東方二次小説

楽園の確率~Paradiseshift.第5章『黒谷返上』   黒谷返上 第6話

所属カテゴリー: 楽園の確率~Paradiseshift.第5章『黒谷返上』

公開日:2018年05月07日 / 最終更新日:2018年05月07日

楽園の確率 ~ Paradise Shift. 第5章
黒谷返上 第6話



 翌日になって、文の姿は人間達の避難する命蓮寺にあった。
 三尺坊の尽力もあったのか、文に下った沙汰は驚くほど軽かった。幻想郷からの放逐はおろか所払いにも至らず、書陵課の末端である権令史(ごんのれいし)をクビになっただけ。最低限の禄も取り上げられてしまったが、今は三尺坊預かりとしてその直轄で働くのも許されていた。
 その最初の仕事が、守矢神社への義捐米の算段とその搬入の奉行。
「流石は天狗さんです。これだけの量のお米をパパッと運んじゃえるんですから」
 早苗は一仕事終えて満面の笑み。こういった物が搬入されれば己が身さえよしとする不埒者が出そうなものだが、その必要すら無いほどの量。石(こく)という単位で計った方が早いぐらいで、初度搬入分だけで米蔵一棟分の俵がうずたかく積み上げられていた。
「なんのなんの。しばらく天気も良いし、拙僧らも近々御山から食料を運び込むだろうから演習みたいなものよ。それにしても、よくこれだけの量を供出する気になったものだ」
 実際に輸送を実施したのは、豊前坊が長官を勤める主計庁の下部組織。その実動要員が――またも使い走りにさせられたのか――玄庵が指揮する英彦山衆だった。
「それはまあ、これでこちらに信仰が集まれば万々歳、米で買えるなら安いものです。それに、諏訪子様が今回の件には当たれるだけ全力で、と仰ってましたので」
 どうも彼女自身が人間である、というのは理由にならないらしい。それにしても、本来は表立った発言をしない諏訪子がそう言うのは意外である。玄庵は気にも留めないが。
「ほう、御祭神のお達しか。ときに早苗殿、この後は拙僧と門前町で茶などどうかな?」
 彼は酒精の臭いも抜けて上機嫌。傍から見れば犯罪臭が激しい光景を展開させているが。
「えー、っと。文さんも一緒なら、お酒でもお供します!」
 突然名を呼ばれて振り向く文。そちらを見つめる早苗の笑顔は眩しいが、玄庵の方は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「ぐむ。難しい選択だな……」
 普段なら二つ返事で文へのセクハラついでに連れ立つだろうが、今は咎人と化した文と付き合う彼ではなかろう。それでも即座の否定でなく「難しい」とするのも彼らしい。
「あと、もちろん玄庵さんのおごりですよ? 文さんの分も」
 ますます厳しい表情を浮かべる彼に、文もお断りと冷ややかな視線を浴びせにかかる。
「そんなに難しい顔をしてどうしたんですか?」
 話し掛けてきたのは白蓮だった。玄庵の破廉恥などは身内の恥として明かせず、当たり障りの無い、しかし気になっていた話を切り出す。
「いえ、食料の件はこの通りとは言え、ヤマメさん達はどうなったのかと思いまして」
 訃報は届いていない、だが朗報も無い。白蓮も確かにと難しい顔をする。
「続報はあったんですけれどねぇ。それでちょっと、二人とも永遠亭へ行ってまして」
「ああ、瘴気がコントロールできた様子は見受けられませんでしたし。それよりも永遠亭って、ひょっとして卑妖を捕らえて治療をさせようとか?」
 危害を加えるなと念を押したのに、やはりか。しかし魔理沙が一緒なら安易に傷を付けるような真似はしなかったろう。
「ええ、残念ながら瘴気は操作できなかったそうですが、ヤマメさん自身は瘴気の中でも耐えられたそうです。魔理沙さんも瘴気のサンプル回収のついでに、卑妖を捕らえたと」
 一人でも多く、人里の人間を助けたかったのだろう。人間同士でも面識が無ければ身を挺するような必要も無かろうに、こういう時はそんな同族意識が働くのか。
(それか思い切り悪く考えれば、実験かな……)
「ときに、響子さんは?」
 共に行けなかった白蓮は首を振ってから、文に耳打ちする。
「実は、ここにも人里に潜む妖怪がいくらか避難してまして、その中にも仲間を囚われたというモノがありました。例えばたまたま人里に来ていた狼の妖怪だったりとか」
 他にも囚われた妖怪がいるのかも知れないと白蓮は続ける。人間の変じた個体より強大さを示した菰雲の例もある。僧正坊以下鞍馬衆共々、今後立ちはだかるのが予想できる。
「ほら、噂をすればなんとやら。朗報を期待しましょう」
 白蓮は降り立つ二つの影を認め、さっそく二人を労う。
「おお、文の方は上手くやってくれたのか。助かったぜ。でもこっちの方は、な」
「中々上手くいかないね、私の力不足なのかも知れないけど……」
「けどヤマメのお陰で色々と分かったぜ。治療は兎も角、卑妖の性質も少しはな」
 それは朗報でも悲報でもある。
「詳しくは……寒いし中でいいか?」
 魔理沙の言、ここでの話は憚るという意味だろう。辺りには、里を出たとは言っても純然たる人間である彼女の情報を期待して、耳をそばだてる同族もいる。
 なるべく奥まった宿坊へと移動しようとするその四人を、また玄庵が見つめていた。
「あれは……!」
「ああ、土蜘蛛のヤマメさんですね。あんまり地上に居ちゃいけないんでしょうけど」
 彼は宿坊へ向かうヤマメの後ろ姿を見て肩を震わせている。合点のいかぬ、怒りなどのためだろうかと早苗がその顔を覗き込むがしかし、彼は笑いを堪えているようだった。
 愉快だったのだ。よもやこんな所で、あんなモノに会おうとはと。何かに利用するなどでは無い。彼女が壮健な姿で幻想郷に在ること、それがこんな時に姿を現したと言うのが。
 その笑いは同時に、今まで彼が腹の底で飼っていた獣を軛より解き放った。
「この九百年、そんな所にいたのかよ、ヤマノメ。拙僧はお前達を探していたんだぞ」
 玄庵のこの言葉の意味を、唯一側で聞いた早苗は知る由も無かった。

 白蓮や魔理沙達に加え、神子までを交えて僧坊で語られたのは、文が思っていたよりも重要な情報だった。
「瘴気のサンプルを永琳に分析してもらったんだが、物質層は毒性を持った化合物、硫化物っぽいって回答だ。私も同じ結果だし、ヤマメが知ってる旧地獄の瘴気とも近いらしい。だが論理層と言うか呪詛部分が異質で、それでヤマメには操作できなかったみたいだ」
「やはり毒物だったんですか。それも呪詛が籠もった」
「ヤマメが言うには、旧地獄の瘴気には怨霊も溶け込んでて、それを取り込むと怨霊と一緒になる事もあるらしい。卑妖化はそれと同じ原理の可能性もあると。現時点では元に戻せるのかは難しい。でも分かったこともある。あいつらには燃料切れがあるみたいだ」
「燃料切れ?」
「って魔理沙は軽く言ってるけれど、実際は飢餓状態だと思う」
 飢餓。文もその方向に思考が及んでいなかったが、すぐ側に座する“近い例”が言う。
「なるほど、我々が霞を食べると言われるように、卑妖は瘴気を食んでいると?」
 文が知る尸解でない仙人などは、どちらかと言えば常時何かをパクついているイメージがある。食べない分を妖力でカバーするのも妖怪だ。卑妖はそのいずれでもないのか。
「ああ。解呪の当てが無いんで、とりあえず永琳が検査を進めてたんだ。そしたら――」
 暫く瘴気を発していた卑妖のそれが徐々に薄まったと思えば、急に暴れ出した。それは蝋燭が消える寸前の最後の輝きに近く、永琳は即座に断末魔の様相と判断したのだった。
「幸い、あいつがその事態を想定して月の姫様を待機させてたんだ。永遠と須臾を操る能力だっけ。それで今は卑妖としての身体の消失か崩壊か、単なる死かを防いでるらしい」
 消失、あるいは崩壊。そうだ、妖怪なら飢えれば徐々にそうなる。しかし生物界の生物とも、妖物とも言い難い卑妖の場合、どうなるのか分からなかった。これがそうだなのだ。
「だからもし卑妖を捕らえたなら、瘴気の途切れない場所に留め置くか、すぐに永遠亭に連れて来て欲しいと言ってた」
 敵を倒すのには多くの勢力の顔色を窺う必要もあるが、人道的な立場に異は唱えられまい。永遠亭はその方面で活躍し、幻想郷での影響力を主張するつもりなのか。元々天の目(月の都)より隠れ住んできた彼女らであればこその立ち位置と言えよう。
 それと瘴気の途切れない場所と言っても、瘴気の質が違うというのならば、旧地獄は候補地とはなるまい。事に当たれば、永遠亭への後送が前提になる。
「下を見ても二百人の人間が囚われたのに、果たして収容できるのかどうか」
「永琳のことだ、それぐらいは考えてるだろうぜ。それでそっちは、どうなった?」
 食料はさっき見た。ならば次は火仗の貸与を始めとする妖怪の山の支援の話。
「本当に、良いんですね?」
「殺さないで済むなら、そうして欲しい。私もできる限り前に出てヤマメとそうするつもりだ。里の奴らやお前らにばかり任せないぜ」
 普通の人間の魔法使いは大人しくしていろと悪し様に言われたのを忘れたのか。いや、文こそそう言ったのを忘れ、彼女を頼みにする心すらある。彼女こそ霊夢と並び立つ者だ。
「それに、行動不能な状態になるか拘束すれば、私達も搬送の手助けをしますので」
 まだ傷の癒えない白蓮が言い、神子も頷く。負傷した白蓮も言霊に飲まれかけた神子も、戦えは出来まい。人間の、魔理沙の後ろでしか活躍出来ない気持ちは如何ばかりか。
「火仗はこの後、儀式担当の天狗が運んで参ります。予定通り四十丁、人員の選定は?」
「こちらも従前の通りに、人間の代表の方々が募っていたようです。大丈夫かと」
 文は白蓮達の答えに「そうですか」と、感情を込めずに答える。確かに従前の通りだ。文が確約した戦いの仕上げ、権現格のお出ましを除けば。
 文自身は確かにその罪状を一・二等減じられたかも知れないし、火仗の貸与は認められた。これは妖怪の山として認めざるを得ない状況にさせられたため、履行されたに過ぎない。ただしそこから先は、首脳部も思うとおりにさせないと、えげつない決を下した。
(そうですか、犠牲者は決まりましたか……)
 ただでさえ決死隊のようなものだったが、それは文の減刑と共に、真に決死隊とされた。御八葉は大天狗等の権現格の天狗の出陣を認めず、秋葉衆だけで事を治めよとしたのだ。これは秋葉衆までも連座させた、遠回しな意趣返しと言えた。人間に近しい天狗である文と、長らく駐屯吏を勤め上げた彼らへの。
「では、今のうちに火仗の取り扱いの説明をしておいた方が良いでしょう。そのように、人里の方々にお話を通して貰えますか?」
 文の求めに、彼らを抱える神子と白蓮は承知と答え、自ら志願者を呼びに向かった。
「文さん。射命丸さん?」
 不意にヤマメに呼ばれ、振り向いてみる。
「今更だけど、射命丸って格好いい名前だよね。どんな由来なの?」
 唐突に何事だろうとは思ったものの、待つ間の雑談にはちょうど良いかと文は応じる。
「格好いい、ですか? 実は“丸”って半端者って意味で付けられてたんですけど」
 そう名付けたのは当然三尺坊だった。
「あれ、そうだったの?」
「神事の流れ矢に当たって死にかけていたのが切っ掛けでしたから、まあ仕方ないです」
 命を射られた鴉より変じた新米天狗、故に射命丸。だった。
「でも、それならなんで、今も『丸』って名乗ってるの?」
「……この名を、良き名だと言ってくれた人が居たんです。それに今も半端者ですから」
 はにかんで答えるそれは良き思い出でもあり、その姿と共に結晶化した想いでもあった。
 ヤマメはこの反応に悪い事を聞いたと考えてか、自身の由縁も語り始める。
「けど文さんと違って私のはね、ホントに適当だよ。元々山を掘ってた女だからヤマノメって呼ばれてたけど、これだって名前じゃなくてただの通称だったし。で、旅先で山女魚の妖怪に会って、名前を借りたのが始め。ね、適当でしょ?」
「でも黒谷の名は、結構意味ありげですね」
 そちらは天台宗総本山、比叡山の西塔に属する霊場の名でもある。
「そっちも適当。ちょっと箔を付けるために、源頼光(みなもとよのりみつ)ってお侍と戦ったっていう土蜘蛛の名を勝手に借りたの。みやこで偉いお坊さんが立てた庵が黒谷さんって呼ばれてて、その辺りで討たれたって話にあやかってね」
 本当は名無し。誰でも無い、何者でも無いのだと、ヤマメはあっけらかんと言う。
 己こそ、誰でも無い、何者でも無い。古くから幻想郷に、妖怪の山に在しても、面倒を遠ざけるため冷遇すら耐えて端役を甘受してきた。何者にもならずに延々と、この箱庭で暮らしてきただけの、ただの鴉天狗に過ぎない。
 己と比べて、ヤマメは同胞達の中でどう暮らしてきたのか。文が彼女との会話の中でそんな疑問を浮かべた所へ、魔理沙が物理的に首を突っ込む。
「なるほど、本当に適当だな。でも割と良い名前だからなぁ。じゃあ次は私だけど――」
「お待たせしました。火仗を取り扱う方々をお連れしました」
 混じろうとした魔理沙の言葉は役目を終えた白蓮に止められた。ふて腐れる魔理沙を見て文とヤマメは笑い合う。しかし文も、現れた人里の衆を見て、驚きの余り言葉を止めた。
 最悪、今回の件に乗じて、妖怪排除を掲げる過激派の手に火仗が渡る危惧もあったが、今のこれは全く逆の驚きだった。
「専業の猟師ではありませんが、このたび火仗隊に志願いたしました、狭山屋住み込みの一同であります。天狗様、短い間となりましょうが、ご指導ご鞭撻のほど何卒と!」
 先頭に膝を着いて頭を下げるのは善八郎。後に続くのも皆、秋葉衆であった。
 人間を軽々しく死なせはしない。それが彼らの意思か。
 彼らも幻想郷に在って人間を守ろうとする者なのだと、文は今更ながらに思い出した。

「これが火仗です。見た目はおよそ、里でも猟銃として使用されている村田銃と大差ありません。これはその村田銃の、純粋な軍用銃としての裔(すえ)となるライフル銃だそうです」
 村田銃と言われる銃も元々は、御一新の後に成立した国軍たる帝国陸軍が『軍銃一定』(効率的な製造と斉一な行動のための小銃の統一、制式化)を図るために整備した銃だった。
 年式まで含めた名称は、初めての制式銃である『紀元二五四〇年式村田銃』から始まっている。これは明治十三年(皇紀二五四〇年)に制作された物で、その後、騎兵用の『十六年式騎銃』が、更には通称『十八年式村田銃』が開発された。
 猟銃のベースになったのはこれらのうち二五四〇年式(十三年式)と十八年式だ。
 大結界が確立した後に制作されたこれらの猟銃はしかし、その普及と認知度から、未だに幻想郷に流れて来ずにいる。今人里にある、あるいは郊外や山岳に住まう猟師が持つのは人間ごと迷い込んだ物ばかりで、所謂ところの“幻想入り”で辿り着いた物は皆無。
「これはそれら軍用銃としての村田銃の最終型式『二十二年式村田連発銃』を元に、河童が模造改善、量産させた物です。照準具は、原型の二千メートルと刻まれた照尺を廃し、照門と照星のみとしています。なお有効射程は三百メートル、約三町弱です」
 僧坊で車座を為す男達の中心で、文が運び込まれたばかりの火仗を以て手解きする。秋葉衆と、実は文も東塔で説明を受けるまでこれを扱ったことが無く、事前に渡していた活版印刷と青刷りを組み合わせた手引き書を自身も手元で開きながらの解説になっていた。
 製造から相当な年数が経っていられると見られる銃身はしかし、存分に鋼鉄(くろがね)の輝きを残しており、却ってそれが戦闘の支障になると思えるほど。
 逆にその銃身を支える先台から銃把、元台(床尾)までの一体化した木材部は、手入れのために塗り込まれた亜麻仁油が酸化して黒光りし、扱っていた者の手の形に擦れ、一部には割れも見える。
 槓桿(こうかん)を回して引き、薬室を開放して見せた後にまた閉じて見せる。猟銃に触れたことも無い者が多いという前提(実際にそうなのだが)での実演。
「しかし不思議な話ですな。この型だけが人の手に依らず、幻想郷に流れ着くとは」
 そうでなければ妖怪の山で使う火仗は火縄銃か、精々がゲベール銃止まりだったろう。
 鉄と火は今も人々と共にある。しかしその中にあって、二十二年式だけは軍国主義教育の中で学校の教練などに使われた物だけが残り、武器としての本領を失ってここに現れた。
「それでは、これは猟銃にもなり得ず、人々の心にも残らなかった欠陥兵器。の模造品という事でしょうか? それ故、妖怪の山では武器として用いず、儀式用に使っていたと」
 代表して善八郎が質問する。彼も火仗の本義部分を知らなかったため、この場に際して一通りそれを押さえた文に尋ねたのだ。
「いえ、一概にはそう言えないみたいです。弾薬を一つずつ込めていた十八年式までと異なり管状弾倉を採用。また発射薬をそれまでの黒色火薬から、銃身や機械部分への汚損が少ない無煙火薬にする等、当時の欧州のトレンドを採り入れた革新的な作りですし」
「では何故それは、この幻想郷に至るまでになってしまったのでしょうか?」
「革新的な作りが一部で仇になったそうです。管状弾倉は弾薬を前後に並べて込める物ですが――御存じでしょうが、この弾薬というのは後ろを叩くと弾丸が飛び出るんです」
 そんな物を前後に並べればどうなるのかは、弾薬を見たことが無くても分かるだろう。
「もしかして、暴発するのか!?」
 さしもの彼も素で応じ、居並ぶ秋葉衆もどよめきの声を上げる。
「いえ、その恐れを局限するため、弾丸の先端は平らになっています。ただ今度はそれが無煙火薬の反応速度の速さを悪い方に働かせ、安定し辛い弾道になってしまったと」
 これ以上は突っ込んで聞かれても答えられないぞ、という文の視線に、これで終いにすると善八郎は以心の術を飛ばす。
「確か軍用銃には銃剣という物が据えられたと思うのですが、火仗にそれは?」
 人間として戦う限り、彼らには方術の行使はおろか飛ぶことすら許されない。始めから火仗部隊の白兵戦は想定に無かったが、万が一にはそれに及ぶ可能性もある。
「ええ一応、火仗と同数だけは運び込まれています」
 槍棍術に慣れた彼らとしては、これが有った方が心に余裕も生まれるだろう。
「ならば、それも全員に貸しては頂けないでしょうか」
「お望みならば。ただこれは数打ちのなまくら、突くにはよいですが切れませんよ。質問が無ければこれよりまず、皆様方に火仗と銃剣を貸与いたします」
 文が立ち上がると、車座の縁から、今し方駆けつけた白蓮の弟子が焦った様子で叫ぶ。
「姐さん。この方々の出立は様子を見た方がよいかと」
「どうしたの? 一輪」
「瘴気の塊が移動を始めました。多分、大蜘蛛ごと動いています!」
 外にいた魔理沙とヤマメは、既に追跡を始めているとのこと。
 なぜ今に。事を起こそうという結節こそ、あらゆる物は脆くなる。その結節となる今に。
「射命丸さん、如何しますか。私も踏み留まった方がよいと思いますが」
「いえ。白蓮さんも御存じでしょうが、この方達は既に覚悟を決められた勇士です。この事態にも耐えられましょう」
 白蓮や一輪には、彼らが天狗であると隠すのは無理だった。しかし彼女達は文の心を理解し、秋葉衆の想いも汲んで理解を見せていた。覚悟の程も然り。
「なら何も言いませんが、本当に私達の助けは」
「ええ、先ほど仰った、負傷した方や拘束した卑妖の後送を手伝って頂ければ十分と」
 それはいくらでもするがと白蓮は不安そうな貌を見せる。
 だが文達の間には、今だからこそ動くべきだという確信が走っていた。
「これより直ちに、火仗と銃剣を貸与します。火仗と銃剣を受け取った方は、弾薬の配分を受け、これを弾囊(だんのう)に格納して下さい。弾薬を込める時期は追って指示します」
「出発の前に、一つ確認したい事がございます」
 あえて、善八郎が尋ねる。
「なんでしょう?」
「この度、我々が卑妖を除いたならば、次は妖怪の山より大天狗が与力に加わると伺っておりました。これに如何な方がお出ましになられるのでしょうか?」
 秋葉衆のみで事に当たれとなった時には彼が立つはずだったが、彼は今、人間として戦列に加わっている。文に全て任せてそこに居るのではない。だから戒めに代えて問うのだ。
「私はこの地で一番古い天狗です。その私では、足りませんか?」
 文は可能な限り傲岸に言い放つ。
 彼にとって、己などは満足にも飛べなかった時のままの、何者でも無い、雛鳥みたいな存在なのかも知れない。しかしそれでも構わない、その通りだからだ。
 己の心はあの時に結晶化し、それ故に今も小娘の姿を取り続ける『射命丸』なのだから。

感想をツイートする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

一覧へ戻る