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こちら秘封探偵事務所第12章 心綺楼編   心綺楼編 7話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第12章 心綺楼編

公開日:2019年04月27日 / 最終更新日:2019年04月27日

心綺楼編 7話
―19―

 夜は墓場で運動会、といえば前世紀の有名なアニメソングだが、私と蓮子にとっては、夜は墓場で結界暴きである。外の世界にいた頃、蓮台野で桜を見たのももう随分と懐かしい話だ。
 しかし、今夜の目的は結界暴きではない。静まりかえった夜の命蓮寺墓地に足を踏み入れた私たちを出迎えたのは、墓石に腰掛けた二ッ岩マミゾウさんだった。罰当たりな。
「おや――なんか余計なもんがくっついてきとるな?」
 マミゾウさんは眼鏡の奥の目をすがめ、私たちを――正確には私と蓮子、そしてこころさんの後ろに佇む慧音さんを見やった。慧音さんは足を止めた私たちを追い越して前に出る。
「人間の里自警団の上白沢慧音です。佐渡の団三郎狸殿ですね?」
「おお、その通り。儂が二ッ岩マミゾウじゃ。お主が噂のワーハクタクの歴史教師かね。半分妖怪のくせに里で寺子屋の教師をしとる変わり者と聞いとるよ」
「ついでに言えば、ここの二人の保護者であり上司であり監督責任者です」
 私と蓮子を横目に見やって、慧音さんは言う。
「なるほど、それでバレてもうたわけか。ま、仕方ないのう」
 ぼりぼりと頭を掻いて、「話は聞いとるかえ?」とマミゾウさんはキセルを慧音さんに向ける。「おおよそのところは」と慧音さんは頷いた。
「しかし、私はまだ丑三つ時の里の状況というのを見ていない。なのでまず、それを確かめさせていただきたい」
「確かめたらどうするんじゃ?」
「この件の解決に、協力しましょう」
「ほほう?」
 マミゾウさんは目を細め、慧音さんを見定めるように見つめた。
「何か手がかりでもお持ちかね」
「ええ。まあ、もしかしたらそちらもご存じのことかもしれませんが」
「ふむ。ま、ええじゃろ。知ってしもうたもんは仕方ない。確かめたいなら、里の外にいれば感情の暴走の影響は受けないから、丑三つ時になるまでは里の外にいるとええ」
 存外、あっさりと慧音さんを受け入れるマミゾウさんである。器が大きいのか、それとも何か別の思惑があるのか、私にはなんとも計りがたい。
「マミゾウさんの方はどうでした?」蓮子が問う。
「ダメじゃ。希望の面の捜索に関しては手がかりなしじゃ」
 首を振り、「お前さんたちが雇ったナズーリンとも話をしたが、あっちも空振りのようじゃったぞい」と付け加える。
「お前さんたちの調査はどうじゃ?」
 そう問われ、蓮子は得意げに笑みを浮かべて帽子の庇を持ち上げる。
「ひとり、有力な容疑者が浮かびましたわ」
「ほう?」
 興味深げに身を乗り出したマミゾウさんに、蓮子はこいしちゃんの件を告げた。マミゾウさんはこいしちゃんを知らないはずなので、こいしちゃんについての説明からになるが。
「無意識の妖怪? 誰にも存在を関知されない妖怪なんて、存在自体が自己矛盾じゃな」
「それが、ここに発見できる高性能レーダーがおりまして」
「だから人をレーダー扱いしないでってば」
「こいしちゃんの気配の強化が、希望の面による信仰の集まりによるものだとすれば、いずれ私たちにも彼女の姿が見えるようになるかもしれません」
「なるほど。存在自体を知らない者を信仰はできないからのう」
 ひとつ煙を吐いて、マミゾウさんは頷いた。
「なら、その無意識の妖怪の捜索は引き続きお前さんたちに任せてええかの」
「了解しましたわ」
「で、そこのワーハクタク殿は何を知っておるんじゃ? 状況を確認してからなんてケチくさいことは言わずに言うてみい。状況は事実なんじゃからな」
 再び慧音さんを見やるマミゾウさん。慧音さんはため息をつく。
「……この子、秦こころの元となった面の製作者についてです」
 そうして慧音さんは、こころさんの生みの親が太子様である可能性について語る。マミゾウさんは知っていたのかいなかったのか、「なるほどのう」と頷いた。
「つまり、あのマントミミズクに新しい希望の面を作ってもらえばええというわけかえ」
 マントミミズクって、太子様のことか。言わんとすることはわかるが。
「ええ。製作者なら可能でしょう」
「確かにのう。しかし、作るにしても希望を集めることは必要じゃろうな。となると、あのマントミミズクに里の宗教戦争を勝ち抜いてもらわないといかんことになるが。ワーハクタク殿は、それについても協力してもらえるんじゃな? 里の教師なら、信仰集めにもいろいろ伝手はあるじゃろう」
 その問いに、しかし慧音さんはきっぱりと首を横に振った。
「それは、できません。私は教師で自警団員。わけへだてなく教育を施し、人を守る立場にいる者が、特定の宗教に肩入れするわけにはいかない」
 断固とした拒否に、マミゾウさんはずっこけるようにつんのめる。
「……言わんとするところは正論じゃがのう。自分で解決策を提示しておいて、協力はできんというのは、どうなんじゃ。もうちょっと融通を利かせても罰は当たらんじゃろ」
「いえ、これは譲れません。私は今回の里の騒ぎに関しては中立の立場を守らねばならない。だいいち、こっちは自警団員として、宗教家やそれに茶々を入れる輩が里の中で弾幕ごっこを始めるので多大な迷惑を被っているんです。危険だし、人々がそれに熱狂しているのも、里の治安維持の面からすると大いに不安です。そこで私が特定の宗教に肩入れして、現在の里の状況をさらにあおり立てるようなことをするわけにはいかない」
「頭が固いのう。希望の面さえ手に入れば事態は解決するんじゃぞ?」
「問題はただ解決すればいいというものじゃない。正しい手段で解決しないことには意味がありません。夜道で女性に狼藉を働く暴漢を捕まえるために、何も知らない女性にわざと夜道を歩かせるわけにはいかないでしょう」
「ご立派な信念じゃのう」
 呆れ半分、感嘆半分という顔で腕を組んだマミゾウさんは、「それなら、お主はどんな風に儂らに協力するというんじゃ」と問う。
「豊聡耳神子殿とは面識がありますから、こころ殿を紹介できます。彼女が神子殿の作った面であるなら、製作者の元に帰し、製作者と解決方法を相談するのが真っ当なやり方というものでしょう。少なくとも無力な人間を巻き込むよりは」
 私と蓮子をちらりと見やる慧音さん。やっぱり怒ってはいるらしい。
 マミゾウさんは慧音さんの視線を受け、「やれやれ」と頭を掻いた。
「いやはや、清廉な堅物という噂は聞いておったが、想像以上じゃのう。言うことがいちいち正論じゃから反論もしにくいわい。まるで『隠蔽捜査』の竜崎みたいじゃな」
「マミゾウ殿。貴方は今の里の宗教争いをこのまま進めたいという考えなのですか?」
 慧音さんがマミゾウさんを睨む。マミゾウさんは腕を組んで息を吐く。
「元の希望の面を見つけられればそれでよし、そうでなければ宗教戦争を勝ち抜いた奴の集めた希望で、新しい希望の面を作る――それが儂の計画じゃよ。それ以上の他意はないわい」
「それなら、素直に彼女を神子殿と引き合わせれば良いでしょう。現状ではそれが最良の選択だと思いますが」
「最良、かのう」
「何か疑問でも?」
「疑問というか、懸念じゃな」
 頬杖をついて、マミゾウさんは目をすがめた。
「――お主、あのマントミミズクをそこまで信用していいと思っとるんかね?」




―20―

「神子殿に、何か疑いでも?」
「儂は世間擦れしてしもうた化け狸じゃからな。何事も疑ってかかるんじゃよ」
 飄々と言い、マミゾウさんはこころさんを見やった。
「端的に言えば、面霊気の力があのマントミミズクに悪用されないかという懸念じゃな」
「悪用――」
「何しろ製作者じゃ、この子にとっては親みたいなもんじゃろ。親としてあの道士がこの子の力を悪用しようと思えば、いくらでも可能じゃ。何しろ、希望の面を亡くしただけで里がこの状況じゃぞ?」
「――ははあ。こころちゃんの面を隠したり取り出したりするだけで、里の人心を容易に操ることができるというわけですね」
 蓮子がぽんと手を叩いて話に割り込む。「そういうことじゃ」とマミゾウさんは頷いた。
 確かに、希望の面が失われただけで里から希望が失われるなら、他の感情についても同じことができるはずだ。太子様がこころさんの製作者として、こころさんの面を自由に操れるようになったりしたら、里の人心が太子様の思うままになりかねない――という可能性は、確かに否定できない。
「古代の為政者でカリスマ宗教家。そんな輩に人心を操る妖怪を預けるのは、いささか危険すぎやしないかね」
「それは、性悪説的な物の見方に過ぎるのではないですか」
「生憎、儂は性悪説を採る方じゃ。そうでなくても強い力は人間を狂わすからのう。そもそも儂はあのマントミミズクと戦うためにここに呼び寄せられた妖怪じゃしな」
 そういえばそうだった。結局対決は実現しなかったのですっかり忘れていた。
「ちゅうわけで、儂は今すぐあの道士と面霊気を引き合わせるのには反対じゃ。あの道士に解決の手柄を全部持っていかせるのも癪じゃしのう」
「しかし、里の現状をこのまま放置するのは」慧音さんが眉を寄せる。
「ええじゃないかね。里の人間にはこの際徹底的にガス抜きさせてやればええ」
「そんな勝手なことを――」
「祭じゃと思えばええんじゃよ。喧嘩は祭の華じゃろ。怪我人が出るからという理由で祭を止めさせたら、そこで発散されるはずの鬱屈が溜まるだけじゃ。里の現状は確かに希望の面が失われたことが原因じゃが、こうなるに至るだけの鬱屈を民衆が溜め込むだけの理由もあったんじゃろう。違うかの?」
「…………」
 慧音さんは押し黙る。マミゾウさんは「まあ、気持ちはわかるがの」と煙を吐いた。
「杓子定規が悪いとは言わんが、お前さんもこの状況を自分に都合よく利用するぐらいのしたたかさがあった方が、生きるのも楽じゃぞい」
「……私はただ、里の平和を守りたいだけです」
「踊って弾幕ごっこに歓声をあげて、宗教家に群がってるだけじゃ。平和なもんじゃろ。庭木の実を荒らす小鳥を駆除したら、害虫が大繁殖して庭木が全滅したっちゅう故事もあるしの」
「――――」
 どうやらこの論戦、マミゾウさんの勝ちのようだ。慧音さんは首を振って、反論の言葉を失ったように大きく息を吐いた。
「まあ、とにかく今は宗教家どもの争いを見守ることじゃな。誰が一等希望を集めるにしても、そいつの集めた希望でとりあえず仮の面でも作れば騒ぎは落ち着く。その間に元の希望の面を見つけられればよし、そうでなければあのマントミミズクがある程度の希望を集めたところでこっちから話を持ちかければええ。あくまで面霊気はこっちの手元に残したままでの」
「……マミゾウ殿」
「うん?」
 不意に慧音さんは顔を上げ、マミゾウさんをまっすぐに見つめた。
「貴方はなぜ、この件の解決に動いているのです? 私には、貴方がこの件の解決に動く動機がわからない。最悪の事態として、この件が原因で幻想郷が滅んだとしても、貴方は外の世界に帰ればいいだけではないですか」
「なんじゃ、儂が純粋な善意で異変の解決に動いちゃいかんのかね?」
「いや、そういうわけでは」
「儂とて幻想郷が滅んじゃ困るわけじゃよ。旧友もおるし、せっかくこっちでも勢力を広げてきとるのに、それが無に帰すのは嫌なもんじゃ。それに――」
 と、マミゾウさんはこころさんを見やる。
「化け狸にとっちゃ、哀れな付喪神を一流の妖怪に育てるのは本能みたいなもんじゃ。儂が見つけて世話を焼いとる付喪神の問題を、儂が解決したいと思うのがおかしいかね? お前さんだって、そこの二人がこの件に巻き込まれとるのを解決するためにここに来たんじゃろ?」
 そう言ってマミゾウさんは私と蓮子を見やった。慧音さんは目を伏せ、もう一度大きく息を吐き、「――わかりました」と答えた。
「しかし自警団員として、里の問題の解決を外部の妖怪に任せっぱなしにはできない」
「頭が固いのう」
「そういう性分なもので。そこでマミゾウ殿、私からひとつお願いしたいことがあります」
「なんじゃ? なんでもとは言わんぞ」
「簡単なことです。あくまで貴方がこの件の解決を主導するつもりであるなら、私は里の人間代表として貴方に協力したい。霊夢がこころ殿を退治すれば解決する、という性質の異変でない以上、里が巻き込まれた異変の解決には、里の人間の誰かが責任を持つ必要がある」
「……つまり、この件の里としての責任をあんたが背負い込むっちゅうことかえ」
「そういうことです。万一、里が何らかの被害を蒙ったとき、責任を取る人間が必要です。異変の性質上、その責任は霊夢には負わせにくいし、マミゾウさん、貴方が負った場合は人間と妖怪の対立を深刻化させてしまうことになりかねない。あくまでの里の人間であり、かつ半人半妖という異端であるから責任を負わせやすいという意味でも、私が適任でしょう」
「慧音さん!」
 私は思わず声をあげていた。それはつまり、この件について慧音さんひとりが貧乏くじを抱え込むということではないか。しかも慧音さんの性格からして、この件が無事解決したとしても、霊夢さんの武勇伝のようにそれを喧伝して誇るとは到底思えない。
 マミゾウさんも、あまりといえばあまりに自己犠牲的な慧音さんの言葉に、信じがたいという顔で眉を寄せた。
「本気で言うとるんか? この件の責任を背負い込んで、お主に何のメリットがあるんじゃ」
「個人のメリット、デメリットの問題ではありません。里に異変の影響が及んでおり、異変を誰かが解決しないといけない状況である以上、その解決について責任を負う人間が必要であり、現状では私がそれに適任だというだけのことです。この件が妖怪側の悪意のないミスであるというなら、それで人妖関係が悪化する事態こそ、私は避けなければいけない。人間と妖怪の間に緊張関係は必要だが、憎しみ合う必要はない。私が責任を負うことで、今のところそれなりに上手く回っている人間の里というシステムが守れるなら、私は全責任を喜んで引き受けます」
 毅然と、胸を張って、慧音さんは言う。
 ――里を守るという慧音さんの意志が、どれほど強固なものか。今、私たちはそれを目の当たりにしていた。慧音さんの背中が、今までで一番大きく見える。
 マミゾウさんは、困ったように頭を掻いた。
「……ここまで献身的な人間がおるとは、ちょっと信じられんのう。儂は性悪説じゃからの。慧音殿と言うたか。正直お主の今の言葉、あまりに清廉すぎて、儂の理解を超えとるわい。儂が実は里に悪意を持って騒ぎを扇動しておったら、どうする気じゃ?」
「そのときは、私に人を――いや、妖怪を見る目がなかったということです。貴方がこころ殿を見る目に偽りはないと、私は感じました。佐渡に名を轟かせる団三郎狸の名と、貴方のその目を私は信じて、この件の解決を貴方に託します」
 まっすぐに見つめる慧音さんの目に、マミゾウさんは大きくため息をついて、「あー、参ったのう、調子が狂うわい」とこめかみを指で押さえて唸った。
「慧音殿や。お主、どうしてそこまで里に対して献身的なんじゃ。半人半妖を隠さずに里で暮らしておれば、相応に嫌な思いもしてきたじゃろうに。里の万人がお主を認めておるわけでもあるまいに、お主がそこまでするだけの価値が里にあるのかね」
「個人レベルではもちろん、まだ私のような存在を受け入れない人間も里には大勢いるでしょう。それでも、里という共同体は、私のような異物が存在することを認めてくれている。少なくとも今の人間の里というシステムは、その程度の柔軟性をもって運用されている。妖怪寺である命蓮寺が人間の信仰を集め、仙人である神子殿が里で弟子を集めても、眉をひそめる者はいても表だって迫害はされない社会――この、異物を受け入れる柔軟性は、私が命を賭けて守る価値があるものです。だから私はこの件を、自警団員の上白沢慧音という個人として背負いたい。人間でもワーハクタクでもなく、ただの里の一員として」
「――――――」
 言葉を失ったように押し黙ったマミゾウさんは、盃を取り出すと、腰の徳利から酒を注いで、一気に飲み干した。そうして赤らんだ顔で、据わった目で慧音さんを見やる。
「……飲まないとやっとれんわい。解った、儂の負けじゃ。で、儂に協力すると言うが、お主は何を協力するというんじゃ?」
「昼間におけるこころ殿の保護と、希望の面の捜索。つまり、この二人が引き受けていた依頼を、私が引き継いで、二人と協力して進めます。二人の監督責任者になる、と言えばわかりやすいですね」
 私たちを振り返って、慧音さんは目を細めて笑った。
 ――ああ、と私は理解する。つまり、慧音さんが今背負った責任とは、本来、私たちの肩にかかっていた責任だったのだ。里の人間として、この異変の解決に首を突っ込んだ私たちの。もし解決できずに、里に問題が起きたとき、異変に首を突っ込んでいた私たちが追及されるべき責任を、慧音さんが代わりに被ってくれたのだ。
「……なるほどのう。承知じゃ。じゃあ、もう少し詳しい話をしようかの」
 そう言ってマミゾウさんと慧音さんは、改めての打ち合わせに入る。それを見つつ、私は蓮子を振り向いた。ほとんど黙ってふたりの論戦を聞いていた蓮子は、私の視線に気付いて、困ったように帽子を深く被り直した。
 そして、当事者なのに完全に議論の蚊帳の外にいるこころさんは、変わらない無表情で、ただ私たちをぼんやりと見つめているのだった。




―21―

 ――そんなわけで、翌日。
「相変わらず、慧音は蓮子たちに負けず劣らずの物好きだな」
 話を聞き終えて、妹紅さんはそう言って呆れたように息を吐いた。
 場所は迷いの竹林、妹紅さんの家。寺子屋の授業を午前中で終わらせ、私と蓮子、慧音さんはマミゾウさんのところからこころさんを引き取って、妹紅さんの家に集合していた。
 昨晩のマミゾウさんとの論戦のあと、丑三つ時の里の状況をその目で確認した慧音さんは、改めてこの異変を解決しなければという決意を新たにしたらしい。寝不足だろうに、その顔からはここ最近の憂いが消え、なんだか明るく輝いていた。
「そうか?」
「そうだよ。何が物好きって、そんな大きな責任を自分から背負って、その上でやる気満々の顔してるところだよ。はっきり言って変だ」
「責任があると身が引き締まるだろう。解決に向けてやるべきこともはっきりした。この状況でやる気がでない方がおかしいじゃないか」
「いやそれは絶対慧音がおかしい。責任を取るのが好きな人間なんて慧音ぐらいだ」
 呆れ顔で妹紅さんは言う。それには正直、私も同意する。自分から嬉々として責任を背負い込んで活き活きとしている慧音さんは絶対変だ。――責任感が強すぎて大きな責任には潰されそうなタイプかと思っていたが、むしろ慧音さんは責任が大きくなるほど本領発揮するタイプなのかもしれない。
「責任を背負うのが好きって、史上最強にリーダー向きの資質よね。慧音さん、やっぱり自分で宗教家として立って信仰集めません?」蓮子が笑って言う。
「それはやらないと言っているだろう」慧音さんは口を尖らせた。
 蓮子のいつもの軽口にも、今は慧音さんに対する敬意が滲んでいる。当然である。昨晩のあれを見せられたら、我が相棒といえど敬服しないでいられるほど恩知らずではない。
 ――昨晩、私たちにあの場でできたことは、ただ慧音さんに頭を下げることぐらいだったが、そんな私たちの頭をぽんと叩いて、慧音さんは笑って言ったのだ。
『君たちの無茶はいつも苦々しく思っていたが――今回はそのおかげで、状況を知ることができたし、里を守るためにやるべきことが見つかった。君たちも、君たちなりに危機感を覚えて里を守ろうとしたんだろう? ――よくやってくれた。ありがとう』
 これではさすがの相棒も、借りてきた猫のように大人しくなるしかない。いつものように怒られるならともかく、感謝されてしまっては褒め殺しで立つ瀬がないのである。もしそこまで計算して慧音さんが感謝の言葉を言ったなら、慧音さんもマミゾウさんに負けず劣らずの策士だと思う。
「なんでもいいけど、早く私の希望の面を見つけてくれ!」狐の面でこころさんが言う。
「ああ、ごめんごめんこころちゃん。私たちも鋭意努力するから」蓮子が苦笑。
「で? 具体的にどうするんだよ」と妹紅さん。
「こいしちゃん探しが最優先だけど、確実にコミュニケーション取れるのはメリーだけなのが問題なのよね。メリーにはとりあえず、それに専念してもらうとして」
「勝手に決めないでよ」
「適材適所を考えるとそうなるでしょ。ねえ慧音さん」
「まあ、そうだな。その、古明地こいしだったか。無意識の妖怪とやらに関してはメリー、君に任せる。もちろん私たちも見つけることができれば交渉を試みるが」
 慧音さんにまで言われてしまっては、「……わかりました」と頷くしかない。
「私は基本メリーと動きますけど、慧音さんはどうします?」
「神子殿との交渉が封じられてしまったからな……。基本は今まで通り、自警団として里の治安維持になるだろう。その上で、今回の宗教争いを誰が勝ち抜きそうかを見極めて、マミゾウ殿とともに交渉を試みたいところだ。希望の面についても、情報収集を進めていく。噂話程度でも、意識して集めれば何かしらの手がかりは得られるだろう」
「……で、お前らがそうしている間、こいつの面倒は誰が見るんだ?」
 妹紅さんがこころさんを指して言う。私たちの視線は、言うまでもなく妹紅さんに集まる。
「妹紅、頼んでいいか」
「まあ、この中で一番暇な妹紅が適任よねえ」
「やっぱりそうなるのかよ!」
 がっくりとうなだれる妹紅さんに、慧音さんが「すまない」と頭を掻いた。
「……まあ、解決しなきゃ慧音の責任問題になるんだろ? それは私としても忍びないからな、協力はするが」
 妹紅さんはため息交じりに言って、横目にこころさんを見やる。
「よろしくね♪」福の神の面のこころさん。
「……とりあえず、お前はもうちょっと自分の顔で感情を表してくれ」
「むむむ」猿の面。
「妹紅が教えてあげれば? 年長者としての年の功」蓮子が勝手なことを言う。
「こいつ、聖徳太子の時代に作られた面なんだろ? それなら私の方が歳下だ」
 言われてみればそうだが、付喪神の年齢は道具が作られたときから数えるのだろうか。それとも妖怪化したときから?
「……あ、そうか、私はこいつより歳下なのか」
 言ってから自分で気づいたように、妹紅さんはこころさんを見やる。
「そうか、お前私より年上か……私より長生きしてるのか……。そりゃあ感情も摩耗して表情も失うよな……わかる、わかるぞ」
「????」猿の面。
「大丈夫だ、私だって数百年笑うのを忘れてたのが、慧音のおかげで憎しみと諦め以外の感情を取り戻せたんだ。お前もちゃんと自分の顔で笑えるようになるさ……」
 しみじみとこころさんの肩を抱く妹紅さん。何か大きく誤解しているような気がするが、妹紅さんがこころさんにどんな形であれシンパシーを感じたなら、敢えて誤解を訂正する必要もないかもしれない。
 妹紅さんに肩を抱かれたこころさんは、毎度の無表情のまま、きょとんと私たちを見つめているのだった。

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この小説へのコメント

  1. 今までで一番慧音先生がカッコいいですね。感服します。立派すぎて涙が出そうでした。

  2. 犯人とか謎解きとか全然わからないけど、作者さまが今回の話でこのシーンにめちゃんこ重きを置いて書いてるのはひしひしと伝わってくるなぁ……

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