東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第5章 花映塚編   花映塚編 第1話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第5章 花映塚編

公開日:2016年09月03日 / 最終更新日:2016年09月03日

花映塚編 第1話



―1―


 今回も、まずは異変以前の、出会いについてから語り起こしたい。
 あの異変よりも一年弱を遡った、第一一九季の夏。ちょうど、《三日置きの百鬼夜行》異変が終わり、《永夜異変》が起こるまでの間の出来事だ。
 迷路のような向日葵の中で、私たちは、彼女と出会った。

 私――マエリベリー・ハーンと、相棒の宇佐見蓮子が経営する《秘封探偵事務所》は、人間の里にある上白沢慧音さんの寺子屋、その裏手にある離れに事務所を構えている。ほとんど来客はない。訪れるものといえば、慧音さんが様子を見に来るか、寺子屋の子供たちが遊びに来るか――あるいは、里の変わり者がやってくるか。
 寺子屋も休みな日曜日の午前中、事務所を訪れていたのは、三番目の人である。
「相変わらずお暇そうですねえ、探偵さん」
「幻想郷は平和なもので。そちらもお暇なのでは? 刑事さん」
「自警団の仕事がないのは良いことだ、って慧音さんは言いますけどね~」
 どこか間延びしたしゃべり方で言って笑ったのは、自警団で慧音さんの部下をしている里の人間、小兎姫さんである。妖怪退治を生業としていた家系の出身だそうで、見た目は着物を着て平和な笑みを浮かべる小柄な少女なのだが、意外と腕っ節が強く、妖怪相手にも張り合える程度には実力者だという。幻想郷ではかくも、見た目と強さが一致しない。
 そんな小兎姫さんは、私たちの開いた探偵事務所というものに興味を示して、ときどき遊びに来るようになった。「お土産です~」と果物を渡され、「どうもすみません」と私は受け取る。
「どうして名探偵さんがいるのに、里では奇怪な連続殺人事件が起きないんでしょうか~」
「あら、古典的本格ミステリの警察は名探偵の引き立て役ですよ?」
「いいんですよ~。謎が解かれたあと犯人を逮捕して取り調べをするのは警察の仕事ですから」
「それって要するに、手錠を掛けたいんですね?」
「それはもう~。あ、名探偵が犯人っていうのもアリです?」
「いやいや、ここは幻想郷なんですから、ノックスの十戒は守りましょう」
 懐から手錠を取りだした小兎姫さんに、蓮子が苦笑する。「残念ですね~」と小兎姫さんは名残惜しそうに手錠を仕舞った。仕事以外でも持ち歩いているというのはどうなのか。そもそもなんで幻想郷に手錠があるのか――いや、たぶん香霖堂あたりに売っていたのだろう。
 ――そう、小兎姫さんが変わり者たる所以は、彼女の仕事(?)にある。彼女は自称、警察官なのだ。里の自警団は、私たちの世界でいう警察に近い役割の組織だから、自称しているだけというわけではないのだが、しかし慧音さんを初めとした他の自警団の人たちは、自分を警察官だとは名乗らない。
 ではどうして小兎姫さんが警察官を名乗っているかというと、どうも鈴奈庵に二〇世紀の社会派ミステリーやトラベルミステリーが転がっているらしく、それらを読んで憧れたのだという。憧れたのはどうやら、靴をすり減らして地道な聞き込みをする刑事より、犯人と格闘したり罠を仕掛けたり、現実味よりケレン味ある活躍をする刑事の方らしいが。
「いつか里で殺人事件が起きたら、協力して解決しましょうね~」
「ねえメリー、殺人事件が起きるぞーって言ってれば幻想郷だと本当に起きるのかしら?」
「《どこそこで殺人事件が起きるであろう》という認識が広まれば現実化するんじゃない? たとえば幻想郷全体で館ものの本格が人気になって、紅魔館とか、その近所の廃洋館が《いかにも殺人事件が起きそうだ》というイメージが強くなれば」
「その場合に起きる殺人事件って、《ミステリ》という概念の妖怪なのかもしれないわね」
「ミステリ妖怪ってどんな妖怪なのかしら」
「京極夏彦とか?」
「京極夏彦は鈴奈庵には入ってきてないと思うけど」
 今は外の世界は二〇〇五年頃のはずだ。たぶん『陰摩羅鬼の瑕』か『邪魅の雫』あたりが出ていた頃だろう。
 ――とまあ、そんな益体もない話に花を咲かせているところへ、玄関の方から「ごめんください」と聞き覚えのある声が聞こえてきた。この声は――。
「はいはい、今開けますよー」
 相棒がぱっと立ち上がり、玄関を開けると、そこにいたのは。
「こんにちは。――あら、お邪魔でしたか?」
「あら~、これはこれは稗田の当主様、どうぞ私のことはお構いなく~」
 稗田阿求さんは、中にいた小兎姫さんを見て小首を傾げた。小兎姫さんが笑って首を振り、蓮子が「どうもこんにちは。何かご用で?」と猫のような笑みを浮かべる。
「ええ。ちょっと取材に出かけようと思いまして」
「取材? 白玉楼ですか? それとも神社の萃香さん?」
 以前、阿求さんの依頼で、彼女の紅魔館取材に仲介役として同行したことがある。今回もその依頼ならば、行き先は白玉楼か、伊吹萃香さんのところだろうと思ったのだが――。
「いえ、今回の依頼は仲介ではありません」
「あら。護衛なら小兎姫さんの方が適任だと思いますわ」
「そうですね、それもお願いできますか。慧音さんに頼むと、阿礼乙女があまり里の外を出歩くのはどうか、と顔をしかめられますし」
 そりゃそうだ。阿礼乙女はこの人間の里の象徴である。政治的な権力はほとんど持っていないとのことだが、里で一番大きな屋敷に住み、里の住民からは無条件の敬意を払われる、特別な存在である。阿求さん本人は、そういう立場がいささか不満らしいけれど。
「昔ならともかく、結界で閉ざされてからの幻想郷は概ね平和ですから、あまり過保護にされるのも困りものなんですが」
「まあ、慧音さんなんかは心配するのが仕事みたいなところがありますから。――で、仲介でも護衛でもないなら、私たちには何の依頼を?」
「依頼ではありませんよ。友人としてのお誘いです」
 蓮子の問いに、阿求さんは笑って答える。
「太陽の畑に、向日葵を見に行きませんか? 今頃は壮観ですよ」





―2―


 一面の菜の花――という詩は、山村暮鳥だったか。
 それでいけば、今私たちの目の前にあるのは、一面の向日葵だ。
「ふわぁ……」
 里から南に向かうことしばし。不意に広くすり鉢状に落ちくぼんだ場所を、向日葵が埋め尽くしていた。いったい何千本、何万本が咲いているのか、それらは一斉に太陽の方角を向いて、黄色い海を形作っている。
 なるほど、これは壮観である。私は口元に手を当てて感嘆の息を吐いた。相棒も帽子の庇を持ち上げて、「これはすごいわ。もっと早く来るべきだったわね」と呟いた。
 太陽の畑という、花畑のような場所が幻想郷の南部にあることは聞いていたが、実際に来る初めてである。夜には騒霊楽団のライブがあるといい、蓮子は見に行きたがっていたのだが、夜中は里の門が閉まってしまうし、慧音さんに無断での里の外での外泊は頭突き案件で、許可を取ろうとしても下りないから、致し方ない。
「ここの向日葵は、いつ見ても凄いですねえ。いったい土の下に何が埋まってるんでしょう?」
 小兎姫さんが首を傾げ、阿求さんが「桜じゃないんですから、死体は埋まってないと思いますよ」と返す。恐いことは言わないでほしい。
「下りてみませんか」
 と、阿求さんが言う。その提案に、「ええ~?」と小兎姫さんが目を見開いた。
「聞いた話ですけど~、太陽の畑にわりと凶暴な妖怪がいるって」
「その妖怪の取材に来たんです」
 ああ、なるほど。単なる花見ではなかったわけか。
「私も、霊夢さんが何回か退治したと聞いてはいるんですが、実際に会ったことはなくて。過去の私は珍しく直接取材したことがあるようなんですが、昔は今より幻想郷が剣呑だったこともあって、資料が少ないんですよね」
 そんなことを言いながら、阿求さんは勝手に向日葵畑の方へ下りていってしまう。私たちも慌ててその後を追った。
 下りてみると、向日葵は思った以上に背が高い。花は完全に私たちの頭上に咲いている。まるで天然の向日葵迷路だ。
「妖精が多いので、いたずらされないように気を付けてください」
 そう言いながら、阿求さんはずんずんと向日葵の中に足を進める。こうと決めると、見た目に似合わず行動派だ。「気を付けてって、それは護衛の台詞ですよ~」と言いながら小兎姫さんが後を追う。私は相棒と顔を見合わせた。
「どうするの? 蓮子」
「そりゃまあ、せっかくだから行くわよ。阿求さんの取材対象にも興味はあるし、会えなかったら妖精と遊んでもいいし」
「逆に遊ばれないといいけどね」
 そんなことを言い合いながら、私たちははぐれないように手を繋いで向日葵の海の中に入り込む。四方八方、見渡す限りの向日葵。少し進んだだけで、迷いの竹林のように方向感覚を失いそうになった。
「あ、見て見てメリー、妖精が飛んでる」
 蓮子の指さした方を見ると、夏の日射しを浴びて、花を抱いた妖精が向日葵の上を飛び回っている。妖精は自然の権化だというから、森や花畑に多く集まるのだとか何とか。心和む長閑な光景だ。まあ、それはいいのだけれど――。
「阿求さんたち、どこ行ったのかしら?」
 先に迷路に入っていった阿求さんたちの姿が、行けども行けども見当たらない。まさか、凶暴な妖怪とやらに出くわして食べられてしまったわけでもあるまいに――。小兎姫さんが一緒のはずだから、そのあたりは安心だろうが。
 ――じゃあ、私たちがその凶暴な妖怪と出くわしたら?
「……話が通じる相手だといいけど」
「ん、メリー何か言った?」
「蓮子の影響で、無意識に無鉄砲になってしまったことに気づいて愕然としてるところ」
「あら、つまりメリーが私色に染まったってこと?」
「変な言い方しないの」
 空いた手で蓮子の二の腕をつねる。「痛い痛い」と抗議する蓮子に、私は嘆息。
 ――と、不意に私たちを取り囲んだ向日葵がざわめいた。
「あら?」
 いや、向日葵が声を発したのではない。向日葵の中で遊んでいた妖精が、一斉にどこかへと逃げだしたのだ。いったい何だ? 何が起きている? そういえば、大地震の前には動物が逃げ出すとよく言うけれども――。
 とすると、これは。
「ねえ蓮子、これって……」
「はてさて――鬼が出るか蛇が出るか、はたまた何の妖怪かしら?」
 蓮子は楽しげな笑みを浮かべて、妖精が逃げていくのと反対の方向を振り返る。私もそれに倣って――そして、彼女の姿を見た。
 向日葵の陰から、最初に姿を現したのは、白に近い淡いピンク色の日傘。
 その下から伸びる赤いチェック柄のスカートが、それ自体が一輪の花であるかのようにふわりと翻る。不意に風が向日葵を揺らし、そして彼女は日傘を持ち上げた。
 ウェーブのかかった、深緑の髪。その下の眼差しがすっと細められて、私たちを見据えた。
「あら――今日はなんだか、妙に人間の気配が多いと思ったのだけど」
 穏やかな笑みを浮かべて、彼女は私たちに歩み寄る。
「どちら様かしら?」
 言葉は穏やかだけれど、私はその存在感に気圧されて、声も出せずにいた。
 人間でいえば、私たちより少し年上ぐらいの女性である。だが、明らかに人間とは気配が違う。一年幻想郷で暮らして、色々な妖怪も目にしてきたから、多少は妖怪の格というものも解るつもりだ。その伝でいえば――彼女はおそらく、結構な上位の妖怪ではないか。
 しかし、そんな相手にも臆するという概念を知らぬ相棒が、私の隣に約一名。
「これはこれは、こちらの向日葵畑の主の方ですかしら」
「別にそういうわけでもないけれど。花は誰のものでもない、ただそこにあるだけのものよ。ところで私は貴方たちに素性を聞いているのだけれど?」
「失礼いたしました。里の人間の宇佐見蓮子と申します。こっちは相棒のメリー。他にふたりほど人間の女の子がこの向日葵畑の中にいるはずなんですが――」
「そのようね。見てはいないけれど気配は感じるわ。――私は風見幽香、気ままな妖怪よ。それで、貴方たちは何をしにここへ? 騒霊楽団のライブなら夜よ」
「いえいえ、ただ向日葵を見に来ただけですわ。お邪魔でしたかしら?」
「あら、そう。ここの花に害を為さないのであれば、好きに見ていって構わないわよ。妖精にいたずらされないように気を付けてね」
 にっこりと、風見幽香と名乗った彼女はあくまで穏やかな笑みを浮かべている。意外といい人(?)なのかもしれない。
 そんなことをぼんやりと思っていると、近くの向日葵ががさがさと音をたて、そこから阿求さんと小兎姫さんが姿を現した。阿求さんは私たちに目をやって微笑み、それから幽香さんの存在に気づいて目をしばたたかせる。
「あ、宇佐見さんにメリーさん。――と、貴方がひょっとして花畑の妖怪でしょうか?」
「――――」
 阿求さんが幽香さんを見上げて問う。幽香さんは、不意に何かに驚いたように目をしばたたかせ、それから何かを理解したように小さく唇の端を持ち上げた。
「ええ、そうよ。貴方はひょっとして、人間の里の阿礼乙女ではなくて?」
 今度は阿求さんが目をしばたたかせ、それから「ああ」と頷いた。
「ひょっとして、昔の私のことを――」
「懐かしいわね。よく似ているわ。――今の名前は何と言うの?」
「阿求です。稗田阿求と申します。風見幽香さん、でしたね?」
「そう――阿求、ね」
 幽香さんは目を細めて、それから阿求さんに歩み寄った。後ろにいた小兎姫さんが身構えるが、幽香さんは構わずに――阿求さんにその手の日傘を差し掛ける。
「日射しが強いわ。貸してあげるから、ここにいる間は使っていいわよ」
「あ――ありがとうございます」
「その傘は、幻想郷でただひとつの、決して枯れない花だから」
「……はあ」
 阿求さんはおそるおそる日傘を受け取って、幽香さんの言葉に首を傾げる。幽香さんはただ笑みを浮かべて阿求さんを見下ろし、それからくるりと踵を返した。
「帰るときになったら呼んで頂戴」
「はい――って、いいえ、違います違います」
「あら、向日葵を見に来たのではないの?」
「それもそうですが、私は貴方のことを取材しに来たんです、風見幽香さん」
「――ああ、またあの読み物に私のことを載せるのね。いいわ、向日葵を見ながらゆっくりお話しましょう。何が聞きたいの?」
「では――」
 と、阿求さんの手から再び日傘を取って、幽香さんは阿求さんを促して歩き出す。ひとつの日傘に収まって歩くふたりの姿を、私たちは小兎姫さんとともにぼんやり見送っていた。
「……蓮子、一緒に話を聞かなくていいの?」
「流石に私といえど、お邪魔しちゃいけない雰囲気ぐらいは弁えてるわよ」
 帽子を目深に被り直して、蓮子は苦笑する。
「私、護衛につく必要あったんでしょうかね~?」
 その傍らでは、小兎姫さんも同じように苦笑していた。





―3―


 そんなこんなで、私は蓮子と小兎姫さんと三人で、向日葵畑を探検し、お弁当を広げてピクニック気分を味わった。妖精の子がお弁当のおかずを取っていこうとするのには困ったものだったが、たまにはこういうのも悪くない。
 阿求さんはその間、ずっと幽香さんと話し込んでいたようで、結局ふたりの話が終わったのは陽も傾こうかという頃だった。幽香さんと並んで歩いてきた阿求さんは、私たちの姿を見かけると、くるりと身を翻して、ぺこりと頭を下げる。
「お邪魔しました」
「幻想郷縁起だったかしら? しっかり書いておいて頂戴ね」
「はい、そのように」
 和やかに交わされる会話からは、取材が上手くいったようで、それはいいことなのだけれど。
「……あの、阿求さん」
 私たちは、その背中に目を見張り、どうやら彼女が気づいていないらしいと悟って、おそるおそる切り出す。
「なんです?」
「あの、背中」
「背中?」
 阿求さんが背中に手を伸ばし、それに触れて「ひゃっ!?」と悲鳴をあげた。
 彼女の着物の腰帯のところに、萎れた向日葵が差し込まれているのである。ちゃんと花開いた向日葵ならば、ハイセンスなアクセサリーのように見えなくもないが――。
「あらあら、ようやく気づいたの? 妖精がいたずらしていたのはだいぶ前よ」
 幽香さんは楽しげに笑い、阿求さんは「と、取ってください!」と背中に腕を回しながらくるくると回る。「あ~、落ち着いてください~」と小兎姫さんが腰帯から向日葵を抜き取った。
「ゆ、幽香さん、気づいていたなら教えてくれても」
「解っていて放置しているんだと思っていたわ」
「うう……」
「だから妖精のいたずらに気を付けなさいって言ったのに。さっきも向日葵を妖精が回すのを見てびっくりしていたでしょう?」
「あ、あれは、急に向日葵が私の方を向いたから――」
「可愛いわね」
 まるっきり大人と子供である。幽香さんの微笑みの前にむくれた阿求さんは、「だから妖精は嫌いなの!」と吠えて、憤然と私たちの方へ歩いてきた。
「皆さん、帰りますよ!」
 顔を赤くして私たちの傍らを通り過ぎる阿求さん。私たちは顔を見合わせ、それから幽香さんへとぺこりと一礼して、阿求さんの方を追った。
 ――帰り際に振り返ると、幽香さんは私たちの姿が見えなくなるまで日傘の下で手を振ってくれていた。

「しかし、噂に聞いていたのとは随分違う感じでしたね~」
 帰り道、小兎姫さんがそう言い出した。
「凶暴な妖怪って聞いてたんですけど~」
「強い妖怪はだいたい普段は紳士的なものです」
 阿求さんはそう答える。まあ、確かにそうかもしれない。私たちの知り合いでも、西行寺幽々子さんにしろ八雲藍さんにしろ、基本的には穏やかだ。だからこそ色んな異変に首を突っ込んでいながら、私たちが無事でいられているのだろうが――。
「それに、普通の人間にはあまり興味がないようでしたから」
「むむむ~、それは妖怪退治の家系の人間としてはいささか名折れですねえ~」
「では、今からでも喧嘩を売ってきます?」
「いやいやいや、彼我の実力差は理解してますよ~。私じゃとても、とても」
 ぶんぶんと小兎姫さんは首を横に振る。やはり、本職の妖怪退治から見ても、彼女は強者の部類に入る妖怪であるらしい。
「ところで、彼女は阿求さんに何をお願いしていたんです?」
 と、今度は蓮子がそう問いかける。「ああ」と阿求さんは振り向いて笑った。
「別に隠すことでもないから言ってしまいますけど――『幻想郷縁起』に、思い切り恐ろしい妖怪だと書いて欲しい、と」
「あら、妖怪自身からのリクエストも容れるんですね」
「妖怪の情報は多くが自己申告ですからね。彼女はわざわざそんな要望をするまでもなく強い妖怪のはずですから、単純に自分を強く見せたいという以上の理由があるのでしょう」
「――なるほど。持ちつ持たれつ、というところですか」
「まあ、そういうことです」
 阿求さんは笑い、相棒は帽子の庇を持ち上げてひとつ鼻を鳴らした。
 幻想郷は、認識が大きな力を持つ世界である。妖怪情報の書としての『幻想郷縁起』の記述は、書かれた妖怪に対する共通認識の形成という意味で大きな力を持つはずだ。言ってしまえば、『幻想郷縁起』に書かれたことで虚偽だったはずの情報が真実に変わることさえあり得る。
 それならば、自分から売り込んで都合のいい情報を載せたいと考える妖怪が出るのも自然なことだろう。ちょっと小物っぽい気もするが、自己アピール以外の目的があるなら、外野がどうこう言うことではないかもしれない。
「せいぜい、とてつもなく危険で恐るべき妖怪とでも書いて差し上げることにします」
 楽しげに笑って阿求さんは言う。――しかしこれは、阿求さんに嫌われた妖怪は実際以上に弱く書かれて力を失うということもありうるのか。そう考えると、ひょっとしたらこの幻想郷で最も強いのは彼女の筆なのかもしれない。
 だからこそ、稗田家と阿礼乙女は人間の里の象徴なのだろうか――。
 帰り道、四人で談笑しながら、私はぼんやりそんなことを考えていた。

 ――以上が、私たちと風見幽香さんの出会いの顛末である。
 この出会いから約一年後、あの花の異変が起こる。
 幻想郷が花に包まれた異変――阿求さんの命名では《六十年周期の大結界異変》。

 彼女は、その異変の犯人である。

感想をツイートする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

この小説へのコメント

  1. 待っていました!これから毎週土曜日が楽しみです。
    今回も思いもよらない視点からの蓮子の推理、期待しています!

  2. 今回は今までと少し変わった展開になりそうでわくわくしてます。次回が楽しみです。

  3. 最後の一文がとても気になる…

    チョイ役だった小兎姫が本格的に物語に登場するようになりましたね。
    自警団シリーズの読者としては嬉しいところです。
    他のキャラの登場機会もあるのでしょうかね?(理香子ちゃんとか、理香子ちゃんとか、理香子ちゃんとか)

    それはともかく、毎週の更新を楽しみにしています!

  4. いつも楽しく読ませていただいてます。待ちに待った幽香さんの登場で今後がさらに楽しみです。これからも頑張って下さい。

  5. 待ってたぜぃ…8月中に更新されてなくて戸惑ってたけれども、こうして無事に再開されて嬉しいぞぉ…頑張ってくださいね。

一覧へ戻る