東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第12章 心綺楼編   心綺楼編 11話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第12章 心綺楼編

公開日:2019年05月25日 / 最終更新日:2019年05月25日

心綺楼編 11話
―31―

「幻想郷を創った、賢者――」
 玄爺の背中から下りると、見えない床が足元にあった。そこに降り立ち、私たちは呆然と、その女性――摩多羅隠岐奈さんを見つめた。幻想郷を創った賢者というのは、妖怪の賢者、八雲紫だけではなかったのか。
「紫以外にも賢者がいたのか、という顔だな。まあ、私は幻想郷のことは紫に任せきりにしていたから、君たち人間が知らないのは当然だ。秘神だからね」
 私の考えを読んだように、隠岐奈さんはくっくっと笑う。
 それから目をすがめ、何かを見透かすように、隠岐奈さんは私たちを見つめた。
「それにしても――宇佐見蓮子と、マエリベリー・ハーンといったね、君たちは。……ふうん、紫の奴は、いったい何を企んでいるんだか……。まあ、幻想郷の問題なら、あいつがいずれ道を示すだろうが」
「――どういう意味です?」
 こういうとき、臆せず突っ込んで行くのは、もちろん我が相棒である。
 蓮子の問いに、隠岐奈さんは頬杖をついたまま、「おや」と眉を上げた。
「君たちを幻想郷に招いたのは、紫だろう?」
「――――」
「よりにもよって君たちを、紫がわざわざ幻想郷につれてきたということは、紫には紫なりの目的があるということさ」
 私たちが、幻想郷に迷い込んだ理由。
 思えばずいぶんと昔の話になってしまった。もう幻想郷での生活が現実になりすぎて、蓮子とふたりで見ていた夢だったようにも思える、科学世紀の京都での暮らし……。
 東京の、蓮子の実家の、宇佐見菫子さんの部屋。虫入りの琥珀を見つけたとき、突然開いた結界の裂け目。……そして、春雪異変のときに私の前に現れた妖怪の賢者が、私から幼い菫子さんに渡させた、虫入りの琥珀。日々の生活に紛れて忘れかけていた、私たちにとっての最大の謎が、私の頭の中を駆けめぐる。
 いったいなぜ、私たちは幻想郷に来ることになったのか? あの虫入りの琥珀はいったい何なのか? 宇佐見菫子さんとは何者だったのか? そして、妖怪の賢者、八雲紫が未だに宇佐見蓮子の前に姿を現さない理由は――?
「よりにもよって……というのは?」
 訝しげに目を細めた蓮子に、隠岐奈さんは目をしばたたかせ、「――ああ、そうか、それはそうだな」と独り合点したように頷く。
「君たちに意味がわからないのは当然だったな。――紫に会ったことはあるかい?」
「……私は、あります。蓮子はまだないはずです」
 私が手を挙げると、隠岐奈さんは私を見つめて、「なるほど」と頷く。
「あいつのことだ、存外感傷的な理由なのかもしれないな……。いや、それだけでもあるまいが。まあ、紫が何を考えていようと、私にはあまり関係のない話だ」
 首を振る隠岐奈さんに、蓮子が軽く口を尖らせる。
「そうやって、全部知ってるけど思わせぶりなこと言うだけで説明はしないっていう、物語の作者の都合で動く狂言回しみたいな仕草はやめていただけません? 私とメリーに関して何かご存じなら、教えていただけませんかしら」
 蓮子のその言葉に、隠岐奈さんは楽しそうに笑う。
「作者の都合か。なるほどそれは、なかなか言い得て妙だ。幻想郷を創ったのは、確かに紫だからな――。なに、私は紫の都合に合わせてやってるだけだよ。あいつの企みに協力する気はないが、敢えて邪魔をする気もないだけさ」
「――私たちが、知らずに八雲紫の手のひらの上で動かされている駒だと?」
「幻想郷そのものが、あいつの手のひらという意味では、そうだろうな」
 隠岐奈さんは笑みを深くして、「言える範囲で、教えてやろう」と言った。
「君たちと八雲紫の間には、浅からぬ縁がある。いや、そんな言葉では到底足りないほどの、強い繋がりと言うべきだな。紫の式が、君たちを見守っているだろう?」
「……藍さんがですか? 普段はあまり見張られてる気もしませんけれど」
「式が見守っているということは、八雲紫が君たちを見守っているということだ。おそらくは、君たちが幻想郷に来たそのときからずっとね。だが、宇佐見蓮子といったか。紫が君の前に現れないのは、偶然ではない。紫には、君の前に姿を現せない、強い理由がある」
「――――」
「その理由は、さすがの私も言えないけれどね。そして、マエリベリー・ハーン。紫が君の前には姿を見せることも、やはり意味がある。もちろん、あいつが君によく似ていることも。それがどういうことなのかも、まあ、やはり言えないが。どちらも、言ってしまったらおそらく紫に殺されるからね」
 言えないのなら、思わせぶりなことは言わないでほしい。
 自分たちがこの世界に来たことに、何か特別な意味があるのではないか――と考えたことがないと言えば嘘になる。けれど、幻想郷で永く暮らしているうちに、いつしかそんな気持ちも薄れていた。どうでもよくなった、と言うべきだっただろう。
 だいたい、物事そのものには本来意味も文脈も存在しない。物事に意味を見出すのは観測者の主観だ。私が、それに意味があると思えばあるのだし、ないと思えばない。それだけのことに過ぎない。私たちを幻想郷に連れてきたのが妖怪の賢者であれ宇佐見菫子さんであれ、連れてきた側にとって私たちの存在に何かしらの意味があったとしても、他人が自分に与えてくる意味なんてものは、本質的には私たち自身には無関係なものである。
 それは例えるなら、蓮子が異変のたびに披露する誇大妄想推理のようなものだ。蓮子がいくつかの疑問や手がかりを結びつけ、起きた異変の裏にどんな別の《意味》を創りだしたとしても、異変を起こした者にとっては、蓮子がどんな推理をしようが本質的に無関係である。蓮子が異変の真実を見抜いていようがいまいが、異変を起こした側にも、異変を解決する霊夢さんにも、その推理は何の影響も与えはしない。
 だから、妖怪の賢者が何を考えていようが、宇佐見菫子さんが部屋に残していた虫入りの琥珀が何であろうが、それは私たち自身には関係ないことなのだ。
 私はため息をついて、顔を上げる。隣で蓮子が何か、帽子の庇を弄りながら考え込んでいるが、私は相棒と違って、物事の裏の裏まで考えて、あるかどうかもわからない意味を生み出してしまうほどの頭脳は持っていない。私は所詮、名探偵の助手。その活躍の記録者に過ぎない、頭でっかちの相対性精神学主義者だ。
「摩多羅隠岐奈さん」
「うん? なんだい、マエリベリー・ハーン」
「貴方が何を言おうと、私はマエリベリー・ハーンで、そこにいる相棒は宇佐見蓮子です。妖怪の賢者とどんな縁があろうが、私たちが幻想郷に来たことに誰のどんな意図があろうが、私たちにどんな運命や役割が課せられていようが――そんなことは、私たちが私たちであることに対しては、何の意味も関係もありません」
 蓮子が顔を上げ、私を見た。隠岐奈さんは目を見開き、そしてすがめる。
「ほう――君は興味がないのかい? 自分がなぜここにいて、これからどうなるのか――。人間とは畢竟、それを問うて生きるものだと思うのだがね」
「隠岐奈さん、相対性精神学という学問はご存じですか?」
「さあ、知っているかもしれないし、知らないかもしれない」
「相対性精神学は、絶対的主観主義を取ります。人間は自分の主観を通してしか世界を観測できない。自分は、自分としてしか世界を認識できない。ならば、私の世界の主人公は私自身以外にありえない。その考え方が、相対性精神学の根幹です。――人間が自己の存在に意味を求めるのは、人間の意識が意味と文脈に支配されたものである限り、決して変わらないでしょう。けれど、相対性精神学の徒は、その意味を他人から押しつけられることには断固抵抗します。他人が私たちにどんな意味を与えようとしたところで、私たちにはそれを断固拒絶する権利があります。主観は相互不可侵です。私の存在する意味は、私自身以外の誰にも定義する権利はありません」
「それはなかなか、ご立派な信念だが――君は今までの自分の人生を、全て自分の意志だけで決めてきたとでも言うのかい?」
「いいえ、そんなことは有り得ません。私の主観は常に外部からの矯正力を受けて変質し続けている。私という主観は決してそれほど強固なものではありません。――けれど、私が世界をどう認識するかの最終決定権は、私にしかないんです。たとえば、私が今こうして蓮子と一緒にいて、蓮子の相棒という立場にいることは、蓮子がそれを求めたからです。でも、それを最終的に受け入れて、私の主観上における私という存在を《蓮子の相棒》として定義したのは、まぎれもない私自身です。――私の世界が夢か現実かを選ぶのは、私なんです」
「メリー……」
「だから、隠岐奈さん。貴方がどんなに思わせぶりなことを言おうが、妖怪の賢者が何を企んでいようが――私と蓮子は、《秘封倶楽部》というオカルトサークルの二人組でしかありえません。この世界でどんな役割を与えられているとしても、私たちは私たちのしたいようにする。私たちは私たちの興味関心の赴くままに、世界の秘密を解き明かす。今の私は、それを選びます。蓮子の隣で、蓮子と一緒に、蓮子の誇大妄想を聞いて、蓮子の活躍を記録する、探偵助手である――それが私、マエリベリー・ハーンです」
 自分が何を言っているのか、自分でもあまりよくわかっていなかった。ただ、言葉は勝手に迸り出ていた。自分が何に反発しているのかもよくわからないままに。
 そんな私の支離滅裂な反論を、しかし隠岐奈さんは興味深そうに聞き――。
「なるほど。ならば、君たちについては私はもう、何も言うまい」
 そう言って、隠岐奈さんは笑みを深くした。
「――この先の君たちに、何が待っているとしてもね」




―32―

「さて、では話を変えようか。――秦こころについてだ」
 隠岐奈さんはそう言って、ぱちんと指を鳴らした。次の瞬間、彼女の背後に扉が開き、そこからふたりの少女が姿を現す。エプロンドレス姿で、ひとりは茗荷を、もうひとりは笹を手にした少女たち。彼女たちは踊るような動作で、隠岐奈さんの左右の後ろに控える。
 隠岐奈さんは蓮子を見やり、唇の端を釣り上げた。
「宇佐見蓮子。君の推察はなかなかのものだ。確かに秦こころは私の所持していた面が付喪神化したものだし、あの子を幻想郷に送り出したのも私だ。――ついでに言えば、人間の里で最初の騒ぎを扇動していたのは、ここにいる私の部下たちだよ」
「……あの、ええじゃないか踊りを、ですか。何のために?」
「それがわからないのが、君の推察の限界なのだよ」
 隠岐奈さんのその言葉に、蓮子は眉を寄せて帽子の庇を弄り――。
 そして、愕然とした顔で目を見開く。
「――まさか、希望の面を見つけるため、だと?」
「おめでとう。なるほど、確かに君はなかなかの名探偵だ」
 隠岐奈さんは楽しげに手を叩き、蓮子は顔を覆って大きく息を吐く。
「じゃあ……こころちゃんから希望の面を奪ったのは、貴方ではないんですね」
「その通り。私はただ、太子が幻想郷に来たから、昔もらった面を返してやろうと幻想郷に送り返しただけだよ。付喪神になってしまってはいたけれどね。どうして秘神である私が、面霊気の面を隠して、幻想郷に異変を起こす必要がある?」
「こころちゃんに自我を与えるため――では、なかったと……」
「私が、付喪神の自我などに興味があるとでも?」
 頬杖をついて隠岐奈さんは言う。背後に控えた部下だという少女は、眉ひとつ動かさずにその言葉を聞いている。――そう、彼女は幻想郷を創った秘神なのだ。人間の理屈で動いているなどとは考えない方がいい存在には違いない。
「じゃあ、こころちゃんから希望の面を奪って、地底に捨てたのは――」
「さあ、その犯人は、私の知るところではない。知っていたとしても興味はない。ただ私は、せっかく返してやろうとした面がどこかで欠けてしまったから、ちょっとばかり部下を動かして、人間の希望を求める心を扇動してやっただけさ。そうすれば希望の面の持ち主が姿を現して、さっさと解決すると思ったんだがね」
「…………」
 蓮子の推理した異変の真の首謀者は、首謀者ではなかった。
 むしろ――彼女なりに異変を解決しようとした、探偵側の存在だったというのか。
「この真相で、納得して貰えたかな? 名探偵くん」
「……なるほど。犯人の正体という疑問を除けば、確かに腑に落ちる真相ですわね」
「だろう? その先の犯人は、君が自分で突き止めるといい。まあ、君がその《犯人》を知っているかどうかは、私の関知するところではないけれどね」
「かしこまりましたわ。――では、最後にもうひとつ」
「おや、まだ何かあるのかな」
「こころちゃんに、秦こころという名前をつけたのは、河勝の面だと太子様にわかりやすくするためですよね?」
「ああ、その通りだ」
「……全ての感情を同時に持ち合わせるが故に、感情の変化がなく、自我が生まれなかった彼女に、《こころ》という名前を与えたのは――秘神一流の、皮肉なのですかしら?」
 蓮子のその問いに、隠岐奈さんはただ無言で目を細め――そして、ぽんと手を叩いた。
「さて、濡れ衣も晴れたところで、君たちにはそろそろお帰り願おう」
 隠岐奈さんがそう言った瞬間――私たちの背後に、扉が開く。
 私たちは咄嗟に玄爺の甲羅に掴まった。背後の扉に吸い込まれていく私たちへ向かって、隠岐奈さんは楽しげに笑いながら、最後の言葉を残していく。
「私からも最後に、ひとつだけ忠告してやろう、宇佐見蓮子。――君のその好奇心はいずれ、君たち自身の真実にたどり着いてしまうだろう。心しておくことだ、名探偵くん。自分自身の謎すら解き明かさずにはいられないのが、名探偵というものの宿業なのだからね」
 ――そして、扉は閉ざされた。

 気が付くと、私たちは幻想郷の、霧の湖の上空にいた。
「……戻ってきたみたいね」
 玄爺の背中で、周囲をきょろきょろと見回して、蓮子は大きく息をつく。玄爺が私たちの下で「やれやれ、年寄りの冷や水ですわ」とボヤいた。
「どうなることかと思ったわ」
 私もそう呟いて息を吐く。すると、私の前に座った蓮子が振り向き、にっと猫のように笑って、私の顔を見つめた。
「メリー、さっきはなかなか恰好良かったわよ」
「え? ……あ、いや、あれは別に」
 思いだしたら恥ずかしくなってきた。何を柄にもなく熱くなっていたのだろう、私は。マミゾウさんと談判したときの慧音さんの影響だろうか――。
「私はただ……自分の有り様を他人に決められるのが嫌なだけよ」
「ふふ、つまり、メリーが私のそばにいてくれるのはメリーの意志ってことよね?」
「…………」
「そう言ってたもんね、メリー。やーんもう、メリーに愛されて幸せ」
「馬鹿言ってるんじゃないの」
「いひゃいいひゃい」
 恥ずかしさを誤魔化すように、私は蓮子の頬をつねる。
 ――確かに私が蓮子の隣にいるのは、私がそれを選び、今も選び続けているからだけど。
 そんなことは、当の蓮子に知らせる必要なんか、本来ないのだ。
 それは、蓮子に求められた結果だとしても、最後には私自身が決めることだから――。

 ……そして蓮子も、私の相棒でいることを、選び続けてくれているのだろう。
 主観が相互不可侵である以上、私はそれを、蓮子が今私の隣にいるという事実からしか確かめられないのだけれど――。
 つまり、大事なことは、ただそれだけなのである。




―33―

 それはともかく。
 今回の異変については、最後にひとつ、大きな謎が残ってしまった。
「……で、結局、希望の面を地底に捨てた犯人って誰だったのかしら?」
 探偵事務所に戻ってきた私は、今回の異変の情報を整理しながら、床に寝転んだ蓮子に問う。蓮子はぼんやり天井を見上げながら、「さあねえ」と呟いた。
「さすがに、私の知らない妖怪や神様の可能性まで考えたら、容疑者の範囲があまりに広すぎて、絞り込みようがないわ。その犯人が本当にいるとして、やったことはこころちゃんから希望の面を盗んで、地底に捨てたってだけだろうしね……。こころちゃんが犯人を目撃していなければ、それこそ手がかりゼロで迷宮入りするひったくり事件でしかないわ」
 そう言って、蓮子は「ただ」と言葉を切って、身体を起こす。
「特定まではいかなくても、考えられる余地はいくつかあるわね」
「たとえば?」
「問題は動機よ。犯人はなぜ、こころちゃんから希望の面を奪ったのか。そして、なぜわざわざ奪った希望の面を、地底に捨ててしまったのか」
 畳の上に置いた帽子を手に取り、蓮子は大きく息を吐く。
「……ちょっと考えてみたけど、二通り考えられるわねえ。愉快な想像と、愉快じゃないのと」
「どういうこと?」
 私が問うと、蓮子はまるで隠岐奈さんのように頬杖をつく。
「ねえメリー。この幻想郷において、地底ってどんな場所?」
「え? そりゃあ……あれよね。地上の嫌われ者の楽園」
「そう。地上の嫌われ者の妖怪が集められて、地上から見ればその妖怪たちが出てこないように封印されていた場所。――ヤマメちゃんも言ってたわよね。希望なんて縁起のいいものは、地底には不釣り合いだって。……そして、結果的に希望の面を拾ったのはこいしちゃんだったわけだけれど――希望の面が捨てられた、あの場所にいたのは?」
「……河城みとりさんだったわね」
「そう、人間を憎んでいる妖怪のね」
 蓮子はそう言って、「だから、二通りなのよ」と呟く。
「犯人の目的を、善意と取るか、悪意と取るかのね」
「――――」
 ああ、なるほど――そういうことか。私は蓮子の言わんとするところを理解する。
 確かにこの犯人の行動は、善意とも、あるいは悪意とも取れる。
 そして――おそらくは。
「人間を憎む地底の妖怪のところに、希望の面を捨てる――この行為が仮に善意によるものだとすれば、犯人の目的は、憎しみに凝り固まった地底の妖怪に希望を与えることだった。あの地割れから投げ込めば、河城みとりさんが拾ってくれると思って、犯人はそうした」
「……あそこにいるのがみとりさんだと解って投げ込んだなら、犯人は」
「にとりちゃんでしょうね。――でも、この推理には決定的な弱点があるのよ」
 蓮子の言葉に、私も頷く。
「……にとりさんは、お姉さんに直接会いに行ける立場にある」
「そう。何度か会いに行ってるってにとりちゃんは言ってたわ。これが善意の犯行で、渡したい相手に直接会えるなら、直接持っていって届ければいい。わざわざ地割れから投げ込むなんて不確実で意図が伝わらない方法をとる必要はないのよ。結果的にこいしちゃんに拾われちゃってるわけだしね」
「だとすれば……この犯行は、善意じゃない」
「そう考えるのが、妥当でしょうね」
 嘆息するように、蓮子は目を伏せた。私は顎に手を当てて唸る。
 もしこの犯行が、悪意によるものだとすれば――。
「もちろん、情報が少なすぎるから、誰の犯行とも、正確な動機も確定はできないわ。だけど、犯人が希望の面を、わざわざ地底を選んで捨てたなら、たぶんそこには悪意がある。それは、こころちゃんへの悪意じゃない」
「――地上への悪意、よね」
「そう。犯人が希望の面を奪う行為の意味や、それで何が起こるかを知っていたかどうかはわからない。でも、希望の面が強い力を持っていることは解ったはず。それを敢えて、地上を追われた妖怪たちの住処である地底に捨てたということは……地上で失われた希望を、地上を憎む妖怪の手に渡すということ」

 もし、希望の面を手に入れたのが、人間や地上の妖怪を心底憎んでいる妖怪だったら。
 その妖怪が、希望の面を手にして――憎んでいる地上に姿を現したら。
 希望を失った幻想郷の救世主となるのが――地上を憎んでいる妖怪だったら。
 いったい、この異変にどんな結末が待ち構えていただろう?

「……でも、蓮子。もし犯人がそんな地上に悪意を持っていたのだとして、よ」
 嫌な想像を振り払うように、私は首を振って、蓮子に問う。
「なんでわざわざ犯人は、希望の面を地底に捨てるの? 自分が悪用すればいいじゃない」
「そうね。そこがこの推理のネック。――希望の面を手にしても使いこなせないような弱い妖怪や妖精だったのか……それとも、希望を自分で持つこと自体が嫌だったのか」
「希望を持つのが嫌?」
「悪用するためであっても、自分が失われた希望の持ち主として表に立つのが嫌だったとか、そもそも希望みたいな明るい感情が嫌いな、天の邪鬼な妖怪だとか――まあ、いろいろ考えられるわね。何にしても、これ以上の特定は難しいわ」
 蓮子は再び、ごろんと畳の上に寝転がった。
「……ただ、ひとつ言えるかもしれないことはあるわね。希望の面を地底に捨てた犯人が実際にいて、その目的が悪意だったなら――」
 帽子を顔の上に載せ、蓮子は呟く。

「たぶんその犯人は、近いうちにまた、何かをしでかすんじゃないかしら」

感想をツイートする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

この小説へのコメント

  1. メリー、いやマエリベリー・ハーンが強く成長してるのがカッコいい。
     だけど、地上でこころから面だけを外せる人いたかなぁ。

    秘封はこちらでしか知らないけど他に書籍とかあれば知りたいな。

  2.  なるほど天の邪鬼か……と納得。

     思えば長い旅になったものです。
     もうすぐ菫子が幻想を訪れるということは、物語の核心に触れるのも近いと見た。ゆえに今回の秘神であるわけですね。
     小さな子供だった菫子が女子高生として幻想郷に、となれば少なくとも秘封倶楽部の2人もそこそこの年齢になっているようですが。
     あえて言うべきか。これは誕生か決別、はたまた融合か、結末の気になる物語であることだけは確実です。
     読者は推測をもって結論を待つもの。次話も楽しみにしております。(考察が追いつかない)

  3. んー、後戸組は実にブラック。でも嫌いじゃない! 寧ろフェイバリット!

    そして「どーせ隠岐奈が犯人だろ? ふふん」とその気になっていた前話の俺のコメントはとんだお笑いだったぜ…。

  4. 謎は謎のままで次に持ち越して次回の謎に関わるのだろうか。
    隠岐奈が示した警告が核心にどうせまるか楽しみです。

  5. メリーがどんどん前に来るようになって、なんだかうれしい。
    しかもこのまま次につながることも考えられる。
    続きが楽しみで仕方ありませんね。

  6. いよいよ話が佳境に入ってきたのかな
    この先、菫子との邂逅が何をもたらすのやら

一覧へ戻る