東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第8章 地霊殿編   地霊殿編 第2話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第8章 地霊殿編

公開日:2017年09月09日 / 最終更新日:2017年09月08日

 

―4―


「地霊?」
「なんか出てるぜ、あの間欠泉からお湯と一緒にうようよと」
「参ったわよ。せっかく温泉が作れると思ったのに、これじゃ異変じゃない」
 間欠泉の噴出から数日後。温泉作りは進んでいるのか、寒い中確かめに博麗神社に足を伸ばした私と蓮子を迎えたのは、ふて腐れた顔の霊夢さんと、肩を竦める魔理沙さんだった。
「地霊って、要するに地底に封印されてた霊のこと?」
「まあ、そういうこと。地縛霊みたいなものよ」
「へえ。どれどれ、せっかくだし地霊拝見」
「ちょっと蓮子、危ないわよ。ただの幽霊ならともかく、封印されてた霊でしょ? 何か危なそうじゃない。祟られるわよ」
 いつも通り命知らずな相棒の手を、私は掴んで引き戻す。
「そこんとこどうなの、霊夢ちゃん。危険なの?」
「さあ。地縛霊が変化した程度のものなら、大したことないとは思うけど」
「霊夢の大したことないが、蓮子たちにそのまま通じるかは保証しないぜ」
「どっちにしてもねえ、お湯じゃなく霊がわき出す温泉ってのもねえ」
 賽銭箱の傍らに腰を下ろし、頬杖をついて霊夢さんはため息。「地底に、ねえ」と蓮子は帽子の庇を弄りながら、足元の地面を見下ろした。
「この地底には、かつて地獄だった場所があって、そこには地上で忌み嫌われた妖怪たちが住んでるって、前に聞いたわね。じゃあ地霊はそこから出てるのかしら?」
「ああ、萃香さんが昔住んでたっていう――」
 懐かしや、《三日置きの百鬼夜行》異変のときの話である。あれからしばらく経つが、そういえば結局、相互不可侵条約が結ばれているという地底には行ったことがない。いや、相棒はともかく私は命を賭けてまで行きたいとは思わないけども。
「萃香? あ、まさかあいつの仕業なの? 温泉作らせようと思ったのに現れないと思ったら、地霊なんか萃めて何をやる気よ。退治してやる」
「おん? なんだいなんだい、なんか濡れ衣着せられてない?」
 と、不意に神社の上空に霧が萃まったかと思うと、そんな酔っぱらった声が頭上から降りそそいだ。私たちが顔を上げると、雪の積もった神社の屋根に、当の伊吹萃香さんの姿がある。寒そうな恰好で瓢箪から直接酒を呷りながら、そのまま萃香さんは屋根から飛び降りてきた。
「あら、そっちから来るなんて手間が省けたわね。覚悟はいい?」
「待った待った。霊夢と力比べするのはやぶさかじゃないけどさあ、濡れ衣着せられた結果ってのはやだなあ。私にゃ身に覚えがないよ」
 お祓い棒を取りだして構えた霊夢さんに、萃香さんは心外だという顔で口を尖らせる。
「あら萃香ちゃん、お久しぶり。どこ行ってたの?」
「天界。地上は寒いからさあ。で、地霊が出たって? おっかしいなあ」
「何がおかしいのよ」
「いやあ、地底と地上の行き来は相互不可侵条約で禁じられてるわけだし。地霊や怨霊はちゃんと地底で管理してる連中がいるはずなんだけどなあ」
「萃香ちゃん、自分が地底から出てきた身で《不可侵条約》なんて言ってもあんまり説得力ないと思うんだけど」
「細かいことは気にするんじゃないよ。何にしても、元地底住民としても気になるなあ。とりあえずちょっとその間欠泉とやらの様子見てくるよ」
 ぽん、とまた霧に姿を変え、萃香さんは風に流されるように冬の空に溶けていく。それを見送るともなしに見送り、私たちは顔を見合わせた。
「霊夢ちゃん、どうするの? 異変解決に出る?」
 蓮子の問いに、霊夢さんは腕を組んで唸る。
「うーん、まあそう危なくない霊なら、気にすることもないかしらねえ。今のところ出てきた地霊は大人しそうだし、温泉を間欠泉から少し離れたところまで引けば問題ないか」
 霊夢さんはまだまだ温泉を作る気満々のようである。
「異変、解決しないの?」
「面倒臭い。温泉の邪魔にならないならどうでもいいわ」
 一刀両断である。幻想郷の異変を解決する装置でありながら、自分に実害がない限りはなかなか動かないのが、この博麗霊夢さんであるからして、予想できた態度ではあるが。
「既に邪魔になってる気もするけど。遠くまで温泉引くの大変じゃない?」
「いいのよそのへんは。どうせ工事するのは萃香か天子だし。――あ、萃香に温泉の工事しろって言うの忘れた!」
「そんな人任せな……魔理沙ちゃんはどうするの?」
「あー? 霊夢が動かないんじゃ私も別にいいかな。だいたい、どうやって地底に行くんだよ。萃香みたいに霧になれるなら間欠泉の小さな隙間からでも地底に入れるだろうけど」
 確かにその通りだ。間欠泉から地霊が出ているといっても、人間である霊夢さんや魔理沙さんがその間欠泉から直接地底に潜るのは物理的に無理がある。そのために地面に大穴を開けるというのも本末転倒だろう。
「地底への出入口ってないの?」
「あるだろうけど、場所知らないもん」
「霊夢に同じだぜ」
「大抵のことは放っておけば勝手に解決するのよ。前の花の異変みたいなもんでしょ、どうせ」
「そういや、あのときも幽霊がいっぱいだったな」
 第一二〇季に起きた《六十年周期の大結界異変》は、結界の緩みが生んだ自然現象的な異変で、犯人もいなければ解決の術もなく、いつの間にか自然消滅していた。――その裏にまた別の物語があったりもしたのだが、それは私たちの別の事件簿を参照されたい。
「そういや、蓮子。あの緑のは今日は一緒じゃないのか?」
「早苗ちゃん? いやあ、このところ神社が忙しいらしくて、事務所まであんまり来てくれないのよね。まあ、だからこその非常勤助手なんだけど」
 魔理沙さんに問われ、蓮子は雪を被った妖怪の山を振り仰ぐ。実際、間欠泉が噴き出した日以降、早苗さんと顔を合わせていない。分社から呼びかけた限り、体調を崩して来られないとかそういう話じゃなく、先日小耳に挟んだ発電機構関連で神奈子さんたちが何かやってるらしく、早苗さんもそっちを手伝っているのだそうだ。守矢神社は外の世界の技術を妖怪の山にもたらして、山を豊かにしようと目論んでいる。やり過ぎて妖怪の賢者とかに目を付けられないか、外野から見ているといささか心配だ。
 しかし、現実的に今私がより心配すべきは――隣の相棒の、愉しげな笑みである。
「……蓮子、何考えているか当ててあげましょうか」
「うん? なにメリー、また覚りの妖怪ごっこ?」
「地底への出入口を見つけて、地底に潜入しようって考えてるでしょ」
「全くもうメリーってば、乙女の脳内を覗き見するもんじゃないわよ。えっち」
「はいはい勝手に言ってて。――霊夢さんたちが知らないのをどうやって見つけるのよ」
「そこはそれ、知ってそうな知り合いがいるじゃない。射命丸さんとか」
 ひそひそと私たちが囁きあっていると、魔理沙さんが「何こそこそ密談してんだ?」と半眼でこちらを睨んだ。「いやあ、愛を囁いてただけですわ」と蓮子が阿呆なことを言うので、私はその頬をつねってやる。「いひゃいいひゃい」と蓮子が悲鳴をあげ、霊夢さんと魔理沙さんは呆れ顔を見合わせた。
「あら、生きてたの霊夢」
 と、そこへまた割り込んできたのは別の声。振り返ると、神社の鳥居の方から姿を現したのは紅魔館のメイド長、十六夜咲夜さんである。
「ぶしつけに失礼な奴ね」
「何か神社の近くに幽霊が湧いてるから、てっきり魔理沙ともども死んだのかと思って様子を見に来てみたのだけど。――あら、宇佐見様にハーン様も。ごきげんよう」
「巻き添えで私まで殺すなよ」
 やたらフランクに縁起でもないことを言いつつ、私たちへは瀟洒な従者の微笑みと優雅な一礼を向ける咲夜さん。「あんた相手によって態度違いすぎない?」と睨む霊夢さんに、咲夜さんはしれっと「うちのお嬢様方に狼藉を働いたり蔵書を盗んだりする前科者と、お嬢様や妹様の信を得ておられるお客様へとで態度を変えるのは当然の仕儀ですわ」と返す。まあ、それも世代の近い人間同士、咲夜さんなりの霊夢さんたちへの親愛の情の証なのだろう。
「じゃあ、あの幽霊は……霊夢、誰か殺したのなら紅魔館に新鮮な死体を融通してくれれば多少の報酬は払うわよ。お嬢様のパイ代として」
「殺してもないっての。例の間欠泉から地底の霊が湧き出てるのよ」
「地底の? あら、それはパチュリー様が喜びそうですわね」
「なんで喜ぶんだ?」
「パチュリー様、いつぞやの宴会騒ぎで鬼と遭遇して以来、鬼のいる地底に興味津々のご様子ですから。帰ったらお伝えしておきましょう」
「あいつがこの寒い中神社まで来るか?」
「あんたに持って行かれてる本の取り立てになら来るんじゃない?」
「おっと、そいつは勘弁だな。じゃ、私はこのへんで退散しとくぜ」
 魔理沙さんは箒にまたがると、「じゃーな」と星屑を撒き散らして飛び去っていく。「逃げられたわね」と霊夢さんが言うと、「私は無関係ですわ」と咲夜さんは素っ気ない顔。
「それじゃあ、私も帰るとしますわ。地霊に取り殺されないように気を付けなさいな。取り殺されたら腕によりをかけてお嬢様のおやつにしてあげるから」
「さっさと帰れ」
 邪険な霊夢さんの声に苦笑を返して、咲夜さんは鳥居の方へ踵を返す。と、我が相棒が何かを思い立ったように、その背中を追いかけた。
「咲夜さん、ちょっと私たちを紅魔館まで連れていっていただけません?」
 蓮子の言葉に振り返った咲夜さんは、「それは構いませんが」と小首を傾げる。
「お嬢様も妹様もまだお休みですわよ」
「いえ、私たちも用があるのはパチュリーさんですので」
 蓮子のその言葉に、咲夜さんは不思議そうに目を細めた。




―5―


「それじゃあ、お掴まりください」
 と、私と蓮子が咲夜さんの手を掴んだ次の瞬間には、私たちはもう紅魔館の門の前にいた。門では美鈴さんが壁にもたれて舟を漕いでおり、咲夜さんにナイフを投げつけられて飛び起きると、「お、おかえりなさい咲夜さん――と、おふたりとも、ようこそ」と頭を下げた。
「あ、ど、どうも……」
 ちょっと考えれば、時間を止めている間に咲夜さんが私と蓮子を掴んだまま飛んで紅魔館まで戻ってきたのだ、とわかるが、一瞬で目の前の光景が博麗神社から紅魔館に変わった瞬間には、いわゆるひとつのポルナレフ状態というやつで、私は美鈴さんに頭を下げつつ目をしばたたかせる。全く、物理法則も何もあったものではない。
「あ……ありのまま今起こったことを話すぜ!」
 蓮子は何かポーズを決めて、紅魔館の図書館に置いてある(守矢神社にも置いてあった)やたら濃い絵柄の漫画の台詞を呟いていた。紅魔館の住人はみんなあの外の世界の名作漫画が好きらしいが、しかしパチュリーさんはあの漫画をどこで手に入れてきたのだろう。
 ともかく、私たちは咲夜さんに導かれて館に足を踏み入れる。お嬢様と妹様はまだお休みのようなので、まっすぐ私たちは地下の図書館に向かった。
「あら、いらっしゃい。レミィも妹様もまだ寝てるわよ」
 私たちが近付くと、パチュリーさんは読んでいた本から顔も上げずにそう言った。咲夜さんは「お茶を用意して参ります」と一礼して姿を消す。私たちはパチュリーさんと同じテーブルに就くと、「実は、ひとつパチュリーさんにご相談したいことが」と蓮子が切り出した。パチュリーさんは視線だけで蓮子の方を振り向く。
「それは、私でなければならないことなのかしら?」
「というより、パチュリーさんが一番喜んで協力していただけるかと思いまして」
「魔理沙の盗んでいった本を取り立てに行く相談なら乗らないでもないわ」
「いえいえ。――地底に関するご相談です」
「地底?」
 栞を挟んでぱたんと本を閉じ、パチュリーさんは顔を蓮子に向ける。
「人間がどうして地底なんかに興味を持つのかしら」
「実はですね」
 博麗神社の近くに間欠泉が噴き出したこと、そこから地霊が湧き出ていることを蓮子がかいつまんで説明する。そこへ咲夜さんが紅茶とクッキーを用意して戻ってきて、「私も見ましたわ。神社の近くに怪しげな幽霊がうようよと」と言い添える。パチュリーさんは眉を寄せた。
「地底との間には、相互不可侵条約が結ばれているはずだけれど。まあ、無視して出てきた鬼もいたようだから、一概には言えないにしても……地底に封印された妖怪が勝手に出てくるようなことになれば、幻想郷にとっては困ったことになりそうね」
 お茶を飲んで息を吐くパチュリーさんに、相棒は不思議そうに鼻を鳴らす。
「なんだか妖怪の賢者みたいなこと言ってますね、パチュリーさん」
「八雲紫がどうかしたの?」
「いえ、パチュリーさんが幻想郷のことを心配するというのが少々意外で」
「心外ね。私ぐらい幻想郷の平和を守るために努力している者もいないわよ」
 パチュリーさんのその言葉に、何と返事をしたらいいか解らず、私たちは顔を見合わせた。これを書くのは野暮の極みだろうが、私たちの以前の事件簿を読まれていない方は、この台詞の含意について別の事件簿に詳しく記されているので参照されたい。
「まあ、とりあえずは実地検分かしらね。それから対策を考えることにするわ。ついでに地底のことも調べられるかもしれないし――ああ、そうだ」
 クッキーをかじりながら、パチュリーさんは不意に私たちを見つめた。
「貴方たち、八雲紫にコンタクトは取れる?」
「妖怪の賢者にですか? いや、こちらからは……式神の藍さんになら取れますけど」
「それでもいいわ。八雲紫はどこにいるのか解らないから――必要になるようだったら、式神にでも構わないから、取り次いで貰えないかしら」
「ははあ。それは構いませんが――」
 蓮子も紅茶を一口飲んで、ひとつ愉しげな笑みを浮かべる。
「それでしたらパチュリーさん、我々の相談にも乗っていただけませんか。ギブアンドテイクということで」
「相談? ああ、そういえば貴方たちの相談があるんだったわね。いいわよ、何?」
 半眼でこちらを見つめたパチュリーさんに、蓮子はずいとテーブルの上に身を乗り出すと、いたずらっぽく猫のような笑みを浮かべて、言った。
「――ずばり、地底に行く方法についてです」




―6―


 毎度のことながら、私を放置して勝手に話を進めないでほしいと、相棒に対して思う。
 いや、毎度相棒が勝手に突き進むのに、文句を言いつつも着いていってしまう私自身にも、おそらく多大な問題があるのだろう。閻魔様に、この相棒のブレーキ役になれと説教されたのも今は昔、どうやったらこの相棒にブレーキを掛けられるのかをまず誰か教えてほしい。
 と、口に出さずに文句を脳内で蠢かせても、事態は何も変わらないわけで――。
「ふ、深いわね……」
「ちょっと蓮子、これどうするのよ」
 私たちが見下ろしているのは、大地にぽっかりと開いた、深い深い縦穴だった。文字通りの地の底まで続くような暗い風穴を見下ろしていると、そのまま吸い込まれそうになる。
「パチュリーさん、ここが地底世界に通じているんですか」
「実際に潜ってみたわけじゃないから、確証はないわ。ただの深い穴かもしれないけど、もし行ってみて本当に地底世界に通じていたら、物事がややこしくなるからね」
 なんともおぼつかない話である。ただ少なくとも、パチュリーさんが知っている地底への入口らしき場所はここだけであるしい。なお、それが具体的に幻想郷のどこにあるのかについては、幻想郷の安寧を守るという立場において、この記録においては秘すことにする。潜るのは断じてオススメしない。だいたい飛べなければ落ちたら死ぬ。
「で、どうするの? 潜ってみる?」
「も、潜ると言われても、さすがにこれは人力で下りるのは……厳しいわねえ」
 穴の淵から中を覗きこんで、蓮子はごくりと唾を飲む。私はもう覗きこみたくもない。見てるだけで血の気の引いてくる光景だ。
「おーい、でてこーい」
 蓮子が穴の底に向けて星新一的なことを呼びかけている。「いや、やりたくならない?」と言われても私にどう反応しろというのか。「蓮子の耳はロバの耳」とでも叫べばいいのか。

 時間を少し遡り、紅魔館地下図書館。
『――どうしてそれを私に訊くのかしら』
 蓮子を半眼で睨んで、パチュリーさんはそう言った。相棒は笑顔のまま、『それはもう』とさらに身を乗り出して、パチュリーさんに顔を近づける。ずずい、と目の前に蓮子の顔が迫り、パチュリーさんもさすがにたじろいだように身を引いた。
『パチュリーさんに訊くしかないからですよ。地上と地底が幻想郷の治安維持という観点から隔絶されている現状、阿礼乙女や妖怪の賢者の関係者に訊ねてもまともな答えは期待できませんし、地底にいる鬼を恐れている天狗も同様です。地底に強い関心をもち、かつ地底との相互不可侵条約の成立に関わっておらず、責任をとる必要も、地底の妖怪をとりたてて畏れる必要もない妖怪――という条件を満たすのは、私の知る限りパチュリーさんしかいません。そしてこの図書館の主であり知識の蒐集家たるパチュリーさんならば、地底への道のひとつやふたつ、きっとその所在を把握しているはずです』
『……そもそも、地底への道があるかどうかなんてわからないでしょう。地底の妖怪は封印されているのだから、地底への道などあっても封印されているに決まっているでしょう』
『またまた、抵抗は無駄ですよパチュリーさん。――なぜなら、パチュリーさんご執心の伊吹萃香さんが地上に出てきているからです』
『――――』
『萃香さんが地上に出てきている以上、地上と地底は今でも完全に断絶しているわけではない。何らかの行き来する手段はあるはずです。なに、多少の封印程度ならうちには優秀な結界探知機がいますから、その目で結界のほつれをちょいちょいすればあら不思議』
『ちょっと蓮子!』
『……そういえば、妹様の部屋の結界を破ってくれたわね、いつぞやは』
 勝手なことを言い出す蓮子に私は声をあげるが、パチュリーさんに睨まれて口を噤む。
『ところでパチュリーさん。地底に関心をもったのはやはり、例の宴会騒動がきっかけですか』
『……そうよ』
『となるともう結構前のことですね。それから現在まで地底への関心が継続しているということは、パチュリーさん自身はまだ地底には潜ったことがない。違いますか?』
『――違わないわ。私は幻想郷の治安に人一倍気を使っているんだからね』
『ご立派ですわ。つまり知識欲の権化たるパチュリーさんとしては、地底のことを調べたくてたまらない。けれど地上との相互不可侵条約、それを侵した場合の幻想郷への悪影響を考慮して断念し、悔し涙を流しているのが現状というわけですね?』
『……ちょっと待ちなさい。貴方、まさか』
 目を見開いたパチュリーさんに、蓮子は満面の笑みを浮かべて、その手を掴んだ。
『その件、ぜひ我が探偵事務所にご依頼ください。封じられた地底社会への潜入調査、これぞ世界の秘密を解き明かす我ら《秘封探偵事務所》の専門領域なんですから!』
 唖然とした顔で蓮子を見つめ返したパチュリーさんは、ごほんとひとつ咳払いして、『何を言い出すかと思えば……』と蓮子の手を振り払って紅茶を口にする。
『相互不可侵条約がある以上、こちらから地底にちょっかいを出すわけにはいかないでしょう』
『いえいえ、パチュリーさん。間欠泉から地霊が出てきている以上、先に地上にちょっかいをかけてきたのは地底という理屈が成り立ちます。となれば、地底で何が起きているかの調査隊が地上から派遣されても何もおかしくありません』
『――それはまた、屁理屈ね』
『どうせ屁理屈なら、さらに屁理屈を重ねましょう。地上と地底の相互不可侵条約――それは、妖怪の賢者と地底の妖怪の間に結ばれたもの、と考えていいわけですよね?』
『え? ええまあ、そのはずだけれど』
『ということは、それはあくまで妖怪同士の条約に過ぎないわけですね?』
 今度こそ、パチュリーさんがあんぐりと口を開けた。
『つまり、人間が地底に潜入しても、不可侵条約を破ったことにはならないんです!』

 ――かくして、私たちはここにいるわけである。
「私の知る限り、地底に通じている可能性がありそうなのはここだけよ。博麗神社の間欠泉とやらを掘った方が確実だとは思うけどね。――で、下りてみる?」
「いやあ……早苗ちゃん呼んでくれば良かったわね」
「早苗さんまで巻き込む気? 守矢神社に迷惑かけるわけにはいかないでしょ」
 顔を見合わせる私たちに、「まあ、無理強いはしないわ」とパチュリーさんは呆れ混じりに息を吐いた。む、と蓮子が眉を寄せて立ち上がり、振り返る。
「この秘封探偵事務所、一度受けた依頼はきっちりやりとげますわ。ともかく、まずはこの縦穴を安全に下りる手段を探さないとですが。――何かそんな魔法ありません? ほら、私たちを図書館から館の外に転移させた魔法とか」
「知らない場所に人間を送りこむ魔法はさすがに持ち合わせてないわね。転移魔法は転移先を把握していることが大前提よ。岩に埋まってもいいなら試してあげるけど」
「それは遠慮したいですわ。じゃあ長い梯子を召喚するとか」
「召喚魔法はそんな、何でも取り出せるような便利なものじゃないの」
「となると、底が見えるあたりまででもパチュリーさんに抱えて飛んでもらうしか」
「それが出来たら自分で潜入調査するわ。地上と地底の境界もはっきりしていないんだから」
 全くもって反論の余地がない。「やっぱり早苗ちゃん呼ぶしかないかしらねえ」と頭を掻いた蓮子は、また縦穴を覗きこんで、「落ちたら死ぬわよねえ」と呟いた。そりゃ死ぬだろう。むしろ即死せずに足を折った状態で穴の底に取り残される方が悲惨かもしれないが。
「ロッククライミングの心得はないし、ロープを垂らすにしてもどれだけの深さなのやら」
「だいたい、ロープ伝いに穴を下りるって、そう簡単にできることじゃないでしょ」
「そうよねえ。ああ、私たちも空が飛べたら一発なのに」
「諦めなさいよ、所詮私たちは平凡な人間なんだから」
「メリーに言われてもねえ」
「まあ、底に下りる方法は貴方たちで勝手に考えて頂戴。私にできるのはここまでよ。首尾良く地底に潜入できたら、詳しい報告を期待しているわ」
 パチュリーさんは素っ気なくそう言って踵を返す。「それじゃ、私は博麗神社の検分をしてくるわ」とふわりと浮かび上がって飛び去ろうとし――何かに気付いたように振り返る。
「……そうだ。式神を呼ぶには油揚げが必要なのよね?」
「ええ、そうです」
 八雲藍さんは油揚げが大好きなので、油揚げを用意しておけばこちらからもコンタクトが取れないこともない。油揚げだけ持って行かれることもあるらしいが。トンビか。
「油揚げってどこで買えるのかしら? 咲夜に訊いてくれば良かったわね」
「……里の豆腐屋だと思いますよ」
 知識欲の権化のくせに、妙なところで一般常識が欠けているのは、たぶんに地下の図書館に引きこもっているからなのだろう。

 ともかく、飛び去って行くパチュリーさんを見送り、私たちは改めて縦穴を見やる。
「さて、また別の協力者を求めないといけなくなったわねえ」
「というか、今私たち、藍さんに監視されてないのかしら?」
 もし妖怪の賢者が地底との相互不可侵条約を守ろうとしているなら、さすがにこのあたりで藍さんが私たちを止めに来そうなものだが。
「藍さんもそこまで暇じゃなくて、今までも実はそこまで厳密に監視してなかったんじゃないの? まあ、その方がこっちには都合がいいけど。それより次なる協力者よ。この縦穴の底まで私たちを下ろしてくれそうな人間、あるいは妖怪を探さなきゃ」
「……魔理沙さんとか?」
「ああ、魔理沙ちゃんなら面白がって連れてってくれそうね。あとは……河童の技術力なら私たちをこの底まで下ろす方法が何かあるかも。とりあえず、魔理沙ちゃんに頼んでみる?」
 そう言いながら、蓮子は穴の淵から小石を縦穴に蹴り落としている。危ないわよ、と私が言おうとした、そのとき――。
 がらり、と、蓮子の足元の土が音をたてて崩れた。――穴の方へ。
「へっ?」
 間抜けな声をあげて、蓮子の身体が穴に向かって傾ぐ。
「蓮子!」
 私は、バランスを崩した蓮子の手を、咄嗟に掴んだ。
 フィクションの中なら、宙づりになった蓮子を、私が腕一本で支える、危機一髪のスリリングな山場である。早苗さんなら、ファイト一発とか言い出しそうなアレだ。
 だが――現実問題、ひと一人の体重を腕一本で支えるのは、私のやわな腕力には不可能で。
 そもそも、蓮子の手を掴むのに身体を伸ばしたことで、私自身もまた、穴の方へ体重が傾き、蓮子ともども運動エネルギーは位置エネルギーとともに縦穴の方向へ。
 要するに。
 私が蓮子の手を掴んだときには、ふたりとも、その身体の重心は既に取り返しがつかないほどに、縦穴の方へ傾いていて――私たちが重力に囚われた平凡な人間である以上、その後の展開はわかりきっている。もちろん、指先だけで崖の縁に掴まって危機一髪なんてご都合主義は起こるべくもないし、起きたとしても助けに来てくれる人は誰もいないので寿命が数秒伸びるだけのことでしかないから同じことだった。

「嘘ぉ――」
 悲鳴どころか、私たちがあげられたのはそんな間抜けな声だけで。
 深い深い風穴の底めがけて――私と蓮子は、その手を握り合ったまま落ちていった。

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この小説へのコメント

  1. 地底物語は大好きなので非常に楽しみです
    疫病を撒き散らす土蜘蛛、妬みの神様、釣瓶落とし、星を持つ鬼、覚り妖怪、ハシビロコウに火車猫に八咫烏……
    どんな謎めいた世界を観測し、荒唐無稽な妄想推理が展開されるのでしょう

  2. まさかの自由落下w
    メリー=紫だったとしたら、紫は相当ハラハラして見ていたことだろう

  3. 落下した先で二人が出会うのは鬼か蛇か?
    次回が楽しみです。

  4. なんとなくフットワークの軽そうなお燐の手押し車に揺られてぶらり地底旅を妄想していたので、まさかの自由落下に衝撃。次回も楽しみです!
    …それはそうと星新一さんの話だとあの穴は最終的に核廃棄物すら飲み込むゴミ箱になりましたっけ、幻想郷にそんな無責任な人妖がいなくて良かったです(笑)

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