東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第12章 心綺楼編   心綺楼編 2話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第12章 心綺楼編

公開日:2019年03月16日 / 最終更新日:2019年03月16日

―4―

「今日、里でライブなどしませんでしたか?」
「……私たちなら、今日は三人ともずっと家にいたけど?」
 相棒の迷推理は、ルナサさんのその一言であえなく瓦解した。
 霧の湖の近くに位置する、騒霊楽団の住居である廃洋館。意気揚々と訪ねた蓮子は、玄関に出てきたルナサさんから返ってきた答えに、がくっと大げさにつんのめる。
「あらら、そうでしたか」
「里で何かあったの?」
「いえ、実はですね」
 かくかくしかじか。蓮子が里の騒動のことを伝えると、ルナサさんはため息をひとつ。
「……それでメルランを疑ったわけね」
「いやあ、疑ったというほどでは」
 思いっきり『有力な容疑者』って言ってたくせに、よく言う。私は隣で肩を竦める。
「まあ、確かにメルランなら、里の人間の数十人を一度に躁にして踊り出させるぐらいは朝飯前だけど……」
「あらあら姉さん、呼んだ〜?」
 と、そこへ当のメルランさんが現れ、「なんぞー?」と末妹のリリカさんも顔を出す。私たちも洋館の中にお邪魔して、中で話を続けることにした。リビングに集まってルナサさんが説明すると、怒ったのはリリカさんの方である。
「心外だなあ。そりゃメル姉の音にはそのぐらいの力があるけど、ライブのときは私がちゃんとルナ姉の音とあわせて盛りあがりすぎないように調整してるんだから。メル姉のソロライブなんて、人間の多いところじゃ危なっかしくてやらせらんないよ」
「え〜、墓場で幽霊相手のソロライブもそろそろ飽きたわ〜。一度ぐらい、人間をどれだけ盛りあがらせられるか試してみたいんだけど〜。ねえ姉さん〜」
「駄目。そうじゃなくてもメルランの音は暴走しがちなんだから、人間の多いところではリリカと一緒じゃなきゃ」
「ちぇ〜」
 騒霊楽団も普段からいろいろ気を遣っているらしい。
「ところで、そのええじゃないか踊りって、どんな感じだった?」
 ルナサさんに訊かれ、蓮子が「ああ、ちょっとやってみせましょうか」と笑う。
「ほら、メリーも一緒に」
「ぜったい嫌」
「つれないわねえ。ひとりで踊るなんて寂しいじゃない」
 口を尖らせつつ、蓮子は自分で頭の上で手拍子をしながら、あのええじゃないか踊りの節回しを再現してひとりでその場で踊り出す。見てるだけで恥ずかしいが、メルランさんがノリノリで手拍子を合わせ始めると、なぜか盛りあがって見えてしまうから不思議だ。
 蓮子が踊り終えると、ルナサさんが腕を組んで唸った。
「うーん、里の田楽踊りとは違うね。誰も楽器は鳴らしてなかったんでしょう?」
「そうですね、手拍子と節回しだけで」
「となると、私たちのように楽器の音で人間を操るタイプの妖怪の仕業ではないね。妖怪が犯人だとすれば、人間をよく知っていて、自分も踊ることが好きな妖怪――だと思う」
「踊ることが好きな妖怪?」私は首を捻る。
「赤子とかかしら」蓮子も顎に手を当てて首を傾げた。
 赤子とは、赤ん坊の姿をした妖怪である。夜に現れ、一晩中踊り続けて、朝になったら消えるという、害のない妖怪だったと記憶している。
「履物の付喪神なんかも、踊るのが好きよね〜」メルランさんが言う。
「でもさー、なんで妖怪が突然里の人間を踊り狂わせるのさ?」
 リリカさんが尤もなことを問う。確かに、今までこんな現象が里で起きたという記憶は私たちにもない。妖怪の仕業なら、なぜ突然? というのは問われるべき問題だろう。
「……最近誕生したか復活したばかりの妖怪の仕業かもね」
 蓮子が意味ありげに言う。最近誕生したか復活したばかりの妖怪――。
 あ、と私も悟る。約一名、里にその引き金になりそうな場所があるではないか。
 言うまでもない。妖魔本がコレクションされた店――鈴奈庵である。

 廃洋館を辞去して里に帰る道すがらには、ちょうど命蓮寺が存在している。
 里北部での騒動から人を連れ帰ったという寺の様子をちょいと覗いてみよう、と蓮子が言うので立ち寄ってみると、参道で私たちを出迎えたのはムラサ船長だった。
「あ、蓮子にメリー。やっほー」
「やーキャプテン、最近ご無沙汰だったわね。いぇーい」
「いぇーい!」
 相棒はムラサさんとハイタッチ。相変わらずノリのいい船長である。
「ところで今日は二人とも、ひょっとしてウチに入門しに来てくれた?」
「え? ああいや、そういうわけじゃないんだけど」
「ちぇ、なんだ。今日は聖が里から大勢入門希望者連れてきたから、蓮子たちもそうかと思ったのに。蓮子とメリーならいつでも歓迎するよ」
「俗世に嫌気が差したら考えるわ。ところで、その大勢連れてきたっていう入門希望者は?」
「いま、本堂で聖と星ちゃんが説法してるよ。『聖の教えがこんなに大勢の人間に……!』って星ちゃん泣いてたけど、大丈夫かなあ」
 お寺の本尊の寅丸星さんは相変わらずの感激屋であるらしい。
「そうそう。なんでいきなり大勢の入門希望者が来たか、キャプテンは知ってる?」
「ああ、里で人間が踊り狂いだした件? 知ってるも何も、聖に知らせたの私だもん」
「あ、そうなの」
「そう、川から里の中の見回りしてたら、なんか急に人間たちが厭世観に溢れた歌と踊りで騒ぎだしたから、こりゃ一大事と思って慌てて聖を呼びに行ったの。聖は速攻で里に向かってって、しばらくしたら何十人も入門希望者をぞろぞろ連れて戻ってきてさ。ぬえなんかびっくりしてどこかに逃げちゃった」
「あはは、ぬえちゃんには厳しいわね。他の面々は?」
「いっちゃんは聖の手伝い。ナズっちは出かけてる。響子は今日は来てないよ」
「マミゾウさんは?」
「マミさんもどっか出かけてるなあ。マミさん、ウチの居候ではあるけど、あんまり寺にいないんだよね。里で人間に混ざって酒呑んだり博打したりしてるんだろうけど。そのうち聖に破門されるんじゃないかってちょっと心配だよ」
 ムラサさんは肩を竦める。太子様の復活騒ぎのときにぬえさんが外の世界の佐渡から連れて来た団三郎狸の二ッ岩マミゾウさんは、その後、寺の居候となって幻想郷で暮らしている。まあ、それはいいのだが――。
 私と蓮子は視線を交わして、はてさて、とお互い肩を竦めた。
 ――実のところ、小鈴ちゃんの件に関連して、マミゾウさんは私たちの中で要注意狸(?)になっていた。なぜかといえば――彼女が、人間に化けて鈴奈庵に現れるからなのだが。




―5―

『あんたたち、マミゾウと面識あったわよね?』
 秋に小鈴ちゃんの監視を頼まれてからしばらく経った、冬のことである。珍しく事務所に来客があったと思ったら、霊夢さんだった。事務所に上がり込んだ霊夢さんは、私の淹れたお茶を飲みながら、そう話を切り出した。
『命蓮寺の? ええまあ、挨拶した程度だけど』
『――あいつが人間に化けて里に出入りしてることは知ってる?』
『それは初耳だけど、でも別におかしな話じゃないんじゃない?』
 里に買い物などで出入りする妖怪は結構多い。八雲藍さんは蕎麦屋の常連だし、永遠亭の鈴仙さんは薬を売り歩いている。風見幽香さんも花屋に顔を出すというし。
『里の人間に危害を加えないっていうルールを守ってる限りは、私もうるさく言わないわよ』
『あら、マミゾウさんが何かやらかしたの?』
『やらかしたっていうか、やらかすんじゃないかというか……』
 ちゃぶ台に頬杖をついて、霊夢さんは不機嫌そうに眉を寄せた。
『あいつ、鈴奈庵に出入りしてるのよ』
『あらまあ。――あ、ひょっとしてあの眼鏡の女性? 確かに見ない顔だと思ったけど』
 蓮子が言い、私もその顔が浮かんだ。鈴奈庵で一度か二度、髪の長い眼鏡の女性客を見かけたことがある。私たちとはすれ違っただけだが、なんだか妙に印象に残る女性だった。そのわりに確かに、今まで里で見かけたことがない顔だった気がする。
『たぶんそれよ。どうもマミゾウの奴、小鈴のコレクションを狙ってるらしくて。この前、里で狐火の噂が立ってたのは知ってる?』
 ――知ってるも何も。
 実はその件、私は蓮子と夜中に里で寒い中、正体を確かめようと張り込んだのである。
 結果、付喪神の百鬼夜行であることは突き止めたが、追いかけようと里の外に出たところで見失い、軽く風邪をひいただけの徒労に終わった。
『付喪神の百鬼夜行だった奴でしょ?』
『そこまで知ってたの? 魔理沙から聞いた?』
『あら、魔理沙ちゃんも調べてたの。私たちは自力で百鬼夜行だってことまでは突き止めたんだけど、誰が犯人なのかまでは突き止められないままに噂が下火になっちゃって』
『あれ、原因は小鈴の持ってる百鬼夜行絵巻だったのよ。で、マミゾウがそれを狙っててね。小鈴に言い聞かせて、マミゾウの手には渡らないようにはしたんだけど』
『ははあ。――つまり、小鈴ちゃんを監視するのと並行して、マミゾウさんが小鈴ちゃんの妖魔本コレクションに手を出そうとしてないかも監視しろって話かしら?』
『ま、そういうこと。あいつの動向にも気を付けておいてくれない?』
『別にそれは構わないけれど――まず、小鈴ちゃんにマミゾウさんの正体教えちゃえば?』
『それじゃ私が妖怪と仲良しみたいに見えるじゃない。私は妖怪退治が仕事の博麗の巫女なんだから、あんまり妖怪と親しいなんて思われちゃイメージが傷つくでしょ』
 それはとうに手遅れのような気もするが……。
『じゃあ、私たちの口から小鈴ちゃんに教える?』
『それも気が進まないのよね。ただでさえ妖怪に興味津々のあの子に、里には人間に化けてる妖怪が、あの子の思ってる以上にたくさんいるって現実教えちゃったらどうなるか……』
『最悪、自分から妖怪の世界に飛びこんじゃいかねないと』
『博麗の巫女としてそれだけは避けたいわけ。妖怪になった小鈴を退治するなんて、さすがの私もいい気分じゃないから。あの子には、あんたたちみたいに完全にこっち側に踏み外した人間じゃなく、ちょっと妖怪に対する好奇心が強い普通の人間でいてほしいわけ』
『あら霊夢ちゃん、そんなまるで私たちが普通の人間じゃないみたいな』
『あんたらはとっくに異常な人間だっての』
 霊夢さんに睨まれ、私は縮こまり、蓮子は苦笑して肩を竦める。
『とにかく、そういうわけだから、小鈴だけじゃなくマミゾウの動向にも注意して頂戴――』

 ――そういう次第で、私たちはマミゾウさんの動向も気にかけるようにはしていた。とは言っても、私たちが鈴奈庵にいるときは、マミゾウさんらしき眼鏡の女性は姿を現さないので、気にかけているだけで実際は何もしていないのと同じである。
 いや、私たちがいる状況でマミゾウさんが鈴奈庵に入るのを避けているのだとすれば、私たちが通うことで多少のリスク回避にはなっているのかもしれないが……。
 ともかく。「お茶でも飲んでかない?」というムラサさんの誘いを遠慮して里に戻った私たちは、里を南北に貫く川沿いの大通りを南に歩いて行く。先ほど、もうひとつのええじゃないか騒ぎが起きたという飲み屋街もこのあたりだが、今はとうに静けさを取り戻していた。
 飲み屋街が活況を呈すのは、陽が暮れてきてからである。それだけに、昼間に大勢がそこで踊り狂っていれば、私たちが見たものよりさらに異様な光景だったかもしれない。
 そんなことを考えながら歩いていると、隣の蓮子が「おっ」と何かに気付いて足を止めた。何かと思えば、相棒は先を歩いている誰かの背中を追いかけていく。リボンを結んだ少女の後ろ姿。あれは……ひょっとして。
「ばーんきちゃーん、っとととと」
 蓮子が背後から駆け寄って肩を叩こうとすると、その少女はひらりと身をかわした。空振りして前につんのめる蓮子を無視して歩いて行く少女に、蓮子がなおも呼びかける。
「蛮奇ちゃんってば。おーい、ろくろく――」
「大声で言うな!」
 眉根を寄せて振り返ったのは――里に暮らしている飛頭蛮の赤蛮奇さんだった。そういえば彼女もこの記録ではこれが初登場のはずだが、私たちとの出会いはもう少し前に遡る。
 赤蛮奇さんは珍しく、人間の里で人間のふりをして暮らしている妖怪だ。彼女は飛頭蛮、つまりろくろ首の妖怪で、夜が更けてから里の道ばたで通行人を驚かすのを、妖怪としての生業にしている。普通の人間だと思ったら首がない、あるいは生首が飛んできた――という驚きが妖怪としてのアイデンティティなので、普段から人間のふりをして生活していた方が妖怪として都合がいいのだとかなんとか。
 なので、宵っ張りの私たちが彼女と出会ったのは、必然の仕儀であったと言える。妖怪慣れしている私たちは里の夜道でいきなり生首が飛んできても普通の人間ほどには驚かず、むしろ蓮子が興味津々で赤蛮奇さんにまとわりつき、ウザがられているというのが現状である。
「またお前か……私に関わるなと何度言えば解るんだ」
「そんなこと言わないでよ。影狼ちゃんとはお友達なんでしょ?」
「友達じゃない! ああもう、あのワーハクタクの周りの連中はどうしてこうなんだ」
 赤蛮奇さんは顔をしかめて頭を掻く。慧音さんは里で暮らしている妖怪ということで、彼女の様子をときどき見に行っているらしい。その繋がりでか、ウェアウルフの今泉影狼さんも、赤蛮奇さんとは顔見知りらしかった。
 蓮子を避けて人通りの少ない路地に逃げる赤蛮奇さんを、相棒は懲りずに追いかけていく。再び追いつかれて、赤蛮奇さんは苛立たしげに振り返った。
「妖怪退治の者でもない人間風情が、なんで私に関わろうとする」
「そりゃあ、蛮奇ちゃんに興味があるからよ。頭がひとつしかない人間と違って、何個も首を増やして飛ばしてるときの蛮奇ちゃんは、視覚や思考をどういう風に処理しているのかとか」
「人間がそんなことを知ってどうするんだ。私のことなんか知って、何の役に立つ」
「役に立たないことを知りたがるのが人間よ。それ単体では役に立たない知識を組み合わせて役に立つものを作りあげるのが人間、と言い換えてもいいけど」
「どっちにしても私には関係ない」
「そんなことないってば。きっと蛮奇ちゃんの役にも立つから」
「……どんな」
 そっぽを向いた赤蛮奇さんは、視線だけで振り向く。気にはなるらしい。
「何と言ったってそのマルチタスク処理能力よ。蛮奇ちゃん、たとえば三つの頭でそれぞれ別のものを見て別のことを考えるというマルチタスク処理を常時行えるなら、人間の三倍の情報を処理して、三倍の思考速度を得られるということでしょ? 頭を増やした数だけ速度が上がっていくのよ。これって凄い能力だと思わない? 人間を驚かすためだけに使うのはあまりにも勿体ないわ」
「――――」
「身体がひとつだけなのが惜しいけど、頭脳労働には最強の能力だと思うわよ。正直うらやましいわ。他人の何倍もの速度で知識を得て、他人の何倍もの速度で理解を深められるのよ。その処理能力をフル活用できれば、飛頭蛮はただの野良妖怪に留まる存在ではなくなるわ。妖怪の賢者に匹敵する知性を獲得することだって夢じゃないのよ」
「――――――――」
「そう、蛮奇ちゃんがその気になれば、飛頭蛮という妖怪は知性の象徴となり、幻想郷で最も賢い妖怪として名を馳せることだって可能になる。幻想郷の妖怪たちのレゾンデートルであるこの人間社会をその知性で密かに支配下に置き、幻想郷の誰もが蛮奇ちゃんに一目置かざるを得なくなる未来だってあり得るわ」
「………………本気で言ってるのか?」
「本気も本気よ。ねえ蛮奇ちゃん、ただ人間を驚かすだけの生活で満足してる? 人間の里の賢者と呼ばれるような、知力で他を圧倒する妖怪になって、これまで飛頭蛮という妖怪を馬鹿にしてきた幻想郷の有力妖怪たちを跪かせてみたくない? 鬼も天狗も死神も天人も、本気で勉強した蛮奇ちゃんの前にはきっとひれ伏すわ。蛮奇ちゃんはそんなかつての有力妖怪たちを傲然と見下して『愚か者どもめ』と鼻で笑っても誰も文句をつけられない。そう、蛮奇ちゃんは頭脳で幻想郷の下克上を目指せる逸材よ!」
「……………………………………」
 また調子のいいことばかり……と私が呆れていると、なんと赤蛮奇さんはわりと真剣に考え込んでいた。ああ、この相棒の言うことを真に受ける被害者がまたひとり……。
「……いや、いやいやいや、騙されん! 私はお前なんか騙されないぞ!」
 慌てて首を振る赤蛮奇さん。「騙すつもりなんてないのに」と蓮子は肩を竦める。
「なんだったら一度、うちの寺子屋に来てみてよ。大人向けの授業もときどきやってるから」
「あのワーハクタクの軍門に降るのは嫌だ」
「だったらウチの事務所で個人授業でもいいから」
「お前に何かを教わるのはもっとお断りだ!」
 ぷい、とまたそっぽを向く赤蛮奇さん。蓮子は肩を竦め、歩き出してしまった赤蛮奇さんの背中に「あ、そうだ」といかにもふと思いだしたような顔で呼びかける。
「蛮奇ちゃん、そういえばさっきこのへんで騒ぎがあったの知ってる?」
「……人間が踊り狂ってたやつか。私は無関係だ」
「別に蛮奇ちゃんを疑ってるわけじゃないわよ。私たち、あの騒ぎの原因を探ってるんだけど、蛮奇ちゃん、何か怪しいものとか見なかった?」
「――――」
 立ち止まって振り向いた赤蛮奇さんは、ふっと私たちを鼻で笑うような表情をした。
「やっぱり、お前らも所詮はその程度ってことだな」
「え? どういう意味?」
「自分で考えろ。どうせお前らには一生解らないだろうけどな」
 そう言い捨てるようにして、赤蛮奇さんは路地裏に姿を消す。
 残された私たちは、彼女の言葉の意味が本気でわからず、ただ顔を見合わせるしかなかった。




―6―

 事務所に戻ってきて、蓮子はごろりと畳の上に寝転んだ。私は座布団に腰を下ろして、応接用のちゃぶ台に頬杖をついて相棒の顔を見下ろす。
「蛮奇ちゃんは、どうも何か知ってるっぽいわねえ」
「聞いても教えてくれないと思うわよ。蓮子、明らかにウザがられてるもの」
「ならばもっと執拗にストーカーして吐かざるを得なくなるように」
「やめなさいってば」
 この相棒、するりと他人の懐に入り込むことにかけては天性のものがあるが、どうしてもその図々しさに耐えられない相手はいるだろう。赤蛮奇さんは明らかにそういうタイプだ。蓮子と出会った頃の私だってそうだった……かどうかは、今となってはもうよくわからないが。
「名探偵でしょ? 彼女が何を知ってるのか、ご自慢の頭脳で推理したら?」
「そうねえ。私たちも慧音さんも阿求ちゃんも掴んでいない何かを蛮奇ちゃんが知っているとすれば、蛮奇ちゃんのもつ特性に要因があるのかしら」
「特性って、飛頭蛮としての?」
「いくつか考えてみましょう。まず蛮奇ちゃんの最大の特性は、人間の里で生活していながら純粋な妖怪であることよね。半人半妖の慧音さんとは違って。それから、私たちとの違いだと住居が里の北部であること、飛頭蛮だから首を飛ばして複数の場所を同時に視ることができること、人間の寝静まった夜中に妖怪として活動すること……」
 蓮子は目をしばたたかせて、がばりと起き上がった。
「手っ取り早く確認できそうなのは、夜中ね」
「夜中?」
「そう。蛮奇ちゃんが妖怪として活動するような深夜に、里の中で密かに何かが起きているのかも。夜中の妖怪の活動が、昼間の里に影響を与えているんだとすれば、昼間に里で聞き込みをしたって何も出てこないのは道理だわ」
「――つまり、また夜中に張り込みしようってわけ? 明日は寺子屋で授業あるじゃない」
 狐火騒ぎのときと違って、冬場でないだけマシではあるが。
「善は急げよメリー。今日みたいな騒ぎがもしこれから頻発するようなら、また慧音さんの負担が増えるじゃない。慧音さんに倒れられたら一番困るのは私たちよ」
「またそんな拒否しにくい理由付けを……」
 私は嘆息する。どう足掻いたところで、蓮子がこうなったら私は付き合うしかないのである。せめて今日は早めに仮眠を取ることにしよう、とそれだけは心に決めることにした。

 そんなわけで、その日の深夜。
 私たちは、里の飲み屋街近くにスタンバイしていた。既に飲み屋さえもほとんど店じまいし、飲み屋街も妖怪相手に夜通し開けている店がひとつふたつ、まだ灯りをともしている程度である。その通りから一本外れたところで、暗闇の中、私と蓮子は狭い路地に身を潜めている。傍から見たらどう考えてもいかがわしいが、実際いかがわしい活動をしているので弁解の余地はない。
「さてさて、何が起こるのかしら?」
「何か起こるとしても、本当にここなの?」
「蓋然性は高いでしょ。蛮奇ちゃんが住んでるのはこのへんだし、夜中に蛮奇ちゃんが何かを目撃したとして、彼女が夜中に人を驚かすなら一番効率がいいのは飲み屋街から帰る客を暗がりで驚かすことでしょ。とすればこのあたりが狙い目の場所じゃない」
 そもそも赤蛮奇さんが夜中に何かを目撃した、というのが単なる蓮子の推測ではないか。何も起きず、帰ったところを慧音さんに見つかって怒られるか、明日(もう今日だ)の授業中に寝不足に苦しむか、その両方かで終わるのがオチだろう。
 ため息をつく私の横で、相棒が懐中時計を覗きこんで「そろそろ、丑三つ時ね」と呟いた。何かが起こるとすれば、確かに丑三つ時ほど相応しい時刻はないが。
「さあメリー。その高性能結界レーダーで、怪しいものを見逃さないように注意してよ」
「はいはい」
 人を探知機代わりにしないでほしい。私は路地から通りへと視線を向ける。店じまいした飲み屋から追い出されでもしたのか、酔漢がふらふらと歩いて行くのが見えた。妖怪の出そうな気配は特に無いけれど……。
 どうせ何も起きやしないのだ。全く、早く帰って眠りたい……。

 …………………………。
 ………………………………。
 ……………………………………。

 私たちは、ふっと我に返った。
「……あれ?」
「えっ? メリー、どしたの……って、あ、あれ?」
 次の瞬間、私たちは思わず視線を彷徨わせる。私と蓮子はいつの間にか、自宅の前に戻ってきていたのだ。どうしてだろう。確か私たちは北の飲み屋街近くで張り込みをしていて……。
「ええ……? ねえメリー、私たちなんで家に戻ってきてるの?」
「なんでって……なんでかしら?」
「おっかしいわね、私たち確かに飲み屋街の近くで……」
 蓮子が自分の記憶を探るように頭を押さえる。私も自分の行動を顧みてみたが、記憶に霞がかかったように、自分の行動の理由がわからない。それは外の世界で暮らしていた頃、夜中にコンビニで我に返って、何を買いにきたのだか思い出せないときの感覚に似ていた。
 確かに、自宅へ蓮子と歩いて戻ってきたような記憶はある。実際、今私たちは自宅前にいて、飲み屋街で張り込んでいた記憶もあるのだから、そこから歩いて帰ってきたのは確かなのだ。ただ、いったいどうして帰宅したのかが、どうしても思い出せない。
「何の収穫もなかったから諦めたんだっけ……?」
「蓮子にしては諦めが早い気がするけど」
 蓮子の手にした懐中時計は、午前三時過ぎを示していた。飲み屋街から自宅までは歩いて三十分かそこらだから、二時半ぐらいには私たちは飲み屋街から撤収したことになる。丑三つ時の終わり頃か。蓮子が撤収を決めたのだとすれば確かに随分諦めが早い。かといって私が蓮子を引きずって帰ったなら、そのぐらいは覚えているはずだ。
 もちろん、私も蓮子も、今夜は酒を呑んだ記憶はない。
 ――なのに、ふたりとも一時間ほど記憶が飛んでいる。
 これはいったい、どういうことだろう?
「……何かが起きたんだわ」
 蓮子が、帽子の庇を弄りながらそう呟いた。
「そうよ、これは絶対におかしいわ! 私とメリーが揃って張り込みから無意識に撤収するなんて、絶対におかしい! これは何者かによる陰謀よ! これこそが異変だわ!」
「はいはい、もう今日は諦めて寝るわよ。授業あるんだから」
「ちょっとメリー、もうちょっと乗ってよ。おかしいと思わないの、自分の記憶の欠損を!」
「それより今はもう眠いわ。伝染性の夢遊病ってことにでもしておいて」
「はくじょうものー」
 口を尖らせる蓮子に構わず、私は自宅の扉を開ける。
 なんだか、ひどく眠くなってきた。すぐにでも布団に倒れこんでしまいたいほどに。重たい瞼をこじ開けるのに精一杯で、そのときの私にはそれ以上ものを考えることはできなかった。

 ――実はそのとき、確かに私たちは《異変》に直面していたのである。
 この夏の宗教戦争の裏で密かに起きていた、知られざる異変に。
 だが、このときの私と蓮子は、まだその《異変》が何なのかすら、知り得なかったのだ。

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この小説へのコメント

  1. なるほど無意識か……油断ならないなぁ。
    と思ってみても先の展開はわからないのである。南無。
    次話も楽しみにしております。

  2. 蛮奇ちゃんにそんな大物の可能性が…蓮子の発送が凄い。
    異変に気付く切欠がどんなのか楽しみです。

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