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こちら秘封探偵事務所第8章 地霊殿編   地霊殿編 エピローグ

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第8章 地霊殿編

公開日:2017年12月09日 / 最終更新日:2017年12月09日

衝立の向こうから、さとりさんが立ち上がったらしい物音がして、私たちは振り向いた。
「お話が終わりなのでしたら、お引き取り願えますか」
 蓮子の疑問には答えることなく、衝立の向こうから硬い声でさとりさんはそう言った。
「――気分を害されましたなら、申し訳ありません」
 蓮子も立ち上がり、帽子を目深に被り直して、「では最後に」と言葉を続けた。
「これは余計なお節介として聞いていただきたいのですが――霊夢ちゃんと魔理沙ちゃん、彼女たちはおそらく数日中に、おくうちゃんと間欠泉の件について、元凶である守矢神社に話を聞きに行くはずです。そこで――こいしちゃんを守矢神社に向かわせて、霊夢ちゃんたちと戦わせてみるというのは、どうでしょうか」
 衝立の向こうから、返事はない。
「こいしちゃんがどういう存在であれ、霊夢ちゃんのような人間と関わりを持つことは、彼女にとって悪いことではないと思うんです。巫女として神霊の声を聞く霊夢ちゃんなら、こいしちゃんを見ることができると思いますし。魔理沙ちゃんはちょっと解りませんが」
「……貴方たちが、それをこいしに提案してくれるというのですか?」
「見つけられれば、ですけどね。まあ、こいしちゃんが今地底にいるなら、きっとメリーの近くには現れると思います。たぶんこいしちゃんは、自分が見える相手を求めているんだと思うんですよ。だから地上へ出て、自分が見える子供と遊んだりしているんじゃないかと」
「…………」
「ああ、いや、さとりさん、貴方を責めているとか、そういうことではありませんけども」
「お話は終わりです。お引き取りください」
 最後まで衝立の後ろから姿を現さないまま、さとりさんは切り口上にそう言った。
 私たちはただ、衝立に頭を下げ、部屋を辞するしかなかった。

「……蓮子、これで良かったの?」
 さとりさんの部屋を出て、私は相棒の横顔を振り返る。蓮子は帽子を目深に被って目元を隠したまま、「さとりちゃんが否定してくれれば良かったんだけどね」と呟いた。
「まあ、私の考えたことが合っていようがいまいが、さとりちゃんがやるべきことは、たぶんたったひとつ――こいしちゃんを話をすること、それだけだと思うのよ。妹を探すのも、人任せになんかしないで、ね」
「…………」
「閻魔様や私たちにこいしちゃん探しを依頼したっていう事実が、結局はあの姉妹の距離感なんじゃないかと思うわ。そこを埋めるのは、無意味じゃないと思いたいのよ、蓮子さんはこれでも人情派探偵なんだから」
「どうだか、ね」
 私は息を吐いて、地霊殿の広い廊下を見回す。
「……こいしちゃん、いるならお返事してくれる? 私と、もう一回お話しない?」
 そう呼びかけてみた。もしあの子が近くにいるなら、私の呼びかけには何らかのリアクションを返してくれるはずだと、そう信じて。
 はたして――廊下の角から、ぱたぱたと足音がした。
「蓮子、ちょっと行ってくるわ」
「了解。気を付けてね」
 手を振る蓮子に頷き返して、私は足音のした方に足を向ける。角を曲がって暗い廊下に足を踏み入れ、「――こいしちゃん?」と呼びかけてみる。
 静寂。沈黙。……数秒の間のあと。
「ここにいるよ?」
 声。暗がりの中に、浮かび上がってくる幼い少女の姿。
「こいしちゃん。こんにちは」
「お姉ちゃんと、何話してたの?」
「いろいろ、貴方のこととか。――お姉さんに直接訊いたら?」
「お姉ちゃん、どうせ答えてくれないもん」
 無感情な声で、彼女は言う。けれどその声はどこか、拗ねているようにも聞こえる。
 ――ひょっとしたら、心を閉ざしたのはさとりさんの方ではないのだろうか?
 こいしちゃんが閉ざしたのは第三の眼だけで――さとりさんの方こそが、こいしちゃんに対して心を閉ざして、それでこの姉妹がすれ違っているのだとすれば……。
 いや、そんなのは邪推だ。私は心の中だけで首を振り、「そっか。それより」と笑いかけた。
「ペットのおくうさんの件は知ってる?」
「あ、すごく強くなってた! あれどうなってるの?」
「あれはね、地上の山の神様がおくうさんに八咫烏の力を与えたの」
「山の神様?」
「そう。地上に大きな山があるでしょ? あの中腹に建ってる神社の神様」
「へえー。おくうやお姉ちゃんと戦った人間の巫女さんって、そこの神社の巫女さんなの?」
「ううん、あの巫女さんはそことは別の神社なんだけど……山の神社に行けば会えるかもね」
「神様にも?」
「ええ、山の神様にも」
「面白そう!」
 ぴょんと飛び跳ねて、少女は笑顔を見せた。無邪気な――あまりに無邪気すぎて無感情にさえ見える笑顔。笑顔という概念そのもののような、ただの笑顔だった。
「あ、でも、どうせ私と会っても誰も見えないよ?」
 と、こいしちゃんはきょとんと首を傾げる。私は――笑って、それに答えた。
「そんなこと、ないと思うわ。私には見えてるし」
「そうだねー。不思議」
「不思議ね。……でもたぶん、本当は貴方を見ることは、誰でもできるんじゃないかと思うの」
「えー?」
「貴方が、本当にそのひとに、自分を見てほしいって、そのことをちゃんと伝えれば――きっと、貴方に気付いてくれるんじゃないかって、私は思うわ」
 不思議そうな顔で私を見上げた少女に、私は手を差し伸べる。
「――ねえ、うちの相棒で試してみない?」

      ◇

「メリー、こいしちゃんは?」
「また逃げられちゃったわ」
 結局、彼女は私の提案を「別に、見てほしくないもーん」とだけ言って拒否し、ぱたぱたとどこかへ駆けていってしまった。ただ、たぶんあの子はこれから、地上に向かうのだと思う。おくうさんの力の秘密を探りに、そして霊夢さんたちに会いに。
 彼女が、自分に気付いてほしい、自分を見てほしいと望んだとき、霊夢さんや魔理沙さん、あるいは早苗さんたちの目に、彼女の姿は映るのだろうか?
 それは、私には解らないけれど。
「あの子、蓮子には興味ないんだって」
「がーんだわ。無意識の妖怪、興味深い存在なのにねえ」
 肩を竦める蓮子に、私はひとつ息を吐いて、「ねえ、蓮子」と問いかける。
「私ね、蓮子のさっきの推理に、ひとつ承伏しがたい部分があるんだけど」
「うん? なあに、メリー」
「こいしちゃんが、一度完全に消滅したのを蘇らせた存在じゃないかって話。実際にそういうことが可能なのかどうかはともかく、蓮子が考えてるのは、あのこいしちゃんが、さとりさんが地底に流した《無意識の妖怪》という噂から誕生した新しい妖怪じゃないかっていうことでしょう? でも仮にそうだとすると、その噂を聞く前の私に、こいしちゃんの姿が見えたのは変じゃない? 噂を聞く前は気配とか足音だけで、噂を聞いたことで姿が見えたなら、噂から誕生した新しい妖怪だって納得もできるけど」
 相対性精神学的に言えば、主観上において認識されないものは存在しないのと同じことである。逆に言えば、私が主観的に認識した以上、こいしちゃんは私の主観上においては最初から存在したものなのだ。誰かから紹介されたわけじゃないから、他人の主観が客観的矯正力を働かせて私の主観に干渉したわけでもない。
 要するに何が言いたいかといえば、その存在を知る前から私にはこいしちゃんが見えていた以上、こいしちゃんは地底の共同幻想の上にしか存在しない蜃気楼のような妖怪ではなく、ちゃんと実体を伴った妖怪なのではないか――ということだ。
 蓮子は「ふむ」と帽子の庇を持ち上げて、「そうねえ」と首を捻る。
「これ以上は何を言っても仮説を弄ぶだけになるわね、現状では。たとえば白黒はっきりつける閻魔様には、そういう蜃気楼めいた妖怪を実体化、というか《存在する》ものとして確定させる能力があるのかもしれないし――あるいはシェルドレイクの形態形成場理論あたりで説明することもできなくはないと思うんだけど……今の段階では、ちょっと手に余るわね」
 そう言って、蓮子は帽子を目深に被り直す。
「彼女が消えゆく妖怪なのか、それとも蘇った新しい妖怪なのか、いずれにしても――ねえメリー、自分の存在の定義そのものを否定したら、妖怪といえど、正気を保っていられるのかしらね。誰にも認識されず、無意識に放浪する、サトリ妖怪にも心の読めない妖怪――そんな妖怪には、そもそも自意識なんて存在するのかしら?」
 哲学的ゾンビ、という概念がある。主観が相互不可侵である以上、他人に心――自意識があるかどうかは、外側からの観測では決して確定できないという考え方だ。他者はただ、精巧なプログラムによって決まり切った反応を返すだけのシステムなのではないか、という。
 心を読むサトリ妖怪がいるこの幻想郷では、心――自意識の存在は、サトリ妖怪の存在そのものによって担保されるのかもしれない。心を読むサトリ妖怪が存在する以上、心というものは存在しているのだ、と。
 だが、そのサトリ妖怪に心を読めない存在には――心は、自意識は、存在するのだろうか。
「……たぶん、あの子にも、自意識はあると、私は思うわ」
 私はそう呟いて、少女が走り去った方を見つめる。
「だって私には、あの子――こいしちゃんの気持ちが、解る気がするから」
「え?」
「自分の能力のために周囲から気味悪がられて、嫌われて……それで、息をひそめて透明人間みたいに過ごして。本当は誰かに話しかけてほしい、誰かに自分を見てほしい、対等の存在として扱ってほしいと思っているけれど、拒絶されるのが怖いから、自分からは話しかけられない。たまに誰かが近付いてきても、逃げだしてしまう……こいしちゃんは無意識の妖怪なんかじゃなくて、そんな傷つきやすいだけの女の子なんじゃないかって」
 だからあの子は、蓮子が来ると逃げ出すのだろう。私と話しているときに、蓮子が「誰と話しているの?」とか、そんな反応をするのが怖いから。――たぶん、それだけなのだ。
 自分の目元に触れながら、私は小さく息を吐く。思い出したくない記憶が、脳裏を過ぎる。心の奥底に封じていた思い出。だけど、蘇らせる必要なんて、今はなかった。
 私は、相棒を振り返る。私の心にずかずかと踏み込んできて、私の手を無理矢理引いて、心の裡に引きこもる私を、こんな世界まで連れ回してきた、傍若無人な相棒を。
「メリー」
 蓮子が目を細め、私の頬に手を伸ばす。
 私は目を閉じ、頬に触れてくれる蓮子の手の感触を受け入れて、自分の手を重ねた。
 この重ねた手の感触があるから、私はここにいるし、どこにだって行ける。
 きっと、どこで道に迷っても、蓮子が必ず、私を見つけてくれるから――。

      ◇

 ……なんて、早苗さんがいたら「また人前でイチャイチャしてるー」と言い出すような場面で筆を置くのも小っ恥ずかしいし、別にこれは私と蓮子の惚気話ではない。断じてない。
 というわけで、もうちょっとだけこの記録は続く。

「あ、さとり様とのお話は済んだ?」
「ええ、ありがとうお燐ちゃん」
 お燐さんはどこにいったのかと思ったら、屋敷の中で同じ火焔猫らしいペットたちと何かを話していた。前回は私たちを威嚇した黒猫たちが、にゃーにゃーと可愛い声で迎えてくれる。こうして見ると妖怪猫もそれなりに可愛いかもしれない。油断すると喰い殺されそうだが。
「帰るなら地上まで送っていくよ」
「あ、その前におくうちゃんともちょっとお話したいんだけど」
「おくうと? いいけど。じゃあ、連れて来るから待っててよ。灼熱地獄はキツいでしょ?」
 それはありがたい。屋敷の奥に駆けていくお燐ちゃんを見送り、私たちは足元の黒猫たちにしゃがみこんで手を伸ばす。――熱い。ちょっと火の気をまとっているらしく、私は慌てて触れかけた指先を引いた。猫たちも私たちとは距離を置いてゴロゴロとくつろいでいる。まあ、それが人間と妖怪の正しい距離感かもしれない。
「――あ、えーとえーと、なんだっけ、この前会った人間だ!」
 と、そこへばさりと黒い翼をはためかせ、おくうさんが飛んできた。昨日会ったばかりの私たちのことは、さすがに記憶の隅っこにまだ引っ掛かっていたらしい。床に舞い降りるおくうさんに、猫車を押して走ってきたお燐さんが追いつき、首を傾げる。
「え、お姉さんたち、いつおくうと会ったの?」
「いやあ、昨日ちょっと、例の山の神様経由でね。――ところでおくうちゃん、地上侵略は諦めたんですって?」
「ん。あの巫女と魔法使い、強かったから、もういいかなって」
「地上の人間としてはそうしてもらえるとありがたいわ。それで、おくうちゃん。結局、どうして地上侵略を考えたのか、覚えてない?」
「え? んー、わかんない」
「まあ、そうよね。でも、地上を灼熱地獄にすればハッピーだって思ったんでしょ?」
「うん!」
「どうしてハッピーなのかは思いだせない?」
「えーと、えーと……なんだっけ? ねえお燐、なんで地上を灼熱地獄にすればハッピーなんだっけ?」
「あたいに聞かれても知らないよ!」
 腕を組んで真剣な顔で首を捻るおくうさんに、呆れ顔で腰に手を当てるお燐さん。
 蓮子は苦笑して、「じゃあ、私がその理由を教えてあげる」と指を立てた。
「おくうちゃん、お燐ちゃんは親友なのよね?」
「うん!」
「お燐ちゃんがハッピーなら、おくうちゃんもハッピーだと思わない?」
「へ? ……え、ちょっと、お姉さん、まさか」
「お燐ちゃんは火車。火車といえば、人間の死体を集める妖怪。ということは――」
「あ、思いだした! そう、地上を焼き尽くして、死体をいっぱい作れば、お燐が喜んでくれるから!」
 満面の笑みで、おくうさんはそう言った。お燐さんはぽかんと口を開けて――。
「……なんだい、もう。おくうはホント、馬鹿なんだからさ――」
「うにゅ?」
 震える声で、お燐さんはぎゅっとおくうさんにしがみつく。
「お燐、どうしたの?」
「なんでもないよ――」
「うにゅ? よしよし、お燐」
「……馬鹿」
 しがみつくお燐さんの頭を撫でるおくうさんと、強くその身体を抱きしめるお燐さんと。それは傍から見ている限りにおいて、とても微笑ましい友情の光景だった。――けれども。
「……ねえ蓮子、私たち地上の人間として、これを《いい話》だと思っていいのかしら?」
「大阪圭吉の『とむらい機関車』を豚の立場から読むようなものじゃない?」
 あの名作を素直に読めなくなるようなことは言わないでほしい。私は蓮子の陰で、こっそりため息をついた。

      ◇

 お燐さんたちを残して地霊殿を出たところで、今度はヤマメさんに捕まった。
「ほーれ、勇儀さんがお待ちかねだよ」
 というわけで、勇儀さんの宴会に連行され、旧都でまたどんちゃん騒ぎである。その宴会の模様で紙幅を稼いでも仕方ないので、ここでは勇儀さんから、地底に攻め込んできた霊夢さんや魔理沙さんとの戦いの武勇伝を楽しく聞いたとだけ記しておこう。勇儀さんは特に、魔理沙さんの方を気に入ったようだった。掴みどころのない霊夢さんより、直情径行気味の魔理沙さんの方が鬼の性には合うのかもしれない。
 で、ようやく勇儀さんから解放されて一息ついたところで、私は最後のひとつ残っていた疑問を蓮子に向けた。
「そういえば蓮子、山の仙人さんを探してたのはどうして?」
「ん? ああ――メリー、あの仙人さんの名前、もう忘れた?」
「え? ええと、確か……茨華仙さん」
「私たちが勇儀さんから伝言を頼まれた相手の名前は?」
「――あっ!」
 思わず手を叩く。そういうことか。――ということは、彼女は。
「茨木童子といえば、右腕を斬り落とされた伝説。あの仙人さんの右腕は――」
「包帯でぐるぐる巻きだったわね……」
「そういうことよ。彼女がそうだったとして、どうして地上で仙人なんかしているのかは、おいおい調査していきましょ。幸い、守矢神社経由で会いに行けそうだしね」
 帽子の庇を持ち上げて、蓮子は愉しげに笑う。好奇心の刺激されるもののあるところ、いつだってこの相棒には楽しい場所なのだろう。私はそれに付き合わされるというわけだ。
「さて、あと残るは、彼女たちの件ね。その相談もしておきたいけど……」
「あの計画、本当に上手くいくと思ってるの?」
 きょろきょろと視線を巡らす蓮子に、私は頬杖をついて目を細める。――それは、地霊殿の件とは別に、ここに来る前に蓮子と話していた、とある《計画》のことだ。
「おーい、ふたりで何の話してるのさー」
 と、そこへ絡んできたのはヤマメさんである。やめなよー、と言わんばかりにキスメさんが裾を引っ張っているのにも構わず、ヤマメさんは蓮子の肩に手を回して「ほーれ、ヤマメちゃんに話してごらんよ?」と顔を近づける。明らかに酔っている。
「ああ、ちょうどよかった。ヤマメさん、ちょっと相談したいことがありまして」
「うん? なんだいなんだい、この地底の人気者、黒谷ヤマメちゃんにどんとお任せあれ」
 胸を叩くヤマメさんに、蓮子はその《計画》を耳打ちする。
 話を聞き終えたヤマメさんは、呆れたように小さく頷いた。
「ははあ……そりゃまた無茶なこと考えるねえ。その条件ならいちおう不可能じゃあないとは思うけど……勇儀さんがなんて言うかねえ。おーい勇儀さん、ちょっといい?」
「おお? なんだいなんだい」
 ヤマメさんが勇儀さんを手招きし、寄ってきた勇儀さんに、蓮子の計画を耳打ちする。
 それを聞いた勇儀さんは、はじめきょとんと目を見開いていたが、聞き終えるに至って、豪快に破顔一笑した。
「わっはっは、そりゃ傑作だ! いいねえ、そういう無茶な計画、私ゃ大好きだよ」
「大丈夫ですかね?」
「そりゃこっちの台詞だがね。私は鬼だから嘘がつけない。もし地上の妖怪が文句言ってきたら、お前さんたちの立てた計画だと正直に答えるが、それでもいいかい?」
「ええ、そのへんは立案者として責任は取らせていただきますわ」
 蓮子はにやりと笑ってそう答える。横で聞いている私は、また無責任な安請け合いを……と思うが、勇儀さんには私の懸念は伝わらない。
「よし、その心意気、気に入った! 旧都一同、手伝わせてもらおうじゃないか!」
 膝を叩いて勇儀さんはそう宣言する。ぐっと親指を立てる蓮子に、私はため息をついた。私にまで責任を負わせないでほしいと思うのだが、言っても詮無い話であった。

      ◇

「酷い目に遭いました~」
 地霊殿での蓮子の推理から二日後。私たちが事務所でだらだらしているところに現れた早苗さんは、ふて腐れた顔をして火鉢のそばに寝転がった。
「どうしたの、早苗ちゃん」
「いきなり霊夢さんと魔理沙さんがうちの神社に殴り込んできまして」
「ああ、それでやりあって負けたと」
「せっかく新しい奇跡の秘術を披露したのに、悔しいです!」
 むくれて起きあがり、火鉢に手をかざす早苗さん。蓮子は笑って、
「そうだ早苗ちゃん。守矢神社にやたらと存在感の薄い妖怪の女の子が来なかった?」
「あ、そうそう、来ました来ました! 神奈子様たちに用があるみたいでしたけど、そのあとなんでか霊夢さんたちとやりあってましたよ。あれ、蓮子さんたちのお知り合いでしたか?」
「まあね。やっぱり早苗ちゃんや霊夢ちゃんには見えたのねえ」
「え、どういうことです?」
「詳しく話すとややこしいんだけど、基本的にあの子、《神の不在証明》を常時発動してるような子らしくて。早苗ちゃんやメリーみたいに、見えないものが見えるのに慣れてると〝絶〟の達人ぐらいに見えるらしいんだけど」
「えー、あの子メレオロンだったんですか?」
 くどいようだが、何の話かわからない人は『HUNTER×HUNTER』を守矢神社で読ませてもらうと良い。二十三巻である。
「その子、古明地こいしちゃんって言うんだけど。霊夢ちゃんたちとやりあった後は?」
「諏訪子様を交えて何か相談してたみたいですよ。で、そのまま帰っちゃいました」
「ふうん……」
 蓮子は腕を組んで、ひとつ頷く。――さて、霊夢さんたちとやりあったことは、こいしさんにどんな影響を与えたのだろう。私たちにはただ、想像することしかできないけれども。
「そうだ早苗ちゃん。あとで私たちも洩矢様に相談したいんだけど」
「え、はい、解りました。じゃあ、うちに行きましょうか。――ところで、何の相談です?」
 首を傾げた早苗さんに、蓮子はいたずらっぽく笑って答える。
「ちょっとした土木工事」
 その答えに、早苗さんは不思議そうに目をしばたたかせた。

      ◇

 さて、今回の記録はここまでである。
 蓮子が相談していた《計画》――それを語るのは、次の事件簿に譲ろう。
 春先に起きた、いわゆる《宝船騒動》と呼ばれる、あの寺が出来るに至った事件の記録に。

 私たちが今回の《怨霊異変》について知り得たのは、ここまでだ。
 この先に、古明地姉妹に何があったのか、私は実際に目にしたわけではない。
 だから、想像するだけである。
 霊夢さん、魔理沙さんと戦った古明地こいしさんは、自分のことが見える人間と戦ったことを、きっと誰かに話したくなったのではないか、と。
 そうして彼女は、地底へと帰って――あのお屋敷のドアを開けたのではないか、と。
 想像というより、たぶんにこれは私の願望であるけれど。相棒の推理がもし当たっていたのならば。この《怨霊異変》が、姉が妹のために起こした異変だったならば。
 きっと、そんな結末が相応しいと、私は思うのだ。

 ドアの向こうでは、ずっとすれ違ってきた姉が、彼女の帰りを待っている。
『――おかえり、こいし』
 見えない妹に、だけどその存在を感じ取ろうと、そう呼びかけてくる姉に。
 妹は、今までずっとできなかった、ふたりだけのお話を、始めるのだ。

『ただいま、お姉ちゃん。あのね――』



【第八章 地霊殿編――了】

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この小説へのコメント

  1. 【あとがき】
     
    毎度、ここまでお読みいただきありがとうございます。作者の浅木原忍です。
    気が付いたら歴代最長になってしまった地霊殿編、お楽しみいただけましたでしょうか。
     
    実は当初の構想では「地霊殿8人全員の謎を解く」つもりで書き始めてまして、
    プロローグの「解かれるのは誰の謎か?」という問いかけはその名残だったのでした。
    古明地姉妹に関しては大抵のことは二次創作でやり尽くされてる印象なので、
    本作の真相にも前例があるかもしれません。もし本当にあったらお許しください。
     
    次は星蓮船編です。一月中には連載開始したいです。
    これからも秘封探偵をよろしくお願いいたします。

  2. よかった!
    最後までひとりぼっちのこいしなんていなかったんだ!
    …と、信じたい。
    そして今年もさとり様に1票入れよう。。。

    格闘物理型のさとりや(笑)、人間の死体をエントランスに飾ろうとするこいしもいいけど(笑)、やはり古明地姉妹には真冬の街路から眺める食卓のような、温かくて少し切ない感じが似合うと思うのです。

    今回も素敵なお話でした。ありがとうございます。

  3. 地霊殿篇お疲れ様でした!最後に「H×H」がでてくるとはwいやはや面白いですね~ 
    最後の完の前のさとこいの会話続きが気になります~

  4. 地霊殿編お疲れ様でした。
    美しい姉妹愛の物語か…。地霊殿にそんなロマンチックなストーリーがあったのかなと思ってしまうほどに感服しました。さとこい良いね…。
    蓮メリの惚気話もちょくちょく見れて満足です。
    次回の星蓮船も楽しみにしております。

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