東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第8章 地霊殿編   地霊殿編 第7話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第8章 地霊殿編

公開日:2017年10月21日 / 最終更新日:2017年10月20日

―19―


 というわけで、私たちは古明地さとりさんの部屋を辞去し、廊下に戻っていた。
「……で、蓮子、どうするの?」
「どうするもこうするも、メリーの言ってるあの子、古明地こいしちゃんを探すしかないじゃない。少なくともメリーには見えるんだから、メリーに探してもらわないことには私にはどうにもならないわ。あ、視界共有すればいいのかしら」
「蓮子の目に触れてないといけないんだから、二人で同じところしか探せないんじゃ、あまり意味ないじゃない」
「それもそうねえ。じゃあやっぱり、結界探知機メリーが頼りだわ。ふぁいとー」
「都合のいいときだけ頼るんだから、全く……」
 私はため息をついて、廊下に視線を巡らす。あの子は果たして、この屋敷の中にいるのだろうか。いるのなら、そしてあの子自身が私の前に姿を現す気があるのなら、ひょっとしたら見つけられる可能性もあるだろうが、ゼロから探して捕まえるとなると甚だ心もとない。こっちは目以外は普通の人間なのだ。妖怪相手に無理を言わないでほしい。
「大丈夫よ。見つけたら視界共有して、私がこいしちゃんと交渉するわ」
「蓮子の交渉が通じる相手なのかしら? なんだかさとりさんの話聞く限り、とんでもない能力持ちっぽいんだけど。無意識を操るってどういうことなのかしら」
「それにはまず、意識を定義しないと。意識と無意識って、その言葉を扱う分野によって全然違う意味で使われてたりするから面倒臭いわ。ただ――」
 帽子の庇を弄りながら、相棒はひとつ考え込むように唸る。
「さとりちゃんの妹ってことは、こいしちゃんも心を読むサトリ妖怪と考えるべきよね。それが他人の無意識に干渉する能力を持っているってことは……サトリ妖怪の能力の延長線上というか、発展形、あるいは裏側みたいな能力なんじゃないかしら」
「発展形? 裏側?」
 探しながら話しましょ、と蓮子が言い、私たちはあてもなく屋敷の廊下を歩き始める。「こいしさーん」と呼びかけてみるが、返事はない。
「さっきの、さとりちゃんとのやりとりのことよ。彼女、私たちの考えや思い浮かべている映像を読み取って、勝手にどんどん話を進めていったけれど、その都度確認したいことに対して質問やコメントをこちらに投げかけてきたでしょ?」
 言われてみれば、確かにそうだ。何が目的でここへ? とか、どうして妹の姿が見えるのか、とか、要所要所で彼女はこちらへの質問を投げかけていた。
「つまり、彼女は私たちが意識していることを読み取っているんじゃないかと思うのよ。逆に言うと、彼女は私たちがそのとき意識に浮かべていないこと、思い出していないことは読み取れない。だから私たちに向かって、声に出して問いかける必要があった。彼女がどんどん自分で話を進めるのは、私たちの意識に対して反応を促すためだと思うのよ。ダービー弟が質問を口に出さないといけないのと同じね」
「……ええと、要するに、さとりさんは私と向き合っても、たとえば私が昨日の晩御飯に何を食べたかが無条件で解るわけじゃない。それを知るには、私に『昨日の晩御飯は何を食べましたか』と尋ねて、私に思い出させる必要がある、ってこと?」
「イグザクトリー。ただしメリーがたとえばお腹の調子が悪くて、ゆうべの晩御飯が原因かしら、とあらかじめ考えていたなら、質問するまでもなく読み取れる。そういうことだと思うわ」
 なるほど、解りやすい。意識の表層に浮かべたことだけを読み取る能力というわけか。
「じゃあ、こいしさんが無意識を操るっていうのは……」
「さとりちゃんには読み取れない領域。つまり意識の表層に浮かんできていない領域に干渉することができる……ってことなんじゃないかしらね。読み取るのと干渉するのとではだいぶ性質が違う気がするけど、突然変異か何かなのかしら?」
 ふむ、と私は唸る。相手が意識しない部分に干渉して姿を消す……。
「ああ……なんだか相対性精神学的な話になってきたわね。あの子が姿を消してしまえるっていうのは、つまり主観主義的な認知論というか、意味の紐付けの問題なのかも」
 さとりさんの話を思い出す。極端に影が薄い、見えていても意識に上ってこない――それが単に存在感を消す能力なら、無意識がどうこうと言う必要はない。
「どういうこと、メリー」
「相対性精神学の大前提たる主観主義は、そもそも人によって《主観》が異なるということを前提にしているわけ。その《主観》の差異を為すのが、認知に対する意味の紐付けなの。たとえば――私から見た蓮子に対しては、秘封倶楽部の相棒で、探偵事務所と寺子屋の同僚で、私をこの世界に連れてきた腐れ縁の同居人――っていう色々な《意味》が紐付けされているわけじゃない」
「もうちょっと色気のなる意味を紐付けてもいいのよ? 世界で一番大切な人とか」
「勝手に言ってなさいよ、もう。――じゃあ、私じゃなく、たとえば旧都ですれ違った名前も知らない妖怪から見た蓮子には、どんな《意味》が紐付けされているか。――まあせいぜい、地底に現れた珍しい人間、という以上のものではないでしょうね。あるいは寺子屋の生徒の子なら、算術の先生という意味が紐付けられてる」
「ははあ。人混みの中で知り合いを見分けられるのは、その人を知っている――つまり、個人的な《意味》が紐付けされているからっていうわけね」
「そういうこと。逆に言うと、《意味》が紐付けされていないものは、そこに存在していても、認識的には存在しないのと大差ない。人混みの中で待ち合わせ相手を探しているとき、その場に何千人が存在しても、待ち合わせ相手ではない知らない人は全てただのノイズでしょう? ――こいしさんが姿を消すっていうのは、つまり自分をノイズ化してるってことなんじゃないかしら。こいしさんを見た相手の意識の表層に、自分についての《意味》が上がってくるのを阻害する、みたいな感じの」
「でも、たとえば雑踏の中に小さい女の子がいたら、全く知らない子でも『あ、子供だ』ぐらいの認知はするんじゃないの?」
「だからそれも認知に紐付けられた《意味》の一種なのよ。大学構内に大学生が歩いていても目立たないけど、ランドセルを背負った小学生が歩いていたら目立つでしょう? 環境に紐付けられた《意味》に対して齟齬のあるものには、その時点で齟齬という意味が生じるわけ。そしてそういう認知を、私たちは常に意識して行っているわけじゃない」
「ああ、なるほど。そういう認知を、人間は無意識のうちに常にやっていると。で、こいしちゃんはその無意識の働きを阻害して、自分に関するあらゆる《意味》を切断しちゃう、みたいな能力を持っている。だからこいしちゃんの姿が目に入っていても、それが《意味》のあるものとして認識できない。……ふむ、解釈としては成り立つわね」
 顎に手を当てて蓮子は唸る。
「しかし、そうだとすると、メリーにこいしちゃんが見えるのはどうしてなのかしら? 鈴仙さんの位相ずらしとか、にとりちゃんの光学迷彩とかとは違うわよね、原理的に」
「そうね。鈴仙さんは世界の位相をずらしてその陰に隠れてるから、位相がずれている箇所が私には見えるし、にとりさんの場合は光学迷彩の輪郭が境界として見えるんだけど……あの子の見え方は、そういう感じじゃなかった。少なくとも、ちょっとだけ会話……っていうほどのものでもないけど、あの子から話しかけられたときには、あの子はそこにいるものとして見えていたわ」
「でも、こいしちゃんはそれを意外なことと受け止めていたのよね? ということは、メリーの目の能力とは別に、彼女の能力がなぜかメリーには効果を為さないのかしら?」
「効果を打ち消してるというよりは、効果が弱まっているって言う方が正確だと思うわ。私にもあの子は存在感が薄く見えたもの」
「ふーむ、ここに来て深まるメリーの謎ね。相対性精神学なんか学んでいると無意識の防御力が高まるのかしら」
 歩きながら、蓮子が振り向いて私の目を覗きこむ。危ないからやめてほしい。
「どうだかね……。ミステリ的にはチェスタトンを思い出すところだけど」
「ああ、あのパターンね。あれは相対性精神学のそれで言うと、個人の《意味》が環境の《意味》と完全に同化してるっていう理解でいいのかしら」
「日本では概ねそういうトリックとして理解されてるわね。私はアレは当時のイギリス社会における《平家にあらずんば人にあらず》トリックじゃないかと思うんだけど」
 これに関しては、詳しく説明すればネタバレになるので、鈴奈庵に置いてあったら『ブラウン神父の童心』を読まれたい。
「何にしても認識の問題ってわけね。やっぱりメリーに任せた!」
「はいはい。って任されても、だからどうやって探せばいいんだか……」
 そう、私がため息をついたそのとき。
「貴方、やっぱりおもしろーい」
 背後から、あの少女の声がした。私はびくりと振り返る。――そこで、彼女が私の顔を見上げていた。ひどく存在感が希薄な少女、古明地こいし。
「――いたの?」
「いたよ、ずっと貴方たちの後ろに」
 怖いことを言わないでほしい。ひどく感情の薄い笑みを浮かべた少女に、私がまた、何を言えばいいのか解らないままに、声をかけようとしたとき。
「え? メリー、どうしたの?」
 蓮子が振り向き――その瞬間、少女はまた走り出してしまった。
「あっ、待って!」
 私が声をあげるが、少女の姿はそのまま廊下の角を曲がって消えてしまう。
「メリー、え、今こいしちゃんがいたの?」
「いたわ、私たちの後ろに!」
「それじゃ都市伝説のメリーさんじゃない。とにかく追うわよ、どっちに行ったの?」
「ええと、たぶんこっち――」
 私たちは慌てて、少女の走り去った方へ駆け出した。廊下の角を曲がると、またその向こうに彼女の影。やはり私たちをどこかへ案内しているように、現れては消える。
 その影を追いかけ、廊下を数度曲がり、そして辿り着いた先に――。
 さらなる地下へと通じる、下りの階段があった。
「……灼熱地獄跡って、地霊殿の地下にあるのよね。っていうことは……」
「この階段の下が灼熱地獄……?」
 私たちは、その暗がりを覗きこみ、顔を見合わせる。
「蓮子」
「そりゃまあ、ここまで来たら行くしかないでしょ」
「さとりさんの許可取ってないのよ?」
「まあ、バレたらそのときはそのときよ。こいしちゃんを探してたらたまたま階段を見つけたわけなんだから、不可抗力」
 階段を見つけたのはともかく、下りるのは明らかに故意だと思うが。
 しかし、止めたところで止まる相棒ではない。私は息を吐いて、相棒のコートを掴んだ。
「一蓮托生よ、蓮子」
「メリーも度胸がついてきたじゃない。さあ、地獄の深奥へいざ行かん!」
 かくして、私たちはその階段を下り始めた――。




―20―


 暑い。っていうか熱い。
 炎である。階段を下りる最中から異様な熱気が吹き付けてきていたが、下りきってみると、目の前に広がったのは文字通りの火の海だ。岩盤が剥き出しになった洞窟の中に、何が燃えているのか、巨大な火柱が噴き上がっている。まだ炎がたぎる空間からは多少の距離があるが、地の底で唸りをあげる炎の熱気に、近付くだけで肺が焼けてしまいそうで、とてもではないが生きた心地がしない。そもそも灼熱地獄なのだから当たり前である。
「ドラクエ5の死の火山ってこんな感じだったのかしらね」
「ねえ蓮子、密教僧がテレビの取材のために護摩業するところから始まる話、なんだっけ」
「中島らもの『ガダラの豚』?」
「護摩業なんてやったことないけど、今そんな気分だわ」
「その昔、プロ野球選手がオフシーズンに精神修行としてやってたそうよ」
「そこまでして精神鍛えたくないわ。っていうか戻るわよ、こんなところ人間のいる場所じゃないわ、どう考えたって」
「さすがに、私も焼け死ぬのは嫌ねえ」
 無理無茶無謀の権化である宇佐見蓮子をして怯ませる炎である。というか相棒が無茶をして突き進んでいけるのは話の通じる相手だけであって、こういう問答無用に暴力的な危険の前では私たちは所詮はただの人間なのだ。
「ううん、この先に例の地霊の件の主犯が居そうな気配なのに。せめて早苗ちゃんがいれば何とかなったかも……」
「いいから逃げるわよ! 帽子もコートも焼けるから!」
 名残惜しそうな相棒のコートの裾を引っ張って、私は下りてきた階段の方へ下がる。
 ――と、そこへ、一声大きく、猫の鳴き声が響いた。
 それとともに、炎の中からこちらへと飛びかかってくる黒い影がひとつ。私たちの目の前に降り立ったのは、一匹の大きな黒猫だった。にゃーん、と一声鳴いたその黒猫は、次の瞬間、炎をバックに眩く輝いて――、
「じゃじゃーん!」
 そこに現れたのは、猫車を携えた猫耳の少女だった。
 赤毛を三つ編みに結んだ髪の上に、黒い猫耳が揺れている。深緑のワンピースを照らすように、その身体の周囲を飛び回っているのは、禍々しい気配の幽霊だ。橙ちゃんと同じ化け猫だろうか。そして、あの幽霊はまさか……。
「意外と早かったねえ、地上の人間のお姉さんたち。こんなところまでやってくるなんて、その実力、あたいが試して――って、んん?」
 愉しげな笑みを浮かべてそう言いかけた猫耳の少女は、不意に訝しげに目を細め、ふんふんと鼻を鳴らしながら、私たちをじろじろと眺め回す。
「……なんかおかしいなあ。全然強そうに見えないんだけど」
「あはは、戦闘力のない普通の人間ですわ」
「はあ? なんでそんな人間がこんな灼熱地獄まで――さとり様に会わなかったの?」
 両手を挙げた蓮子に、猫耳の少女は素っ頓狂な声をあげる。
「ああ、貴方もこのお屋敷のペット?」
「そうさ。あたいは火焔猫のお燐。だからお姉さんたちは何者なのさ」
「地上の探偵ですわ。私は宇佐見蓮子、こっちは相棒のメリー。間欠泉から噴き出してきた地霊について調べに地底にやって来て、今はこのお屋敷でご主人様の妹さんを探しているの」
「は? こいし様を? どういうこと?」
「いや、そのへんは話すと長くなるんだけど……とりあえず場所変えない? 熱いし」
 かいた汗もすぐ乾きそうな熱気の中である。蓮子の提案に、猫耳の少女は訝しげに目を細め、
「……地霊について調べに来たって言ったね?」
「え? ええ。何か知ってる?」
「それで今は、さとり様に頼まれてこいし様を探してる。ってことは、あたいがここでお姉さんたちを解放したら、お姉さんたちはさとり様のところへ戻るわけだね?」
「そりゃまあ、依頼主に報告はしないと」
「――となると、生きて帰すわけにはいかないねえ」
 少女の目が、剣呑な光を帯びた。ひっ、と私は蓮子にしがみつく。蓮子もたじろいだようにたたらを踏んだ。
「大丈夫、お姉さんたちの死体はあたいが丁重に運んで灼熱地獄へくべてあげるから、安心してお逝きよ」
「いやそれ全然大丈夫じゃないんだけど」
「問答無用。こんなところに迷い込んだのが運の尽きだと思いねえ!」
 牙と爪をむき出して、少女は妖怪の笑みを浮かべて蓮子に詰め寄った。蓮子が食われる――私は思わずぎゅっと目を瞑り、
「――ははあ、何かご主人様に知られたくない計画を進めてるわけね?」
 蓮子のその言葉に、その喉元に噛みつこうとした猫耳の少女がぴたりと動きを止めた。
「私たちがこのまま戻ったら、私たちの心が読まれて、ご主人様に自分の動向が知られかねない。貴方はそれを恐れてるわけね。それにさっき、『意外と早かったねえ、地上の人間のお姉さんたち』って言ってたことを考え合わせれば――そうか、間欠泉から噴き出してきた地霊は、貴方が地上へ出したSOSだった。違う?」
「――――」
 唖然とした顔で、少女は蓮子の顔を見上げる。蓮子はにっと猫のような笑みを浮かべて、「どうやら図星みたいね」と少女を見つめ返した。
「貴方は封印された地霊を地上に送り出して、地底で何か異変が起きていると地上に察知させ、地上から実力者が調査に来るように仕向けた。ただしそれは、ご主人様に無断で行った計画なので、貴方はそれをご主人様に知られるのを恐れている。――さて、それじゃあ貴方はどうしてそんなことをしたのかしら。貴方自身の問題じゃないわよね? 貴方が私たちの実力を試そうとしていた……ってことは、貴方は地上から実力者を呼んで、誰かを力尽くで止めて欲しかったのかしら? ご主人様に知られる前に」
「――――」
「貴方が自分では止められない、そしてご主人様には知られたくない、誰か――同じペットのお友達かしら? その子が何かいけないことを企んでいて、その子の企みがご主人様に露見する前に誰かに止めてほしい。自分より強い実力者に。……地底の妖怪に頼まなかったのは、そうか、地底の妖怪に事情を説明してからここに呼ぶと、ご主人様に露見する可能性が高いからね。だから何も知らない地上の人間か妖怪に、地霊の調査という形で地霊殿を訪れ、そこで地霊噴出の原因として貴方のお友達を発見して退治してもらい、悪だくみを諦めさせたかった。そういうことじゃないの? 火焔猫のお燐ちゃん」
 蓮子の長広舌を、呆然と聞いていた猫耳の少女は、数歩あとずさり、
「……お姉さん、何者?」
 その問いに、蓮子は帽子の庇を持ち上げて答える。いたずらっぽい笑みとともに。
「ただの、名探偵ですわ」




―21―


 灼熱地獄を脱出し、地霊殿一階へと戻ってきた私たちは、お燐さんとともに廊下の隅の一室にいた。「あそこから出てきて、ご主人様に見つからないの?」と蓮子の問いには、お燐さんは「さとり様の視界に入らなきゃ大丈夫」と答える。どうやら、あのサードアイとやらで視認できる範囲にいなければ、さとりさんの心を読む能力は効果を発揮しないらしい。
「…………」
 じろりと私たち(主に蓮子)を睨んで、お燐さんは口を尖らせる。
「あたいの計画は、あたい以外の誰も知らないはず……お姉さん、なんでそれを知ってたの。人間にしか見えないけど、まさかさとり様と同じサトリ妖怪?」
「知ってたわけでも、心を読んだわけでもないわ。お燐ちゃんの言葉と仕草から推理しただけ」
「推理ぃ?」
「推理とは、人間を人間たらしめる最も根源的な知的活動よ。人は誰しも他者に対して推理を働かせている。人間はそれを共感とか他者理解と呼び、それによって円滑なコミュニケーションを成立させる。そう、人間社会は推理で繋がっているの」
「……蓮子、それ誰の台詞?」
「名探偵宇佐見蓮子さんのオリジナルですわ」
 誰の引用だったかとミステリ好きとしての脳を絞って損をした。最大の謎は人の心、という陳腐な紋切り型を言い換えただけではないだろうか、とは思わないでもない。
「いや、そもそもあたいは妖怪だっての」
「幻想郷で暮らしてると、意外と人間と妖怪のメンタリティって近いんだと解るわ。人間の畏れが産み出した存在だからかしら?」
「…………」
 納得しがたい、という顔でお燐さんは腕を組む。まあ、あんな些細な言葉の端からあれだけの長広舌の推論を並べられたら、仮に当たっていたとしても釈然としない気分になるのは解らないでもない。
「それでお燐ちゃん、私の推理は概ね当たっていたと考えていいのかしら?」
「…………」
「じゃあ、そのつもりで話を進めるけれど。残念ながら私たちは、貴方のお友達を物理的に止められるような戦闘力は持ってないわ。ご覧の通り、私たちの武器は頭脳。貴方のお友達の件も、相談してもらえれば何か妙案を思いつくかもしれないわ。この《秘封探偵事務所》に依頼をいただければ、尽力するに吝かでないわよ」
「探偵事務所ぉ?」
「地上の人間の里で営業中。世界を面白くする依頼を随時受け付けておりますわ」
 蓮子の営業スマイルに、お燐さんは頭を掻いて「なんでこんなワケのわからない人間が来るんだよぉ」と呻いた。
「ねえ、何があったのか、説明してもらえない? 力になれると思うわ」
「――――」
 身を乗り出す蓮子に、お燐さんは苦虫を噛み潰したような顔をして、
「……おくうって言うんだよ。あたいの友達の、地獄鴉」
 何か諦めたように、そう口を開いた。
「地獄鴉ってのは、この灼熱地獄に落とされた亡者の屍肉をついばむカラスさ。あたいとおくうは元からこの灼熱地獄に住んでてさ、地獄が移転する前からの友達なんだ。この屋敷ができて、さとり様とこいし様が暮らし始めてからは、そのペットになって、あたいは封印された怨霊の管理、おくうは灼熱地獄の火力調整を仕事にして、のんびり暮らしてたんだ。それが――あの神様が現れてから、何もかもおかしくなったんだ」
「神様?」
「そう、地上の山の神様だよ。そいつがいきなりこの地底、灼熱地獄の近くに穴を掘ってやって来て――おくうに、とんでもないもんを食べさせたんだ」
 山の神様って、何か非常に心当たりがある気がするのだが――。
「とんでもないものって?」
「八咫烏だよ。あの神様は、おくうに八咫烏の力――神の火を司る力を授けたんだ。ただの地獄鴉だったおくうの身には不釣り合いなぐらいの強大な力だよ」
「ははあ……八咫烏は天照大神の使い、太陽の化身だものね」
 地底の太陽か。まるで地球空洞説である、
「ということは、そのおくうちゃんは八咫烏の力で、何か悪巧みを考え始めたわけ?」
「ああ、そうさ。あいつ、地上を焼き尽くして新しい灼熱地獄を作ろう、なんて言いだしたんだよ! 地獄が移転してから、灼熱地獄もめっきり寂しくなっちまったねって、よく喋ってたけどさあ……だからって、地上を焼き尽くそうなんて無茶苦茶じゃないか。でも、おくうは本当にそんなことをやりかねないぐらいに調子に乗っちゃってるんだよ。八咫烏の力を持て余して、増長しきっちゃってるんだ。実際、あたいじゃ今のおくうには勝てっこない――」
 ぎゅっと拳を握りしめて、お燐さんは声を震わせる。
「でも、ずっと灼熱地獄にいるおくうと違って、あたいは旧都にもよく出向くから知ってるんだ。今のおくうは確かに強い。でも、地上相手にひとりで戦争仕掛けられるほどじゃない。いや、旧都相手にだって無理さ。鬼が本気を出したらおくうだってひとたまりもない。でも、おくうはバカだから、そんなことわかっちゃいない。八咫烏の力を手に入れた自分が最強だって無邪気に信じて、本気で地上に攻め込もうって考えてる。――そんなことがさとり様に知られたら、どうなると思う?」
「……なるほど、それは確かに鬼が止めに入るでしょうね」
「そうさ。それもただおくうを止めるだけじゃない。さとり様はたぶん、自分と地底に迷惑を掛けたおくうを処分しちゃう。おくうのやろうとしてることは、今の地底社会そのものへの反逆なんだ。処分されたって文句は言えない――でも、あたいはそんなのは嫌だ!」
 どん、と拳で床を叩いて、お燐さんは叫んだ。
「おくうはあたいの友達だ! ずっとずっと、あの灼熱地獄で一緒にやってきた親友なんだ。今はあの神様のせいで調子に乗ってバカなこと考えてるけど、本当は無邪気で明るくて、世話も焼けるけど、あたいと違って純粋でいいやつなんだ……。だから、誰かおくうを止めてほしいんだ。今の増長したおくうを懲らしめて、地上侵略なんて無理だって解らせてやってくれる、強い奴が必要なんだよ。だからあたいは、そのために――」
「……おくうちゃんの力の強化で発生した間欠泉から、封印されていた地霊を逃がして、地上にSOSを送ったわけね」
 蓮子の言葉に、顔を伏せたまま、お燐さんはこくりと頷く。
「なるほど、事情は理解したわ。……なるほど、発電に成功したってそういうこと」
 お燐さんの肩を叩き、それから立ち上がって、相棒は帽子の庇を弄りながら顔を上げた。
「お燐ちゃん。私たちは、直接そのおくうちゃんを止めることはできないと思うけど、別の方向から事態解決へのアプローチができると思うわ」
「……別の方向?」
 お燐さんが顔を上げる。蓮子はその顔を見下ろして、にっと笑った。
「お燐ちゃん。――おくうちゃんに八咫烏の力を授けた神様って、どんな神様だった?」
 その問いに、お燐さんは訝しげに目を細めて答えた。
「……でかい注連縄を背負った神様だったよ」
 ああ、と私は顔を覆い、蓮子も「だと思ったわ」とため息をついた。案の定である。
「山の神様って聞いた時点で怪しいとは思ってたけど――」
「お姉さんたち……まさか、あの神様の」
「申し訳ないことに、たいへんよく存じ上げておりますわ」

 そう、この異変の直接の主犯がお燐さんだとすれば、その背後の黒幕……というか、異変の直接の原因を作ったのは、私たちのよく知る、あの山の神様。
 守矢神社の祭神、八坂神奈子さんに、間違いなかったのである。

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この小説へのコメント

  1. 霊夢と魔理沙はどのタイミングで登場するんだろうか?
    来週が楽しみである。

  2. ホント、懐かしいなぁ。
    地霊殿のSTGの時何度お燐のにゃーんや、お空のcautionのSEは何回聞いたかわからない。今では懐かしいと思えるけど、当時はトラウマだったなぁ。
    それに『また守矢か』と言われていたのは確かこの当時だったような気がする。
    いやぁ、懐かしいなぁ。
    あと、やはりこいしのやり取りは深秘録編への布石なのだろうけど、こいしただのサーバルちゃんになってないか?

  3. サトリ姉妹の能力の解釈、秘封倶楽部二人のそれぞれが自分の分野で理解できるように仮に定義して行く様子が見てて面白い
    次回が楽しみです

  4. 秘封倶楽部による意識と無意識の定義、とても面白かったです。お燐の友達想いにも感服しました。
    次回も楽しみにしております。

  5. おくうと平仮名で呼んでいるのは何か意味があるのでしょうか?
    来週も楽しみにしてます。

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