東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第8章 地霊殿編   地霊殿編 第6話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第8章 地霊殿編

公開日:2017年10月14日 / 最終更新日:2017年10月14日

―16―


「貴方は……?」
 私の問いには答えず、少女は私を見上げて、不思議そうに目をしばたたかせた。
 見た目は人間でいえば、九歳か十歳ぐらいか。蓮子のような黒い帽子を被り、何か紫の紐のようなものが身体の周囲に浮いている。
 その少女は、何もかもが薄かった。色素の薄い髪と肌、表情の読めない顔、何より、存在感があまりにも希薄だった。目の前に立っているのに、ふっと見失いそうになるほどに。幽霊の方がまだ存在感がある。早苗さんなら「絶の達人ですか?」とか言い出しそうだ。幻想郷の様々な不思議が念能力で説明されてしまったら相棒の立つ瀬がない。
「人間? 私に気付く人間が地底にいたんなんて知らなかった。おもしろーい」
 目を細め、少女は笑った。無邪気な笑み。けれどそこに、底知れない虚無が透けて見えて、私は小さく息を飲む。――初めて会ったときのフランドール嬢が向けた視線を思い出した。こちらに向けて笑いかけているのに、彼女はこちらを路傍の石ころ程度にすら見ていないかのような――そんな空虚。
「ねえ、退屈してたの。遊ばない?」
 空虚な瞳のまま、少女は私を誘うように手招きする。この少女は何者だろう。私はその手招きに導かれるように、少女へ一歩を踏みだし、
 少女は、突然ひょいっと私を避けるように右へターンした。思わず視線で追いかけると、少女は目をしばたたかせて、今度は左へターン。鬼ごっこでもしているつもりなのかと思っていると、少女は「ホントに見えてるんだ。すごいすごい」とぱちぱち手を叩く。
「ねえ、貴方はだあれ? いつから地底にいるの?」
「わ、私は――」
 そう、少女の問いに私が名乗ろうとした瞬間、
「おーい、メリー! もう、どうしたの急に――」
 背後から蓮子の声が響いてきて、私の意識がそちらに逸れる。私のところへ駆け寄ってきた蓮子は、「急に走り出して、どうしたのよ」と息を弾ませて尋ねる。
「いえ、この子が――」
 と、私が少女の方を振り向くと、既に少女の姿はそこになかった。
「あ、あれ? さっきまでここにいたのに……」
「誰が?」
「小さい女の子よ。なんだかひどく存在感が希薄な……」
「女の子? そんなの見えなかったけど……」
 またか。どうもさっきから、私と蓮子の間で視覚情報に大きな齟齬が生じている。まさかヤマメさんの言っていた、正体不明の妖怪というのがあの子だったのか?
「なんだいなんだい、勝手に走り出すんじゃないよ」
 と、キスメさんを抱えたヤマメさんも私たちを追いかけてその場に現れた。
「あ、ヤマメさん。あの、女の子を見ませんでした?」
「女の子?」
「ええと、蓮子みたいな帽子を被って、紫の紐みたいなものをまとわりつかせていて……」
 改めて少女のことを説明しようとしても、巧く言葉にならない。少女の姿を思い出そうとしても、なんだか焦点がぼやけて、黒い帽子と紫の紐ぐらいしか脳裏に思い描くことができない。これじゃまるで、ウィリアム・アイリッシュの『幻の女』である。ファントム・レディならぬファントム・ガールか。
「ええ? そりゃあたぶん……地霊殿の子だけど」
「地霊殿の? じゃあ、あれが例のサトリ妖怪さん……?」
「いや、私もよく知らないんだけどね。地霊殿には古明地さとりの他に、もうひとり住人がいるらしいのよ。ホントにいるんだかいないんだかもよくわからないんだけど」
「何ですかそれ」
 呆れ顔の蓮子に、「そうとしか説明のしようがないのよ」とヤマメさんは桶の中のキスメさんを見下ろす。キスメさんもこくこくと頷いた。
「勇儀さんとかから話を聞く限り、いるのは確からしいし、実際それらしい子を旧都で見た、話しかけられた、って奴もけっこういるんだけど……いたと思ったら次の瞬間にはいなくなってる、みたいな感じで、つかみどころがないのよ」
「さっき言ってた正体不明の妖怪のいたずらなんじゃ?」
「いや、それとはたぶん別。例のアイツはあの船の近くが根城で旧都にはほとんど顔出さないけど、古明地んとこのもうひとりの子は、わりと頻繁に旧都をうろうろしてるらしいし。私も、言われてみればそんな子を見たことがある気がする、ぐらいしか言えないんだけど」
「なんだかよくわからない話ね。その子がメリーには見えたわけ?」
「うん……たぶん。あの子も『私が見えるの?』って不思議そうにしてたから……」
「幽霊か透明人間みたいな台詞ね、それ」
「単なる幽霊なら幻想郷では普通に見えるじゃない。透明人間って感じでもなかったわね。どっちかっていうとそう……影が薄いっていうか、うん、やっぱり絶の達人って言うのが一番しっくりくるわ」
「念能力者? そりゃまあ、魔理沙ちゃんは放出系とか早苗ちゃんは操作系とか、念能力だって考えるのはネタとしては面白いけど。じゃあメリーの結界探知機な目は天然ものの凝の達人? それとも特質系の念能力者かしら?」
 何の話かというと、守矢神社で読んだ漫画『HUNTER×HUNTER』の話である。わからない人は里で早苗さんに聞いてみると良い。守矢神社で読ませてもらえるだろう。キメラアント編の途中までだけれど。
「なんにしても気になるわね、その子。私もお目にかかれないものかしら」
「なんだっていいじゃないか。ともかく、旧都に戻るよ」
 ヤマメさんが私たちの会話を打ち切るように言い、私は息を吐いて前に向き直る。
 ――と、旧都へ通じるトンネルの中に、ちらりとあの子の姿が見えた。
「あっ、あそこ!」
「え、どこどこ?」
 私が声をあげて指さした瞬間には、少女の姿は地底の闇の中に消えている。おそらく旧都の方へ向かったのだろう。「ほら、こっち」と私は少女の姿を追いかけて歩き出す。「あ、ちょっとメリー」と蓮子も私を追いかけてきた。
「ねえ、どこ?」
「さっき、このへんに見えたんだけど……あ、いた!」
「えっ? どこ、見えないわよ」
「いたのよ、そこの岩の陰に」
 確かにちらりとその存在が視界の端に引っ掛かるのだが、蓮子が反応するたびに私の視界からも少女はするりと消えてしまう。いるんだかいないんだか、つかみどころがないというのはこういうことか。
「ああまだるっこしい。メリー、私の目に触れてよ」
 蓮子が顔を寄せてくる。一応改めて説明しておくと、私が蓮子の目に(正確には眼球そのものではなく瞼もしくは目元に)触れることで、私の境界視を蓮子と共有することができるのである。本当に私と蓮子が同じものを視ているのかは、相対性精神学的には主観の相互不可侵性によって不確定だが……。
「この暗くて足場の悪い中で、蓮子の目元に触れながら歩くのはちょっと……」
「えー。じゃあメリー、おんぶするからその手で私に目隠しして!」
「なにその体勢、恥ずかしいじゃない――って、あそこ!」
 またちらりと少女の姿が視界を掠め、私は指さすが、蓮子が振り向いた瞬間にはその姿は消えてしまっている。ただ、少女が旧都に向かっているのは間違いないようだ。
「……ひょっとして、私たちをどこかへ案内しようとしてるのかしら?」
 私がそう呟くと、蓮子は「案内って?」と首を傾げる。
「そりゃあ……彼女のお家じゃない?」
「お家って、地霊殿?」
 私たちは顔を見合わせる。
「よし、その絶の達人の女の子を追うのよ! メリー、ゴー!」
「犬みたいに言わない!」
 とは言いつつも、視界の隅にちらちらと現れる少女の影を追いかけて地底を行く私と、その後をついてくる蓮子の姿は、実際匂いを辿る犬とそのリードを持った飼い主めいていた。
「うおーい、地霊殿なら私が案内するってばさ」
 後ろでヤマメさんがそんなことを言っていた気がするが、相棒の耳には聞こえちゃいない。見えそうで見えない少女(変な意味ではない)の追跡に夢中になる私たちには、後ろでヤマメさんとキスメさんが顔を見合わせ呆れていたことも意識の埒外なのだった。




―17―


 旧都の雑踏の中に、少女の影がちらりちらりと現れては消える。
 それを追いかける私と蓮子に、すれ違う妖怪たちが「なんだなんだ人間?」という視線を向けてくる。後からついてくるヤマメさんが「あーあー、この子たち勇儀さんのお気に入りだから手を出すんじゃないよ!」と脅しをかけると、海が割れるようにざざっと妖怪たちが道を空けた。旧都で星熊勇儀さんの名前の威力は思った以上に絶大であるらしい。
「メリー、例の子はどこ?」
「えっと……あっ、あそこ!」
 屋根の上にちらりと見えた少女の影を追って、私たちは細い路地に入る。薄暗い路地を抜けると、不意に視界が開けて、私たちは足を止めた。
「ここは……」
 そこに佇んでいたのは、旧都の街並みからは浮き上がって見える洋館だった。壁の色は暗く、窓にはめ込まれたステンドグラスから、妖しげな光が漏れだしている。紅魔館ほど派手派手しい外観ではないにせよ、人間の里と同様に江戸時代風の街並みである旧都の中で、この館は明らかに異質だった。
「ひょっとして、ここが?」
「そうよ。ここが件の地霊殿。この地下が旧灼熱地獄ね」
 蓮子の呟きに、後ろから追いついてきたヤマメさんが答える。どうやら本当に、あの少女は私たちをここへ案内してきたらしい。そういえば、心なしか他に比べて暖かいような。
「イギーに案内されてDIOの館にやってきたって感じね」
「中で執事とゲーム対決するの? そういえばダービー弟は心を読むスタンドだったし、ペットを飼ってるって話だったからペット・ショップもいるかもしれないけど」
「敗北を認めるんじゃあない! 早苗ちゃん!」
「早苗さんはいないってば」
「何の話をしてるんだい。……で、あんたたち、ホントに行くの?」
 呆れ顔でヤマメさんがそう問うてくる。蓮子は振り返って笑いかけ、
「ご心配でしたらヤマメさんに着いてきていただけるとこちらも安心ですけど」
「いやあ……私は遠慮しとくわ。私もあいつ苦手なのよ。ねえキスメ」
 抱えた桶の中で、キスメさんもこくこくと頷いている。心を読まれるというのは、現実にいればやはりそこまで敬遠されるものか。
「そういえばメリー、相対性精神学的には心を読むっていうのは主観の相互不可侵っていう大前提を覆す重大な問題じゃないの? 主観に対する侵犯にあたるんじゃない?」
「それは、心を読むっていうのがどういう概念を指すのかによりけりね。たとえばダービー弟だったらウミガメのスープ的な質問に答えてくれるだけだし、幽遊白書の室田みたいに考えていることが声になって聞こえるってだけじゃ、主観を侵犯したとは言いにくいわね。たとえば私が今、蓮子が考えていることを完璧に言い立てたとして、それを証明できるのは私じゃなくて蓮子だけでしょう? 心を読めるとしても、読んだ心が本当に正しいのかどうかは読まれた本人にしか解らないんじゃ、結局主観の相互不可侵は揺らがないわ。せいぜい、他人が哲学的ゾンビでないことを主観的に確認できる程度かしら?」
「面倒臭いわねえ。いいわ、とにかく実地検証よ!」
「ちょっと蓮子、なんか目的変わってない? っていうか、ヤマメさん抜きで中に入る気?」
「だって、せっかくその見えない女の子が案内してくれたわけじゃない。いざとなれば勇儀さんの名前を出せば大丈夫でしょ。当初の目的だって忘れてないわよ」
「まーたそうやって虎の威を借るんだから……」
「そうよ私はメリーの好きな狐。モフモフしていいわよ?」
「蓮子のどこがモフモフしてるのよ」
「なんか微妙に傷つく言い方ねえ。まあいいわ。とにかく突撃となりの地霊殿!」
「あっ、ちょっと蓮子――」
 のしのしと洋館へ向かって突き進む蓮子を、私は慌てて追いかけた。

 重々しい扉にしつらえられたノッカーを、蓮子が鳴らす。
「返事がないわね。ただのしかばねのようだわ」
「それ、数分後の私たちの運命じゃないの?」
「すみませーん、どなたかいらっしゃいませんかー」
 扉越しに蓮子が声を掛けるが、やはり返事はない。門番がいて、中に入ればメイドさんが出迎えてくれる紅魔館は至れり尽くせりだなあと思う。
 蓮子が取っ手に手を掛け引いてみると、重々しい音をたてて扉が開いた。
「開いてるわね。ようし、レッツ不法侵入。タンスを調べて小さなメダルを探すわよ」
「地底に家宅侵入罪があるかどうかは知らないけど、少なくとも泥棒って概念はあると思うわ」
「あらメリー、侵入自体は止めないなんて、珍しく乗り気じゃない」
「止めても無駄なら蓮子のそばにいた方が安全だっていう学習の結果よ。とりあえず今までそれで生き延びてきたんだから」
「メリーなりの生存戦略ってわけ? まあ、今まで通りどんと聖輦船に乗ったつもりで構えて結構よ。この宇佐見蓮子さんに任せなさい」
「それこのまま地底に埋められるってことじゃないの?」
 さて、心が読めるというこの館の主相手に、我が相棒の口先八丁は通じるのやら。
 ともかく、開いた扉の隙間から私たちは館の中に足を踏み入れる。私たちの背後で扉が重い音を立てて閉ざされ、ステンドグラスから差し込む光の中を私たちは歩き出した。
 中は薄暗く、暖かかった。やたら広い廊下の、赤と黒のタイル地の床に、ステンドグラスの模様が映し出されている。木のベンチでも並べられていれば、古い教会にも見えるだろう。
「メリー、ほら床触ってみて、あったかいわよ。廊下まで床暖房完備だわ」
 しゃがみこんで床に手を突いた蓮子がそんなことを言う。この暖かさは、やはり地下にあるという灼熱地獄の熱によるものなのだろう。冬の今はいいが、夏は大変そうだ。
「というかここ廊下なの? 広すぎない?」
「紅魔館も白玉楼も広かったけど、この地霊殿も大概ねえ。庶民には騒霊楽団の廃洋館ぐらいがちょうどいいわ。セレブなメリーはやっぱりこんな広いお屋敷がお好き?」
「掃除が大変そうだから狭い方がいいわ」
 ふたりぶんの足音が甲高く響く中、私たちは広い廊下をとりあえずまっすぐ進む。私たちをここまで導いたあの女の子の姿は見えない。あの子が私たちをここまで連れてきたのなら、このあたりでまた接触があっても良さそうなものだが――。
 というか、どうしてあの子は私たちをここへ導いたのだろう。いや、導かれたというのは私たちの勝手な解釈で、彼女はただ家に帰っただけなのかもしれない。
 いずれにしても、せめてこの屋敷の住人にご挨拶をしたいところである。現状では本当に私たちはただの不法侵入者だ。ツボを割って怒られない勇者とは違うのである。
「すみませーん、どなたかいらっしゃいませんかー」
 蓮子がまた声を張り上げる。――と、それに反応するように、どこかから、ざざざ、と何かが蠢くような気配がした。そして、
 ばさばさばさ――と、私たちの頭上を黒い影が飛ぶ。
「……カラス?」
 一羽のカラスが廊下の天井近くを飛んでいる。黒い羽が散って、私たちの近くに舞い落ちてきた。まさかカラスもペットなのだろうか。カラスは天井近くの窓の縁に止まり、カア、と一声鳴いた。
 そして、それに応えるように、次の瞬間――ざざざ、と先ほどの気配がまた私たちの周囲で蠢き、薄暗い中に無数の影が現れる。私と蓮子は思わず身を竦めて肩を寄せた。
 私たちを取り囲んだのは、無数の黒猫だった。何十匹いるのだろう。尻尾を逆立たせて、警戒心も露わに低いうなり声をあげる。それが合奏となって、地響きのように私たちを包んだ。どうするのよ、と小声で囁いて、私は蓮子のコートの袖を引く。
「参ったわねえ。猫じゃあ言葉も通じないわ。いや、妖怪猫なら通じるかしら? あのー、すみません。こちらのお屋敷のご主人様にお目通り願いたいのですが」
 蓮子が黒猫たちにそう呼びかけてみるが、返ってきたのは相変わらず低いうなり声と警戒心に満ちた赤い瞳。言葉が通じているのかいないのか、いずれにしても歓迎されていないことは確かなようである。昔の社会派ミステリで、孤独死した老女が飼っていた猫に食い散らかされて骨だけになった状態で発見されるというエピソードを読んだ記憶があるが、こんな場面で思い出したくはなかった。
「マタタビでも貰ってくればよかったわね。せめて猫じゃらし」
「そういうレベルの話じゃないでしょ――」
 黒猫たちは今にも飛びかかってきそうである。私はぎゅっと蓮子にしがみつき、
 次の瞬間、ぱんぱんと手を叩く音がして、猫たちのうなり声が瞬時に止んだ。
「――みんな落ち着きなさい。害のない客人のようだから」
 低く落ち着いた、しかしどこかに幼さを残したような声がした。それとともに、廊下の奥の暗がりから、静かな足音とともに、ひとつの小さな影が姿を現す。
 色白の顔が、闇の中に浮かんで見える。幼い少女だった。どこかスモックめいた水色の服が、その幼さを強調しているようでもある。しかし、それより何より特徴的なのが――。
 眼だ。少女の顔についている眼ではない。その左胸に、ぎょろりと瞳を開けている赤い球体。ただの悪趣味な飾りかと思ったら、その眼はこれ見よがしに瞬きしてみせる。球体から伸びた紐状のものが、少女の周囲を取り囲んでいるのは、先ほどの帽子の少女と一緒だった。ということは、あの女の子もこんな眼を――?
 その異形の眼が、ぎょろりと私の方を見やる。私は慌てて蓮子の背後に隠れた。少女は顔についている方の眼を眠そうに細めたまま、蓮子と私とを見つめる。
「しかし、客人とは珍しい。しかも生きた人間だなんて――」
 少女はそう言いかけて、それから急に何かに気付いたようにその目を見開く。
「……こいしを追いかけてここへ? それじゃあ、こいしが帰って来ているの……?」




―18―


「あの――」
「ああ、申し遅れました。私は古明地さとり、この地霊殿の主です。私のことは、もう鬼や土蜘蛛から聞いていらしたようですね。その通り、私は心を読むサトリの妖怪です。貴方たちの考えていることは、全て私に聞こえていますよ。……室田のタッピング? 右ストレートでぶっ飛ばす? 俺たち七人で墓を掘る? もしかしてオラオラですか? ……意味不明なことを考えて心を読まれるのを妨害しようとしても無駄ですよ、宇佐見蓮子さん。……意味不明じゃなく連想? ははあ、私が本当に心を読めるかどうかの実験でしたか」
 少女――古明地さとりさんは、勝手にひとりでべらべらと喋り続ける。こっちが考えてることを勝手に見抜いてべらべら喋る――と、ヤマメさんが言っていたっけ。
「ええと、」
「それよりも後ろの貴方。……メリーさんですか。貴方、妹に会ったようですね」
「い、妹?」
「古明地こいし。貴方が思い浮かべているその子は、私の妹です。……声が聞こえるだけじゃなく思い浮かべた映像も読み取れるのか、ですか。その通りです。貴方たちの思い浮かべていることは、このサードアイに全て見えています。……別に何を想像しようと勝手ですよ。大抵のことには慣れていますから」
 そう言って、さとりさんは軽く手を叩く。私たちを取り囲んでいた猫たちがそれを合図に散っていき、それを見送ったさとりさんは「こちらへどうぞ」と踵を返して歩き出した。私たちは顔を見合わせ、その後について歩き出す。
「……心を読めるのは本当みたいね。さすがにこの地底で幽遊白書やジョジョが読まれてるとは考えにくいし。まあ、ジョジョは紅魔館にも置いてたけど」
 やはり何の話か解らない人は、守矢神社か紅魔館で聞くと良い。
「そんなことより、会話が成立しないんだけどどうするの? これじゃ蓮子のいつもの口八丁舌先三寸が通じないわよ」
「あら、私の心配よりメリーは自分の心配をすべきじゃない? 彼女が興味があるのはメリーの方みたいよ、どっちかというと」
「……私じゃなくて、私たちをここに連れてきたあの子じゃないの?」
 彼女の妹だという、あの帽子の少女。姉が館の主で、妹が何やら得体の知れない存在というのは、どこか紅魔館のスカーレット姉妹を想起させる。レミリア嬢に比べたら、こちらの主であるさとりさんは落ち着いた立ち居振る舞いに見えるが。
 と、さとりさんが廊下の突き当たりの扉を前に立ち止まった。「こちらです」とその扉を開け、私たちを中へと招き入れる。さて、何が出るやら。躊躇っても仕方ないので、私と蓮子はさとりさんに続いて部屋の中に足を踏み入れる。
 広い部屋だった。廊下と同じ柄のタイルに、やはりステンドグラスの模様が映っている。さとりさんは机の傍に置かれた安楽椅子に腰を下ろし、私たちにはその近くのソファーを勧めた。ソファーに腰を下ろすと、壁際に置かれた本棚が目に入る。この地底にどんな本が流通しているのかは気になるが、薄暗くて背表紙まではよく見えなかった。
「……そこの本が気になるなら後で読んでも構いませんよ。いくつかは私が書いたものですが。ええ、たまに暇潰しに本を書いています。……岸辺露伴って誰ですか?」
 やっぱりこちらの考えが読まれているし、反応しようとする前に返事をされてしまうので会話が成立しない。なるほど、これはやりにくい相手だ。ヤマメさんが苦手だというのも解る。
「……土蜘蛛が私を嫌っていましたか。まあ慣れたものです。ところで、貴方たちは何が目的でここへ? ただ妹を追いかけてきただけというわけではなさそうですが……間欠泉から地霊が地上に? おかしいですね。ここの怨霊はお燐が管理しているはずですが。……うちのペットの火焔猫です。灼熱地獄で怨霊の管理を任せています。……ええ、他にもいろいろな、たくさんのペットを飼っています。動物は心を読まれても私を嫌いませんから。……それにしても、お燐が何かやらかしたのかしら」
 こちらが口を開く間もなく、どんどん話が進んでしまう。展開が早いことを喜ぶべきなのかもしれないが、完全に置いてけぼりである。
「……怨霊について調べたいのですか。しかし、灼熱地獄は人間の立ち入る場所ではありません。迂闊に足を踏み入れたら焼け死にますよ。……疑うなら後で入口まで案内しましょうか。貴方たち、妖怪退治を生業とする類いの人間ではないでしょう? ……やはりそうですか。それなら一瞬で落ちて骨まで灰になります。観光順路なんてありませんから。……ええ、これ以上の議論は無意味です。どうしても疑うなら御自分で確かめてください」
 議論も何も、そちらが一方的に喋っているだけではないか。
「……ああそうだ、こうしましょう。私の頼みを聞いてくれるのでしたら、貴方たちを灼熱地獄へ案内してさしあげます」
「頼み?」
 ようやく口を開くことができた。こちらの疑問は心を読んで理解しているだろうに、さとりさんはもったいをつけるようにひとつ頷いてみせる。
「貴方たちがここに来るまでに追いかけていた、妹のこいしのことです。あの子はいつもふらふらと歩き回って落ち着きがなくて、私もどこにいるのかよくわからないのです。……そこのメリーさん、貴方は妹の姿が見えるようですから、妹を見つけてここに連れてきていただけませんか。ここしばらく妹の顔を見ていないもので」
「は、はあ」
「それにしても、貴方はどうして妹の姿が見えるんでしょう。ただの人間ではないのですか。……はあ、境界視の能力ですか。珍しい能力をお持ちですね。無意識の領域に入り込んだこいしを認識できるのなら、単なる境界視というわけでもなさそうですが……ええ、あの子は他人の無意識を操って、自分の姿を認識できなくさせてしまうのです。厄介なのは、それをあの子は無自覚にやっているということ。あの子は自分から姿を隠しているわけではなく、自分でも無意識に自分の姿を周囲の認識上から消してしまうのです。……透明になっているわけではありません。そうですね、極端に影が薄い、と考えていただいければ近いでしょうか。無意識の領域に入り込んだあの子は、それこそ路傍の小石のような存在なんです。見えていても存在として認知されないのです」
 何かさらっと重要なことが語られている気がするが、何しろ一方的な話なのでなかなか頭に入ってこない。無意識?
「おかげで、あの子の心だけは私にも読めません。ですので私にもあの子は容易に捕まえられないのです。……もし貴方たちがこいしを見つけられるなら、捕まえてきてください。あの子は自分を見つけられる相手がいれば、面白がってつきまとうと思いますから。うっかり殺されないように気を付けた方がいいですけど。地上の人間から見たらあの子も地底の妖怪ですから。……はい、それが灼熱地獄をお見せする条件です」
 そこまで言って、さとりさんはふっと笑みを浮かべた。
「……ご承知いただけるようですね。ありがとうございます」

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この小説へのコメント

  1. 強化系:萃香、勇儀
    放出系:美鈴、魔理沙
    変化系:チルノ、妹紅
    操作系:アリス、幽香
    具現化系:こころ、天子
    特質系:霊夢、紫
    確かに念能力に当て嵌めるの楽しいですね!

  2. 更新お疲れ様です
    色々なマンガのネタが混ざってますね
    早苗さんの影響なのか、もしかして作者の最近のマイブームなのでしょうか?(笑)

  3. 「岸部露伴」の直後に「土蜘蛛が私を嫌っていましたか」の流れのせいで
    「味も見ておこう」とヤマメを舐めるさとりんをイメージしてしまった

  4. サトリ妖怪の会話になんとか言葉を挟もうと、口をパクパクさせる蓮子の姿が浮かんできます…
    蓮子渾身の推理パートも隣にさとりがいたら台無しかな?

  5. 更新お疲れ様です。
    無数の猫に囲まれる様は怖いですね。怯えるメリーが可愛いです。
    さとり様のお喋りには読んでる側としても呆然しました。これは蓮子も敵わないのでは。

  6. 強化系……単純一途
    放出系……短気で大雑把
    変化系……気まぐれで嘘つき
    操作系……理屈屋でマイペース
    特質系……神経質
    具現化系…個人主義者、カリスマ性

    心当たりが多すぎますねぇ

  7. 蓮子がさとりんの心を読む能力にもう順応してるのは、流石としか言いようがない

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