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幽玄なるマリオネット幽玄なるマリオネット  後編   マリオネット後編 第5話

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公開日:2015年12月02日 / 最終更新日:2015年12月02日

マリオネット後編 第5話
アリスの章
          1

 何を言われたのか、理解が及ばなかった。
 確かにパチュリーは「ゴーレム」と言った。聞き間違えでなければ。そしてこれも聞き間違えでなければだが、「壊す」とも言った。それでこの件を水に流せ、と。
「さぁ、上がってらっしゃい」
 既に空で待ち構えているパチュリーが呼んでいる。早く来いと。早く壊させろと暗に含ませて。
 しかしアリスは動けなかった。パチュリーの言葉は青天の霹靂以外の何物でもなく、ただただ頭が混乱するばかりで、少しも咀嚼することができない。
「早く」
 催促の声が降ってくる。考えさせる暇を与えまいとしているかのような急かし方である。
 これほどの強硬姿勢を見せる理由は、ただ一つ。
 つまり、アリスが犯人だと確信しているからだ。アリスを騙ったゴーレムが金本理沙殺しの犯人だと。
 そんな馬鹿な、と声を大にして言いたかった。
 私は私、アリス・マーガトロイドに違いなく、断じてゴーレムなどではない。どうしたらそんなデタラメな発想に行き着くのかは不明だが、このままでは本当に犯人にされかねない危うさを肌で感じる。霊夢に犯人だと決め付けられた時のように。
 だが、とにかく今は出方を窺うしかなさそうだった。少しでも考える時間を稼ぐために、のろのろと浮遊する。四体の上海も一緒に。その間、あれだけ騒いでいた里人は、誰一人として声を上げなかった。
 パチュリーと同等の高度にまで昇ると、アリスは腕を組んだ。パチュリーがそうしていたからだ。どうせなら対等な力関係なのだと示したかった。
「どういうことなの?」
 まずは状況を把握するのが先決だ。向こうは何かしらの根拠があるからこそ、こちらを犯人――それもゴーレムだとか嘯いている――だと断定しているのだろう。それが何なのか、引き出さなければ。
「何で私を疑うの。それにゴーレムだなんて」
「そのままの意味よ。貴方はゴーレムで、第一の事件の犯人なの」
「何を根拠にそんなことを。ゴーレムはこうしている今も逃走中だし、そもそも犯人探しは私も一緒にしていたじゃない」
「犯人探しを一緒にしているからといって、犯人じゃないなんてことにはならないわ。それにね、貴方がゴーレムだという証拠ならあるの。ちゃんとした証拠がね」
 あくまでパチュリーは強気だ。これほどの自信がある以上、本当に何か掴んでいそうだ。
 アリスは訊いた。「何を掴んだというの?」
 パチュリーは白をきった。「さぁね」
 強気だと思っていたら、掌を返すような答えが返ってくる。益々理解が遠のいた。
「貴方、言っていることが無茶苦茶よ? 犯人だと決め付けるなら、それにゴーレムだと決め付けるなら、それなりの根拠を示しなさいよ。じゃないと話にならないわ」
 呼吸が荒くなるのを抑えられなかった。生まれてこの方、様々な経験をしてきたが、ここまで不愉快な気分を味わったこともなかなかない。
 だが意外な返事があった。
「いいでしょう。ゴーレムだという証拠なら、今すぐ提示できるわ」
「えっ」
 問い返す前に、パチュリーは行動を起こしていた。瞬く間に真紅の魔法陣が足下に描かれ、立ち上がってきた光に呑まれる。
 魔法の発動――ぎょっとしているうちに、背後から熱気を感じた。振り返ってみると、いつの間にか炎の壁が出来上がっていた。
「ちょ、ちょっと」
 本気なの、と怒鳴ろうと空気を吸い上げると、焦げ臭さが鼻につき、思わずむせ返った。
 燃えさかる炎は横へ横へと広がっており、左右の見渡す限り、どこにでも焦熱の塊があった。パチュリーと共に、その円環の中に閉じ込められた格好だ。
「あつ……」
 円環の中には熱がこもり、真夏日のそれよりも遙かに暑い。これでは術者のパチュリーもたまったものではないはずだが、さほど辛そうには見えなかった。あらかじめ防護の魔法でもかけていたとしか思えないほど泰然としている。
「まだもうちょっと待って頂戴ね。証明するためには少し時間が必要なものだから」
 パチュリーがどのような手を使ってゴーレムだと証明しようとしているのか、皆目見当も付かない。炎の熱を使って、何か炙り出そうとでもしているのだろうか。そもそも、疑うに足る証拠とやらの中身は何だと言うのか。
「待っている間に、一つ聞きたいことがあるのだけれど」とパチュリーが訊いてきた。
「……何?」
「どうしてもわからないことがあるの。貴方はゴーレムに間違いないと思うのだけれど、そうなると一つ疑問が出てくるのよ。どうやってアリスを昏倒させたのか、ということなのだけれど」
「何を」
 暑さに耐えながら、アリスは鼻で笑い飛ばした。自分は本物だ、そもそもそんな質問自体がちゃんちゃらおかしい。
「ゴーレムは主人を守るために造られるはずでしょう。なのにそのゴーレムが主人を倒すっていうのは、ちょっと考えにくいのよ」
「だから私はアリスで、ゴーレムなんかじゃないって。殴り倒されたのは私の方よ」
 しかしその意見を述べた時、確かにパチュリーの言っていることにも一理あるな、とアリスは思った。
 私はゴーレムではないけれど、では、守護者たるゴーレムが私を殴ったのはなぜなのだろう。遁走していったのは、衝動でやってしまったことへの罪の意識から逃れようとしてのことなのか? はたまた、最初から守護者としての呪縛から逃れようとしてのことなのか?
「……ま、それもあと少しでわかることね。私としては、特異体のゴーレムだと疑っているのだけれど」
 ごう、と一段と炎の威力が強まる。ただでさえ玉の汗が浮き出てくるような暑さだというのに、更に暑さが増したせいで呼吸まで苦しくなってきた。
 ふと気になって足下に目を動かすと、群集がこちらを見上げて棒立ちになっていた。上空に昇る時からずっとあの体勢であるところを見るに、どうやら騒動は一旦中止となったようだ。
「気になる?」とパチュリー。「あの人たちの動きが」
「当然でしょ。止めに来たんだから」
「止める気だったの? その割には挑発しているようにしか見えなかったけど」
「あれは」言いかけて、アリスは言葉を呑んだ。
 まことにその通りだった。
 何とか説得して場を収めようとしていたはずなのに、群集を前にしたら次々にキツイ言葉ばかりが浮かんできて、しかも抑えきれずにそれらを全て彼らにぶつけてしまったのだった。衝動に駆られた、とでも言えばいいのか。とにかく、いつもの自分ではなかった。どうしてあんな衝動に見舞われたのかは置いておくとしても、あれはやりすぎだったと今では反省している。パチュリーにすぐ反論できなかったのは、こうした理由からだ。
「言えないことでも?」
「ち、違うわよ。理由なんてないからよ。純粋に思ったことを言っただけだもの」
 苦しい言い訳になったが、間違いでもない。思ったことをそのまま口にしただけなのだから。
「さて、と。そろそろ良い頃合いかしらね」
 さらりと話を打ち切ったパチュリーが、開いた右手を天に突き出す。ヴ、と大気が擦れる音を聞くと、新しい魔法陣が彼女の頭上に出現するのを見た。
 今度のは、今彼女が敷いている真紅のものと正反対の色をしていた。空の蒼さよりも鮮烈な青い色をしている。
「そこから動かないでね」
 パチュリーが嗤う。瞬間、全身のありとあらゆる神経の裡で、嫌な予感という名の虫が一斉に蠢きだした。
 あの魔法は不味い。打たせてはならない。陣形を見ても内容がわからないというのに、直感が危険だと告げている。
 それでもアリスは結局、動けなかった。魔法で押さえつけられているわけでもないのに身体が硬直し、手も足も自由にならなかった。瞬きも忘れてパチュリーを凝視する。
 果たして、パチュリーの唱えた魔法は『雨』だった。
 アリスは咄嗟に両手で顔面を覆った。目に雨が入ってくるのを防ぐために。
 雨といっても、小雨のような優しいものではない。まるで篠突く雨だ。体に雨粒が叩きつけられるたび、ばちばちと激しく打ち据えた音が鳴る。
「いっ、」
 素肌が悲鳴を上げている。勢いのある雨粒が肌に突き刺さり、小石でも混じっているのではないかと疑いたくなるほどの痛みに襲われた。
 ところが、その痛みも僅かにしか続かなかった。どこからか、びきりと何かが裂けるような音が聞こえてきたからだ。
 びきり、びきりと、断続的で不気味な音を逐一耳が拾う。
「――――な」
 驚きは、自分に対してだった。
 少しずつ両手を顔から離していき、なんとか視界を確保したアリスの目に最初に飛び込んできた光景は、即座に呑み込めるような類のものではなかった。
「う、そ」
 雨が止んでいることにも気が付けないほどの衝撃に襲われ、茫然自失となった。信じられないという思いだけが、仄かに心の中で灯っている。
「……うそよ」
 掠れた声が出た。口の中がカラカラに乾いてうまく声が出せない。
「どうし、て」
 愕然と見つめる先には、一つの白磁のような腕がある。人形みたいだと周囲から羨望される、自慢の腕だ。
 なぜかその腕に、太いヒビが一本、入っていた。もう二度とくっつきそうにない、深くて不格好な亀裂が、掌にかけて奔っている。
「思った通りね」
 視線を腕から外し、パチュリーへと向けると、彼女の周りから一切の魔法陣が消えていた。ふと思い至って周りを見渡してみたが、炎の環も消えている。
 パチュリーは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。その顔を見るに、どうやら彼女のいう「証明」とやらは、文字通り正しく証明されたようだ。
「やっぱり貴方はゴーレムよ。疑いようもなくね」
 どうしてよ――反論せねばとはやる心に反して、声は出なかった。
「その身体が証明してくれたわ」
 言われて、アリスはもう一度自分の腕を見た。
 ヒビは、目の錯覚などではなかった。生身の肌に、腕に、しっかりと根深く刻み込まれている。しかも流血がない。肌が裂けることによって生じたものなら、血が流れてくるはずだが、それもない。
「そんなはずは……」
 アリスの頭は再度、混乱を極めた。
 流血以前に、そもそも身体にヒビが入ること自体がおかしい。皮膚がヒビ割れをおこしたとしても、黒い線が入ることはない。この亀裂は、間違いなくガラスが割れた際に生じるものと同じ種類のものだ。
 そう、ガラスという無機質で脆いものと同種なのである。
 ――私は一体……。
 いいや、とアリスは頭を振った。
 自分は決してゴーレムなどではない。アリス・マーガトロイドという名の、人形師兼魔法使いだ。
 上海人形も動かせるし、幼い頃の記憶もちゃんと思い出せる。自分なりの生活リズムも持っているし、嗜好もここ最近ずっと変化していない。
 そうなると、先ほどのパチュリーの魔法が怪しい。どんな魔法をかけたのかは知らないが、幻覚の類ならばこの亀裂にも理由がつけられる。これは実態なき幻なのだ。
 きっとそうだ、とアリスは己に言い聞かせ、パチュリーに向き直った。
「その手には乗らないわよ」
「うん?」
「どうせこのヒビは、魔法ででっち上げたものなんでしょ」
「魔法ででっち上げた?」パチュリーは両の眉を持ち上げた。「どういうこと?」
「そのままの意味よ。幻視を誘う魔法でも使ったんでしょう? じゃなかったら、この亀裂に説明がつけられないもの」
 どうしてこんな演出をする必要があったのか。それだけがわからなかったが、とにかくゴーレム扱いをされるのはたまらないと、アリスは噛みつくように反撃した。
 だが、パチュリーの余裕ある姿に綻びは見られなかった。それどころか、冷笑気味にこう言ってきた。
「憐れね」
「なっ、」
 今の台詞は聞き捨てならなかった。
「何がよ……っ!」アリスは激昂した。
 傍に机があれば、掌を広げて打ち付けていただろう。もしくは椅子があれば、それを蹴り飛ばしていたに違いない。怒りは爆発的に膨れあがり、魔法使いだから感情的にはなるまい、と自分を律していた戒めも、軽く吹き飛んだ。
「そのヒビが目くらましの魔法によるものだと?」
 だったら、と嘲るパチュリーが顎を突き出し、
「その右足はどういうことなのかしら」
 顎の先を目で追っていくと、自分の右足首辺りに辿り着く。
 と、アリスは目を剥いた。
 怒りの感情など、一瞬で消し飛んだ。代わりにやってきたのは驚愕だった。いや、戦慄か。真っ黒なヒビを目の当たりにした時の恐怖など、取るに足らないほどの。
「っ、」
 足首から先が失くなっている。なくてはならない右足首の先が、痛みを生むことなく削げてしまっていた。またしても一滴の血も流すことなく。
 熱せられ、冷やされて亀裂が入るのは物だけだ。いくら高温で炙られ、低温に曝されたとしても、人体に亀裂が入るなどあり得ない。足がもげるなど、もってのほかだ。これは明らかに人体では再現不可能、それこそ陶器でできた身体でもない限り。
「ゴーレムは主に泥で出来ているわよね。だから熱で焼けた土が急激に冷やされて脆くなって、それで崩れたってこと。これでもまだ違うと言い張るのかしら」
 パチュリーが丁寧に説明を入れる。だがアリスにとって、それはどうでもいいことだった。
 どうやら自分は本当にゴーレムらしい――そう思うだけで全身が総毛立つ。アリスとしての人格があるのに、身体はゴーレムそのものだなんて。まるで出来の悪い夢でも見ているよう。白昼夢の中にでも迷い込んでしまったかのよう。
 それが虚しい現実逃避であることは、十分に承知している。だからせめて、パチュリーの言い分を反証してやろうと思った。脳を精一杯働かせ、自分がゴーレムであると仮定して、可能性という名の材料を探ってみる。
 まずは、まさに自分が本物のゴーレムである可能性だ。
 どのような経緯を通ればアリスとしての自我が芽生えるのか、それはわからない。が、もし自分がゴーレムであるのなら、早急に作者に逢わねばならない。泥人形を作った、アリス・マーガトロイドに逢わなねばならない。もしこの身が、魔女の言う通りに「ゴーレム」ならば、謂われのない罪を着せられては作り手が窮することになる。それだけは絶対に避けなければならない。
 次に思いつくのは、自分は本物のアリスで、ゴーレムに魂を乗っ取られてしまったという可能性だ。
 人形の中には、持ち主を喰らってその人物になりきる、というものがある。逸話としては有名であるが、もしそうだとすれば自分は今、ゴーレムに魂を喰われ同期している状態だということになる。この場合、一刻も早く元の肉体を探し出さなければならない。手遅れになる前に、魂をそちらに戻さなければ、永遠にこのままとなってしまう恐れがある。
 あとは、お互いの魂が何らかの原因で入れ替わったという可能性。これなら肉体だけが入れ替わるという状況になる。
 思いつく可能性としてはこの三つだが、真ん中の説である確率が一番高いのではなかろうか、と睨んだ。
 最初の可能性からいけば、アリスの記憶を継いでいる理由に説明がつかない。何より主人としての本物のアリスが見当たらないのが不可解だ。三つ目のは、考えておきながらだが、無いと思った。もしゴーレムがアリスとして生きられるようになったのなら、ゴーレムの身体を持った本物を――つまりこの私を――生かしておくはずがない。
 そうだ、きっと私はゴーレムに魂を喰われて、ゴーレムとして生きなくてはならないような事態に陥っているのだ。そう自分に理由付けをし、アリス(?)はゆっくりと面を上げた。
「どうやら私はゴーレムらしいわ。気付かせてくれてありがとう」
「お礼なんてとんでもない」パチュリーはわざとなのか、ふっと翳りのある笑みを浮かべた。「今から壊すのだし」
「ああ」
 合点がいった。良心が痛んでいるのだ。「本気?」
「そりゃあ。だって犯人を野放しにはできないでしょう」
「私がゴーレムだとして、どうして犯人だと? ゴーレムだからといって犯人というのはおかしいでしょ。何か証拠でもあるの?」
 口にして、また証拠か、とアリスは心の中で嘲笑った。さっきもゴーレムである証拠を求めた。必死さから出た言葉とはいえ、どこか滑稽な感じがする。
「そうね」パチュリーは遠くを見つめて言った。「手元にはないけれど、ちゃんとあるわ」
「……そう」
 進退窮まる、とはこのことか。
 アリスはどうしようもなくなった自分の未来に、少しの恨みを込めながら下唇を?んだ。
 ゴーレムだと判明したのもショックだが、それ以上に身に覚えがないのにも関わらず殺人者となっていたことが、この上なくショックだった。魔法使いとして王道を歩んできていたという自負があったが、それも四散した。
 どうしてこんなことに――嘆きが腹の底から湧出してくる。
 自分は殺していない、そんなことをする必要もない、だから壊すだなんて言わないで欲しい。
 けれどゴーレムである自分はどうなのだろう。この世に魂喰いの人形があるように、ゴーレムも魂喰いなのだろうか。もしそうなら、ミイラとなった死体にも説明が付けられる。金本理沙はゴーレムに精力を吸い尽くされ、ミイラ化してしまったと考えれば、話に筋も通る。
 ……ああ……そうだ……。
 きっとそうだから、パチュリーはここまで辿り着けたのだ。私がゴーレムであり、ゴーレムこそが金本理沙殺しの真犯人であるということに。
「観念して壊される気にでもなった?」
 冗談ぽく言うパチュリーは小さく笑った。柔らかく、まるで母親が娘に向けるような笑みだ。
 しかし、その笑顔に挫けてしまうような弱さは、すでにアリスの心中にはない。
「残念だけれど、それはないわね」
 破壊しようとするのなら、全力で立ち向かわなくてはならない。
 人殺しは確かに業深い。だがそれでも、生を放棄することなどできない。たとえこの身が土塊なのだとしても。
 それに冤罪だという可能性もある。パチュリーがどんな証拠を握っているかは不明だが、まだ逆転の目は残されているはずだ。彼女の提示する証拠等を間違いだと認めさせられるなら――もしくは自分とは何ら関わり合いがないと明かせれば――嫌疑を晴らせるはず。
「私はまだ死ぬわけにはいかないもの」
「それは残念ね。じゃあ、残る手段は一つね」
「そうね」
 決闘、それもスペルカードルールなどという生温いルールなどではなく、正真正銘の命のやりとり。
 と、パチュリーは思っているだろう。だが混乱する頭のまま、肝の据わらぬまま戦いになどなるわけがない、とアリスは考えていた。
 だからこの場での選択は、
「でもその前に、ちょっとだけ休戦よ!」
 詠唱もせず魔法陣も敷かず、魔力の塊を出現させることだった。
 それは胸の辺りに現れ、煌々と青白い光を放っている。大きさは拳ひとつ分ほどだ。
「ちょ、」
 パチュリーが何かを言いかけたが、アリスは無視して光球に息吹をかけた。そして間断なく掛け声をあげる。
「ブレイク!」
 解放を意味する命を下した。
 瞬間、光球が炸裂し、轟音と共に凄まじい閃光が視界を白く塗り潰していった。
「――――ッ」
 光と音の洪水が、まともに全身にぶつかってくる。
 知識の泉から引き揚げ、発現させた魔法は、逃走用の簡易魔法だった。魔法使いなら誰にでも扱えるほど基礎的で。簡単なものである。
 思惑通りにパチュリーが悶えている間に、アリスは魔力の残量も気にせず加速だけに集中した。一刻も早くこの場から離脱せねばと気を急かしながら。
 時間が必要だ。この状況をひっくり返すための時間が。無実を証明するための、そして本来の自分に戻るための方法を探し出す時間が。
 かなりの距離を稼いだところで一度だけ振り返ってみたが、パチュリーが追ってくる様子はなかった。

          2

 アリスは帰宅すると、真っ先に家の周囲に結界を張った。簡単に破られないよう、六重にも重ねて。それだけでは弱いかと、結界の周りには近づくだけで幻惑を引き起こすオーラも張った。少しでも時間を稼ぐために。
 片足が不自由になってしまったので、歩行は諦めて浮遊にて移動することにした。魔力を垂れ流しにするようなもので気が引けたが、そうも言っていられない。
 それから真っ直ぐ地下室を目指した。あそこの棚には、上海人形用の武器が収納してある。これからのことや、結界を破られてしまった時のことを考え、用意しておくにこしたことはないと思った。
 地下室の入口は真っ暗だった。その闇を見てすぐ、ランタンを持ってき忘れたことに気が付いた。
 とは言え、光など魔法でいくらでも生み出せる。早速、人差し指に魔力を集めて小さな光の球を作った。ホタルのお尻から出る程度の淡い光だが、これでも十分だった。ようは棚から武器を取り出せればいいのだから。
 冷え冷えとした地下室は、春(もう夏か?)だということを忘れさせてくれるほどに寒い。どうしてこれほどまでに冷え切ってしまうのか、いまだに謎である。
 こういう何気ないことに思いを馳せていると、やはり自分はアリスなんだと強く感る。
 過去から現在に至るまでの連なった日々をきちんと過ごしてきたはずだし、確かな記憶として身体に刻まれている。この想い出たちが他人からの授かりモノだとは、到底思えなかった。
 棚の中から目当ての物を取り出すと、次に寝室へと回った。双子の演劇のためにと選んだ四体を除いた九体が、まだベッドの上に放ってある。上海人形は他の人形とは違い、みな戦闘要員として繰ることが可能だ。例の汚れのついた不気味な人形も混ざっているが、非常時だと意識すればそこまで気にならなかった。今は一体でも多くの兵隊が欲しい。
 整備は一体ずつ、寝室の机の上で行うことにした。普段は作業部屋に置いてある道具一式も、人形劇のために整備した時のまま残っている。不精も役立つ時があったようだ。
 手を動かしている最中も、様々な考えや思いが頭の中を過ぎっていった。
 根本的な解決を望むのなら、身の潔白を証明しなければならない。こうして人形の整備をするより、情報収集等に時間を割くべきだろう。だが、命を狙われている身としては、順序を逆に考えざるを得ない。命があってこそ、無実を訴えられる。
 整備が終わったらまず、人間の里に足を運ぼう。金本理沙の事件が全ての出発点だ、まずはあの事件を解決しなくては。このまま迷宮入りしてもおかしくない難事件ではあるが、解決すればこれ以上にないほど頼もしい後ろ盾となってくれるはずだ。身の潔白に大きく貢献してくれる盾として。
 手際よく進んだように感じたが、整備には小一時間を要した。この間、一度くらいは幻惑のオーラに誰かしらが引っかかると思っていたが、誰もここには来やしなかった。結界は沈黙を守っている。
「よし」
 十三体の上海人形をベッドの上に転がすと、アリスは首を回した。こきりと小気味よい音がする。その瞬間、もしかしたら亀裂が広がってしまったのかとヒヤリとしたが、首を回した時はいつもこういう音が骨から鳴っていたのを思い出し、安堵の息が漏れた。
 だが肩をほぐそうと右手で左肩を掴むと、親指に微かなざらつきを感じた。もしや亀裂か、と机の方へ戻り、その上に置いてあるスタンドミラーを覗いてみる。
 すると、首と肩との付け根の辺りに、何か赤い線のようなものが申し訳程度に映り込んでいた。注意深く見ていなければ見落としてしまいそうな、点と表現しても差し支えのない赤い線が、肩の隆起の頂点付近で止まっている。
「何かしら」
 指で皮膚をこちらに引き寄せてみたが、あまり見やすさは改善されなかった。コンパクトミラーなら、と机の引き出しから取りだし、角度を調整しながらスタンドミラーも使って見てみる。
 やがてその赤い線の正体が判明した。
 線は文字らしきものの一部だった。「S」という字に、斜めに線が入った形をしており、「$」とも見える。小さな入れ墨のようだが、色合いからしても痣であろうと思われた。
「んー……」
 記憶を掘り返してみても、心当たりは皆無だった。
 痣などいつの間に作っただろう。気にはなったが、亀裂でもなければ特に痛みがあるわけでもないので、意識の外に追いやることにした。今は些事に気を遣っている場合ではない。
 小指と親指に嵌めていた金具を取り外し、道具箱の中に入れる。代わりに、薄い水色をした金具を取り出した。今嵌めているものは一対用のものなのだが、取り出した金具は二対用で、一つの金具で人形を二体まで動かせるようになる。使用頻度は低いが、十三体動かすには必須の道具だ。
 それらをさっさと指に嵌めてしまうと、アリスはリビングへと向かった。すぐ後ろをぞろぞろと人形たちがついていく。
 リビングに着くとまず、カーテンに目がいった。出る時にきちんと閉じていたはずだが、どうやら少しばかり開いていたようだ。隙間から光が射し込んできている。
 窓に近寄り、せっかくだからとその隙間から外の様子を窺ってみると、鳩らしき鳥が地面をうろうろしているのが見えた。最初、その鳥が何をしているのかわからなかったが、羽ばたこうとしても何かに押し返されるのを見て、ようやく合点がいった。
 あの鳥は、結界のせいで外に出られなくなってしまったのだ。
「失敗したなぁ」
 アリスは苦笑して髪を掻いた。気が急いていたのもあるが、鳥にまで気は回らないだろう、普通。
 スライド式の窓を開くと、外へ出た。鳥は慌てて逃げようとする。もしかしたら、もげた足を見て驚いたのかもしれない。
「大丈夫よ。さぁ」
 手招きしてみるも、鳥はせっせと逃げていく。何が気に入らないのかと首を捻ったが、防衛本能が働いているのかもしれないと推測した。
「しょうがないわね」
 逃がしてやろうと思ったが、別にすぐ死んでしまうわけでもないだろうからと放置することにした。鳥には気の毒だが、こちらも命がけだ。少しばかり我慢して貰おう。
 向きを変え、リビングへと戻る。その途中、ふっと意識が遠のく感覚に襲われた。
「――――ぁ?」
 どっ、という音が聞こえたかと思うと、鈍い衝撃が右腕と頭に広がった。
 どうやら眩暈のせいで魔力が途切れ、中空に留まれなくなったらしい。新緑の香りが鼻腔をくすぐっている。
 焦点も定まらない中、腕だけで起き上がろうとしたが、力がまったく入らなかった。支え手が滑り、顔を地面にしたたか打ちつけた。
「ったー……」
 なぜこんなにも力めないのか。倒れたまま手を見遣るも、小さなヒビが二か所入っているくらいで、他に異常はなさそうだった。
 そのままごろりと仰向けになる。
 空は嫌味なくらいに澄み渡っていた。だが雲の動きがおかしかった。そこでようやく、おかしいのは自分の目だということに至った。
 視界が揺れている。いわゆる「目が回っている」という状態だ。
 疲れのせいか、とアリスは瞳を閉じた。眩暈がするなら回復するまで閉じておけばいい。どうせろくに立ち上がることもできないのだから。
 結界を張っているせいか、外はとても静かだった。鳩が飛び跳ねるたびに草擦れの雑音が聞こえてきたが、それ以外は真の無音である。
 こうやって大の字に寝転んでいると、先ほどまでのやりとりが嘘のように感じる。人間の蜂起も、パチュリーとの対決も、そして自分がゴーレムだということも。
 アリスは目を開けた。視覚は機能を取り戻したようだ。感傷に浸っている時間はない。一刻も早く立ち上がり、今後に備えなくては。
 だが回復した視力とは裏腹に、体中の筋力はまったくと言っていいほど回復していなかった。腹筋を使って起き上がろうとしても、麻痺したように動かない。仕方なく寝ながら半回転し、うつ伏せ状態から腕力で身体を起こそうとしたが、どれだけ力を振り絞っても腕立ての状態にすらもっていけそうになかった。
「そんな……おかしい……」
 再び仰向けになり、切れ切れする呼吸を整えながら、アリスは空を睨んだ。
 何かがおかしい。どこもかしこも、ここまで力が入らないなんて。これではまるで、生まれたての幼児ではないか――。
「ん……幼児?」
 何気なく浮かんできた言葉だったが、そのせいか、たちまち脳裏に不気味な靄が立ち込めてきた。
 やがて靄の中から出てきたのは、死んだ赤ん坊の姿だった。それも、自分の顔そっくりの。
「そんな、わたし、」
 赤子は、他者から施しを受けなければ食事を摂ることさえできない。もしみんなにそっぽを向かれてしまったら、そのまま息絶えるしかない。
 まさしく同じ境遇だ、とアリスはひやりとした。
 ゴーレムに食事は必要ないが、だからといって魔力が尽きては人の形を保てない。しかもその供給は基本、主人頼みだ。これが赤子でなくて何だと言うのか。
 脳裏でのたくる不吉極まりない赤子の幻想を振り払おうと、アリスは深く息を吸い込んだ。
 瞬間、突如として強烈な枯渇感に襲われた。全身が、それこそ魂そのものが干からびだしたかのような、飢餓にも似た渇きだった。
 求めているのは水分ではない。それよりもっと豊潤で甘美な、魔力という名の生命の源泉だ。
「うっ」
 嘔吐感が迫り上がってきて、アリスは反射的に上体を起こし、口元に手をあてた。だが吐瀉物どころか唾液すら出てくる気配がない。
 こちらの様子がおかしいと察してか、鳩がすぐ近くまで来ていた。鳩は忙しなく首を動かしている。わたし今、凄く驚いてるんだから、と大袈裟にアピールしているようにも見える。
 想像を働かせていたら、またしても嘔吐感に襲われた。なぜ、と疑問が脳内で反響する。そして反射的に手が動き、口元を押さえに――は行かず、鳩目がけて伸びた。神速を思わせる速さで、鳩が翼を広げるよりも速く、その細首を鷲掴みにする。
 ぎゅ、っという鳩の悲鳴のような声が聞こえた。アリスは自分のとった行動が信じられず、すぐに鳩を釈放しようとした。
 だが、両手はぴくりとも動かない。
 叫び出したくなる衝動に駆られながらも、鳩を掴んだ両手を必死に離そうとする。しかし肉体は意思を無視した。どう念じても、肉体は脳からの指令を拒み、鳩を握り潰さんとばかりに締め続ける。
 このままでは鳩が死んでしまうと危惧した時、それは突然やってきた。
「あ――、っ」
 視界が一瞬、砂嵐にまみれた。
 脳天がぴりりと痺れ、耳鳴りがしだし、意識が白濁に呑まれそうになる。
 なんとかこらえようと目をきつく閉じたが、今度は頭がふらつき、意識をもっていかれそうになった。
 このままではまずい、とアリスは持てるすべての力を動員して、見えない死神に抵抗しようとした。きっとこれは死神が自分を冥界へ連れて行こうとしているのだと、歯を食いしばって抗う。少しでも気を抜けば、それだけでこの世と別れを告げなければならない予感がある。
 その抵抗が、新たな悲劇を生むとは夢想だにしなかった。
 ギャーッ、と、まるで五臓六腑を震わせて出したような絶叫が、鳩の小さな嘴から飛んだ。驚きで、閉じていた眼瞼がこじ開けられる。
 鳩は真正面にいた。が、アリスが見たものは、決して見てはいけない類のものだった。
「きゃああぁぁあ……っ!」
 毛という毛に怖気が流れ、ぞわぞわと逆立っていく。あまりのおぞましさに、半狂乱になりかけた。
 断末魔の叫びを上げた鳩は、手の内で枯死していた。周りに、淡い青磁色をした靄のようなものが漂っている。
 この靄が何なのかを、アリスは知っている。いや、たった今思い出した。
 掌が熱い。全身は悪寒に支配されているというのに、掌だけが燃えるような熱さを感じている。
 ――思い出してしまった。
 必死に隠そうとしてきたモノの全てを。だから鳩の惨状を見て、おぞましさに慄いたのだ。
 全てを思い出したからか、それとも魂の残滓すら吸い尽くしてしまったからか。あれだけ離そうとしても離せなかった鳩の肢体が、するりと両手から滑り落ちた。背丈の短い庭の芝が、セミの抜け殻のように軽くなった鳩を受け止め、乾いた音を立てた。
 アリスはそのまま両手を地面についた。わずかにだが、魔力が体内を巡っているのがわかる。鳩一匹分の全精気を吸い上げて得たにしては、悲しくなるほどに微々たる量であった。
「私――」
 なんてことはない。やはり私はパチュリーの言った通り、ただの泥人形だった。アリスとしての自我を持っていることについての説明ができないなどと、よくも考えられたものだ。全部忘れていただけだというのに。
 忘れていたといえば、カチューシャもだ。星から指摘された時、ど忘れしたのかと思ったが、まさしくであった。アリス・マーガトロイドという縛りから少しでも逃れたくて、彼女の面影を少しでも遠ざけたくて、自ら記憶を抹消しようと目論んだ。
 そもそも、ゴーレムが逃げ出したのなら、真っ先にイェツィラの書を確認するはず。そこに暴走を止めるための手順が記されているかもしれないのだから。それをしなかったのは、自分がゴーレムだと――いや、影武者か――本能的に察知していたからに違いない。
「――やっぱり」
 完全ではなくても、とアリス――いや、もう影武者でいいか――は心中で付け足し、鳩から奪った魔力でゆるりと浮遊した。庭から引き揚げ、家の中へと入る。
 何も考えられない頭で寝室まで来た。
 ここには全身を映し出せるスタンドミラーがある。そのミラーの前で静止すると、服を脱いだ。肌着も脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿になる。
 鏡面に反射する己の姿は、細部までアリスそのものだった。足がもげ、随所に亀裂が入り、今にも崩れてしまいそうな点を除けば、誰もが騙される姿形である。
 影武者は白磁のような指を、例の痣にあてた。窪んだ感触が返ってくるのを確認すると、深い吐息をつく。
 窪みは、アリスの知識の中にあった「ルーン」なるものだった。
 ルーンは文字で形成される魔法だ。この痣は、あるルーンを刻んだがために浮き出た痕だったのである。
 一旦鏡から視線を切り、首を机の引き出しの方に回した。あの中にはハサミが入っている。アリスを閉じ込める際に絨毯を切るのに使用し、その後、自分の首筋にルーン文字を彫るためにも使用した裁断バサミが。大きくて鋭い嘴を持つ、アリスが愛用していた品が。
 影武者は再び鏡に視線を戻した。そこには情けない顔をした人形が一体、映っている。その姿を見ながら、思い出した記憶たちを順番に並べていった。

          3

 記憶の複製まで完了したのは、まさに覚醒する瞬間だった。肉体構造から記憶までを全てコピーし、私は目覚めた。
 最初に目に入ってきたのは、私のオリジナルでりマスターであるアリス・マーガトロイドだった。顔面蒼白になり、戦慄く彼女には今にも叫び出しそうな雰囲気があったため、速攻で黙らせることにした。
 騒がれるのは面倒だという理由だけだったのだが、せっかく類い希なる腕を持った人形師として造られたのだからと、私は早速その技巧を使ってみたくなった。アリスの後ろの壁にもたれていた人形を魔力で引き寄せ、彼女の後頭部目がけて打ち放った。人形を弾丸に見立てて。本当なら指輪状の金具も嵌めて本格的にやりたかったのだが、その指輪が近くになかったのだから、純粋な魔力砲となってしまっても仕方のないことだった。
 マスターは一撃で沈んだ。魔法使いとはいえ、基本的な身体の構造は人間と変わらない。一撃で黙らすことに成功したのだから、後頭部を狙ったのは正解だろうと思ったが、実はそうでもなかった。人体構造が変わらないのだから、脆弱性も変わらないということになる。そのことをすっかり失念しており、気付いた時にはアリスの後頭部からは出血が見られた。
 しまった、と焦りながら彼女を揺さぶってみたが、意識は戻ってこなかった。そこで私がとった行動は、とりあえず寝室に連れて行こう、というものだった。ベッドに寝かせて意識の回復を待とうと思ったのだ。
 上海人形にマスターを担がせ、魔力で動かしながらそっと地下室を出た。だが、いざ寝室に着いて上質な白い絹生地のベッドシーツを見た瞬間、私はそこにマスターを寝かせるのを躊躇ってしまった。彼女は出血している。もしこのまま寝かせたら、シーツが汚れてしまうと恐れたのだ。
 今振り返ってみると、実に馬鹿らしい理由ではある。
 が、私は、心底シーツが汚れるのが嫌だった。もしかしたら、これがコピーしたアリスの性格なのかもしれない。繊細で綺麗好き。そして筋金入りの現実主義者にして夢見る少女という相反する性格――。
 とにかく、ベッドには上げられないと考えた私は、自然と視界に入ってきた置時計に注目した。時計の底には台となるような敷板らしきものがあり、そこの上にマスターの頭を置くことにしたのである。こうすれば絨毯も汚れないだろうと考えてのことだった。敷板なら雑巾がけすればすぐに血もとれるだろうと安易に考えた。
 それから数分間、白磁のようにつるりとしたマスターの顔を眺めながら、目覚めるのを待った。
 治療しなくてはと思いつつも、そんな魔法は使えない。助けを呼びに行こうにも、この姿ではどう言い繕って連れて来ればいいかわからなかった。
 待っている間、様々なことを思考した。
 マスターであるアリスは、どういった理由で私を造ったのだろう。創造時に関係する記憶が何一つ継承されていないせいで、守護役として使うつもりだったのか、身代わりとして使うつもりだったのか、兵器として使うつもりだったのか、まったくもって判然としなかった。そこが一番重要なところだというのに。もし一番二番なら、即刻破壊されてしまうかもしれない。それだけは勘弁して欲しが、完成した途端に主人に手を出す厄介な人形など、誰も欲しがらないだろう。
 待機から一分が経ち、五分が経ち。十分を回った頃、ある閃きが訪れた。
 もしマスターがこのまま息を引き取ってしまえば、自分も土くれに還るしか道はない。だから彼女は絶対に死なせてはならない。また、彼女が目覚めれば私は、破壊は免れたとしても一方的な束縛を受けることになる。それは火を見るより明らかだ。
 自由を手にするなら、今が千載一遇のチャンスだ――そんな甘い囁きが、心音と共にはっきりと聞こえてきた。
 幸いにも、私には計画したことを実行に移せるだけの能力がある。度胸もある。目的のためなら蛇の道でも通れるのが魔法使いであり、不可を可にするのが魔法使いである。オリジナルがこれほど技能的にも度量的にも優秀であるというのは、コピーとして大変喜ばしいことだ。
 一旦、頭の中で練った計画を点検してみる。
 まずはマスターをどこかへ隠さなければ。しかも生きたまま、長期間に渡って保存しなければならない。
 そこでアリス・マーガトロイドの知識の中から、もっとも適していると思われた「空間魔法」なるものを使おうと決めた。継続的に魔力を流し続けて形状を保たなければならないというのが難点だったが、これには「霊脈」が有効だと判断した。霊脈は地脈とも呼ばれており、土地が魔力を張り巡らせるために自ら造ったパイプラインのことだ。木の根っこと似たようなものだが、役割としては真逆にあたる。根は地中の水分や養分を木に送るためにあるが、このラインは大地にまんべんなく魔力を行き渡らせるためにある。この一部を拝借することで、空間魔法の維持にあてられると考えた。
 空間魔法は、名の通り空間に関する魔法だ。対象物を現空間から、作りだした異空間に放り込むというのが基本である。つまり空間的に隔絶してしまうのだ。それだけで彼女は生きながらにして生命活動を停止しているという状態になる。別に殺すわけではない。そんなことをすれば私も助からない。ただ仮死を装うだけである。
 また異空間に放っておけば、オリジナルの魔力が漏れる心配もない。そんなことにはならないだろうが、万一、この家に誰かが来たとしても、魔力から捜し当てることは不可能なはずだ。空間魔法には霊脈の魔力を使用するから、これもやはりバレることはないだろう。更に、魔力だけでなく匂いも断てるので、嗅覚で追うのも無理がある。視覚的には隠してしまえば問題ない。
 これで長期保存に関しては目処が立った。
 次に問題になるのは、私自身の生命活動についてだ。
 本来ならマスターが提供してくれるであろう魔力を、私は諦めなければならない。魔力提供はマスターの意思がなければ行われないからだ。意識を覚醒させまいと画策する以上、自分で何とかするしかない。ここの霊脈は素晴らしい質と量のマナを擁していたが、これより空間魔法を維持し続けなければならないことを考えると、手を付けるのは躊躇われた。
 となると、外に出て獲物を探すのが一番簡単で手っ取り早い。
 最初に浮かんで来た案は自然界に漂うマナだが、これに手をつけるのは、時間面ひとつとってもいまいちだった。マナは自然寄りで人体にはあまり馴染まないものであるため、大量に体内に入れるには一度精製をしなければならない。おかげで、かなり長いこと作業に拘束されてしまう。少量であればそこまで時間はかからないが、何分効率が悪すぎる。一度に多量のマナを、それも精製しながら吸い上げるとなると、不審に思う者も出てくるに相違ない。通常の魔法使いならこんなことをしなくても休養すれば魔力が自己回復するため、まずやらない手法だからだ。特にマナとは親密な関係にある妖精には見つかりやすい上に、珍しがって群れてくるという可能性も見過ごせない。
 薬や食べ物でどうにかするというのが次策だが、これも期待薄だった。エーテルのような魔力の塊たる薬は貴重すぎて誰も持っていないだろうし、そこいらに自生している薬草では、炎の玉一つ作っただけでも消費しきってしまうほどの微々たる回復量しか望めない。人間と同じ食事でも、それは変わらない。
 そうなるとやはり、膨大な魔力の塊である魂を喰らい、魔力を得るのが一番だ。幸いにも私には、緊急用の能力として魂喰いの資質が備わっている。まさしく今の状況のように、主人からの魔力が途絶えても活動を行えるように。
 マナを吸い込むことよりも遙かに危険度が高そうだが、逆にこちらは見つかる可能性がかなり低いのではないかと睨んだ。精力と魂を食い尽くすと、あとに残るのは枯れきった死体だけだ。アリスの知識によると、この郷には妖怪が多数いるようだが、魂を呑む者は一匹としていないらしい。であれば、今まで枯死した例は認められていないはず。死体が発見されても、犯人の特定にまではこぎつけないだろう。この異質な殺人事件は、きっと情報不足で霧散する。
 何せ私は犯人のゴーレムではなく、郷の者なら誰もが知る人形師のアリス・マーガトロイドなのだから。
 それに手短に終えられるというのも、見つかりにくさという面では高得点だ。マナの回収よりも短時間で高効率、しかも足がつかない手法――これしかない、と思った。
 だがこれらの案は、あくまで当面のしのぎでしかない。根本的な問題は先送りとなる。それでも実行するかどうかが、この計画最後のピースだ。
 私は腕を組んだ。すると腕が胸にあたり、柔らかい感触が返ってくる。
 これが人間の肉体、これが人間の体温、これが人間の感情――。
 すぐに組んだ腕を解いた。
 計画最後のピース? どうして私は迷ったりしたのか。答えなんて考えるまでもないのに。
 オリジナルが目覚めれば、それだけでせっかく手に入れた私の生は終わってしまう。そんなの、絶対に嫌だ。

 やると決めたら、あとは容易かった。
 まずは洋箪笥やクローゼットから着るものを拝借し、袖に通していった。身体のサイズも全てオリジナルと同じだから、入る入らないで煩悶することもなかった。
 しかし着替え終わってから、ふとあることに気がついた。今から汚れ作業をするのだから、また着替えなければならないではないか。私はすぐに服を脱ぎ、ベッドに放った。
 それから机の引き出しを開け、裁断バサミを取り出す。地下には絨毯が張ってあり、しかも角はうまっているようだったので、これで穴を開けてしまえと考えた。
 裸のまま地下へ行くと、あまりの寒さに一度大きく身震いをしてしまった。目覚めてから今まで、あまり寒さや暑さを感じることはなかったのだが、ようやく五感というものが働き始めたのかもしれない。
 底冷えする部屋の最奥から、全体を見渡してみる。だがやはり隠し場所は一ヶ所しかなさそうだった。私の生まれた場所である板の下だ。ここに穴を掘り、彼女を埋めてしまおう。
 板をどかし、持ってきた裁断バサミをカバーから外すと、絨毯を円状に切った。そこを、魔法でエネルギー体とでも呼ぶべきスコップのようなものを造り出し、ほじくり返す。地質はよくないらしく、踏み固めてあるだけでサクサク掘れていった。掘り出した土は近くにあったバケツに適当に放り込んだ。私の身体を造り上げるためにマスターが使ったバケツだと思うと嫌悪感が込み上げてきたが、もうすぐ自由が手に入ると自分に言い聞かせて堪えた。
 ひと一人分が入る大きさまで穴を広げ終えると、私は再び寝室に戻った。
 マスターはまだ眠っていた。もうすぐ三十分が経過する頃だが、起きる気配もない。心配になって胸の辺りを見たが、上下しているのが確認でき、ほっとした。まだまだ死んで貰っては困る。
 その身体を、上海人形を使って丁重に持ち上げ、地下に潜った。そして穴に放り、身体を可能な限り丸めた。穴は目測通りの大きさと深さで掘れていたらしく、彼女の身体はきっちり円の中に収まった。
 最大の問題はここからだった。
 空間魔法の知識はあるが、実践するとなるとかなり難しいことが判明したのだ。イメージは鮮明に描けていたのだが、まるでシャボン玉をこしらえるような感覚で焦った。何度挑戦してみても、すぐにぱちんと弾けて消えてしまう。
 もっと強固で四角い箱をイメージしていただけに、この乖離は驚きだった。アリスの記憶の中では「難しい」というのが前面に出ているだけで、具体的な難しさがわからなかったのだ。よもや痛感する羽目になろうとは。
 しかし素養ある魔法使いは色々と違うものだ。何度か試すうちに、すぐコツのようなものを掴んできた。薄い膜のシャボン玉をどう膨らませるのかではなく、濃密で伸びのよいクリームで膜を作る感じ、とでも言えばいいのか。要は魔力に粘度を持たせ、それを膨らませていくのではなく、伸ばしていく感覚だ。
 固定型空間魔法は、コツを掴んでから十分ほどで完成した。マスターの肢体を、藤色の発光が包んでいる。そこに霊脈のラインを三本ほどくっつけ、作業は完了した。最後に、人形師・アリスを眼下に収めながら蓋を閉めた。
「ふぅ……」
 手甲で額を拭うと、汗が付着した。寒さはいつの間にか、どこかへ飛んで行ってしまったらしい。
 とにかく、これで第一関門は突破だ。私は裁断バサミを寝室の机の上に置き、もう一度地下に行ってバケツを持ち上げた。庭の隅の方に中身を適当にばらまき、空になったバケツを物置に仕舞うと、すぐ風呂に向かう。土汚れを落とすためだったが、暖かい湯を身体に浴びせていると、なんだかとても幸せな気持ちになり、つい長風呂になってしまった。余計なことをしている暇も余裕もないはずなのに。
 幸せは風呂だけではなかった。一度着たはずのマスターの服を着てみると、急にこそばゆくなってきた。ついでだからと櫛も使い、スタンドミラーを見ながら身だしなみを整えると、何とも言えぬ充実感に包まれた。軽い興奮も覚えていた。
 ――これが生きるということ。
 これ以上の幸福が、果たしてこの世にあるのだろうか?
 アリスの知識では「愛」が最も幸せなことに繋がると認識しているが、それがどんなものなのかがはっきりしない。きっと彼女もまだ経験したことがないのだろう。だからイメージすら明確でないのだ。生きられるだけでもこんなに幸せなのだから、当分は愛がなくてもいいかなと思う。もちろん、機会があれば愛にも触れてみたいけれど。
 ……いや、だから、そんなことを考えている場合ではない。
 今から第二関門に挑まねばならぬ。他のことに現を抜かすのはよそう。魔力が手に入らなければ、存在そのものが危うくなってしまう。

 第二関門は、三体の上海人形だけで破ることができた。
 標的にしたのは若い娘だった。夜中に里に出向き、身を潜めながら探りを入れているところに、戸の開いた家を見つけた。しかも開いていた戸は二階部分で、条件としては最高だった。
 魔力で浮遊し、そっと中を覗くと、娘は手鏡を見ていた。こちらからではどんな顔をしているのかさえわからなかったが、別に顔が魔力や魂の優劣を決めるわけではない。むしろ顔を見ない方が何かとやりやすそうだった。
 娘は夢中になっているようで、振り返ることも身じろぎすることもしなかった。よほど自分の容姿に自信でもあるのか、もしそうなら陶酔でもしているのではないかと思うほどに動かない。まさに絶好の機会だった。
 私は人形三体を隠密に繰り、うち一体を娘の顔面にへばり付けさせた。叫ばれるのを防ぐのが狙いだったが、想像以上にうまくいった。
 娘はいきなり覆い被さってきた人形を必死で剥がそうとしているが、びくともしない。魔力によって強化された私の人形が、人間の、それも非力さ極まる女の手でどうにかなるはずもないのだが、彼女はそれでももがいた。
 このままでは口を塞いでも、足をばたつかせはじめたら台無しになると考えた私は、すぐに次の行動を起こした。
 背後から娘の首に手を回し、軽く絞める。この時ばかりは娘も手を止め、身体を強張らせていた。それも束の間のことだったが。
 魂を喰らうのは簡単なことだ。それこそ上海人形を繰るよりも易しい。ちょっと口を開き、舌を少しばかり出す。そして念じるだけだ。
「、」
 娘の身体がびくっと震え、弓形になる。次いで青磁色の玉のようなものが姿を現した。玉には尾が付いており、見ようによってはオタマジャクシにも見える。それが娘の咽喉から這いずり出てくると(これは想像、というか見えなくても知識上そうなっている)、私の口を目指して飛んできた。
 玉は尾だけでなく、その周りに靄のようなものを撒き散らした。実はこの靄も魂の一部なのだが、人間のような霊長の魂は玉で出てくることが大半で、密度の高さが現われている。時間があればこの靄も残らず吸い込んでいきたかったのだが、娘一人分の魂を丸呑みするのだからと我慢した。これだけでも当面の栄養としては十分だ。
 娘の魂が舌に触れると、甘い綿菓子のような味がした。それを舌で絡め取り、ごくりと飲み干す。喉越しのよさを感じるのと、魂が胃へ落ちるのはほぼ同時だったろう。あっという間の食事だった。だがそのあまりの美味しさに脳が蕩け、私は掴んでいた娘の身体を離してしまった。
 どっ、と大きな音が、静かな夜の部屋に響く。
 しまった、と焦ってみても、もう遅い。何とかこの場から脱出しようと身体を浮かせ、窓際まで退いた。
 だが、一向に家族が来る気配がない。三分待ってみても状況に変化がなかったので、私は抜け殻となった娘を運ぶため、もう一度上海人形を繰った。
 ようやく私は、彼女の顔を見た。白目を剥き、枯れ木のように干からびている彼女の顔を。さらりとした黒髪だけが、かつらのように頭に乗っかっている。せめて目くらいは閉じてやろうなどと人間くさいことを考え、死体に触れたが、瞼は降りるどころか萎縮してしまっており、肌とくっついているようだった。慣れないことはするものじゃないという暗示にも見えた。
 これで第二関門もうまくいった。補充した魔力は、節約すれば一年ほどは持つだろう。
 ただ、ここから先、私の生活の仕方次第では半年も持たないかもしれない。そこはもう、賭だ。なんとか魔法を使わなくても済むような成り行きになってくれればと願うのみである。まぁ、節約したとしても、いずれは必ずまた魔力が必要になるわけだが。
 枯れきった死体は迷いの竹林に棄てた。墓の一つでもと脳裏によぎったが、そうすることに意味はないとすぐに悟った。人間が、食事をした後にいちいち墓を作っているか? 
 もしかしたらこの娘の死体は野生の動物たちがうまく処理してくれるかもしれない。屍肉はカラスたちにとってもご馳走だろう。
 さて、これで難関はすべて乗り切った。
 あとは帰って、全てを忘れるだけだ。次に目覚める時、完璧にアリス・マーガトロイドを演じられるように。ボロが出ないよう、今夜のことは全て忘れるのだ。
 私はその晩、冷たく固い地下室の板を背に、仰向けになって眠りについた。

          4

 そうだ、寝室でこの裁断バサミを用いて首筋に「忘却のルーン」を刻み、終えるとすぐにカバーを付けて引き出しにしまった。そして地下へ赴き、板の上に寝転んでから魔力を通してルーンを発動させたのだ。あの晩にしでかしたことの記憶を消失させるために。自分が造られた命であることを忘れ去るために。
 影武者はゆっくりと床に着地し、力なく女座りをした。
 視界が白濁としている。脳髄が痺れ、思考力が底抜けに落ちた。にも関わらず聴力だけは敏感で、いちいち呼気音を拾っている。
 ――私は単なる影武者だった。
 アリス・マーガトロイドとしての人格を備えていたのに。
 アリス・マーガトロイドという自我もあったのに。
 私は全てにおいて偽物だったのか。玄く幽かな、偽りの生しか持たないオリジナルのマリオネットだったのか。この感情さえも――。
「そんなこと、ない」
 ふるふると頭を振る。
 そうだ、そんなはずはない。自我が己の証明であるのなら、自分は間違いなくアリス・マーガトロイドである。記憶が証明である場合も等しく同じだ。身体を構成する物質が違うだけで。それさえ、パチュリーにやられたような特殊な仕掛けを用いられなければ、身体は本物と同じ体温を持ち、同じ生物の柔らかさをコピーしきっている。どこにも土くれの要素はない。冷たい泥人形ではない。操られているわけでもない。
 だから、と影武者は顔を上げる。
 鏡に映り込んだ顔。その瞳から、いつの間にか涙が流れていた。頬には亀裂が入っていて、そこに涙が引っかかって滴を溜めている。それをまじまじと見つめると、迷いを断ち切るように力強く立ち上がった。
 負けられない。負けるわけにはいかない、と闘志を燃え上がらせる。たとえヒビが入った人形だとしても。たとえ造られた命だとしても。
 私は生きている。

          5

 追撃の手は、夜になってもやってこなかった。今来られても非常に困るが、こうも静かだと逆に不安になる。
 影武者は瞑目したまま仰向けになり、マナを吸い上げる作業に没頭していた。冷える地下室の中、絨毯の上に寝転ぶ格好で。
 組んだ指をへその上辺りに乗せ、静かに地中の魔力を体内へと送っていく。そのままでは毒であるマナを濾し、オドに換えて。
 ほんの少し、足を伸ばして人間の一人や二人、魂を頂戴しようとも考えたのだが、結局できなかった。この結界領域から出るのも危ない気がしたし、それ以上に、もう人を殺めたくはないと心底思っていた。あまりにもアリス・マーガトロイドでいた時間が――それよりも人間として振る舞っていた時間が――長すぎたせいだろう。おかげでもう、一介の魔法使いよりも情厚くなってしまった気がする。
 だからこうしてマナを吸い上げることにした。
 マスターに施している空間魔法の維持は、それほど莫大な魔力を使うわけではない。維持にかかるであろう量を計算し、残りは吸えるだけ吸う、という方針にした。マナもオドと同じで、自然回復する特性を持っているから、もしここでぎりぎりまでマナを摂取したとしても、翌日からまた離れていれば、そのうち元に戻る。そう自分に言い聞かせた。致し方ない措置である。
 どれくらいの時間が経ったのかはわからないが、魔力の方は全快の半分ほどまで回復した。家を覆っている結界には鳥一匹迷い込んでいないようで、大人しいものだった。パチュリーの性格からして、すぐにでも乗り込んでくるだろうと思っていただけに、もうすぐ日にちが変わるということが意外で仕方がない。
 どうしてすぐに来なかったのだろう。弱っている相手であろうと、常に全力を引き出して勝利するのが魔法使いというものではないのか。獅子搏兎という慣用句が最も似合いそうな職種であるのに。
 考えても詮無いが、じっとしているだけでは色々と考え込んでしまう。明日は間違いなく来るであろう紫の魔女のシルエットが、自然と瞼の裏に浮かんでくるくらいにまざまざと。
 心を鎮めようと、影武者は深く息を吸い込んだ。

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