東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第4章 永夜抄編   永夜抄編 第1話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第4章 永夜抄編

公開日:2016年04月23日 / 最終更新日:2016年04月23日

永夜抄編 第1話
今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。名をば、さぬきの造となむ言ひける。
 その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり。




―1―


 竹取物語は、日本最古のSF小説である――と言い切ってしまうのは、いささか乱暴な見解かもしれない。そもそもSFの定義自体が人によって異なるし、SFの意味を広く取るなら、古事記に記された神代の物語こそ最古のSFかもしれない。
 なので、もう少し厳密な言い換えをしよう。竹取物語は、日本最古のファースト・コンタクトSFである――と。
 あるいは、ミステリ好きの視点から読めば、日本最古のミステリとして読めなくもない。ミステリとしての謎は、「かぐや姫とは何者なのか」であり、「なぜ誰からの求婚も拒絶するのか」という点である。おそらく当時の感覚からして、帝の求婚を拒絶する存在というのは、理解不能な〝異質な知性〟であろう。その謎に対しての〝かぐや姫=月の姫〟という真相は、かぐや姫の理解不能性を当時の論理において説明する解答であったのだと考えられるのではないか。もともとSFとミステリがご近所ジャンルであることを示す例といえるだろう。たぶん。
 まあ、もちろんこんなことを寺子屋の授業で喋ったところで、子供たちに話が通じるわけもない。私は粛々と、読み書きのテキストとして竹取物語を扱うのみである。
 のだが――。
「メリーせんせー」
「はい、なあに?」
「かぐや姫って、妖精?」
 生徒からのこの質問には、外来人として面食らった。――だが、冷静に考えてみれば、この幻想郷に暮らす子供にとって、竹の中にいる三寸ばかりなる人、と言われてイメージするのは、確かに妖精だろう。
「ちげーよ、妖怪だよ。妖精なら人間みたいに大きくならねーもん」
「いやいや、かぐや姫は月から来たんだって」
「妖怪は月から来たんじゃねーの? ほら満月になると妖怪って元気になるじゃん」
「そっかー、妖怪かあ」
「妖怪じゃ人間と結婚するわけにいかないよなー」
 年長の子供たちの間で、みるみる〝かぐや姫=月の姫=妖怪〟という新説が固まっていく。私は半ば唖然としてそれを聞いているしかなかった。――そうか、人の姿をした妖怪が当たり前にいるこの幻想郷では、竹取物語は異類婚姻譚の亜種として読まれるのか。
 まあ、妖怪の意味を広く取るなら、確かに人ならぬものであるかぐや姫は妖怪の一種に含めてもいいのかもしれないけれども――。
「じゃあかぐや姫は何の妖怪?」
「竹の妖怪だ!」
「ちげーって、月の妖怪だよ」
「月には兎がいるっていうぞ」
「兎の妖怪?」
「そういや迷いの竹林に兎の妖怪が出るっていうよな」
「かぐや姫だ!」
「はいはい、みんなそこまで」
 私はぱんぱんと手を叩き、子供たちが私の方に向き直る。私は子供たちに笑いかけた。
「慧音先生なら、授業中のおしゃべりはいけません、とみんなを叱るところかもしれないけれど――みんなが面白い想像を広げていたから、先生は怒りません」
「そうぞう?」
「そう、想像。思い浮かべ、考えて、それを発展させること。この国語の授業の目的は、みんなに読み書きを覚えてもらうのが第一だけど、その次に大事なのが、みんなに想像力をつけてもらうこと。なので、今みんなが自由に想像を広げたことを、先生は嬉しいと思うわ。想像することは、何かを知りたいと思うこと。知ろうとして、考えること。考えて、自分なりの何かをつくり出すこと。国語の授業で先生がみんなに学んでほしいのは、何よりそのことなのよ」
「よくわかんないー」
「そうねえ……みんな、自分がこうなれたらいいな、と思うことはある? たとえば、大人になったらこんなお仕事がしてみたいとか。何か、今すぐできるようになりたいこととか」
 子供たちが顔を見合わせる。――と、そこで授業終了を告げる鐘の音が響いた。
「はい、じゃあそれはメリー先生からの宿題にします。次の授業のときに、みんなのなりたいものや、できるようになりたいことを聞かせてね。今日はここまで」
 はーい、と子供たちの声が唱和する。私は教室を出て、小さく息を吐いた。――なんだか偉そうなことを言ってしまったけれど、おかしなことを言ってないだろうか、自分。
「メリーも、先生ぶりが板についてきたじゃない」
「……蓮子」
 不意に声をかけられ振り向くと、我が相棒、宇佐見蓮子が廊下の壁にもたれていた。
「聞いてたの?」
「ちょっと教室が騒がしかったから、聞き耳を立ててたら、なんだかいいこと言ってるじゃない。人が物語に触れるのは想像力を育むため。想像力は即ち創造力。当たり前のことだけど、当たり前のことを教えるのが初等教育だからね」
「……なんとなく思ったことを口にしただけよ」
「なんとなくでさっきみたいな発言が出てくるってことは、先生らしくなってきたってことよ」
 ぽんぽんと肩を叩かれ、私はなんとなく気恥ずかしい思いで身を竦めた。
「おだてても何も出ないわよ」
「素直じゃないわねえ。褒めてるのに」
「蓮子から褒められるなんて、明日は雪かしら」
「もう春雪異変はとっくに終わったってば」
 廊下を歩きながら、私たちはそんな益体もない言葉を交わす。
 ――もちろんこのとき、私は自分たちが首を突っ込む次なる異変が、その竹取物語に密接に絡むものであることなど、知るべくもない。





―2―


「今晩は妹紅に夕飯を作りに行くが、君たちもどうだ?」
 寺子屋の授業が終わったあとで、上白沢慧音さんからそう誘われるもの、既に四度目か五度目である。お調子者の我が相棒は、「そりゃもう喜んで!」と手を挙げ、私はその傍らでため息をつき、「もうちょっと遠慮しなさいよ」と相棒の手の甲をつねる。
「痛い痛いメリー。いいじゃない、何か用があるわけでもないんだし、食費も浮くし」
「慧音さんの目の前でそういうことを言わないの。すみませんいつも常識のない相棒で」
「いやいや、年長者が奢るという時には素直に奢られるのが若者の仕事だぞ」
 慧音さんは磊落にそう言って、「では、後で迎えに行く。離れの方か?」と言った。私たちが頷くと、「じゃあ、また後でな」と手を振って、慧音さんの背中は人間の里の雑踏の中に消えていった。自警団の方にでも顔を出すのだろう。
 それを寺子屋の門のところで見送って、私たちは踵を返すと、寺子屋の離れに向かう。
 ――《秘封探偵事務所》。そう墨書された看板が、少し傾いていた。寺子屋の裏手にある八畳一間の小さな建物が、私たちの事務所となってから、もう一年以上になる。一年も経てば少しは経営が軌道に乗っても良さそうなものだが、閑古鳥は事務所の屋根に立派な巣を作ってしまい、そろそろ雛も生まれているかもしれない。
 私が看板の傾きを直していると、相棒が玄関に挟まれていた新聞を取り上げていた。天狗の射命丸文さんが作っている《文々。新聞》だ。別に定期購読の申し込みをしたつもりもないのだが、気が付けばときどきこうして我が事務所にも最新号が配られている。
 看板の位置を正して、ついでに汚れを拭ってから事務所の中に戻ると、相棒が畳に新聞を広げて、腹ばいになって読んでいた。あぐらをかいて読まないだけ行儀がいいと言うべきなのか、悩ましいところである。
「蓮子、何か面白い記事ある?」
「一面トップは『蟲の知らせサービス開始』だって」
「なにそれ?」
「決まった時間に大量の蟲がお知らせにやってくるサービスだそうよ。えーと、『例えばモーニングコールをお願いすると、朝に大量の蟲が布団の上にびっしりと集まり、優しく起こしてくれるのである』」
「やめて、想像しちゃったからやめて」
 あまりにも嫌すぎる。「さすが、妖怪も妖精も幽霊もいる幻想郷の価値観は多様ねえ」と相棒はなぜか感心していた。価値観の多様性は認められるべきだとは思うものの、大量の蟲に囲まれて良しとする価値観とはできればお近づきになりたくないと思うのはどうか勘弁していただきたい。切に。
「要するに、幻想郷は平和ってことね。それは結構なことだけど」
「メリー、幻想郷が平和ってことは、私たちの仕事もないってことなのよ」
「別に私たちの仕事は異変解決じゃないでしょ」
 それは霊夢さんの仕事だろうし、里で事件が起きればそれは自警団の管轄である。幻想郷の平和と、私たちの事務所に閑古鳥が居座っていることに因果関係はあるまい。
「だいたい、春雪異変も三日置きの百鬼夜行も、事務所的には一銭にもなってないわよ」
「いやいやメリー、春雪異変ではコーヒー豆とミルを手に入れたわ」
「幻想郷ではお湯を沸かすのも一苦労だっていう事実を忘れてたけどね」
 ああ、スイッチひとつでお湯が沸き、いつでもコーヒーを淹れられた科学世紀が懐かしい。
「また異変が起こってくれないかしらね」
「物騒なこと言わないの。萃香さんの件からまだ一ヶ月ちょっとよ?」
「のんびり屋のメリーが羨ましいわ。私の灰色の脳細胞は常に新しい謎を求めているのよ!」
 幻想郷に迷い込んでから最初の半年ばかりは、幻想郷での生活自体が新鮮だったわけだが、それに慣れてきた頃に五月の春雪異変、七月の三日置きの百鬼夜行と異変が続いたのが良くなかったのだろう。このままでは相棒が自分から異変を起こそうとか言い出しかねない。
「いっそ自分で異変を起こしちゃおうかしら」
 本当に言い出したんですけど。
「馬鹿なこと言わないの。だいたい私たちは吸血鬼でも亡霊でも鬼でもなく、ただの人間よ。紅い霧で幻想郷を包むことも、春を集めて冬を長引かせることも、知り合いを無意識にかつ強制的に宴会に集めることもできないじゃない」
「人間はいつだって創意工夫で不可能を可能にしてきたのよ、メリー」
「可能にしなくていいから。というか蓮子が自分で起こした異変じゃ、蓮子が探るべき謎なんてそこには何もないじゃない」
「いやいやメリー、それはやり方次第だわ。たとえば藍さんと橙ちゃんを焚きつけて異変を起こさせれば、目下最大の謎であるメリーのそっくりさん、妖怪の賢者の謎に斬り込むことだって――」
「私と橙がなんだって?」
 突然第三者の声が割り込んで、私たちは文字通り飛び上がる。いつの間にか事務所の玄関に八雲藍さんが現れていた。気配を消せることは知っていたけど、そういうのはやめてほしい。
「ら、藍さん? いつの間に」
「君たちのことをそれとなく見張っていると言っただろう」
 そういえばそうだった――と思いながら、私の視線は彼女の背中で揺れる黄金色の九尾にいつの間にか吸い寄せられる。ああ、モフモフが、あのモフモフがまた目の前に――。
 ついふらふらと彼女の尻尾に引き寄せられそうになった私の襟首を、相棒がむんずと掴まえる。私は呻き声をあげてもがいた。
「うぐぅ」
「だから少しは我慢しないってばメリー」
「君の方も、あまり物騒なことは口にしない方が身のためではあるぞ」
 藍さんがそう言って軽く蓮子を睨む。相棒の物騒な発言はばっちり聞かれていたらしい。
「いやあ、ちょっと言ってみただけですわ。九尾の妖狐たる藍さんが私ごとき若輩の人間にたやすくたぶらかされるなどとは露ほども」
「橙なら簡単にたぶらかすことが出来るとでも言いたげだな」
「橙ちゃんが異変を起こしたいって言ったらどうします?」
「……止めるに決まっているだろう」
 あ、ちょっと悩んだ。
「しかし藍さん、スペルカードルールというのは、妖怪が異変を起こしやすくするために定められたものなのでは? 里の人間を襲うことを禁じられた妖怪のストレス発散用の遊びなのでしょう? 幻想郷の妖怪には遍く異変を起こす権利があるのでは」
「建前はそうだが、現実的な話ではないということだ」
「というと?」
「単にストレス発散程度ならば、勝手に博麗の巫女なり森の魔法使いなりに喧嘩を売るなり、妖怪同士で勝負するなりすればいい。そうだろう?」
「なるほど、それは道理ですね。――ということは、紅霧異変や春雪異変のような大規模異変は、そうする強い必要性に迫られて起こされるものである、と――」
「動機は妖怪それぞれだが、まあ、そういうことだ。なんとなく異変を起こしてみたくなった、で大規模な異変を起こせるほどの実力者は幻想郷にも多くはないし、そのぐらいの実力者は大抵はもはや、異変を起こしてまで自分の力をわざわざ誇示する必要もないからな」
 ――それはつまり、異変とは、幻想郷の新参者が幻想郷に己の存在を知らしめるために起こすもの、であるということだろうか?
 なるほど、紅霧異変や三日置きの百鬼夜行は、確かにそうだったのかもしれない――。
「話は戻るが、故に私や紫様は既に異変を起こす理由はない。紫様はこの世界を創った賢者として、その威光は幻想郷に遍く届いているからな」
「けれど、逆に言えば強い必要性が生じれば、異変を起こすこともありうるのですよね?」
「紫様が異変を起こす理由など、私には思いつかないが」
「まあ、そこは世の中何が起こるか解らないということで――」
「ちょっと蓮子、まさか事務所の宣伝のためにやっぱり異変を起こすべきでは、とか考えてるんじゃないでしょうね?」
「メリー、覚りの妖怪じゃないんだから乙女の心を読むものじゃなくてよ」
 さっき襟首を掴まれた仕返しに、私は蓮子のほっぺたを思いっきり引っ張った。
「全く、君たちは本当に仲が良いな」
 いひゃいいひゃい、と呻く蓮子を、藍さんは呆れ顔で見守っていた。





―3―


 買い出し中だったという藍さんを見送ったあと、しばらくだらだらと事務所で時間を潰しているうちに夕方近くなり、慧音さんが迎えにやって来た。
「いい鶏をいただいたので、今夜は鶏料理だ。卵もあるぞ」
 鶏を片手にぶら下げて、慧音さんはにこやかに言う。合成食品ばかりの科学世紀の京都から来た私たちにとって、それを野蛮と思うべきなのか、それこそ人間本来のあるべき姿だと考えを改めるべきなのか、少々迷うところである。
 ともかく、慧音さんとともに里を出て、南の竹林に向かう。長閑な野道に長く伸びる影を踏みながら歩いていると、野良妖怪の脅威なんて本当にあるのかしら、などという思いに囚われてしまう。そんな油断がこの世界では命取りなのだろうが――。
「ところで慧音さん」
「うん?」
「誘っていただけるのはありがたいんですが、私たち、お邪魔じゃありません?」
 不意に蓮子がそう言い出して、慧音さんは眉を寄せた。
「何を言い出すんだ、急に」
「いやあ、妹紅さんと二人きりの時間を奪っているのではないかと若干心苦しいところが」
「――だから何を言い出すんだっ」
 ずり落ちかけた帽子を押さえて、慧音さんは唸る。
「変な誤解をするんじゃない。私はただ、妹紅が放っておくとろくに食事もしないでいるから、こうして面倒を見ているのであってだな――」
 言いかけて、慧音さんは不意に目を細めて、言葉を途切れさせる。
 その目に映るのは、どこか――ひどく物寂しい色合いだった。
「慧音さん?」
「なんでもない。ほら、もう竹林が見えてきたぞ」
 蓮子から視線を逸らし、慧音さんは足早に歩いて行く。蓮子は肩を竦め、私はその肩を小突いた。全く、相棒の悪い癖だ。
「あまり他人のプライバシーにずけずけと口を挟むものじゃないわよ、蓮子」
「慧音さんと妹紅さん、お似合いだと思うけどねえ」
「だとしても、いろいろと事情はあるでしょ。慧音さんは里の人間で妹紅さんは里の外の住人だし、慧音さんには妖怪の血が混ざってるっていうし……だいたい、私たちのいた京都と違って、こっちじゃそういう関係は問題かもしれないわけで」
「そういうことだけじゃなさそうだけどね。ふむ」
 ひそひそと言い合っていると、慧音さんがちらりと振り返って、私たちは口を噤む。全く、お世話になっている人に対して下衆な勘ぐりをするものではない。
 ともかく、竹林に入る頃にはだいぶ陽も傾いていた。妹紅さんのあばら屋の玄関を慧音さんが叩くと、「んああ、慧音か」と寝癖の立った頭の妹紅さんが顔を出した。
「寝てたのか」
「昼寝してたら寝過ごしたよ。――ああ、蓮子とメリーも一緒か」
「どうせ夕飯の支度もしてないだろう。いい鶏をいただいたんだ」
「お、そりゃ結構。米と野菜はあるから鍋にして雑炊がいいな」
「そう言うと思ったから、卵も貰ってきた」
 籠を掲げる慧音さんに、妹紅さんは子供っぽい嬉しそうな笑みを浮かべる。妙に老成した雰囲気のある妹紅さんだけれど、慧音さんのご飯を食べているときは、見た目相応の女の子になる。どっちかといえばこの二人の関係は親子とか姉妹に近いのかもしれない。
 というか、そういえば妹紅さんはいったい幾つなのだろう? まあ、それを言ったら霊夢さんも魔理沙さんも咲夜さんも、そして慧音さん自身や阿求さんも、どこか妖怪に近いところで暮らしている人間はわりとみんな年齢不詳なところがあるけれども――。
 あばら屋に上がり込み、手慣れた様子で台所に立つ慧音さん。私も「手伝います」とその隣に立った。「ああ、じゃあ野菜を洗ってくれるか」と慧音さんは頷く。
「蓮子も手伝いなさいよ」
「いやいやメリー、私には妹紅さんと決着をつけるという立派な仕事があるのよ」
 言うより早く、蓮子は将棋盤を取りだしていた。そういえば前回来たときに勝負を持ち越しにしていたのだったか。「お、そうだったな」とあぐらをかく妹紅さんの前に駒を並べていく蓮子を見やって、私は息を吐いた。

 鶏鍋と雑炊の夕飯を終える頃には、すっかり陽も暮れていた。
「はい、これで詰みかと」
「かーっ、くそっ……なるほど、駄目だなこりゃ。やるな、蓮子」
「それほどでも」
 がりがりと頭を掻いて、妹紅さんは息を吐く。将棋に限らず、我が相棒はテーブルゲームに関しては何をやらせても玄人はだしである。頭の回転が速く、計算と先読みと洞察に優れているのだから、まあ、むべなるかな。
「やはり、君たちを妹紅に紹介して良かったな」
 そんな妹紅さんの様子を見ながら、慧音さんは目を細めてそう呟く。
「君たちが来ると、妹紅は楽しそうな顔をしてくれる」
「……そうなんですか?」
「ああ。……妹紅はこんなところで一人で暮らしているから、どうしても人と関わることが少なくてな。もし君たちが良ければ、私抜きでも妹紅と友達になってくれると、嬉しい」
「はあ。……言われなくても、蓮子の方はとっくに友達みたいになってますけど」
 将棋盤を挟んで向き合い、妹紅さんは蓮子に真剣な目を向けていた。
「おい、もう一局やるぞ」
「いいですよ」
「余裕しゃくしゃくって顔だな。私の経験を甘く見るなよ。伊達に永く生きてない」
「永く?」
 蓮子が顔を上げ、妹紅さんを見つめた。妹紅さんは目をしばたたかせ、それから「あっ」と口元を押さえて、慧音さんの方を振り返った。慧音さんは――ひどく曖昧な表情で、妹紅さんを見つめ返した。
「……なんでもない、言葉の綾だ、気にするな」
「はあ」
「それよりほら、勝負だ勝負」
 じゃらじゃらと駒をかき回して、妹紅さんは誤魔化すように声を張り上げた。

「……むむむ」
「どうぞ、じっくり考えてくださいな」
 二局目、蓮子の指した手に妹紅さんが眉を寄せて唸った。長考になりそうだと考えたのか、蓮子が立ち上がる。ぼんやり慧音さんと雑談しながら、その様子を眺めていた私は、不意に小さく欠伸を漏らした。
「あら、メリーってばおねむ?」
「別に、そういうわけでもないけど……あふ」
「ああ――そういえばすっかり遅くなってしまったな」
 慧音さんが窓の外を見やって言った。妹紅さんも盤面から顔を上げ、「もうそんな時間か」と呟く。ちなみに妹紅さんのあばら屋は、残念ながら四人が寝られるほど広くない。
「じゃあ妹紅、私たちは里に戻るよ」
「ああ、気を付けてな。――蓮子、勝負の続きは次の機会だな」
「ええ、じっくり次の一手を考えててくださいな」
 私たちは立ち上がると、妹紅さんにお暇を告げてあばら屋を出た。鬱蒼と茂る竹林の、笹の葉の間から、朧な月の光が漏れている。慧音さんが火を灯した提灯を掲げた。
「暗いから、足元に気を付けるんだぞ」
「ええ。というか、今何時かしら――」
 蓮子が、笹の葉の途切れたあたりから月と星の姿を探して、夜空を見上げた。

 ――次の瞬間。
 蓮子がその目元を押さえて、ぐらりとよろめいた。

「蓮子!?」
 私は慌てて駆け寄り、蓮子の身体を支える。私に全体重を預けて、蓮子は両目を覆って何事か呻いた。まるで、レーザーでも目に受けてしまったかのように。
「どうしたの、蓮子――」
「大丈夫か? しっかりするんだ」
 駆け寄ってきた慧音さんが蓮子の肩を揺さぶる。蓮子は力なく首を横に振り、その目を覆ったまま、「……月が」と呟いた。
「月?」
 慧音さんが夜空を見上げ――そして、愕然と目を見開く。
 私もつられて視線を空に向けて、その瞬間、眩暈のような感覚に襲われた。

 月が、ふたつある。

「なんだ、あの歪な月は――メリー、君もあまり直視するな。あの月はおかしい!」
 慧音さんが慌てて、私の目を覆う。けれど、境界を視る私の目に、その歪な月の姿はもう、はっきりと焼き付いていた。
 本物の月を覆い隠すように、夜空に浮かんだ、贋物の月。
 そのふたつを同時に視ることができたのは、私の目のもつ力ゆえのものだったのかもしれない。そして、蓮子がその目を覆って崩れ落ちたのは、月と星に時と場所を視る相棒の目と頭脳が、贋物の月によって計算に重篤な狂いを生じたためだったのか、それとも月の持つ本質的な禍々しさが極端に増幅された月を無防備に直視してしまったからなのか――。
 いずれにせよ、私たちの頭上にあるのは、本物の月ではなく。
 少し欠けた、歪な贋物の月だった。

 ――そしてそれが、後に〝永夜異変〟と呼ばれる騒動の発端であり。
 私たちが、あの永遠の民と出会うきっかけであった。

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この小説へのコメント

  1. 蓮メリの二人も大分幻想郷の生活に慣れてきた感じがしますね。このまま幻想入りとなってしまうのでしょうか?
    次回も楽しみにしております。

  2. うpつです
    そういえば、人間だけで起こした異変ってまだ無いですね

  3. そういえばかぐや姫って宇宙人でしたね。幻想郷はSFもファンタジーもホラーも本当になんでもありですね。

  4. 一応深秘録は人間だけで起こした異変と言ってもいいんじゃないかな

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