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こちら秘封探偵事務所第5章 花映塚編   花映塚編 第8話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第5章 花映塚編

公開日:2016年10月22日 / 最終更新日:2016年10月22日

花映塚編 第8話


―22―


 たぶん、夢は見ていなかったと思う。
「……あ、気が付いた?」
 目を開けると、私を覗きこむ蓮子の顔があった。私は、自分が彼岸花の中に横になって、蓮子に膝枕されていることに気づく。慌てて起き上がろうとすると、「もう少しじっとしてなさいよ」と蓮子に押さえつけられてしまった。
「蓮子……私」
「急に倒れるからびっくりしたわよ。閻魔様に説教されて貧血起こすなんて、メリーってば打たれ弱いんだから」
 呆れたように蓮子は言う。私は大きく息を吐き出して、それから自分の額に何か冷たいものが載せられていることに気づいた。氷嚢? と思って手を伸ばすと、するりとそれは逃げていってしまう。――幽霊だ。
「ちょっと蓮子、幽霊を氷嚢代わりにするってどういう神経なのよ」
「いいじゃない。冷たくて気持ちいいでしょ?」
 ぺた、と蓮子の手が私の頬に触れて、「ひやあ」と私は思わず悲鳴をあげる。蓮子の手はひどく冷たかった。――幽霊で冷やしていた?
「うりうり」
「ちょ、やめ、蓮子――」
「心配かけさせた罰よ。私の好きにさせなさい」
「…………」
 そう言われては返す言葉もない。私が押し黙ると、蓮子は猫のように目を細めて、「ねえ、メリー」と囁いた。
「閻魔様はああ言ったけど、私は別に構わないのよ」
「え?」
「メリーが私に依存してるって話」
「――――――」
 瞬時に顔が熱くなって、私は目を閉じた。またそこにひんやりとした蓮子の手が触れる。
「そこまでメリーに依存してもらえるなんて、幸せ者だわ、私ってば。だからもっと私に依存して、蓮子さんなしでは生きられない身体になってしまいなさい」
「変な言い方しないでよ」
 目を開けられない。恥ずかしくて蓮子の顔が見られない。だから目を閉じたままで、私が口を尖らせると――不意に蓮子は、また囁くような声で言った。
「私はね、メリーにそうなってほしいのよ」
「……え?」
「私のいる世界だけが、メリーの居場所であってほしいの。私がいない場所では、メリーは生きていけない……そうなってしまえば、メリーはずっと私のそばにいてくれるでしょう?」
「蓮子……?」
「どこにもいかないで、メリー」
 前髪がかき上げられて、額に、何か柔らかいものが触れる感触があった。
 私が目を開けると――そこにはもう、いつも通り猫のような笑みを浮かべた蓮子の顔。
「ねえ、蓮子……今」
「それよりメリー、ほら見て、この桜」
 私の問いをはぐらかすように、蓮子はそう声をあげて、頭上を指さした。私もそこで、蓮子の顔の向こう、頭上に広がるものに気づき、息を飲む。
 それは、紫の桜だった。薄紅のはずの桜の花が、紫に染まって咲き乱れている。その紫はどこか禍々しく、罪深い色に見えた。咎を背負った桜。薄紅の桜の下に屍体が埋まっているのなら、紫の桜の下にはいったい何が埋まっているというのだ?
「閻魔様が言っていたけど、紫の桜は罪の色なんだって。罪深い人間の霊が紫の桜に宿る。あの色は、死者が現世で積み重ねた罪の証。だとしたら、人間ってどれだけ罪深いのかしら」
 ひらひらと、桜の花びらが舞い落ちてくる。それもまた濃い紫色。これが罪の色だとするなら――紫が罪を意味するなら。その名前を持つということは。
「ねえメリー。私たちの魂は、どんな色の桜を咲かせるのかしらね」
「……今から死後の心配してどうするの。だいたい、幽霊になってまで私は蓮子から離れられないの? それじゃあもう、呪いじゃない」
「あらメリー、人間関係なんてそもそも呪いなのよ。恋も友情も家族愛も、全ては関係性という鎖に魂を縛りつける呪いだわ。――そんな呪いを分かち合いたいと願うことが、誰かを好きになるってことよ。つまり」
 蓮子の手が、私の手を握りしめる。
「私とメリーみたいにね」
「――――」
 そんなことを言われても、いったい、私にどうしろというのだ。
 だけど、握りしめられた蓮子の手を振りほどく力は、私は最初から持ち合わせていない。そんな力があれば、この相棒とこの世界に迷い込んで、もう二年も一緒に探偵事務所を営んで、異変の謎を追いかけ回したりしていない。
 だとすれば、私にできることは、結局はただ、その手を握り返すことだけで――。

「……ちょっと、またあんたたちなの?」
 不意に、頭上からそんな声が、私たちの間に割り込んできた。
 目を開け、蓮子の膝から身体を起こして顔を上げると、紫の桜の上から舞い降りてくるのは、紅と白の二色の蝶。重力に囚われない巫女、博麗霊夢さんだ。
 私たちのそばに降り立った霊夢さんは、思い切り眉間に皺を寄せて、私たちを睨む。
「生身の人間がなんでこんな彼岸の近くにいるのよ。まさか無縁塚は結界が緩んでるって聞いて、勝手に大結界の外に出ようとか考えたんじゃないでしょうね?」
「いえいえ、滅相もないわ、霊夢ちゃん。私たちはただこの異変を調べてただけ」
「――蓮子、あんたね。私、去年警告しなかった? 里の人間として暮らしていくなら、あまり変な気は起こさないようにって。里の人間は、異変に首を突っ込もうなんて命知らずなことはしないものなのよ」
「知的好奇心が取り柄ですわ」
「だからって、どうして私の行く先々に決まってあんたたちがいるのよ。紅霧異変から数えて五回目よ。ここにいるってことは、閻魔にも会ったんでしょ?」
「あら、霊夢ちゃんも閻魔様に説教されてきた帰り?」
「蓮子、あんたはどうせ身の程を知れって説教されたんでしょ」
「乙女の秘密を見抜くものじゃないわ」
「魔理沙みたいなこと言わない。――あ、あんたたちをここに連れてきたの、魔理沙ね?」
「あら、よく判ったわね」
「魔法の森を抜けなきゃ来られないじゃない、ここ。飛べないあんたたちが魔法の森を抜けてきたってことは、魔理沙かアリスの手を借りたってことじゃない。魔理沙は途中で見かけたし、あんたたちを箒に乗せて飛んだ前科もあるしね」
「霊夢ちゃん、名探偵の素質あるわよ」
「嬉しくないわよ。――あのね、一応これでも博麗の巫女として、あんたたちのこと心配してるのよ? 無縁塚の近くは外来人狙いの野良妖怪も多いんだから、こんなところにいたら襲われるわよ。魔理沙のやつ、あんたたちを放ってどこ行ったのよ」
「閻魔様に説教されて逃げだしたわ」
「無責任ねえ。いいわ、里の人間を危険地帯に放置するわけにもいかないし、私に掴まりなさい。里まで送るから」
 霊夢さんが手を差し出す。私たちは顔を見合わせて、結局はその言葉に甘えることにした。霊夢さんの腕に掴まると、私たちは重力の軛から解き放たれて、ふわりと浮き上がる。
「あ、そうだ霊夢ちゃん。この異変の謎は解けた?」
「謎? 外の世界から流れてきた幽霊が花に取り憑いてるんでしょ?」
「――へえ。そのこと、誰から聞いたの?」
「閻魔が教えてくれたわよ。六〇年に一回ある自然現象なんだって。自然現象じゃ、私の出る幕はないわ。解決しようにもぶちのめす相手がいないんじゃね」
 そう言って、霊夢さんは大げさにため息をついてみせた。

 ――とりあえずは、それがその日の、調査行の終わりだった。





―23―


 霊夢さんに運ばれて、里に戻ってきたときには、すっかり暗くなっていた。
 家事をする元気ももうないので、定食屋で晩御飯を食べて、風呂屋で汗を流してから自宅に戻る。畳の上に倒れこむと、散々歩き回った一日の疲れがどっと押し寄せてきて、もう起き上がれない。
「こらメリー、こんなところで寝ないの。せめて布団敷きなさい」
「誰かさんに一日連れ回されて足がパンパンなのよ」
「仕方ないわねえ。マッサージしてあげる」
 蓮子が押し入れから布団を引っ張り出してきて、私はその上に転がった。ああ、お布団気持ちいい……。これがもし藍さんの尻尾だったらそのまま永遠の眠りにつけてしまいそうだ。
「こら、寝るな」
「あ、痛い痛い蓮子」
 ふくらはぎを強く押されて、私は呻く。「ホントに張ってるわねえ」と言いながら、蓮子は私の足をもみほぐし始めた。痛いけど気持ちいい。まずい、本当に寝てしまいそうだ。
「お客さん、もっと運動した方がいいですよー」
「悪かったわね……あぁー……蓮子、そこの封筒取って」
「ん? これ?」
 蓮子が差し出した封筒は、今日の寺子屋の授業で生徒に書かせた作文である。次回の国語の授業は明後日だけど、眠らないように今のうちに一通り目を通しておこう。
「作文?」
「うん。昨日のことについて書かせてみたの。あ、痛い痛い」
「ん、ここが凝ってるのね。うりうり」
「あぁぁぁ~……」
「昨日のことって、ひょっとして子供たちの目から今回の異変について書かせてみたわけ?」
 私の背中を押しながら、相棒がそう問う。私は作文に目を通しながら頷いた。家の周りにたくさん白詰草が咲いたので妹に首飾りを作ってあげました、という微笑ましい内容に頬がほころぶ。かと思えば、花の異変とは関係なく親に怒られたことを書いている子もいた。寺子屋でも特に優秀な女の子は、「たくさんの花が咲いているのはきれいだけれど、季節のちがう花が咲いていて、幽霊も妖精もいっぱいいるのは、普段と違うから良くないことじゃないかと思う。博麗の巫女に早く解決してほしい」と冷静なことを書いていて、ちょっと感心した。かと思えば、悪ガキの男の子が「妖精がたくさんいたのでつかまえて遊んだ。面白かった」と書いていて、妖精イジメは感心しないなあと眉間に皺が寄る。
「メリーも探偵助手が板についてきたじゃない。ちょっと読ませて」
「いいけど。はい」
 目を通した分を蓮子に手渡す。蓮子は私の足を揉みながら、「ふうん、わりとみんな文章しっかりしてるわね。案外メリーの指導がいいのかしら?」などと言っている。私を何だと思っているのだ。一応寺子屋で国語を教えるのも二年目である。
「……ん?」
 十何枚目かの作文に目を通していて、不意に私は手を止めた。寺子屋でも特に大人しい男の子の作文だ。父親と霧の湖の近くまで釣りに行った、という作文なのだが、気になることが書いてある。なんだかやけに花が咲いているなあ、と思いながら釣りをしていたら、上流から氷漬けの蛙が流れてきて、湖で見かける氷の妖精が飛んできたというのだ。その妖精は父親の釣り竿を凍らせて、「六十年に一度のお祭りだ!」とはしゃぎながらどこかへ飛び去っていったという。――六十年に一度のお祭り。
「ねえ蓮子、これ」
「うん? 何か気になること書いてあった?」
 私の手渡した作文に目を通した蓮子は、その目を見開いて、ひとつ腕を組んだ。
「これはなかなか、興味深いわね」
「やっぱりそう思う?」
「人間も妖怪も忘れていたこの花の異変を、妖精が覚えていた――ふむ、メリー」
「はいはい。……マッサージは終わりなの?」
「また今度。それより、今回の謎を整理するわよ」
 すっかり名探偵モードに戻ってしまった相棒に息を吐いて、私は起き上がると、紙と筆を取ってきて、文机の前に座った。異変ごとの、相棒の推理の前段階である謎の整理である。
 ――というわけで、このとき相棒が列挙した謎は以下の通りだ。

咲き乱れる花の謎
 一、なぜ、花は昨日になって一斉に咲き始めたのか?
 一、なぜ、春の花だけでなく、季節外れの花までもが咲くのか?
 一、幽霊が花に取り憑いているのだとして、なぜ花に取り憑くのか?
 一、なぜ、冥界ではこの異変が起きていないのか?
 一、この異変は本当に、作物や自然界に影響を及ぼさないのか?
幽霊の謎
 一、幽霊の増加は、本当に外の世界での死者の増加が原因なのか?
 一、外の世界で死者が増えているなら、その外の世界は私たちの知る二〇〇五年なのか?
 一、そもそも、増加した幽霊は人間だけのものなのか?
 一、魂を宿した幽霊と、そうでない幽霊がいるとすれば、増えた幽霊はどちらなのか?
 一、そして、花に取り憑いている幽霊はどちらなのか?
異変そのものの謎
 一、なぜ、里の人間や天狗も、六十年前に起きた同様の異変を覚えていないのか?
 一、それを記録していた阿礼乙女は、なぜこの異変の情報を予め周知しなかったのか?
 一、まして、なぜ博麗の巫女にさえその情報が行き渡っていなかったのか?
 一、妖精だけはこの異変を覚えているのか?
 一、そもそも、なぜこの異変は起こるのか?
 一、もしこの異変に人為的な何かが絡んでいるとすれば、その犯人は誰か?

「現時点では、異変そのものの謎は、こんなところね」
「……蓮子、今回の異変に犯人がいると考えてるの?」
 最後の項目を書いた私の、その問いに、蓮子は猫のように目を細める。
「完全に自然現象だとするには、いくつか不自然な点があるのよ。まず、花が昨日になって突然咲き始めたこと。完全な自然現象なら、もっと静かに、いつの間にか起こっていたはずだわ」
「……確かに」
「そして、この異変がほとんど誰の記憶にも残っていないこと。歴史家である慧音さんや、新聞記者である射命丸さんまでもが、この異変のことを知らなかったり、忘れていたりする。阿求さんは知っていたけれど、その情報をなぜか周知していなかった。里の人間はおろか、博麗の巫女にさえ、ね。ここにも、私は誰かの作為を感じるの。この異変の裏には何かある。ただ死者の霊が増え、それで花が咲き乱れるだけの異変じゃないはずだわ」
 しかし、疑うだけなら誰にでもできる。問題はそこに、どんな背景が隠されているかだ。
「じゃあ蓮子、仮にこの異変に犯人がいるとして、それは誰?」
「たとえば、妖怪の賢者と阿求さんの共謀ね。これが博麗大結界の緩みが原因で、かつそれが人為的だとすれば、結界の管理者である妖怪の賢者が、情報を管理する阿求さんと共謀して何かを為しているという考え方は、まあできるでしょう」
「何かって?」
「それが判れば解決してるわよ。あくまで仮説だし、仮説だけならいくらでも立てられるわ。そもそも私たちの知り合いの中に犯人がいるとは限らないわけで、私たちがまだ出会ったこともない妖怪や神様が犯人だとしたら、さすがの私もそれは見抜きようがない」
「まあ、そりゃそうね」
「過去四回の異変は、犯人がはっきりしてたから、そこを起点にいろいろ考えられたけど……今回は霊夢ちゃんですら犯人がいない異変だと認知してるわけだし、ううん」
 ごろりと蓮子は私に背中を向けて唸る。私は息を吐いて、残りの作文を手に取った。
「幽霊、幽霊なのよ問題は……妖精が覚えてる? 妖精、幽霊……花……」
 何かぶつぶつと呟いている相棒に構わず、私は子供たちの作文に目を通し、
「――あっ! あーっ!」
 突然、相棒があげた大声に、私はびくりと身を竦める。
「な、なに? どうしたの?」
「そうか! そうなのよ! やっぱり問題は幽霊だったんだわ! もしそうだとしたら、外の世界の歴史的事実との矛盾は、説明がつくわ! だとしたら……犯人として考えられるのは、阿求さんが沈黙を保ったことを考えれば……」
「ちょ、ちょっと蓮子」
「メリー! もう一回霧の湖に行くわよ!」
 帽子を手に、蓮子は立ち上がる。私は慌ててその手を掴んだ。もう夜だ。いくらなんでもこんな時間に里の外を出歩いたら慧音さんに何を言われるか。
「落ち着きなさいよ。この異変の真相が分かったの?」
「もちろん、例によって蓋然性の高い可能性のひとつ、そう考えれば筋が通るという解釈の話だけどね。私の知らない手がかりや犯人がいるかもしれないという後期クイーン的問題は置いておくわ。私の知る範囲の情報で、この異変の謎にも面白い説明がつけられるわよ」
「……どんな?」
「それはまだ内緒。とりあえず外濠を埋めないとね」
 毎度ながら、勿体ぶる相棒である。私はため息。
「で、その外濠を埋めるために霧の湖に行くの? また騒霊楽団のところ?」
「ちっちっ、違うわよメリー」
「じゃあ、紅魔館?」
「そうじゃなくて。今回の異変の鍵を握るのは、妖精だったんだわ」
「――妖精? じゃあ」
 私の問いに、相棒はにっと猫のような笑みを浮かべて答える。
「そう。霧の湖の氷精に会いに行くわよ!」





―24―


 そうは言っても夜なので、霧の湖に行くのは翌朝一番で、にすることにした。幸い、明日は寺子屋の授業は慧音さんの歴史だけなので、私たちは休みである。そんなわけで、興奮して眠れないのかしきりに寝返りをうつ相棒にため息をつきつつ眠り、翌朝。
 私が目を覚ますと、相棒が既に起き出して、射命丸さんの新聞を読んでいた。
「おはよう、蓮子。ちゃんと寝た?」
「異変の真実が気になって夜もぐっすりよ。メリーもしゃきっとする」
「はいはい。……その新聞は今朝届いたの? 何か面白い記事でもあった?」
「朝イチでね。この花の異変が幻想郷各地で起きてるってのが一面。あと、プリズムリバー騒霊楽団が、太陽の畑を皮切りに幻想郷各地をめぐるライブツアーを始めるんだって。射命丸さん曰く、花に埋もれた幻想郷がより一層華やぐだろう、って」
「騒がしくなる、の間違いじゃないかしらね」
 そういえば昨日、騒霊楽団の三姉妹は太陽の畑でライブと言っていたっけ。
 そんな益体もないことを言い合いながら、朝食をとり、支度をして家を出る。
 霧の湖を目指し、北部の門から里の外へと出た。川を遡るように、朝の空気の中を妖怪の山へ向かって北上する。
「なるべく、昼までには一度里に戻りたいわね」
「どうして?」
「うまいこと氷精の子の話が聞けたらだけど。それが住んだら、太陽の畑に行くわよ」
「太陽の畑って、風見幽香さんに会いに行くの? じゃあ、この異変の犯人って――」
「まあ、それは氷精の子の話を聞いてからよ、とりあえず」
 にやにやと笑う相棒に、私は肩を竦めながらついていく。しかし、昨日閻魔様から無鉄砲すぎると説教を受けたというのに、馬耳東風とはこのことか。――思い出したら胸の奥につっかえたようなものが蘇ってきて、私は顔を伏せた。
 私の一歩前を歩く蓮子の後ろ姿。このポジションが、私の定位置だ。並んでいるようで、蓮子より一歩だけ、数十センチだけ後ろで、蓮子に引っ張られるこの場所。これも、私が蓮子に依存しすぎていることの証明なのだろうか。もちろん、そうなのだろう。秘封倶楽部は蓮子が私を振り回すために作ったサークルで、私はいつだって、なんだかんだ言いながらも、相棒にそうやって振り回されるのが嫌でないから、こうして蓮子の隣、斜め後ろを歩いている。
「ん? メリー、どうかした?」
「……別に」
 不意に振り向いた蓮子に、私が首を振ると、相棒はひとつ首を傾げ、
「手、繋ぐ?」
 そう言って、左手を差し出してきた。
「――――」
「なに躊躇ってるのよ。閻魔様に言われたこと、まだ気にしてるの?」
 私が答えに窮していると、相棒は強引に私の手を掴んで、きゅっと握りしめた。
「昨日も言ったでしょ。メリーはもっと私に依存してくれていいんだから。私がメリーに依存してほしいって思ってるんだから、閻魔様の言うことなんか気にしない!」
「……閻魔様がどこかから見て、青筋立ててるかもしれないわよ」
「いーのいーの。閻魔様が何と言おうと、メリーの右手は私と繋ぐためにあるんだから」
 きゅっと、私の右手を握った左手に力を込めて、蓮子は猫のような笑みを浮かべる。
 ――だから、そういう恥ずかしいことを臆面もなく言わないでほしい。
「ほら、レッツゴー」
 そうして私はやっぱり、相棒に手を引かれて歩き出すことになるのだ。それが、幻想郷に来ても変わらない私たちの、あるべき姿なのだと――私は、そう信じていたかった。

 で、辿り着いたるは霧の湖である。
「蓮子、その氷精さんってどこにいるか知ってるの?」
「氷の妖精なんだから、この季節でも凍ってるところを探せば良いのよ」
 なるほど道理だ。私たちは湖に沿って、紅魔館とは反対側へ向かって歩き出す。紅魔館側は見慣れているから、氷精の住処があるとすればその反対の方角だろう。
 ――そして、見つかるときはあっさり見つかるものである。
「あ、あれじゃない?」
 蓮子が指さした先、霧の中に浮かびあがったのは――。
「……寝てる?」
「寝てるわねえ」
 湖の岸辺に、流氷めいた季節外れの大きな氷が浮いている。そしてその上で、大の字になって寝ている青い服の女の子の姿。どう考えても、あれが件の氷精の子だろう。
 足音を忍ばせて近付いてみるが、氷精は目を覚ます気配は無い。大口を開けてはしたない恰好で寝ているその姿は、人間でいえば寺子屋に通っている子供たちと同じぐらいか。妖精の中ではかなり大きい子だろう。
「おーい」
 蓮子が呼びかけて、ぷかぷかと浮いた氷の端を叩いた。氷のベッドが揺れ、「おおう」と変な声をあげて氷精の子が飛び起きる。
「なんだなんだ!? あたいの寝起きに宣戦布告とはいい度胸ね!」
「いやいや、喧嘩を売りに来たわけじゃないのよ」
 慌てて蓮子がそう答えると、氷精の子は「人間?」と不思議そうに首を傾げた。
「人間がこの最強のあたいに何の用よ」
「最強なの?」
「この最強のあたいのことを知らないとは、あんたモグラね?」
 モグリと言いたいのだろうか。
「あたいはチルノ、最強の氷精だい!」
 えっへん。胸を張ってそう宣言する姿は、まるっきり寺子屋の子供と一緒だ。
「これはこれは。私は宇佐見蓮子、こっちはメリー。今日はね、チルノちゃんにインタビューしに来たの」
「いんたびゅー? あ、あんたたちあの天狗の仲間ね!」
「天狗? 射命丸さんのこと?」
「あいつ、なんか取材とか言ってあたいにつきまとうんだもん」
 そういえば昨日、射命丸さんはこの氷精の子と弾幕ごっこをしていたっけ。何か射命丸さんのアンテナに引っ掛かるものがあったのだろうか。
「あんまりしつこいと氷漬けよ!」
「いやいや、射命丸さんとは関係ないから」
「むう」
「今日はね、最強の妖精のチルノちゃんに、妖精の代表として、妖精について伺いたいの」
「それはしゅしょーな心がけね! 褒めてあげるわ!」
「どうもどうも。チルノちゃんは氷の妖精なのよね?」
「見ればわかるでしょ」
「うん。妖精は自然の具現だっていうけど、チルノちゃんは氷が溶ける春先にも元気なのね。冬にしか活動しないわけじゃないんだ」
「そりゃ、あたいは最強だもん」
「さすが。チルノちゃん以外にも色んな妖精がいるわよね?」
「あたいが最強だけどね!」
「うんうん。それで、チルノちゃん以外の妖精は、対象物が消えてしまうと自分も消えてしまうの?」
「え?」
「たとえば、火の妖精は、火が消えると自分も消滅しちゃうのかしら?」
「何言ってんのよ。そんなわけないじゃん」
「氷のない春でもチルノちゃんが元気なように?」
「当たり前よ! でもあたいも暑いのは嫌い。氷漬けよ!」
「ははあ、なるほど。ということは、チルノちゃんたち妖精は、結果じゃなくて原因なのね」
「ん?」
「いや、こっちの話」
「蓮子、どういう意味?」
 思わず私が口を挟むと、蓮子は「つまり」とひとつ咳払いした。
「自然があるから妖精が生まれるんじゃなくて、妖精がいるから自然現象が起きるってことなんじゃないかしら。氷からチルノちゃんが生まれるなら、春になったらチルノちゃんは氷と一緒に消えるはずでしょう? でも、逆に春だっていうのに氷のベッドを作って寝てるわけで、そうするとチルノちゃんがいるから氷が生まれる、と考えるべきだわ」
 なるほど。
「何の話よう」
「ああ、ごめんごめん。ところで、花の妖精もいるわよね? 太陽の畑とか」
「どこにでもいるよ!」
「じゃあ、その花の妖精も、花から生まれるんじゃなくて、妖精がいるから花が咲くっていうことなのね?」
「当たり前じゃない!」
「なるほどなるほど。――ありがとう、チルノちゃん。おかげで色んなことがスッキリしたわ。さすが最強の妖精、頼りになるわね」
「そーよ! あたいったら最強ね!」
 全く、子供のあしらいが巧い相棒である。
「と、そうだチルノちゃん、もうひとつだけいい?」
「何よ? 最強のあたいに何でも聞きなさいよ」
「今、幻想郷中が花だらけだけど。六十年前にも同じようなことがあったんですって?」
「そーよ、六十年に一度のお祭りよ!」
「じゃあ、このたくさん咲いてる花の正体を、チルノちゃんは知ってる?」
「人間ってそんなことも知らないの? ばーかばーか」
 私たちを指さしてころころと笑いながら、チルノちゃんは言った。
「そんなの、幽霊に決まってるじゃない!」





【再び、読者への挑戦状】


 というわけで、改めて、読者諸賢へといつも通りの挑戦状を差し出すこととする。
 宇佐見蓮子が辿り着いた、《六十年周期の大結界異変》の真実とは何か?

 断っておくが、ここまでに私が本文中に記したことは全て事実である。
 そうは言っても何かのミスリードを疑われるだろうから、作者の名にかけて、犯人の名前をここで改めて明言しておこう。
 犯人は、風見幽香さんと、プリズムリバー三姉妹である。
 正確には、主犯は風見幽香さんであり、騒霊楽団は事後従犯と言うべきだろう。
 ただしこれは、異変の終わった時点からこの原稿を書いている私が用意した、読者のためのヒントである。この物語の第一章が風見幽香さんとの出逢いであったのも、ノックスの十戒の第一項「犯人は物語の最初に登場していなければならない」に従ったが故だ。無論、ただそれだけでもないが――。
 私たちがこの解決編以前に風見幽香さんと出会い、会話を交わしたのは、第一章に記した一度のみであり、また阿求さんから彼女についての話を聞いたこともない。
 そして、この時点で宇佐見蓮子が想定した犯人は、風見幽香さんただ一人である。

 よって読者は、既に相棒よりも多くの情報を得ていることになる。
 ――となれば、賢明なる読者諸君であれば、次章で我が相棒・宇佐見蓮子が解き明かす、風見幽香さんを犯人とする〝真相〟を想定した上で、相棒も辿り着けなかった部分――プリズムリバー三姉妹の果たした役割までをも、想定できるはずであろう。
 と、作者はしたり顔でここに記すことにする。

 ともかく、私から出せるヒントはこれが限度である。
 犯人のいない異変に〝真相〟を見つけ出した、相棒の妄想力に、貴方は勝てるのか。
 今回もまた、健闘を祈る。

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この小説へのコメント

  1. 今回も仲が良いお二人ですね。ほっこりします。
    しかしあれだけ霊夢に目をつけられるとなると、いつか二人が半妖としての監視対象になりそうで心配です。
    一番気になったのはメリーの「私は、そう信じていたかった。」です。踏ん切りがつかないような、そんな表現にした意味とは…。想像力が膨らみます。
    次回解決編ですね。推理しながら楽しみにしております。

  2. 最初から最後まで2828しっぱなしでした
    キマシタワーが物理的に建つのなら
    きっと幻想郷は滅んでいることでしょう

    キマシタワーを建てるのは
    秘封夫婦だけでは無いのだから

  3. 犯人の名前を明かす読者への挑戦状とはまた斬新ですね。
    今回の謎の鍵がまさか妖精だとは・・・

  4. 今回も秘封倶楽部の百合部分見れた大変満足しました。笑いが止まらない

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