東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第13章 輝針城編   輝針城編 9話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第13章 輝針城編

公開日:2019年11月02日 / 最終更新日:2019年11月02日

―25―

 こういうとき、率先して話をややこしくしに行くタイプの人がいる。
 プライバシーに配慮して名前は伏せるが、東風谷早苗さんと言う人だ。
「なんですか貴方は! 怪しい妖怪ですね! 退治します!」
 早苗さんが大幣を構え、私たちの前に飛び出した。ドラムの少女は目をしばたたかせ、そしてひどく愉しそうに笑った、
「あら、私を妖怪と認めてくれるの? 嬉しいわ。貴方、噂の妖怪退治の巫女でしょう?」
「おお、守矢神社の名前もだいぶ知られてきましたね! その通り、私は守矢の風祝、東風谷早苗です! 妖怪退治で信仰ガッポリいただきます!」
「守矢? 東風谷? はて、巫女ってそんな名前だったかしら……」
 ドラムの少女は首を捻る。どう考えても彼女が想定しているのは霊夢さんの方だろう。
「まあいいわ。私を封印するというならもう無駄よ」
「えらい自信ですね。無駄かどうか戦って確かめて差し上げます!」
「ちょっと、待って待って早苗ちゃん」
 蓮子が慌てて身を乗り出し、早苗さんの巫女服の裾を掴んだ。
「なんですか所長!」
「妖怪とみたら問答無用で退治するんじゃ霊夢ちゃんと一緒よ。守矢神社は八坂様を見習ってもっと冷静に、大人の態度で妖怪と向き合いましょ。まずは向こうの目的の把握からよ」
「むむむ」
 不満げに振り向いた早苗さんは、蓮子の言葉にひとつ唸って、存外素直に引き下がる。やはり霊夢さんと一緒と言われるのは嫌らしい。同業種では差別化が大事だ。
「はじめまして、ドラムの付喪神さん。宇佐見蓮子と申しますわ」
「あら、これはご丁寧に。私は堀川雷鼓、種族はお察しの通りよ」
 帽子を脱いで一礼した蓮子に、ドラムの少女――堀川雷鼓さんは微笑んで頷く。
 そして、蓮子の顔をみやって、「ん?」という風に少し眉を寄せた。
「何か?」
「いえ、まあいいわ。挨拶していただいて何だけれど、用があるのはそこのふたりなの」
 雷鼓さんは九十九姉妹に再び視線を向ける。九十九姉妹は顔を見合わせた。
「あの、助けに来た、と仰いました?」べべべん、と琵琶を鳴らして弁々さん。
「おたすけー」と両手を挙げる八橋さん。
「そう。貴方たち、このままでは消えてしまうわよ。せっかく妖怪になれたのに、ただの道具には戻りたくないでしょう? 妖怪として生き残る術を教えてあげる」
 自信満々の雷鼓さんの言葉に、九十九姉妹の顔が輝いた。
 一方、それに不満げな顔の風祝も約一名。
「所長、このドラマニの擬人化さん、妖怪を増やそうとしてますよ! 人間の敵!」
「ドラマニって何?」
「ドラムマニアに決まってるじゃないですか! あいにく私はコナミよりパラッパラッパー派です! スペースチャンネル5も名作です! ドラマニだからって容赦はしません!」
 何の話だ。
「ところで、そこの亀に乗ってる人間ふたりは、この付喪神ふたりの使用者かしら?」
 と、雷鼓さんがまた私たちの方を向く。
「え? いやいや、ただの案内人ですわ。九十九姉妹が道具に戻りたくないというので、それを回避する方法を探しているところでしたの」
「なんだ、それなら目的は一緒じゃない。だったら、宇佐見蓮子だったかしら? その付喪神ふたりに関しては、あとは私に任せてもらえない?」
「はあ。どうやらそのようですけど――生憎、貴方が甘言を弄して純真な付喪神を利用する悪い妖怪じゃないという保証はありませんわねえ」
 蓮子が帽子を弄りながら、挑発するように言う。おや、珍しい。蓮子はいつも無鉄砲とはいえ、普段はこんな、無駄に相手を煽るようなことは言わないのだが。針妙丸さんを欺して利用した正邪さんの印象が残っているのだろうか。
 九十九姉妹も、ちょっと戸惑ったように視線を彷徨わせる。雷鼓さんは肩を竦めた。
「心外ねえ。どうしたら信用してもらえるのかしら」
「そもそも、貴方は何者です?」
「だから見ての通り、ドラムの付喪神。今回の異変で生まれたばかりの新米付喪神よ」
「それにしては、貫禄があるようにお見受けしますが」
「あら、嬉しい。そう言ってもらえるなら努力した甲斐があるものだわ」
「努力といいますと?」
「それはもちろん、付喪神として生き残るための創意工夫よ。与えられた魔力を失っても、妖怪として生き続けるたったひとつの冴えたやり方。私はそれを、あの魔力で生まれた付喪神たちに教えて回っているの。せっかく生まれたのに、あの魔力が失われたら消えてしまうなんて、あまりに世知辛いじゃない? 付喪神にも妖怪として生きる権利はあるはずよ」
 ――彼女は、打ち出の小槌のことを知っているのだろうか?
「ああっ救世主様! たーすーけーてー」
「助けてください、お願いします」
 九十九姉妹が涙目で雷鼓さんにすがりつく。「よしよし」と雷鼓さんはふたりの頭を撫で、そのままふたりを侍らせるようにして足を組み直した。
「もちろん、私はそのために来たんだから」
「ははー」
 傅く九十九姉妹。早苗さんが「所長、妖怪同士手を組んでしまいましたよ!」と口を尖らせるが、蓮子はあくまでそれを制して雷鼓さんに向き直る。
「せっかくですから、その『冴えたやり方』を私にもお聞かせ願えませんかしら?」
「あら、貴方は人間でしょう? そういえば、貴方のコートは少し妖怪の気配がするわね」
「え? ああ、トレンちゃんにまだ魔力残ってたのかしら」
 蓮子がトレンチコートの裾をつまむ。この一週間で小槌の魔力も抜けたと思っていたが、まだ若干の残滓があるのかもしれない。
「そのコートも妖怪にしてあげましょうか?」
「いえいえ、それには及びませんわ。詳細を伺いたいのは純粋な知的好奇心ゆえで」
「あらそう? そのコートが付喪神になったら私のところへ連れてきなさいな」
「はあ。で、付喪神が妖怪として生き残る術とは?」
「そうです! 教えてください!」八橋さんが手を組んで祈りのポーズ。
「どうかお慈悲を……」弁々さんもお祈り。
「なに、単純なことよ。魔力を置き換えればいいの」
 雷鼓さんは不敵に笑って、そう答えた。
「置き換え……?」弁々さんが首を捻る。
「そう。今の貴方たちは外部から強制的に与えられた魔力で付喪神化しているから、その魔力が失われたら消えてしまう。消えないためには、今の自分の魔力を、別の魔力に置き換えるしかないわ」
「そんな、簡単に言われてもどうしろとー」唸る八橋さん。
「大丈夫よ。魔力を置き換える呪法は私が知っているから」
 ウィンクしてみせ、雷鼓さんは足元のバスドラムをドンと一度大きく鳴らした。
 同時に、カッと閃光が走り、空に稲光が輝く。どぉん、と雷の音。
「必要なのは、新たな魔力の源よ。貴方たちに力を与えてくれる外部の魔力」
「外部の魔力……?」
「そう。道具の魔力は使用者の魔力。貴方たちに必要なのは、新しい身体と新しい使用者よ。付喪神は道具に宿った神霊なのだから、その気になれば別の道具に移ることができるわ」
 雷鼓さんのその言葉に、九十九姉妹は顔を見合わせる。
「つまり――自分の身体であるこの楽器を捨てろ、と?」
 べべべん、と琵琶を鳴らして尋ねた弁々さんに、雷鼓さんは頷いた。
「そう。そして、新しい――今のこの魔力の影響を受けていない楽器を手に入れるのよ!」




―26―

 おそらく人間で例えるなら、年老いた肉体を捨ててクローンボディに記憶を転写して若返るSFみたいなものだろう。記憶の連続性さえ保たれていれば自己同一性は維持できるというラディカルな思想ではあるが――。
 さすがに今の自分の肉体を捨てろというのは、付喪神も躊躇するものがあるらしい。九十九姉妹は困り顔を見合わせて、顔を突き合わせて相談し始めた。
「所長、あのドラマニさん、アンパンマンが顔を交換するみたいなノリで無茶なこと言ってません?」
「まあ、考え方としては理解できるわね、一応」
 早苗さんの疑問に頷くSFファンの蓮子。雷鼓さんはこちらを振り向いて、
「信用できない? 私も、元々は和太鼓の付喪神だったのよ」
「和太鼓?」
 それってひょっとして、私たちが捜索を依頼された――。
「けれど、このままではあの魔力に乗っ取られると思って、外の世界のドラムを手に入れて、自分自身をそのドラムに入れ替えたの。そうしたら、外の世界の魔力が流れ込んでくるようになったわ。あの魔力より余程強力よ」
「外の世界の魔力?」
 早苗さんが目を見開く。
「なんで外の世界の魔力なんてものが入って来るんですか! ここ幻想郷ですよ!」
「道具には結界なんて関係ないもの。外の世界の私の使用者はなかなか強力な魔力の持ち主のようだわ」
 確かに、香霖堂や無縁塚には外の世界の古い道具がよく流れ着いている。外の世界のドラムを手に入れることは可能だろう。しかし――魔力?
「ねえ蓮子、外の世界の魔力の持ち主って……」
「さあね。超能力者のドラマーさんでもいるのかしら。それとも、単純にドラマーの演奏の実力を魔力と呼んでるだけなのか……。音楽で他人を熱狂させる力は一種の魔力かもしれないし」
 蓮子も首を捻る。雷鼓さんの言うことはどうも突飛で、簡単には納得しにくい。
「外の世界の魔力はいいわよ。こっちの魔力の影響を受けていないし。貴方たちも、最近外の世界から流れ着いてきた同種の楽器を新たな依り代にするのをオススメするわ。マンドリンとかカンテレとか」
「マンドリン……」
「カンテレー?」
 マンドリンと言われてすぐに殺人の凶器をイメージしてしまうのはミステリ好きの悪癖である。何のことか解らない人は鈴奈庵の外来本コーナーでエラリー・クイーンの『Yの悲劇』を探して欲しい。カンテレはフィンランドの楽器だったか。
「そうそう、ちょうどいいわね」
 と、雷鼓さんが私たちを見やる。
「貴方たち、この子たちの新しい身体になる楽器を探してあげてくれない?」
「へ?」
「この子たちの手助けをしに同行していたんでしょう?」
「ええまあ、そうですけど」
「なら決まりね。いい楽器を見つけたらまた私のところにいらっしゃい」
 ――どうやら、そういうことになるらしかった。
 蓮子はひとつ唸り、帽子の庇を弄りながら「まあ、了解しましたわ」と頷く。
「よろしくね」
 そう言って笑った雷鼓さんは――もう一度蓮子の顔を見て、また不思議そうに首を傾げた。
 その顔の意味を、しかしそのときの私たちは聞きそびれてしまった。

 かくして、翌日。
「霖之助さーん、琵琶と琴、もしくはそれに準ずる感じの楽器ありません?」
「また唐突だね。いらっしゃい」
 魔法の森のそばにある古道具屋、香霖堂。私と蓮子は九十九姉妹を連れて、ふたりの新たな依り代探しにやってきていた。早苗さんは「妖怪退治を売りにしていきたいですし、妖怪の手助けはちょっと……」ということで不参加である。
「撥弦楽器を探しているのかい? 三味線とウクレレならあったかな」
「弁々ちゃん、どう? ウクレレの付喪神になるのは」
「ウクレレ……」べべべん。弁々さんは露骨に嫌そうな顔をする。
 蓮子のその言葉に、霖之助さんは眼鏡の奥で眉を寄せた。
「付喪神? ああ、そこのふたりは見ない顔だと思ったけど、妖怪か」
「琵琶と琴の付喪神の九十九姉妹。彼女たちの新しい身体を探してるんですけど」
「付喪神が自分の依り代を乗り換えるのかい? 妙なことを考えるものだな。付喪神にとって依り代の道具は自分の肉体そのものだろうに」
「そうも言ってられない事情があるんですよ。何かありません?」
「ふむ」
 霖之助さんが雑然とした店内に詰まれた品物を探り始める。手持ちぶさたな私たちがぼんやり店内を眺めていると――また、新たな来客があった。
「おや、いらっしゃい」
 入口のドアが開く音に、霖之助さんが顔を上げる。私たちも振り返ると、見覚えのある妖怪の姿があった。朱鷺色の羽根をした、ときどき香霖堂の前で本を読んでいる妖怪の少女だ。おそらく朱鷺の妖怪なのだろうと思うが、蓮子が話しかけてもいつもすぐ逃げてしまうので、まともに話をしたことはない。
 妖怪の少女は、私たちの姿にぎょっとしたように目を見開き、私たちから目を逸らして、手にした本を抱いたままこそこそと店の奥に進む。霖之助さんに何か小声で話しかけているようだが、よく聞こえない。
 少女がちらりと私たちを見た。「ああ、彼女たちは何やら楽器を探してるらしくてね」と霖之助さんが答えると、少女はひとつ首を捻り、また小声で霖之助さんに何かを言う。霖之助さんは「ほう」と頷いた。
「蓮子君。彼女が、それなら夜雀の屋台に行ったらどうかと言っているんだが」
「夜雀の屋台って、みすちーの?」
 ミスティア・ローレライさんだ。異変に関わることがないのでこの記録ではほとんど出番がないが、彼女の屋台には私たちも何度も足を運んでいる。みすちー、というのは周囲の呼ぶ彼女の愛称である。
 そういえばミスティアさんは以前、命蓮寺の幽谷響子さんとパンクバンドを結成してライブを行い、白蓮さんに怒られていたっけ。楽器のひとつふたつは持っていそうだが。朱鷺の妖怪の少女は、おそらく同じ鳥の妖怪繋がりでミスティアさんと面識があるのだろう。
「夜雀が古い楽器を集めてるそうだよ」
 霖之助さんの代弁に、朱鷺の妖怪の少女がこくこくと頷く。私たちは顔を見合わせた。

 というわけで、今度は命蓮寺に向かう。ミスティアさんが普段どこにいるかを知らないので、それを知っていそうな幽谷響子さんに会うためだ。
「てゆーか、私たち体よく追い出されただけじゃないのー?」
「お邪魔虫だったみたいね」べべべん。
 九十九姉妹がそんなことを言う。あの朱鷺の妖怪の少女、よく香霖堂の近くにいるし、霖之助さんに懐いているのだろう。微笑ましいというか、なんというか。
 ともかく、命蓮寺にやってくると今日は響子さんの姿が門前にあった。玄爺に乗ったまま降り立つと、「あ、おはよーございまーす!」と元気のいい挨拶。もう昼だけど。
「おはよう、響子ちゃん」
「はい、どなたに御用ですか? マミゾウさんは今日もおでかけですよ。船長は居ます!」
「あー、そのどっちでもなくて。みすちー、どこにいるか知らない?」
「え、みすちーですか?」
 響子さんはきょとんと目をしばたたかせる。
「この時間だとまだ屋台は開いてないですよ?」
「いや、屋台じゃなくてね。ちょっと別件で用事があるの」
「はあ。みすちー、昼間は暇してブラブラしてること多いですから、呼べば来ると思いますよ。ちょっと呼びますね」
 すう、と響子さんが息を吸い込み、私たちは咄嗟に耳を押さえる。
「みーすちー!」
 びりびりと空気を振動させるような大声が響いた。さすがは山彦。声のスケールが違う。しかし今の声、命蓮寺の迷惑になってないだろうか。いや、珍しいことでもないか。
 上空を振り仰いで見ると、上空で待機していた九十九姉妹がふらふらになっていた。ああ、耳を塞ぐのが間に合わなかったのか。ご愁傷様である。
 ――で、待つことしばし。
「なーに響子。無縁塚まで聞こえたわよー」
 やっほー、と手を振って、ミスティアさんがこちらに飛んできた。「やっほー」と手を振り返した響子さんが、かくかくしかじか、と経緯を説明する。ミスティアさんは私たちを振り向いて、不思議そうに首を捻った。
「あら、蓮子にメリーじゃない。何の御用かしら〜?」
「こんにちは、みすちー。実はちょっと、みすちーが古い楽器を集めてるって話を聞いて」
「え? ああ、うん。集めてるけど、それがどうかした〜?」
「その中に琵琶と琴、ないかしら? 付喪神になってないようなやつ」
「琵琶と琴……ああ、最近無縁塚で拾った、外の世界の古いやつがあるわよ〜」
 ビンゴ。意外なところにあるものだ。
「譲ってもらえない?」
「ええ? 尺八とか鼓もあるけど、琵琶と琴だけでいいの〜? ふたりとも、楽器の練習でも始めたのかしら〜? 鳥獣伎楽は人間のメンバーでも歓迎するわよ〜」
「あはは、それも楽しそうだけど、今回は別件。ちょっと妖怪助けに必要なのよ」
「妖怪助け? まあ、今のところ使い道ないからいいけど、値段次第ね〜」
 というわけで値段交渉開始。蓮子が頑張って値切り、最初にミスティアさんが提示した金額の七割三分に落ち着いた。
「毎度あり〜♪ じゃあ、店に持って来るから今夜お店に来てね。迷いの竹林の方に店を出すから〜」
「了解。ところでみすちー、なんで古楽器なんて集めてるの?」
「鳥獣伎楽にバックバンド作ろうと思ったんだけどね〜。演奏できる知り合いがいなかったわ」
 和楽器パンクとはなかなかエッジが利いている。まあ、鳥獣伎楽で響子さんが歌って(叫んで)いたのも般若心経パンクだったそうだから、むしろ和楽器という選択は順当か。
「それならこっちの妖怪助けが上手くいったら、ふたりぐらい紹介できるわよ」
「あらホント〜? それならこっちとしてもよろしくお願いするわ〜」
 交渉成立。って、九十九姉妹の身柄が勝手に売買されてる気がするが、まあいいか……。




―27―

 かくして新しい(中古の)琵琶と琴を手に入れた私たちは、さらに翌日の夜、それを手に九十九姉妹とともに堀川雷鼓さんのところに向かった。ミスティアさんから手に入れた外の世界の琵琶と琴は、幸いにも九十九姉妹も「これなら」と納得してくれたのである。
 雷鼓さんが普段どこにいるのかは知らなかったが、探そうとすれば雷が落ちているところが雷鼓さんの居場所なのでたいそうわかりやすい。今夜は早苗さんも一緒である。雷鼓さんがけっこう強そうだというので、私たちの護衛のつもりらしい。
「ホントに大丈夫なんですか? あのドラマニさん」
「まあ、強く疑う理由もないからね」
「無償で他の妖怪助けようっていうのが怪しいですよ! 妖怪ってもっと利己的です!」
「無償かどうかは微妙ねえ。雷鼓さん的には仲間を増やしたいんでしょうし」
「それより蓮子、妖怪助けして霊夢さんに怒られる心配した方がいいんじゃない?」
「まあまあ。いつものことだから見逃して貰えるわよ」
 そういう問題だろうか。まあ確かに命蓮寺の件やこころさんの件のように、私たちは妖怪助けの前科が多いけれども。
 ともかく、閃光轟く雷雲のそばまで来ると、暗がりの中から雷鼓さんが姿を現した。一応警戒する早苗さんと、不安げな九十九姉妹、そして蓮子が手にした新しい琵琶と琴を見やり、雷鼓さんは満足げに頷く。
「準備はできたみたいね。じゃあ、そこの姉妹と楽器は私が預かるわ」
「え? ここで呪法とやらをやるんじゃないんですか?」早苗さんが目を見開く。
「時間がかかるし、その間は妖怪にとっては危険なのよ。妖怪退治を目論む人間のそばで呪法は使えないわ」
「ぐぬぬ……」
 肩を竦める雷鼓さんに、早苗さんは口を尖らせて唸る。まあ、こちらとしては文句を言う筋合いではない。信用するかどうかは九十九姉妹の問題だ。
 九十九姉妹は顔を見合わせて頷き合うと、蓮子から新しい琵琶と琴をそれぞれ受け取って、雷鼓さんの元に飛んで行った。雷鼓さんは両手を広げてふたりを受け入れると、私たちへと向き直る。
「ご苦労様。じゃあ、このふたりのことは、あとは私に任せてもらえる?」
「九十九姉妹が納得しているなら、こちらにそれ以上言うことはありませんわ」
 帽子の庇を弄りながら答えた蓮子に、九十九姉妹が頷く。
「……お世話になりました」
「さんきゅー人間!」
「ふたりとも、無事に生き残れるといいわね。祈ってるわ」
 ぺこりと頭を下げた九十九姉妹に、蓮子が笑って手を振り返す。早苗さんは相変わらず雷鼓さんに疑いの視線を向けていたが、雷鼓さんは一顧だにせず九十九姉妹に向き直る。
「それじゃあ、行きましょうか――あ、その前に」
 と、雷鼓さんが再び私たちを見やり、すっと蓮子の方へと近付いてきた。
「何か?」
 首を傾げる蓮子に構わず、雷鼓さんは蓮子の顔に自分の顔を近づけてじっと覗きこむ。間近で顔をじろじろと見られ、蓮子は少しのけぞった。
「なんです? 美人過ぎて見惚れたんでしたら、残念ながら私にはメリーが……痛い痛い」
「バカ言ってないの」
 後ろから蓮子の脇腹をつねってやる。全くもう。
 そんな私たちのボケには構わず、雷鼓さんは「ふうん――」とひとつ頷いた。
「やっぱり、そっくりね」
「え?」
 きょとんと目をしばたたかせた私たちに、雷鼓さんは。
「このドラムは外の世界のドラム。私はこれを通して、外の世界の使用者の見ているものを共有できるの。向こうにも私を通して幻想郷が見えてるはずだけど――」
 ――次の瞬間、青天の霹靂のような、衝撃的な言葉を放った。
 それは、いつもの異変だったはずのこの物語を、急転直下、私たち自身の物語へと変貌させてしまう一言。

「宇佐見蓮子だったわね。貴方、本当によく似ているわ」
「……誰と、ですか?」
「外の世界の、私の使用者の友人と。――貴方に眼鏡を掛けさせれば区別がつかないかも。いや、向こうの方が貴方よりもうちょっと幼い感じではあるけれど」
「――――」
「外の世界にいる貴方のそっくりさんは、いったい何者なのかしら?」

 外の世界にいる、蓮子のそっくりさん。
 その人物に、私たちは、心当たりがある。
 ――そのひとは、私たちにとって、全ての始まりと言ってもいい人物。

 蓮子の大叔母――宇佐見菫子さんだ。

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この小説へのコメント

  1. ついに…この世界に菫子が…と言いたいところですが
    冒頭で2行目でお茶ぶちまけたので返してください

  2. お、ついに菫子くるか?

    九十九姉妹は妖怪として安定するかな?雷鼓姐さん、頼むぞ〜

  3. カンテレは日本では幻想入りしそうでしていないかも知れない。某戦車アニメに弾き手がいるので

  4. これも一つのターニングポイントですかね。ワクワクしてきました。

  5. おぉ…雷鼓姉さんのおかげで菫子の手掛かりを…
    次回が楽しみすぎる。

  6. 1週間で追いつきました…!名前伏せられてない早苗さん…w
    更新楽しみに待ってます!!

  7. 【お知らせという名のお詫び】
    いつもたくさんのコメントありがとうございます。
    浅木原・EO双方のスケジュールの都合により、11/9(土)の更新はお休みします。
    今回こんなところで終わっておいて休載ですみません。
    次回は11/16(土)、京都秘封前日の更新になります。よろしくお願いします。

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