東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第12章 心綺楼編   心綺楼編 6話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第12章 心綺楼編

公開日:2019年04月20日 / 最終更新日:2019年04月20日

―16―

 地上への帰り際、再び橋を通りかかると、勇儀さんはまだパルスィさんのところにいた。
「そういやあ、地上は最近どうなんだい?」
「人間がやけっぱちになって大騒ぎして、宗教家がそれに乗じて信仰争奪戦してますわ」
「なんだい祭かい? 楽しそうだねえ。久々に地上にちょっくら遊びに行ってみようか。パルスィもどうだい?」
「なんで私を誘うのよ。勝手に一人で行ってきなさい」
 そんな話をしてから、私たちは地上へと舞い戻った。
 さとりさんからも頼まれてしまったこいしちゃん探しもあるが、それはそれとして、まず希望の面捜索における他の可能性は潰しておきたい。行き先を検討した結果、まずは確認が手っ取り早そうな魔界の方へ向かった。と言っても、魔界の中まで行くわけではない。目的地はその手前、博麗神社の裏山の洞窟にある扉である。
「ここ一ヶ月は誰も通ってないわよ。私が保証する」
 可能性潰しを長々と描写して話を引き延ばしても仕方ないのでダイジェスト的に説明すると、魔界の門番であるサラさんの証言で、魔界はシロだということがあっさり確定した。里の方へ戻りがてら、折良く里に買い物に来ていたらしい妖夢さんを捕まえたので話を聞いてみたが、やはり心当たりはないという。これで冥界もシロ。
 妖夢さんによると、里では宗教家の争いがますます過熱しているようで、演説の代わりに弾幕ごっこで力をアピールする選挙運動めいた状況になっているようだった。里や命蓮寺前のみならず、妖怪からも信仰を得ようと玄武の沢の方でまで信仰集めが繰り広げられているらしい。この調子だと、そのうち地底や魔界にまで飛び火しかねないかもしれない。
 そんな状況の中、全ての元凶であるこころさんを里に連れ込むのはいささか問題があった。霊夢さんには気付かれたくないというマミゾウさんの意向もある。というわけで、私たちがどこに拠点を構えたかというと――。
「天子ちゃんも地上に来てる様子はないし、やっぱり幻想郷のどこかに隠されてるのかしらね、希望の面は」
「それだと、ナズーリンさんかマミゾウさんの探索結果待ち?」
「私は自分でも探すぞ!」狐の面で意気込むこころさん。
「……で、お前ら、いきなり押しかけてきて、何をやってるのか説明してもらえるか? だいたい、そこのお面お化けは何なんだよ」
 顔を突き合わせて相談する私たちを、藤原妹紅さんが呆れ顔で見やった。そう、ここは迷いの竹林、妹紅さんの住居である。里の外で、霊夢さんや里の宗教家が訪れる可能性がなく、私たちが安心してこころさんを匿える場所となると、ここが一番安心だったのである。
 蓮子が手短に状況を説明すると、「ああ、それで最近慧音が来ないのか……」と妹紅さんは納得したように頷いた。確かに今のこの状況では、慧音さんも妹紅さんの面倒を見るどころではないだろう。
「妹紅は何か覚えない? それらしきものを竹林で見たとか拾ったとか噂とか」
「生憎だが何も覚えがないな。どうせまた永遠亭の連中が何か企んでるんじゃないのか」
 妹紅さんにかかると、幻想郷で起きるあらゆる異変が永遠亭の仕業になってしまう。どんな事件も蓬莱山輝夜さんの仕業にして解決してしまう名探偵。ひどい話だ。
「しかし、里がそんな状況だと、慧音も大変だな。無理してないといいが」
 心配そうに妹紅さんは唸る。「あ」と蓮子が指を立てた。
「じゃあ、いっそ妹紅が宗教家として立って里をまとめるっていうのはどう?」
「はあ?」
 妹紅さんがあんぐりと口を開ける。私も耳を疑った。何を言い出すのだ、いきなり。
「宗教だ? 私は生憎、神も仏も信じてないぞ」
「妹紅自身が神になればいいのよ。不老不死だしいろいろ術も使えるし、高貴な血を継いでるし、神様として祀られる資格は充分あると思うけど。里で信仰集めしてる勢力に片っ端から喧嘩売って実力で里の人気を掴めば、里の混乱も収まり慧音さんの心労もなくなって一石二鳥」
「断る。なんで私がそんなこと……里をまとめるなんてのは、慧音みたいなちゃんとした人間がやればいいんだ。私みたいなヤクザな半端者がやることじゃない」
 頭を掻いた妹紅さんに、蓮子は「それは残念」と肩を竦めた。
「あ、でもこの話が永遠亭に伝わったら、輝夜さんが信仰集めに乗り出すかもねえ」
「……なに?」
「何せ月のお姫様で世に知られたかぐや姫ご本人。あの美貌で超然と『私を信仰しなさい』って言われら思わず額ずいちゃう人間は大勢いそうだわ。永琳さんとてゐちゃんが参謀役になって《永遠教》とか言って、御利益はそれこそ健康長寿、不老不死でいいわけだし。普通に布教活動しても太子様や白蓮さんといい勝負しそう」
「……そうしたら、人間の里が輝夜に支配されるのか?」
「そうなるかもしれないわね。皆が輝夜さんを『姫様』って崇める永遠亭の王国に」
「………………」
「どう、もこたん? やる気出てきた?」
「やらん! 蓮子お前、私をからかってるだろ!」
「あはは、ばれたか」
 全く、仲の良いことである。
「で? 私がこいつを預かってればいいのか?」
「うん。ちょっと里の様子を見てくるから、その間だけね」
「よろしくお願いします」女の面でぴょこんと頭を下げるこころさん。「仲良くしてね♪」ひょっとこの面。「悪いことはしないから……」悲しみの面。
「……よくわからん奴だな」
 頭痛を堪えるような顔の妹紅さんに、蓮子が「まあ、ちょっと変わってるけど悪い子じゃないから」と苦笑した。

 そんなわけで、私と蓮子は玄爺に乗って里に戻る。目的は一に里の現状についての詳しい情報収集、二にこいしちゃんの捜索である。
 里の入口に玄爺を待たせて里の通りを歩いていると、何やら人だかりがざわめいていた。
「あら、また誰か弾幕ごっこしてるのかしら?」
 蓮子が目をすがめ、それから「あっ、阿求ちゃんみっけ」と人だかりに阿求さんの姿を見つけて駆け寄っていく。私もその後を追った。
「あら。もう戦いは終わったみたいですよ」
 私たちに気付いて、阿求さんは振り返ってそう答えた。
「また宗教争い? 誰が戦ってたの?」
 蓮子の問いに、阿求さんは困ったように肩を竦める。
「それが……私も見てたんですけど、実はよくわからなくて」
「はい?」
 首を捻った私たちに、阿求さんは肩を竦める。
「やられたのは神霊廟の道士たちです。二人で布教活動をしていた豊聡耳神子と物部布都。そのふたりが、いつの間にか何者かに倒されてたんですよ」




―17―

 聞き込みをしてみると、それはたいそう奇妙な戦いだったという。
 例によって里の大通りで布教活動をしていた太子様が、不意に「何者だ?」と虚空を振り返ったのだという。そして次の瞬間、誰とも知れぬ相手との弾幕ごっこが始まった。確かに太子様は誰かと戦っているようだったのだが、その戦っている相手が、観客の誰にもよく見えなかったのだという。
 そうして気が付いたときには、太子様が地面に落ちて尻餅をついていた。
 そこに、布都さんが駆けつけてきたのだという。「太子様と倒すとは、何者か!」と周囲を見回した布都さんが、再び誰とも知れぬ相手に襲撃を受けた。
 布都さんも見事にやられたわけだが、聞き込みをしてみると、二戦目は少し戦っている相手が見えたという声がちらほらと上がった。その姿は、何か紐のようなものを身体にまとった、黒い帽子を被った幼い少女のように見えたという。
「……こいしちゃんだわ」
 話を聞いた私は、思わずそう呟いていた。その容姿といい、存在を認識すること自体の困難さといい、古明地こいしちゃんに間違いない。
 驚くべきは、私やパルスィさん、あるいは幼い子供のように、限られた相手しかその存在を見ることができなかったこいしちゃんが、里の不特定多数の人間に、おぼろげにでも目撃されていることだ。これはどう考えても明らかな変化である。
 そして、さらに驚くべきは――その存在が、戦いを見ていた人々の間で、「気になるもの」として噂の的になっていることだった。他人の無意識を操って、自分の存在を関知させないこいしちゃんが、他者から関心を集めているのだ。
「これは、さとりちゃんたちが言ってたことと、絶対関係あるわね」
 蓮子も帽子の庇を弄りながら頷く。
「今度こそ、私の前にも現れてくれるかしら? こいしちゃん」
「さあね。とにかく、こいしちゃんに大きな変化が起きてることは間違いないと思うわ」
「希望の面と、無関係とは考えにくくなってきたわね」
 蓮子の言葉に、私も頷かざるを得ない。希望の面を手に入れた者が里の信仰を一身に集めうるとすれば――それが、誰にも見えないはずの無意識の妖怪にさえ注目を集めさせるほどの力であるならば。こいしちゃんの変化が希望の面と無関係とは思えない。
「――希望の面を拾ったのは、こいしちゃんと考えるべき、よね」
「現状、最有力容疑者であるのは間違いないわね。となると交渉はメリーの出番よ」
「はいはい、でもその前に、まずはこいしちゃんを見つけないと」
 私が視線を彷徨わせていると、頭上に里上空を飛ぶ白黒の影が見えた。
 手を振ってみると、その影――霧雨魔理沙さんは私たちのところに下りてくる。
「よお、また誰かこのへんで戦ってたのか?」
「私たちは直接見てないけど、こいしちゃんが道教組と戦ってたみたいよ」
「こいし? ああ、あのいるんだかいないんだかよくわからん奴か。神子と戦ったって?」
「布都ちゃんともね。二人とも倒したらしいわ」
「あいつもこの宗教戦争に参戦してきたのかよ。わけのわからんことになってきたぜ」
 魔理沙さんはぼやくように頭を掻く。
「霊夢ちゃんはどうしてるの?」
「あいつも参戦したぜ。つうか私が巻き込んだ。さっき命蓮寺前で白蓮とやりあってたな」
「あらあら。いよいよ本格的に博麗神社と命蓮寺と神霊廟の三つ巴信仰争奪戦かしら。魔理沙ちゃんはどうするの?」
「私も人気者になるのはやぶさかじゃないぜ」
 にっと魔理沙さんはいたずらっぽく笑う。
「人気の集まるところには金が集まるからな。命蓮寺じゃさっそく河童が観客目当てに商売始めてるしな。私もあやかりたいもんだぜ」
「現金ねえ」
「正直者なもんでな」
 魔理沙さんはいつも通りというわけだ。
「じゃあ、正直者の魔理沙ちゃんにひとつお願いしたいんだけど」
「うん? タダじゃ聞けないぜ」
 目をすがめる魔理沙さんに、蓮子がいたずらっぽく笑う。
「――それを手に入れるだけでとてつもない人気者になれるアイテムがあるって言ったら、魔理沙ちゃん、興味ない?」
「ほう?」
 魔理沙さんが身を乗り出した。現金である。
「ちょっと蓮子」
「いいじゃない、魔理沙ちゃんなら」
 思わず私は蓮子のコートの袖を引くが、蓮子は笑ってそう答える。そりゃまあ、確かにマミゾウさんはあくまで博麗の巫女には知られたくないと言っただけだし、魔理沙さんならこころさんの事情も聞かずに退治はしないだろうけど……。
「私たち、今それを探してるのよ。どうもこいしちゃんが手がかりを持ってるらしくて」
「さとりの妹が? というか、そのアイテムって何なんだよ」
「詳細はよくわかんないのよね。一発で信仰が集まるものすごくありがたいお宝なんだって」
「胡散臭いぜ。なんでそんなもんをさとりの妹が持ってるんだ?」
「そのへんの事情も含めて調査中。だから魔理沙ちゃん、もしこいしちゃんを見かけたら私たちのところまで連れてきてくれない? 情報提供したんだから山分けよ、山分け」
「ほーん」
 疑わしげな顔で蓮子を見やった魔理沙さんは「ま、いいぜ」と箒にまたがった。
「それが本当なら気になるお宝だ。本当なら情報提供の礼ぐらいはするぜ。じゃあな」
「そうこなくっちゃ。よろしくぅ」
 飛び去って行く魔理沙さんを、蓮子は手を振って見送る。全く、調子のいいことで。
 まあ、探し物は人海戦術が基本ではあるから、合理的と言えばその通りだが。
「さて、私たちもこいしちゃん捜索を続行しますか」
「そう言ったって、どこを探すのよ」
「そこはほら、メリーの高性能レーダーアイで」
「レーダーじゃないから。そう都合よく見つけられるわけないでしょう」
 あてどなく歩きつつ、私たちがそんなことを言い合っていると――。
「ほう、何を見つけられるって?」
 背後から、あまりにも聞き慣れたそんな声。
 振り向くまでもなく、そこにいるのが自警団の腕章をつけた慧音さんなのは明らかだった。
「げっ、慧音さん!」
「げっ、とはなんだ。今度は何をやってるんだ、君たちは」
「いやいや、実はこれは我が探偵事務所への正式な依頼でして」
「ほう? それでまた地底に潜って得体の知れない仙人に捕まったりしているのか?」
 半分正解である。慧音さんの笑顔が怖い。
「いえいえ、もっと平和な失せ物探しですわ」
「落とし物なら自警団でも管理しているぞ」
「いやあ、里にないことは確定してるみたいでして」
「だったらこんなところで何をしている?」
「拾い主を探しているところですの。どうも拾い主が私物化しちゃってるようで。探偵事務所としての守秘義務がありますのでこれ以上はちょっと」
「……なんだか知らないが、危険なことに首を突っ込むんじゃないぞ」
 呆れ顔で息をついた慧音さんは、「ああ、そうだ」と指を一本立てる。
「暇なら、明るいうちに妹紅の様子を見てきてくれないか。ここ最近、顔を出せてないからな」
 私たちは、思わず顔を見合わせる。
「え? いや、探偵事務所の仕事中なんですけど」
「だから、暇なら、と言ったんだ。――頼んだぞ」
 蓮子の背中を叩いて、慧音さんは歩き去って行く。やっぱりあんまり信用されていない私たちだった。まあ、自業自得とはこのことだが。
「……妹紅さんのところにこころさん預けておくの、こうなると危険じゃない?」
「慧音さんの心労、これ以上増やしたくないわよねえ」
 ただでさえ自分たちが心労の種である自覚はあるのだ。こころさんの件を知れば、慧音さんはそっちにも協力を申し出るに決まっている。普段から過労が心配な人だけに、なるべく慧音さんには知られないうちにこの事態を解決せねばなるまい。
 はあ、と私は思わずため息。なんだかどんどん、事態が面倒臭くなっているような……。




―18―

 事務所の玄関をチェックしたが、ナズーリンさんからの連絡はなかった。
 あちこちをうろうろしているうちに、気付けば夕刻である。マミゾウさんとは、陽が暮れたら命蓮寺の墓地でこころさんを引き渡す約束をしていたので、私たちは玄爺に乗って妹紅さんの家へと戻った。
 竹林の家の戸を叩くと、姿を現したのは疲れた顔の妹紅さん。
「……妹紅、どしたの?」
「こいつの相手、疲れるんだよ」
「だらしないぞ!」妹紅さんの背後から、狐の面で声をあげるこころさん。
「無表情なくせにオーバーリアクションで、ころころ態度が変わるから、何を考えてるんだかさっぱりわからん。蓮子、お前らよくこいつのお守りできるな」
「いやあ、お面の方が感情だと思えばわかりやすいわよ」
「そうか? 表情が動かんから本当にその感情なのかイマイチ信じられん」
 腕を組んで妹紅さんは唸る。まあ、確かに言いたいことはわかる。
「……私、何か変?」悲しみの面。
「変と言えば全てが変だけど」容赦ない蓮子。
「誰が変態か!」般若の面。いや、変態とは言ってない。
「その、態度が急に豹変するのが相手してて疲れるんだよ」傍らで妹紅さんがぼやく。
「……やっぱり変?」悲しみの面。
「そういうところねえ」蓮子が頷く。
「うむむ……」猿の面でこころさんは唸る。「私の感情表現は何がおかしい?」
「まあ、一言で言えばいちいち大げさよね。喜怒哀楽が激しい人ってのは確かにいるけど、こころちゃんは色々と極端だわ。人間の感情表現はもっと曖昧模糊としてるものよ」
「曖昧妹紅?」ひょっとこの面。
「突っ込まないぞ」妹紅さんがジト目で睨む。
「むむむ……」猿の面。困っているらしい。
 ――その、面で感情がわかることが、こころさんの大げさ感に一役買っている感はある。動作がいちいち大きいのもそうだが、顔の表情が動かないぶんを面と全身と口調とで補っているから、いちいち大げさな感情変化に思えるのだろう。
 逆に言えば、表情というものがいかに雄弁かという話でもある。私たちが普段、どれだけ微妙な表情から感情を読み取ろうとしているかという証左かもしれない。
 蓮子はひとつ唸り、帽子の庇を弄りながら首を傾げ、それからこころさんに歩み寄ると、彼女の頬をむぎゅっと手で押さえた。
「はひほふふー」猿の面。
「やっぱり表情よ、こころちゃん。ちゃんと自分の顔で感情を表せるようにならないと」
「うー」
「表情豊かなポーカーフェイスっていうのは面白いし、妖怪として立派な個性だとも思うけど。今の能力の暴走だって、こころちゃん自身が自分の感情をもっとうまく操れるようになれば、どうにかなったりするんじゃない?」
「……私はまだ未熟か……」悲しみの面。「だったら、私はどうすればいい!」狐の面。
「そうねえ。感情の制御はどうやって学べばいいのかしら。ねえメリー、どう思う?」
「そんなこと言われても。情操教育の範疇なのかしら」
「教育だからって慧音さんに相談するわけにもいかないしねえ」
 蓮子がそう、吐き出したそのとき。
「なんだか知らないが、相談事に乗るのも私の仕事なんだがな?」
 この場で一番聞きたくなかった声が、聞こえてきた。
「げえっ、慧音さん!?」
 私たちは思わずそう叫んで後じさる。紛れもなく慧音さん本人が、玄関には立っていた。
「やあ妹紅。しばらく来られなくてすまなかったな」
「慧音。どうしたんだ?」
「そこの二人が何やらまた不届きな行いをしていそうな様子だったからな。ちょっと後をつけてきたんだ。――で、そこのお面妖怪は何者だ? お前たち、今度はいったい何に首を突っ込んでいるんだ」
 じろり、と慧音さんに睨まれ、私たちはその場で縮こまるしかなかった。

 というわけで、やむなくここまでの事情を洗いざらい慧音さんに打ち明けることとなった。
「――正直なところ、にわかには信じがたい話だな」
 私たちとこころさんの話を聞き終え、慧音さんは腕組みして眉を寄せる。
「とにかくその、丑三つ時の里の状況というのを、今夜にでも確かめさせてもらいたいが。それはそれとして、命蓮寺の化け狸の目的はなんだ? 単なる善意の協力者と考えていいのか」
「さあ……。マミゾウさんについては私たちも付き合いが浅いので、なんとも」
「ふむ。後で彼女を預けに行くのだろう。なら、そのとき私も同行する。化け狸と直接話をさせてほしい」
 否応もない。既にその提案を断れる状況ではなかった。
「しかし……里がこんな状況になった原因が、まさかそんなこととはな」
 頭痛を堪えるように、慧音さんは深々とため息をついた。自警団員として里の現状に心を痛め、騒ぎの収拾に奔走していた慧音さんとしては、複雑な気分であろう。
「希望の面を見つけるか、誰かが里の希望の引受先になるか、か……」
「慧音さん。いっそ、慧音さんが里の指導者として立ってみるのはどうです?」
 蓮子がそんなことを言いだす。慧音さんは眉を寄せた。
「私が?」
「ええ。寺子屋の教師で自警団員という立派な立場。半人半妖でありながら、里に対する献身的な働きぶりで里の人々の信頼を勝ち得た人徳と人望。外の世界だったら間違いなく議員に担ぎ出されますし、ゆくゆくは市長や知事だって狙えますよ。何より慧音さんには、誰よりも里を愛しているという替えのきかない資質があるわけですから。ねえメリー」
「……まあ、それに関してはお世辞ではなく蓮子に同意します」
「なら私も同意だ。慧音ならいい里の長になれる」
 妹紅さんまで手を挙げる。慧音さんは困ったように「妹紅まで、何を……」と唸り、それからごほんと照れくさそうにひとつ咳払いする。
「そう言ってくれるのはありがたいがな。……人間の里は、人間の場所だ。半人半妖の私が長のような立場になるのは相応しくないさ。それに、私にできるのは歴史を教えたり、里を守るためにハクタクの力で戦うことぐらいだ。為政者も宗教家も私の柄じゃない」
「いやいや、絶対向いてますって」
「やめてくれ。……さすがに、里の人々すべては、私の肩に背負うには重すぎる。考えるだけで重圧に潰れそうになるような輩より、もっと志あるものがするべきだ」
 慧音さんは強く首を振る。――確かに、慧音さんは為政者になるには責任感が強すぎるのかもしれない。もっと精神的に余裕があって、何があっても泰然自若としている人の方が、トップに立つには向いているかも。
 私はちらりと相棒を見やる。――いや、蓮子が里のトップとか考えたくない。どう考えても組織のトップにしてはいけない人間の筆頭であることは間違いない。
「そんなことより、だ」
 ごほんとまた咳払いして、慧音さんはこころさんの方へと視線を向けた。
「君は、秦こころといったな? 能面の付喪神、面霊気の」
「そうだ」女の面。
「君の面は、六十六種類あるんだな?」
「その通り!」狐の面。
 ふむ、と慧音さんは唸る。
「それならこの件、すぐに解決できるかもしれないぞ」
 慧音さんの言葉に、私たちは目をしばたたかせた。
「え、どういうことです?」
「簡単な話だ。――付喪神になる前の彼女に、私は心当たりがある」
 咳払いして、慧音さんは語り始めた。
「そもそも面霊気とは、鳥山石燕の『百器徒然袋』下巻に登場する妖怪だ。能や狂言の原型となった申楽の始祖とされる秦河勝の作った面が妖怪化したものと記されている」
「秦河勝――」
 なるほど、それでこころさんの苗字は『秦』なのか。
「秦河勝と能面といえば、世阿弥の『風姿花伝』にはこんなエピソードがある。阿求殿ではないから正確な暗唱はできないが、おおよそこんな話だ。――天下に乱れがあったので、上宮太子が神代の例に倣い、六十六の物真似を奉納することを考え、それを秦河勝にやらせることにし、そのために六十六のお面を作られた。河勝は太子から賜った六十六の面で物真似を奉納し、それによって天下が治まったため、太子は神楽と呼ばれていたそれを末代まで伝えるため、偏を取り旁だけを残された。これにより、申楽と称されるようになった……」
 私は蓮子と顔を見合わせる。……ということは。
「上宮太子とは言うまでもなく、聖徳太子のことだ」
「――ってことは」
 思わず、私たちはこころさんを振り返った。
「こころちゃんの製作者って――太子様?」
「?」
 私たちの驚きに、こころさんは無表情のまま首を傾げていた。

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この小説へのコメント

  1. もしかしてこの宗教戦争はこの後に起こるであろう、人間と妖怪の活性化を目指したもので、こころちゃんはその為に生み出されたとか。
    ともあれ、慧音先生の心労は蓮メリが居る限り絶えそうにありませんね(笑)。

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