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こちら秘封探偵事務所第4章 永夜抄編   永夜抄編 第11話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第4章 永夜抄編

公開日:2016年07月02日 / 最終更新日:2016年07月03日

永夜抄編 第11話
その中に王とおぼしき人、家に、「造麻呂、まうで来」と言ふに、たけく思ひつる造麻呂も、ものに酔ひたる心地して、うつぶしに伏せり。いはく、「汝、をさなき人、いささかなる功徳を翁つくりけるによりて、汝が助けにとて、かた時のほどとて降ししを、そこらの年頃、そこらの金賜ひて、身をかへたるがごと成りにけり。かぐや姫は、罪をつくり給へりければ、かく賤しきおのれがもとに、しばしおはしつるなり。罪の限果てぬれば、かく迎ふるを、翁は泣き嘆く、能はぬことなり。はや出したてまつれ」と言ふ。




―31―


 北に見える妖怪の山から、細く煙がたなびいている。
「――私が不死になったのは、今から千三百年ほど前の話だ」
 慧音さんが休んでいるあばら屋を離れ、竹林の片隅で、妹紅さんは静かにそう語り始めた。
「竹取物語の中の、車持皇子――蓬莱の玉の枝の贋物を造った貴族。あれが私の父親でな。まあ、今にして思えば恥を掻いたこと自体は父が悪いんだが……当時の私は父が赤っ恥を掻かされたことに憤激してな。あいつの被害者は父だけじゃないし、身勝手なことを言って多くの人間に迷惑をかけた輝夜に復讐してやろうと、あいつの元に乗り込もうとしたんだ。だが、タッチの差であいつは月に帰ってしまった。――本当は帰ってなかったんだが、当時の私にゃ知るべくもない。で、あいつが帝に残した壺が運び出されていくのを見て、それを奪ってやろうと思って、その集団をつけていったんだ」
「不死の薬、ね」
「ああ、その時はまだ壺の中身は知らなかったんだがな。――その壺を持った男、岩笠っていうんだが、そいつと護衛の兵士たちはどこへ向かうのかと思ったら、霊山に登っていった。後の富士山だ」
 そこまでは、私の知る竹取物語の結末と同じだ。不死の薬は富士山の山頂で焼かれ、その煙が今もたなびいている。故にあの山は不死の山――富士山と呼ばれるようになったのだと。
「私は岩笠たちを追って山を登っていったんだが、所詮は小娘だ。途中で力尽きて倒れてしまった。すると岩笠は、引き返してきて私を助けてくれたんだ。私が追って来ていることには、ずっと前から気付いていたんだな。そうして、私は岩笠たちと一緒に山頂を目指すことになった。お互い励まし合いながらな。
 私がどうして山に登っているのかと問うと、岩笠は勅命だと答えた。そうして山頂に辿り着くと、運んで来た壺に紐を結びつけ始めた。何をするのかと思ったら、そうやって遠くに投げ飛ばし、火口に放り込んで焼くのだという。なんでそんなことをするのかと不思議に思ったが、帝も勝手に帰ってしまった輝夜に嫌がらせをしたいのかもしれない。どっちにしろ、もう私には手出しはできなかったから、黙って見守っていたんだが――」
 そこで妹紅さんはひとつ息を吐き、苦しげに顔をしかめた。
「兵士たちが火口に近付いたとき、突然奇妙な女が現れた。その女は咲耶姫と名乗り、この山の噴火を鎮める女神だと言った。そして、その壺を火口に入れてはいけないと恫喝してきた」
「咲耶姫?」
 私が首を傾げると、「木花咲耶姫よ」と蓮子が耳打ちした。私はあまり自信のない日本神話知識を掘り返す。確かニニギノミコトの妻で、石長姫の妹だったか。
「咲夜さんが出てきたかと思ったわ」
「さすがにそことは関係ないでしょう。咲夜さんの名前はレミリアお嬢様がつけたものだし。――木花咲耶姫には一晩で身ごもって、炎の中で三柱の子を産んだ伝説があるから、それが時間を操ってのことだとすれば、まあ関係あると言えなくもないけど、さすがに牽強付会ね」
 ――奇妙な一致もあるものね、と思っただけ。
 ふと、永琳さんのそんな言葉が思い浮かんだ。ひょっとしてあれは、木花咲耶姫のことを連想していたのだろうか?
「話を戻しましょ。それで?」
「ああ。岩笠は『私はこの壺をこの山の霊力のある神の火で焼かねばならない。これは帝の勅命である』と言ったが、咲耶姫は『その壷をこの山で焼かれてしまうと、火山はますます活動を活発にし、私の力では手に負えなくなってしまうでしょう。その壷は神である私の力をも上回る力を持っています。貴方達はその壷に入っている物がどのようなものなのか理解しているのでしょうか?』と軽蔑するような目で言った。――岩笠以外は、私を含めて誰も中身を知らされてなかったんだ。岩笠は止めようとしたが、咲耶姫はそれを告げてしまった。中身は不死の薬だと、な。皆が動揺した。もちろん――私もだ」
 不老不死。数多の権力者が夢見てきた、はてなき欲望の終着点。
 それが目の前にあると言われて、果たして冷静でいられる者がいるだろうか。
 たとえそれが、どれほどの地獄であると言われようと――。
「岩笠はそれでも壺を燃やそうとしたんだが、なぜか火口に投げ込んでも壺に火がつかなかった。咲耶姫の奴が妨害していたんだろうな。それでその晩は山頂で夜明かしして、対策を練ることになった。……だが、皆が平静でいられるはずもなかった。自分で飲まないにしても、その薬は莫大な富を約束するのは間違いない。迂闊に知らせたら奪い合いが始まりかねないから、岩笠は兵士たちにそれを知らせずにいたんだ。……異様な緊張感の中で皆が壺を囲んで見張っていたが、私はそのうち眠りに落ちていた」
 そこで妹紅さんは言葉を切り、ため息とともに首を横に振る。
「……翌朝、私は咲耶姫に起こされて絶句した。周りは血の海で、私と岩笠を残して兵士たちは全滅していたんだ。咲耶姫は『貴方とあの男が眠っている間にこの愚かな人間達は、壷を自分の物にしようと殺し合いを始めてしまいました』と言ったが、どう見たってただ殺し合っただけじゃない。焼けただれた、怪物に襲われたような死体まであった。そんな中で私と岩笠だけ無傷で眠り続けていたなんて、ありえないだろう? おそらく咲耶姫の奴がこの山で薬を焼かせないように、兵士たちを皆殺しにしたんだろうな」
 また、私の脳裏に永琳さんの言葉がよぎった。
 ――だから私は、月の使者を皆殺しにして、輝夜とここへ逃げ出したのよ。
「呆然とする私たちに、咲耶姫は語った。『その薬は愚かな人間を狂わす物です。ほら、誰も口にしていないのに周りは不幸になってしまいました。この様な薬を供養する事は私も賛成なのですが……しかし私の手にも余る代物なのです。ですからどうかこの山で供養する事は控えて欲しい』とな。岩笠は考え込んで、帝の勅命を咲耶姫に伝えた。『私は月に最も近い所で、この薬を燃やしてこいと言われた。ここより高い場所などあるものだろうか、この山より高い山などあるものだろうか』――すると咲耶姫は答えた。『そうですか。ならば良い場所があります。この山より北西へ向かうと八ヶ岳と呼ばれる醜い山があります。そこに私の姉が住んでいます。姉は不死、不変を扱う神ですから、供養して貰うには丁度良いでしょう』と」
「石長姫ね。八ヶ岳はもともとは富士山より高い山だったけれど、富士山に住む咲耶姫が嫉妬して八ヶ岳を砕いてしまった、という伝説があるから――」
「蓮子は物知りだな。慧音も昔、同じことを教えてくれたよ。――慧音によれば、砕かれる前の八ヶ岳の本来の姿が、幻想郷の妖怪の山らしいんだが」
「ええ? 妖怪の山はそこまで高くないと思うけど……」
「だよなあ? 昔聞いたときはなるほどと思ったもんだが、冷静に考えると妖怪の山はどう考えたって富士山より低い」
「そうよね。むしろ八ヶ岳の、咲耶姫が砕いてしまった部分なんじゃないかしら?」
「ああ――なるほど、それなら納得できる」
 蓮子と妹紅さんは頷きあう。何かさらっと幻想郷の秘密のひとつが解き明かされてしまった気がするが、今の本題にはあまり関係のない話である。
「……まあ、ともかく。岩笠はその咲耶姫の言葉に従って、壺を背負って私とともに下山を始めたんだ。だが……」
 妹紅さんはそこで言葉を切り、目を伏せた。
「……あの時の私は、どうかしていたんだ。不老不死という言葉が頭から離れず、周囲が現実感を失って……気が付いたら、岩笠の背中を蹴飛ばして、壺を奪って逃げ出していた」
 私たちは息を飲んだ。千三百年前の殺人の告白――。
「軽蔑するか? 私は恩人を殺して、不老不死の身体を手に入れたんだ」
 妹紅さんは、自嘲的な笑みを浮かべて私たちを見つめる。
 それに答えたのは、相棒の首を横に振る仕草だった。
「……ううん。同情はしないけれど、糾弾もしないわ。だって、それから千三百年、そのことを後悔し続けてるんでしょう?」
「――――」
「二十年ばかりしか生きてない私に、千三百年も自分の罪を忘れずにいることをどうこう言う権利なんてないし、それを忘れないでいるだけで、貴方を信じられると思う。――慧音さんだって、それを知った上でもこたんの面倒を見てるんでしょう?」
「だから、もこたんって呼ぶなよ」
 どこか泣き出しそうな顔で、妹紅さんは笑った。蓮子はまた、その手に自分の手を重ねる。妹紅さんは大きく息を吐き出して、「……ありがとう」と呟いた。
「それから三百年は、死ぬほど後悔したよ。死ねないけどな。……その三百年は、人間の中に混ざろうとして異形と排斥され続けた。次の三百年は世を恨んで、妖怪だろうが何だろうが出会う端から喧嘩を売って戦った。そうしているうちに強くなってしまって、そこらの妖怪では相手にならなくなって、その次の三百年はやる気を失って退屈して過ごした。……そして、その次の三百年で、私はこの地に流れ着いて、あいつと再会したんだ」
「輝夜さんと――」
「ああ。あいつも不死だから、三百年ばかりひたすら殺し合ってきた。不毛といえばこれほど不毛なこともないが、この生活も案外悪くない。……慧音や、お前たちに出会えたしな」
 私の話はこのぐらいだ、と妹紅さんは立ち上がって、竹の葉の隙間から空を見上げた。まだ昼間の空には、月は見えない。
「――ねえ、妹紅。いくつか質問してもいいかしら?」
「うん?」
「まずひとつ。――不死になってから現在まで、周囲の環境と自身の心境以外で、変化したことはある?」
「変化したこと?」
「たとえばなんだけど――その銀髪は元からなのかしら」
「これか? いや、不死になってからさすらってるうちに、いつの間にかこうなってたな」
「……そう。話の中で、強くなったとも言ってたけど……」
「ああ、何百年も戦ってれば、自然といろいろ身につくさ。体術も妖術もな。メリーには一度見せたよな、炎を使うのが私の得意技なんだが」
「あ、はい――」
 私は頷く。蓮子を永遠亭に運ぶとき、輝夜さんを呼び出すのに使っていたのを見た。それ以前にも、何かそれらしいものを見たような記憶があるのだが……何だったか。
 私が首を捻る横で、蓮子は顎に手を当てて、難しい顔で黙り込んでいた。
「蓮子?」
「……もうひとつ。貴方が飲んだ蓬莱の薬は、どういう原理で不死を為すの?」
「気になるのか? 飲むのは絶対に勧めないぞ」
「純粋な科学的好奇心ですわ」
「ならいいが……聞くならあの藪医者に聞いた方が正確だと思うぞ。私も一応、前に一度あの藪医者から聞かされたが。なんでも、命の主体が魂になるらしい」
「命の主体が、魂に……?」
「ああ。魂が肉体に依存せずに生き続けるから、髪の毛一本、灰のひとつからでも、好きな場所に肉体を再生できるんだそうだ。やってみせるか?」
「……それはまたいずれ。だけどなるほど、興味深い原理だわ」
 ひとつ頷き、蓮子は立ち上がる。妹紅さんは蓮子の顔を見つめ返して――にっ、と笑った。
「じゃあ、今度は蓮子たちの話を聞かせてくれよ」
「え? 私たちの?」
「ああ。私だけ喋ってお前たちは秘密なんて不公平だろう。お前たちはどこから来て、なんで慧音に保護されてるんだ? 私はいくらでも時間があるから、ゆっくり聞かせてもらうぞ」
 楽しげにそう言った妹紅さんに、蓮子は――「喜んで」と破顔した。




―32―


 そうして、妹紅さんにゆっくり、私たち秘封倶楽部の来歴を語る――はずだったのだが。
「おお?」
 不意に近くの茂みががさがさと音をたて、私たちが振り返ると、そこから大勢のイナバたちが姿を現した。イナバたちはわらわらと私たちの足元にまとわりつき、「おーうおう、姫様の宿敵とこないだの人間がお揃いで」と、因幡てゐさんが姿を現す。
「……輝夜のところの兎どもか。何しに来た?」
「おお、こわいこわい。私ゃ別に姫様やお師匠様の手下じゃないよ。というかあんたが棲み着く前からこの竹林は私ら地上のイナバの住処だったんだから、敬え居候」
「やかましい。焼き兎にするぞ」
 妹紅さんがその掌に炎を顕現すると、ざざざ、とイナバたちが一斉に後じさる。
「やめなよ、みんな怖がってんじゃん。遊びに来ただけなのにさ」
「……お前らに遊びに来られる理由は無いはずだが」
「あらあらもこたん、つれないわねえ。かわいいイナバの相手ぐらいしてやりなさいな」
「げっ、輝夜! こんな明るいうちから輝夜を見るなんて、なんだ人生の揺り戻しか」
「ひとを幽霊みたいに言わないでほしいわ。だいたい何の話?」
 てゐさんの背後から姿を現した輝夜さんは、そう言って首を傾げ、それから私たちを見やる。
「あら、この前のお客人。うちに遊びに来てくれたのかしら?」
「え?」
「この前は永琳が中に入れてくれなかったでしょうけど、今度は屋敷の中も案内するわよ。穢れが入って来ちゃったせいで、ものが壊れるようになっちゃったから気を付けて欲しいけど」
 楽しそうに笑って輝夜さんは言う。私は蓮子と顔を見合わせ、妹紅さんが眉を寄せた。
「何を企んでやがる」
「あらもこたん、そんな人を悪の権化みたいに。私が家にお友達を誘っちゃいけない?」
「いつの間にこいつらと友達になったんだよ」
「もこたんのお友達でしょう? 敵の味方を懐柔するのは基本よ基本」
「お前な――」
「あらあらもこたん、せっかくの少ない友達を私に取られそうで妬いてるの?」
「殺す」
「死なないけどね」
 ばちばちと火花が散る。そういう剣呑なこと、せめて昼間からはやめてほしい。イナバたちもてゐさんと一緒にこそこと竹の向こうに隠れている。
「姫様~、てゐ~」
 と、そこへまた新たな声。竹藪から姿を現したのは鈴仙さんだ。「あ」と鈴仙さんは、輝夜さんと妹紅さんが睨み合う現場を目の当たりにして固まる。
「姫様、こんな時間から殺し合わないでください」
「あらあら鈴仙、私はお友達を招待しようと思っただけよ?」
「お友達って……」
「もこたんじゃなくて、そこの人間ふたり」
 鈴仙さんがこちらを振り向き、思い切り眉を寄せる。
「どうしてまた穢れた地上人なんかを」
「あら、どうせ屋敷の中はとっくに穢れだらけじゃない。誰かさんのおかげで」
「……いや、それ私のせいじゃ」
「勝手にうちに転がり込んできておいて、月から連絡が来たら帰ろうかとか言い出したのは?」
「うう」
 がくりと肩を落とす鈴仙さんに、輝夜さんはころころと楽しげに笑う。
「お師匠様と姫様のところに逃げ込んだのがそもそも運の尽きさね、諦めなって」
「うるさいわよ。そりゃま、今更帰ったって合わせる顔もないけどさあ……」
「そーそー。地上で楽しく遊ぼうじゃん?」
「あんたたち地上の民はどーしてそうお気楽なのよ、どいつもこいつも」
 てゐさんが鈴仙さんの背中を叩き、鈴仙さんは大きくため息をつく。と、相棒が目を輝かせて、鈴仙さんへと歩み寄った。鈴仙さんはその赤い目をしばたたかせる。
「どうも、先日はお世話になりましたわ。宇佐見蓮子と申します」
「え? ああ、こないだの病人? 別に……好きで世話したわけじゃないし」
「いえいえ、おかげさまでばっちり快癒いたしましたわ。ところで――少しばかり伺いたいことがあるんですけれども」
「え? 薬とかのことならお師匠様に――」
「いえいえ、鈴仙さん、貴方のことです」
「私の?」
 眉を寄せた鈴仙さんに、蓮子は猫のような笑みを浮かべて――斬り込む。
「貴方は月から逃げてきたそうですけど――どうして、他のどこでもなく、永遠亭に転がり込んだんですか?」




―33―


「どうして、って――」
 鈴仙さんは目をしばたたかせると、それから顔をしかめて蓮子を睨んだ。蓮子はその視線から微妙に目を逸らしながら、「おかしな話だと思いませんか」と言葉を続ける。
「永琳さんと輝夜さんは、月の追っ手から逃れるために、あの永遠亭に隠れ住んでいたのでしょう? それなのに、月からやって来た鈴仙さん、貴方が簡単に永遠亭を発見して、そこに転がり込むことが出来たというのは――完全な矛盾ではありませんか?」
「――――――」
 言葉を失って、鈴仙さんは目元を覆うように顔に手を当て、唸る。
「そんな……そんなこと、急に言われても」
「どうなんですか、鈴仙さん。貴方は永遠亭をどうやって発見したんです?」
「だって――そう、月から羽衣を被って脱出して……地上が見えて来て、そのとき……そう、波長のずれが見えて……あの竹林の奧だけ、波長が狂っているから、ひょっとしたら同類がいるのかもと思ったのよ。そしたら師匠と姫様がそこにいて――」
「波長?」
「鈴仙の目は、波長を操るんだよ。あらゆるものには波長があって、それを短くすれば短気になるし、長くすれば暢気になる。波長をずらして隠れたりもできる、便利な能力だけど、鈴仙にゃ宝の持ち腐れだよねえ」
 てゐさんが呆れたようにそう言う。位相を操るのではなく、波長を操る能力なのか。あの廊下を引き延ばしていたのも、つまり空間の波長を長くしていたということなのだろうか? 確かこういうのは蓮子の専門分野のはずだけれど――。
「波長を? ちょっと待って、それってつまり量子の振る舞いに干渉できるってこと? いや、そもそもコペンハーゲン解釈においては観測者によって観測結果が収束するわけだから、私たちだって観測という行為によって量子の振る舞いに干渉しているわけだけれど、そういう問題じゃないんでしょう? 量子の波動性を操ることが可能なら不確定性原理はどうなるの? ラプラスの悪魔は幻想郷に実在したっていうの?」
 物理学でひも理論の研究をしていた相棒は、学究的好奇心をくすぐられたらしく、ますます目を輝かせる。鈴仙さんは「なんで私がそんなこと貴方に説明しなきゃならないのよ」と口を尖らせて、蓮子を睨んだ。蓮子は我に返り、ひとつ咳払い。
「失礼。物理学の徒としては、その能力についてはいつでもいいから是非詳しく聞かせてほしいけれど――では、永遠亭を隠していた結界を、貴方はその目の能力で見破ったと?」
「……まあ、そういうことだけど」
「その目の能力は、月の兎ならば誰でも持っているんですか?」
「そうよ。……いや、私はその中でも能力が強い方だったけど」
「なるほど――では、もうひとつだけ。今回の騒ぎのきっかけになったという、貴方に月に帰るように連絡してきたのは、どこのどなたなんです? 鈴仙さん、貴方とはどんな関係が?」
「は? なんであんたがそんなこと――」
「脱走兵だと伺いましたけど、かつての上官からですか?」
「ち、違うわよ。……同僚の、月の兎の方。月の民と地上人の全面戦争が始まるかもしれないっていうから……」
「ははあ。その連絡も、その目の能力で?」
「そうだけど」
「月の民と地上人の全面戦争、ねえ。この時代に大規模な月面探査なんてなかったはずだけれど――なるほど、よく解りましたわ。ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げて、蓮子は踵を返して私のところへ戻ってきた。鈴仙さんは虚を突かれたように瞬きして、それからゆるゆると首を横に振る。
「何なのよ、いったい……」
「あら鈴仙、あの人間は貴方に興味を持ったのではなくて? お友達よ、お友達」
「はっ!? な、なんで私が地上の人間なんかと友達に――」
 輝夜さんの言葉に狼狽する鈴仙さん。「お友達になっていただけるなら、もちろんとてもありがたいですわ」と蓮子が笑って言うと、鈴仙さんは目を白黒させて、「ううう」と唸る。
「――節操のない奴だな、お前」
 呆れ顔で妹紅さんが言い、「社交的と言っていただきたいわ」と蓮子は笑って答える。単に物理学の徒としての好奇心では? という疑問は、私は口に出さないことにした。
「輝夜、何をしているの」
 と、そこへまた新たな声が割り込む。竹林の奧から現れたのは永琳さんだ。彼女は輝夜さんと妹紅さんを見比べ、それから私たちを見やって首を傾げる。
「随分と賑やかね」
「あら永琳。鈴仙に友達が出来たのよ」
「ええ? そんな物好きがどこにいたの?」
「違います! ていうか物好きって何ですか!?」
 むくれる鈴仙さんに肩を竦めて、それから永琳さんは「そんなことより、私は出かけてくるから、輝夜のことをお願いね」とその肩を叩く。「はあ」と鈴仙さんが目をしばたたかせた。
「どちらへ?」
「冥界へ。なんでも、ウドンゲの目を見ておかしくなった患者がいるそうよ。あのとき攻めてきた、刀を振り回してる危ない子」
「ああ――って、それ私のせいなんですか?」
「そうよ。だから罰として、輝夜、ウドンゲを好きにしていいわよ」
「うえええええ」
「あらあら、どうしようかしら。ねえもこたん?」
「私に聞くな!」
 賑やかである。蚊帳の外な気分で私がそんな騒ぎを見守っていると、永琳さんが蓮子に目を留めて歩み寄ってきた。
「貴方は、目は問題ないかしら?」
「ええ、おかげさまで。――でも、私の目って本当にそんなに重症だったのですか?」
「あら、どういう意味かしら?」
「いえいえ、別にあの月が貴方たちの仕業だったとしても、責めるつもりではありませんが。おかげで目が見えることのありがたみを噛みしめておりますしね」
「ああ、そのことは謝っておくわ。迷惑を掛けたわね。――それじゃあ」
 手を振って、永琳さんは去って行く。蓮子はそれを引き留めるでもなく見送っていた。私は思わず相棒に歩み寄り、「いいの?」と耳打ちする。
「ん? ああ、今はいいわ。考えをまとめている段階だから」
「――ってことは、ある程度の推理はできてるわけね?」
「そうね。欠けている情報が多すぎるから、どこまで真実に迫れているかは怪しいところだけれど――まあ、ゆっくり考えるわ。次の満月あたりまで」
「え?」
 私は目をしばたたかせる。月の満月だと、丸一ヵ月後ではないか。
「そんな暢気な。本当は何も思いついてないんじゃないの?」
「見くびらないでほしいわね。――タイミングの問題なのよ」
「タイミング?」
「名探偵、皆を集めてさてと言うにも、時と場所が重要ってこと」
 気障ったらしくウィンクをして、相棒は帽子を目深に被り直す。
「――問題は、ここが幻想郷であり、幻想郷の論理で世界が動いているということ。そして、矛盾が生じるときは、前提が間違っているっていうことよ」






【読者への挑戦状】


 さて、恒例の挑戦状の時間である。
 宇佐見蓮子が推理した〝永夜異変〟の真相とは、いかなるものか。
 いつものごとく、貴方の想像力に挑戦したい。
 鍵となるのは、以下の三点である。

 一、穢れとは、何に対して作用するものであるのか。
 二、蓬莱の薬がもたらす〝不老不死〟とは結局、いかなるものなのか。
 三、八意永琳さんはなぜ薬を作り、輝夜さんと逃亡し、そして満月を隠したのか。

 もちろん今回も、相棒の推理は決して唯一無二の厳密な真実などではない。それが与太話であり、誇大妄想であり、異変という史実に対するトンデモな珍説に過ぎないことは、これまでの記録をお読みの方は先刻承知であろう。
 それでもよければ、また蓮子と想像力を競ってみて欲しい。
 満月の向こう側に隠されたものに、貴方は辿り着けるだろうか?

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この小説へのコメント

  1. 幻想住人は何処の出身であろうと、幻想郷に入ってしまえば皆暢気になるものですね。賑やかな会話は読んでいて面白いです。
    次回も楽しみにしております。

  2. いつもコメントありがとうございます。

    >にわかさん
    今回の31節での妹紅の語りは、ほぼ小説版儚月抄第4話「不尽の炎」からです。
    300年のくだりも小説版儚月抄第4話の中で妹紅の独白として語られています。

  3. もこたんの話に出てきた咲耶姫が永琳だったのではってところまでしか考え付かん。

  4. 楽しく読ませて頂いてます^^
    ぬぬぬ・・・今回もまた難しいですな

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