」
「へ、へえ~い」
 追い立てられるように、小町さんは飛び去って行く。閻魔様はそれを腰に手を当てて見送り、それから私たちの方を振り返った。

 ――視線が、交錯した。
 私たちの視線と、閻魔様の視線が。
 そして、その瞬間――閻魔様の目が大きく見開かれ、その眉間に大きく皺が寄った。
 睨むような閻魔様の視線に、私は相棒にすがりつくようにして身を竦める。
 いったい、何だ? どうして閻魔様にこんな険しい顔で睨まれないといけないのだ?
 そりゃあ、私たちは品行方正な人間ではないかもしれないけれど――。
「貴方たちは――」
 閻魔様はそう言いかけて、しかし力なく首を横に振った。

 それが私たちと、幻想郷の閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥとのファーストコンタクトだった。
 そのときの彼女の視線と表情の意味は、私がこれを書いている今も、謎のままである。





―20―


「おいおい、人を無視するもんじゃないぜ」
 魔理沙さんが箒の上からそう口を尖らせて、閻魔様は顔を上げた。
「あんた、あの死神の上司だろ? この大量の幽霊はあいつがサボってたからとして……この季節外れの大量の花は何なんだ?」
「全く、小町ときたら……貴方は霧雨魔理沙ですね。人間の里の道具屋、霧雨店の一人娘でありながら、家を飛び出して魔法の森に住み着いた、人間の魔法使い」
「おいおい、乙女の秘密を暴露するもんじゃないぜ。私の威光も彼岸にまで届いてたとは光栄だな。それとも誰か幽霊が私に恨み言でも述べてたのか?」
「幽霊に恨まれる心当たりがあるのかしら?」
「生憎、品行方正を絵に描いたような人間だぜ。で、こっちの質問に答えろよ。ついでに私の名前を暴露したんだからそっちも名乗るのが礼儀ってもんだぜ」
「四季映姫・ヤマザナドゥ。是非曲直庁に勤務する閻魔です。――この花は、行き場を無くした幽霊が憑依したもの。彼岸にもいけず、縁故も無く、死んだことさえ気が付かない人間が宿る無縁の花」
「げげ、もしかして花一つ一つが人間のなれの果てか? ここに来るまで結構派手に摘んだり散らしたりしちまったぜ」
「大量殺人ね」
「いいや、これが成仏だな」
 悪びれずに言う魔理沙さんに、閻魔様は大きくため息をつく。
「そんなことより、貴方。――そう、貴方は少し嘘をつき過ぎる」
「ん? そんなこたぁないぜ。生まれてこの方嘘ひとつついたことがない」
「これからもそのままだと……貴方は舌を抜かれることになる」
「なんだ? 突然年寄りの説教みたいなこと言うんだな」
「普段の生活から見直す必要がある。もし私が貴方の裁きを担当すれば、貴方は舌抜きの刑ね」
「アレか? 最初から予備の舌を用意しておけばいいのか?」
「二枚舌は二枚とも抜きます。その減らず口も今のうちに直した方が良いわね」
「そうか、舌を抜かれたくなければ、お前を倒せばいいんだな?」
 不敵な笑みを浮かべて八卦炉を取りだした魔理沙さんを、閻魔様は睨んだ。
「そのような心がけでは、地獄に落とさざるを得なくなる。悔い改めなさい」
「地獄は怖くないぜ。私が恐れるのは魔法を唱えられなくなることだけだ」
「地獄の存在は、罰を与えるためにあるわけではないのです。最初から生者に罪を負わせない為に地獄はある。そして、それを生者に気づかせるために私がいる。――貴方は、少し痛い目にあってでも、自分の生活を見つめ直すがいい!」

 毎度のことながら、この場で繰り広げられた美しき弾幕ごっこについて、私の筆は適切に語る言葉を持たない。ただ、この勝負はある意味でひどく長く、そしてあっけなかった。
 閻魔様は、魔理沙さんの撒き散らす星屑と光のレーザーを涼しい顔で避け続けた。華麗な弾幕ごっこは花火に似て、私たちが今まで観戦した戦いもせいぜい数分で決着がついた。だが、閻魔様は十分ばかりも魔理沙さんの一方的な攻撃を避け続けたのだ。
 放っても放っても当たらない攻撃に、次第に魔理沙さんの顔に焦りが浮かんでいく。これならどうだ、とばかりに放ったのは、マスタースパークというらしい、必殺の特大レーザー。
 だが、それすらも悠然と避けて、閻魔様は魔理沙さんの背後に回り込んでいた。
「――――ッ」
 魔理沙さんが気づいたときには、閻魔様がすぐ至近距離まで迫り、
 ――閻魔様の手にした棒で、魔理沙さんは思い切り頭を叩かれた。
「あ痛っ」
「気は済みましたか?」
「なに?」
「まだ暴れ足りないというなら、魔力が尽きるまで相手をしましょうか。私はそれでも構いませんが、貴方だってガス欠でこんなところに放り出されたくはないでしょう。私だって忙しいのです。早く仕事に戻らなくては」
「そっちの都合なんざ知ったこっちゃないぜ。私はまだ余裕もいいところだ」
「身の程知らずの強がりも寿命を縮めますよ。私は別に貴方を地獄に送りたいわけではない。むしろ貴方を地獄に送りたくないからこそ、普段の生活を見つめ直し、善行を積んでもらいたいのです。――解ったら大人しく人の話を聞く!」
「いてっ、痛い痛い痛い、何度も叩くなよ! 頭が悪くなるぜ」
「少しぐらい頭が悪くなった方がその減らず口も少なくなるでしょう。強がり、我を張り、そうやって貴方が一番嘘をついているのは、貴方自身によ、霧雨魔理沙」
「――――」
「嘘をつかない人間などいません。嘘そのものは罪ではない。嘘が罪となるのは、他人を貶め、陥れるために用いられたとき、他者の迷惑に想像の及ばぬ無責任な放言のとき。そして、自己を虚飾するために使われるとき。さらにタチが悪いのは、自分が嘘つきだという自覚を免罪符に、そういった罪深い嘘に対して鈍感になること。霧雨魔理沙、貴方はそのままでは、自分の何が本当で何が嘘だったのかさえ、自分自身で判らなくなってしまうでしょう」
「年寄りの忠告は聞き飽きたぜ。私の生き方は私が決める」
「そうね。嘘をつき続けることで貴方の人生がどうなるかは貴方の責任。自分自身に対して責任が取れるなら好きにすればいいでしょう。しかし、貴方は一人で生きているわけではない」
「生憎、実家には勘当されてるもんでね」
「家族だけではない。貴方に繋がりのある全てのものが、貴方の生き方の影響を受けるのです。だからこそ私は、貴方を地獄に落とすようなことはしたくない。貴方が地獄に落ちるときは、少なからず貴方の周囲の者を巻き込み、その生き方を狂わせることになる」
「――私は異変を解決しに来たんであって、閻魔に説教されに来たんじゃないぜ。花も幽霊も死神が仕事すりゃ済むことなら、もう用はない」
「あっ、こら、まだ話は終わっていませんよ!」
「悪いな蓮子、メリー、お前らはそこの閻魔に送ってもらえ。じゃあな!」
 逃げ足の早さは天下一品である。箒を翻し、魔理沙さんは星屑を撒き散らしてあっという間に飛び去ってしまった。私たちは呆気にとられてその姿を見送る。
 そして、呆れ顔でため息をついた閻魔様が、私たちを振り向いた。
 その瞳が再び私たちを見据えて、私は息を飲んで身を固くする。
 全てを見透かすようなその視線は、彼女の小さな姿を、どこまでも大きく見せていた。
「――宇佐見蓮子と、マエリベリー・ハーンですね」
 不意に閻魔様は、その手に手鏡を取りだして、私たちの名前を呼んだ。
「二年前に幻想郷に現れた外来人。上白沢慧音の寺子屋の算学と国語の教師をしながら、里で探偵事務所を営み、異変のたびにその中心に首を突っ込む、好奇心過剰な人間」
「これはこれは――光栄ですわ」
 相棒がおどけて帽子を脱いで一礼すると、閻魔様は息を吐いて、蓮子を軽く睨んだ。
「――宇佐見蓮子。そう、貴方は少し自信過剰すぎる」





―21―


 蓮子は大げさに肩を竦め、私は口元を押さえて吹き出した。さすが閻魔様だ。この相棒のことをよく判っておられる。
「知識、洞察力、思考力。論理のみに留まらず、時に着想を飛躍させる発想力。そしてそれを他者へ伝える弁舌の能力。貴方の能力は人間としては十二分に秀でている。何より、その秀でた能力と知見に満足せず、常に新たな知見を、認識を求める勇気と好奇心と視野の広さを兼ね備えている。そして貴方は、そんな己の能力に高い自信と誇りを持っている」
「これはこれは、閻魔様からそこまで絶賛されるとはこそばゆいですわ」
 猫のような笑みを浮かべた蓮子に、閻魔様はしかし、その手の棒を鋭く突きつけた。
「しかし、誇り高さはときに傲慢と、勇気は無謀と、好奇心は無神経と髪一重です。あなたはその智力と弁舌で、ひどく危なっかしい綱渡りを続けているに過ぎない。この世界に来てから二年の間に貴方が首を突っ込んだ出来事で、貴方は何度も、その隣のマエリベリー・ハーンを巻き込んで破滅しかけている。貴方はそのことに対してあまりに無自覚です。貴方はいつ、三途の川を渡って私の裁きを受けてもおかしくなかった」
 蓮子が口を噤む。私はその隣で小さく息を吐いた。――言われるまでもない。紅魔館でレミリア嬢に謁見したとき、フランドール嬢の部屋で本を読み聞かせたとき。あるいは冥界に連れていかれたとき、伊吹萃香さんの前で異変の真相を語ったとき、永遠亭に担ぎ込まれたとき。異変のたびに、私は蓮子に振り回される恰好で、命の危険にさらされている。
「無力な人間は、里で大人しくしていろと?」
「貴方は確かに、その卓越した能力で紅魔館の吸血鬼や冥界の姫、九尾の狐や地上の鬼、永遠の民らを味方につけてきました。だから貴方は自由奔放に好奇心を満たす生活を続けていられる。貴方は多くの者に守られている。しかし――それでもなお、人間の命というものは儚いものなのです。妖怪ならば一日寝れば治る程度の怪我で、貴方は死に至る。貴方だけでなく、貴方の隣にいる少女も」
「――――」
「貴方は、自分が好奇心の趣くままにこの世界を楽しんでいられるのは、強者に庇護されているからに過ぎないということを、もっと強く自覚しなければならないのです。自分がこの世界では弱者であるということを。無力であるということを。貴方に死を恐れる気持ちがあるならば。――そして、マエリベリー・ハーンを失いたくないという気持ちがあるならば」
 蓮子がちらりと、横目に私を見て、腕を組んで目を伏せた。
 何か言い返すのかと思ったけれど、相棒はそのまま沈黙する。
 その沈黙を反省と受け取ったのか、閻魔様は今度は私の方を向いた。
「それから、マエリベリー・ハーン」
「はっ、はい」
「そう、貴方は少し宇佐見蓮子に依存しすぎている」
「――――」
「何かに依存することが罪ではありません。人間は社会に、他者との関係性に依存して生きる存在です。単一の庇護者に守られるだけであるということが、子供であるということなのです。子供は親の庇護を離れては生きていけない。自立するということは、ひとつの依存先を失っても、別の依存先を頼って生きていけるということ。そして、自分が誰かに依存するように、誰かが自分に依存することを許せるようになることなのです。――貴方は、宇佐見蓮子を失って、この世界で生きていけますか? 誰かを庇護し、依存を許すことができますか?」
 そんな。
 そんなことを、急に、言われても。
 私は――私は。
「貴方は宇佐見蓮子という存在に寄りかかりすぎている。自分自身を、そんな子供として規定してしまおうとしている。自分を、宇佐見蓮子という存在の従属物であると定義しようとしている。それは危険なこと。貴方は貴方、マエリベリー・ハーンという個人は決して他者の所有物でも従属物でもない、独立した人格です。貴方はそれを知っているはずなのに、いや、だからこそ、貴方は宇佐見蓮子と自分を、」
「――止めて、ください」
 絞り出すように、私は、そう言った。
 ひどく喉が渇いて、頭がすっと冷えていった。
 貧血を起こしたように、目の前の光景が遠くなるような気分で。
 私は目元を押さえ、掠れた声を、絞り出す。
「わかっています……そんなことは、わかっているんです」
「…………」
「でも、だって、私は――」
「メリー!」
 ふらりと視界が揺れ、あ、倒れる――とひどく冷静に私は考えていた。
 だけどその身体は、傍らの相棒に抱き留められて止まる。
「……少し言いすぎましたか。失礼しました」
 私に向けていた棒を下ろして、閻魔様は疲れたように息を吐いた。
「宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーン。――貴方たちは、自分自身で思っているよりも、ずっと歪な存在なのですよ。この世界においても、そして貴方たち自身の問題としても」
「……どういう意味です?」
 私の耳元で、蓮子が閻魔様へ向けてそう問うた。
 私は視界がぼやけて、もう閻魔様の顔もよく見えない。
「――私からは何も言えません。それは閻魔の職掌を越える。ただ」
「ただ?」
「貴方たちが今のままに罪を重ねるならば、その罪は必ず貴方たち自身の身で贖うことになる。私から言えるのは、それだけです」
 ――そんな閻魔様の言葉を、どこか遠くに聞きながら。
 私の意識は、すうっと遠くなっていって――暗転。

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この小説へのコメント

  1. 毎週の更新ご苦労様です
    四季様の説教は恐ろしいですね、魔理沙じゃ無くても逃げたくなります。
    秘封の2人を見た時の四季様の表情は何だったのか。考えさせられる・・・

  2. 映姫様には何もかもがお見通し。ある意味さとりより厄介ですねえ。会話は進みやすいでしょうけど。
    しかしここでまた表情による新たな謎が出るとは。映姫様の表情の意味は永夜抄の紫と同じか、それとも違うのか。
    ワクワクしてきました。次回も楽しみにしております。

  3. 閻魔様の説教は容赦ないですね。
    今回の伏線が一体どのような結果になるのか楽しみです。

  4. この映姫様の説教がとても好きですね。相手の事を考えているのが伝わります。この映姫様になら一度お説教されてみたい気もします。人生引き締まりそうです。

  5. 更新お疲れ様です~。ついに四季映姫さんと小町さん出てきて物語の終盤って感じですね。創作でも映姫さんの説教は唯怒るのではなくその人の為を思って言っているってのが凄く伝わりました~。次作が楽しみです

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