東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第12章 心綺楼編   心綺楼編 8話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第12章 心綺楼編

公開日:2019年05月04日 / 最終更新日:2019年05月04日

―22―

 そんなわけで、引き続き希望の面の捜索をすることになったわけだが。
 メインであるこいしちゃんの捜索は私しかできないわけで、私がこいしちゃんの姿を探して玄爺の前に乗って幻想郷を飛び回っている間、後ろに乗った相棒が何をしているかと言うと。
「はい、ここころちゃん。表情練習、笑顔! にーっ」
「にーっ」
「目が笑ってない! もっと目を細めて! 唇の端を釣り上げて! こう指で引っぱる感じ!」
「にーーーーっ」
「それじゃ口裂け女よ」
「口裂け女とは何だ?」
「外の世界でよく知られた妖怪よ。マスクで口を隠して、夜道で通りがかった相手に『アタシ、キレイ?』と問いかけるの。『綺麗』と答えると、マスクを剥ぎ取って裂けた口を見せつけて『これでもかーっ!』と襲いかかってくるの」
「アタシ、キレイ?」
「こころちゃんは普通に美人さんだから怖くないわねえ」
「ほ、褒めても何も出ないぞ!」
 ――そんな調子で、傍らを飛ぶこころさんに、感情表現の練習をさせているのだった。
 ちなみに今は無縁塚周辺を飛んでいるところだ。こいしちゃんの行動は予測できないので、当たりをつけて探してもランダムに探しても効率的にはおそらく大差ないと思ったのだが、それにしても本当にどこを探したらいいものやら。
 地霊殿で待ち伏せるという案も当然出たが、私たちにも日々の寺子屋の授業という仕事があるわけで、何日も地霊殿に泊まり込むわけにもいかない。さとりさんに引き留めを頼んでも、実際に引き留めてもらえる可能性は低い。そんなわけで、結局幻想郷をうろうろしているわけである。
「次の表情練習! 恥じらい!」
「恥じらい……」
「というわけでこころちゃん、おいでおいで」
「なんだ」
「もっと近くで顔を見せて頂戴」
「こうか」
「ふふふ、こころちゃん、ホントに黙ってればかなりの美少女よね」
「……そうなのか」
「肌は生まれたての赤ん坊みたいにすべすべだし……」
「く、くすぐったいぞ」
「吸い込まれそうなミステリアスな瞳……」
「顔が近いぞ!」
「そのくせ、こんな挑発的な穴が開いたバルーンスカートなんか穿いちゃって」
「挑発はしてないぞ」
「あら、私は挑発されてるわよ。こころちゃん、私と楽しいことしない?」
「楽しいこととは何だ」
「そりゃあ、女の子だからできる――」
 思わず、私は後ろの蓮子に全力で肘鉄を食らわせていた。「げふっ」と蓮子は呻いてのけぞり、玄爺から落ちそうになって慌てる。自業自得だ、全く。
「私の後ろでこころさんに何を吹きこもうとしてるのよ」
「そりゃあ、こころちゃんに恥じらいの感情を教えようと」
「早苗さんだけじゃなくこころさんにまで手を出す気? この節操なし」
「あらメリー、妬いてる?」
「突き落とすわよ」
「妬かない妬かない。地底のパルパルが喜んでるわよ」
 パルパル言われてることを知ったら怒ると思う。私は大きくため息。
「そういえば、早苗さんはどうしたのかしらね」
 私は妖怪の山を振り仰いで呟いた。あの夜、神奈子さんと相談すると言って守矢神社に帰ったきり、そういえば数日音沙汰がない。宗教戦争に参戦したという話も聞かないが……。
「早苗ちゃんねえ。また八坂様たちと何か悪巧みしてるのかしら」
「この状況で変に宗教争いを煽ってないだけ、かえって今の幻想郷の宗教団体の中では一番マトモに見える気がするわ」
 私は嘆息する。――そう、あれから里はますます、しっちゃかめっちゃかなのである。
 慧音さんがマミゾウさんと論戦を交わしたあの晩から、既に数日が経過している。その間、里の宗教戦争は過熱の一途を辿っていた。
 白蓮さんら命蓮寺と太子様ら神霊廟が争っていたところに霊夢さんが本格参戦し、さらに魔理沙さんも面白がって首を突っ込むところまではまあいい。謎なのは、そこに河城にとりさんが参戦したらしいという話だ。どうも「宗教なんかに頼るな!」と無宗教をアピールして、宗教争いにうんざりしている層からそれなりに支持を得ているらしい。
「これで早苗ちゃんまで参戦したら、慧音さんホントに倒れるかもねえ」
「そうならないように、早く希望の面を見つけないと」
 今のところ、慧音さんがまだ活き活きとしているのが救いと言えば救いである。マミゾウさんのアドバイスを受けて、里上空での弾幕ごっこをガス抜きの見世物と割り切ることにしたらしく、勝負が始まりそうな気配になると即座にその場に飛んでいって場をセッティングするのが慧音さんの主な仕事になっていた。
 交戦範囲の限定や、流れ弾の防止などを訴える慧音さんに、霊夢さんや魔理沙さんは「なんで慧音に戦い方を指示されないといけないのよ(だぜ)」と不満げだったが、「観客の人気を集めるのが目的なんだろう? なら観客に見える範囲で戦わないと意味がないし、観客に流れ弾が当たって怪我人が出たら人気はガタ落ちじゃないか」と慧音さんに至極もっともなことを言われてしまっては反論の余地もない。
 そんなわけで、里上空での弾幕ごっこによる混乱は落ち着いてきたが、各勢力とも人気が高くなってきて、各勢力同士の衝突が目下の懸念事項だった。特に、欲を捨てよという命蓮寺と、欲を肯定する神霊廟の信者同士は仲があまりよろしくないようで、長く続く禍根にならないといいが、と慧音さんは気を揉んでいる。
 私たちが里の外を飛び回っているのも、そんな騒がしい里から距離を置くためでもあった。あまりこころさんを妹紅さんに預けっぱなしにもしておけないし……。
「このあたりにも無さそうだ……」悲しみの面。
「無縁塚も空振りね。どうしましょうか。三途の川の方まで行ってみる?」
「閻魔様に怒られるわよ、メリー」
「怒られるのは蓮子の方でしょ。――ああ、でも閻魔様なら希望の面の在処がわかったりしないのかしら。浄玻璃の鏡でこころさんを見てもらえれば」
「閻魔様をそんな使い方したら、それこそ怒られるんじゃないの?」
 私たちがそんなことを言い合っていると、「ん?」と蓮子が不意に空へ目を細めた。
「あ、ヤバ、魔理沙ちゃんだわ。こころちゃん、ちょっとそこの森に隠れて」
「あいわかった!」ひょっとこの面。
 異変の原因を知らない魔理沙さんを、まだこころさんと引き合わせるわけにはいかないのだ。今回の騒動で人気を集めている面々を彼女と引き合わせるのは、そのひとのところにある程度の希望が集まってから――というのがマミゾウさんとの合意であるからして。
 こころさんが森に身を隠したところで、魔理沙さんがこちらに気付いて飛んでくる。
「よお、こんなところで宝探しか?」
「ええ、前に言ったありがたいお宝を探してるの。魔理沙ちゃん、何か見つかった?」
「さあな。それより宗教戦争の方が忙しいぜ。ギャラリーが私の華麗な魔法を期待してるもんでな。人気者はつらいぜ」
 得意げに魔理沙さんは胸を張る。確かに魔理沙さんの魔法は綺麗だけど。
「でも魔理沙ちゃん、宗教家でもないのに宗教戦争参戦してどうする気なの? にとりちゃんみたいに無宗教を訴えてるわけでもないんでしょ」
「どうもしないぜ。面白いから参加してるだけだ」
「魔理沙ちゃんらしいわね」
「私以外にもそういう奴はいるぜ? こいしの奴とかな」
「――え、こいしちゃん? 魔理沙ちゃん、会ったの?」蓮子が目を見開く。
「ああ。っていうかさっき里で戦ってきた。あ、そういやお前らあいつを探してるんだったな」
「そうよ! さっきっていつ? こいしちゃん、まだ里にいるの?」
「さっきはさっきだ。あいつがどこにいるかなんて私は知らんぜ。……あ、お前らの探してる宝ってあいつが持ってるんだっけか? しまった、聞きそびれたな」
 頭を掻く魔理沙さんに、蓮子が「魔理沙ちゃん!」とその肩を叩く。
「さすが頼りになるわ! ありがとう、こいしちゃん探しに行ってくるわね! メリー、里に戻るわよ!」
「ちょっと落ち着きなさいよ蓮子。……こころさんはどうするのよ」
「あ」
 私が耳打ちすると、蓮子は困り顔で、こころさんが隠れた森にちらりと目を向けた。このまま魔理沙さんがいる状況で、こころさんを連れて行くわけにもいかないし……。
「なんだお前ら、こそこそと。怪しいぜ」魔理沙さんが目をすがめる。
「いやいや、ちょっとした作戦会議よ」蓮子が肩を竦めると、「ほおん」と魔理沙さんは鼻を鳴らし、「それなら、私が抜け駆けさせてもらうぜ」と箒に座り直した。
「こいしの奴を捕まえてお宝の在処を吐かせてやる。早い者勝ちだぜ!」
 そう言って、魔理沙さんは星屑を散らして里の方へ飛び去って行く。私たちはそれを見送って、ほっと一息ついた。やれやれ。
「こころちゃん、出てきていいわよ」
 蓮子が呼びかけると、森の中からこころさんが姿を現した。
「今の人間、それなりの希望を持っていた」女の面。
「あら、そうなの? 希望の面の代わりになりそう?」
「……一日分ぐらいなら」悲しみの面。
「全然足りないわねえ。やっぱり本職の宗教家に期待するしかないかしら」
「それより、こいしちゃんを探すわよ」
「その前に、こころちゃんを妹紅のところに預けてこないと。昼間の里に連れ込むわけにもいかないでしょ」
 ――全く、隠し事というのは面倒臭いものである。




―23―

 さて、「こいしちゃん探し」という内容でこの記録をそれなりに引っぱってきておいて、盛り上がりがなくて申し訳ないが――探し物というものは、得てして見つかるときはあっさりと見つかるものである。
 そんなわけで、魔理沙さんの報告を受けて、こころさんを妹紅のところに預けてから里に戻った私たちは、存外にあっさりと、ここ数日の探し人を見つけてしまった。
「……メリー、もしかしてあれが、こいしちゃん?」
「え? 蓮子、見えるの?」
「見えるわよ。いっちゃんとやり合ってる、あの帽子の子でしょ? なんかみんな声援送ってるじゃない。なるほど、あれが噂のこいしちゃんかあ」
 そう、こいしちゃんは命蓮寺の近くで、雲居一輪さんと弾幕ごっこに興じていたのだ。そしてその周囲には、明らかにその勝負をちゃんと勝負として認識している観衆がいる。一輪さんも、明らかにこいしちゃんの存在を認識して弾幕を放っていた。
 ――こいしちゃんが、大勢の人に見える状態になっている?
 これはひょっとして、いやひょっとしなくても、結構重大な事態なのではないか。何しろ今までのこいしちゃんは、私やパルスィさんのような、ごく限られた特殊能力持ちぐらいしか存在をはっきりと認知できない妖怪だったわけで――。
 こいしちゃんも元々はさとりさんと同じサトリ妖怪だったのだから、心を閉ざして無意識の妖怪になってしまった状態から元に戻りつつあるのかもしれない。ただ、無意識の妖怪として彼女の存在が既に変質していたとすれば、この変化はそう単純な問題でもないような……。
 ううん、考えてもよくわからない。とにかく、私たちにとっての当座の問題は、こいしちゃんが希望の面を持っているかどうかである。
「こいしちゃんの勝ちみたいね」
「一輪さん、だいぶ翻弄されてたわね。こいしちゃんは自由すぎて動きが読みにくそうだし」
 ほどなく、弾幕ごっこはこいしちゃんの勝利で決着した。観衆がこいしちゃんに歓声を送り、こいしちゃんに注目している。不思議な光景だ。その中心でこいしちゃんは、不思議そうな顔をしてきょとんと首を傾げている。
 寺の方から、「はいはい通行の邪魔だから解散解散!」とムラサさんが声をあげるのが聞こえ、群衆が三々五々散っていく。私たちはその流れに逆らって、こいしちゃんに近付いた。ここで逃げられてはたまらない。
「こいしちゃん! ちょっとお話いいかしら」
 私が呼びかけると、こいしちゃんは振り向いて、「あれ?」と首を捻った。
「誰だっけ?」
「覚えてない? 前に地底で何度か会ったんだけど……」
「んー? わかんないやー。私、昔のことは覚えてらんないの」
「そう……。私はメリー。お姉さんの知り合いよ。こっちは相棒の蓮子」
「はじめまして、こいしちゃん。宇佐見蓮子よ」
「お姉ちゃんの知り合い? お姉ちゃんに頼まれて私を連れ戻しに来たの?」
「まあ、お姉さんは心配していたけれど……それより、こいしちゃんに聞きたいことがあるの」
「なーにー?」
「こいしちゃん、白い子供の顔をしたお面に、心当たりないかしら?」
「お面? お地蔵様みたいなやつ?」
「知ってるの?」
「うん、見たことあるよー」
 大当たり。やはり、こいしちゃんが大勢の人に見えるようになっているのは、希望の面の影響なのだ。
「どこで見たか覚えてる?」
「地割れから落ちてきたの。不気味だったから私が拾って宝物にしたの」
「地割れから……」
 どこかにそんな地割れでも出来ていたのだろうか。間欠泉だろうか?
「じゃあ、こいしちゃん、今そのお面を持ってるわけ?」蓮子が横から口を挟む。
 こいしちゃんは蓮子を振り向いて、その場でくるりと背を向けた。
「内緒」
「ええ?」
「だってもう私の宝物だもーん。あれ? でもなんで私そのことだけ覚えてるんだろ?」
「そんなこと言わずに、教えてよこいしちゃん。私もそのお面を見てみたいの」
「だーめー。見せないしあげないもーん。じゃーねー」
 手を合わせて拝む蓮子に、こいしちゃんはそう言い残して、ひらりとその場から浮き上がって、呼び止める間もなくどこかに飛び去ってしまった。「あ」と蓮子が手を伸ばすがもう遅い。
「……逃げられちゃったわねえ」
「蓮子が口を挟むからでしょ」
「ええ、私のせい? ただこいしちゃんとお話してみたかっただけなのに」
 口を尖らせる蓮子に、私は肩を竦める。蓮子は気を取り直したように帽子の庇を持ち上げた。
「ま、とりあえず、こいしちゃんが希望の面の行方を知ってることは確定みたいね」
「蓮子のせいで逃げられたけどね」
「私のせいじゃないってば。だったらメリーがもう一回捕まえて聞きだしてきてよ」
「見つけられればね」
 数日探し回ってやっと話ができたのに、次に見つけられるのはいつになるやら。彼女の存在感が強まっている状況も、果たしていつまで続くかわからないし……。
「じゃあ、ここは地道な裏付け捜査といきますか」
 にっと蓮子は、いつもの猫のような笑みを浮かべる。
「裏付け捜査って、何をするのよ」
「そりゃあ、希望の面の辿った紛失ルートの捜索に決まってるじゃない!」




―24―

 というわけで、再びこころさんを連れて、玄爺に乗ってやってきたるは地底である。
「やっほー、ヤマメちゃん」
「おん? なんだ蓮子、よく来るじゃん。ってまたそのお面妖怪連れてきたの?」
 旧都でヤマメさんを見つけて声をかける。今回の地底行の目的は、こいしちゃんが希望の面を拾った場所――即ち、希望の面が地上から落ちてきた地割れの特定だ。
 地底の人気者ゆえ事情通であるヤマメさんなら、そのあたりに詳しいのではないか、という蓮子の見立てである。ちなみに第二候補はお燐さん。
「地上に通じる地割れ?」
「間欠泉か何かかもしれないわ。人間が通れるようなものじゃなくて、このこころちゃんのお面がひとつ、地上から落ちてきそうな程度のものなんだけど」
「いやー、その程度の穴ならいくつあってもおかしくないわ。そこのお面妖怪がなくした面が、その穴を通ってこっちに落ちてきたって?」
「そうなのよ。それをこいしちゃんが拾って自分の物にしちゃったらしいわけ。その穴がどこか解れば、こころちゃんがどこで希望の面をなくしたかも特定できるんだけど」
「うーん、そいつはあたしじゃちょっと力になれそうにないねえ。例の縦穴ならともかく、それ以外の地上への小さな穴なんて、いくつあるのか誰も把握してないんじゃないかね」
 腕を組んでそう唸ったヤマメさんは、しかし「ん? 地割れ?」と首を捻った。
「蓮子、地割れって言ったんだよね?」
「ええ、こいしちゃんがそう言ってたんだけど」
「さとりの妹がねえ。地割れ、地割れねえ……。まさか、あそこかねえ?」
「おっ、何か心当たりが?」
「あるのか!」狐の面でこころさんまで身を乗り出す。
「あるにはあるけどさあ。古い地割れの、小さい裂け目が残ってる場所が。でもねえ」
 眉を寄せて、ヤマメさんは唸る。
「案内はできるけど、あそこは入れるかねえ」
「何か問題でもあるの?」
「いや、ひどく偏屈な妖怪が住んでるだけなんだけどね。そいつの機嫌次第で、その場所に入れたり入れなかったりするのよ」
「塗り壁とか?」
 通せんぼをする妖怪といえば、真っ先に浮かぶ妖怪である。
 けれどヤマメさんは首を振り、意外な妖怪の名前を告げた。
「河童だよ」
「河童?」
 私たちは、思わず顔を見合わせた。

 結局、ヤマメさんにその河童の元へ案内してもらうことになった。玄爺は疲れたというので、旧都の隅で待っていてもらうことにする。
「行けるかどうかは知らんよ。あいつに邪魔されたらどうにもならないからね。あいつとはあたしもほとんど話したことないし、だいいち名前も知らんし」
「人気者のヤマメちゃんにもそんな相手がいるのねえ」
「地底に住んでる妖怪もいろいろだからね。パルスィみたいに他人と関わるのが能力的に難しい連中も多いし。勇儀さんはあいつのことも気にかけてやってるんだけどね」
「それ言ったらヤマメちゃんもそうじゃないの? 感染症を操る妖怪でしょ?」
「あたしはちゃんと病気にする相手を選べるかんね。この場で風邪引かせてやろうか?」
「いやいや、それはご勘弁を」
 そんな軽口を叩きながら、狭いトンネルを、ヤマメさんを先頭に四人で並んで歩く。と、その途中でヤマメさんが「おや」と声をあげて立ち止まった。
「どうやら、今日は機嫌がいいみたいだねえ。このあたりで止められないってことは。とりあえず、行くだけは行けそうだよ。安全は保証しないけどね」
「OKOK、地底の河童さんにも会ってみたいから行きましょ」
「ちょっと蓮子、だからなんでそう危険と見るとわざわざそっちに向かうのよ」
「面白そうだからに決まってるじゃない!」
「……ねえこころさん、蓮子ってやっぱり恐怖の感情が欠落してるんじゃないの?」
「感情のバランスが崩れていれば私には解る。蓮子は正常な範囲内だ」女の面。
「ほら見なさいメリー。私は常人だって面霊気のお墨付きよ」
「蓮子が常人だったら世界に奇人変人はいなくなるわね」
 そんなくだらない話をしているうちに、トンネルを抜けて開けた場所に出た。
 その瞬間、目の前に広がった光景に、私たちは目を見開く。
 ――そこには、地底には滅多にない植物があった。
 天井の方から、かすかに陽光が差している。そのかすかな陽光に照らされて、花のない葉が小さく寄り集まるように揺れている。
 そして、その葉の傍らに――赤い花が咲いているかのように、座り込んだ影がひとつ。
 赤い姿の少女だった。赤い帽子、赤い服、薄紅色の髪――そして、その腕に抱くようにして抱えた、立ち入り禁止の道路標識。
 座り込んでいたその影は、ゆらりとその顔を上げ、私たちを見つめた。暗い目。感情を失ったような澱んだ瞳に、私は小さく息を飲む。――その顔立ちに、微かに既視感を覚えた気がしたが、その正体は咄嗟によくわからなかった。
「――はじめまして。貴方が地底の河童さんかしら?」
 蓮子が一歩前に出て、そう声をかける。赤い少女は眉を寄せ、蓮子をじろりと睨んだ。
「……人間? 人間がなぜ地底にいる」
「ちょっと探し物をしてて。その件で少しお話を――」
「黙れ」
 鋭く、赤い少女がそう言った瞬間。蓮子の声が、ぴたりと止まった。
「蓮子?」
 私が肩を叩くと、振り向いた蓮子は、自分の口を押さえ、何かもごもごと呻く。
「どうしたの、蓮子」
「むーっ、むー、むうううっ」
 口を閉じたまま、蓮子は顔を赤くして唸る。何をやっているのだ。
「あーあ、だから安全は保証しないって言ったのに」
 ヤマメさんは頭を掻いて、「あいつから離れてしばらくすれば効果が切れるから、少し落ち着きなよ。口を塞がれただけなら死にゃしないからさ」と蓮子の肩を叩く。
「……どういうことですか?」
「あたしもよく知らないけど、それがあいつの力らしいんだよ。あいつが何かを『するな』って言えば、言われた相手はそれをどうやってもできなくなる。『来るな』って言われればあいつに一歩も近づけないし、『黙れ』って言われれば喋れなくなるんだよ」
「つまり……相手の行動を禁止する能力?」
「なんだろうねえ」
 それは――かなり強力な類いの能力ではないか。その通りの能力なら、それこそ人間相手なら『呼吸するな』と言うだけでほぼ確実に殺せるだろうし、他の妖怪に攻撃されても『傷つけるな』と言えば相手は攻撃できなくなるだろう。究極的には、『生きるな』と言えばあらゆる相手を殺せさえしてしまうかもしれない。
 しかし、河童がどうしてそんな強力な能力を持っているのだ。
 もがもがと呻く蓮子を横目に見ながら、私がどうすべきかと思案していると、私の後ろにいたこころさんが、不安そうな表情の面を被って私の袖を掴んだ。
「こころさん?」
「……あの河童。感情のバランスが崩れかけている」
「え?」
「憎しみの感情が突出して強い。強力な憎しみの感情がこっちに向いている……」
 そんな、初対面の河童に憎まれる心当たりなんてないのだが。
 幸いなのか、向こうから積極的にこっちを攻撃する気はないらしく、赤い少女は私たちを睨むようにしながら、その場に座り込んで動かない。はて、ここの最善手は回れ右して帰ることだろうが、それで許してもらえるのだろうか……。
 そう思いながら目をすがめた私は――少女の胸元に光るものに気付いて目を見開いた。
 赤い服の胸元に、彼女は何か無骨な錠前を下げているのだ。
 ――錠前?
 はて、似たような装飾に覚えがある気がする。そう、胸元に鍵を下げた河童の――。
 その瞬間、私は彼女の顔立ちに覚えた既視感の正体を悟った。
 ――似ている。私の知っている、地上の河童に。
「もしかして……河城にとりさんの、お知り合いですか」
 意を決して、私はその赤い少女に向かってそう呼びかけた。
 その瞬間――ふっと、彼女の纏っていた気配から、敵意のようなものが薄れた気がした。
 そして彼女は、ゆっくりと顔を上げ、その瞳に生気を宿して、私を見つめた。
「……お前、にとりを知っているのか?」

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この小説へのコメント

  1. みとりんヤッター!
    いや、まさか出てくるとはおもわなんだ。みとりんがどうこの世界にどう絡んでくるかwktk。

  2. まさかここであの河童が出てくるとは。嬉しいサプライズですね。
    これはひょっとして彼女が今回の謎に関わってくるのでしょうか?気になりますね。

  3. ーー『秘封探偵』にオリキャラが出てこないと、いつから錯覚していた?

    そうだよねそうだよね、『秘封探偵』は二次創作作品だもんね。
    みとりはオリキャラだけどオリキャラと呼んでいいものか非常に悩むというか、某梨の妖精みたいに非公式だけど事実上は市民権を得ているというか、個人的にはもう正規キャラでいいんじゃね? と勝手に思っているので、とにかくテンションあがりすぎて何書いてるかよく分からなくなってきたけど、そりゃー出てきてもおかしくないよね。ははー、ありがたやー。

    赤河童かわいいよね!
    (こんな感想でごめんなさい)

  4. みとりとは驚いたなぁ。
    彼女も複雑なもんだし、出てくるなら絶好の機会ではあるね。
    次回も期待です。

  5. ここでみとり来たか!アツい!星蓮船のときに出てこないかなぁ~と期待してたけど、まさか心綺楼とは…。
    にとりが参戦した理由が、希望でみとりの憎しみの感情を何とかできないか、と考えている。とか?

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